番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第10話「たぶんデート」

こがね達の通う御谷中の川を挟んで東側に、宮田中学校がある。

戦前は男子校だったこともあり、新校舎の建築とともに男女共学となったものの、男女比は今も八割が男を占めている。

 

この近隣の学区には御谷中の他に、進学校である第一秋島中があり、一定以上の学力を持つ子供はそちらに進学をする。

また、秋島中に通わせるだけの学力はなくとも、まともな中学に子供を通わせたいと考える家庭は、御谷中へと子供を進めた。

 

結果、宮田中はそれから溢れた者たちの受け皿となる役割をになう形になり、悪し様に掃き溜め中学とも揶揄されていた。

 

「くそがっ。御谷の奴ら、イキがりやがって」

「こっちにとばすんじゃねーよ」

 

宮田中の体育倉庫の裏でタバコをふかしていた金髪の男は、腹立ち紛れに吸い殻を地面に投げ捨てた。

向かい合っていた鼻にピアスをつけた相方が、立ち上る煙を足でもみ消す。

 

彼らの本来の溜まり場は宮田中の旧校舎であったが、そこには立ち寄れない理由があったために、ここでガス抜きをしていたのだ。

二人の不良の顔には傷口の生々しさから、最近できたと思われるアザがあった。

 

「あの野郎ーー是清だろ。次に会ったら、ただじゃおかねー」

「ああ」

 

御谷中と宮田中は学区が隣り合っており、さらには世間的には御谷中の方が優秀であると思われていることから、敵愾心があった。

だから宮田中の不良は、御谷中の生徒相手に慰謝料と称するカツアゲをよく行っていたのだが、先日その行為を、御谷中の番長ーー是清率いる集団に咎められ、争った挙句に負けたのだ。

 

一般的には逆恨み以外の何物でもなかったが、それで反省などする殊勝な人間はそもそも不良にはならない。

2人に残る感情は怒りだけだった。

 

「だいたいジョーヤクはどうしたんだよ。ジョーヤクはっ」

 

金髪が吐き捨てるジョーヤクとは、宮田中の不良と御谷中のタカトシたちのグループで結んだ約束事のことだった。

互いに関われば面倒なことになるのは明白だったため、争いを避けるために結ばれたものだ。

しかしその中身は、お互いが互いの学校の一般生徒を嬲っても関与しないという、大変身勝手なものだった。

自分達さえよければいいという考えのグループ同士で結んだ約束なので、当然の帰結かもしれない。

 

「やっぱあの話ーー本当かもな。タカトシたちが女にやられたっていう」

 

鼻ピアスが血が混じった唾を吐き、思い出したかのように言う。

 

「あのヨタか? そういえばあいつら、最近全然みてねーな」

「やったのが女かどうかはともかく、だから是清たちが調子に乗ってんだ」

 

「是清? お前たち、是清にやられたのか?」

「「!!」」

 

話の途中、突然割り込まれた金髪と鼻ピアスは、驚きのあまり新しく吸おうとしたタバコを取り落とした。

しかし拾うこともせず、体を硬直させた。視線の先には穴澤がいたからだ。

穴澤ーー宮田中の番長である。

 

「あ、穴澤さん!!」

 

「旧校にこねーと思ったら、こんなところにいやがったのか」

 

穴澤は、震える金髪と鼻ピアスたちを見下ろした。

特に顔についたアザを見つめている。

 

「あの、これはですね……」

 

金髪は言い訳を必死に続けようとするも、穴澤は最後まで聞かずに殴り飛ばした。

体育倉庫の壁にぶち当たる。

 

「馬鹿が。やるのは勝手だが、負けてんじゃねーよ」

 

跳ね落ちた金髪を、穴澤は蹴り続けた。

傍目からもすでに気絶してるとわかるが、止まることはない。

瀕死の体を様する金髪を見て、鼻ピアスは顔を青くする。

 

金髪と鼻ピアスの2人が本来の溜まり場である旧校舎に向かわなかった理由は、こうなることが予想できたからだ。

穴澤は宮田中の看板が汚れることをひどく嫌っており、前にもこうしたことがあった。

その時はタカトシたちとの間で交換条件を結ぶことで解決したが、今回はーー

 

「そこで何をしてい……ひっ!」

 

騒動を聞きつけてか、見慣れない男が顔を出してきた。

 

「何見てやがんだっ! 失せろっ!!」

「ひ、ひいぃぃぃ」

 

闖入者は這々の体で、無様に逃げ出していく。

その見事なまでの逃げ足を見て、穴澤は気勢がそがれ、ようやく蹴りを止めた。

 

「なんだあいつは……先公か?」

「セ、センコーは恐れてここにこねぇっすから、最近きた用務員のジジイです。

 旧校舎にも前に勝手に入って来てたんで脅しといたんすが、ここも俺たちのシマだって知らなかったみたいですね」

 

鼻ピアスは穴澤に必死に説明した。

 

「教育がなってねー様だな。なんとかしとけや」

「は、はい」

 

鼻ピアスは穴熊の矛先がそれたことで、やっと一息ついた。

 

「しかし是清とはなーー

 あいつの性格じゃタカトシがのさばってる間は、出てこねーと思ってたが」

 

不審げな表情を浮かべる穴澤。

悩む穴澤に対し、その後ろに控えていた男が出てきた。

 

「それなんですがね、穴澤サン」

「なんだ木村」

「タカトシたちがつぶされたっつー話があるんすよ」

 

もともと御谷中のタカトシ率いるグループは30人ほどいた。

これは高校生が率いているとはいえ、一つの中学で擁するにはかなりの人数だ。

以前は街中を肩をいからせて歩いていたタカトシら中核メンバーが姿を見せなくなったことに、木村は疑問を抱き調べていた。

その結果、タカトシたちのグループが再起不能になったことを突き止めたのだ。

 

「女が、それも一人でやったっていうのか。馬鹿馬鹿しい

 相手はーーあのタカトシだぞ」

 

穴澤が簡単に信じずに、そう吐き捨てるにはわけがある。

 

タカトシは小学生時代から札付きのワルで、その頃から近隣に名を響かせていた。

中学に入ってすぐ、指導を与えようとした上級生を返り討ちにし、1年にして別の不良グループを立ち上げたのは有名な話だ。

常識的に考えたら、女がどうこうできる相手ではない。

 

「だが、タカトシが消えたってのは本当らしいな」

「ええ、高校にも行ってない様っす」

 

木村は似た類の高校にツテがあった。

そのくらいの調べはついている。

 

「そうか……これはチャンスかもな」

 

穴澤は嫌な笑いを顔に貼り付けた。

 

「タカトシがいねぇならーーここらへん一帯を宮中が占められる」

「秋島はユートーセー学校だからどうとでもなりますがーーでもまだ御谷には是清がいるっすよ?」

 

タカトシとは別に、是清も有名な男だった。

見たものを圧倒する巨体と筋肉。筋が通らないことを許さない性格。

そして何よりも喧嘩が強く、負けを知らなかった。

直接相対したことはなかったが、同世代ということもあって、穴澤は常に是清を意識していた。

 

タカトシと是清。

所属するグループは別だがこの二人の存在が御谷中にいたことが、今まで宮田中が御谷中との争いを避けてきた理由だった。

 

「ふん。確かに是清は強い。一対一なら俺も危ういだろう。だが是清は愚直なやつだ」

 

しかしタカトシが消えた今、是清一人ならば、あの性格を利用してどうにかできると穴澤は考えていた。

 

「崩すぞ、御谷」

 

御谷中の方角を睨みながら、穴澤は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

その日は朝から清々しい気分になれるほどの青空が広がっていた。

東の海から西の山まで雲ひとつなく、今はまだ優しい5月の日差しが程よい陽気を街にもたらしていた。

広がる青空が清々しい。

 

何だっけな、こういうの時の気分。

そう、下ろしたてのパンツを履いた時の気分っていうんだ。

 

実際、今朝のパンツはおニューだった。

可愛いのを選べるほどのセンスもないから地味なスポーツブラにパンツだけど、男転生者の下着事情とかこの際どーでもいいだろう。

 

しかし内側はともかく、洋服には気を使った。

黒いリボンがアクセントの白黒水玉模様のタンクトップに、空色鼠のコットンハーフパンツ。

ちょっと子供っぽいが、俺もついこの間までは小学生。これならどこに出しても恥ずかしくない格好だ。

一緒に歩いてて、香澄たちに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないからな

 

ちなみに可愛さが正義となってしまう漫画を、コーデの参考にしている。

作中JSのファッションセンスには恐れ入るよ。

作者はホントに中身が俺と同じオジサンなのだろうか。

JSのファッションに精通しているオジサンってやばない? 漫画家とは業の深い職業である。

 

でも俺が自分で選ぶと、綾波やアスカの私服みたいになるからな……

綾波もアスカもコラボしまくっていろんなとこにPOPするけど、なぜか私服センスが絶望的なんだよな。

あれならユニクロのマネキン真似たほうがなんぼかマシかわからん。

 

とにかく俺は今日のデートのために気合いをいれた。

なんせ今日はデートだ。

 

一般に男女が2人で休日に出かけることをデートという。

これはあくまで一般になので、昨今のジェンダー論を応用すれば、女女が2人で休日に出かけることもデートといってもいいはずだ。

ということは別に、女女女が3人で休日に出かけることもデートといっていいはずだよね?

 

だからデートったらデート。

 

ちなみにこの理論をこねくり回すと、男が1人で休日に出かけることもデートと称することが可能だが、それは考えないようにしよう。虚しい。

 

プルルルル。

おっと電話だ。

 

「……私だ」

「あ、あれ? こがねんだよね?

 もしもーしっ! こっちは着いたけど、場所わかるかな?」

「あ、うん。こがねだよ! すぐ着くとこだよ。あっ、いたいたー」

 

電話を切って、香澄たちのもとへ駆けつける。

2人を発見したので、すぐに呼びかける。

 

「おまたせ~」

「こがねん、おはよっ☆ 全然待ってないよー」

「おーまたっされー」

 

どっちなんだ!

 

待ち合わせ場所にしたのは、駅前の噴水だ。デートスポットというか、わかりやすい目印で集合場所によく使われているらしい。

まだ街に慣れないという俺の言葉を聞いて、ここを指定してくれのだ。

 

可愛いものを逃さないこがねアイが、早速2人のスキャンを開始する。

 

うんうん。スカートから覗く健康的な素足が眩しかった。

 

「わー、こがねんのトップすってき〜☆」

「そ、そう? ありがと」

 

ありがとうございます! ば⚪︎スィー先生! ファッションを褒められました!

でもこのタンクトップ19000円は正直小学生には高いと思います!

 

こればかりは、財布が道を歩いている世界で良かったな。

この世界、街歩いてると結構変なのとエンカウントしてさ、倒すと金が手に入るんだよ。ドラクエみたいだよね。

 

「か、香澄ちゃんも可愛いよ」

「えー、ホント! 嬉しいなー。これあっちゃんとお揃いなんだ!」

 

そう言ってワンピの裾を両手で広げる香澄。

 

「それであっちゃんがねー……」

 

スイッチが入ってしまったようで、あっちゃんーー妹の惚気が始まってしまった。

あっちゃんが「お姉ちゃんとおソロがいいっ!」て選んでくれたことがよほど嬉しかったようだ。

 

クイクイ

 

「ん?」

「私は?」

 

俺のパンツの裾を引っ張ったのは、たえだ。

 

「もちろん、たえちゃんも可愛いよ! 可愛い可愛い!」

 

そう、そのブラウスっていうか? シャツみたいなの?

 

……すまんな、未だに女子の服装の語彙がないんだ。

頭の中のJC辞典も絵本なみに薄すぎて、褒め言葉もカワイイしか出てこないし!

 

でも女の子の会話の8割はカワイイで乗り切れるって誰かが言ってたし、俺はこれで乗り切るぞジョジョぉ!!

 

「めっちゃ可愛い! めっちゃ可愛い!」

「むぅ。おざなり」

 

あわわ。

 

見事乗り切れなかった俺は、ふくれてしまったたえの機嫌を取るのに、しばしの時間を要するのだった。

 

 

「へいへいへーい。彼女たち、今、暇ー?」

「俺たちめっちゃ暇なんだー。アソボーよっ」

 

楽器店へ向け香澄とたえとかしましガールズトークをしていると、可憐な花に惹かれて害虫どもが現れた。

ちょっと歩くとすぐこれである。

 

「え、え」

「……」

 

香澄とたえは、目を白黒させている。

ちょっと前までは小学生だったから、ナンパには慣れてないのかもしれない。

 

しかし今の2人は第二次成長期前の妙な色香が出だしているので、ちょっとしたロリコンホイホイになっていた。

サル2人は見事に発情している。

 

「え、この子達、めっちゃ可愛い! めっちゃ可愛い!」

「ホントだ、まじやばいレベルの可愛さ!」

 

どこかで聞いたような感想を連呼するヤンキーども。

 

可愛いしか言えんのかね、これだからサル語しか話せないサルは困るね。

こいつらと同じ厚さの辞典を使っている自分がイヤになるよ!

 

「あー、はいはい」

 

俺は戸惑うことなく、ゴールドエクスペリエンスで2人の後頭部を叩いた。でも、軽くね。

 

そして流れるような動作で、サル2人の後ろを通り過ぎようとしていた、無関係のゴリラ顔した通行人の後頭部も叩く。

 

「は?」

「ぎぇっ」

「ん?」

 

後頭部を叩かれたことで、全員が振り返る。

つまり見つめ合う3人。

 

「てめぇ、突然殴るとか、何してくれとんじゃワレ」

「は? こっちのセリフだボケが」

「ざけんなよっクソっ」

 

そして始まる大乱闘。

サルとゴリラで頑張ってスマッシュブラザーズして欲しい。

 

「ささっ、行こう行こう」

「え、あ、うん」

「わわっ、押さないで〜」

 

あんな奴らには、構う時間が無駄だからね!

いまだ戸惑う2人の背を押して、そそくさとその場を離れた。

 


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