番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
「もしもーし。おーい、こがねちゃーん。大丈夫ぅー?」
「はっ!?」
鵜沢リィが不思議そうな顔で、俺の顔の前で手を振っていた。
意識が数瞬飛んでたわ。
まっさらな更地のように頭リバースしてた。
「SPACE……ここにSPACEってライブハウスがあったはずなんですけど、いつ無くなったんですかね?」
「うーん、知らないっ。でも結構前だと思うよ。リィちゃんも名前をおぼろげにしか知らなかったし!」
店たたむの早すぎだろ、やりきったババァ……まだ原作開始3年前だぞ……
やりきったかい?じゃねぇぞ……ってか始まってすらいねぇ……
どおりで「オッケーぐるぐる! SPACEはどこ?」って探しても、「お手元のキーボードにあります」とか返されるわけだよ。この世からすでになかったのかよ。
「ずいぶん青い顔してるけど、何かここに用事でもあったの?」
「ええ、まぁ……全てはここから始まるはずだったんですよ。はは」
俺はその場に崩れ落ち、ぺんぺん草すらなくなったSPACE跡地に涙を流す。
「うぅ。SPACE……聖地……」
「うん。整地されちゃってるね」
整地じゃねーよ。確かに草すら生えないけど。
ロゼリアもパスパレもアフグロもハロハピもみんなここに来るはずだったのに……うぅ。
アニメ版バンドリの中心じゃないか。なくなっちゃうとかありなの?
ガールズバンドの聖地ーー始まりの地……ん?
「あれ、でも待てよ」
そもそもこの世界でガールズバンドなんて始まってたのか?
やりきったババァーーあのオーナーは何を考えてSPACEを立ち上げたんだろう?
誰か知ってる奴はいないのか。
「あれー? 君たち、こんなところで何してるの?」
「お、ギターとベース持ってるよ。ひょっとしてライブハウスでも探してるのかな?」
犬が歩けば棒にあたるように、この世界をうろつくとクズにあたる。
鵜沢がゲゲッと嫌そうに顔をしかめた。
「……こがねちゃん。あっちに行こう」
鵜沢はこいつらを無視する方針のようだ。
さすが楽器店でバイトするだけあって、対応に慣れている。
陽気な奴だが、不良相手にまでその性格は発揮されないようだ。
鵜沢基準で関わり合いになるべきかそうでないかを、瞬時に見分けてるんだな。
でもこがね基準では別の見方ができる。
「えーとお二方。私たちを見て、ライブハウスを探していると思ったということは、あなたたちはここにかつてライブハウスがあったことを知っているんですか?」
「んやー!? こがねちゃん!」
なんで地雷に踏み込むのといった様子で、慌てる鵜沢リィ。
まぁまぁリィちゃん落ち着いて。
この世界のクズは時に財布になったり、時に辞典になったりするんだよ。
「おう知ってる知ってる。SPACEだろ? 俺よく行ったからなー」
「もしよろしければ、ちょっと教えてもらいたいことがあるんですけど」
「君たち可愛いから、俺たちにちょっと付き合ってくれたら、口が軽くなるかもー」
「そうそう、君たちの下のお口も軽いと嬉しいなーギャハハ」
ふぅん。知ってるんだ。
ふぅん。
「鵜沢さん、すこーしだけあっち向いててもらえます?」
少女仕置中。
「口が重い原因はこの歯かな〜? えいっ♪ えいっ♪」
「ふぁい。そうでふ。都築っておんなふぁ、ここにらいふはうすをひらいてまひた」
「なんれもはなしますから、もうゆるひてくらはい……」
なるほどねー。
口が重い様子なので、何本か歯を抜いて軽くしてやると男たちは軽快に話し出した。
顔をパンパンに腫らして聞き辛いことこの上ないが、これは許容範囲というものだろう。
視線を感じたような気がして振り返ったが、そこには背を向けたままの鵜沢リィがいた。
でも背中でドン引きしてるっぽい。
「あわわわわ。こ、こがねちゃん。すっごい……音がしたけど大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫ですよ」
見たのか見てないのか……どっちでもいいか。
方針変えたから別に周囲に隠す必要は、ほぼ無くなったからな。
香澄やたえの前では絶対に隠すけどね。
メンタルに負の影響与えたらいけないからな。こがねちゃんの暴力に当てられて、ときめきエクスペリエンスがデスメタルアレンジとかになったら目も当てられん。
人の心って繊細なんだよ。ちなみにクズは人ではない。
「じゃあ、尋も…話の続きをするから、鵜沢さんはちょっと離れてて下さい」
「う、うん。わかった」
「さ、さ。続きをどうぞ」
「はひぃ」
鵜沢を追いやって、ヒアリングを続ける。
話をまとめると次のことがわかった。
かつて都築詩船というギタリストがいた。後のオーナーである。
この世界では珍しい女性ボーカリストということもあって、かなりの人気を博していたようだ。
しかしそんな美味しい存在を芸能界の闇さんが見逃すはずがない。
付けねらうファン、横暴なオーナー、詩船を巡って争うメンバー。
女がバンドしてはいけないのか、彼女を取り巻く環境の過酷さに涙する日もあった。
だが彼女はめげなかった。
女性が安心してバンドできる環境を整えるため、ガールズバンドの可能性を切り開くため、一人でライブハウスを立ち上げたのだーーそれがSPACE。
男子禁制。立ち入り禁止。
演奏できるグループもガールズバンドのみ、というとても先進的なライブハウスだ。
しかしこの世界においてバンドとは男中心の世界である。
彼女の行為はとても尊いものだったが、それは中東で女性解放運動をするようなものだ。
気に入らねぇ。女が沢山いる。それだけで対象となる理由は十分であった。
ライブハウスは連日ならず者たちによって占拠され、好き放題されてしまった。
あの手(暴力!)この手(レイプ!)その手(ドラッグ!)が彼女を襲った。
そして彼女は道半ばにして倒れ、ライブハウスをたたんだ。
そしてスペース。
ちゃんちゃん。
……
…
おうふ。
結構ドン引きな内容だった。
こんなん聞いたら都築詩船ファンガチ切れしない? 大丈夫かな。
大多数の人が、やりきったババァの本名なんて知らなかっただろうから問題ないと思いたい。
でも、あのジジイ神とか都築詩船推しだったりしない?
大丈夫か。だってロリコン処女厨っぽいし。
本来ならお前の正しい守備範囲はオーナーだろうって、怒鳴りつけてやりたいくらいだが。
オーナーの悲惨な身の上話だったけど、この世界じゃよくあることだ。気にしてたらしょうがないわ。
力無き者が権利を主張する場合、それは別の利権によって潰される。
潰されないためには反抗するための力がいるーー暴力だな。これは元の世界でも同じことだ。
ババァの行動は立派だが、それを裏付ける力が足りなかった。
やるならヤクザの組長でも体でたらしこんで、暴力団をバッグにつけて立ち上げるとかすべきだったな。
綺麗事だけではダメだ。この世に神はいないのだよ。
神はいない……いるけどあいつは役に立たん!
「こがねちゃん。そろそろ終わった?」
「あ、はい。もういいですよ」
それにしても鵜沢に聞かれなくてよかったな。
聞かれてたら絶対顔面ブルーレイだったよ。リィちゃんバンドやめる!とか言い出したかもしれない。
それは困るからな。鵜沢たちには是非ともグリグリを結成してもらいたい。
バンド止めるんじゃねぇぞ。
ガールズバンドの希望の花となるのだ……
☆
「……あの、まだつきませんかね?」
「うーん。おっかしーなぁ。店長に教えてもらったのは、この辺りのはずなんじゃー……」
鵜沢の案内で街をさまよい歩く。
彼女の希望で、練習スタジオの下見に行くことにしたのだ。
SPACEがなくなったショックでどっと疲れたので、正直今日は家に帰りたかったが、SPACEに付き合ってもらったからな。
「でもこの辺、変な店ばっかですけど大丈夫なんですかねぇ」
見渡して真っ先に目に入るのがラブホ。
雑多なビルが立ち並び、繁華街であることは確かだが、あまりよろしくない街並みだ。
日も暮れてきたせいでネオンサインが目立つ。
客層もよろしくない。道端にしゃがみこんでタバコを吹かす金髪や、上目遣いでこちらを睨みつけるピアスなんかもいる。
「そもそも本当にこの辺なんですか? その地図やめてスマホで調べたほうがよくありません?」
「あと少し! きっとあと少しだから!」
しかし地図にかじりついている鵜沢は、周囲の様子があまり目に入ってないようだ。
鵜沢が手にしているのは店長にもらったという地図だ。
彼女のバイト先の店長は、楽器店のオーナーということもあって街のライブハウスや練習スタジオに精通しているらしい。
希望を聞いて、安いところや女の子でも比較的安全なところ、逆に行かない方がいい店についてアドバイスをもらったようだ。
お手製の地図で、手書きで色々な書き込みがされている。
「まだでしょうか……」
さらに歩を進め、肩に食い込むギターの重さが気になってきた。
つまり割と疲れてる。
結構な距離を歩いたこともあるけど、やはりSPACEが消滅していたという精神的なショックが大きい。
今後どうするかも考えないとなぁ……と思案したあたりで、ようやく鵜沢が声を上げた。
「フッフーー! ついた! ここが店長オススメの穴場なんじゃー!
その名もライブハウス・フォレスト☆」
「……ビーバーズって書いてありますよ?」
入り口に掛けられた木彫り看板には、煽り風味の畜生の顔。漫画村のアイコンみたいな看板があった。
おかえりくださいませお客様とかいてある。
「えっえ!? あ!! 間違えちゃった!
ビーバーズぅ? ここって近寄っちゃいけないライブハウスなんじゃー!」
地図の注釈と店名を見比べて、鵜沢が情けない声を上げた。
そんなことだろうと思ったよ。穴場ってか落とし穴じゃねーか。
ここは繁華街からもさらに外れたところ。見渡す限り人影もない。
立地的にはとてもじゃないがオススメとは思えない場所だ。
「うーん。でも値段はだいぶ安いですね。1時間250円ですよ」
張り出された黄ばんだ料金表には、格安価格が表示されていた。
カラオケ行くより安いだろう。懐の寂しい中学生には優しい設定。俺も毎回道端の貯金箱壊せるわけでもないしなぁ。
「確かに安いねーーいやいやいや、だいたい安いのには理由があるよ。
それに店長のメモにも危険ってあるし早く離れよ……ってこがねちゃん!?
なんで中に入ってくんじゃー!?」
「まぁまぁ、鵜沢さん。せっかく来たんですし、ちょっと中を見て来ましょうよ」
店内の明かりもついてるし、やってるだろう。
かなり歩いたから足が棒だった。ここから即移動は勘弁していただきたい。
それに前世でおっきな会場のライブには足を運んだことがあるが、こうしたこじんまりしたライブハウスは初めてだ。
今世でもライブハウスなるものには、一回も来たことがない。
俺はわざわざ下水に行って、臭い!って叫ぶ趣味はないからな。
しかし今後のことを思えば、そろそろ見学しておくのも悪くないだろう。
ということで休憩も兼ねて中に入ると、思ったよりも綺麗な内装の店だった。
黒のバーカウンターには、洒落た椅子がセットされており、喫茶店に見えないこともない。
ただし並んでいる銘柄はお酒が中心のようだ。どちらかというと大人の客層を意識した店なのかもしれない。
思えば外から見た店構えも、モダンな感じだったな。
恐る恐るついてきた鵜沢も、意外といった顔してる。
「ほへぇーー。結構まともなライブハウスだね」
「でも、中に誰もいませんね」
日も暮れてきたこともあって、店内は暖色にライトアップされていた。
しかしなぜか人がいない。客はともかく店員はいるべきだろうに。
「あまりにも客がこないから、スタジオの掃除でもしてるのかな? リィちゃんもよくやるし」
「鵜沢さんも最初あった時、レジにいなかったですもんね」
そういやあの時、誰もいないねって話ししてたら、鵜沢が奥から泣きながら出てきたんだっけ。
何か揉めてたのかな。ま、いっか。
「んむむむむ? いま奥から人の声聞こえなかった?」
「……いえ、私は特には」
「うーん。女の子の声だったような……あっちかな」
鵜沢の指差す方には店内に続く廊下があった。
案内板には第2スタジオと書いてある。その横にあるランプが光ってるってことは、使用中ってことかな。
それを見て鵜沢が首をかしげる。
「んやー! ひょっとして今ライブ中? だからロビーに誰もいなかったの?」
「それにしては静かだと思いますけどね。演奏も聞こえませんし。あ、でもこういうところって音漏れしないようになってるかもしれないですね」
「こんなところにも女の子くるんだね。リィちゃんたち以外にも。
……店長が言うほど危なくないのかな?」
女性ファンが気軽に来られる場所なら、確かに危険性は少ないかもな。客層にもよるけど。
この世界は別に綺麗なガールズバンドがないってだけで、女性メンバーがいるバンドはないわけではない。
だから生のライブをやってるのかもしれないことから、鵜沢は興味津々といった様子だ。
「気になるなら、ちょっと見に行ってみましょうか?」
「え、勝手に入って大丈夫かな?」
「いいんじゃないですか? 店ですし」
入場料払ってないけどね。でも誰もいないし店側の怠慢だろう。
「どんな人がライブやってるんでしょうね。ちょっと楽しみ」
暗めの廊下をずんずん進んでいき、スタジオの入り口についた。
ドアが半開きである。そこから光が漏れてきている。
ドアを開けて中に入った。
目に入ってきたのは、ステージを見て観客席で興奮する男達。
そのステージ上には半裸に剥かれた女の子と、それに覆いかぶさる男の姿があった。
あ、これライブじゃない。レイプだ!