番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
「あれーっ。おたえ、今日も帰っちゃうの?」
「……うん。ちょっと用事があるから」
言葉を濁すと、おたえはトランペットを片付けて逃げるように帰ってしまった。
「うー。おたえ最近ちょっと冷たいよ〜。
ね、こがねんもそう思わない? あれ? こがねんどこー?」
同意を得るためにこがねんの姿を探したら、いつの間にかその姿もなくなっていた。
さっきまでそこにいたのに!
見かねた吹奏楽部員が教えてくれる。
「こがねさ……んなら、シンバルおいてさっき出てっちゃったよ」
「えーっ! もうっ!」
最近、おたえとこがねんの帰りが早い。ろくに部活にも参加せずに帰ってしまう。
部活以外のーー授業中とか休み時間は今まで通り一緒にいるから、避けられてるってわけじゃないけど、ちょっと寂しいな……
結局、今日の部活を最後までやったのは私だけで、帰りも私一人だった。
とぼとぼ帰り道の土手を歩く。
6月になって日もずいぶん長くなった。
夕日が綺麗だけど、一緒に見る人がいないのは残念だな。
2人がすぐいなくなっちゃうようになったのは、いつくらいからだっけ……
たぶん、2週間前のお出かけくらいからだったかな。
……何かあったっけ?
心当たりは全然ないんだけど、お姉ちゃんは人の気持ちが分からないって、あっちゃんにはよく怒られてしまうから、ひょっとしたら私が原因なのかな?
理由はもちろん聞いてみたよ。
こがねんは、ものすごく焦った様子で、「えっ! すぐに帰っちゃう理由? えーっと、あーっと。そ、そう。ギター、ギターやるんです。バンドですよ。私が天に立つ」とか言ってたから、たぶんギターの練習を鵜沢さんとやってるのかもしれない。天に立つの意味はよく分からないけど、ボーカルでもやるのかな?
おたえは……ちょっとよく分からない。
家の用事があるからって言ってたけど、なんかはぐらかされてる気がするんだよね。
もっと別の理由があるような……でも家庭の事情なら、あまり突っ込まないほうがいいのかな?
おたえとは小学5年生からの付き合いだ。
夏休みが明けた2学期の最初に転校してきて、隣の席に座ったんだよね。
そういえば最近のおたえは引っ越してきたばかりころと、ちょっと似てる気がする。
あのころは今よりずっと無口で、おとなしくて、全然楽しそうじゃなかった。
それを私はなんとかしたいって思ったんだ。
あの時はどうしたんだっけ?
えーと……
「深刻な顔しちゃって、どうしたの香澄ちゃん? 悩み事?」
「あ、三輪部長」
夕日に向かって悩んでいたら、いつの間にか隣に三輪部長が立っていた。
部長とは帰り道が同じということを前に聞いたことがあったけど、今まで一緒に帰ったことはなかった。
いつも一緒に帰っていたのは、おたえとこがねんだったからね。
「最近、香澄ちゃん一人で帰ってるみたいだから、気になって話しかけてみたけど……2人と何かあったのかな?」
重ねて問いかけてくる三輪部長。
その優しさに胸がほだされて、私は最近の思いを吐き出した。
それを聞いて三輪部長は、どこか納得したように頷いた。
「……そうなんだね。たえちゃんとこがねちゃんの早退する理由は、香澄ちゃんも知らなかったんだ」
「はい……あの、三輪部長は何か知ってますか?」
「いいえ。私もたえちゃんは『家の用事があるのでしばらく早退します』としか聞いてないわ。
こがねちゃんは……いつの間にか消えてるから分からないけど」
「そうですか……」
部長は何か知ってるかと思ったけど、残念だ。
でも私には話せないけど部長にだけ話してたら、ちょっと寂しいけどね。
「でもよかった。私、仲良しなあなたたちを見てるのが好きなの。
一緒に帰ってない理由が、喧嘩とかが原因じゃなくて良かったわ」
「そんなことないですっ! おたえとこがねんとはずっと仲良しですっ!
でも、私って、信頼されてないのかな……」
三輪部長の言葉を否定しつつも、ふと、そんな思いが頭をよぎった。
「えっ?」
「私がもっとおたえと仲良くなってたら、理由を話してくれたのかな……」
「……仲が良いからこそ、話せないこともあるかもね」
「? どういうことですか?」
私のこぼした弱気に、三輪部長が不思議なことをいう。
「私もね、是清に冷たくされることがあったの。近づくな。お前には関係ないってねーー」
是清って、確かこのあいだのおっきな人。
三輪部長の彼氏さんだ。
「最初はなんて冷たい人なんだろうって思ったりもしたけど、付き合っていくうちにわかったわ。
是清は私を守ろうとしていたんだって。自分から遠ざけることで、守ろうとしていたんだって。
是清はそのーーああいう人だから、昔から嫌う人も多くてね。
自分の近くにいると、不幸になるって思ってたんだろうね」
「突き放すことで、守ろうとしているーー」
おたえが理由を話してくれないのも、そうした原因があるのだろうか。
それなら、それに踏み込もうとするのは、いけないことなのかな。
「でも私は、香澄ちゃんの気持ちがわかるな」
「え」
「もちろん、是清の気持ちもわかるけどーー突き放すことで突き放した人が傷つくなら、やっぱりそれを癒してあげたいって思うじゃない?」
踏み込ませない優しさがあるなら、踏み込む優しさもあると部長はいう。
つまりそれは、私の決心と同じだ。
そうだよ。
おたえは何か辛いことがあって、私を関わらせないようにしてるかもしれないけど、それだけじゃおたえが辛いまんまなんだ。
……そうだ。
小学生の時だって、そうしたじゃないか。
おたえを喜ばせよう、楽しませようって、いっぱい話しかけたんだった。
一緒に登校して、一緒に授業受けて、一緒に帰って、一緒に遊んで、それで仲良くなったんだ!
こんなところでうじうじ悩んでるのは私らしくないよね!
そうだ!
よし! 今からおたえにあの時みたいにつきまとうぞ!!
「あ、あの、香澄ちゃん? すごく晴れ晴れした顔になったけど、何かあったのかな?
香澄ちゃんのその笑顔は、ちょっと不安になるんだけど……」
「あ、部長! 私決めたんです! おたえにつきまとうって!!」
「……ほ、ほどほどにね」
目の前のモヤモヤが霧が晴れたようになくなって、心が軽くなった気分だ。
これも三輪部長のおかげかな。三輪部長……ちょっと他人行儀な感じだよね。
「あの……部長。これからは部長のこと、希さんって呼んでもいいですか?」
「え。もちろんだよ、香澄ちゃん」
「えへへ。希さん」
よーっし! そうと決まれば早速おたえと話そう!
いっぱい話して、つきまとって、そしておたえの笑顔を取り戻すんだ!
そう思ってスマホを取り出した時だった。
「あのー。たのしそーなとこすまないっすけど、アナタ三輪希サンでOK?」
続く道の途中に、髪の毛を真っ黄色に染めた男の子が立っていた。
ピアスをじゃらじゃらで、眉がまったくなくって、ちょっと怖い感じの男の子だ。
年は同じ中学生くらいに見えるけど、校則違反だよね?
こういう人にはあまり近寄らないようにって言っていた、お母さんの言葉が頭をよぎる。
「そうですけど……なんでしょうか?」
三輪部長ーー希さんが私をかばうように前に出た。
頼もしいけど、希さんも体が震えている。緊張しているようだ。
「ビンゴぉぉぉ! あ、すみません。
まぁ、そう警戒しないでくださいよ。
別に何かするわけじゃないっすから。ちょっと見てもらいたいものがあるだけっす」
そう言って金髪の人は、希さんにスマホの画面を見せた。
希さんは警戒をし続けながらも、画面を覗き込んだ。
とたんに顔色が変わる。
「!! これっあなたたち、彼にーー是清に何をしたの!?」
「まぁまぁ。そう興奮しないでくださいよ希サン。
まだ何もしてねぇっすよ。ーーまだね」
そう言いつつも、ニヤニヤ笑いを止めない男の子。
「……これを私に見せて、何するんですか?」
「いやいやいや。だから何もしませんって最初にいったじゃないっすか!
ーーでもまぁ、これから俺は行くところがあるんですけど、別についてきてもかまわないっすよ?
あ、別に強制じゃないっすからね? 任意。これ大事ね?」
希さんは今まで見たこともないくらい憎々しげな様子で、おどけた様子の男の子を睨みつけていたが、最後は力尽きたように肩を落とした。
あの画面に、何が写っていたのだろう……?
「希さん……」
「香澄ちゃん。一緒に帰ろうって思ったけど、私行くところができたから。是清が呼んでるみたい……」
そう悲しそうにつぶやく希さんの姿は、どこかおたえと重なって見えた。
「希さん、でも……」
「はいはーい! じゃあ俺行きますから、ここまで!
そこの君も、まっすぐ家に帰ること! 寄り道は危ないっすからねー」
いいすがる私を遮るようにして、男の子が割り込んできた。
そしてそのまま、土手を降りて行ってしまう。希さんも少し離れてその後をついていった。
今のやりとりを見て、なんでもないと思えるほど私は鈍感じゃない。
でも、どうすればいいんだろう……
先生とか、警察とかにいってなんとかなるの?
どうすればいいのな……おたえ、こがねん。
☆
債権回収というのはクソみたいな仕事だ。
他人の借りた金を、他人のために取り立てる。
下には返せと殴りつけ、上からは回収しろと殴られる。
借り手に恨まれ、貸し手にも恨まれる。恨みしか生まれない誰からにも邪険にされるその存在は、クソそのものだ。
そしてそんな仕事についている自分は、つまりは肥溜めに等しい。
だが、日々を絶望とともに暮らしていた男ーー油井は、その日天使と出会った。
取り立てに向かった先の近くの公園で、疲れ果てベンチに腰掛けた自分に歌を聴かせてくれる女の子がいたのだ。
公園には油井以外に人影が無いにもかかわらず、女の子は一心不乱に歌を歌っていた。
女の子は毎日のように公園にきて、毎日のように油井の前で歌った。
つまりこれは俺のために歌ってくれているんだーーそう油井が勘違いするのも時間の問題だった。
こんな俺に歌ってくれるなんて……応援してくれてるんだ!
生涯において誰からも優しくされたことのなかった油井は舞い上がり、応援の通り仕事を頑張ることにした。
そして今度の回収先が少女に関係していることを知ると、狂喜乱舞した。
少女の後をつけ、少女の家に入り、少女の声を聞き、そして少女が油井以外に歌を聴かせてあげていることを知れば、そいつらは皆殺しにした。
これが仕事になるというのだから、なんて素敵な仕事なんだ! と笑いが止まらなかった。
だが会社はやはりクソで、もう支払いの回収はやめていいと言われた。
何を言っているんだ。まだ肝心のものを回収していないのに、なぜやめなくてはならないのだろう?
油井は会社を辞めた。
油井は諦めなかった。
昔の会社のブラックリスト情報、SNSを利用しての行方不明捜索、流出した教育教材会社の個人情報、学校同窓会住所録の照会ーー考えられる手を使って探し続けた。
そして調査の結果、とある街で天使を発見できた時、確信したのだーーようやく回収が出来ると。
回収には手順がある。
催告し、訪問し、回収するのだ。
だからまずは自分の存在を思い出してもらうために、督促状を送ることにしたのだ。
まだ時効は過ぎてないよ、と。
そしてつい先ほど、女の子に自分の真心を込めた贈り物を送ったところだった。
「たえちゃん。喜んでくれるかな。僕のプレゼント」
☆
これは夢だ。
小さいころの自分を見下ろして、たえはこれが夢だとすぐに悟った。
どこか遠い、でも過去に実際にあった懐かしい夢。
……
…
「いやだ! わたしも一緒に行く!!」
泣きながらすがりつく小さい花園たえに、ギターの
「こんなどうしようもないおれだったが、ようやくすべきことがわかった。レクイエムは終わった。おれはこれから闇を倒しに東へ行く」
「だからわたしも行くよ! ついてくっ!」
闇がなんなのか、たえにはわからなかったが、今日を最後にギターの神に会えなくなることはわかっていた。
「残念ながら嬢ちゃんは連れてはいけない。闇は巨大でしたたかだ。仲間もみんなやられた。長い長い戦いになるだろう」
「神……」
「だが、おれが闇に立ち向かう勇気は、嬢ちゃんがくれたんだ。感謝している。だからこれをやろう。いいか? ここには”革新”が入っている」
そう言って神が手渡してきた箱には、「The Gold Experience」という文字が光り輝いていている。
見ているだけで、不思議と心が安心するキラメキだった。
たえはそれを受け取り、そして尋ねる。
「神は勝てるの……?」
「わからない。だが戦いとは暴力ではない。音楽こそが人の心を動かす。
そしてそのための武器はいつもここにある」
神は武器をポンと叩いた。
音楽は言葉も年齢も性別すらも超えることを、神はここで知ったという。
だから全ての争いすらも。
「戦いに勝った時、いつか嬢ちゃんみたいな女の子だって、ギターを弾ける日がくるかもしれない。
その時、今度こそ夢は撃ち抜かれるだろう」
風景がぼやけ、神の姿が薄れていく。
消える直前に、神は夢の旋律を奏でるため青い武器を構えた。そしてかき鳴らす。
最後にたえの目に映ったのは、青い青いーー
……
…
そこでたえは目を覚ました。見知った天井が目に入る。
ここは自宅だ。トランペットの練習している最中に、たえは眠りに落ちてしまっていたようだ。
夢ーー神の夢をみた。随分と懐かしい夢だ。
小さい頃、たえは神に出会ったことがある。
そして音楽を聞いた。今まで聞いたことのない天上の響きだった。
なので香澄が星の鼓動を聞いたことがあると言った時も、疑うことはなかった。
神がいたのだ。星の鼓動だってあるだろうと。
その証拠に手元にはアルバムがある。たえに託されたもの。
「The Gold Experience」
神がいなくなった公園で、曲をなぞろうと練習したこともあった。
神の持っていた武器は手に入らなかったので、覚えにあるまま口ずさんだ。
……それが原因で嫌な思いをしたので、それからしばらく神の夢を見ることはなかった。
しかし中学生になり吹奏楽を始めたことで、ふとあの曲を思い出したのだ。
そして自宅でトランペットにより練習していた。
再び神の夢をみたのは、それが原因だったのかもしれない。
たえの現在住んでいる民家は、郊外より少し外れたところにある借家だ。
街ともそれほど離れているわけでもなく、近くにバス停もあるから、交通の便は悪くない。
木造二階建ての、昔ながらの風情を残す庭付き一軒家。
隣の家ともほどほどの距離があるため、よっぽどの大騒ぎでもしなければ迷惑をかけることもないため、存分に自宅でトランペットの練習ができた。
専業主婦をしている母親もその点は理解があるため、何も問題はない。
問題はないがーー
たえはスタンドに立てかけられたトランペットを見つめて、一息ついた。
ちょっとちがう。
口ずさんでいた時とトランペットで曲をなぞっていた時、どちらもあと一歩に手が届かないような物足りなさを感じていた。
神の奏でた曲を再現するには、やはり専用の武器が必要なのだ。
とはいえ気軽に外を出歩くこともできない今は、トランペットの練習くらいしかすることがない。
問題なのはトランペットを吹いていても、気が晴れることはないことだ。
それも閉じ込められたようで窮屈さを覚え、気が滅入る。
いやーー実際に閉じ込められているのかもしれない。
いつまでこうしていればいいんだろうーー
たえの日課に、朝と夕のマラソンがある。
小さい頃、父に誘われたことがきっかけであったがこれが実に心地よかった。
会社が忙しくなった父は途中から離脱してしまったが、性に合っていたこともあり、たえはこの日課をずっと続けていた。
こういう時はひとっ走りすれば、気も紛れるものだ。
でも今はそんなわけにもいかない。
外に出たら、あの男に会ってしまうかもしれないから。外出は最小限にしなければならない。
あんまり落ち込んでてもしょうがないかーー
たえは首を振った。
あ、そうだ。夕刊をとってこないと。
郵便物の確認して居間に届けるのは、たえの仕事だ。
いつもなら朝夕のマラソンをやる時に、ついでに回収していた郵便物だが、マラソンが出来なくなったせいで、ここのところ忘れてしまうことが多かった。あぶないあぶない。
トランペットをおいて、小走りで玄関の郵便桶を確認しにいく。
もともと備え付けられていたのは腐朽が激しかったため、新品に交換済みだ。
留め金を外して、中から郵便物を取り出す。
そこにはーー
「これなに?」
楽器のチラシ?
夕刊とともに、フルカラーのチラシが挟まっていた。
いくつもの楽器の写真が、カラフルに掲載されている。
前に香澄たちと行った楽器店のものではないようだが、手頃な価格だった。
トランペットには一番に目が行ったが、そのほかにたえの目を引くものがあった。
チラシを持つ手が震える。
「神の武器だ」
そこには1つの楽器が映されていた。
あの日にみた神の姿が、鮮明に再生される。
その手に握られていたのは、青い青いーー
ギターの
もちろんこの作品のアヤツとは違います。