とある日曜日、アントはリビングのソファーに寝転んでいた。
「ふぁ〜……いい天気だ……昼寝でもするか……」
暖かい日差しを浴びて心地よい気分になったアントは、頭の後ろに手を組み、ゆっくりと瞼を閉じる。
「ちょい待ち‼︎ 寝たらあかんで‼︎」
まさに夢の世界に入り込もうとした瞬間、何者かにバシバシと叩き起こされた。
薄く目を開くと、そこには知った顔がいた。
「……ああ、はやてか。悪いが掛け布団持ってきてくれ、あと枕」
「寝る気満々やね⁉︎ 寝かせんで⁉︎」
えぇ〜…と不満気に声を上げるアント。はやては呆れたようにため息を吐いた。
「……よくもまあ、人の家でそこまでのんびり出来るなあ」
アントは現在、八神家にいた。
はやては闇の書の欠片を使ってユニゾンデバイスを作った。
はやてから『誕生パーティーするから絶対来てや‼︎』と連絡が入ったのは先週のことだった。
アントは他のメンバーと違って暇を持て余していたので早めに来てパーティーの手伝いに来ていたのだった。
「おかしいな……手伝いに来たはずなのに一切手伝いはせずに時間だけが過ぎている……」
ソファーに寝転んだまま時計を見たアントは驚きの声を上げる。
「そりゃそうやろ……いきなりシグナムと模擬戦始めてもうたんやないか」
呆れた様子のはやての視線の先には力尽きて床に倒れ伏し、シャマルに介抱されているシグナムがいた。
もちろんアントは模擬戦をするつもりで来たわけではなかった。だが到着すると同時に、玄関先でワクワクした様子で待ち構えていたシグナムに捕まってしまったのだ。
渋々模擬戦をすることになったアントだったが、いざ始まると気分が乗ってしまい、カートリッジまで使って全力で戦った。その結果、シグナムはボロボロになるまでやられてしまったのだった。
「……ぜえ……ぜえ…………くっ……次こそ……は……せめて一太刀っ……‼︎」
ボロボロにやられてなお、闘志を燃やす戦闘狂の鑑、シグナム。
「はいはい、分かったから、今は休んでおきなさい」
シャマルはそう言うと水に浸したタオルをシグナムの顔に被せた。
気を取り直すように咳払いをするはやて。
「少し遅くなってもうたが……紹介するで‼︎ 八神家の末っ子、リインフォース・ツヴァイや‼︎」
はやての背後から三十センチくらいの小さな女の子が現れ、アントの目の前でピタッと止まった。
「初めましてです‼︎ ツヴァイです‼︎ 本当はすぐに挨拶したかったのですが、シグナムとアントさんの間に入り込めず、遅くなってしまいました‼︎」
「おっと、責めるならシグナムにしてくれ。アント・バーキンだ。よろしく」
アントが握手の代わりに指を差し出す。するとツヴァイはアントの指を両手でガッシリと掴み返し、キラキラと目を輝かせた。
「はやてちゃんからアントさんのことを聞いてから、ずっとお話したかったのです‼︎ 少し質問していいですか⁉︎」
「別にいいぞ」
「やったです‼︎ まずですね……」
許可をもらったツヴァイは嬉しそうに跳ね上がるとマシンガンのように質問を浴びせた。
まるで子供のようにはしゃぐツヴァイを微笑みながら見ていたはやてだったが、ツヴァイから放たれた不意打ちの言葉に血相を変えることになった。
「はやてちゃんはいつも言ってました‼︎ アントさんはとっても強くて、優しくて、頼りにな……」
ツヴァイがそこまで言いかけて機敏に二人の間に割り込んだ。
「さぁ〜て‼︎ 話はこれくらいでええな⁉︎」
すぐさま話を切り上げようとしたはやてだったが、アントは聞き逃していなかった。
「ほう。強くて、優しくて、頼りになる……か、いや〜照れるなぁ」
「ちゃ、ちゃうんやで⁉︎ ツ、ツヴァイがどーしてもアントのことを聞きたいって言うから色々話しただけなんや‼︎ じ、実際アント君がかなり強いっていうのは事実やし……偶に優しい時もあったり、頼りになるから何かあったら頼るとええとか、そういう話をしただけで……ずっと側にいてくれたら安心できるし……」
そこまで言いかけて、自分が余計なことまで言っているのに気付いたはやては顔を真っ赤に染めた。
「……っ‼︎ い、今の無しや‼︎ 忘れて‼︎」
だが、アントはそんな慌てふためくはやてを見てキョトンとしていた。
「ん? なんで? ただの俺の評価だろ?」
「へ?」
傭兵とは他者からの評価によって左右される職業である。その上、裏社会で色々と噂されているアントにとって、他者からの評価は当たり前のことだった。
はやては、自身のアントに対する心情を知られてしまったと慌てていたが、アントは自身の傭兵としての評価と受け取ってしまったのだった。
「何かあったら依頼してくれよ? はっはっは」
「……」
ポカーンとするはやてを何とも言えない表情で見守るシャマル。
「……道のりは険しいようね……頑張って、はやてちゃん」
「?」
ツヴァイはどういう事か理解できず、シャマルの言葉に首をかしげるのだった。
その後、買い出しに行っていたヴィータ、ザフィーラ、リインフォースが戻ってきた。
「ただいま〜」
「ただいま戻りしました」
「わん」
三人はシグナムの状態を確認すると何があったのかを瞬時に理解した。
「やっぱりやられちまったか……生きてるか? シグナム」
「ふむ。朝から楽しみにしてるのが見てとれたからな。少々はしゃぎ過ぎたのだろう」
食材をキッチンに運び込もうとしていたリインフォースだったが、はやてが不機嫌そうにしている事に気付いた。
「……主? 何かあったのですか?」
「……なんでもないで」
そう言いつつジト目をアントの方に向けるはやて。
アントははやての視線に構うことなくザフィーラと会話していた。
「今度ユーノとクロノ誘って飯食いに行く予定なんだ。お前も来いよ」
「ふっ、そうだな。たまにはそういうのも悪くない」
リインフォースはそんなはやての様子にアントが何かやったのだろうと確信したが、こればかりはどうしようもないと呆れたように肩を落とすのだった。
やがて大きな溜息を吐いて切り替えたはやては、キッチンに向かいつつアントに声をかける。
「そろそろ準備始めるで、約束通り手伝ってや」
「はいよ」
「あ、じゃあ私も……」
そう言って立ち上がろうとしたシャマルをリインフォースとヴィータが抑え込んだ。
「三人もキッチンにいると動き辛いだろう。シャマルはこっちの飾り付けを手伝ってくれ」
「そうだな。あたしは背が小さいから高い場所の飾り付けをしてもらいたいんだ」
自身のタブーに触れるほど必死なのか、ヴィータ……。
アントとはやての二人は料理しつつ雑談していた。
「ツヴァイを作ったってことはマイスターの資格を持ってるってことだよな。凄えな」
「あれ? アント君も持っとるやろ?」
「いや、俺は持ってない。勉強とか試験とか嫌いだし」
「え? でもリインの時は……」
「あの時は主にプレシアの手伝いをしてた。ある程度デバイスをいじれる知識はあるからな」
アントは食材を切る手を一旦止め、調味料を取り出し、次々とはやてに手渡していく。はやては渡された調味料をフライパンに注いでいった。
「なら資格取ろうや。あると便利やで?」
「取ったとしてもミッドでしか使えないんだよな。俺、色んな世界で偽名使ってるし」
味付けを終え、フライパンを差し出すはやて。アントは差し出された料理を味見すると軽く頷き、棚から取り出した皿をはやての前に置いた。
「いちいち偽名使うのやめえや。ちなみに地球ではなんて名前なんや?」
「田中太郎」
「もうちょっと頑張れなかったん⁉︎ 今時そんな名前の人の方が珍しいんやで⁉︎」
ツッコミを入れつつ出来上がった料理をアントから差し出された皿に盛り付けていく。
「山田太郎と迷ったんだよな」
「誤差や‼︎ その二つの違いは誤差や‼︎」
はやては次の料理に取り掛かり、アントは食材を切る作業に戻るのだった。
会話しながら流れるように料理を作る二人を、飾り付け組は唖然と見ていた。
「……息ぴったり過ぎないか?」
「ああ……これが阿吽の呼吸というやつなのだろう」
「凄いです……」
「私も料理したかったのに……」
「……それはやめておけ」
やがて準備が整い、パーティーが始まった。パーティにはなのは、フェイト、アリサ、すずか、といういつものメンバーに加えて多忙でなかなか休みが取れないクロノ、エイミィ、ユーノ、そしてアルフも参加した。
「久しぶりだな、元気……じゃあなさそうだ」
ユーノは目の下に隈をつくり、頰は心なしか痩せこけていた。
「ははは……久しぶり……」
元気なく返事を返すユーノ。そこにクロノが現れた。
「久しぶりだな、アント」
「おう、久しぶり。なんかユーノが死にそうなんだが」
「まあ、無限書庫の仕事は大変だからな」
「原因はそれだけじゃないんだけどね……」
恨めしそうにクロノを見るユーノ。それを見てアントは大体理解した。
「なるほどな。人を働かせておいて、張本人は彼女作ってリア充してるってわけか」
「な⁉︎」
「彼女?」
狼狽えるクロノ。ユーノは初耳だという表情だった。
「リンディさんから聞いた。エイミィと付き合ってるんだって? 孫の顔が楽しみだって言ってたぞ」
「か、母さん……」
「……へぇ〜、そうだったんだ、知らなかったよ。ずぅっっと働きっぱなしだったからね」
笑顔でそう言うユーノの目には怒りが満ちていた。
「そ、そういえば、アント。お前、年齢詐称してるんだってな。これは管理局としては見逃せないな」
クロノにそう言われた瞬間、アントは青ざめた。
「な、何故それを……」
「その程度の情報、僕なら簡単に手に入るんだ」
得意げに話すクロノだったが、実際は、数日前、フェイトの様子がおかしいと感じたので問い詰めたところ、アントがすでに結婚できる年齢だったという話を聞き出したからだった。
「まあ、僕の機嫌次第では目をつぶってもいい」
「ユーノ、クロノを責めないでやってくれ、こいつも精一杯頑張ってるんだ」
「一瞬で敵に回った⁉︎」
男三人が馬鹿話をしていると、人間形態になったザフィーラが料理を片手に現れた。どうやら、はやて達がガールズトークを始めたので男が集まっている方にやってきたようだ。
「随分盛り上がっているな。ほら、差し入れだ」
「おう、悪いな。まあ座れよ」
「うむ。ではそうさせてもらおうか」
アントに勧められ、席に着くザフィーラ。
「それにしても、人間形態は久し振りに見た気がするよ。いつも犬の姿だしね」
「仕方あるまい、人間の姿だと主から距離を取られてしまうのだ」
「くははっ、そりゃそうだ。めっちゃゴツいもんな。筋肉ダルマの大男だ」
「失礼だぞ、アント。見ろ、ザフィーラが傷付いているじゃないか」
「……いや、構わん。俺は主を守るためなら一生犬の姿で過ごすことになってもいい」
「重いなあ。悪かったって。まあ今日くらいは肩の力抜こうぜ。本当なら酒でも飲みたいんだけど、持ち込むの忘れてたなあ」
「な⁉︎ アント‼︎ 酒を飲んでいるのか⁉︎」
「ん? 酒くらい飲むだろ?」
「飲まないよ‼︎」
「え? じゃあ、タバコは?」
「やらん‼︎ というかよく僕の前で堂々とそういうこと言えるな⁉︎」
「あ……………………聞かなかったことにしてくれ」
「もう遅い‼︎ 知ってしまった以上、僕には君を止める義務がある‼︎」
「ま、待ってくれ……仕方なかったんだ」
「まあ、傭兵という職業上、必要なことなのだろう」
「流石ザフィーラだ。俺は信じていたぞ」
「だが若いうちの飲酒や喫煙は寿命を縮めることになる。俺は主のためにアントを止めるぞ」
「敵だったのか。っていうかなんではやてのため?」
アントは首を傾げるが、ザフィーラは当然、答えようとはしなかった。
「とにかく、成人するまではやらないように、分かったな?」
「俺、戸籍上は成人なのに……」
アントは落ち込んだ様子で机に突っ伏した。
「はは……」
ユーノは苦笑しつつ、心の中では、なのはがこの事を知ったら烈火のごとく怒るだろうな、と呟いていた。
一方、女子達の方はというと、
「エイミィさん、クロノ君と付き合ってるって本当ですか⁉︎」
「えぇ〜、なんで知ってるの〜。まあ、うん、そうだよ」
恋バナで盛り上がっていた。
「付き合うってどんな感じなんですか?」
「そうだねえ〜、やっと一歩進めたって感じかな。クロノ君とは学生時代からの付き合いだしね。それよりも……」
エイミィは突然ニヤニヤしだした。
「本当はどうやって落としたのか聞きたいんでしょ?」
「「「「うっ……」」」」
たじろぐなのは、フェイト、はやて、すずか。一方アリサは顔を赤らめプイッとそっぽを向いた。
「わ、私は……別に……‼︎」
「あれ? そうなの? てっきり皆に好きな人がいるのかと思ったよ」
エイミィがそう言うと、思い当たる節があったアリサは呆れたようになのは、フェイト、はやてをみる。
「……まあ、この三人は分かりやすいわね」
「ははは……」
すずかが同意するように苦笑する中、なのは、フェイト、はやては頭上に疑問符を浮かべていた。
(フェイトちゃんは知ってるけど……はやてちゃんも? 学校でそんな様子なかったと思うけど……)
(この反応……二人にも好きな人がいるんだ……誰だろう……)
(なのはちゃんとフェイトちゃんの好きな人かぁ〜……私の知ってる人やろうか……?)
なのは、フェイト、はやてが考えている一方で、すずかは内心苦悩していた。
(……う、うう……どうしよう……三人ともアント君が好きで……私もアント君が好き……)
友情と恋愛に板挟みになってしまっていた。
そんな四人の様子に構うことなく、エイミィは話を続ける。
「まあ、大事なのは胃袋を掴むことだね」
エイミィがそう言うと、なのは達は納得したように頷いた。
「うん、間違いないの」
「確かにその通りだね」
「食い意地張っとる奴やし」
そこまで言って三人は『あっ』と顔を見合わせた。そしてそのまま固まって動かなくなってしまった。
「あ、あれ〜……? ど、どうしたの……?」
何か変なこと言ってしまったのかと動揺するエイミィ。
なのは、フェイト、はやてはなんとなく察した。三人共が同じ人を好いているということを。
「……全然気付かなかったの……」
「や、やっぱり……そうだよね……?」
「……そういうこと……なんかな……?」
その時、ずっと悩んでいたすずかは思わず声を上げてしまった。
「わ、私も‼︎」
その場の全員の視線がすずかに集まった。
(あ……やっちゃった……)
すぐに自身の行動を後悔したが、すでに時は遅かった。すずかは覚悟を決めて告白する。
「……そ、その……実は……私も……うぅ……」
芽生えていた勇気は途中で尻すぼみしてしまい、中途半端な告白になってしまった。だが、それだけでもなのは達が理解するには十分だった。
「「「「えぇ‼︎」」」」
唖然とする なのは達。
「ちょ、ちょっと待って‼︎ 頭が追いつかないの‼︎」
「い、いつから⁉︎」
「さ、最近気付いたっていうか……」
「どないなっとんねん‼︎ 全然そんな素振りなかったやん‼︎ ナンパか⁉︎ ナンパされたんか⁉︎」
「ど、どういうことよ、すずか‼︎ せ、説明しなさい‼︎」
慌てふためくなのは達から少し離れたところにいたアントは、なにやら大騒ぎしているなのは達に視線を送る。
「なんか楽しそうだな。なんの話で盛り上がってんだ?」
「……アント、絶対に今はあっちに行かないでね?」
「は? なんで?」
「話がややこしくなるからだ」
「つーか話の内容聞こえたのか? 俺は全然聞こえなかったんだけど」
「僕達だって聞こえていない。なんとなく察しただけだ。いいから大人しくしておけ」
アントはユーノ、クロノ、ザフィーラに抑え込まれたのだった。
しばらくあたふたしていたなのは達だったが、次第に冷静になってくると、誰からともなく笑い始めた。
「すごくビックリしたけど、知れてよかったの」
「そうだね。私も驚いたよ」
「結局、四人とも同じ人が好きだったってわけやな」
四人は確信していた。この中の誰がアントとくっつくことになっても、ずっと友達としてやっていけると。
こうして四人は親友兼ライバルとなった。
「……なんかよく分からないけど……上手くまとまったみたいだね」
四人の様子を見ていたエイミィが、そうひとりごちる。一方で、アリサは内心、モヤモヤしていた。
(何故かしら……私……焦ってる……? どうして……?)
考えても考えても答えが出なかったアリサは、気になっていたことをすずかに聞いてみることにする。
「……すずか、どうして好きだって自覚したの?」
アリサの質問にすずかは頰を赤くするとアリサの側に寄り小声で答える。
「……私ね……アント君の血を吸ったの……」
「え……?」
「も、もちろん血を吸ったのが理由じゃないよ? ただね……その時、すごくドキドキしたのと一緒に、とっても安心できたの。多分、その感覚が好きってことなんだろうなって、今なら分かる。……まあ、確信したのはお姉ちゃんに言われたからなんだけどね……」
「安心……」
(私は……どうなんだろう……)
それがどんな感覚なのか、アリサには分からなかった。
思い悩む親友にすずかは優しく微笑む。
「……多分、好きだったら絶対いつか気付いちゃうんだと思うよ? 私がそうだったみたいに」
「……そうね」
アリサが納得した時、はやてはおもむろに立ち上がった。
「よしっ‼︎ なんやスッキリしたし‼︎ そろそろ本格的に楽しもうや‼︎ ほら、そっちの男達もこっちに来てえや‼︎ ゲームするで‼︎」
それから、パーティーは大いに盛り上がった。何人かは、密かに作られていたシャマル料理の餌食になったりもしたが……。
やがてパーティーは終わり、アントはなのはをサイドカーに乗せ帰路についていた。
「パーティー、すごく楽しかったの」
「そうだな」
なのはは今日知った事実を思い浮かべながら、運転中のアントを見上げる。
「……うん、今はまだこれくらいでいいの」
「何がだ?」
「なんでもないの。ただ……ずっとこんな日が続くといいなぁって……」
「……そうだなぁ」
アントはバイクを加速させつつ空を見上げた。
(それはそれで悪くないかもな)