番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第27話「楽器店にて」

「んやーっ!!!」

 

夕暮れの帰り道。鵜沢がぐぐっと背伸びをした。

 

「今日はいろいろあったけど、いっぱい練習できてよかったんじゃー。

 やっぱホンモノの環境だとやる気が出てくるっ!」

「それは何よりでしたね。私も早く練習したいナー」

 

夕日に照らされて満足げな鵜沢に対し、俺は適当な返事をした。

 

「いつの間にかこんな時間になってましたね」

 

あのあと存分に練習をしているうちに、いつの間にか太陽が沈みつつあった。

真夏の一番日が長い時期にも関わらず、夕暮れ。結構な時間だ。

バンド名は結局決まらなかったが、実に有意義であったといえよう。

 

ゆりとはつい先ほど別れたところだ。彼女は新市街地方面なので、一人だけ帰り道が違う。

本日の熱気に当てられて、別れを惜しみつつもバス停でさよならをした。

別れ際に「今日はありがとう」と手を振る姿が、やけに印象的だった。

 

「こがねちゃん、今日はありがとね」

 

そんなゆりのことを考えていたら、少しだけ先を行く鵜沢が同じようなセリフをポツリとこぼした。

 

おいおい、どうしたんだ。

普段の言動とは対照的に、やけにセンチメンタル風味じゃないか。

 

「え、何かしましたっけ?」

「ゆりちゃんのことだよ。ーーこがねちゃんがあそこまで考えててくれたなんて、思いもしなかった」

「あーあー」

 

何も考えてなかったけどね。

 

「最初こがねちゃんがビーバーズに連れて来た時、リィちゃんのこととかゆりちゃんの気持ちとか、何も考えてないのかと思ったんじゃ」

「……」

 

なんもいえねぇ。

 

「でも、違った。ゆりちゃんが立ち直れたのって、こがねちゃんのおかげだよ。

 嫌われるかもしれないのに、あえて一歩踏み込むこがねちゃんのその勇気がゆりちゃんを後押しした」

「……」

 

めちゃくちゃ心にグサグサくる。

 

「それだけの気持ちを向けてくれたことが、リィちゃん嬉しいんじゃ!!」

「……」

 

もうやめて、こがねのライフはゼロよ……

 

「でもさ今度気がついた時は、リィちゃんにも相談してよ。リィちゃんたち……その、同じバンドメンバーで、仲間、なんだからさ」

「え、ええ。今後は相談するようにします……」

 

瀕死の状態になりながらも、なんとか返事を返した。

 

それにしても、仲間、か。

 

仲間!?

 

おいおい。

ちゃくちゃくとグリグリに取り込まれてるような気がするけど、そんなことないよね?

 

「へへっ。じゃあリィちゃんは店に寄って行くから、ここでじゃあね!」

「はい。ではまた」

 

たどり着いたEDOGAWAGAKKI前で鵜沢に手を振って別れようとしたとき、ガシャンという何かが壊れるような音。続いて「やめてくださいっ!」という金切り声がした。

店内からのようだ。

 

「はっっ! 今の声……てんちょーっ!?」

 

血相を変えて店内に飛び込む鵜沢。

 

うーむ。

あまり宜しくない事件が現在進行形のようだな。

 

さすがにここで無視して帰るほど薄情ではないので、俺も中に入る。

そこには床に飛び散り壊れた楽器、怯える女店主。そしてチンピラらしき男が3人いた。

 

「へっ。やめて欲しかったら、さっさと店をたたむんだな!」

「へへ……そうしねぇとまた手がすべっちまうぜ。こんな風になっ!!」

 

床に落ちたトランペットを踏みにじるドレットヘアーの男。へらへらと笑う後ろの2人。

 

あ、ワルモノだ。

 

先ほどのセリフからして、実に分かりやすい場面だった。

今北産業の俺に、とっても優しい。

こいつからが前に鵜沢が言っていた、この店に立ち退きを迫ってくる連中なのだろう。

 

「何してるんじゃー! てんちょー大丈夫!?」

「リィちゃん……」

「あ”?」

 

惨状を見て激昂した鵜沢の叫びで、チンピラは俺たちに気づいたようだ。

 

「ちっ、客か。今取り込み中だ。うせろっ!!」

 

ドレッドヘアーの男がどすの利いた声で、怒鳴りつけてくる。空気が震える。角ばった人相の悪い顔していることもあり、なかなかの迫力だった。

しかしすぐに後ろの一人が止めに入る。

 

「いや待ってください、ザキヤマさん。コイツ、ここのバイトですよ。

 ほら、前にザキヤマさんの趣味に合いそうな子を見つけたって言ったでしょ」

「ほぅ……こいつか。なるほど、確かによく見るとなかなかじゃねぇか」

 

鵜沢リィに舐め回すような視線を向け、品定めするドレットヘアー男ーーザキヤマ。

 

「な、なに……」

 

キモさと怖さで、鵜沢の腰もだいぶ引け気味になってしまった。

 

「なぁ、店長さんよ。あんたが首を縦に振らねーと、もっと不幸なことがこの店に起きちまうぜ。

 それどころか店だけじゃねぇ。周りの奴らだってひどい目にあっちまうかもしんねーぞ。

 あんたの家族や、この店のバイトとかな」

「あなたたち……まさかリィちゃんにっ!

 この子はまだ中学生なのよっ!!」

 

キッとザキヤマを睨みつける店長だったが、怯えるリィに視線を移すと悲しげに俯いた。

 

「リィちゃん……。わかった……わ。店は引き払います。だからこれ以上はやめてください」

「てんちょーっ!」

 

店長の返答に、鵜沢が悲鳴のような声を上げた。

 

「て、てんちょー、警察に言おうよ。ここまでされれば今度はきっと動いてくれるよ」

「へっ、言ってもいいがよぉ、これが何かわかるか?

 サツにタレ込んだら俺たちは捕まるかもしれねーが、それ相応の報いを仲間がするぜ」

 

お、なんだこいつら。ツインズだったのかよ。

 

ザキヤマが見せつけるようにかざしたのは、絡み合う2匹の蛇が装飾された指輪。

ツインズのシンボリックアイテムだった。

 

「俺たち、ツインズの仲間がよぉ」

「ストリートギャング……」

 

その名前を耳に挟んだことでもあったのか、鵜沢が震えるような声をだした。

具体的な名前が出てきたことで、背後に浮かぶ闇がよりいっそう確かさを増したのだろう。

 

バッグに組織が控えているということは、警察に助けを求めてこの場をしのいだとしても、それでは済まないということだ。

ご丁寧に、相手は報復するとまで宣言している。そこで行われる報復とやらは、おそらくこの比ではないものになることは想像に難くない。

 

うーん。リィちゃん危うし!

なかなかのピンチといってもいだろう。

もちろん、俺がいなければだけど。

 

「だがどうせパクられるなら、先にいい思いでもしておくか……」

 

そう言ってザキヤマはいやらしい笑みを浮かべた。

 

「ひっ……」

 

こんな生理的嫌悪感を覚えずにはいられない舌なめずりを受けては、鵜沢が涙目になってしまうのも仕方ないことだろう。

さて、そろそろ助けに入るか。

 

「そこまでですっ!! これ以上の狼藉はゆるさ~

「ここにいたのか、ゴール……こがね」

「んって、うおっ!! めっちゃビビったぁ!!」

 

俺のセリフを遮るように割り込んできたのは、なぜか是清だった。

 

こいつ、いつ店内に入ってきたんだよ……

そしていつ俺の後ろに忍び寄ってきたんだよ……

突然失礼ってレベルじゃねーぞ。思わず反射的にスタンドで殴りそうになったわ。

 

よかったな。お前は今、俺に命を救われたんだぜ?

 

相変わらずでかい男だ。そろそろ2mいくんじゃないのか?

この主食プロテインみたいな奴が、真後ろからシャドウストーカーのごとく現れたのだ。そりゃ誰だってビビる。

背後に立ったその巨体が、俺を見下ろしていた。

 

「こ、是清さんじゃないですか。なんでこんな場所にいるんです?」

「それはもちろん、お前を探していたんだ。知らせたいことがあってな」

「え、キモ。私をですか?」

「ああ。最近はよくここにいると三輪に聞いてな。ようやく会えた」

 

そう言って汗を拭う是清。日も落ちたというのに、滝のようなこの汗。原因は暑さだけではないだろう。

 

ようやく……

ようやくって、まさか俺をずっと探していたのか。

 

もしやと思ってスマホを見ると、着信が30件以上光っていた。

ひぇっ! こわっ!!!

 

「ザキヤマさん……この男ってまさか……」

「ああ、この風貌。神崎さんから聞いていたとおりだ」

「なんでこんなところに」

 

是清の体躯におののくザキヤマたち。

 

チンピラ3人も突然現れたこいつに、驚異の目を向けた。

この反応から察するに、チンピラも是清を知っているようだ。

こいつも結構有名なんだな。あるいは有名になってきたのか。

 

「その二匹の蛇の指輪……そうか、こいつらツインズか。

 ふっ、こがね。どうやらお前もたどり着いていたようだな」

 

たどり着くってどこにだよ。

なんか勘違いしてない? 俺ここに居合わせたの全くの偶然なんだけど。

 

「ではこの先は俺が引き受けるとしよう」

 

ツインズとわかるやいなや、突如として是清は好戦的になった。

獰猛な笑みを顔に浮かべ、なぜかこちらを伺っている。

 

これはあれだよなぁ……たぶん許可的なものを求めているのだろう。

なんかそんなことされると俺が黒幕みたいじゃん。ま、いっか。

 

野獣のような是清の笑みに対し、俺は天使のような微笑みで返した。

 

「是清がなんだオラァ!」

「こっちは3人だオラァ!」

「やっちまうぞオラァ!」

 

 

「ふぇ~、すごいんじゃー……」

 

30秒も経たずに3人を黙らせた是清に、鵜沢は感嘆の息を漏らした。

 

あれ? リィさん。俺が暴れた時とちょっと反応違くない? 

俺めっちゃヒかれた気がしたんだけど。気のせいかな。

 

しかし3人を相手に一方的に立ち回るとは、やるな是清。俺みたいにチートあるわけでもないのに。

是清って俺の知ってる範囲だと、いつもヤられてたーーというか俺が伸してたから、本当に強いのか怪しかったけど、見た目通りの強さがあったんだな。疑ってゴメンネ。

 

「あの、是清さんって言うんですか? 助けていただいてありがとうざいます」

 

いつにになく殊勝な口調で鵜沢が礼をしている。

目が潤んでいて、心なしか頬も染まっているような……って。

 

「ふぁっ!?」

 

それはダメダメダメ!

 

おっそろしいな、吊り橋効果かよ。

原作キャラの色恋沙汰とか、あの邪神からどう文句がでるかわからん!

 

「ダメですよ、リィさん。是清さんには心に決めた人がいるんですから。

 是清さんはその人のためなら、どこまでだって行ってしまうんですから。

 ね、是清さん」

「ん、ああ。そうだな」

「はっっ!? そういう関係かー。分かってるよ、こがねちゃん。大丈夫☆」

 

なぜか俺に向けてウインクする鵜沢。

いや分かった。お前は何も分かってない。

 

だが何も分かっていないのは鵜沢だけじゃなかった。

 

「うぅ……分かってんのか。俺たちはツインズだぞ。コヒュー……

 こんなことしてタダで済むと思ってんのか。コヒュー……」

 

息も絶え絶えに脅し文句を口にするザキヤマ。

だが折れた歯の間から出る息が間抜けだ。

 

タダで済むねぇ?

まさかこいつはこれで済んだと思ってるんじゃないよな。

 

「そういえば是清さん。話があるって言ってましたけど、ひょっとしてツインズのことですか?」

「ぐえ」

「そうだ。それとお前に調べろと言われていた再開発計画のこともな」

 

さっき壊されたトランペットの仇!とばかりにザキヤマを踏みにじりながら問うと、応諾が返ってきた。

 

「再開発だが、予定されていたペースよりだいぶ遅れているようでな。遅れを取り戻そうとして必死のようだ。

 それで最近ではこの辺の店に、無理矢理立ち退きを迫っているらしい。ーーこいつらツインズがな」

「それは好都合でしたね。この場に居合わせることができて」

 

なぜ行政が行う再開発計画に、ツインズなんていうわんぱく不良団体が関わってくるのか。

だいたい想像はつくが、詳しい話はこいつらに聞くことにしよう。

 

「鵜沢さんーーじゃなくて、店長さんか。ちょっと奥の部屋借りてもいいですか?

 ご迷惑はおかけしませんので。この件は私……じゃなかった、是清さんが預かります。な?」

「そうだな。俺たちに任せておけ」

 

俺たちとか言うなよ……

 

「ええ、それはいいですけど……」

「ありがとうございます。……では話を聞きましょうか。いろいろとね」

 

3人の襟首をひっつかみ、俺と是清は奥の部屋へと移動した。

 

 


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