それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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 今回は前話の焼き直しのようなものなので早いですが、次話は少しかかると思います。


五十三話 日常の一幕:舞台裏

「・・・・・・」

 

 窓から差し込む朝焼けの光に、俺は閉じていた目を開けた。3時間ほどはウトウトとしていただろうか、今日もほとんど眠れていない。体は倦怠感で四肢が鉛にでもなったかのように重く、頭は霧がかかったようにぼんやりとしている。そのくせ体は寝汗でじっとりとしていて、不快で仕方が無い。今日も夢見は最悪だった。

 用意しておいた水で顔を洗い、体を軽く拭く。そして体を動かしやすい服装に着替えると、俺は部屋の窓から外へと躍り出た。

 

 

 

 朝の早い時間の澄んだ空気の中、俺は学院の外の人気の無い草原を走る。

 戦争から、そしてジョゼフの元から戻ってきてしばらくが経った。ガリアで治療を受けたおかげだろう、身体に目立った異常は無い。たまに薄く染みるような痛みが右腕に走ることもあるが、それも強い負荷がかかったときだけであり、日常生活には全くといっていいほど影響はなかった。

 ・・・・・・影響があるとすればメンタルの方だ。帰ってきてすぐの頃は、いや今でもまだ比喩では無く毎晩夢を見る。人を殺したこと、部下を助けられなかったこと、タバサをジョゼフに跪かせたこと。そして俺だけが生きて帰ってきたこと。

 PTSD、サバイバーズ・ギルトとも呼ぶのだっただろうか。戦争による心的外傷、詳しくは無いがおそらく俺はそれなのだろう。

 ・・・・・・治療法を覚えているわけでも無いのに、そんな病名だけを覚えていたくもなかった。俺のこの、まるで栓でも出来たような胸のつかえを、この気持ちを。それは分類付けし、病名をつけられる程度のものなのだと、まるでそう言われているようで、奇妙な虚無感が胸にこもる。

 

「ハッ・・・・・・ハッ・・・・・・」

 

 しかし、そんなことを考えていても仕方が無い。俺は胸のつかえを呼吸と共に吐き出すと、無心で走る足に力を込めた。

 

 

 

 

 体を動かし終え、部屋へと帰ってきた俺は魔法を使って汗を流し、体を拭いて服を着替える。そしてもう一度顔を洗うと、俺は鏡をのぞき込んだ。

 

「・・・・・・ひでえな、これは」

 

 そう言って、一人俺は軽く笑う。

 寝起きに比べれば随分と血色が良くなったはずの俺の顔は、しかし目の下にはもはやごまかせないほどの濃い隈が出来ていた。

 これは単純に寝不足のせいだ。ここしばらくは化粧品などを使ってごまかしてきたが、流石にそれはもう無理だろう。

 俺はテーブルの引き出しから、買っておいたメガネを取り出してかける。

 レンズに度を入れていない、いわゆる伊達メガネ。縁の厚いそれをかけて、再度鏡をのぞき込む。

 ・・・・・・これで大丈夫だろう。メガネの縁によって隈が隠されている。これならよほど近くで覗き込むようにでもされない限り、バレることはないはずだ。

 俺の今の状態について、誰かにバレるようなことはできる限り避けたい。

 冷たい言い方をしてしまえば、誰かに心配されたところでどうにかなる話でもない。バレたところで相手に気を遣わせてしまったり、下手をすれば無駄に心配させてしまうだけだ。なら、そもそも気づかせないようにしたい。タバサやアラベルが俺のことで気に病んでいるところなんて、例え金をもらったって見たいものじゃあない。

 それに別にこれは優しさではない。そもそもこんな弱っているところなんて、誰かに見られたいものでも無いのだから。だから言うのならこれは、優しさでは無くただの男の意地とでも言うものだ。

 

 

 

 汗を流して多少は冷えたとはいえ、運動したことで体はまだ火照っていた。朝食の時間まではまだ多少時間はある。

 俺は本棚から本を一冊取り出すと、机に座ってページを開く。そして机の中からメモの束を取り出して横に置いた。

 メモは町の酒場などに頼み集めた、地方に伝わる始祖の話を記したものだ。本は始祖の伝説を小話集のようなもの。それも学術的な価値など欠片もない、子供向けのものだ。おそらくはそれも地方で語られていた始祖の伝説をまとめたものなのだろう、本の内容にもメモにもそれぞれの話に接合性も現実味も無い。ある話では始祖が手から光を出し人々の心を慰めたかと思えば、ある話では悪竜と言葉を交わし改心させている。酷いものではワープや瞬間移動、はたまた時の流れすら止めて見せたような話すらある。まさにおとぎ話、いや神話のようなものだ。

 本来ならばまともに取り合うのも馬鹿馬鹿しいようなものだが、中には爆発によって竜の強固な鱗を吹き飛ばしたような描写もあり、全てが全くの嘘とも言えない、かもしれない。

 俺はその子供に読み聞かせるような話を読み込むと、その内容、特に始祖が行ったことを紙にまとめていく。それらを系統ごとに分け、類似する表現のものは共通点などから内容を類推し、内容を精査していく。

 ・・・・・・これに何の意味があるのだろう。心の片隅に湧き上がる疑問から目を逸らし、俺はその作業を続ける。

 この作業自体の意味は単純だ。始祖、ひいては虚無が行えるであろうことの調査。その一点につきる。

 

 ・・・・・・はっきりと言う。俺はジョゼフを許さない。

 

 もはや俺の中では確信があるが、おそらくジョゼフは虚無の担い手だ。それはつまり、何をしてくるのかがわからないということでもある。 

一国の王が相手だ。本来ならばもう会うことすら無いだろう。仮に会うことがあったとしても、手を上げられる訳もない。他国の貴族が、いやそれがどこの誰だろうとガリアの王に手を上げるなんて、狂気の沙汰も良いところだ。

 しかし相手はジョゼフで、今回のこともある。万が一と言うこともある。準備をしておくに越したことはないだろう。

 じっと手を見る。あの時、ジョゼフから庇うように俺の前に立ったタバサの肩をつかんだ手。そして、あの時の肩の細さを、俺の怒りを思い出す。

 あんなことは二度とゴメンだ。そのためならば、次こそ勝つためならば、どんな子供だましだろうと、くだらないように見える作業だろうと、必要だと思うことは全てやり尽くしてみせる。

 俺はあの時の肩の感触を思い出すように手を軽く握る。そして作業を再開させた。

 

 

 

 ・・・・・・そろそろいい時間だ。朝食の時間が近づいてきたので、俺は本から顔を上げる。本を片付け、メモを机にしまう。部屋を出る前に再度鏡に目をやり、自分の様子を確かめる。そこには普段通りの俺が立っていた。

 それを確認してから、ドアのノブに手をかける。俺は軽く一つ呼吸をすると、ドアを開けて廊下に出ると、食堂へと向かう。その途中、図書館へと向かうところなのだろうか、前方から人が歩いてくるのに気づいた。

 そして俺は、前から近づいて来たその見知った顔へと、片手を挙げて挨拶をした。

 

「ようタバサ、おはよう」

 

 普段と全く同じように。

 

 

 

 

 

 

 詳しい定義は知らないがウェルダン、いやそんなもんあるのか知らないがよく火を通したウェルダンといったところだろうか。我ながら随分としっかりと焼けた肉に適当に塩を振ると、爪の先ほどに極々小さく切って口に放り込み、そのままほとんど噛まずに飲み込む。

 

「・・・・・・」

 

 別段変わったところはない。そのことに軽く安堵すると、俺はもう一切れを、食べるときの一般的なサイズに切り分け、再度それを口に入れる。口に入れた際には何も無かった。ただそれを噛み締め、口の中に肉汁が広がった瞬間、

 

「ぐっ・・・・・・! むっ・・・・・・」

 

 喉の奥から湧き上がってきた吐き気を堪えるように口を押さえると、気合いで口内の肉を飲み込んだ。

 

「こんなもんでもまだダメか」

 

 喉の奥に感じる不快感を和らげるよう、軽く喉をさすりながら、俺はそう独りごちる。

 火にかけたままになっていたフライパンに肉を戻し、再度火を通していく。

 俺は机に頬杖をつきながら、音を立てて焼けていくそれをただ眺めていた。

 

 

 

 アルビオンから戻ってきてから、俺は肉が食べられなくなっていた。理由はわかりきっている。戦争が原因だろう。

 穿たれ、斬りつけられた断面から見える人の肉。まだ手に残っているようにすら思う人を殴った感触。今もはっきりと思い出せる硝煙の香り、雪原にまだらに染み渡る赤色。

 俺に染み付いたそれら全てが、今も俺を苛んでいる。

 幸運なことに肉を目にすること自体はほとんど問題ないのだが、口に入れて噛んでしまえばもうダメだ。体が受け付けるのを拒んでいるかのように、喉の奥から吐き気がせり上がってきて、そのまま吐き出してしまう。気合を入れて無理に飲み込み、食べることも多少の量ならば可能だが、それにも限界がある。無理すれば一口、二口程度なら、傍目にもそれほど違和感が無いように食べられるが、それ以上はもうダメだ。手の震えや冷や汗など、食べ進めるごとに明らかに誤魔化せないような症状が出始め、1人前の半分程度の量を超えたあたりでそれ以上の量はどうしても体が飲み込んでくれなくなる。

 これが周りにバレなかったのは幸運だった。いつものように肉を切り、それを口に入れて噛んだ瞬間の、今まで感じたことのない拒否感。軽くパニックになりながら、思わず吐き出してしまったのだ。

咄嗟に行った、熱すぎて思わず口から出してしまったような様子を装った時の、心臓が冷えたような気持ちはよく覚えている。『もうちょっと冷えるまで待つわ』と笑いながら必死に他の物で腹を満たし、お腹が一杯になってしまったから後で食べると、『時間が経って冷めれば不味いし腹を壊すかもしれないから』という言葉を大丈夫だからと押し切って、部屋に持ち帰ったのだ。

 そして使い魔のフクロウと共にえずきながらもなんとか飲み込み食べきった。火を通すという表現ではまかなえないほど、しっかりと焼けば大丈夫なことに気づいたのもその時のことだ。

 

 

 

 表面が黒く焦げたそれをフライパンから取り出して皿に乗せる。切り分けても肉汁がほとんど出ないそれを、口に入れて噛み締めた。ガリゴリと表面を嚙み砕けば、パサパサになった肉が出てくる。旨味もへったくれもないそれを咀嚼する度、口内に広がる苦みに眉間が険しくなっていくのが自分でもわかるが、しかしそれだけだ。

 ……この程度なら大丈夫になってきたか。水を少量口に含み、洗い流すようにして飲み込む。そしてまた機械的に肉を切り分けると口に入れ、無感情にただただ噛んでは飲み込み続ける。

 進展は感じる。肉を焼くのにも慣れたのか、歯ざわりから感じる表面の焦げた層の厚さも、昨日よりは多少は薄くなっている。それでも食べられているのだから、少なくとも昨日よりはマシにはなっているはずだ。……全く、いらないスキルばかり身についていく。

最初はそれこそ炭と見紛うほどでなければ駄目だった。この訓練のようなことを繰り返すことで、なんとか食べられるレベルを、生焼けの炭から焦げすぎの肉くらいまで持ってこれたのだから、我ながら随分頑張ったものだ。

 

 

 

 食事を終え、食器や調理器具は洗った後、水の操作によって乾かしてから元の場所へ。そして窓を開けると、軽く杖を振って風を起こし換気をする。空気の入れ替えが終わった後、薄荷を基に独自に作った香料材もどきをドアと窓の前にそれぞれ1,2滴垂らした。

 部屋にこもっていた焦げ臭さもこれでだいぶマシになっただろう。一通りのことが終わった後、俺は腰に手を当てて一つ大きく伸びをした

 鼻に届くのはどこか胸がすくような薄い薄荷の香りだけ、先ほどまで感じていたべたつくような肉の油やそれの焦げた匂いはもはや感じない。焦げた匂いの中にずっといたことで多少鼻がバカになっている可能性もあるっちゃあるが、まあ人に気づかれるほどでもないはずだ。

 食事も済んで時間ができた。俺は始祖が行った内容をまとめたメモの束を取り出すと、その中の一枚に目を落とす。体が発光する、目にも止まらない速さで動く、精神を操作する……、それは俺が類推した始祖の力を箇条書きで書き記したものだ。

 まだまだ目を通すべき、まとめるべき本は多々あるが、始祖の能力の推測ばかりしていても仕方がない。結局のところ、必要なのは能力の推測ではなく対策なのだから。

 箇条書きした能力の下にその対策を、またその対策となる、もしくはそれを補助すると思われる薬品や道具を書いていく。そしてまた別のメモにそのために必要な物や素材、しておくべきことをまとめていく。

 ジョゼフが、始祖の担い手が何をしてくるのか、何が出来るのかわからないというのならば。俺はただしてくるだろうことを、出来るであろうことを推測し、それら全ての対策を準備しておくだけだ。

事実が含まれているのかどうかすらわからない、あまりにも強大な始祖の能力。神話に残るようなそれらの力に対して現実的な対策を考えていくその作業。それはまるで蟻が象に立ち向かうために策を練っているようで、ひどく無力感と徒労感を感じさせた。

 だからこそ俺は思い出す。戦争を終え、学院に戻ってきた日のことを。そして彼女の後ろ髪を見た瞬間の衝動を。

 

「……後悔させてやる」

 

 萎えること無く湧き上がる怒りを吐き出すように、俺はそうつぶやいて歯を食いしばる。

 俺とその周りを蝕む悪意の大本。いつかその根を絶てるよう、メモにペンを走らせる。

 おそらくそう遠くない未来に訪れるだろうその時のために、そしてその時負けることがないよう。

 どんなに無意味に思えようと、どんなにわずかなものだろうと、俺は積めるものを積み続けていく。

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