とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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第26話

 

大覇星祭の開催期間である七日間は、様々な要因によって学園都市の一部の路地が通行規制されていた。

それは防犯上の理由であったり、外部からの来客が道に迷わないようにという配慮だったりするのだが、それをいいことに死角となった空間を悪用する輩も存在する。

 

あの開会式から約一時間後。

不本意ながら選手宣誓を終えた久遠は、競技の合間に遭遇した馬場から話があると言われて、この薄暗い裏路地に入ることになっていた。

来客と学生達で混雑している表の路地とは、まるで別の世界みたいに人の気配がしない場所。

そこに辿り着いた久遠は冷たいコンクリートの壁に背中を預けて、ここに来る道中で購入した飲料水のパックを怪訝な表情で睨みつけた。

 

 

「……チッ、久しぶりにハズレだ。ほとんど牛乳の味しかしない」

「イヤ、その組み合わせはもっと悲惨なパターンもありえただろ」

「そうか?わりとイケてると思ったんだけどなぁ」

 

 

そう言いながら『ムサシノ牛乳と奇跡のコラボレーション!?』と記されたパイナップル珈琲牛乳のパックを握り潰す。

この街では、新商品という名目で実験品としか思えない珍妙な商品が数多く販売されていたりするのだ。

普段はそういったゲテモノを避けて購入することもできるのだが、現在は大覇星祭の混雑の影響で自販機は売りきれランプだらけになっているので、久遠にはこれが一番まともそうに見えたのだった。

 

 

「で、こんなところに呼び出したってことは、任務の絡みで何かあったのか?」

「本来ならこれは伝えるべきじゃないんだろうけど。オマエ、今の自分が置かれてる状況を理解してるか?」

「……どういう意味だよ?」

「こっちもオマエが『絶対能力進化計画』に介入した件について非があるから、一度だけ警告しておいてやる」

 

 

久遠がいつもの雰囲気で話を切り出すと、馬場は真剣な表情で言葉を返してくる。

『絶対能力進化計画』を破綻させてから。実験の機密情報は裏社会に以前よりも広く拡散されており、馬場や査楽もあれが実際に行われていた計画だと知ることになっていた。

久遠と御坂が実験を妨害していたことに関しても拡散されているので、上層部への反逆の意思があると勘ぐられてもおかしくはない。

少し前に馬場から問い詰められた際には「一方通行が気に入らなかっただけで、別に他意はない」と言って誤魔化したが、流石にあんな言い訳では無理があったということか。

 

 

「数日前、僕に依頼があったんだけど。仲介役の女はオマエのことを警戒してるみたいだった」

「へぇ、それで?」

「どうせだから依頼の内容も教えてやるよ。僕に与えられた任務は、()()()()()()()()()()()()()()。ここまで言えば理解できただろ?」

「……なるほどな。仲介役は、俺が御坂のために裏切るとでも思ってるのか」

「だろうね。この際だからそれも聞いとくけど、実際のところはどうなんだ?」

「ハッ、どうなんだって?そんなの聞くまでもないだろ」

 

 

馬場の探るような質問に、久遠は心底どうでもよさそうに返答をした。

顔見知りを相手に率先して危害を加える。そんな狂人を気取るつもりはないが、久遠は自らの保身のためなら何の躊躇もなく手を汚せるクソ外道なのだ。

自分の関与しないところで、誰がどんなに苦しんでいようと関係ないし、気にもならない。

 

 

「知ったことか。お前らの好きにしたらいい」

「いつも通りで安心したよ。で、話を戻すけど、オマエが疑われてるのはあきらかに『絶対能力進化計画』を妨害したのが原因だろ。だからこそ、僕はこれをオマエに伝えることに決めたんだ」

「お前の立場が悪くなるだけだと思うけど」

「それで裏切られたらね。この依頼が終わったら博士の方には口添えしてやるから、今回は大人しくしてろよ」

 

 

馬場は恩着せがましくそう言うと、先ほど購入していた粗塩バナナサイダーに口をつける。

つまり、御坂に危害を加える依頼内容を知りながら傍観したという事実をもって、リーダーである博士に身の潔白を証明しろということらしい。

あの老獪な博士がそんな簡単に疑惑を晴らしてくれるとは思えないが、それも久遠にとってはさほど興味のないことだ。

そもそも馬場がこんなことを言ってきたのも、近頃は久遠への依頼が減っているので、代わりに依頼が増えたのが面倒なだけだろう。

 

 

「そんなことよりさぁ、御坂を相手に勝算はあるのかよ?」

「何もアレとサシでやろうって訳じゃない。昼前の競技で常盤台と対戦する予定なんだ。そこで隙をついて【T:MQ】を撃ち込むだけでケリはつく」

「……ふぅん」

 

 

馬場が余裕の表情で見せつけてきたのは、試験管のような細長いガラス製の容器。その中に入っているのは、博士が製作した機械の蚊。正式名称は【T:MQ(タイプ:モスキート)】。

病的なほどに用心深い馬場のことだから、おそらく御坂の能力については詳細に調査しているはず。それでこれだけ自信があるということは、それなりに下準備でもしているのか。

どうやら御坂を『不殺』で行動不能にする任務のようだが、その難易度から考えて、本来なら久遠に当てられる予定の依頼だったのかもしれない。

馬場が任務を達成する可能性など万に一つもなさそうに思えるが、久遠の負担を減らしてくれたのだから応援くらいはしてやろう。それに結果はともかく、ただの見世物としてなら楽しめるかもしれないし。

超能力者(レベル5)と敵対することの愚かしさをまるで理解していないアホな同僚に向けて、久遠は心の中で軽く黙祷を捧げながら話を切り替えた。

 

 

「査楽も任務があるって言ってたけど、なんか聞いてる?」

「いや、詳しくは知らない。ただ、どこかの工場に缶詰状態らしいよ」

「アイツも可哀想だよなぁ。競技に参加してたら、それなりに活躍できてただろうに」

「それが暗部の任務だろ。仕方ないさ」

 

 

査楽は一見するとクールな男だが、あれで案外ノリがいい一面もあるので、こういったお祭り的なイベントは楽しみにしているタイプだったりする。

そんな男は年に一度の大覇星祭に参加することを許されず、さらには任務で表にすら出られない状態らしい。

 

それからも二人は他愛のない雑談を続けていたが、久遠は競技の時間が迫ってきたのに気がついて、壁から背中を離して移動を開始する。

 

 

「そろそろ行くか。次の競技は滅茶苦茶ダルいけど」

「はぁ?オマエが参加するなら瞬殺のはずだろ」

「んー、どうだろうなぁ」

 

 

久遠が即座に肯定しなかったので、馬場は怪訝な表情を浮かべた。

長点上機学園はここまでの競技で全戦全勝の常勝校。さらには超能力者(レベル5)の久遠が参加すると言っているのだから、普通に考えれば苦戦などするはずがないのだ。

久遠は通りすがりの清掃ロボに潰れたパックのゴミを投げつけて、いつも通りの口調で続きの言葉を放った。

 

 

「次は【第八位】の所属する高校が相手なんだよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『棒倒し』

一般的には自陣に立てた棒を倒されないように防衛しながら、敵陣の棒を倒しに行く競技のことである。

ただでさえ怪我人の続出する荒っぽい競技なのだが、能力使用の解禁された学園都市の棒倒しは一般的な同競技よりもさらに荒々しく、大覇星祭の目玉といえる競技の一つ。

 

この競技に久遠がエントリーされた理由は単純明快で、クラスメイトの「久遠よりも人間と棒を蹂躙するのに適した人材なんている訳がない」という推薦が多数の賛成票を集めたからであった。

一回戦目は、開始から数秒も経たずに久遠の単騎特攻でゲームセット。このまま全戦全勝で間違いない。そう思われた長点上機の棒倒しチームだったのだが、次の対戦相手に想像以上の強敵が立ちふさがることになる。

 

様々なスポーツ競技で活躍する学園都市の名門校。

在籍する学生達の能力強度や、日頃の体育に重きを置いたカリキュラム。

そんなことよりも、その高校には絶対的な強者たる要素があった。

 

超能力者(レベル5)の【第八位】。削板軍覇(そぎいたぐんは)

 

『序列』こそ最下位に甘んじている削板だが、それは学園都市の研究機関ですら解析できない未知の能力が序列の判断基準に影響を与えているだけだ。

能力研究の応用が生みだす利益が基準でなかったならば、削板軍覇は学園都市の頂点にも立てる素質を持つ。同校に在籍する学生達は、削板のことをそんな風に思っていた。

 

尊敬。信頼。友情。

 

どうやっても好意的な感情しか抱けない存在。それが学友から見た、削板軍覇という男である。

その削板は現在、自陣の棒を守るために準備しているチームメイトを背に一人で仁王立ちしていた。

険しい表情で腕を組み、真っ直ぐに長点上機のチームの「とある人物」を見据え続けている削板。

肩に羽織った学校指定の長袖ジャージ。太陽を思わせる模様の描かれた白地のシャツ。そして、額には真っ白の鉢巻き。

熱血漢という言葉は、今の彼のためにあると言っても過言ではないのかもしれない。

いつもと違う、削板の張りつめた雰囲気にチームメイトも自然と引き締まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな削板が率いるチームの対面にいる長点上機のチームは、わりと落ち着いた雰囲気に包まれていた。

久遠のやる気のない普段と変わらない態度が、逆にチームメイトに勝利を確信させたからである。

 

暴力。蹂躙。制圧。

 

長点上機学園の暴君。容姿の優れた女の子には人格を偽っている久遠だが、それ以外の生徒達からのイメージはこれに尽きた。

気に入らないものは叩き潰す。他人のことなど歯牙にもかけない。そんな無慈悲な暴君である久遠永聖は、削板軍覇とはまさに正反対の存在だった。

学園に指定された長袖ジャージを着ているものの、明るく染め上げられた頭髪に、黒い牙のようなピアス。

いつもの不良生徒みたいな格好をした久遠は、彼を応援に来ていた観客席の女の子達と楽しげに談笑していた。

削板の視線は先ほどから久遠に向けられているのだが、会話に夢中で気づいていないのか、ずっと無視をする形になってしまっている。

そろそろ気づいてあげてもいいんじゃないかな。そう思ったチームメイトの一人は、久遠に教えてやることにした。

 

 

「えっと、久遠君。なんか相手チームの人が睨んでるけど」

「ん、何を?」

「久遠君のいる方向を」

 

 

声をかけられた久遠は、そのままチームメイトの視線の先を追っていき。そこで初めて、削板と久遠の目線が交差する。

 

 

「……聞いてはいたけど、めんどくせぇ野郎だなぁ」

 

 

久遠は嫌そうに呟くと、応援に来てくれた女の子達に断りをいれて、削板の方へ向かってゆっくりと歩きだした。

他の参加者達は二人の近くには寄りたくないらしい。久遠の歩みに合わせて、人波が逃げるように避けていく。

 

で、こいつが噂の『原石』か。

 

削板の正面にたどり着くと、久遠は心の中で呟いた。

『原石』とは、能力の開発をされずに自然と超能力を発現した者を指す名称のこと。

通常の超能力の枠組みから外れた力を持つ異端者。その中でも、【第八位】の削板軍覇は超能力者(レベル5)にして原石という世界最大級の希少種であった。

 

しばらく静かに睨みあっていた両者だったが、競技の開始時刻が近づいてきたところで、削板が威圧感のある声色で話しかけてくる。

 

 

「……オマエが久遠だな」

「そうだけど。なんか用でもあんのかよ」

 

 

憤るような表情の削板と、冷めきった表情の久遠。

 

 

「俺は削板軍覇。オマエにはちょっと話があってな」

「だからさぁ、なんなんだよ?」

「オマエが好き勝手に暴れてるって『噂』は聞いてる。だから、これから俺が根性を入れ直してやるよ」

「……へぇ」

 

 

強い意志が込められた削板の瞳と、何の感情もない久遠の瞳。

 

 

「要するにお前は、俺にケンカを売ってるってことでいいのか?」

 

 

無色だった瞳が変化していく。憤怒に染まった久遠の瞳。

初対面の相手にナメられて怒気を撒き散らす久遠の姿に、削板は好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

「ハッ、いい気迫だすじゃねぇか。なあ、サシでやろーぜッ!!」

 

 

久遠の周囲の空間が禍々しく歪んでいき。

削板も何か得体のしれないオーラを纏い始める。

 

あきらかに喧嘩腰の超能力者(レベル5)の二人を見て、それぞれのチームメイトは嫌な予感が止まらなかった。

こいつら本気で戦闘する気なのでは。そう思った彼らは自陣の棒に集まって、能力で防御を固めていく。

もし巻き込まれたら死ねる。両者のチームメイトはまったく同じことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

競技グラウンドに、試合開始の笛が鳴る。

大覇星祭の競技は学園都市の広報活動を兼ねて、外部に向けたTV中継が行われている。そのために各校の有識者による実況と解説が用意されていたりするのだが、実況者も解説者も含めて、競技開始直後は誰一人として言葉を発さなかった。

 

その理由は、二人の超能力者(レベル5)の出方が全くわからなかったからである。

 

開始位置から少し歩いて向き合った二人。久遠は、先ほど削板が勝手に決めた『ゲーム』のルールを確認していく。

久遠は別にルール無用の残虐ファイトでも構わなかったが、削板は二人の戦闘に観客やチームメイトが巻き込まれるのが気に入らないらしい。

 

 

「一撃ずつ交互に攻撃するターン制。それはいいけど、先攻はどうすんの?」

「オマエが先攻でいい。ただ、相手を殴り飛ばす方向は誰も居ない方向を選べ」

「……はいはい」

 

 

ルールは試合前に確認した通り。そして久遠が先攻で構わないそうだ。

じゃあこの方向にする。と適当に久遠が指を差すと、その先にいた観客達が慌てて逃げていく。

 

 

「一撃で終わるなよ?お前は散々に痛めつけるって決めたんだからさぁ」

「全力でこいッ!!本物の根性ってヤツを見せてやるッ!!」

 

 

薄く笑った久遠が【歪曲時計(ワールドクロック)】を行使する。

周囲の観客が見たのは、すでに拳を振り切った姿勢の久遠と、ありえない速度で吹き飛んで行った削板の姿。

 

そして、遅れてきた凄まじい破裂音と衝撃波。

 

グラウンドの端まで殴り飛ばされた削板だったが、地面を削りながら減速して、なんとか敷地内で踏みとどまる。

 

 

「おいおい、大丈夫かよ。オーバーな野郎だなぁ」

 

 

久遠はケラケラと笑いながら削板の状態を観察していく。

削板の身体は擦り傷や打撲は見受けられるが、戦闘不能にはほど遠い。こんな全国中継されている場で削板を殺害するつもりはなかったが、もう何段階かギアを上げても大丈夫そうだった。

 

 

「……やるな。次は俺の番だ」

 

 

削板はその場でジャンプして、久遠の目の前に着地する。

そして、なにやら攻撃の構えらしきものを取り始めた。

 

『未来』からの警告。

 

久遠の周囲に時間停止をかけるとそれもなくなる。

垣根の【未元物質(ダークマター)】のように時間停止を貫通してくるならルールを無視して叩き潰すつもりだったが、研究者どもが匙を投げた正体不明の能力とやらもこの程度なのか。

 

 

「すごいパーンチ!!」

 

 

なんだか気の抜けるような叫び声をあげて削板が殴りかかってきたが、やはり時間停止に干渉することはできない。久遠の周囲を破壊するだけに終わった。

 

この程度の威力なら、久遠の演算処理能力を越えることはなさそうだ。

仮に無抵抗の状態で連打されたら、いずれは処理の限界を迎えて破られるだろうが、このゲームには『一撃ずつ交互に攻撃する』ルールがある。

それを決めたのは削板だが、久遠は提案された時に内心で笑いが止まらなかった。このルールではこちらが圧倒的に有利で、削板に勝ち目などあるはずもないのだから。

 

確かに削板は序列【第八位】に似合わない強力な能力者だが、今回はワンサイドゲームで終わるだろう。

 

 

「そんな程度で、『時間停止』は破れないんだよ」

 

 

驚愕した様子の削板を見ながら、久遠は彼に教えてやることにした。

削板の現在の状況。そして、これからの未来を。

 

 

 

「俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】に、お前は一方的に蹂躙されるんだ」

 

 

 

ノーモーションから放たれたように見える久遠の攻撃に、削板はグラウンドの場外まで殴り飛ばされた。

 

 




リメイク前を読んで下さっていた方はしばらく展開が退屈かもしれませんが、自分なりに文章を整えて読みやすくしていくつもりです。
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