「やっとここまできたな……」
城から国を見下ろし感慨深そうにグエンは呟く。
「あと少しで……かつての光景を取り戻せる……」
かつての光景。それはまだグエン・キクナムが少年だった頃の思い出だ。
かつての王国はお世辞にも治安がいいわけではなかった。ネオンの光は夜を休むことなく照らし続け、タチの悪いボッタクリや浮浪者もいた。
それでも、この国の住人達はこの国が大好きだった。善人も悪党も入り混じり、笑いの絶えないこの国が。
それは少年時代のグエンも例外ではなかった。グエンはスラムの出身
だ。日々生活費を稼ぎながらいつの日かあのキラキラ輝く場所へ行くのを夢見ていた。
しかし、日常は突然終わりを迎えた。
「スラムを潰す⁉︎ なんだそれは‼︎ 説明しろ‼︎」
「今回、この世界は時空管理局の管理下に入ることになった。そしてこの世界最大の規模を持つこの国を代表とし、管理局とのパイプ役になってもらう。だが、この国は少々治安が悪い。そこで手始めにスラムを解体することが決定された。至急別の場所へ移り住んでもらう」
突然の勧告に納得できるわけがなかった。
「ふざけるな‼︎ 俺たちが何年ここに住んでると思ってんだ‼︎」
「そうよ‼︎ 突然そんなこと言われて納得できるわけないでしょ‼︎」
「俺たちを殺す気か‼︎ どこにも行ける場所なんてないんだよ‼︎」
管理局員は怒りの声を上げるスラムの住人達に淡々と告げる
「これは決定事項である‼︎ また、移住する意思があるものは再来週までに国外にある艦に集まるように‼︎ 移住先が用意してある‼︎」
それを聞いたグエンは憤慨した。
「管理局がなんだっていうんだ‼︎ この国は俺たちの国だろ? 奴らの指図なんて受ける必要ない‼︎」
しかし結局スラムの大多数が移住することになる。
「俺はこの国に残る‼︎」
だがグエンの意思は変わらなかった。
国はだんだん治安が良くなっていった。ネオンは少なくなっていき、浮浪者の姿は消えた。
だがそれはかつてグエンが夢見ていた場所ではなかった。
グエンは自分の夢を理不尽に奪った管理局を憎んだ。
(いつか必ず、この国を取り戻す‼︎)
その思いは30年経った今でも変わっていない。
「この国を管理局の支配から解放する。……戦争だ‼︎」
一人呟くグエンの元にスカリエッティが現れた。
「やあ、少し話があるんだがね」
スカリエッティとは研究場所と資金を提供する代わりに管理局にも負けない兵器を作ると取引していた。
(気にくわない男だがその頭脳は本物だ。正直顔も見たくないが少しの間くらいは我慢しよう)
「なんだ? 実験が成功したのか?」
「いや、それがだね……」
スカリエッティの話を聞こうと体を向けた時だ。
グエンの胸部から腕が生えてきた。
「え? ……ガハッ‼︎」
腕が抜かれ後ろを振り向くと、
「…….」
そこには番外のナンバーズ、ガーラが立っていた。
「……なっ……なぜ……?」
「評議会の決定さ」
「ひょ……評議会……? まっ……まさか……貴様……管理局の……⁉︎」
「その通り。グエン・キクナム、君は不穏分子だと判断された。君をどう処分するかは私に一任されているのだよ」
スカリエッティはまるでこれから楽しいことが待っていると言わんばかりに笑う。
「安心するといい、ただ殺すのではつまらないからね。急所は外してある。君にはもう少しだけ生きていてもらおう」
そう言って街の光景を見下ろす。
「この国をまるごと実験台にする。最近手に入った特殊なレリックの破壊力を知りたいのでね」
「そ……そんなことしたら……国民が……」
「ふむ、大勢死ぬ。でも別に構わないだろう?君は今の国が嫌いなのだから」
「うっ……それは……」
「ククッ、国が滅ぶ姿をそこで見ているがいいさ。まあ、国と心中なんて幸せな最後じゃないか」
(クッ衛兵は何をしているんだ‼︎ さっきから呼びかけているのに‼︎)
スカリエッティは察したかのように言葉を発する。
「ああ、助けは来ないよ。君はこの城内で唯一の生存者なんだからね」
振り返ったスカリエッティはガーラを見る。
「さあ、ガーラ。始めよう」
「了解です、ドクター」
ガーラの体が黄金に輝き始める。
「ふふっ、常人では決して耐えられないレリックの恩恵。だが私の駒の中で最も強くタフな最高傑作であるガーラなら耐えられる。その上レリックはガーラに完全に適合した。もはやこの国にも、そしてすぐそこまで来ているアースラの局員達にも今のガーラには敵わない‼︎」
そこまで言って顎に手を当てる。
「とは言ってもまだ実験段階だ。どんな副作用があるか分からない。無理はせず違和感を感じたらすぐに撤収するように」
「ハッ」
「……やめろぉぉお‼︎」
ガーラは外へ飛び出した。
「フハハハハハ‼︎ では楽しんでくれ‼︎ 楽しい宴の時間だ‼︎」
「うう……国が……‼︎ 壊れていく……‼︎ やめてくれ……頼む‼︎」
グエンはこの状況になってようやく気付いた。
「ああ……そうか……私は……この国が好きだったんだ……どんなに変わっても……ここは私の愛する国なんだ。……かつての夢に目が眩み……見失っていた……」
だが後悔してももう遅い。これは自分がまいた種なのだから。
「私のことはいい……自業自得だ……でも国民に罪はない……。誰でもいい……助けてくれ‼︎」
誰かが応えてくれるわけがない。
それでもグエンは祈った。
「依頼するか?」
「……え?」
誰もいないはずなのに声が聞こえた。
「今なら格安だ」
顔を上げるとそこには死んだ魚のような目をした黒髪黒目の子供がいた。
「……ああ‼︎ ……依頼する‼︎ ……この国を救ってくれ‼︎」
普通ならこんな怪しい子供に頼むわけがない。しかしグエンはなんとなくこの子供ならなんとかしてくれるような気がしていた。
「承った。この国は俺がなんとかしてやる」
グエンはその言葉に安心して静かに目を閉じた。
「逝ったか……」
グエンの前に現れたのはアントだった。
目的の筋肉ダルマが城にいるという情報を得たアントは場内に忍び込み、しらみつぶしに探し回っていた。
グエンを見つけたのは偶然叫び声が聞こえて確認しに行くと手配書の男が出てくるのを見て、なんかあると思って部屋に入ったからだ。
《珍しいですね? 依頼内容をろくに確認せずに受けるなんて》
依頼を軽く受けたのは、似ていたからだろう。
失ってからようやく気付いた、かつての愚かな自分に。
「確認したぞ? 国を救って欲しいんだってよ」
アントは本心を口に出すことはなかったが、相棒はわかっていた。
《そういうことにしておきましょう》
ふと、アントは外を見た。
「そんなことより街で何が起きてんだ?なんか凄いことになってんだけど」
《とてつもなく膨大な魔力を持った大男がこの国を消し去るつもりで暴れまわってます》
「……依頼の取り消しってできるかな?」
《依頼人はすでに息を引き取っているため取り消し不可です》
「ああ、そう」
アントは大きなため息を吐いた。
「……じゃあ行くか」
《はい、ボス》
「ふむ、今のところ問題ないな」
ガーラは機能の確認をしながら破壊を続ける。
「む?」
突然ガーラはバインドに捕まった。
「そこまでだ‼︎」
クロノがガーラに警告する。
「時空管理局だ‼︎ 抵抗はやめて、大人しく投降しろ‼︎」
ガーラは慌てることなくバインドを引き千切る。
「何⁉︎」
「そろそろ実戦しておきたかったところだ。実験台になってもらおうか」
ゆっくりとクロノの元へ近づいて行く。
「舐めるな‼︎」
それに対しクロノはありったけの魔力を叩きつける。
砂煙が立ちこもりガーラを包んだ。
「はあ……はあ……」
ありったけの魔力弾を叩き込んだのだ。相手はすでに戦闘不能のはずだった。
「……やったか?」
そう呟いた瞬間、砂煙からガーラが飛び出して来た。
「な⁉︎」
懐に潜り込まれパンチを叩きこまれる。
「グハァ‼︎」
防御はしていたが抑えきれない。有り得ない速度で吹っ飛んでいく。
ガーラはクロノを追いかけ足を掴み地面に叩きつけた。
「グホォ‼︎」
そして顔面を掴み上げる。
クロノの頭蓋骨が嫌な音を出していた。
「ウガァァアアア‼︎」
息があると分かるとガーラは容赦なくサンドバッグのように光速のパンチを繰り出した。
「ごっほっ⁉︎」
クロノはここまでされても手も足も出なかった。
「クロノ‼︎」
モニターで見ていたリンディは後悔していた。やはり息子を行かせるべきではなかったのだ。
だが人々が次々に殺されているのに止めに行かないわけにはいかなかった。
せめてクロノが引き付けている間に一人でも多く救出しなくては……
理性ではわかっているが本能が邪魔をする。
モニターでは容赦のない攻撃がクロノを襲っていた。
見ていられない。これは戦いじゃなく一方的な暴力だ。
「クロノ君……」
クロノの学生時代からの付き合いのエイミィは見ることができない。
「少しでも早く救出を急ぎなさい‼︎」
「了解‼︎」
再度モニターを見たリンディは撤退命令を必死に堪える。
「クロノ……お願い……耐えて……ッ‼︎」
ガーラは拳を止めることなく叩きつけ続けている。
まだ意識を保てているのはバリアジャケットのお陰である。
拳の雨が止んだ。
「見事だな、これほどの力の差で屈しないとは……」
ガーラの拳にはかすり傷がつけられていた。クロノの必死の反撃でもこれが精一杯だ。
「これ……以上……好き勝手……させる……ものか……」
あれほどの猛攻撃を受けて生きているだけでも奇跡なのに未だに戦意を失ってはいない。
「……すまなかった。実験のために本気を出すことなく力試しをしてしまっていた。貴様は本物の戦士だ。敬意を込めて全力で葬ってやろう」
そんなクロノを見て今まで機械的に破壊を繰り返していたガーラの心が動かされた。
掴んでいたクロノを離し、膝をついて動くことができないクロノに拳を構える。
「名はなんと言う?」
「……クロノ・ハラオウン……」
朦朧とする意識の中で反射的に答える。
「そうか、戦士クロノ・ハラオウン。覚えておこう」
ガーラの全身に力が篭る。
これまでとは比較にならないレベルの本気の拳が来ることは傍目から見ても明らかだった。
『やめて‼︎』
『クロノ君‼︎』
アースラが悲鳴に包まれる。
そんな悲痛の叫びを無視してガーラの全力のパンチが放たれた。
ガーラが攻撃を放ってから数瞬遅れて衝撃が周囲を破壊する。
『あ……あ……ッ』
『そ……そんな……』
すでに死に体なのに衝撃だけで大地を抉るような攻撃を受けたのだ。
生存する可能性などあるわけがなかった。
本来なら……
「邪魔が入ったか……」
ガーラの背後にいつのまにか人が立っている。
「なにこれ? 怪獣でも暴れたのか? ゴジラだったらちょっときついな」
その人物は死んだと思われていたクロノを抱えていた。
『クロノ……‼︎』
『よかった……』
「よく頑張ったなクロちゃん。ゆっくり休んでてくれ」
ガーラは見るからに苛立っていた。
「戦士の戦いを邪魔するとは……覚悟はできているのか?」
「できてないって言えば見逃してくれんのか?」
「無理だな、ここにいる時点で抹殺対象だ」
「バイオレンスだな。あんた友達いないだろ?」
突然アントはクロノを振り回す。
「聞こえてるか‼︎ ちゃんと回収してやれよ‼︎」
そう言ってクロノを国の外まで放り出した。
『ええっ⁉︎』
『いけない‼︎ 早く回収して‼︎』
クロノは川に落ちたがすぐに局員達に回収されていった。
「……怪我人なのにかなり雑に扱うんだな」
「あんくらい予想外な脱出やられたら、あんたも反応できないだろう?」
「……なるほど、バカに見えてそうじゃないようだ」
「割と頭脳派なんだよ、俺は」
ガーラは戦う相手を切り替えた。
「何者だ? お前は?」
「その前にあんたが何者かを知りたい」
「番外のナンバーズ、ガーラだ」
「傭兵アント・バーキンだ。依頼と借りをいっぺんに出来そうでよかったよ。手間が省けた」