番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
翌日の登校中、俺は早速香澄に聞いてみることにした。
「おはよっ! 香澄ちゃん! たえちゃん」
「……あ、おはよう。こがねん」
「うん、おはよ」
「ちょーっと聞きたいことがあるんだけどって、ええええええ! 香澄ちゃんどうしたの!? 顔色悪いけど!?」
「あ、うん……昨日ゴキブリが出て大変だったって話はしたよね? 実はあの後、夜中に今度はすっごく大きな蜘蛛が部屋に出てね。全然眠れなかったんだよ。うう……眠いよぉ」
ひぇぇぇぇええええええええ。アシダカ軍曹ぉ……っ。
全長10cmの巨大グモ。それが10匹。もはや生物テロに近い。
糸吐く吐かない以前の問題だったわ!
「えと、ゴメンね」
「なんでこがねんが謝るの? あ、それより何かな。さっき言いかけたことって?」
「あ、うん。実は……」
そうして俺はツインズ関連のことはすっ飛ばして、再開発により星見の丘がなくなることを話した。
「えーっ!! 星見の丘なくなっちゃうのーっ!?」
晴れ渡る空の下、香澄が悲鳴を上げた。
しかしそれは素っ頓狂な成分が多く、悲壮感はない。
これならいけるかな?
「うん。前に一緒に楽器店行くときにたえちゃんが言ってた、何か建物が建つかもって話も、たぶんこのことだったんだね。
あの丘って、ちょうど計画の通り道にあるから、このままだと全部削られちゃうんじゃないかな」
丘のままでは利用効率が悪いから、俺の胸のごとくつるぺたになることだろう。
「そっかー。なくなっちゃうんだね、星見の丘。
残念だなー。あそことっても星が綺麗だったのに」
残念レベルなら、問題ない。
香澄の中では、完全になくなる予定になったみたいだな。
グッバイ星見の丘。
「そんなに綺麗だったの? 星空」
香澄のセリフに反応して、たえが会話に参加してきた。
「うん! こうっキラキラって感じでねっ! 満天の星空って、ああいうのいうんだなって!!」
「キラキラーードキドキ?」
「そう! ドキドキ!
そうだ、おたえ、こがねんっ! 今夜、聴きに行かない?」
人差し指をピンとたてて、香澄が意味ありげな笑みで俺とたえを伺う。
話の流れからすれば星空のことかな。
「え、聴くって何を?」
「星の鼓動だよっ! もしかしたらまた聴けるかもっ!」
「いく」
「え、たえちゃん。はやっ!?」
星の鼓動なんて胡散臭いものにもかかわらず、たえは即答した。
「だって私だけ聴いてないから……仲間ハズレ」
「あー」
そういえば俺は、星の鼓動を聞いたことがある設定でしたね。
星の鼓動マスターだったわ。
今夜、今晩か。
予定はないーーというか、二人のお誘いだったら是非もない。すべては最優先事項となる。
最近は日が長いから、星が見えるようになるタイミングを考えると帰り時間が気になるところだが、門限とか大丈夫なのかな。香澄が提案してきたのだから問題ないのか。
いうまでもないが、俺はエターナル門限。
「じゃあ、今日の部活が終わったら、星見の丘にしゅっぱーつ!!」
「おー」
「おー」
☆
「あ、そろそろ見えてきたね」
バスの窓から見える景色に、星見の丘が映ってきた。
御谷中から丘まではそれほどの距離があるわけではない。とはいえ部活終わりで7時を回ろうとしているところなので、そろそろ茜さす空という時間だ。
星見の丘は遠目に見る分には前方後円墳みたいな形をしていて、後ろの円墳にあたる部分が木々に覆われた森のようになっており、前方にあたる部分がなだらかな草原となっているーーそんな作りをしていた。
元は神社とのことだったので、森はいわゆる鎮守の森の跡地であり、草原の部分に社があったのだろう。
丘に登るための入り口は複数あるが、メインの登り口は森側に階段があるようで、バスはゆっくりとそこに向かって走っていた。
「あちゃー。封鎖されてちゃってるね」
「そうだね。思ったよりも厳重」
たどり着いた先の階段入り口は即成で作ったと思われる簡易な柵があり、丘への侵入を拒んでいた。星見の丘は侵入禁止となっているようだ。
たえと一緒に揺すって、ギコギコ音を立てる。
柵の上部には「立ち入り禁止」の看板が引っ掛けられていた。
侵入禁止となっている理由は、おそらく再開発指定されることを知った何者かが、先回りして買い付けたためだろう。登記とか見りゃいろいろ分かりそうだな。
昔は神社跡地だったので気軽に登ることもできたようなのだが、今は封鎖されているため誰でも入れるというわけにもいかないようだ。
通りでバス降りる人が、あんまりいなかったわけだよ。
するとどうやって中に入るべきか。
柵自体は背丈ほどあるので乗り越えることはできなさそうだが、簡素な作りなのでスタンドで殴れば簡単にぶち抜けそうではある。
オラオラしちゃう?
「おたえ、こがねん! こっちこっち!!」
「香澄がよんでる」
いつの間にか俺たちから離れていた香澄が、手招きをしていた。
しゃがみこんで柵の下部を指差している。何か見つけたのかな。
「エヘヘー、こっから入れそうだよ☆」
たえと向かった先で香澄が柵を手前に引っ張ると、すぽっと一部が抜けてしまった。
柵と柵の感覚はそれほど狭くなかったので、子供なら簡単に通り抜け出来そうである。
「それでは星の鼓動を聞きに、入りマース!」
「おー」
「え、ちょっ」
あらら。
ウキウキと行ってしまった……
オラオラ準備中だった俺が言うことじゃないが、入れることと入ってもいいことはイコールではない。
しかし、香澄の自由行動を咎めるなんてありえないよね。むしろこれでこそ香澄らしいというべきか。
この調子で流星堂にも将来、不法侵入してもらわないといけないしね。うんうん。
変なのが後から来たりしないよう柵の偽装工作をすませると、俺も急いで二人の後を追った。
割と長い階段を3人で登りきり、鎮守の森を抜けると鳥居が待ち構えていた。
「とうちゃーく☆」
それをくぐり抜けると、目下にはなだらかに傾斜する草原が広がっていた。それほど広い丘ではないから、ここが頂上ということになるのだろう。
周辺の地形からは頭一つ抜けているので、街を見下ろすことができた。
実に静かな場所だ。
さっきまで騒がしい街中にいたせいか、よりそう思える。
車の往来や電車の走行音が、どこか遠くに聞こえる。
日々の雑多な喧騒から離れ、一種隔離されたような錯覚を覚えた。
ここが昔、神社だったことにも納得がいく場所だな。
「ちょっと疲れたし、休もっか」
「階段長かった。帰りはこの草原を滑ろう」
「それはちょっと無理だと思うよ、たえちゃん」
まだ空は明るいので、日が沈むまでしばらく待つことにした。
足元に広がるのは芝生ではないものの、それほど背丈のない草花だ。腰をおろすのにも何の差し障りもない。誰かしら手入れしているのかもしれない。
「あ、いちばん星みーっけっ!」
香澄の指差す西の空には、キラリと金星が瞬いていた。
この時期の夏の空で真っ先に見つかる一番星といえば、だいたいコイツ。宵の明星だ。
「ふふっ、なんだかあの時のこと思い出すね、おたえ」
「あの時って、星見会?」
「うん!」
たえの返答に、香澄が嬉しそうに頷いた。
あの時って言ってるから、たぶん昔の話なのかな。
「星見会って、なんのこと?」
「小学生のときーーおたえが引っ越してきて、すぐのときにね、子供会で夜にみんなで星をみるイベントがあったんだよ。それが星見会。
もちろん場所はここじゃなくて、学校の校庭でだったけど」
あー、よくある地域行事か。
俺も前世で参加したような気がする。地域によって結構特色あるんだよな。
「そう。星に詳しい先生が望遠鏡持ってきて、解説とか聞いたよ。その時もいちばん星を見つけた後に、香澄が星の鼓動を聞いたって話をしてーー」
「それがねー、ひどいんだよ。こがねん! 私が聞いたことあるんだっていっても、ウソだーって誰も信じてくれなくてねーっ!
先生も、『戸山さん、宇宙には空気がないから音が鳴っていても聞こえませんよ』とか言っちゃってねー」
「へー。そりゃひどいね」
俺がその場にいたら「うるせぇ、俺の宇宙じゃ音がでんだよ」ってライトセーバー振り回してやったのに。
当時のことがよほどショックだったのか、プンスカ憤慨する香澄だったが、先生のくだりだけ、下手なモノマネをしているのがちょっと面白かった。
「その後、みんなで聴こえるか耳を澄ませてみたんだけど、誰も聴こえた人がいなくてね。しばらくウソつき呼ばわりされちゃったんだよね」
たはは、と力なく香澄は頭をかいた。
「でも、おたえだけが信じてくれてね! あれは嬉しかったなぁ……あれから私たち、仲良くなったんだもんね!」
「うん。星見会の時は私も聞こえなかったけど、そういうのはあるって思う」
たえがそう言って空を見上げると、黄昏はいつのまにか夜空になっていて、無数の星が瞬いていた。
「香澄ちゃん、今日は聞こえそう?」
「うーん、どうかなぁ」
香澄は悩み声をあげながら、空を見上げるように「あーっ」と仰向けにゴロリと寝転んだ。
俺とたえも一瞬顔を見合わせたが、続いて横たわる。俺を挟んで3人で草原に川の字になった。
「綺麗な星空だね。ここら辺じゃ滅多に見られない光景かな」
「うん、綺麗……でもーー」
星の鼓動は聴こえないかなーー
掠れるような小さなつぶやきで、そう続いた気がした。
反対にいるたえも押し黙ったままだから、たぶんたえにも星の鼓動とやらは聞こえていないだろう。
俺は言うまでもない。マスター失格である。
ってか、いくらここが周辺で一番星がよく見えるから星見の丘とか呼ばれてても、所詮街中にある1スポットだからな。
星空の綺麗さにも限界があるというものだ。せいぜい見える範囲は3等級くらいまでといったところか。田舎で見るような星空とは比べものにならない。
だから子供の頃に見たならともかく、分別のついてきた今見たとしても大した感動はなくなってしまうのだろう。
星の鼓動か。
実際に、小さい頃の香澄が聞いたとされる星の鼓動がなんだったのかというのは、作中でも明らかにされていなかった。
それは理屈っぽく言えば共感覚からくる音視だったのかもしれないし、悪く言えば子供特有の幻聴だったのかもしれない。
だがそれよりも満天の星空という、初めて感じた世界の煌びやかさが、もたらしたドキドキと興奮。
心の内側から溢れ出る内発的なトキメキが、その正体だったのではないだろうか。
だからこそ、初めてランダムスターを手にした時や、ガールズバンドを目にした時に、香澄は再び星の鼓動を感じるのだ。
星の鼓動は、必ずしも星を見て感じるものではないし、聴こうと思って聞けるものではない。
なのでここで星の鼓動が聞こえなかったことは、さほど大したことではない。
「……」
「……」
「……」
とはいうものの、このままお開きというのも片手落ち感があるか。
たえはセンチメンタルになってるようだし、香澄に至ってはここに連れてきてしまったのが逆効果だったのか、この丘がなくなることに改めてちょっと落ち込んでいるようにも見える。
なんとか取り成すことはできないものか。
例えば気を紛らわせることができるような、何かがないかな。
といってもここは草原。周囲にあるのは草木や森くらいだし……あ、そうだ。
「……聞こえたかも、星の鼓動」
「え、こがねん本当? ……うーん、聞こえないよぉ」
「よく分からない」
俺の発言に、香澄とたえが目を丸くしている。
しかし、それではダメだ。比喩ではなく目を丸くして星を見ているようでは、俺の言う「星の鼓動」は聞こえない。
「ふふっ。鼓動は確かに鳴っているけど、香澄ちゃんたちが聞いていないだけ」
「ええええぇ。どうして聞こえないんだろう」
「香澄ちゃん、たえちゃん。ちょっと目を閉じてみてよ」
「え、でもそれじゃあ星が見えないよ」
幼い頃の香澄は、満天の星空を観て星の鼓動を知った。
「いいんだよ。星の王子さまも言っていたでしょ。ーー本当に大切なものは、目に見えないって。
目を閉じて、耳を澄ませてみて」
だけどーー
「なにこれーーすごい虫の音」
「ほんとだ。全然気がつかなかった」
星空に集中していた2人は気がつかなかったが、俺たちは虫の音に囲まれていた。
夜の帳が下りたばかりの草原。涼しげな風が足元の草花を揺らし、それに乗って様々な種類の鳴き声が響き渡っていた。
「まるで合奏みたい……」
二人に聞かせるように、虫たちのオーケストラは一層響きをましていく。
俺は心の中で指揮棒を振るう。指揮に従って、ゴールドエクスペリエンスさんはせっせと地面を叩く。
その度に新たな鼓動がまた一つ。
「香澄ちゃん、胸に手を当ててみて。鼓動を感じない?」
今の香澄なら感じているはずだ。
「感じる……っ! 感じるよこがねん! このドキドキ。あの日とはちょっと違うけどーーでも確かにドキドキしてる」
よしよし。
未来の香澄がランダムスターを見て、グリグリのライブを聴いてドキドキしたように。
この丘での合奏会は、香澄の心を揺らすことができたようだ。
「星の鼓動は多分一つじゃなくて、いつも香澄ちゃんの中にあるんだよ。だから落ち込まないで、香澄ちゃん」
「うん。大丈夫だよこがねん。だって今、こんなにドキドキしてるから!」
それに俺は知っている。将来、香澄自身が他の人にとっての星の鼓動になることを。
だから香澄にはいつも笑顔で前を向いていて欲しいと思う。これは俺の切なる願いだ。
香澄はすっかり調子を取り戻したようで、たえと一緒に目を輝かせている。
星空の下で、緩やかな時間が流れる。
あー、よかった。
なんか久々にゆっくりしている気がするな。
ここんとこずっと慌ただしかったし、初めてゴールドエクスペリエンスを平和な用途で使った気がする。
基本的に俺って、シンバル叩くか人を叩くかしかしてないだもん。
天の川が見える。
俺たちの目の前に広がるのは、雲一つない綺麗な星空だ。
満天とは言い難いものの、星の数とはよく言ったもので、数えるのもバカらしくなるくらいの星の海がある。
あれは北斗七星か。死兆星はねーよな?
さっきの金星もそうだけど、考えて見ると、こうして全然違う世界に転生させられたのに、星や星座が同じなのって、なんかおかしな感じだよな。
星座って、実際の星々はお互いに何億光年も離れたてんでバラバラな場所にあるものが、たまたま地球からは繋がって見えてるだけだからな。
逆に言えば北斗七星が柄杓型に見えるのは、広い宇宙の中でも地球の位置からしかありえないので、転生前後で同じ星座が見えるのはちょっと面白い。
あっちにあるのは夏の大三角だな。
あれが、デネブ、アルタイル、ベガ。今や誰もが知っているアニソンのおかげで名前がスラスラ出てきた。
「ふふっ」
「? こがねん、急に笑ってどうしたの?」
「あ、いえ。ちょっと歌を思い出して」
「どんな歌なの? 私の知っている歌かな?」
君の知らない物語です。はい。
本当に知らない物語だから、どう言ったものか。ここで歌うのって盗作だよな。それ以前に歌詞がやばいか。
えーと、あ、そうだ。
「きらきら星だよ。この星空にぴったりだなって。~♪」
そういって俺は誤魔化すため、きらきら星を一番だけ口ずさむと、なぜか香澄がケラケラと笑いだした。
「……下手だったかな?」
「あはは、ごめんごめん。違うよ、とっても上手だったよ。ただ、こがねんが急に歌い出すからおかしくなっちゃって」
ライブジャックして歌い出す君に言われたかないよ……
あのシーンは見ているこっちの方が、羞恥心で悶え死にそうになったし。
「あれ、こがねん照れてるの?」
「ホントだ。珍しい」
「う、うるさいです」
「でも、なんかそういうのもいいねっ! じゃあ、みんなで星に届けよっか!」
「私も歌う」
「えっ! 歌うの? あ、はい。わかりました…」
そして俺たちはちょっとの間、歌を歌った。
星空に向けて、虫の音に乗せて歌声が響き渡る。
みんなの歌が、星に届くようにと。
☆
結局この日は、やっぱり星の鼓動を聞けなかったけど、誰もが満足して家に帰った。
改めて振り返るとかなり恥ずかしいことした気もするが、香澄とたえが笑顔になってくれたので良かったことにしよう。俺もいい思い出になった。
星見の丘は極論から考えれば、無くなっても問題のない場所だ。再開発から守る必要性は薄い。
ここがなくなってもポピパは作れるし、ときエクも歌えるだろう。星の鼓動も聞こえる。
しかし今日のやりとりを通じて、ここがなくなるというのは俺にとってもなかなか許容できない思いが出るようになった。
なので星見の丘をどうするべきかってのは、もはやいうまでもないね。
となると、新市街地だけでなく旧市街地も、迫り来る再開発の脅威から守らないといけなくなるのか。
やはり小手先の対策だけじゃなく、再開発そのものをなんとかしなければならない。
どうしようかな……汚い大人たちを止めるには、やはり金か?
助けてこころえもん! お金の力でなんとかして!?