ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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これでひとまず完結。
なのですが、色々ありまして。
出来ればあとがきも読んで頂きたいなと思います。


やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
結末―ゲームオーバー―


 春休みと呼ばれる期間が終わり、俺の狂った生活リズムを治す作業はどうにか間に合ったらしい。

 普段通り、どころかかなり余裕を持った時間帯で起床し、俺は着慣れた制服を纏って階段を降りた。

「およ?今日は早いね。お兄ちゃん」

「まぁな」

 Yシャツにエプロンという他の人間には見せたくないほど魅力的な服装の少女、比企谷小町は俺の妹だ。

 俺より更に早く起きていたらしく、既にテーブルの上には朝食が並んでいた。

 俺がいつもの席に座ると、後片付けを済ませた小町もパタパタと対面のイスに座る。お互いに手を合わせた後、愛する妹の手作りの料理を口に運んでいった。

「あ、そだ。お兄ちゃん」

「なんだ?」

「今日は友達と一緒に行くから、バスで」

「ん?お、おう。そうか」

 ちょっと動揺してしまったが仕方ない。何せ目的地は変わらないのだ。てっきり俺が自転車で送るものだとばかり思っていた。

「……なぁ、もしかして友達ってあいつか?あの……川なんとか」

「え〜、あ、大志くん?違う違う、別の子。大志くんは川崎さんと一緒に行くって」

「ほ〜ん」

 良かった。本当に良かった。小町に悪い虫が付いたらたまったもんじゃないからな。……ってか、姉弟って分かるから良いけどそいつら両方川崎だろ。

 そんなことを我が妹が気にする筈もなく、皿を空にした小町は最後に牛乳を一杯飲み干すと空いた食器を洗い場に運んだ。

「お兄ちゃん今日はゆっくりだね。やっぱり時間余裕だから?」

「まぁそうだな。俺が洗うから準備してきていいぞ?流石に登校初日に忘れ物とか嫌だろ」

「んも〜。小町がそんなヘマする様に見える?」

 ごめん。割とマジで見える。

 そもそも学力含めておバカな所のある妹である以上、お兄ちゃんその変ちょっと心配!シスコンですか?否定はしない。

 ま、ありがと〜と言い残し、小町は自分の部屋へ速足で歩いて行った。

 俺も最後の一口を飲み下して食器を片す。小町の分と合わせて皿を洗っていると小町が戻って来た。ちゃんとカバンを持ち、Yシャツの上には高校指定の制服を重ねている。小町は見事総武高校の受験に合格し、今日から俺と同じ学校に通うのだ。

「ふふん。どう?」

「ん?世界一可愛いぞ」

「……いや、それマジトーンで言われるのはちょっと引くわ〜」

 引くなよ。ちゃんと褒めたのに。

 初々しい制服姿の小町は春休み中に一度見ているが、こう見るとやはり可愛い。俺の主観だから世界一という言葉は訂正しない。そうか、可愛い妹こそ正義だったか。

 ちゃっかり親からバス代を貰っていたらしく、小町は「いってきまーす」と元気に家を飛び出して行った。

 それから五分くらい後に、俺も総武高校へとペダルを漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄さん!おはようございます!」

「おう。お兄さんはやめろ次言ったら分かってるなおい」

 自転車を駐輪場に停めてから少し歩いた所で川崎ゴミ虫こと川崎大志から無駄に溌剌な挨拶をぶつけられた。なに、物理攻撃なの?

「は?うちの弟に何する気?」

 で、その隣は威圧のコマンド選択。それが割と効くから辛い。

 大志の姉、俺のクラスメイトでもある川崎沙希は不良と言われたら否定出来ない程の目付きで俺を睨んでいた。

「何もしねぇよ」

「あっそ、ならいいけど」

 相変わらずのブラコンだな。シスコンの俺が言うのもあれだけど。

 はぁとため息を一つ吐いた川崎は、少し落ち着いた態度で向き直った。

「早いね」

「そっちもな」

「あたしは大志に合わせて来……あ、あんたの妹もそういえば」

「比企谷さん、俺と同じクラスでした!比企谷先輩も姉ちゃんと同じクラスなんでしたっけ?」

「確かな」

 そう、何の因縁か知らないが比企谷兄妹と川崎姉弟は両方とも同じクラスだったのだ。まぁ俺と川崎は文理選択が同じ文系だし当然といえば当然なのだが。

 そこまで話した辺りでどうやら大志が知り合いを見つけたらしく、俺と川崎に一言告げて昇降口へ走って行った。

「……」

「……」

 ……まぁ、お互い友達でもなければ一緒に歩くような仲でもないわけで。

 ただし、俺も川崎も個人行動が得意な部類の人間だ。こんな時ぼっち同士だとお互いに無駄な気を回すことも必要ないので気が楽でいい。

 俺と川崎は違う歩幅を合わせることなく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡!」

 本来なら名前呼びにときめきや喜びを見出す筈なのだが、生憎こいつ相手だと何も思えないし油断したら殺意が生まれそうだ。

 季節感無視して暖かくなり始めてい春先にすらコートと指ぬきグローブを欠かさない男、材木座義輝は暑苦しく廊下で俺を呼び止めた。

「どうだった?割と上手く書けたと我ながら自負しているのだが」

「あーうん。はいはい」

「んちょ!その反応はなんなのだァ!」

 あ〜めんどくせぇ。

 一応小説家希望の材木座先生(笑)から受け取った原稿は昨日読み終わって、今彼は感想という名のクレームを俺に要求しているのだ。

「そうだな。取り敢えず文の使い方はどうしようもないから置いとくとして」

「そこ、置いといて大丈夫なのかっ?」

「知らん。で、主人公最強系書きたいならもうちょいシナリオどうにかしろよ。今は俺TUEEEEより最強だけど苦戦しながら勝つみたいなのが割と良いと思うぞ?」

「ふむふむ、なるほど。つまり脳筋に剣を振り回すだけでなく心理戦や裏の策謀を入れると面白いということか……」

 地味に自分の作品だけじゃなくて脳筋で剣振り回してる作品までディスってる気がするが、まぁいいか。

「あと長文タイトルは辞めとけってあれほど。ぶっちゃけ中身が面白ければタイトルなんて語呂が良ければ大体OKなんだよ」

 その他諸々の指導を短時間に済ませ、俺は新しい教室の俺の席に座った。

 なんか朝から疲れた気がする。主に材木座の所為で。

 ぐったりと机に突っ伏すと、朝八時過ぎまでに受けた疲労がリアルに感じられた。

「八幡!」

 そんな疲れや疲労は一瞬で吹き飛んだ。なにこれベホマ?大天使の伊吹?

 呼ばれた方を向くと、本当に天使がいた。

「と、戸塚!?」

「おはよう」

「お、おう」

 どうしよう。癒され過ぎて昇天しそう。

「また同じクラスだね。今年もよろしくね」

「あぁ、末永く」

「うんっ」

 ……はっ!あまりの可愛さにうっかりプロポーズしてしまった。あれ?戸塚?今肯定した?それOKって事ですかっ!?

 学生という立場を無視して給料三ヶ月分を指輪に注ぎ込もうかと割と本気で考えてしまってから約一秒。世界を平和にしてくれそうな笑顔で手を振りながら、戸塚は自分の席へと歩いて行った。

 あぁ……婚期逃した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式は恙無く終わり、午後の授業も半分聞き流しての現在放課後。

 習性になりつつある動作で荷物をまとめ、俺は教室を出た。

「やぁ比企谷」

 廊下に出て一歩目。声を掛けてきた女性は艶やかな長い髪の我らが担任、平塚静である。

「元気そうで何よりだよ」

「えぇ、どうも」

「特に眠った後は気持ちが良かろう?」

 あー怒ってますねはい。

 ついさっきの現国で授業時間の半分を机に突っ伏していたのはバレていたようだ。俺の固有スキル『ステルスヒッキー』を破るとは。

「いえあれですよ。睡眠学習というものがあってですね」

「それは眠る直前の学習を強化するものだろう。どうしても睡眠学習がしたければ授業後に眠れ」

 正論過ぎて言い返せない。

 自分でも分かるくらい悲壮感のある顔をしていると、破面した平塚先生は陽気に俺の肩を叩いた。

「なぁに、そこまで気にはしていないさ。今更君の問題行動に気を張るほど、成長しない私でもない」

 成長とは若さの現れというが、暗に自分は若いと言いたいのだろうか。

 あえてそこには触れず、俺はそうですかとだけ返す。平塚先生も長話をするつもりはないらしく、すぐに職員室の方へと姿を消した。

 やけに今日は会話か多いなと、男子高校生にしての平均使用文字数が明らかに少ない俺はため息を一つ。

 そして息を吐き出した瞬間に、何故か背中を叩かれた。え、なんで?いじめ?大丈夫。我が校にいじめはない。

 振り返ると、お団子ヘアが特徴のクラスメイト、由比ヶ浜結衣がそこにはいた。

「ヒッキー。部活、行こ?」

 

 

 

 

 

 

 開放された窓からは心地良い春風が流れ、室内でそれぞれの定位置に座る三人の髪を僅かに揺らす。

 学校の日程がやや変則的とはいえ、更に言えば新学期登校初日であるにも関わらず、奉仕部はいつも通りの時間を過ごす。

「いや〜始業式って面倒だよねー。なんでしないといけないんだろ?」

 学生なら誰でも一度は思う儀式への疑問を口にする由比ヶ浜。

「そういう式典への参加はむしろ社会に出てからの方が多いのだから。学校で行われるのはそういったものに対する訓練みたいなもの、かしらね」

 そんな彼女に答える清楚な印象を受ける少女、奉仕部部長、雪ノ下雪乃は手元の本から視線を外すことなくそう呟いた。

「え〜。そんなの社会に出てから慣れればいいじゃん」

 学生どころかアホの子らしい考えに思わず吹き出しそうになった。まぁ吹き出さないけど。

「そう考えるとあれだな。校長が無駄に長い話するのも理由だけは納得だわ」

「あら。珍しく面倒事に関して肯定的ね?」

「理由だけはな。ってか、それなら社会に出ずに家庭に入る俺は免除させてほしいと思うんだが」

「うわ」

「いつも通りだったわ。相変わらず、専業主夫を譲る気はないのね」

 呆れ100%の反応にもいい加減慣れてしまった。俺雪ノ下の毒舌に毒されてない?

 それから他愛もない話を由比ヶ浜が振り、雪ノ下が応え、俺が横から口を出す時間が続いた。途中で雪ノ下が紅茶をいれて、由比ヶ浜が持ってきたお菓子をつまんで、読書。いつも通りの奉仕部だ。

 と、ノック音が部室内に小さく響き、三人の視線が扉へと集まる。

「どうぞ」

「失礼しまーす」

 雪ノ下の許可を得て入って来たのは総武高校現生徒会長、俺らの一個下で二年生の一色いろはだった。

 奉仕部からすれば主に前年度の三学期に色々あり、既に常連とも言える彼女。慣れた風にイスに座ると、雪ノ下から貰った紅茶を飲みながら由比ヶ浜と何やら話し始めた。

 てか用もないのに来んなよ。

「なんでいんだよ」

「えっと〜、先輩に会いに来ました!」

「へー。で、なんでいんだよ」

「なんで同じ質問なんですか!」

 ふざけてあざとトークするのは観念したらしく、一色は普通に来たのはちゃんと用があるのだと。なら最初からそう言えよ。

「実は準備をお願いしたくてですね」

「準備って、また生徒会手伝うのか?」

「えっと……」

 やや気まずそうに目を背ける生徒会長。また面倒事か?ふと、去年のクリスマスがフラッシュバックして来た。

「人手が足りないのかしら?それとも生徒会で手に負えない程の問題があったとか?」

「いえ、そういう訳ではなくですね。もちろん生徒会だけでもできるんですけど、時間が」

 一色が言うにはどうやら明日、総武高校の一年生歓迎会を生徒会主導で行うらしい。そこで最終準備があるらしいのだが、この後教員の会議もあるらしく速やかに終わらせなければならないらしい。

 新年度早々に面倒な仕事がやって来たことに対し、奉仕部の面々のリアクションは三者三様だった。

 まずはアホの子、由比ヶ浜結衣。

「うん、やるやる!前みたいに難しい事とかはないんでしょ?」

「はい。運営とかそっち系は生徒会がちゃんとしますので」

 前のめりに立ち上がって賛成する彼女。性格からしてもその反応は不思議ではない。

 そして不思議ではない反応をするもう片方、雪ノ下雪乃は憂鬱そうに頭を抑えている。

「ここ最近、奉仕部が生徒会の下請けになって来ている気がするわ」

 確かに前年度の後期は生徒会からの依頼がほとんどだった。特にクリスマス会や三年送別会などは大変だった記憶がある。それも踏まえて生徒会からいい様に使われている気がするのは仕方がない。

 あまり賛成的でなかった雪ノ下は、現在由比ヶ浜と一色から熱烈に説得されている。うん、先読めたわ。

「ね、ヒッキーもいいよね?」

「もちろんだ」

「え、いいんですか!?」

「何故かやる気に満ち溢れている気がするのだけれど」

 案の定折れた雪ノ下の次。由比ヶ浜の質問に即答したら何故か驚かれた。え、なんで?

「なんだよ」

「いや、ヒッキーがやる気なのが意外というか、ありえないというか」

 失敬だなこいつ。仕方がない。一から十まで一言で説明してやろう。

「一年生、つまり小町の歓迎会だろ?」

「「あぁ……」」

「はぁ……、いっそ清々しい程のシスコンね」

 呆れ返る三人。やっぱり慣れたわ〜。

 やれやれといった雪ノ下が立ち上がり、それを見てから俺と由比ヶ浜も荷物をまとめる。これからすぐに作業だろうし、わざわざ荷物を部室に取りに来るのは非効率だろうからな。

 しかしなんだ。こういったものに参加するのは、似合わないなと思ってしまう。こういうのはむしろ、似合う人間がやるべき事ではないかと。

 それでも仕事なら仕方がないだろうと、いつの間にやら染み付いた社畜根性で扉を開ける。

 一色を含めた四人は体育館へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから一時間ほど。奉仕部の介入で思ったよりも早く準備は終わり、残りの微量の残業は生徒会が請け負うことになった。お陰様で帰宅できる。

 小町はとっくに家に着いているだろうし夕飯も小町の手料理を食べるつもりだが、奉仕部が本来終わる時間よりも早い為少々暇がある。別に潰す程のものでもない時間なのだが、読んでいた本が良い感じのところだった事もあり、俺は喫茶店に入ってコーヒーを頼んだ。

「ほよ?比企谷くんだ〜」

「あ、比企谷くん。久しぶりだね」

 ……今すぐ第三の爆弾を発動して数分前からやり直したい。マジでいいや限界だ、押すね。

 まぁそんなことができるわけもなく、俺は店員から受け取ったコーヒーを持ちながらカウンターに座る二人に会釈で返した。

 俺の通う総武高校の卒業生である二人。どちらも歳上の先輩に当たる彼女らと、俺は理由も分からず同席することになった。

「ちょっと〜。ほら、こっち」

 華麗にスルーしようとしたがあえなく失敗。

 自分の隣の席をポンポンと叩きながら俺を呼ぶ彼女、雪ノ下雪乃の姉で強化外骨格持ちの完璧超人、雪ノ下陽乃は整った笑顔を向けている。

 この人の闇、かなり深そうだからあまりお近付きになりたくないんだよなぁ。

「部活終わりにしては早いよね?今日は奉仕部なかったのかな?」

 対して闇なんて一切感じさせないぽわぽわとしたイメージの城廻めぐり先輩。俺の一個上で前年の生徒会長。俺とは体育祭や文化祭などで顔を合わせたことはある位の間柄だ。

「依頼が思ったより早く終わったんで」

 逃げるというコマンドが魔王に通用しないことは知っているため、俺は仕方なく指定席に腰を下ろした。

「へぇ、依頼ねぇ」

「でも今日って始業式の日でしょう?登校初日から依頼があるのは、ちょっと大変だね」

「そうでもないですよ。慣れましたし。それにさっさと終わるくらい簡単なやつでしたんで」

 ふと立ち寄った喫茶店で小一時間、俺は魔王と天使に拘束された。字面だけだとちょっと面白い小説でも書けそうな長文タイトルみたいだが、そもそも長文タイトルが廃れ気味なので却下。

 腹黒い雪ノ下さんとめぐめぐ☆パワー全開のめぐり先輩が相手なだけに、対応が難しい。あと店内での男性客からの視線が痛い。超刺さってる。

「さて、めぐりの合格おめでとうの会もこの辺にしておきますか!」

「んも〜はるさん。私推薦で受かってますし、おめでとうって言われるのはちょっと違う気がするんですけど」

 三十分程の短い時間ではあったが、雪ノ下さんの口撃みたいなことも特に無かったため苦ではなかった。あ、いや、文化祭の時のことを掘り返されたのはちょっとあれだったけど。

 まぁ、何はともあれ小さな祝賀会は終了し、店内から出ためぐり先輩は駅の方へ向かって行った。

「明日からめぐりも大学か〜」

 何故か帰り道が被った雪ノ下さんが勝手に語りだし、めぐり先輩の大学が明日から始まることを知った。軽いノリで俺まで小さな会に参加させられていたが、雪ノ下さんなりにめぐり先輩の門出を祝いたかったのだろうと、俺も勝手に思ってみたりする。

「どう?少しは気が紛れた?」

 だから、そんな事を不意打ちで言われた俺は黙るしか出来なかった。

 自転車を引く俺の隣には妖艶な笑みを浮かべる雪ノ下陽乃がいる。

「……何が、ですか」

「雪乃ちゃんから、最近比企谷くんが元気ないの!って聞いてたからねぇ。ちょっと様子見。あんまり考え込まない方がいいよ?」

「……」

 雪ノ下姉妹の関係性は少しだけ変わり、雪ノ下雪乃が姉に気を許すという形で平穏を得たらしい。まぁ気を許したという基準が月一のメールなのはどうか分からないが。

 雪ノ下さんの話ではどうやらその月一のメールに俺の事が書いてあったらしく、今こうして探るような目を俺に向けている所存なのだと。

「別に元気がないわけじゃないですよ。むしろ妹が入学してウキウキしてるくらいですし」

 俺はそう適当に返す。

 彼女には珍しく、分かりやすい嘘をついている。雪ノ下が俺のことを彼女に話すことなどまずないだろうし、昨日まで春休みで会っていないのに最近とはいささか矛盾が目立つ。それに、彼女の帰り道は駅へ向かう道のはずなのだが。

 こんなお粗末な嘘をついた理由が気になるが、話す気はないらしい。

「そっか、なら良かった。あ、私ここまででいいから。じゃあね、送ってくれてありがと」

 彼女はひらひらと手を振って横断歩道を渡って行く。

 結局、最後まで彼女が何をしたかったのか分からなかったが、少しだけ、心の奥を覗かれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 帰り道。まだ空が紅く街を照らしている時間帯。

 俺は自転車を引きながら歩いていた。

 雪ノ下陽乃に言われたからだろうか。俺は心の中にある感情を意識している。

 いつからか、気がついたらその感情はあった。不思議で、謎で、言いようのない感情が。

 感情とは反応だ。現象や状況がなければ生まれず、記憶がなければ忘れてしまう。

 それなのに、できた理由も時期も、呼び名もカテゴリーも分からないその感情を俺は忘れられない。いや、持ち続けている。

 ふと、去年の冬、恩師に言われた言葉を思い出す。

 ――誰かを傷付けないなんてことはできない。

 大切なのは自覚。大切だと思うから傷付けていると自覚する。

 無意識に、左手を胸に添えた。

 多分、俺はいつか、誰かを傷付けたのだ。そのことを、いつの間にか自覚した。

 誰を、何故、どうやって。そんな簡単なはずの事すら思い出せない。不謹慎にも、俺は忘れているのだろう。

 俺はあの時、『本物』を求めた。そして彼女らを、あの空間を望んだ。

 今あの変わらない、代わり映えのない時間が本物なのかは分からない。それでも、少なくとも悪くはないなと思っている。

 けれど、そんな妥協をこの名も無い感情が否定する。

 ――それはお前が求めた、本物の形なのか?

 否定も肯定もできない。誰よりも自分を糾弾する自分からの問に、俺はただ黙ることしかできなかった。

 出るはずもない答えを求めて、俺は紅く染まった空を見上げる。

 ⋯⋯空、か。

 あの日、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣に助けを求めた時も、きっとこんな空だった。

 俺は、変わった。ほんの少しだけ、本当に少しだけだが、確かに変わっている。それが彼女らのおかげなのか、こうして自分に爪を立てる感情の所為なのかは分からないけれど。

 そんな変わったかもしれない俺は、今もこうして悩み、踠きながら本物を探している。

 だから、と言うべきか。俺は、正体不明のこの感情が突き付ける問に俺ができる答えを、一つだけ知っている。

 証明なんて要らないし、解読なんてする必要もない。漠然と、だが確信めいて言える確かな答え。

 

 ――やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 

 

 

 

 




ノーゲーム・俺ガイル、ご愛読本当にありがとうございました!
駄作者の駄文にここまでお付き合い頂けて嬉しく思います。

さて、かなりバットエンド風な終わり方になってしまいましたが、実はこの作品、続く予定でした。
というのも、行き当たりばったりでやっていたプロット制作中。あることに気付いて二部以降を断念。
書き始め当初はここまでで終わるつもりだったので、これで完、という形にしようと思いました。
ですが、ジブリールが報われな過ぎるという感想を頂き、確かにと思う自分がいます。
というわけでもう一話。読み切りのような感じで出そうと思います。
しかし作品として終わるには今回で区切りが良いので、一つの物語としてはここまでです。
次回以降、二部を書くかどうかは分かりませんが、感想頂ければ嬉しく思います。
改めて、ご愛顧下さり感謝申し上げます。

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