番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~ 作:ふたやじまこなみ
朝の登校というのは得てして憂鬱なものだが、今の俺は期待に胸を高まらせていた。
目が前についている理由を知っているかい?
香澄たちを見つけるためだよ!
いた! 香澄とたえだ。
「こがねーん!!」
こちらを見て、香澄が体いっぱいに揺らして手を振っている。
今日の天気みたいに、晴れ晴れとした表情だ。
今の俺も、きっと同じ顔をしていることだろう。
昨日の帰り途中、今日から一緒に登校しようと約束していたのだ。
まさか引越し先が、二人と同じ帰宅方角だとは思わなかった。
通学路が同じというのは、かなりの受益だ。
3年間の毎日の勝利が確定したと言っても過言ではない。
勝確ってヤツだな。
ろくなことしかしない神だが、たまには粋な計らいをするもんだ。
「おっはよーっ!」
だだだだっ、ひしっ!
ふぉおおおおおおおお!!
香澄の体温を感じる。
これが毎日だと!
あなたが神かっ!
「おはよう」
たえはクールに挨拶する。
「おはよう」
だから俺もクールに挨拶を返す。
「こがねん……鼻血出てるよ。
大丈夫?」
……クールに挨拶を返す。
⭐︎
「でねー。昨日の夕飯の時なんだけど……」
「うんうん」
くそっ!
まさか抱きつかれて鼻血だすとか、実演するとは思わなかったし。
アニメかよ。
……バンドリか。
それにしても鼻血とか久々に出したわ。
出させたことならいっぱいあるんだけど。
やはり頭に血が登ると出てしまうのだろうか。
この世界に来てからプッツンすることが多いからなぁ。気をつけることにしよう。
そういえば興奮すると鼻血を出してしまう、めちゃくちゃマイナーな不良漫画の主人公がいたような。
あんな野蛮にはなりたくない。
「……ってば」
「こがね。香澄が呼んでるよ」
「あっ、ごめんごめん。なになに?」
アホなことを考えてたら、横で香澄が膨れていた。
「今日の放課後のことだよ! 今日こそ一緒に部活見にいこうって約束だよっ!」
「えー、あー。うん。わかってるよ。今日こそ行こうね、吹奏楽部」
「えっへっへ。わかってるなら、OKだよ!!」
昨日は途中でお邪魔ドロップがいっぱい落ちてきたからな。
またのバイオレンスは勘弁していただきたい。
求めるはライブ&ピース。
今日は何もないといいなぁ。
☆
「……昨日の先輩たち、いるね」
「うん」
角から覗き込んだ先に例の4人衆が控えていることを確認すると、香澄は多少挙動不審になった。
改めて付けている星の髪飾りの居住まいを、正している。
昨日の騒動を思えばむべなるかな。
しかし先日とは違い、4人が直立不動ーー死んだ目で虚空を見つめている様子に、どこか訝しげだ。
一方の俺は、奴らの殊勝な心がけに満足である。
全員登校してくるとはやるなぁ。
全員再起不能も考えたけど、やっぱ人間そう簡単に壊れないもんだね。
それとも教育足りなかったかな。
「さ、さ、香澄ちゃん。行こう行こう」
「ちょっ、まって! まってよ、こがねん!」
俺が背中を押して香澄を差し出すと、待ち構えていた化粧女たちは腹から声を出した。
「「「「昨日はすみませんでした」」」」
「え、え」
香澄は目を白黒させている。
昨日の高圧的な態度が綺麗さっぱり消え去ったばかりか、180度異なる対応に混乱しているようだ。
「先輩も反省してるみたいだし、香澄ちゃんも許してやってよ。ね?」
「「「「ひっ」」」」
俺は目をニコニコさせている。
「あ、うん……」
どこか納得のいっていない様子で首を傾げていたが、これ以上はあまり言及して欲しくないので、二人を連れて校舎内へと手を引いた。
これにて一件落着とさせていただきたいところだ。
今後の校門チェックは二度とされないことだろう。
でもああいう奴らは、のど元過ぎると熱さを忘れるところがあるからね。
定期的に家庭訪問してあげよう。俺は面倒見の良さにも定評があるんだ。
「昨日、こがねがお話ーーしたから?」
とはいえ、やっぱりたえは気になったようだった。
「あー、うん。ああいうのは新入生が怖がるからやめてくださいって、お願いしたんだよ。
懇切丁寧にお話すれば、わかってくれたんだよ」
「……ほんとう?」
「そうなんだ! こがねん、すっごい!!」
「ふふん」
香澄のキラキラビームが心地いいので、つい調子に乗ってしまう。
まぁ、そのお話、高町式だけどね。
しかし校門の右側では、引き続き男子が挨拶指導を受けていた。
並んでる説教側のメンツは昨日と同じ感じだが、そういえばこいつらは迎賓館にいなかったな。
昨日の不良とは、別グループなのだろうか。
その中の重量級の一人が、こちらに険しい視線を向けたようだが放っておいた。
☆
初授業も滞りなく終わり、放課後になった。
世界線が変わっても歴史の偉人が変わらないように、習う科目に大した変化があるわけでもない。
中学1年の授業といえば、数学で「マイナス」を数直線で理解しようとか、そんなレベルだ。
美術でいえば、退屈を絵に描いたような感じである。
今後の予定等を考えていたら、涅槃に辿りついていた。明鏡止水だ。
「吹奏楽部の部室は、こっちかなー?」
「香澄、ここ行き止まり」
「あっれーーーーっ?」
新入生案内パンフレットに従って、部室を探す。
といっても吹奏楽部の部室なんて、音楽室以外あり得ないわけだが。
あ、でも屋上で演奏してるのとかよく見るか。
「あったあった!! ここだよ、ここーっ!!」
たどり着いた先には「ウェルカム新入生! 吹奏楽部へようこそ」とポップなイラスト看板が立っていた。
中からアップテンポで軽快な音が、風に乗って流れてくる。
いいね!
ちょっとはバンドに近づいてきた感じがするよ。
今まではどちらかというと、バーン!! ドーン!! 暴力っ!! って感じだったから、ようやくといったところか。
この音楽室に踏み入ることが、ライブへの第一歩。そんな気がする。
「こんにちわ。あっ、ひょっとして新入生の子かな? 吹奏楽部へようこそっ!
見学していく……よね?」
「はいっ! 戸山香澄っ!! 体験入部、希望です!☆」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
どこかわざとらしさすら漂う「部長」の腕章をつけた女性が、朗らかに迎え入れてくれた。
三つ編みにメガネをかけた知的な感じ。口調にそぐう優しげな風貌だ。
「みんな~新しい新入生の子きたよ~!
はい。そっちに席を用意したから、座ってね。仲良くね」
「はーい」
見学者用に用意された椅子には、先に来ていたと思しき新入生が3名ほど座っていた。
目立った特徴もなく、見たことがないから他クラスだろう。
見学者の前で様々な楽器を構えた先輩たちが並んでいる。
吹奏楽部は今、楽器紹介的なことをしているようだ。
「私は部長の三輪希です。君たちの名前を教えてくれる?
あ、あなたはさっき教えてくれた香澄ちゃんね」
「ハイっ! 香澄です!」
「花園たえ」
「うんうん。香澄ちゃんにたえちゃんね!」
知的なメガネと凛々しい眉毛が特徴的な三輪部長は、嬉しそうに頷いた。
こんな可愛い子たちが来てくれて嬉しいとか、そう思っているのだろう。
一瞬で部長の顔に花を咲かせてしまうとは、さすが香澄とたえだな。
「円谷こがねです!」
部長の凛々しい眉毛が「ハ」の時になった。
一瞬で花を枯らすとか、さすが俺だよ。
「へぇ、あなたが円谷こがね……さんね」
「「「ひっ」」」
側で聞いてた見学席の新入生3人。こちらは明らかな恐怖を顔に浮かべた。
「マジか……」
「あれが噂の……」
「校門の女……」
「円谷こがね……さん」
吹奏楽部の面々も、口々に囁き合う始末。
俺だけ「さん」付けになってしまった。
ああ、SAN値がどんどん下がるよ。
どんだけ噂が広まってるんだ。まぁ、いいんだけどさ。
あと前に自分で自己紹介しといてなんだが、校門の女はやめろ。
いかがわしい単語の方にメタモルフォーゼしそうじゃねーか。
「うん! よろしくね! 香澄ちゃんにたえちゃんに、こがね……ちゃん!」
周囲の反応からよくない空気を感じ取ったのか、気を取り直した三輪部長は、再び微笑みを浮かべて呼びかけた。
俺の名前も「ちゃん」付けされた。
気を使わせちゃってすまんな。
「さてと……ただ聞いているだけじゃ、つまらないよね。実際に見てもらおっか。
みんな、触ってみたい楽器とかある?」
「私は弦楽器が見たいです!」
香澄とたえに先んじて、俺は元気よく手を挙げた。
先制攻撃だ。
弦楽器。そう聞いて、誰もが最初に思い浮かべるのはギターだろう。
体験入部に吹奏楽部を推したのも、これが目的なんだから。
「弦ね。いいのがあるよ。これは新入生に人気なんだよね〜。くみちゃん、持ってこれるかな?」
「はーい」
部長に呼ばれたくみちゃんが持ってきたのは、ギターとは似ても似つかない弦だった。
……思ってたのと違うんですケド。
そう、これはどう見ても吟遊詩人の装備品。
「じゃーん。これはハープっていうの。綺麗な音が出るよ〜」
「わぁっ! すっごい綺麗な音~」
「♪」
シャラララーンとくみちゃんが奏でると、全員にBUFFがかかった。
香澄とたえの興味が10上がった。
俺の気力は10下がった。
違うよ。違うよ、そうじゃないよ。
「あの、できればもうちょっと違った……こう、ジャカジャカするようなのありませんか?」
「ジャカジャカ?」
「率直にいうとギターです」
「……ギターときたかぁ」
あまり芳しく無い反応が返ってきた。
雲行きがあやしい。あれれ。
「ひょっとして無いんでしょうか?」
「ごめんね。吹部ではギターはあんまり使わないから、うちにはないかな……」
がーん。
ギターなかったかぁ。
前の高校だと吹部でエレキやってる友達がいたから、てっきりあるとばっかり思ってたけど。あれが珍しかったのか……。
確かに吹奏楽っていうくらいだから、メインは管楽器だろうけど。
でも見た感じ弦バスとハープはあるのにギターはないのか。この調子だと、ベースもなさそうだな。
「こがね。ギターが弾きたかったの? 武器?」
「ギターかぁ。こがねん、似合いそう!」
「ま、まぁね……」
弾きたいというより、弾かせたいです。
「ご希望に添えなくて申し訳なかったけど、他にはあるかな?」
「はいはいはーいっ! なんかこう、綺麗な楽器ってありますかーっ!?
キラキラしたのが見たいですっ!」
放心した俺に変わって香澄が挙手する。
「んー、キラキラしたのかー。可愛いのが好みなら、いろいろ見てみよっか。
第二にあるから……ノリくん、案内してくれるー?」
「ほーい。こっちこっち」
フルートを演奏していた男子生徒が手を休め、手招きをする。
綺麗な楽器ーー金管系だろうか。ギターからますます遠ざかっていく。
「たえちゃんはどうかな?」
「武器がないなら、かっこいいのが見たいです」
「ぶ、武器? 武器はよくわからないけど、かっこいいのもいろいろあるよ」
「本当ですか? 見たいです」
「じゃあ第二にあるから、香澄ちゃんと一緒に向かってね」
ああ……
ギター推進という俺の願いもむなしく、香澄とたえは第二音楽室へ吸い込まれてしまった。
「……こがねちゃんはどうしようか?」
「……シンバルでいいです」
吹奏楽部に期待を打ち砕かれた俺は、その後の先輩による熱心なシンバル紹介も耳を通り抜け、もはや放心するしかなかった。
☆
しばらくし、チンドン屋の猿のように無心でシンバルを叩いていると、第二音楽室から香澄とたえが戻ってきた。
「見てみて! こがねーん」
香澄が大事そうに抱えた楽器から、柔らかな音を奏でた。
後に続いた先輩が二人を褒める。
「いやー。この子たち見所があるよ。まさか初日から吹けるとは思わなかったな。
だいたいアンブシュアができなくて躓くのに」
「えっへっへ。一度見たときから、なんかビビッときたんだぁ」
「私も」
たえも手にした楽器を、軽快に鳴らした。
二人とも違う楽器を持っている。たえのは多分ラッパだけど、香澄のは……よくわからん。
俺も金管に詳しいわけじゃないからな。
チューバとホルンの違いもわからないレベル。
「ちなみにそれってなんの楽器なの?」
「こっちがユーフォニアムって名前で、おたえのがトランペットだって」
へー、たえのトランペットはあってたけど、香澄のはユーフォニアムって言うのか。
そんな名前のアニメがあったな。
マイナー楽器だったけど、それで有名になったといわれるユーフォニアム。
実物を見るのは初めてだけど。
「くるくるしてる」
「うん。キラキラぁ……」
香澄がユーフォニアムを見る目が輝いてきたぞ。
確かにキラキラしてて可愛い感じだけど……金管ってそういうもんだしね。
ん?
香澄がユーフォで、たえがトランペット。
主人公がユーフォニアムで、その親友がトランペットってやばくない?
アニメ変わってるよ!!!
このままじゃ、ユーフォニアムが響いちゃうよ!!!
「決めた! 私、吹部にするよ!!
おたえ、頑張ろうね!!」
「おーっ!!」
あわわわわわ。
動揺で楽器を持つ手の震えが、止まらん。
「わー。こがねんもやる気みたいだね。シンバル上手~♪」