時刻は深夜、アリサは自室にて勉学に励んでいた。
「……よし、解けた。やっぱり中学生にもなると少し難しいわね」
ふと問題集から顔を上げ時計を見る。時計の針は思っていた以上に進んでいた。
「……そろそろ寝ようかしら」
アリサは持っていたシャーペンを置きグーッと伸びをすると、部屋の電気を消してベッドに潜り込んだ。
「…………ん」
だがいつまで経っても寝付けない。何故か胸騒ぎがしていた。
(……駄目ね……全然眠れる気がしないわ……)
アリサはベッドから起き上がるとコートを羽織り外へ出た。
外の温度はかなり低い。コートを着込んでなお、寒さが身に染みた。
分かってたけどかなり寒いわね……でも気分転換には丁度いいかも。
そうして気分良く散歩していると、突如目の前に何かが降ってきた。
「きゃっ⁉︎ な、何⁉︎」
アリサは驚いて飛び退いたのち、恐る恐る降ってきたものを確認する。
「……人?」
空から降ってきた人物はボロボロで血まみれだった。
「っ……⁉︎ ま、待っててください‼︎ 今救急車を……」
「う、うぅ……」
倒れていた人が呻き声と共に仰向けになった。それによってアリサの目にその人物の顔が見えた。
「ア、アント……⁉︎」
アントはすぐさま病院に運ばれた。治療を終え病室で眠るアントの周囲には連絡を受けた面々が深夜にもかかわらず集まっていた。
「……アントォ……ひくっ……」
瞳に涙を溜めるフェイト。側ではなのは、はやて、すずかが悲痛な面持ちでアントの眠るベッドを見つめていた。
アリサはアントの包帯で全身を覆われた姿に胸が締め付けられる。
見ているのが辛かった。きっと今の自分はなのは達と同じような表情をしているだろう。
(お願い……早く目を覚まして……)
心の底から願う。すると
「うっうぅ………………」
呻き声と共にアントはゆっくりと目を開いた。
「っ⁉︎ ア、アント⁉︎ よかった起きたのね⁉︎」
アリサ達は慌てて椅子から立ち上がり側へ駆け寄る。
アントは少しボーっとしている様子だった。
「ここは……?」
「病院だ。お前が大怪我したと聞いてみんな駆けつけてきたんだぞ?」
安心するように溜息をつく恭也。
「ぐすっ……アントォ……‼︎」
「心配したの……‼︎」
「よかったぁ……」
「このアホ……‼︎ ヒヤヒヤさせんなや……‼︎」
「お、おう……」
涙ぐむ四人にたじろいでいる様子のアント。
よかった……もう大丈夫そうね。
いつもの光景にホッと胸をなでおろす。
「それで? 何があった? お前がこれほどの怪我をするとは」
「え………………あ〜……すいません、覚えてません」
その言葉に周囲は歓喜から一変した。
「なんやて⁉︎」
「覚えてない⁉︎ だ、大丈夫⁉︎ 記憶が……」
「私達のこと忘れちゃったの⁉︎」
「そんな……」
一瞬で表情を暗くしたなのは達にアントは慌てた。
「いや違くてな? ちょっと頭がぼんやりしてて何があったのか思い出せないだけだ」
そう話すアントの様子は何かを隠してるようだった。
「……今は傷を癒せ。いいな?」
「はい」
怪しいところはあったものの、とりあえずその場は解散となった。
数日後、アントは病室のベッドに寝そべっていた。
「……大分良くなってきたな」
《そうですね。完治とは言えませんがほぼ癒えたと言ってもいいでしょう。これもあの娘達が毎日お見舞いに来てくれたお陰ですね》
「あ〜……うん……まぁ、そうだな」
たしかに随分と世話になったし感謝もしている。でもまさか毎日来るとは思わなかった。
「……なんだって俺は事あるごとにこの世界に来ちまうんだろうな」
思わずポツリと呟く。考えてみればこんなに長期間留まるのは初めてだった。
《ボスはこの世界に深い思い入れがあるからでしょう》
「……思い入れ、か」
《挨拶くらいはしておくべきでは?》
ルリは全て察していた。
以心伝心な相棒に自然と笑いが込み上げてくる。
「くはははっ、流石に長い付き合いなだけはある。全部お見通しか?」
《当然です。私はボスの道具ですから。それに今回は正義の管理局が相手なのです。下手したら秩序を破壊した犯罪者扱いされてしまうかも知れません》
「分かった分かった。まったく、ここまで気が利かせられるデバイスはお前くらいなもんだ、相棒」
地味に痛む身体を動かし起き上がる。
十分休暇は取れただろ。そろそろ潮時だ。
学校帰り、なのは達はいつものようにアントのお見舞いに来ていた。
「そろそろ退院だよね?」
「そうだよ。お医者さんはそう言ってたの」
「まったく、勝手に大怪我してきてこんな美少女達に毎日お見舞いに来てもらえるなんて幸せ者やな、アントは」
「はやてちゃんはずっとそわそわしてるもんね」
「なっ⁉︎ そ、そんなわけないやろ⁉︎ 誰があんなアホのこと考えて──」
「ふふっ、誰もアント君のこと考えてるなんて言ってないよ?」
「っ⁉︎ っ〜……‼︎ そ、それを言うたらフェイトちゃんの方がそわそわしとるやろ‼︎ 何回か人前で魔法使って飛んで行こうとしてたやんか‼︎」
「ふぇっ⁉︎ だ、だって心配で……」
「にゃはは、フェイトちゃんは慌てすぎなの」
《マスターはマスターで日中はほぼずっと念話でアントさんと会話してましたけどね》
「レ、レイジングハート⁉︎ なんでバラすの⁉︎」
あわあわと慌てふためくなのは。
「ほほぉ……そんなことしたったんか」
「……ずるい」
「なのはちゃん……」
なのはに三人の視線が注がれる。
「にゃ、にゃはは……ごめんなさい」
四人が話している横で、アリサは一言も話すことなく俯いていた。
すずかは心配そうにアリサに声をかけた。
「大丈夫? 体調よくないの?」
「えっ? う、ううん‼︎ なんでもないわ。ちょっと考え事してただけよ」
パタパタと手を振るアリサだったが、すずかは親友の様子がおかしいことを見抜いていた。
「何か悩みでもあるの? よかったら聞くよ?」
「だ、大丈夫‼︎ 気にしなくていいわ‼︎ ほら、そんなことより早く行わよ‼︎」
そう言うとアリサは歩く速度を速めた。そしてアントがいる病室をガラッと開く。
だがベッドはもぬけの殻だった。
「え…………」
アントは道場にて恭也と向かい合う。二人の手には二本の刀が握られていた。
その場には士郎、美由希、桃子がいた。
「真剣勝負なんて……アント君はまだ病み上がりなんだしそこまで無茶させない方が……」
「そ、そうだよね……やっぱり私止めてくる」
美由希の肩に士郎の手が添えられる。
「よしなさい。これは避けられないことだ」
「お父さん……」
桃子は二人を憂うように見守っていた。
「恭也……アント君……」
一方、二人の間の空気は張り詰めていた。
互いに隙を伺っている。始まりの時は近い。
突如、アントは恭也に突撃した。二人の刀がぶつかり合う。
すぐさま二の太刀を放つも予測されていたのかあっさり防がれる。
「どうした? この程度か?」
「まだまだこれから」
斬っては防ぎ、斬られては防ぐ、一進一退の攻防が繰り広げられる。
「ふっ‼︎」
恭也の鋭い突きがアントの頬を掠める。拮抗していた状態から徐々に押され始めた。
「っ……‼︎」
このままでは分が悪いと判断したアントは瞬時に斬り合いをやめ少し距離を取る。
「「御神流──」」
両者が同じ構えをとった。
「「薙旋」」
二人の四連斬りによる抜刀が衝突した。
だが威力は恭也の方が上だった。アントは斬撃の圧に吹っ飛ばされ壁に激突した。
「かはっ……‼︎」
地面に落ちる前にすぐに体勢を整え恭也に向き直る。
「……いい加減にしろ、アント」
「っ……」
「本気を出せ。お前の全てをぶつけてこい‼︎」
恭也の言葉にアントは笑みを浮かべた。
「くははっ……なかなか無茶言ってくれる。こっちはいっぱいいっぱいだっての、に‼︎」
アントは恭也へ突撃した。腹部めがけて刀を突き出す。
受け流そうと刀を構えた恭也だったが、アントの刀は恭也に届くことはなかった。
突き出す直前で刀を手放したのだ。
「なっ‼︎」
「オラァ‼︎」
虚を突かれた恭也の顎にアントの拳が突き刺さった。
「っ⁉︎」
「もう一発‼︎」
追い討ちにヤクザキックを食らわせる。
その動きは御神流に我流の動きを組み込んだものだった。
「っ……‼︎」
恭也は倒れなかった。不敵な笑みを浮かべ口許を拭う。
「ようやくやる気になったか。遅すぎるぞ、バカ弟子」
「あんただって手え抜いてたでしょうが、師匠」
戦いは更に熾烈なものになっていった。二人は互いに傷だらけになりフラフラなっていた。
「もうこれ以上は……‼︎」
家族のように思っている二人のそんな姿を見ていられなくなった美由希は間に割って入ろうとする。
「美由希‼︎」
「っ……‼︎」
だが止めに入ろうとする美由希を士郎が制した。
「どうしてっ‼︎ このままじゃ……」
「……終わり時は二人が決めることだ」
「そんなこと言ってる場合じゃ──」
その時、ずっと静かに戦いを見ていた桃子がポツリと呟いた。
「……不器用なのね。二人とも」
「え?」
美由希は唖然とした様子で自分の母親を見た。
「ああやってぶつかり合わないと素直に話せないんでしょうね」
桃子は楽しそうに戦う二人の
終わりが近い。
二人は無意識に悟っていた。そろそろ決着をつけなくてはならない。
「……はぁ…………はぁ…………出し惜しみ無し……」
「……ああ、次で最後だ」
ここまで持てる技術はほぼ全て使った。残された奥の手は一つ。
「「神速」」
次の瞬間、二人の立ち位置は入れ変わっていた。目にも止まらない速さで交差したのだ。
そして数瞬後、
恭也が持っていた刀が砕けた。
「なっ⁉︎」
「刀が……⁉︎ それじゃあ……」
恭也は視線を砕け散った刀から静かにアントへ移した。
「……俺の負け……か」
恭也は微笑むと砕けた刀を鞘に納めた。
「腕を上げたな。やられてしまった」
「マジでギリギリでしたよ……」
二人は静かに笑った。その表情はどちらも寂しそうなものだった。
「……行くのか」
「……はい……ありがとうございました」
刀をしまったアントは深々と頭を下げた。
「頭を上げろ、バカ弟子。勝ったのなら胸を張れ。それが御神流を継ぐ者の務めだ」
「……はい、分かりました」
アントは苦笑を浮かべつつ言われた通り頭を上げる。
「う……うぅ……」
涙ぐむ美由希、士郎はアントを見つめた。
「……寂しくなるね。初めて出会った頃が懐かしいよ」
「くははっ……士郎さんには本当にお世話になりました。こんな怪しい奴を住まわせてくれて」
「……もう来れないの?」
美由希の質問にアントは困ったように頬をかいた。
「まぁ……運が良かったらまた来ます」
そう言って笑うアントのもとに桃子が歩み寄った。
「アント君」
「桃子さんも、お世話になりました。飯、美味かったで──」
桃子はそっとアントの頭を撫でると微笑んだ。
「これがアント君が決めたことなら何も言わないわ。でも疲れた時はいつでも帰ってきなさい。ここはあなたの家なんだから」
「………………はい」
こうしてアントは翠屋を出た。
side:アリサ
アントが脱走した。
私達はなのはの索敵によって翠屋に向かう。
どうせ治ったとか言って翠屋のシュークリームでも食べに行っていたんだろう。そう思っていた私達は翠屋から出てきたアントの姿に驚愕した。
「アント君‼︎ やっと見つけたの‼︎ ちゃんと寝てなきゃダメだよ‼︎ ──ってええ⁉︎ なんでまた傷だらけになってるの⁉︎」
アントの姿はまた傷だらけになっていた。私達に気付いたアントは何やら目元を拭うような仕草をしたあと、私達の方を見た。
「ああ、いいタイミングだ。ちょうど会いに行こうと思ってたところだ」
「へ……? 会いに?」
……なんだろう。すごく嫌な予感がする……。
そして私の予感は的中した。
「俺、この世界を出てくことにしたから」
一瞬思考が止まった。
「え……………?」
「世話になったな。随分助けられた」
私達は突然過ぎる話に呆然としていた。そんな中、いち早くショックから投げ出したなのはが恐る恐る問いかける。
「ど、どうして……突然そんな……」
「ちょっと面倒な奴に目をつけられてな。もしこの世界に長期で滞在してるのがバレたら面倒なことになるんだ」
「ま、また帰ってくるよね?」
「……無理だろうな。地球にはもう来れない」
「「「「「っ……‼︎」」」」」
もう……アントに会えない……。
そう考えると、私の胸にアントが大怪我した時と同様の痛みが走る。
──ああ……そういうことなのね……。
最初は変な奴だなって思った。
そのうち頼りにするようになった。アントは私達の相談にちゃんと答えてくれた。
私とすずかが拐われた時、あいつはふらりと現れて私達を助けてくれた。
いなくなった時はとても寂しかった。
帰って来てくれた時はとても嬉しかった。
それからは見かけると自然と目で追うようになって、会話した日は一日中浮かれた。
……こういうことなのね……気がついたら好きになってたって……
「っ……」
……タイミング悪過ぎるわよ……。どうして今なの? 私が好きになったアントはもうこの星を去ってしまう。
こんなに辛い思いするなら知らない方が良かった。
「ま、生きてりゃどっかで会えるだろ」
《ボス、そろそろ……》
「ああ、もう時間か」
「じ、時間? 時間ってなんや‼︎」
「依頼を受けててな。俺の敵に繋がっていそうな依頼を片っ端から受けてんだ」
そう言うと同時にアントの足下に魔法陣が発生した。
「「「っ⁉︎」」」
魔法に詳しいなのは、フェイト、はやては瞬時に身構えるが、アントは呆れたように笑うだけだった。
「くははっ、どうやら依頼人は随分急いでるみたいだ」
アントは私達の方を見ると軽く手を振った。
「じゃあな。また会えたら会おうぜ」
アントが行ってしまう。私は思わず手を伸ばす。
「アント‼︎」
だが私の手は空を切った。アントの姿は消えていた。私はアントが消えた場所を呆然と見つめる。
「……行っちゃったの……」
「そんな……」
私と同様に呆然としているなのは。隣にいたフェイトはペタンと地面に崩れ落ちていた。
「あのアホ……唐突過ぎるわ、ボケ……」
「……アント君」
私達はしばらく動くことが出来なかった。
まるで胸に穴が空いたかのようだった。
四人が俯き加減で落ち込んでいる中、私は力一杯拳を握りしめる。
「……許せないわ……」
みんなが私を見る。だが一言口に出してしまうと抑えることは出来なかった。
「許せないわよ‼︎ 勝手に来て勝手にどっか行って‼︎ 私はもう、アントの事を忘れられないのに……‼︎」
「え……?」
「ア、アリサちゃん……?」
私の言葉にみんなが目を丸くする。
「追いかけるわ‼︎ あいつがどこで何しようと‼︎ 絶対に追いついてやるんだから‼︎」
私がそう意気込むと、落ち込んでいたなのは達も段々と笑顔になっていった。
「そうだね……うん、そうだよ‼︎ 来れないなら私達から会いに行こう‼︎ そしたら今度はたっぷりお話しするの‼︎」
「……うん‼︎ 絶対にまた会おう‼︎」
「……せやな。そんで取っ捕まえてたっぷりしばき倒したろ」
「ふふっ。うん、また会わなくちゃね。まだ何も伝えてないもんね」
待ってなさい‼︎ アント‼︎ 次会ったらタダじゃおかないわ‼︎
次回からStrikerS編に突入です。遅くなるかも知れませんが待っていてくださると光栄です。