番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第22話「最優先事項」

「じゃあ必要なことは伝えたからな。引き続きしっかり頼むぞ、神崎」

 

仕立てのいいスーツを着た男が、念押しするように言った。出口をくぐると照りつけてきた日差しに眉をひそめ、サングラスをかける。

そのサングラスを始め、腕を飾る時計、身につけたアクセサリの数々は一見して高級品であり、この寂れた工場跡地にそぐわない男だった。

 

その男を見送るため、神崎と呼ばれた若い男が工場出口から顔を出した。革ジャンを羽織った長髪の男だ。

こちらはスーツ男とは対照的に、燻んだ背景に映えた男だった。

神崎は前を行く男の背中に向け、頭をさげる。

 

「約束の金は、よろしくお願いします」

「わかっている、しつこいぞ神崎。だが忘れるなよ。半端な仕事したらタダじゃおかねぇからな。お前らツインズの代わりはいくらでもいるんだ」

「……はい」

 

スーツ姿の男は神崎を一瞥すると、工場跡地に横付けされていた黒塗りの車に乗って去っていった。

神崎は車が視界から消えるまで、微動だにせず頭を下げ続けた。

 

「神崎さんが頭をさげるなんて珍しいな。あんなあの人は初めて見たぞ」

 

そんな神崎を見て、壁際に身を寄せていた浅黒い男が、驚いたように隣にいる頭にバンダナを巻いた男に話かけた。

神崎を含め、この工場跡地にいる全員が不良チーム、ツインズのメンバーである。この場は本拠地、そして神崎はツインズのトップであった。

常に冷徹で他人におもねるを良しとしない神崎という男がした今の対応に、浅黒い男は驚愕を隠せなかったのだ。

 

バンダナ男の方は事情を知っていたが、浅黒い男の軽率な発言に冷や汗をかく。

 

「バカが神崎さんに聞こえちまうぞ! 相手を考えろ。山内組だぞ。そりゃ神崎さんだって下手に出る」

「す、すまん。山内組か……じゃあ今の男が例の三澤サンか……」

 

「そうだな。俺だって頭をさげる時はさげる」

「き、聞こえてたんですか?」

 

戻ってきた神崎の耳に先ほどの話が入ったことを悟り、男2人は冷や汗をかいた。

バンダナ男がビクつくのにも訳がある。神崎は普段は冷静でも、一旦熱くなると歯止めが効かなくなる性格をしている。その矛先が向くことを想像してしまったのだ。

ツインズというチームを、この街一番と呼ばれるまで大きくしてきた男の怒りは軽いものではない。

 

だが本日の神崎は、先ほど他人に頭をさげたとは思えないほど上機嫌であった。今も口元に笑みを浮かべている。

 

「この程度じゃキレねぇよ。頭をさげるにしても種類がちげぇんだ」

 

屈辱的な謝罪か、将来への投資かでなーー

続く言葉を、神崎はあえて口には出さなかった。

 

その代わりに神崎は、スーツ男の去っていった虚空をにらみ付ける。

 

「それにな。楽しいじゃねぇか。いつかツインズが奴らを超えたとき、俺たちにでかい顔してた奴がどんな顔見せるのか……それを想像するとよ。俺は忘れねぇぞ、絶対にな」

 

冷徹で、それでいて執念深い一面を神崎は隠し持っていた。

 

「それより話があるって言ってたな。どうした?」

 

気を取り直したように問いかける。

本日、日も高いうちに本拠地に来たのは先ほどのスーツ男と話す他に、バンダナ男からの打診があったためだ。

 

「はい、ちょっと神崎さんの耳に入れておきたいことがありまして。SkaterBoysのことなんですが」

「SkaterBoysだと……ああ、あの未だに俺たちに従わないアイツらか。それがどうした」

 

ツインズは、この街にある大小いくつもの不良集団を吸収して大きくなったチームだ。

もちろんその過程で反発する奴らもいる。SkaterBoysはそんな連中の一つだった。

 

「潰されました」

 

タバコを咥えかけた神崎の手が、止まった。

 

「なんだと……どいつにだ? それに、あそこにはKがいたはずだ」

「誰がやったのかまではわかりません。ですが、どうやらヤラレタ日にはKがいなかったようです」

「ああ、ならそんなもんだろう。あそこはK以外はカスだ。だがKはな……」

 

SkaterBoys自体は大した連中ではない。バンドをしつつ、気分任せに暴力とも言えないヤンチャをするーー神崎たちツインズからすれば、不良ごっことでも称すべき存在だ。

本来なら、睨みつければすぐにひっくり返って腹を出すような、犬にも劣る奴らだ。

にもかかわらず未だにツインズに吸収されず残っている理由は、その中にKと呼ばれる男がいたからだった。

 

KはSkaterBoysのリーダーという訳ではない。だが、SkaterBoysの他の奴らとは比較にならない力量を持った男だった。

 

神崎はKと一度対峙したことがある。もちろんツインズへ誘うためだ。だが「全然悪く思ってないけど、僕は弱い奴の下につく気はないんでねぇ」と小馬鹿にした態度で断られてしまった。

確かにKは、一目見ただけでも強者の風格をしていた。神崎も腕に自信はあるが、必ず勝てるかと言われれば難しい。

 

だがそんな応対を受けたら、舐められないためにも報復するのがツインズだ。

敵対した相手を容赦せず必ず潰す……そうして大きくなったのがこの組織だからだ。

いくらKが強くとも集団の理には勝てない。押しつぶせば勝てるーーあの話を聞くまでは、そう思っていた。

 

Kもまた、強いだけの男ではなかったのだ。

別の組織がKと敵対した時の話だが、Kは向かってきた相手が少人数ならば瞬殺し、大人数になると即座に撤収し足取りを掴ませなかった。

そして後日、バラバラになった追っ手を1人ずつ狩っていく……そうした方法でその組織を壊滅させていた。

 

ただ闇雲に拳を振り回すだけではない。Kはそうした強かさを持った男だった。

Kを潰すには、少数精鋭でことに当たる必要があるということだ。だがそのためには、神崎が出張る必要もあるかもしれない。そこで負けてしまったら……

いわゆる敵対するには、割に合わない相手なのだ。

 

なので現状、KおよびSkaterBoysについては必要がなければ放っておくことにしていた。

 

「なんでKはSkaterBoysの奴らに従ってるんですかね?」

「下についてるわけじゃない。誘ってるんだ、強い奴がやってくるのを。わざと弱い奴の味方をしてな。いっちょまえに用心棒気取りってわけだ、クソがっ!」

 

吐き捨てはしたものの、とりたててSkaterBoysについては敵対しているわけではない以上、これ以上気にする必要はないと神崎は判断した。

それに今はもっと重要な山が控えている。ツインズとしてはそちらに全力を出す必要があった。

 

「まぁいいだろう。俺たちがでかくなる過程で邪魔になるようならSkaterBoysもろとも潰すだけだ。それより今は仕事のことを考えろ」

「仕事……さっきの三澤サンの案件っすか?」

「ああ」

「そろそろツインズ全体で動く必要がありそうですね。エラいことになりますよ」

「だがこの再開発計画に食い込めたのは大きい。こいつぁでかい金が動くからな」

 

成功の結果、手に入るものを想像し神崎は拳を握りしめた。

 

「この街を制したぐらいじゃ、俺は止まんねぇぞ。ツインズはまだまだでっかくなる。どこまでも俺は、登り続けてみせる」

 

 

「そうだ。登り続けるんだ……グリグリよ。このバンド坂をな……」

 

おっといかん、これでは未完になってしまう。バンド坂が何かは知らんが、未完ではこまる。

グリグリにはバンド坂を登りきるだけでなく、ロケットのように飛び立ちガールズバンドの星になってもらわなければな!

 

この世界は夢に向かって飛び立ったロケットに、ロケットランチャーを構える奴らが多すぎるんだ。撃墜なんかされたら別のお星さまになってしまうぞ。

 

ならばやはりグリグリも守る必要があるのか……。ロケランをヒャッハーする奴らを、コガネ13が狙撃せねばならない。

うむむ。やることが多すぎて、なかなか終わらないぞぞぞ。

 

「ちょっと整理してみるか」

 

やりたいことに優先順位を付けて、努力しなくてもいいから覚悟を決めるの、それだけで大抵のことはできるわーーと呟いた女の子が宇宙のどこかにいた。

 

俺も彼女を見習って、やりたいこと、やるべきことを紙に書き出して優先順位をつけてみることにした。

すると意外にも、重要だと思ってたことが大したことなかったりするから不思議だ。

 

まず、ライブハウスSPACEのこと。

 

アニメ版バンドリにおいて重要な地位を占めていたあの場所が、ドラクエ3の「ぼうけんのしょ」のように綺麗に消え去って俺が発狂した件だが、冷静に考えると割とどうでも良かったことに気がついた。

SPACEって重要ポイントではあったが。あそこって所詮は舞台装置に過ぎないんだよな。

 

大事なのはガールズバンドの聖地であること、そしてグリグリのライブを見て香澄がキラキラすることなんだ。

つまりは他のライブハウスでも代用可能であって、ぶっちゃけそこら辺のほったて小屋でもいいんだよ。

そもそもスマホ版ガルパだと、SPACE自体存在してなかったし。でもちゃんとポピパしてる。

 

だからすっぱり諦めることにした!

人間諦めが肝心。やりきったババアよ、安らかに眠れ。

 

次に有咲と沙綾だ。

 

有咲は無事引きこもってるようである。うんうん、いいことだね。この世界、お外は危険がいっぱいだからね。家の中が一番安心だよ。

彼女は引き篭っていても勉強を欠かさず、成績トップらしいからな。たいしたもんだよ。

あれ、でも篭ってるの家……というか蔵だっけ? 魔術の勉強とかしてねーよな? 

なんかあの子は、ボッチをこじらせて闇落ちしてそうな雰囲気があるんだよな……

 

大丈夫か、たぶん。

高校までそのままニート生活を満喫していて欲しいものだ。

 

沙綾は実家のパン屋が忙しいみたいだ。子供3人に病弱な母親のあの家庭事情なら、そうそう無茶なことはしないだろう。

ドラムを始めてるのかどうかは気がかりではあるが……彼女たちは保護観察。保留と。

 

牛込ゆりーーじゃなかった西本ゆりは、元気になった。

本来の明るさを取り戻したようで、鵜沢リィとすっかり意気投合してバンド生活に勤しんでいる。

「バンドしたい女の子は他にもいるはずだから」って主張して、きゃっきゃウフフしてる。

 

その調子で他のメンバーの勧誘も頼むぞ。そして頼むから俺もメンバーに入れるのはやめろ。

二十騎ひなこ見つかるかなぁ……これはぼちぼち探そう。

つーか二十騎とか本当どんな苗字だよ。目立つ苗字だから探し方によっちゃ見つかりそうなもんなんだが。

 

そして牛込りみである。今まで居場所が知れなかった、重要ポピパガール。

西本ゆりという手がかりを手に入れたことから、ようやく彼女を探す当てができた。

 

西本ゆりは家族にすら現在の居場所を教えてもらってないと言っていたが、おそらく俺なら探せる。

大丈夫だ、ゴールドエクスペリエンスさんを信じろ。

これは優先順位が高いね。近々実行する予定だ。

 

えーと、そして次はツインズか。

確か是清たちにお願いしていた調査結果がここに……

 

ぴぴぴぴぴぴぴ

 

っと。

 

書き出している途中で一通のメッセージが入ってきた。香澄からだ。

 

内容を確認したらーーふぁぁあああああ!

 

これは、一瞬でやるべきことランキングのトップに躍り出たぞ。

なんと今週末のデートのお誘いだったのだ!

 

お願いしてたツインズなんかに構ってる場合じゃねぇ!

これは、最優先事項よ!

 

 

そして当日、俺は前回と同じ駅前で二人を待っていた。

そう。香澄とたえと、お出かけ再びなのである。

まだ二人は来ていない。本日の一番乗りは俺のようだった。

 

今回のお誘いは香澄からだった。行き場所は当日まで秘密とのことで知らされていない。

どこだろうね? ワクワク。

 

だが香澄の目的はともかく、これはちょうどいいタイミングであった。

つい先日、アレを手に入れることができたーーだから今日は、たえにアレを渡しておこうと思ったのだ。

 

「お待たせーー香澄はまだ?」

「うん。香澄ちゃんはまだ、来てないみたいだね。

 さっきちょっと遅れるって連絡があったよ」

 

おあつらえ向きに、二番手でたえが到着したようだ。

 

まぁ昨日メールで、ワザと香澄とずらした集合時間を伝えたからなんだけどね。

そして見せたいものがあるーーとも。今日は先んじてたえに会っておきたかったのだ。

 

「そうーーこがね、何か背負ってるみたいだけど、それがひょっとして昨日言ってたもの?」

「その通り! なんだと思う?」

「……ギターだよね? ここで弾くの?」

「ひかないよ!! ひかないけどーーこれを見せたかったの。」

 

そう言って俺はケースの留め金を外して、ご開帳をした。

 

中から現れたのは、青いトップに銀のピックガードのスナッパー。

いわゆる花園たえモデルである。もちろんこの世界ではそんな名称ではないが、劇中でたえが使っていたモデルをようやく入手叶ったのだ。

 

「これって……」

「たえちゃん、前に私とギターについて話したとき、気にしてたみたいだから。

 リィさんーーあ、あの楽器店の店員の鵜沢さんね。リィさんから安く入荷できたって聞いたから、買ってみたんだ!」

 

嘘ですkonozama10万円。

 

「神の武器……」

 

たえがうっとりとスナッパーに見とれた。

相変わらずわけわからんこと言ってる。

うーむ、こんな姿は滅多に見たことがないが、いい反応……なんだよな?

 

「あのね、たえちゃん。知ってると思うけど、ギターで人を殴っちゃだめだよ?」

「??? そんなの当たり前。何言ってるの、こがね」

 

そのセリフは俺が言いたい。

 

まぁ、いいか。続きを促そう。

 

「ちょっと触ってみる?」

「いいの?」

「いいのいいの」

 

スナッパーを手渡して、それっぽい構えを取らせた。

中1にしてはすでにタッパのあるたえだと、ギターが映えて見える。俺だとまだ身長が小さいから、ちんちくりんになるんだよね。

やはり様になってるなぁ。やっぱたえはトランペットよりギターだよね。世界の真理だよ。

 

「なんかーーいいね」

 

たどたどしい手つきだったが、弦を撫でる様子は御満悦だ。

感触はやはり悪くない。

 

これならいけるかーーそう、たえにプレゼントするのだ、このギターを!

それが今日の目的だった。

 

ここまでは順調。あとは素直に受け取って貰えるかというところだ。

何気にそれが一番難しい。

 

友達から10万相当のものをプレゼントされて、気後れしない中学生がどれくらいいるだろうか。

普通なら、ギターみたいな高価な物は簡単に受け取ってもらえないところだがーー俺には勝算があった。

 

「それ、たえちゃんにあげる!」

「えっ! くれるの」

 

さすがのたえもこれには驚いたようで、びっくりした目でこちらを見てくる。

 

「実は私、ちょっとした事情で、バンドでドラムやることになったんだよね」

「え、そうなの? クビ?」

「クビになりてぇ……聞いてよたえちゃん」

 

そして俺は西本ゆりが入ったために、担当がギターじゃなくなった流れを話した。

もちろん血染めな部分は、ボカして伝えている。

 

「だからギターはゆりさんがやることになったから、私はドラムやるんだよね」

「でも、こがねはそれでいいの?」

 

「いいのいいの! ギターもちょっと興味があっただけで、まだ練習もしたことなかったし。

 それにーードラムにはシンバルがあるしね!」

「そっか。こがね、シンバル好きだもんね」

 

なんか俺のシンバル愛が、とんでもないところまできてる気がする。

 

「だから、それは使わなくなったから、あげるよ、たえちゃんに。

 そうだね、一足早い誕生日プレゼントっていったところかな」

「こがね……わかった。もらうよ。ありがとう」

 

ギターっ! 譲渡成功!

 

俺は、たえなら間違いなく受け取ってくれるだろうと確信していた。

 

なぜかって?

 

香澄は有咲から30万のランダムスターを540円でふんだくっ……穏便に譲り受け、それを知ったたえは「有咲っていい友達だね」ってコメントを未来でするからだよ!! 

 

よく考えなくても、ものすごいやり取りである。

 

わりとぶっ飛んでるからなぁ……この二人。

しかし今回はそのぶっ飛び具合が、いい方に作用してくれた。

 

これで、たえにギターを弾かせちゃうぞ計画は任務達成したといっても良いだろう。

感無量である。

 

俺が感慨に耽っていると、香澄の姿が見えた。

目ざとい彼女はすぐに、たえの手に収まったスナッパーに気がついたようである。

 

「あ、二人とも早いんだね~。お待たせ~って、あれ! おたえ、何それ? ギター?」

「あ、香澄。これは、こがねからもらったんだ」

 

「わーっ、こがねんっていい友達だね!」

 

お前が言うのかよ。


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