番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

13 / 32
第13話「這いよるもの」

「お父さんーーあの男がいた」

 

仕事から帰ってきた背中にそう告げると、父は青ざめた顔で振り返った。

 

「見たのか」

 

こくり

 

「どこでーー?」

「今日友達と旧市街に遊びに行ったらーー商店街。あの大社通りの近く」

「そうか……まさかここまで来るとは」

 

うなだれたように顔を伏せた父だったが、すぐに気を取り直すと、決意に満ちた表情で顔をあげた。

 

「たえ、この街を出るぞ。母さんにはもう言ったのか?」

 

「! え、でもそれは、お父さんの仕事だって……お母さんにはまだ言ってないよ」

「私の仕事はいいんだ。大事なのは、たえーーお前だ。

 そうだな。お母さんには私から話そう」

「でも出るって、引っ越すってこと?」

 

この話をすれば、その結論に達することがたえには分かっていた。

だから一旦は見送ろうとも思った。

自分が我慢すればいい、と。

 

でも思い出されるのはあの時の光景。

昔飼っていたウサギたちが全羽……っ

 

ーーそれにこれはたえだけの問題では無い。家族にとって重要なことだ。

だから言わないわけにはいかなかった。

 

「それに私の見間違いかもしれない。

 たまたまこの街に来ていただけかもーー」

「……そのあたりも含めて、母さんと相談だな。

 くそっ! そこまで執念深いなんて……」

 

父が普段見せることのない表情で、普段吐き出したことのない単語を口にした。

 

今日の夜は、長くなるかもしれない。

そしてこの問題は前回引っ越すこと以外で、解決できなかったものだ

解決の見込みが無い以上、この闇はいつまでもたえについて回るのだ。

 

警察も会社も世間も社会も、誰もたえたちを助けてくれなかった。

 

ふと頭に浮かんだのはこがねの顔だった。

闇を払えるのは黄金だけーーそんな益体もない考えが頭をよぎったけど、すぐに頭を降った。

 

こがねはたえと同じーーただの中学一年生だ。

それにこの問題に友達を巻き込むわけにはいかない。

 

だからたえはこのことを、絶対に誰にも話すつもりはない。

引っ越すときも、黙って引っ越すつもりだ。

 

でもこがねにもしこの思いが届くならーー

そんな思いを胸に、たえは両親の待つリビングに向かった。

 

 

おはろ☆

 

俺はただの中学一年生。円谷こがねだ。

 

ただの中学一年生である俺は、一般的なごく普通の中学生がよくやるように、友達の家の床下に忍び込んで、モグラのように息を潜めて盗聴器に耳を傾けていた。

 

たえの借り家が、昔ながらの昭和風民家でよかったよ。

風通しの良さを優先して考えられた日本家屋はぺりぺり床をめくれば、床下に結構なスペースがあったりする。

 

ひどいとこだと基礎とか考えられてなかったり、床下スカスカだったりするからね。土壌の作りも甘い甘い。

床下に赤の他人が潜んでて、知らず十数年同居してた事件なんかも昔あったな。

 

たえの家も、土壌をちょっと削れば侵入できた。

最初モグラに掘らせて進んだけど、あいつら穴掘るスピードがカタツムリより遅いのな。

結局いつも通りの脳筋で、自分で掘ったほうが早かったわ。

おかげで辺り一面変換したミミズで触手プレイだよ、あはは。

 

居間の真下に潜り込んで次に取り出したのは、コンクリートマイクだ。ズバリ盗聴器である。

仕組みはちょっと違うが、医者の使う聴診器みたいなもんだな。

マイクを押し当てることにより、壁や床を挟んだ向こう側の会話を鮮明に聞き取れるようになる。

 

この盗聴器は、そこら辺の不良から以前に押収したものだ。

あいつらってバカで素寒貧のくせに、こういう値が張りそうなガジェット結構持ってるんだよな。

どうせ盗んだか奪ったかして、手に入れたのだろう。

 

人から物を取っちゃうなんて、信じられない悪党だよね。

こがね許せない!(手元の盗聴器を見ながら)

 

さて、ここまでの不法行為を息をするようにやってのけた俺だが、なぜこんなことをしてるのかに疑問を抱く奴はおるまい。

 

あんな別れ方をしといて、きっとウサギにエサをやり忘れただけだから大丈夫だろう! なんて考えてもいいのは元のバンドリ世界だけさ。

 

俺は、マタマモレナカッタとか言いたくないよ?

 

マタとか許されず、ワンミスでレクイエムだからね。

マリオですら残機2から始まるのに勘弁してほしいよ。

 

だから俺はできることは全部やるのだ。こうした真っ黒な情報収集もその一環。

JCだから大抵のことは許される。

 

厨二風にいうなら、「闇でしか裁けない罪がある」といったところだろうか。

この続きを言うと、さすがにJCでも許されない。

 

とにかくこの日本って国は、未成年と女子供にはやたら甘いからな。

 

たとえこの場で現行犯逮捕されたとしても、責任阻却事由満載で確実に無罪となるだろう。

その代わりに芸能界の闇とやらは、女子供に厳しいんだケド。

 

ただ、内心忸怩たる思いがないワケではない。

俺にとってポピパメンバーは、不可侵領域だ。サンクチュアリといっても過言ではない。

メンバー以外にはどんな傍若無人にもなれる俺だが、彼女たちに対しては誠実でいたい。

 

なので、たえの家にこんなマネするのは大変不本意なのだが、緊急避難と思って許してもらいたい。

ダメかな? 中身男だしね、とほほ。

 

もともと初日のたえとの会話で、過去に何かあったことは気付いていた。

たえが小学生のときから香澄と会っていたこともそうだし、小学生のときから始めていたとされるギターの気配が微塵もなかったからだ。

 

だからいずれ張り込みしようと思ってので、いい機会だと思ったんだ。

それで今日どんぴしゃで話題を出してくれたから、タイミングが良かった。

いや聞こえてくる会話的に、たえにとって今日はタイミング悪かったんだろうけどね。

 

たえと家族との会話は、居間に入ってからも続いていた。

もぞもぞとミミズと一緒に移動しつつ、イヤホンに意識を集中させる。

 

「……いたのは小太りの男だけだったんだな?」

「うん。あの3人のうちの一人だけだった」

「やはり狙いはたえなのか……」

 

ほむほむ

 

以後、聞こえてきた会話とその後の家宅調査で判明した事実をまとめると、どうやらこんな感じらしい。

 

もともとたえパパは、会社の社長だったらしい。といってもそれほど大きくない、印刷関係の中小企業のようだけど。

従業員20名程度で細々とやってきたが、会社が軌道に乗ってきたので、銀行から融資を受けたようだ。

印刷会社というのはビニールや金属面など特殊な場所に印刷する需要も多いため、設備投資が割と欠かせないらしい。

今後のことも考えて、ということだ。これが大体たえが小学3年生頃のこと。

 

ところが融資を受けた直後、著しい景気の落ち込みがあった。

商品ラベルの印刷を主としてやっていた会社は、顧客であるメーカーの商品の生産縮小のあおりをそのまま受けることになってしまった。

といってもたえパパには先を見る目があったから、それ自体は不況が通り過ぎれば回復する見込みがあり、なんとかなるはずだったようだ。

 

でも、なんとかならなかったのは、融資元である銀行であった。

もともと無理な拡大方針で営業を続けていた銀行は、他の融資先でだいぶ焦げ付いた案件を抱えていたようだ。

それが爆発したため、債権整理のために貸し手としての債権を、回収会社に引き渡してしまったのだ。

 

こうした銀行は通常子会社で、なんたら債権回収(株)とかいうサービサーを抱えているものだ。

しかし親が親なら子も子であった。ここも火の車であった故に、さらなる債権譲渡をおこなったらしい。

 

そしてそれが、たちの悪いところであったと。

でてきたね、闇が。

 

サービサーというのは、借金の取り立てが主たる業務だ。そしてその性質上、厳しい規制がかけられるのが常である。

だがこの世界ではその辺が見事に甘い。端っこの方にいくと、チンピラみたいなのがやっているのもザラのようだ。

 

そしてたえパパの債務もたちの悪い会社ーーMC債権回収会社に取得されてしまった。

 

MC債権回収会社は、たえパパの会社に執拗な取り立てを仕掛けた。

いくら今後の返済スケジュールを説明したところで、聞き手がサルでは無駄であった。サルは動物だからすぐに果実が欲しかったのだ。

今すぐ法外果実をよこせと、キーキーキーキーわめいたようだ。

 

そしてその手が家族にまで手が及んだとき、たえパパは会社をたたむ決意をしたそうだ。

会社は無くなってしまったが、借金自体はこれで完済したという。

 

しかし不幸なのはここからだった。

MC債権回収会社のサルの1匹が、たえパパに脅しをかけるために花園家の家族構成を調べる過程で、たえに発情してしまったのだ。

相手は小学3年生。まごうことなきロリコンである。

 

まっとうな恋愛など最初から諦めたサルは、すぐにたえのストーカーとなった。

もちろん警察にも届け出たが、この手の出来事に役に立たないのはお約束だ。

 

ストーカーの凶行はとどまることなかった。

不審な郵便物を送付し、登下校の最中を尾行し、ついには家の中にまで……

 

家の中に仕掛けられた盗聴器と、たえの愛情が向けられていたウサギたちの惨殺死体を発見したときに、たえパパは引越しを決意したという。

 

 

以上、長い話だったが、まとめると「借金取りがたえのストーカーにクラスチェンジしたので、この街に逃げてきた」ということだった。

 

「それで小学生のころに、この街に引っ越してきたのか……」

 

そこで香澄とたえが会えたのは運命を感じさせるが、間違っても怪我の功名とは言えないだろう。

 

それにしてもストーカーとはね。

たえは天使だから仕方ないけど、サルが天使を恋しようなんて、おこがましいとは思わんかね?

 

そのために、たえを尾行し盗聴器を家の中に仕掛けるなんて、完全な犯罪だ。許されざるよ。

くそっ、こんな犯罪が許されていいのか!?

 

たえを尾行し、家に侵入し、盗聴器を仕掛けるなんて!!!

 

……なんか最近そんなことやってる奴がいたような気がするけど、気のせいだろう。

 

「MCの方は父さんが調べておく。何か手がかりがあるかもしれない。

 だからたえ、しばらくは外出は禁止だ。学校も終わったらすぐに帰ってきなさい」

「……うん」

 

イヤホンの向こう側からは、かわいそうな結論が聞こえてくる。

 

吹奏楽部の活動も、しばらく出られないってことか。

こんな不便はさっさと解消してあげなければな。

 

さしあたって知りたいのは相手の情報だ。

今のところ小太りということしか分かってないから、さすがにこれだけの情報で特定はできない。

MC債権回収会社の従業員ということは、その支社でもこの街にあるのか?

 

たえに聞いても、おそらく教えてくれないだろう。

聞き出すことで嫌な思いをさせたくもないし、たえと一緒に探し出すとか、もってのほかだ。

 

漫画とかだとストーカーがヒロインの前に現れて、「ふひひ、たえちゃん」とか笑いかけてヒロインが存分に怖い思いをしてから、ようやく主人公が「お前だったのかぁ!!」とか叫びながら助けに入るけど、あれって下策も下策だよね。まぁ、演出だけどさ。

 

上策はヒロインが何も知らないうちに、全てを終わらせてあげることだ。

もちろん俺もそれを目指す。

 

考えるだけでも難しいが、こんな不法行為ばっかりやってる俺はそれくらいやらなきゃね。

目下はたえの護衛をしつつ、犯人の捜索を進めることだな。

 

今後の方針を打ち立てると、俺はたえの家をあとにした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。