番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
「じゃあ、帰りましょうか。鵜沢さん」
「ひっ」
外に出るよう鵜沢を促すと、なぜかまだ怯えていた。
あれれ?
わるものは全員やったはずだが……
「こ、こないでください……」
レイプ犯と人質の身分から解放してあげたはずの少女もまた、こちらに畏怖の表情を向けて後ずさる。
視線の先はーーやっぱり俺。
あ! これはひょっとしてアレか! 進研ゼミで見たわ。
主人公達が異能の力で盗賊から村を救うも、村人から化け物めって言われて迫害される展開だ!
今回は目撃者多いのに適当にやりすぎたね。
よく見たら俺の右手は、血で染まっていた。血染めのこがねだ。
気がつかなかったが、暴れながらレイプ犯は虐殺ですって叫んでたかもしれない。
正しい行為も行きすぎてしまうとこうなってしまうという、いい見本である。
そうか。俺もとうとうその域まで来たか……
小さい頃は、助けてもらったのになんて言い草だって迫害する村人に憤慨したものだが、自分に置き換えるとよくわかる感情なんだよな。
言ってみれば、ライオンに襲われそうになったところにトラが来て、ライオンを退治してったようなもんなんだ。
残ったトラに、君は「助けてくれてありがとう」ってお礼をいうかな?
そんなことないだろう。残ったトラに「こっちこないでください」って全力で祈りを捧げるはずだ。
村人たちの反応は、割と素直な感情である。
つまりどちらかというと問題は、その程度の村人の反応で傷ついてしまう主人公くん側にあるのだ。
そんな軟弱な豆腐メンタルじゃ世界は救えないぞ。大人しく故郷に帰って豆腐屋でもやったらどうかね。
「……ひっ」
「……(ブルブル)」
でもどうしよう。
未だに彼女たちは震えてしまっている。さすがにこのまま立ち去るわけにもいかないし。
俺も震えようかな……
「……そうですよね。私、こんな暴れまわって……怖いですよね」
視線をおとし、顔は斜め45度右下。服の裾をぎゅっと握りしめる!
プルプル……ぼく、わるいこがねじゃないよ。
ぼくがしたことといえば、せいぜい殺人と強盗と脅迫と傷害と……あれ? こいつ恐るべき凶悪犯では??
「あっ、違うんです! 私……すみません、助けてもらったのに」
「リ、リィちゃんもっ! ごめんね、こがねちゃん……」
「いえ、いいんです。ちょっとやりすぎました」
とてもちょっとじゃないけどね。
でも信頼度は持ち直したようで何より。この子たちは根は優しいので、すぐに気を取り直してくれて助かった。
「……とりあえず、鵜沢さんにーーそこの女の子。ここから出ましょうか」
「たはー。そうだね、リィちゃんも早く出たい」
「はい……」
半裸の女の子は衣装を整えると、鵜沢の手を借りて立ち上がった。
「あ、最後にやることがあるので、先行ってて下さい。あ、危ないので帰らないでくださいね、入り口で待ってて下さい」
2人をスタジオから追い出し、俺は倒れているタクトの前でしゃがみこむ。
「起きてますよねー?」
「……」
鼻血を吹き出したまま、気絶するフリをするタクト。
でも眼球動いてたからフリなの知ってんだよ
「いつもならアトシマツを存分にやっていくんですが、今日はこのまま帰ります」
一抹の不安が残るものの、なんせこの場で色々イタすわけにもいかない。
こんな夜の街に、鵜沢と女の子だけを先に帰すわけにもいかんからな。
だからとりあえずはここまで。
「ーーでも来週またここに来ますから、待ってて下さいね。必ずまた来ますんで」
念を押した後、タクトの頭を床に叩きつけ、今度こそ確実に気絶させてやった。
☆
バクバクバクバク
俺は一心不乱に目の前にある食べ物にかぶりついていた。
うまい。
人体にない謎のゲージ、「気力」が回復していくのを感じる。
やはりバトルの後はドンカツだな。某サバイバルゲームでも人を99人殺した後のカツ丼に、優勝者は大喜びしている。
うーん、俺以上のやばいやつ!
だが俺以外のメンツーー鵜沢とスタジオにいた少女は、目の前のディナーに手をつけていなかった。
食欲が湧かないのも、無理もないか。危うく性欲の餌食になるとこだったもんな。
ライブハウスを後にした俺たちは安心感を求めて大通りにたどり着き、ようやくファミレスに腰を落ち着けたのだった。
明るい店内には、客も多く活気があった。
一息ついたところで各々とりあえずの注文を済ませ、俺だけが箸を進めてーー今に至る。
「あの……改めてさっきは、助けてくれてありがとう」
俺がドンカツをペロリしたタイミングで、少女が鵜沢に頭を下げた。
「んやっ!? リィちゃんに礼をいうより、こがねちゃんに言ってあげて!
ーーというか、リィちゃんも言わなきゃね。こがねちゃん、ありがとうなんじゃー!」
「もし助けて貰えなかったら、どうなってたか……」
その時を想像して、2人は身震いした。
まあロクでもないことになっていた、というか思春期の少女からすれば最悪なことになっていたことだろう。
「ま、気にしないで下さい。大したことではありません」
鷹揚に頷いておいた。助けたことは事実だしな。
助けたんじゃないーー助かったんだよとか訳のわからんこと言う気はないけど、それを恩にきせようとも思わん。
「んむむむむ。でもとんだめにあったんじゃー……」
「店長さんのメモをもっと信じるべきでしたねぇ」
「うん……って、こがねちゃんが勝手に中にはいるからだよ!」
「まぁまぁ、そのおかげでこの子を助けることができたんですからーーでも、君、どうしてあんなとこにいたんですか?
私たちはたまたま着いちゃったからですけど」
あんな場所はまともな感性してたら行きつくことのない地区だ。
いってみりゃ日本版ハーレムのスラムみたいなとこだからな。
バンドメンバーに誘われてノコノコついていってしまったのかな? そんな尻軽ならちょっと自業自得だが。
それとも道を歩いてたらさらわれたのだろうか……そこまで世紀末だとは思いたくないぞ。
「私がバカだったんです……」
俺の問いかけに対し、彼女は自らの事情を話し出した。
3行でまとめると、
家族がバラバラになった。
バンドをやれば家族が元どおりになると思った。
オーディション受けたらレイプされそうになった。
ということらしい。
2行目に計り知れない論理飛躍が見受けられたが、中学生ならそんなもんか。父の気を引くために家出したとかよく聞くしな。
アニメだと母と会うために、三千里を踏破する猛者もいる。バンドくらい始めちゃう少女だっているだろう。
「あれ……そういえばリィちゃん、この子どこかで見たことあるような……」
事情を聴き終えたあたりで、鵜沢が思案顔になった。
「あっ! もしかして西本ゆりさんー!?」
「えっ、あ、すみません。私、自己紹介もせずに……そうです。私の名前は西本ゆりです。
でもなんで私の名前を?」
「フッフーー! やっぱりなんじゃー!! 鵜沢リィだよ。北中の。たぶんクラスとなり!」
「えっ! そうだったんですか!すみません……わたし、あんまり他のクラスは詳しくなくて」
「えー、いいよ。リィちゃんだって全然気がつかなかったし。それに、ちょっと聞き覚えがあったのも、となりのクラスに離婚して引っ越してきた……って話が、あ、ごめん」
プライベートなことにつっこんでしまったからか、申し訳なさそうに鵜沢が指モジした。
両親が離婚したとか下世話な話だしなぁ。
西本ゆりねぇ。
「って、西本ゆりぃ!?」
「ふぇっ! え、ど、どうしたの、こがねちゃん?」
「?」
仰天して立ち上がった俺をみて、2人が目を丸くした。
でもそれどころじゃないよ!!
西本って、なんか耳に残ると思ったら牛込りみの苗字じゃねぇか!! 「声優の」だけど!!
「……西本さんの旧姓って何?」
「え、牛込ですけど……」
よし……そして。
「ちなみに、妹さんのお名前は?」
「りみです。牛込りみ」
うおおおおぉおぉおっぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!
まさかこんなところで、牛込ゆりに出会うとは!?
牛込ゆり。言わずと知れた牛込りみの姉である。
つまりこういうことだな。
もともと二人は牛込ゆり牛込りみだった。しかし離婚によりゆりは父方、りみは母方に引き取られた。
父は婿養子だったのだろう。離婚と同時に旧姓に戻し、それが西本だったと。
なので牛込ゆりは、現在西本ゆりになっているのだ。
どおりで牛込ゆりの名前を、たえのストーカーズコレクションに検索かけてもヒットしないわけだよ。
西本に苗字変わってたとはね。
しかし牛込りみでヒットしなかったのは、別の理由なのかな。
あちらも苗字が変わっている可能性があるかも。再婚したとかね。
「妹さんーーりみさんはどちらに住んでいるんですか?」
「りみの場所はわからないんです……母方のおばあちゃんが、もう父に会わせないって言い張って……
なのでバンドで有名になって、会いに来てもらおうと思ってたんですが……」
「あー、そうなんですか」
ずいぶん迂遠な手段に思えるが、そういう方法もあるか。むしろスタンドだの違法データベースだのを活用している俺より、ずっと真っ当だと言える。
真っ当ではない俺は別の手を使おう。西本ゆりが手札に入ったーーそれならば取れる手はある。
考えてみると相当ギリギリだったのかもな。
仮にりみを見つけられたとしても、姉がバンドにレイプなんてされたのに、妹がバンド始めるとはとても思えん。
こういうことあるから、スタンドもって最強宣言してても油断ならないんだよ。
しかし牛込りみの手がかりがあって、多少肩の荷が下りた気分だ。
ゆりを助けてよかったよ。情けは人のためならずとは本当ですね!
「でも、もうバンドなんてできないです。あんなことがあるんじゃ……もう怖くて誰とも一緒にできない」
「ゆりちゃん……」
るんるん気分になった俺とは対照的に、鵜沢リィと西本ゆりはテンション急降下爆撃していた。
あ、ゆりはバンド始めないんだ? 妹に見つけてもらわなくていいのか?
でも目的一緒だから、俺がりみを見つけたら教えてあげてもいいけどーーって、あ、でもこいつ牛込ゆりか。グリグリの本物のギタボだ。
ギターだよっ! このギター丸投げできるじゃん!! 俺の代わりにバンドやってもらわねば!
鵜沢が意味ありげな視線を向けてきたので、頷いておいた。
以心伝心だ。頼むぞ、鵜沢ぁ!
「あの、ゆりちゃん、実はリィちゃんたち、バンド組もうと思ってるんだ」
「え……リィちゃん達って、お二人でですか?」
「うん。リィちゃんと、こがねちゃんで。それでもし良かったら……一緒にバンド組まない?」
うんうん。
西本! バンドやろうぜ!!
「女の子だけのバンドだから、今回みたいなことは起きないと思うんじゃー。それに、ゆりちゃんが入ってくれれば、スリーピースが組めるから」
そうそう。スリーピースが……ってあれぇ?
「あ、あの。鵜沢さん。私も西本さんもギターなので、スリーピースは……」
以心伝心してるよね? スリーピースとはギター・ベース・ドラムの3人で行うバンドのことである。
なんか軌道がフォールアウトしそうなので、慌てて修正する。
ゆりが入り、俺が辞める。それが正しい。
ここらでバシッと言っておかねば!
「前からなかなか言えなかったんですけど、私、実はギターなんてやりたくないんです!
ギターはもちろん西本さんにお譲りしますので、ぜひお二人で……」
「ふぇ。うん……なんとなく、こがねちゃんはギターに乗り気じゃないのかもって気はしてたんじゃ……」
うんうん。
「わかっていただけたようで何よりです。ですので……」
「でもリィちゃんわかってるよ。こがねちゃんはシンバル命なんだよね! だから本当はこっちをやりたかったんでしょーーそうドラム!」
おい。
確かにシンバルついてるけどさぁ……吹奏楽のシンバルと全然違うよね!?
カスタネットとクラリネットくらい全くの別物だよね?
「女の子だけのバンド……本当に、本当に私が入ってもいいんですかっ!?」
「フッフーーー☆ もちろんなんじゃー!! ねっ! こがねちゃん!?」
「う”ぇっ……はい」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
弾けるようなゆりのあまりの喜びように、水を差せなくなってしまった。
せっかく2人がこの泥舟に乗り気になったのに、やっぱやめるとか言われても困るし……
次はドラムを丸投げできる奴か……
さーて。二十騎ひなこでも探すか。