番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第12話「Glitter*Green」

違うよ。違うよ。そうじゃないよ。

 

さすがに音楽室のようにハープが登場することはなかった。

しかし、一番いいギターということで鵜沢リィが持ってきたのは、ギターはギターでもアコギだった。

 

しかも古く巷じゃフォークギターと呼ばれたタイプだ。

つまりは昭和の6畳間。浪人生が受験勉強から逃れるために、窓辺に腰掛けながら手にしてそうな代物だった。

 

思わず、「そんなギターで大丈夫か?」と問いかけたくなった。

でも「大丈夫だ問題ないんじゃ」とか返されたら嫌なので、口を閉じた。

 

「へへっー、いいでしょ! これがうちで一番いいギター。

 マーチンのDー35。店長が前に鳴らしてたんだけど、音の伸びがたまらないのじゃー。

 鳴らしてみる?」

「……」

 

マーチンでもデコイチでもどうでもいいよ!

なんだろう……このアコギのコレジャナイ感は。スターがスタイリッシュさが足りない。

 

トゲが足りないんだ。

神秘的なユニコーンも、ツノがなくなればただの馬になる。

個人的にはアコギの丸いフォルムもいいんだけどさ……

 

ほら、香澄もキラキラしてないし。

ほえー、これがギターか見たいな顔してるし!

 

たえにいたっては「これは武器じゃないね」とか呟いてる。

まさかトゲがないからじゃないよね? 俺はギターを振り回したりなんかしないよ!

 

「あ、あの、エレキはないですかねぇ? 例えば、その……ランダムスターみたいな」

「んむむむむーーランダムスター? ESP社の奴だよね? 

 いやー、ちょっとなかったかなー。別のエレキならいっぱいあるけど」

 

ランダムスター未入荷!

 

でもここにあって、香澄が気に入って買う!!ってなっても、それはそれで香澄が有咲から540円でかっぱら……ごほんごほん、香澄と有咲の友情イベントが無くなってしまうから、困るな。

 

でも香澄とたえにはギターに興味持ってもらいたいし……

ああ複雑なフラグ管理。

 

「ギターかぁ。こがねん、そういえば前もギターのこと話してたよね。

 ひょっとして、ギター弾きたいの?」

 

弾きたいんじゃないよ、お前が弾くんだよ!!

 

「んやっ! そういえば君、女の子なのにギター希望って珍しいね!

 確か吹奏楽じゃ滅多に使わないと思うけど、弾くの?

 ……実はリィちゃんもなのだっ☆ と言ってもギターじゃなくて、こっちの方だけどっ」

 

そう言って鵜沢リィがカウンターの影から取り出したのは、ベースだった。

シールドを引っ張り、試奏用に準備していたらしき小型のベースアンプにテキパキとつなぐ。

 

ベースーーグリグリでの彼女の担当だな。

 

えーと確かGlitter*Greenは、ギタボの牛込ゆり、ベースの鵜沢リィ、キーボードの鰐部七菜、ドラムの二十騎ひなこの4人で組んでたはずだ。

中の人がミルキィホームズだったので、無駄に覚えてる。

 

特に二十騎ひなこについては、すげぇ苗字だなって突っ込んだ記憶がある。

バンドリキャラたちって、新宿の地名からとってるんだよね。

この世界じゃ地名違うんだけどさ。キャラ名が優先されたんだろうか……かぶっても変だし。

 

鵜沢はグリグリでベースをかき鳴らしていた奴だ。

だからリィがベースやってても何もおかしくないんだが……でも、そもそもグリグリってこの世界にあるのか……?

 

「これはベースって言うんじゃー!! 君はギター弾くなら知ってるよね?

 バンドで、低音を出してねーー音に深みをつけるんだよ。こんな感じ」

 

弦楽器特有の空気を震わせる音が鳴り響いた。体の奥まで届くような重低音。

リィの弦を弾く手付きは滑らかであり、相当な鍛錬を伺わせた。

 

こいつ中3だけど結構弾き込んでるんじゃないのか?

 

「わぁぁぁ。こんな音が出るんだぁ……」

 

香澄の目も大きく広がり、たえも興味津々といった感じで覗き込んできた。

 

「フッフーーーー☆ 2人とも弾いてみるかーい?」

 

リィが布教するがごとく、ベースを香澄とたえに触らせた。

2人の反応は上々だ。

たえなんか初見のはずにもかかわらず、軽快に弦を弾きだした。

構えも様になってるし。本当に初見? これが才能ってやつなのかな?

 

お、お。

 

考えてみりゃ、ベースもギターも似たようなもんだよ。

ペグ数とかスケールの長さで区別できるけど、初見じゃまず違いがわからない。

しかも鵜沢のエレキベース、トゲがある。鋭い感じでめっちゃかっこいいし!

 

「店員さんも、そのーーバンドやってるんですか?」

「まっさかー。リィちゃん、腕も足りてないし、やるなんて言ったら、間違いなく猛反対だよー。

 ほら、バンドってやっぱりアブナイイメージあるからねー」

 

「あはは、そうですよね……残念」

 

イメージってか、この世界のバンド界隈って本当に危険だからね。

はびこる暴力! セックス! ドラッグ! 芸能界の闇、仕事完了ってな感じで。

 

それにしてもやっぱりなかったみたいだな。Glitter*Green。

こんな世界であるわけないか。女の子だけのバンドなんて。

そうでなくても、よほど男慣れた女でもなけりゃバンドの一員になることだって難しい。

 

ちょっと鵜沢リィがバンドに加入した場合を、想像してみよう。

当然他バンドメンバーはみんな男だ。観客も半グレみたいな男が大半かな。

リィも紅一点。しかも若干お子ちゃま体系とはいえ、このビジュアルに陽気な性格だから相当人気出るだろうな。

美少女ベーシスト、リィちゃん見参ってな感じで。

 

付け狙うファン。

ニヤつくバンドメンバー。

ショバ代をせびるハウスオーナー。

デビューをチラつかせるプロデューサー。

迫り来る甘言と暴力!

シャブ漬けキメセクアヘ顔ダブルピース!!

 

おっと、想像がすぎましたかね。

でも妄想ではないんだよなぁ。

 

「バンドかぁ……」

 

そうかぁ。

香澄たちにバンドやってもらうには、本人たちの意思はもちろんだけど、バンドを取り巻く環境そのものもなんとかしなくちゃなぁ……

こんな民度の低い土人たちばっかの界隈じゃ、まともにバンドできないもんね。

 

ってか、ひょっとしてグリグリの演奏見てキラキラしてくれなきゃ、香澄やる気になってくれなくないのか?

そうだよな。原作だって最初に見たライブがガールズバンドじゃなきゃ、あそこまで興奮してくれなかったかもしれん。

前提条件で、まずグリグリが必要?

 

グリグリが必要なのか!

 

「でも弾けるなら、弾いてみたいな……みんなの前でベース」

 

刻んでいたビートを止め、リィはぽつりと呟いた。

 

「リィちゃんも、これまでケッコー頑張ってきたから、リィちゃんの音、もっとたくさんの人に聞いてもらえたら嬉しいなって。

 なーんてね、アハハ」

 

「やりましょう、バンド」

 

アンニュイな表情を浮かべる鵜沢に、俺はキメ顔でそう言った。

 

「え……」

 

「できますよーー諦めたらそこでライブ終了です。

 誰が女の子はバンドをしちゃいけないなんて決めたんですか?

 そんなことはないですよ。女の子だってバンドに参加していい。

 ううん、それだけじゃない。女の子だけで、バンドを作ったっていいはずです。

 ガールズバンドです。そして、ライブハウスも女の子でいっぱいにしましょう!!」

 

そう、グリグリを作るのだ鵜沢よ。

まずグリグリができる。それを見た香澄が感動して、ポピパができる。このラインを作っておく必要があるだろう。

俺もグリグリの活動を影で支えるくらいのことはしてもいいぞ。

 

まぁ、もともとポピパを考えるなら、業界の掃除くらいはやるつもりだったからね。

伊達にステータス:暴力極振りじゃないよ。

 

また、それ以上にグリグリには重要な役目がある。

それはポピパに先立ってガールズバンドとなることで、発生しうるトラブルの芽をそこに集めるのだ。

 

つまり試金石だ。

グリグリは犠牲になるのだ。ポピパの犠牲にな!!

そしてガールズバンドが安全だと証明してくれ!

 

ひどい?

うるせぇ! 俺は墓標にレクイエム歌われたくなんてないんだよ!

 

「鵜沢さん! バンドですよバンド!! やりましょう! バンド!!

 絶対楽しいですよ!! 胸の奥にある、その熱い思いをぶつけましょうよ!!」

 

ぽかんとした顔のリィだったが、俺の情熱にほだされたのか、次第に目にやる気が灯ってきた。

 

「ふぁぁぁ。そう、だよね。今は無理でも、最初から諦めてたらやれるわけないもんね。

 よぉっし! うん。リィちゃん、ちょっとやってみるよ! 頑張ってみる!」

 

おお! よく決心した鵜沢っと!!

お前がナンバーワンだ!!

 

「すっごーーーい! こがねん、すっごい! 私、応援するよ」

「私も」

 

ん?

なんかカスミエルが不穏なことを言いだした。

 

「こがねん、ギターやるんだよね! バンドってまだよくわからないけど、音楽やるんだよね!

 シンバルは残念だけど、こがねんのギターも聞きたいな!」

「こがね。がんばっ」

 

「はへ?」

 

な、なんか天使たちにすごい誤解が生じていらっしゃるぞ!!

 

「んやーっ! 君、こがねちゃんって言うんだね。私は鵜沢リィーーこれからよろしくね☆」

 

あわわわわわわわ。

 

ぱふぱふー

 

たえの鳴らす終末のラッパ音が、店内に軽やかに鳴り響いた。

 

 

失敗した×100

 

どうしてこうなってしまったんだ!

あれからの記憶が飛んでる。

 

失意のままリィが手を振る楽器店を後にし、香澄とたえが談笑する横で、俺は口からエクトプラズマを出していた。

 

俺が今自宅の勉強机の前にいるとしたら、「くそっ、やられた」と頭を抱えながら瞳孔をかっぴらいているところだ。

 

こんな後悔は転生して初めてだ……

 

ゴールドエクスペリエンスさんの視線が痛い。まるで死神のようだ。

 

考えてみればスタンドも死神も他人に見えないし、似たようなもんだな。

 

死神の力を使った人間が、天国や地獄に行けると思うな。か。

これレクイエムされるってことっすかね!?  リュークぇ!!

 

くっ。今更後悔してもしょうがない。

前向きに考えよう。

 

未来は明るく元気よくと考えると、これでグリグリができる目処が立ったわけだ。

俺がグリグリのギターやることになってるとか、さささささ些細な問題だと思おう。

 

バンドでセンター飾るなみにギター練習するの? とか、鵜沢たちも闇から守るの? とか、グリグリのメンバー集めもするの? とか些細な問題だよね……

 

日々のデイリーが積み重なってきたけど、これ消化できるのかな。

ログボ勢になりたい。

 

「でもでもっ! こがねんがバンドやりたがってた何てビックリしたね!」

「驚いた。けど、ちょっと納得だったかな」

 

「納得?」

「うん。ロックな奴はバンドを始める運命にあるって、聞いたことがある」

「ハハッ。誰がそんなテキトーなこといったの……」

 

うちのたえに変なこと吹き込まないでほしい……。

 

「えーと誰だっけ……神様?」

 

誰?

あのジジイじゃないよね?

 

まぁ、香澄たちがバンドに興味持ってくれた、それだけで今日の収穫としよう。

まだまだ中学1年生。高校まで3年あるし(震え声)

 

「さーてとっ。今日はこれからどうしよっか。まだ明るいし、図書館にでも行く?

 あ、でもこがねんに街の案内もしてあげたいな」

 

「!!」

 

「あれ? おたえ? どうしたの?」

 

香澄が今後の予定を並べていると、たえの様子がおかしくなった。

目を見開いて、心なしか体も震えている。まるでおばけやブラクラでも踏んでしまったかのような反応だ。

 

こんなに動揺するなんて、マイペースなたえには珍しいな。

視線の先はーー商店街か?

 

「おたえ?」

「ううん。なんでもない。ごめん香澄、こがね。

 今日は用事思い出したから帰るね」

「? え、あ、うん。じゃあね?」

 

挨拶もそこそこに、たえは逃げ出すように立ち去ってしまった。

 

……何か見たのか? 何を見たんだろう。

スーパーの袋持った主婦。駆け回る子供。いちゃつくカップル。変なオヤジ。

何の変哲も無い商店街。まばらに人がいるだけで特に不審な点は見受けられない。

 

「おたえ、行っちゃったね。どうしたのかな?」

「さぁ? でも帰る方向一緒だよね?」

 

香澄と俺は顔を見合わせると、とりあえずたえの後を追って駆け出すのだった。

 

まぁ、でもたえも何でも無いって行ってたし、大丈夫だろ!!

ウサギに餌をやり忘れてたとか、そんなところじゃないかな!!

 


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