番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第15話「こがねのわりと長い1日」

送った督促状をたえが受け取った時、どんな顔をするかを頭に思い浮かべて、油井はニヤついていた。

喜んでいる顔が目に浮かぶようだ。目に浮かべるだけじゃなく、カメラをしかけて録画しておいたほうがよかったかもしれない。

それとも物陰から覗いて直接見た方が良かったか?

 

様々な可能性とその時の反応を堪能していると、コツンコツンという音が耳に入ってきた。

なんの音だ?

あたりを見渡して、発生源を探る。

 

どうやら窓の方からしているようだ。カーテンの向こう側から聞こえてくる。

 

ひょっとしてあの馬鹿どもがやってきたのか、また僕をイジメようとして……っ!

 

いや、ノック音かとも思ったが、こんな時間に誰かくるとも思えない。

窓を叩くのも変な話だ。

この学校の粗暴な奴らなら、そんな迂遠なことをせず直接くるはずだ。

 

ひょっとして虫か。部屋から溢れる明かりに誘われて、体当たりしているのか。

 

その考えに至った時、不意に窓が開くとカーテンを押しのけて虫が入ってきた。

 

ここで油井が冷静なら、入ってきた虫よりも「なぜ窓が突然空いたのか」に疑問を抱くところだが、油井はそれどころではなかった。

 

ス、ススメバチ……っ!

 

入ってきた虫がオオスズメバチだったからだ。

しかも1匹ではなく、連なるようにして5匹も!

油井は以前体験した痛みを思い出し、恐怖に身を震わせた。

スズメバチたちはしばらく縦横無尽に飛び回ったが、空中でホバリングしつつ、尻尾に備え付けた針を向けてきた。

明らかに油井を狙っている。

 

「ひ、ひぃ……」

 

1匹でもひどいのに、5匹など手を振り回してどうにかなるものではない。

しかし油井には勝算があった。場所が幸いした。

そう。自宅ならともかく、この場所なら対抗手段がある。

 

慌てて油井は、学校備品として準備していた殺虫剤を手に取ると、スズメバチに向かって吹き掛けた。

これは駐輪場の軒下などにできた蜂の巣を一網打尽にできるほどの、強力なやつだ。

 

「くらえっ!! ふぁ!? な、なんで……ぐぎゃあぁぁ!!!」

 

しかし殺虫剤をまともに受けたはずのスズメバチたちはケロリとしており、代わりに目と鼻に激痛が油井を襲った。

油井は顔を両手で押さえながら、顔中から汚い液を撒き散らして床を転がり回る。

 

なんで撒いたはずの殺虫剤が、俺にかかっているんだ?

訳がわからないーー

 

しかしスズメバチはそんな油井を見逃すはずもなく、隙だらけのその体に針を突き立てた。

何度も何度も何度も何度も。

 

油井は顔面の謎の痛みと蜂毒に悶えていたが、誰かが駆けつける訳もなく、やがてその震えも止まりピクリとも動かなくなった。

 

 

「ありゃー、油井とうとう死んじゃったのか」

 

俺はストーカー男がいる用務員室の窓の外で、ベビースターラーメンをかじっていた。

スズメバチを部屋の中に突入させたあと、男の動きが止まるまで静観していたのだ。

ゴールドエクスペリエンスの生命感知によると、男はお亡くなりになってしまったようだ。

 

小腹が空いたので駄菓子に手をつけていたが、もちろん周囲への警戒は怠っていない。

とはいえ、ここは校舎からはやや離れたところにある建物で、山際ということもあり窓辺には木々も生い茂っており、ちょうど死角になっている位置。そうそう見つかったりはしない。

 

玄関にある表札には用務員室とあり、責任者欄には「油井」とあった。

誰か来たら即逃げる予定ではあったが、最期まで騒ぎに気づくものはおらず、ストーカー男あらため油井は息絶えてしまった。南無。

 

しかし件のストーカーが宮田中の用務員になっていたとはな。

こいつは債権回収会社を辞め、職を変えていたのだ。

まともに当初の予定通り会社方面から調査していたら、間違いなくたどり着けなかったに違いない。

 

中学校の用務員になっていたのも、たえを追いかけてのことかもしれない。学校とかの部分社会は、内部に入ると個人情報ゆるいからな。なんという執念。

 

この用務員室ーーというか建物は、住居と一体になっているようで、ここで生活もしていたようだ。

住み込みで働いていたんだな。最近は珍しいが、昔は家族ぐるみで務める用務員が結構いたとも聞いたことがある。

 

宮田中も歴史があるから、そこらへん古い制度が落ちない汚れのように残っているのだろう。

俺にとってはガサ入れもできて一石二鳥だな。誰もこないようだし、さっさと済ませてしまおう。

 

「よっと」

 

俺は靴を脱ぐとサッシに足をかけ、部屋の中へと忍び込んだ。

油井が暴れた影響で物が散乱しているが、足の踏み場がないというほどでもない。

こいつは几帳面な性格だったようで、棚に置かれた備品類は気味が悪いほどキッチリ整理してあった。

 

足元には油井の死体があり、苦悶の表情を浮かべている。

 

うん、死んでる。

今更だけど男が死んだ理由、説明する必要ある?

 

いやまぁ、アナフィラキシーショックなんだけど不要だよな。

これの解説するとか、なんか粉塵爆発を延々と説明し続ける並みの恥ずかしさがある。

 

といっても、もともと蜂で殺すつもりはなかったんだが。

一度過去に刺されていたのか、もともと抗体を持っていたのかーーこの油井がアレルギー体質だったことを、俺は知る訳もなかったからな。

 

たえのストーカーがこいつであることを知ったのも、ここにたどり着いたのもついさっきのことだった。

ここまでたどり着けたのは、このスズメバチ達のおかげだ。

 

油井を刺したあと生命エネルギーを失ったススメバチは、現在は元の物体へと戻っている。

 

スズメバチは元の物体ーーこいつがたえに出したラブレターの添付品を元に、俺が作り出した生物だったのだ。

ゴールドエクスペリエンスの便利能力の一つだな。

 

ゴールドエクスペリエンスは触れた無機物を生命に変えることができるが、こうして生み出された生命には、元の物体や元の位置に戻ろうとする帰巣本能みたいな力が働く。

 

作中では折れた歯をハエに変え、歯の持ち主に戻るハエを追うことで敵を割り出したり、石碑の破片をてんとう虫にすることで目的の石碑へたどり着くことができた。

 

これを応用したのだ。

 

すなわち、たえの家に届けられたラブレターに同封されていた白ジャムを、俺はスズメバチへと変えたのだ。

そう、こいつ自分の精子送りやがった! 恐怖の白ジャムだよ。都市伝説だけかと思ってた!

 

くそっ! 何が悲しくてこいつの精液にふれねーといけなかったんだよ!

ひどすぎる。どんな罰ゲームだ……

スタンド越しだったのが唯一の救いだよ。

 

……あれ?

 

そういや俺の分身とでもいうべきスタンドで、男の精子から生命産み出したことになるんだけど、これって子作……やめよう。

男×男で処女懐胎とかワケがわからないよ。神の奇跡が起きたのは馬小屋ではなく用務員小屋だったとは。

 

もう、たえがコレに触るのを回避できたから、それだけで十分。

あんまり考えないようにしよう。

 

それにしても、こいつにたどり着くまで結構苦労したよ。

ほんとゴールドエクスペリエンスさまさま。

 

当初、債権回収会社方面からストーカーの素性を調べようとチャレンジした俺だったが、その目論見はすぐに破綻した。

忍び込んだ会社で入手した社員名簿により、こいつが早々に退社して行方不明になっていたことが判明したのだ。

 

探偵じゃあるまいし、こうなると打つ手がない。

失踪した人間を追いかけるのは、現代のような管理社会でも難しい。もとの世界の警察だって手を焼くくらいだもの。

探偵だってできるかどうか……金田一少年やコナンくんだって難しいんじゃないのか?

まぁ俺は彼らが、普通の探偵のように人探ししたエピソードをろくに知らないけど。

 

仕方ないので専守防衛に務めることにした。

すなわちたえの周囲を警戒し、接触する寸前でインターセプトするのだ。

前に名指しした漫画シチュエーションくん、ディスって悪かったな。お前が正しかったよ。

 

しかし俺は「ふひひ、たえちゃん」の「ふ」の瞬間に対象をこの世から抹殺するつもりだ。

そこがお前とは違う!

 

そのために学校はもちろん日夜たえを見守り、護衛した。

ストーカーがいつ現れてもいいよう目を光らせ、即応体制を敷いていたのだ。

 

なんせ、ストーカーなる人種は頭のネジが外れているので、どういう手段で接近してくるかわからん。

 

一般的に考えられる行動としては、電話やメールだろう。

しかし今回は長年溜め込まれた怨念がありそうだ。より直接的なケースだってあるだろう。

電凸どころか、突然たえ家に突撃してくることだってあり得る。

だから真夜中だって油断できない。

 

今もたえの家を、どこからか見張ってるかもしれない。

そんな不審人物を見逃さず、いち早く察知し対処出来れば俺の勝ちだ。

 

どこだ……どこにいる……

どこからくる……

今もどこからか、たえを見張っているかもしれない。

たえを付け回す卑劣な人物はどこだ……っ!

 

「!!」

 

そして毎晩のように、たえの家の床下でミミズとともに息を潜めていた俺は、そんな不審人物にとうとう気が付いたのだ。

 

 

それは俺です。本当にありがとうございました。

 

 

まぁ、そんなこんなもあったが、毎朝毎夕たえを見張りつつ、郵便ポストをチェックしていた甲斐もあり、こうして奴の手がかりを得ることができたわけだ。

凸してくる可能性に備えてだったが、当然郵便テロも警戒していたからな。

 

郵便物がたえの手に渡る前に、ストーカーからのラブレターを奪取することができた。

代わりにポストに楽器屋のチラシを封入しておくというステマも忘れなかった。青いスナッパーが載ったちょうどいい感じの広告を以前見つけたので、とっておいたのだ。

 

チラッチラッって感じで、チラシをつっこんでおいた。効果あるといいけど。

ここら辺、そろそろ原作効果期待してもいいよね?

芸能界の闇とやらの皆勤賞に比べて、原作さんちっとも仕事しないんだもの。ニートかよ。

 

 

ったく、それにしてもコイツ、こんなもんを送付してくるとか万死に値するわ。

ま、もう死んだけどね。

 

殺した。

 

あ、そういや色んな犯罪を繰り返した俺だが、殺人は初めてだったりする。

たえのストーカーで初体験だ!

 

なんだかんだいって、今まで数々の悪行を積んできた俺だが、人殺したことはなかったからな。

 

ちょっとセンチメンタル……。

 

正直スタンドを使えば、殺人なんて簡単なんだ。

目に見えないし触れられないんだから、駅のホームから突き落としちゃえば完全犯罪だって余裕で成立する。

 

邪魔するやつらは問答無用でデリートするってのも、効果的ではあるんだけどね。

ポピパにときエクを演奏してもらうために、立ちはだかる障害は全部排除するというのも、到達方法の一つだろう。

 

ただ、短絡的に全てを殺しで解決しようとすると、どこかで破綻を招く気がするから、これまでできるだけ人死には避けてきた。

パンを食う感覚で人を殺すようになれば、それはどこぞの吸血鬼になってしまう。

 

気がついたらポピパ以外の人類を滅ぼしていた、なんてこともありえる。

誰もいなくなった廃墟で、最後に残ったポピパのときエクの音が空虚に響き渡る……。ちょっとディストピア感がある。許されないよね。

 

でもレクイエムはもっと嫌なので、いざとなれば立ちはだかる障害に、この世からのご退場願うことにもためらいはない。

こいつがたまたま第一号だったわけだな。

 

しかし、振り返ってみれば盗聴、窃盗、器物損壊、不法侵入、傷害、拉致監禁、強盗、そして今回の殺人と、犯罪で役満を作れそうだ。

 

うーむ、世間的に見れば間違いなくアウトなのは俺だな。

 

……っと、殺人現場でぼーっとするという金田一の犯人みたいなことをしてしまった。

いかんな。人が来ないなら、続けてやるべきことがまだある。

早くしないと、はじめちゃんみたいなのが来ちゃうかもしれないから作業を手早く済ませよう。

 

作業ーーつまり物色である。

人が死ねばさすがに調査の手が入る。ならばその前に回収すべきものが、この部屋にあるはずだ。

はぁ、中年男の部屋の物色とかしたくないんだが……。

 

負けないで! こがねちゃん!!

 

俺は手袋、マスク等の装備を整えると物色を開始した。

室内は一見、綺麗に整理整頓されていたが、その裏側にはドロドロしたものがいっぱいあった。

怨念ドロドロ。物理的にもドロドロ。

 

多少の偽装工作はされていたが、稚拙だったため発見は容易だった。

パソコンに至っては今しがたまで操作していたため、パスワードを解除する必要もなかった。

 

こがねはしつないをぶっしょくした。

 

盗聴、盗撮データ。女児ものの下着、衣服。を手に入れた。

 

したぎはしようずみのようだった。こがねはなきそうになった。

 

やっぱもっと苦しめて殺すべきでしたかね?

にしても、たえ一筋と思いきや、割と節操ないね。ただのロリコンじゃったか。

 

どうやら用務員としての地位を濫用して、学校内の更衣室やトイレに装置を仕掛けて盗撮・盗聴していたらしい。

夜に見回りと称して堂々と巡回できるんだから、そりゃ窃盗も余裕だったことだろう。

 

体操着とか制服とか一式揃えてるところを見ると、コレクターの気もあったのだろうか。結構な種類がある。

逮捕されてたら、警察の並べ師が嬉々として取り組みそうなコレクションだ。

この宮田中のブルマは珍しいので中央に配置しよう! とかいって。

 

「にしてもすげぇ量だな」

 

パソコンの中には、たえに関するものはもちろん、他に宮田中の生徒と思われる写真やデータもたくさんあった。

全部消すか悩んだが、結局たえのものとダミーで数件だけ消しておいた。後日警察が調べた時、盗撮機器がこんなにあるのに、データ一つも残ってなかったら不自然だからね。

 

たえのものは衆目に晒すわけにはいかないからな。キッチリ消しておく。

この世界、警察も無能というか油断ならん。

官憲に押収された物品が、なぜか闇市に出回っていることもある。

 

モブの分はしらん。

見知らぬ誰かを気にかけるほど、俺の両手は長くないんでね。

 

「削除 削除 削除 削除 ……」

 

できればデフラグもしておきたいところだけど、さすがに不自然かなぁと思いつつ削除していると、最小化されている動画再生ソフトに気がついた。

どうやら複数の監視カメラを一元管理するソフトを流用したようで、監視カメラからの動画と同時に、盗撮カメラからの動画をリアルタイムで観られるようだ。

 

これ、わりとすごい技術だよね?

……どうしてこの執念を別方向に活かせなかったのか。

 

仏像のような表情で9分割された画面を眺めていると、右下に目がいった。

他は夜なので真っ黒なのだが、そこだけ活動中だったからだ。

 

映されている場所は、宮田中校舎内のどこかの教室のようだ。ただし全木造でかなり古い感じだ。旧校舎か?

画面にはかなりの人数が写っていた。

数多くの男とーー1人の女の子。男はいっぱいいるが、特にでかい男が目立つ。

 

「……って、こいつ是清じゃん」

 

ってことは、こっちの女の子はーーあちゃー、やっぱり三輪部長でした。

 

よく見ると男たちは大小2つに分かれていた。

是清たちがちっさいグループのようだな。みんなうちの制服きてるし。

おっきいグループは誰一人としてメンツがわからん。たぶん宮田中の番長グループだろう。

二つのグループは剣呑な様子で睨み合っている。

 

そして三輪先輩はやや離れたところで、別の男に取り押さえられていると。

 

なんか一瞬で理解できる構図だな。

 

まさかこの後みんなで、愉快に夜間パーティを始めるってわけでもあるまい。

……別のパーティは始まりそうだけど。

 

なにやら言い合いをしているようだが、この盗撮機器は音声までは拾ってくれないので、内容は分からない。

 

うーむ。何を話しているのだろうか……。

 

よし、ここでこがねちゃん12の特殊技能の一つ、読唇術をためしてみよう!

こがねは唇の動きだけで、人の話していることがわかるのだ!

 

なになに?

 

是清「俺に人質はきかない。その女は好きにしろ。さあ果たし会おうぞ」

 

おお、かっこええやん!是清。

 

三輪「私を見捨てるの!? この玉なし!人でなし!」

 

男、是清。人質をクールに見捨てる!

 

………

 

そして乱闘が始まった。

というより、一方的なタコ殴りであった。

 

もちろん是清が敵対グループに一方的に殴られている。是清たちは亀のように丸まっているだけだった。

それを見て必死に暴れた三輪部長であったが、後ろの男に殴られて倒れてしまった。

 

……読唇術、全然あってなかったね。

 

はぁ。

 

人質取られたくらいで無抵抗になるとか、アホなのかなあいつ。

人数的に劣ってる上に敵拠点の中でこの有様とか、何考えてるのかな。

考えてないのか。脳まで筋肉詰まってそうだし。

 

ま、いっか。

俺は再生ソフトをそっ閉じした。

 

削除もし終えたし今日は殺人と窃盗と、いっぱい仕事してしまったから帰ろう。

これでたえの問題は、解決したと言っていいだろう。

目的にまた一歩近づけたわけだ。

 

これ以外のことは、しらん。

 

是清たちは散々ボコられて焼き土下座とかさせられるかもしれないけど、殺されはしないだろ。

頑丈そうだし、2、3日修理すれば直るんじゃない?

別に粗大ゴミになっても構わないし。

 

三輪部長は、まぁレイプくらいはされるかもしれないね。

中学3年ともなれば発情期だし、暴力の後で興奮してるから是清たちへの見せしめも兼ねてとかね。

写真とか取られて、明日から学校来なくなるかもしれない。

 

でもどーでもいいことだ。

部長は知り合いではあるけど、モブだからね。

ポピパにもときめきエクスペリエンスにも全然関係がない。

 

俺は助ける力はあるけれど、力があることとそれを使うべきかどうかは、全く別のことだ。

 

女騎士とか貴族令嬢なんかがよく、「お前はその力がありながら、なぜ人のために使わない! 力あるものは力なきもののためにどーたらこーたら」とかいうけど、正直こいつらアホなんかなーって思ってしまう。

それ、ノブレスオブリージュ全く関係ないからね。

 

飛行機で乗り合わせた医者が急患を助けなくてもいいように、溺れている人を水泳練達者が助けなくてもいいように、人は義務に強制されることはあっても、能力で強制されることはない。

 

だってその理論で言ったら、童貞をこじらせて死にそうな男がいたら、女は性奉仕を強要されるのか?

そんな馬鹿な話はあるまい。

 

俺は、この力はポピパのためだけに使うと決めている。

俺はポピパの味方ではあるが、正義の味方ではない。

それ以外の救済は、この世界の仕事だ。

 

立つ鳥後を濁さずということで、俺は自分のいた痕跡を可能な限り消して、その場を後にした。

ストーカーは死んだから騒ぎになるだろうけど、それは多分翌朝ぐらいの話だ。

 

今日は満月。

見上げた月が、とても綺麗だった。

 

 

帰り道、缶コーヒーを片手に公園前をぶらつく。

一仕事終えた後の一杯はうまい。

 

体が子供になった影響か、好きだったブラックコーヒーが苦くてしばらく飲むことができなかった。

しかし中学生となった今なら割と大丈夫になった。……カフェオレだけど。

俺も日々成長しているということだな、うん。

 

公園にはまた違った種類のチンピラがたむろしており、下品な笑い声でホームレスを追い立てて遊んでいる。

俺は冷めた目でそれを見る。

元のバンドリ世界じゃ考えられないことだろうけど、こんなのこの世界じゃ日常茶飯事だからな。前世でもニュースで時々みたか。

 

ピピピピピピピピ

 

着信があったのでスマホを手に取ると、香澄からだった。

珍しいことではない。夜中の長電話は女子中学生のたしなみといえよう。

 

毎日学校であってるけど、三日にいっぺんくらい長話するツーカーの仲だ。

香澄やたえともすでに結構な付き合いだからな。

今では軽快に冗談なんか言い合ったりしてる。

 

「ああ、私だ」

「あ、もしもし、こがねん……あのね。希さんなんだけど」

 

「ん? 希? あいつなら私の横で寝てるよ」

「えーっ! 希さんが変な男と一緒に帰っちゃったから、心配になって相談しようと思ったのに。

 なんでこがねんの横で寝てるの!?」

 

ふぁ?

 

ってか、希って誰?

 

あ。ついスラングで返しちゃったけど、希って、三輪部長のことか。

三輪部長って今をときめくあの人じゃん!

いつの間に名前呼びするくらい親しくなっちゃったの!?

 

しかもその相談内容。

ひょっとして拉致現場に香澄もいたのか。

 

「え、あ、うん。えー、そうそう、三輪部長とはあの後出会ってお茶したとこ!

 それで今はーー疲れて私の横で寝てるよ。うん」

「なんだぁ、そうだったのー。

 あれ? でも希さん、是清さんと会うって言ってたような……」

 

「……是清、さんも隣で寝てるよ」

 

言い訳を重ねれば重ねるほど、アホな虚像が積み上がっていく。

3人で寝てるってどういう状況だよ。3Pかよ。

2人とも寝てるのは間違いじゃないんだけどーー気絶だが。

 

「じゃあ、あの男の子も本当に呼びに来ただけだったんだ。

 余計な心配しちゃったかな。

 やっぱり人を見た目で判断しちゃいけないね! えへへ」

 

しかし香澄が俺の言を聞いて安心したのが、電話口からでもよく分かった。

 

「でもお茶するんだったら、ついてけばよかった。

 今度は私も誘ってね!」

「うん。誘う誘う」

 

なんかとてつもない言い訳をしてしまった気がするが、純粋な香澄は信じてしまった。

なんてこったい。

 

その後当たり障りのない話をしてスマホを切り、一息つく。

 

そっかぁ……希さんね。名前呼びかぁ。

 

ふぅ。

 

何をしてるんだお前たち!

早くしないと三輪部長が手遅れになるぞ!!

三輪部長を救えるのは、力を持つ俺しかいない!! うおおおお!!!

 

公園を突っ切って、全速力で宮田中の旧校舎へ向かう。

途中、俺の姿を見て近寄ってくる不思議なゴミがあったので、全部ゴミ箱に捨てておいた。

 

ま、俺も所詮モブにすぎないからな。

主人公のお願いには勝てない><

 


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