番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第8話「部活見学」

朝の登校というのは得てして憂鬱なものだが、今の俺は期待に胸を高まらせていた。

 

目が前についている理由を知っているかい?

香澄たちを見つけるためだよ!

 

いた! 香澄とたえだ。

 

「こがねーん!!」

 

こちらを見て、香澄が体いっぱいに揺らして手を振っている。

今日の天気みたいに、晴れ晴れとした表情だ。

今の俺も、きっと同じ顔をしていることだろう。

 

昨日の帰り途中、今日から一緒に登校しようと約束していたのだ。

まさか引越し先が、二人と同じ帰宅方角だとは思わなかった。

 

通学路が同じというのは、かなりの受益だ。

3年間の毎日の勝利が確定したと言っても過言ではない。

勝確ってヤツだな。

 

ろくなことしかしない神だが、たまには粋な計らいをするもんだ。

 

「おっはよーっ!」

 

だだだだっ、ひしっ!

 

ふぉおおおおおおおお!!

 

香澄の体温を感じる。

これが毎日だと!

あなたが神かっ!

 

「おはよう」

 

たえはクールに挨拶する。

 

「おはよう」

 

だから俺もクールに挨拶を返す。

 

「こがねん……鼻血出てるよ。

 大丈夫?」

 

……クールに挨拶を返す。

 

⭐︎

 

「でねー。昨日の夕飯の時なんだけど……」

「うんうん」

 

くそっ!

まさか抱きつかれて鼻血だすとか、実演するとは思わなかったし。

アニメかよ。

 

……バンドリか。

 

それにしても鼻血とか久々に出したわ。

出させたことならいっぱいあるんだけど。

 

やはり頭に血が登ると出てしまうのだろうか。

この世界に来てからプッツンすることが多いからなぁ。気をつけることにしよう。

そういえば興奮すると鼻血を出してしまう、めちゃくちゃマイナーな不良漫画の主人公がいたような。

あんな野蛮にはなりたくない。

 

「……ってば」

「こがね。香澄が呼んでるよ」

「あっ、ごめんごめん。なになに?」

 

アホなことを考えてたら、横で香澄が膨れていた。

 

「今日の放課後のことだよ! 今日こそ一緒に部活見にいこうって約束だよっ!」

「えー、あー。うん。わかってるよ。今日こそ行こうね、吹奏楽部」

「えっへっへ。わかってるなら、OKだよ!!」

 

昨日は途中でお邪魔ドロップがいっぱい落ちてきたからな。

またのバイオレンスは勘弁していただきたい。

求めるはライブ&ピース。

 

今日は何もないといいなぁ。

 

 

「……昨日の先輩たち、いるね」

「うん」

 

角から覗き込んだ先に例の4人衆が控えていることを確認すると、香澄は多少挙動不審になった。

改めて付けている星の髪飾りの居住まいを、正している。

昨日の騒動を思えばむべなるかな。

 

しかし先日とは違い、4人が直立不動ーー死んだ目で虚空を見つめている様子に、どこか訝しげだ。

一方の俺は、奴らの殊勝な心がけに満足である。

 

全員登校してくるとはやるなぁ。

 

全員再起不能も考えたけど、やっぱ人間そう簡単に壊れないもんだね。

それとも教育足りなかったかな。

 

「さ、さ、香澄ちゃん。行こう行こう」

「ちょっ、まって! まってよ、こがねん!」

 

俺が背中を押して香澄を差し出すと、待ち構えていた化粧女たちは腹から声を出した。

 

「「「「昨日はすみませんでした」」」」

 

「え、え」

 

香澄は目を白黒させている。

 

昨日の高圧的な態度が綺麗さっぱり消え去ったばかりか、180度異なる対応に混乱しているようだ。

 

「先輩も反省してるみたいだし、香澄ちゃんも許してやってよ。ね?」

 

「「「「ひっ」」」」

 

俺は目をニコニコさせている。

 

「あ、うん……」

 

どこか納得のいっていない様子で首を傾げていたが、これ以上はあまり言及して欲しくないので、二人を連れて校舎内へと手を引いた。

これにて一件落着とさせていただきたいところだ。

今後の校門チェックは二度とされないことだろう。

 

でもああいう奴らは、のど元過ぎると熱さを忘れるところがあるからね。

定期的に家庭訪問してあげよう。俺は面倒見の良さにも定評があるんだ。

 

「昨日、こがねがお話ーーしたから?」

 

とはいえ、やっぱりたえは気になったようだった。

 

「あー、うん。ああいうのは新入生が怖がるからやめてくださいって、お願いしたんだよ。

 懇切丁寧にお話すれば、わかってくれたんだよ」

「……ほんとう?」

「そうなんだ! こがねん、すっごい!!」

「ふふん」

 

香澄のキラキラビームが心地いいので、つい調子に乗ってしまう。

まぁ、そのお話、高町式だけどね。

 

しかし校門の右側では、引き続き男子が挨拶指導を受けていた。

並んでる説教側のメンツは昨日と同じ感じだが、そういえばこいつらは迎賓館にいなかったな。

昨日の不良とは、別グループなのだろうか。

 

その中の重量級の一人が、こちらに険しい視線を向けたようだが放っておいた。

 

 

初授業も滞りなく終わり、放課後になった。

世界線が変わっても歴史の偉人が変わらないように、習う科目に大した変化があるわけでもない。

中学1年の授業といえば、数学で「マイナス」を数直線で理解しようとか、そんなレベルだ。

美術でいえば、退屈を絵に描いたような感じである。

今後の予定等を考えていたら、涅槃に辿りついていた。明鏡止水だ。

 

「吹奏楽部の部室は、こっちかなー?」

「香澄、ここ行き止まり」

「あっれーーーーっ?」

 

新入生案内パンフレットに従って、部室を探す。

といっても吹奏楽部の部室なんて、音楽室以外あり得ないわけだが。

あ、でも屋上で演奏してるのとかよく見るか。

 

「あったあった!! ここだよ、ここーっ!!」

 

たどり着いた先には「ウェルカム新入生! 吹奏楽部へようこそ」とポップなイラスト看板が立っていた。

中からアップテンポで軽快な音が、風に乗って流れてくる。

 

いいね! 

 

ちょっとはバンドに近づいてきた感じがするよ。

今まではどちらかというと、バーン!! ドーン!! 暴力っ!! って感じだったから、ようやくといったところか。

この音楽室に踏み入ることが、ライブへの第一歩。そんな気がする。

 

「こんにちわ。あっ、ひょっとして新入生の子かな? 吹奏楽部へようこそっ!

 見学していく……よね?」

「はいっ! 戸山香澄っ!! 体験入部、希望です!☆」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 

どこかわざとらしさすら漂う「部長」の腕章をつけた女性が、朗らかに迎え入れてくれた。

三つ編みにメガネをかけた知的な感じ。口調にそぐう優しげな風貌だ。

 

「みんな~新しい新入生の子きたよ~!

 はい。そっちに席を用意したから、座ってね。仲良くね」

「はーい」

 

見学者用に用意された椅子には、先に来ていたと思しき新入生が3名ほど座っていた。

目立った特徴もなく、見たことがないから他クラスだろう。

 

見学者の前で様々な楽器を構えた先輩たちが並んでいる。

吹奏楽部は今、楽器紹介的なことをしているようだ。

 

「私は部長の三輪希です。君たちの名前を教えてくれる?

 あ、あなたはさっき教えてくれた香澄ちゃんね」

「ハイっ! 香澄です!」

「花園たえ」

「うんうん。香澄ちゃんにたえちゃんね!」

 

知的なメガネと凛々しい眉毛が特徴的な三輪部長は、嬉しそうに頷いた。

こんな可愛い子たちが来てくれて嬉しいとか、そう思っているのだろう。

 

一瞬で部長の顔に花を咲かせてしまうとは、さすが香澄とたえだな。

 

「円谷こがねです!」

 

部長の凛々しい眉毛が「ハ」の時になった。

一瞬で花を枯らすとか、さすが俺だよ。

 

「へぇ、あなたが円谷こがね……さんね」

「「「ひっ」」」

 

側で聞いてた見学席の新入生3人。こちらは明らかな恐怖を顔に浮かべた。

 

「マジか……」

「あれが噂の……」

「校門の女……」

「円谷こがね……さん」

 

吹奏楽部の面々も、口々に囁き合う始末。

俺だけ「さん」付けになってしまった。

 

ああ、SAN値がどんどん下がるよ。

 

どんだけ噂が広まってるんだ。まぁ、いいんだけどさ。

 

あと前に自分で自己紹介しといてなんだが、校門の女はやめろ。

いかがわしい単語の方にメタモルフォーゼしそうじゃねーか。

 

「うん! よろしくね! 香澄ちゃんにたえちゃんに、こがね……ちゃん!」

 

周囲の反応からよくない空気を感じ取ったのか、気を取り直した三輪部長は、再び微笑みを浮かべて呼びかけた。

俺の名前も「ちゃん」付けされた。

気を使わせちゃってすまんな。

 

「さてと……ただ聞いているだけじゃ、つまらないよね。実際に見てもらおっか。

 みんな、触ってみたい楽器とかある?」

「私は弦楽器が見たいです!」

 

香澄とたえに先んじて、俺は元気よく手を挙げた。

先制攻撃だ。

 

弦楽器。そう聞いて、誰もが最初に思い浮かべるのはギターだろう。

体験入部に吹奏楽部を推したのも、これが目的なんだから。

 

「弦ね。いいのがあるよ。これは新入生に人気なんだよね〜。くみちゃん、持ってこれるかな?」

「はーい」

 

部長に呼ばれたくみちゃんが持ってきたのは、ギターとは似ても似つかない弦だった。

 

……思ってたのと違うんですケド。

 

そう、これはどう見ても吟遊詩人の装備品。

 

「じゃーん。これはハープっていうの。綺麗な音が出るよ〜」

「わぁっ! すっごい綺麗な音~」

「♪」

 

シャラララーンとくみちゃんが奏でると、全員にBUFFがかかった。

香澄とたえの興味が10上がった。

俺の気力は10下がった。

 

違うよ。違うよ、そうじゃないよ。

 

「あの、できればもうちょっと違った……こう、ジャカジャカするようなのありませんか?」

「ジャカジャカ?」

 

「率直にいうとギターです」

「……ギターときたかぁ」

 

あまり芳しく無い反応が返ってきた。

雲行きがあやしい。あれれ。

 

「ひょっとして無いんでしょうか?」

「ごめんね。吹部ではギターはあんまり使わないから、うちにはないかな……」

 

がーん。

 

ギターなかったかぁ。

前の高校だと吹部でエレキやってる友達がいたから、てっきりあるとばっかり思ってたけど。あれが珍しかったのか……。

確かに吹奏楽っていうくらいだから、メインは管楽器だろうけど。

でも見た感じ弦バスとハープはあるのにギターはないのか。この調子だと、ベースもなさそうだな。

 

「こがね。ギターが弾きたかったの? 武器?」

「ギターかぁ。こがねん、似合いそう!」

「ま、まぁね……」

 

弾きたいというより、弾かせたいです。

 

「ご希望に添えなくて申し訳なかったけど、他にはあるかな?」

「はいはいはーいっ! なんかこう、綺麗な楽器ってありますかーっ!?

 キラキラしたのが見たいですっ!」

 

放心した俺に変わって香澄が挙手する。

 

「んー、キラキラしたのかー。可愛いのが好みなら、いろいろ見てみよっか。

 第二にあるから……ノリくん、案内してくれるー?」

「ほーい。こっちこっち」

 

フルートを演奏していた男子生徒が手を休め、手招きをする。

綺麗な楽器ーー金管系だろうか。ギターからますます遠ざかっていく。

 

「たえちゃんはどうかな?」

「武器がないなら、かっこいいのが見たいです」

「ぶ、武器? 武器はよくわからないけど、かっこいいのもいろいろあるよ」

「本当ですか? 見たいです」

「じゃあ第二にあるから、香澄ちゃんと一緒に向かってね」

 

ああ……

ギター推進という俺の願いもむなしく、香澄とたえは第二音楽室へ吸い込まれてしまった。

 

「……こがねちゃんはどうしようか?」

「……シンバルでいいです」

 

吹奏楽部に期待を打ち砕かれた俺は、その後の先輩による熱心なシンバル紹介も耳を通り抜け、もはや放心するしかなかった。

 

 

しばらくし、チンドン屋の猿のように無心でシンバルを叩いていると、第二音楽室から香澄とたえが戻ってきた。

 

「見てみて! こがねーん」

 

香澄が大事そうに抱えた楽器から、柔らかな音を奏でた。

後に続いた先輩が二人を褒める。

 

「いやー。この子たち見所があるよ。まさか初日から吹けるとは思わなかったな。

 だいたいアンブシュアができなくて躓くのに」

 

「えっへっへ。一度見たときから、なんかビビッときたんだぁ」

「私も」

 

たえも手にした楽器を、軽快に鳴らした。

二人とも違う楽器を持っている。たえのは多分ラッパだけど、香澄のは……よくわからん。

俺も金管に詳しいわけじゃないからな。

チューバとホルンの違いもわからないレベル。

 

「ちなみにそれってなんの楽器なの?」

「こっちがユーフォニアムって名前で、おたえのがトランペットだって」

 

へー、たえのトランペットはあってたけど、香澄のはユーフォニアムって言うのか。

 

そんな名前のアニメがあったな。

マイナー楽器だったけど、それで有名になったといわれるユーフォニアム。

実物を見るのは初めてだけど。

 

「くるくるしてる」

「うん。キラキラぁ……」

 

香澄がユーフォニアムを見る目が輝いてきたぞ。

確かにキラキラしてて可愛い感じだけど……金管ってそういうもんだしね。

 

ん?

 

香澄がユーフォで、たえがトランペット。

 

主人公がユーフォニアムで、その親友がトランペットってやばくない?

 

アニメ変わってるよ!!! 

このままじゃ、ユーフォニアムが響いちゃうよ!!!

 

「決めた! 私、吹部にするよ!!

 おたえ、頑張ろうね!!」

「おーっ!!」

 

あわわわわわ。

動揺で楽器を持つ手の震えが、止まらん。

 

「わー。こがねんもやる気みたいだね。シンバル上手~♪」

 


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