シスコンな兄は過保護なのです。   作:奈々歌

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こにゃにゃちわ~(千咲ちゃん風)
ちゃろーよりこっちを流行らせたくなってきた奈々歌です。

え? 誰だって?
更新が大変遅れて申し訳ありませんでした_(._.)_

夏はホントに辛かった、冬眠ならぬ夏眠してましたね。
そんなことをしていたら三ヶ月もの時間が流れてしまい、もうすぐ今年も終わりにさしかかっていてびっくりです(笑

こっちでは既に雪が踝ほどまで積もりました。皆さんの地域はどうでしょうか? 運転が大変になりそうです。

さて、今回は二話分ほどの長さがありますが、久しぶりの更新の為、変な文章(元からそうですが)があるかも知れません。

それでは、どうぞ。



Chapter.1ー3

「最上階の研究棟まで行くから、アタシについてきてね」

 

 教室まで呼びにきた白衣の女性に案内されながら廊下を進み、階段を上っていく。

 

「(個人の研究室を持っているのか……)」

 

 やっぱりこの人は上級生という以前にそもそも学生ではないのか? でも見た目は若そうだし……最近の女性は見た目で年齢を判断するのが難しい場合が多いからなぁ。うーん、あまり気にしなくてもいいか。

 

「AEMSへの登録はアタシの研究室からでもできるから、わざわざ遠くにある併設の研究施設まで行く必要はないんだよ。便利でいいでしょ?」

 

 前を歩きながら顔を少しだけこちらに見せると、女性は微笑む。

 

 確かに校舎内で済ませられるのならそれはそれで有難い。休み時間も長くないし、そもそも併設されているとはいえ、研究所までは距離があるから正直行くのは面倒だった。

 

 女性について歩いていくこと数分後。一つの部屋の前に到着する。

 

「ここがアタシの研究室だよ」

 

 研究室の扉に鍵穴といったものは見当たらなかった。扉の横に備え付けられた手の平ほどの大きさの装置が開閉する為のものだろうか?

 

 だが、カードキーを通す場所はついていない。小型カメラもない。顔認証や網膜スキャンの類いでもなさそうだ。なら何を使って開けるのだろうか?

 

「(ああそうか、アストラル認証……)」

 

 昨夜の作戦で暁が使用した例のシート。メモリー繊維を組み込んだシートを使い、侵入した部屋がこの先輩の研究室だったのか。

 

 侵入経路、方法、場所などは聞いていたが、誰の部屋なのかという情報までは知らなかった。あまり重要なことではなかったから。

 

 よくよくと周囲の確認をしてみると、見たことのある部屋の配置。実際に見るのは初めてだが、七海が送ってくれた見取り図を記憶していた為、階の間取りに覚えがある。

 

 そんな伊吹を余所に女性は装置に手をかざすと、小さく機械音が鳴り、研究室の扉が開いた。その音で伊吹は視線を元に戻す。

 

 流石、最先端技術の研究をしている都市といったところ。これほどのセキュリティシステムが実用段階にまで進んでいるとはな。詳しく調べておく必要がありそうだ。

 

「さぁ入って入って。あまり時間もかからないから、ちゃちゃっと済ませよう」

 

 そう促され、先に入っていく女性の後に伊吹も研究室の中に入って行った。

 

 

 

 †

 

 

 

「何か飲む? まぁ、そうはいっても珈琲かお茶くらいしかないんだけどね」

 

「あ、珈琲でお願いします」

 

 パソコンが置かれている机の近くに並んでいる椅子に座るよう促され、伊吹は腰を下ろす。女性は珈琲を淹れに。待っている間は特にすることもなく、お湯を沸かして珈琲を淹れてくれている女性の後ろ姿を眺めていた。

 

 小さめの鼻歌が聞こえ、珈琲の独特な良い香りが鼻に届き始めた頃、二つのコップを持って女性がこちらに戻って来る。

 

「はーい、お待ちどうさま。伊吹君は珈琲飲めるんだね、良かったよ」

 

 コップの一つを手渡される。女性はもう一つを持ったままパソコンがある机、自分の席へ座ると、椅子を回転させてこちらを向く。

 

「昨日は暁君と七海ちゃんが来たんだけど、七海ちゃんが珈琲飲めなくてね。これからは他に甘い飲み物も用意しておこうかなって思っていたところだったんだよ」

 

「あー、七海は苦いものが苦手ですから。大よそ変に意地張って珈琲を頼んだはいいけど、結局は飲めなかったって感じですよね?」

 

「あはは、アタリ。まさにその通りだったよ、流石は七海ちゃんのお兄ちゃんだね」

 

「いやぁ、それほどでも……ありますかね?」

 

 数度息を吹きかけ、一口飲む。うん、美味しい。これってインスタントじゃない、ちゃんとドリップしている本格的な珈琲だ、凄いな。

 

「それじゃあ時間も限られているし、登録始めちゃおうか」

 

 女性も一口飲むと、パソコンの電源を入れて起動させる。

 カタカタとキーボードを叩き、画面上で色々と操作を行っているようだが、ここからでは角度的に開かれている画面は見えなかった。まぁ、おそらくAEMSのシステムに繋いでいることは確かだろう。

 

「えーっと……まずは名前に生年月日。それから身長と体重に、体力や視聴力。健康状態なんかも項目にあるんだけど、殆どは学院で行われる体力測定や健康診断のデータを追加で入れれば大丈夫だから、登録したいのはアストラル能力についてかな」

 

 一通り操作を終えたのか、女性は手を止めてこちらに体を戻す。画面を覗こうとして身を少し乗り出していた伊吹だが、何事もなかったように座り直していた。

 

「さてさて、伊吹君のアストラル能力は……『念動力』か」

 

 編入する前に提出していた書類の数枚が机の上に置かれていた。アストラル能力を知っているのはそこに記載されているからか。

 

「あー、でも力は弱いんですよ。小さい物、しかもあまり重い物は動かせませんし……」

 

 女性はアストラル能力に興味津々なのか、自分の能力を簡単に説明する伊吹の言葉に頷きながら、書類の詳細に目を通している。

 

「ほうほう、うんうん……。――じゃあまずこれを持ってみてくれるかな?」

 

 手渡されたのは細長い付箋のような色付きの紙。大きさとしては手の平から少しはみ出る程度の物。それにどこか変な感じがする、なんだろう?

 

「えっと、この紙は……?」

 

「アストラル能力の“性質”を調べるためのものだよ。まぁ、説明するとついつい癖で話が長くなっちゃうから省略するけど、簡単に言えばリトマス試験紙のようなものなんだ」

 

 暁と七海もこの検査を受けているとのこと。その時にさっき話していた癖が出たらしく、長々と説明してしまって二人とも呆気に取られていたらしい。

 

「とりあえず、その紙を持ったまま能力を発動させてみてくれるかな?」

 

「分かりました……」

 

 女性に言われた通り、伊吹は紙へ意識を集中する。いつも能力を対象へ使う時の感覚で。すると、紙につけられていた元々の色が徐々に変化していった。一定量変化したところで女性に声を掛けられ集中を解く。

 

「えっーと……」

 

「これはね、アストラル能力を特定する為の検査の一つなんだ。こんな感じの検査を複数重ねて受けてもらうことで君の能力を特定していくからね」

 

「AEMSへの正式登録前に、登録者自身の能力が本当に申告通りなのかを調べるということ……ですか?」

 

「疑っているとかではないから安心して。確かに伊吹君の言う通り、能力が本当にそうなのか検査するのも含まれるけど、この検査の意味としては自分の能力を勘違いしていないかを調べる為のものなんだよ」

 

「それなら聞いたことがあります、飛行能力でもどうやって浮いているのかで、能力はまた変わってくる……とかですよね?」

 

 重力を変化させて浮くのなら、それは俺と同じ『念動力』。風を利用して浮くのなら、それは『風の操作』といった感じになる。

 

「よく知っているね、なら話は早いよ。じゃあ早速検査していこうか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 …。

 ……。

 ………。

 

「――うん、これで最後の検査は終了だよ。結果として伊吹君は“周囲に影響を与えることで力を発現するタイプ”だね。書類に記載されている通り、能力は『念動力』でまず間違いはないと思う。これで今のところ必要なことはおしまい、お疲れ様」

 

「ありがとうございました」

 

 全ての検査が終了するまで三十分ほどかかっただろうか。登録するだけだし、簡単な応答と手続きのような書類の記入がある程度だと思っていた。

 

「あとは珈琲でも飲んでゆっくりして頂戴。お昼休みの時間はまだあるからね」

 

 そこまで言うと女性はパソコンで登録作業を再開する。

 

 残った珈琲を口に運びながら伊吹は思う。そういえば女性の名前を聞いていなかったことに……。

 

「(うーん……白衣も着てるし、年上みたいだし、研究室も持っているからなぁ)」

 

「あの、せんせ――」

 

「ぐぁっ!?」

 

 伊吹が“それ”を途中まで言い掛けた瞬間。女性は変な声を上げて、手に持っていたコップを落としかける。その反応を変に思った伊吹は少し考えると「ああ……」と察した。

 

「……えーっと、先……輩?」

 

「な、なにかな? い、伊吹君?」

 

 ギギギッッと壊れかけのロボットみたいな挙動でゆっくりと女性はこちらに振り返る。そんな気にしていることなのか、と気が付いた自分を密かに褒める。

 

「そういえば先輩の名前を聞いていなかったなぁって思いまして」

 

「あ、ああー……名前ね。あはは、そういえばそうだったね。自己紹介が遅れてごめんよ、アタシは式部茉優。学年としては伊吹君の一つ上だよ」

 

「式部先輩ですね、分かりました」

 

「伊吹君は先輩って気付いてくれたんだね。暁君には先生なんて言われちゃったんだよ……あはは……。まぁ、こんな恰好もしているし、そう思われても仕方がないんだけどね……ぐすんっ」

 

「……すいません、あとで俺の方から暁にはしっかりと言い聞かせておきます」

 

 自分が暁と同じことをしかけたことは秘密とするのを自身に誓い、式部先輩にはそう約束していた。暁よ、先輩になんてことを言っているんだ、全くもう。

 

「確かにアタシは生徒の皆より年上だし、七海ちゃんみたいにお肌もツヤツヤって訳でもないから暁君が間違うのも無理はないよ」

 

「皆より……年上?」

 

「ああ、伊吹君には言ってなかったね。留年してるんだよね、アタシ。しかも二回……。だから学園に在籍している生徒の皆よりだいぶ年上なんだぁ」

 

「……留年、ですか」

 

「なんで留年してるのかなって顔だね。別に成績が悪いわけではないんだよ、でも少し特別な理由があってね……って、この話はここまででやめておこうかな……」

 

 式部先輩の表情が寂しそうに暗くなる。詮索はしない、誰しも話したくないことや聞かれたくないことの一つや二つあるものだから。事の軽重に関係なくな。

 

「ごめんね、なんか変な空気にしちゃって」

 

 式部先輩は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「大丈夫ですよ。でも式部先輩、一人で悩まないで下さいね、俺でも力になれることがあるなら何でも相談のりますから」

 

「ありがと、その気持ちだけでも嬉しいよ」

 

 式部先輩は小さく笑みを浮かべると、雰囲気もさっきまでの調子に戻る。言葉こそ優しかったが、関わらないでほしいといった拒絶の感情が混じっているように思えた。

 

 ――それから暫くして。

 残った珈琲も飲み終え、特にこれ以上居座ることもないので教室に戻ることを伝える。

 

「暇な時にでも遊びに来てくれると嬉しいかな。普段は授業に出ないでこの部屋にいるから暇なんだよね、別に研究が忙しいって訳でもないし」

 

「なら式部先輩が寂しくないように、ちょくちょく来ますね。先輩の淹れてくれる珈琲とても美味しいんで、また飲みたいですし」

 

「嬉しいこと言ってくれるね、伊吹君は。なら次はもっと美味しく淹れてみせるよ」

 

「それは期待しますね、では失礼します」

 

 席から立ち、部屋のドアに向かう。

 

「午後の授業で居眠りしちゃダメだからね、アタシみたいに留年しちゃうから」

 

 笑顔で手を振る式部先輩に笑みで返すと、研究室を後にした。

 

 

 

 †

 

 

 

「うわっ、もうこんな時間か……」

 

 一通りAEMSの登録を済まさせた後、廊下を歩きながら携帯を取り出して電源をいれる。画面には待ち受けにしている写真と現在の時間が表示されていた。

 

 もうあまり昼休みは残っていない。随分と式部先輩の研究室に長居していたらしいな。休み時間に寄っておきたい場所があったが、真っ直ぐ教室に戻ることにしよう。

 

 お昼も食べてないし、食べ終えた頃には丁度よく午後の授業が始まるかな。

 

「(さてさて、暁君は生きて無事に戻っているといいんだけど)」

 

 頭の片隅でそんなことを考えながら階段を下っていく。自分の教室がある階に到着し、廊下へ出ると、教室の前にお客さんが来ていることに気が付いた。

 

「ん? あれは――……」

 

 小動物のような小柄の女生徒が二人。一人がドアに身を隠しながら教室の中をコソコソと覗き、もう一人はその後ろ姿を楽しげに見守っている様子。

 

 教室を覗いている子はもの凄く見知った女の子、見間違えるはずがない。我が最愛の妹、在原七海だ。もう一人の女の子は……知らない子だが、学院の制服を着ているし、七海の友達かな? もう友達ができたのか、お兄ちゃんは嬉しいぞ。

 

 もう少し近くであの可愛い行動を見てみたくなり、コソコソと気付かれないように足音を消しながら二人へ近づいて行くと、七海を見守っている女生徒に小声で話かける。

 

「いきなりでごめんね、七海の兄なんだけど……」

 

「わぁ!? ――っと、び、びっくりしました……」

 

 驚き、大きく声を出しそうになっていたが、瞬時に自分の口に手をあてて声を抑えていた。すみません、驚きましたよね。七海には気が付かれないようにしたかったんです。

 

 この子の反応の早さに思わず拍手したくなったが我慢。目の前の女生徒は七海と同じくらいの背丈に控えめの体つき。ブレザーの代わりに淡い水色のパーカーを着ていた。

 

「えっと、七海ちゃんのもう一人のお兄さんですね。初めまして、ワタシは壬生千咲っていいます。七海ちゃんとはクラスが一緒なんです」

 

「壬生さんね、よろしく。俺は在原伊吹、三兄妹の一番上だよ」

 

「じゃあもう一人のお兄さんのことはお兄さんって呼んじゃってますので、伊吹お兄さんって呼ばせて貰いますね♪」

 

 ニコッと笑みを浮かべる壬生さん。フレンドリーといえばいいのか、話した印象としてはそんな感じだ。こういう人を光属性というらしい、七海にそう教わった。

 

 多分、編入したてで人見知りを発動し、無口状態だったと思われる七海に最初に話かけたのはこの子だな。同じクラスに壬生さんがいてよかった、安心できそうだ。

 

「さっそくなんだけどさ、七海は何してるの?」

 

「七海ちゃん、兄の顔を見に行きたいって言っていたので一緒に来たんですよ。一人で上級生のクラスに行くのは怖いらしくて。暫く会ってないからとも言ってましたね」

 

「それって暁の方――じゃないか。暫く会ってないのは俺の方だし……」

 

 どれくらい会っていないのか、一年くらいかな……多分。

 

「愛されてますねぇ。七海ちゃんみたいな可愛い女の子に好かれるなんて羨ましいですよ」

 

「だろ? ホントに可愛い妹なんだよ。だからこれからも仲良くしてやってね、人見知りだけど、寂しがりやでもあるからさ」

 

「勿論ですよ、寧ろこちらこそお願いしますって感じです」

 

「よろしくね。じゃあ俺は七海のところに行ってくるよ」

 

 壬生さんに静かにしておいてもらうようにお願いした後、ゆっくりと背後へ近づいていき、七海の真後ろから声を掛けてみる。

 

「おーい、七海さーん」

 

「じー……」

 

「(返事がない。ただの天使のようだ)」

 

 真後ろに立っているのに全く気が付く様子のない七海。

 

「……うーん、お兄ちゃんの教室ってここで合ってるよね。暁君から聞いたんだし、何回も教室の場所は確認したから間違ってないはず……でも、いないなぁ……」

 

 ブツブツと何やら小声で呟きながら、教室を覗き続けている七海。あの人見知りの妹が、上級生の教室まで来て自分を探している。あ、やばい泣きそう……。

 

「少し見ない間に成長したんだな、七海。お兄ちゃんは嬉しいぞ、うんうん」

 

「なんか保護者みたいですね、伊吹お兄さんって」

 

 壬生さんも近くまで来ると、伊吹の隣に寄り、目頭を押さえている顔を覗いてくる。

 

「ん、そうか? 保護者かぁ、そう見えているのも嬉しいんだが……。いや、兄の方がいいな、七海には『お兄ちゃん♪』って呼ばれたいしさ」

 

「あ、はは……。そうですよねー、可愛い妹ですもんね」

 

 壬生さんに引かれているように感じたが、まぁいい。ホントのことだし。

 

 うーん。このまま可愛い妹の姿を眺めていてもいいのだが、こんな近くにいるのに気が付いてもらえないのは寂しくなってくる。どうしたものか……。

 

 予鈴が鳴れば流石に気付くと思うけど、折角だし話もしたい。気付かせる方法は色々とあるが、普通ではつまらない。折角だし。

 

 数秒、目の前で未だきょろきょろとしている七海の背中を見ながら思考すると、一つ思いついたことが。伊吹はニヤリと口元を曲げ、再び七海の真後ろに立つ。

 

 今度は声をかけず、七海の頭の上へ顎をそっとのせると、ガクガクと連打するように動かした。それはもう高速で。

 

「ひ、ひゃぁっ!? ななな、なになにっ!?」

 

 驚きながら跳び退くように伊吹から距離を取ると、その勢いで尻餅をつく。自分の頭を両手で押さえつつ、若干涙目になりながらもこちらへと振り返っていた。

 

「お、おおおお兄ちゃん!?」

 

「やっほー、久しぶり。元気にしちょったか?」

 

「も、もう……後ろにいたならもっと普通に教えてよ! ずっと教室の中を探していたワタシが馬鹿みたいじゃん……。上級生の教室だし、知らない人ばっかりだから凄く緊張してたんだから」

 

「ごめんごめん。それよりも何か用事があったから俺を探しに来たんだろ?」

 

「べ、別に用事というほどのことでもないんだけど……。うぅ、なんていうかな……」

 

 七海はもじもじとして頬を赤らめる。そんなに恥ずかしい用件で会いに来たのか? 兄の顔が見たいっていうのは壬生さんから聞いたが、それだけな訳はないだろうし……。

 

「もー、七海ちゃんってば素直に言っちゃえば良いじゃん。お兄さんに会いたかったって」

 

 七海に抱きつきながら壬生さんが勝手に代答する。

 

「な、ななな、違うからねっ!? そ、そんな理由で会いに来た訳じゃないからっ! 絶対に違うんだから……勘違いしないでよね、もう」

 

「慌てる七海も凄く可愛いだろ? 壬生さん」

 

「そうですねぇ。えへへ、七海ちゃんってホント可愛いっ!」

 

 ギュッと壬生さんが密着度を上げると、七海の赤面度も上がる。本当の用件については疑問が残ったままだが、七海が教室まで来てくれたのは助かった。

 

 時間もなく諦めていたこと。昼休みに寄っておきたかった場所は七海の教室だった。せっかくいちゃついているところ悪いが話掛ける。

 

「あーっと、壬生さん。ちょっと七海に話があるから解放してやってくれないかな?」

 

「分かりました♪」

 

 パッと壬生さんが離れると、七海は光属性にやられたせいか息を少し荒げていた。

 

「な、なに? 変なことだったら“変態”って呼ぶけど?」

 

「まぁ、それはそれである意味ご褒美なんだけど、そうじゃなくてさ――」

 

 ………。

 ……。

 …。

 

「うん、いいよ。じゃあ放課後に連絡するね」

 

「ああ、分かった」

 

 兄の頼みに「しょうがないなぁ」と言いたげの微笑を見せる七海。ついついその可愛らしい頭を撫でたくなり手を伸ばしたが、これまた可愛らしい手に弾かれる。不満そうな視線を向けるとジト目で返された。

 

「えへへ、本当に兄妹仲がいいんですね♪」

 

「べっ、別にそんなことないよ。ただ伊吹兄さんは昔からことあるごとに頭撫でてくるから恥ずかしいだけだもん。しかも今は他の人の目だってあるし……」

 

 二人のやり取りを傍から眺めていた壬生さんがニヤニヤしながら声を掛けてくると、七海はまた頬を染める。表情がころころと変わるものだ。

 

「な? 可愛いだろ?」

 

「はい、とっても可愛いです!」

 

「もう、二人とも流石に怒るよ?」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

 七海を二人で愛でていると、教室に戻ってくる生徒が増え、廊下が少し騒がしくなってくる。壬生さんが腕時計で時間を確認すると、予鈴の時間が近づいていた。

 

「あ、七海ちゃん七海ちゃん。そろそろ時間みたいだから戻ろう? 午後の授業に遅れちゃうよ。次の授業、移動教室もあるし」

 

「うん、それもそうだね。じゃあ伊吹兄さん、また放課後にね」

 

「また今度お話しましょう、お兄さん♪」

 

「あいよ、二人とも授業に遅れないようにな」

 

 七海と壬生さんが教室に戻っていく姿に手を振りながら見送った後、教室の中に入った。何故か髪がボサボサになっている暁がいたが、無事に……うん、生還できたらしい。後で話を聞いておくか、何か面白そうだし。

 

 自分の席に座ると、丁度よく午後の授業が始まることを知らせるチャイムが鳴る。結局、お昼を食べ損ねてしまったが、まぁいいか。七海も上手く馴染めているみたいだったし、久しぶりに顔も見れたからな。

 




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後ほど活動報告の方も更新したいと思っておりますので、読んで貰えると嬉しいです。

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