番取り! ~これはときめきエクスペリエンスですか? いいえゴールドエクスペリエンスです~   作:ふたやじまこなみ

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第9話「UMA」

日は長くなってきたとはいえ、6時ともなれば日も陰り出す。

窓から差し込んだ夕日が、リノリウムの廊下を赤く染めていた。

誰かが開けっ放しにしたロッカーが、風に吹かれて閉まる音がした。

 

「うーん。ユーフォ難しいなぁ……音は出せるようになったけど、指がうまく動かないよ。

 おたえ、なんかいいコツ教えて~」

 

「金管の指と息は慣れって、先輩が言ってたよ」

「慣れ。慣れかぁ……練習してるんだけどなぁ。おたえは上達しすぎだよ!」

「トランペットは楽しい」

 

たえが両手でトランペットを吹く仕草をした。

エアラッパだが、流線が見えるかのように指使いが滑らかだ。

 

「もちろん、ユーフォだって楽しいよ! ね、こがねん」

「ユーフォのことはよくわからないけど、シンバルは最高だね」

 

シンバルは奥深い楽器だ。

一見、シンバルなんてただ叩くだけじゃん。誰でもできるよと思うかもしれないーーというか自分も思っていた。

 

「なんで打楽器のことパーカッションっていうか知ってるか? パーとカスでもできるからだよ!!ギャハハ」と友人が粋がっていたのを、昔聞いたせいだ。

今聞いたなら、「パーでカスなのではお前だっ!」と言って、助走をつけて殴ってやるところだ。

 

「こがねの練習、気合入ってるよね」

「音響いてるもんねー。シンバルってあんな多彩な音が出るんだね」

「シンバルの叩き方にもいろいろあるんだよ」

 

実際に練習を始めると、それは違うことがすぐ分かった。

 

金属の円盤を2枚叩き合わせるだけという、単純な構造故に侮られがちではあるが、その単純さから飛び出す音は非常に明快であり、オケでの存在感は大きい。

ひと叩きでコンサートホールを包み込むような華やかさを演出するのも、掠れるような音で他楽器の副旋律として補佐するのも、匙加減次第だ。

 

プロのシンバル奏者ともなると、数も少ないので世界中のオーケストラから引っ張りだこだという話も聞く。

やはり、このように極限まで単純化した楽器だからこそ、極めるのも容易ではないということだろう。

 

だがそれでこそ、やりがいもあるというものだ。

そしてゆくゆくは俺も一流のシンバリストに……

 

ん?

 

ってちげーよ!!!!

シンバリストってなんだよ!!

 

あぶねー。

いつの間にか吹部色に染まってたよ……

これも香澄たちとの、心穏やかな生活のせいだな。

 

実はあれからすでに一週間が経っている。

体験入部を終えた俺たちは、次の日には晴れて吹奏楽部員になっていた。

 

入った後も俺は、本来のギタールートに戻すべく試行錯誤を繰り返し腐心した。

しかし香澄を魅了するキラキラと光るユーフォニアムに敵うこともできず、今日に至るまで無様を晒していた。

というかギターがない以上推進しようがない。

 

今日も音楽室に別れを告げて、仲良く3人で帰るところだ。

 

「よぉし! とにかく練習して、ユーフォもっと上手くなるよ!

 いっぱい練習して、7月のサマコンにはみんなで出れるといいねっ!」

「サマコン……」

 

どこかで聞いた響き。

 

「あれ、大丈夫? 顔色悪いよ、こがねん?」

「ナンデモナイヨ」

 

まずいぞ。

本格的にユーフォニアムが響いていらっしゃる。

 

このままではバンドはバンドでも、ブラスバンドになってしまうよ!

目指す方向が一緒でも、たどり着く先が全然違うし!

 

同じバンドと名が付くせいか、香澄もたえも妙にやる気だからなぁ。

 

中学3年のコンクールで、合奏してる姿が眼に浮かぶよ。

そしてみんなでダメ金もらう中で、俺だけダメ金レクイエムもらうんだ。

 

なんとかせねば。なんとか。

 

「あーあ、家でも吹けたらなぁ。

 ねえ、こがねん。ユーフォってどれくらいかなー? きっと高いよね」

「え、値段、だよね。……ちょっとわかんないなぁ」

 

でも安くはないだろうな、ユーフォニアム。

大きさもさることながら、機構が複雑な楽器だからなぁ。

少なくともシンバルよりは高そう。

 

「そっか、おたえは?」

「わからないけど、ユーフォは高いと思うよ。トランペットも結構するみたいだし」

「そうだよねー。はぁ、私のお小遣いじゃ無理だよね。ガックリ。

 あー、家で練習できたらいいんだけどなぁ」

 

「!!」

 

その時俺に、天啓が走った。

 

「二人ともっ、今度の日曜空いてる!?」

「え、空いてるけど、どうかしたの」

「私も空いてるよ」

 

よしよし。前提条件はクリア。

 

「大社通りの外れなんだけどーー楽器屋さんがあったんだよね。

 知ってるかな、EDOGAWAGAKKIって店なんだけど……。

 結構大きいところだったから、ひょっとしたら安いのあるかも」

「大社通りーーって旧市街の方だよね? う、うーん。あっちは一人で行っちゃダメってお母さんが言ってたんだけど……。

 あ、でもみんなでいけば一人じゃないね! みんなでお出かけかぁ……よぉっし! いいね、いこうよ。みんな!」

「おー」

 

香澄もたえも、両手を挙げて賛成してくれた。

 

よーし。これで週末のデートに誘うことに成功したぞっ!

 

……じゃなくて、ギターと二人を合わせるための布石が打てた。

 

EDOGAWAGAKKI。

アニメ版バンドリにて、香澄と有咲が壊れたランダムスターの修理を持ち込んだところだ。

当然店内には数多くのギターが、身を光らせていることだろう。

 

吹部にギターがない以上、このままではこれ以上の進展が望めない。

今の俺は牛丼がないのに、牛丼のウマさを語ってるだけの道化みたいなもんだ。実際に食べてもらうことが何よりの布教。

実物ギターを見せれば、香澄とたえならきっと何らかの反応を見せてくれるだろうという寸法だ。

 

これで今週末、一気に攻勢をかけるぞ!

 

 

ウキウキ気分で下駄箱にたどり着く手前でーー前方から大きな人影が差し込んできた。

のしのしという擬音がぴったりくるような巨体が歩いてくる。

 

しかも何ということでしょう。身体中から劇画オーラを放っているではありませんか。

 

場違い感がすごい。

さっきまでバンドリかユーフォかで揉めてたのに、葛藤の全てを粉砕するような存在力だ。

まるでプリキュアかプリパラ見るか姉妹で揉めてたら、親にリモコン取り上げられてプロレス中継が始まったような……

そんなことしたら子供は泣いてしまうよ。

 

うわぁ……こっちみてるよ。

 

嫌な予感がする。

俺の中の前世的な何かが「フラグっ!」とか「お悔やみっ!」とかって悲鳴をあげているよ。

でも一縷の望みをかけよう。

 

横一列に並んでいた俺たちだったが、その3年の先輩に道を譲るべく右側に寄った。

奴が近づいてくる。

 

プロレス中継見てもいいから、録画したプリキュアを上書きするのはやめてね。

 

俺の願いもむなしく、まるでレスラーのような巨体は俺の前で足を止めた。

面長なウマ顏の男だ。その鋭い眼光が俺を見下ろしてくる。

 

はぁ。

やはり俺に用事なのか。あっち行けよ。

 

それにしてもコイツ、すげえ筋肉だな。学ランはち切れそうなんだけど。

その筋肉って違法じゃないの? そばにいるだけでセクハラ呼ばわりされそう。

 

そんなにジロジロしないで~♪

 

馬面レスラーがいたいけなJCを睨んでくるよ。これは事案だよね?

 

「お前が円谷こがねか」

「……まぁ、そう名乗った時期もあったような気がしますね」

 

そう返した途端、奴は突然振りかぶった。

上背を利用した拳の振り下ろしだ。

 

「!!」

「こがねっ!」

 

とっさに俺は半身に構え、奴の拳に右手を合わせて迫り来る拳を左に反らした。

ひどいテレフォンパンチだったが、体重が乗っている。当たればえらいことになっていただろう。

もちろん初心者シンバリストの細腕ではポッキーしてしまうので、スタンドさんの力を借りた。

 

「……今のを避けるでもなく、流すとは。やるなーー化勁か?」

 

何が、やるな化勁か? だ。

 

アホか全然あってねーわカス!

 

回避しなかった理由は後ろに香澄たちがいるからだし、てめぇを瞬殺しない理由も香澄たちがいるからだぞ。

 

もーっ! 香澄たちがいるところでは勘弁してよ。

いなければ好きなだけ床ペロさせてあげるからさぁ……。

香澄たちにバイオレンスな光景見せたくないんだよ。情操教育的に悪そうだから。

 

「突然殴りかかってくるとは失礼ですね。挨拶が拳とか、未開惑星の方でしょうか?」

「俺は是清(これきよ)。この学校で番を張っている者だ」

 

バンヲハッテイル。

このウマ顏の言っていることが、一瞬理解できなかった。そのあとも理解したくなかった。

 

まじかよ。こいつ番長か。

UMAだ。ウマルじゃないよ。

本当にいたんだ。

 

番長といえば、前世では既にユネスコのレッドリストに天然記念物として登録されている国宝級ツチノコみたいな生き物のことだ。

だがこの世界では、各地の中高にわりと生息しているという。笑えない話だ。

 

でも実物は初めてみた。

というより、不良の頭としての意味の番長はいると思ってたけど、こんな前前前世から番長やってそうな番番番長みたいな奴は初めてみたよ。

 

「タカトシたちを潰したのは、お前だな」

 

タカトシーーああ、あの旧迎賓館の連中か。3人いた高校生の一人のことだろう。

 

「さぁ? 潰したかどうかは……お話ならしましたけど」

「お話か……ふっ」

 

是清は口元に、抑えきれない笑みを浮かべた。

 

突然殴りかかって含み笑い。こっわ。

これ事案というより、既に事件になってるよね。

 

どうしようかな。香澄たちに帰ってもらって、そのあと湖に沈めてスケキヨに改名してあげようかなーー

 

「やめてくださいっ!」

 

益体もないことを考えている俺の前に、香澄が立ちはだかった。

 

「え、ちょ、ちょっと。香澄ちゃん!」

「こんなのひどいですっ! 何するんですか……っ」

 

勇気を振り絞ってと言うように体を震わせながら、両手を広げている。

すごいな。俺だってスタンドなかったら、こんな筋肉お化けの前に立てないぞ。

 

じゃなくって!

 

「香澄ちゃん! 危ないから下がって!!!」

 

再び香澄を後ろに追いやった。

 

「でもっ! でもっ!」

 

香澄と押し問答をしていると、騒ぎを聞きつけたのか後方から「そこで何してるの!」という声がかかった。

ずんずん歩いてやってきたのは、我らが吹奏楽部の三輪部長だった。

 

「って、部長!?」

「香澄ちゃん、たえちゃんにこがねちゃんも……是清、これどういうことなの?」

 

是清とか呼び捨てかよ。なんか親しげだな。同じ3年だし、知り合いか。

 

「どういうも何も、俺は確かめたかっただけだ」

「確かめるって……」

「こいつがタカトシを潰した奴かどうかをだ」

 

三輪部長は是清の言を聞いて、あからさまにため息をついた。

 

「あなたがどんな噂を聞いたか知らないけど、それはきっと勘違い。

 こがねちゃんは関係ない。一週間一緒に練習してきた私は知ってるよ。

 あんな噂はかわいそう。こがねちゃんはーーただの女の子だよ」

 

「ふっ。ただの女が俺の拳をいなすか……まあいい」

 

全然よくねーよ。

噂は本当だけどさ。ちなみにただの女の子でもない。

 

あれ、よくないの俺のほうじゃん。

 

「だがお前たちは何か勘違いしているようだな。俺は礼を言いに来ただけだ」

「礼だって?」

「ああーータカトシたちを潰してくれてありがとう」

 

「「「「!?」」」」」

 

突然90度頭をさげる是清に、俺たちは唖然とするしかなかった。

 

「あれは本来なら俺が手を下すべきだった。

 だからこれは、番を張るものとしての礼だ」

 

理解不能を顔に貼り付けた俺たちに、是清は理由を話し始めた。

 

この学校の不良どもはもともと1つのグループにまとまっていたが、1年ほど前から2つの不良グループに分かれていたらしい。

それがこいつ率いる是清グループと、先日潰したタカトシグループだ。

 

片方の是清たちのグループは、言ってみれば「硬派」な不良だという。校門で男子の挨拶指導をしていたのもこいつらのようだ。

こちらが本来の、この中学校の不良グループだという。

 

その在り方は反社会的ではあるものの、むやみに喧嘩をふっかけることもせず、一般生徒に手を出すことを良しとしない派閥だという。

 

お前さっきしたけどな。

お前さっき俺に殴りかかってきたよな?

 

一方、タカトシたちのグループはこちらの方が素行が悪く、カツアゲや脅迫いじめなど気分の向くままに行動し、一般生徒にも被害を与えていたようだ。

 

是清たちのグループはもともとの主流ではあったが、数などの力関係的にはタカトシたちに負けていたらしい。

トップの年齢がタカトシたちが3年で、是清が2年だったというのもある。

不良はヤクザよろしく年功序列に厳しいからな。分家が本家を超えた感じになっていたわけだ。

 

だが、自称硬派な是清くんたちは、タカトシグループのことを苦々しく思っていた。

表立った争いまでは発展しなかったが、対立もあったらしい。

 

それでタカトシが卒業したのを機に、旧タカトシグループを解体・吸収しようとしていたのだが、なぜかタカトシたちは卒業したのに例の旧迎賓館に入り浸っていたため、今まで手を出しあぐねていたようだ。

 

そこを謎の人物がタカトシたちのグループを壊滅させたため、興味を持ったという。

 

長々と聞いたが、くそほどどうでもいい話だった。

 

「これからはこの学校は俺がシメる。だから以前のようなことは起こらないはずだ。

 手間をかけさせたな。あと、突然殴りかかってすまなかった」

 

再び頭をさげる是清。

 

「はぁ、どうでもいいですが、これからは迷惑のないようにお願いします。うっとおしいので」

「ちょっと、こがねん!」

「ああ、すみません……」

 

つい悪態をついてしまうな。

だって硬派とか言っても、要するにクズなんだもん。

 

「ごめんね。私からも是清には言っておくから……」

 

なぜか部長まで頭をさげる。

 

「あれ……えっと、なんで部長が謝るんです?」

「あー、そのー。私たち、付き合ってるの」

 

「「「えっ!」」」

 

 

三輪部長と是清と別れた帰り道は、当然さっきの話になった。

 

「ふぅーっ。あれはびっくりしたねー」

「うん」

「あれは本日一番の驚きだったよ」

 

三輪部長、いい人なんだけど男見る目ないですね……

俺をいい子認定している時点で、人物鑑定能力がアレだもんね!

 

それともあれかな……クラスの深窓の令嬢が、不良と付き合ってしまうパターンなのだろうか。

あの展開は心にグサッとくるからやめてほしい。

 

「本日一番って、そういえばこがねん、大丈夫なのっ!? けがとかない?」

「あー、大丈夫大丈夫。なんともないよ。たぶん当てる気なかったんじゃないかな?」

「……」

 

たえは疑惑の目つきをしているが、信じて欲しい!

もう番長とかいうやつらには関わらないから!

どう考えても厄介とお友達みたいな奴だったからな。

 

俺は番長とかいう、わけのわからない生物に興味はないのだ。

 

もちろん香澄やたえに被害が及びそうなら対処するけど、硬派とか言ってるようなら自校の生徒に何か仕掛けてくるようなことはないだろう。

 

しかしながら学校を締めてくれるというのは、いい話かもしれない。

血の気が多い連中も、秩序があると安定するものだ。

タカトシグループとやらに所属していた、そうした筆頭の連中はもう処理したしね。

 

ぜひ校内を平和にして、ときめきの溢れる学校にして欲しいものだ。

絶対に迷惑をかけないでもらいたいね。

 


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