バカは死んだら治るのか?   作:夏のレモン

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これは、その後の物語

 

 

ミッド中を震撼させたJS事件から数年が経った。とあるミッドの昼下がり。

オレンジ色の髪をした女性が喫茶店にて一息ついていた。

 

女性はコーヒーを一口すすると満足げに息を吐く。

 

「ふう……やっぱり美味しいですね、ここのコーヒーは」

 

「ありがとうございます」

 

そう店主がこたえると、途端に女性は顔をしかめた。

 

「……アントさんの敬語は違和感がすごいのでやめてもらえませんか?」

 

「何をおっしゃっているのか分かりません」

 

「……」

 

なんとも言えない表情でコーヒーを啜るティアナ。

 

「クハハハッ、なんて顔してんだよ」

 

途端に表情を緩め、アントはケラケラと笑いながら食器を磨く。

 

アントは現在、喫茶店を営んでいた。士郎達の元を訪ね、一から学んだのだ。もちろんその時に一悶着あったのは言うまでもないだろう。

 

かつて新人だったフォワードメンバーはそれぞれの道を歩んでいった。スバルは正式に特別救助隊へ転属。災害救助の先鋒であるフォワードトップとして、人命を救助し続けている。

 

ティアナはフェイトの補佐官をしながら執務官への道を確実に歩んでいる。アントの喫茶店にはよく出入りしていた。

 

エリオとキャロは自然保護部隊に希望配属し、エリオは竜騎士としてキャロは召喚師として共に密猟者の摘発、自然保護業務に当たっている。また、エリオはルーテシアとも友人関係になったらしい。

 

またナンバーズのチンク、セイン、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードは隔離施設で更正している。近々何人かナカジマ家で引き取るという話が上がっていた。

 

ルーテシアもまた隔離施設で更正プログラムを受けていたが、魔力を大幅に封印し、管理局の保護観察の下、第三十四無人世界「マークラン」の第一区画で意識を取り戻した母親のメガーヌ・アルピーノとガリューと共に賑やかに暮らしているとのこと。

 

アギトはチンク達やルーテシアと隔離施設で過ごした後、八神家の一員となった。新たな主人はシグナムで、役職的には彼女の副官となった。因みに保護者はシグナムではなくて、はやてである。

 

しかし、更正していないものもおり、ナンバーズの残りである、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、セッテの五人は危険性があるとして留置場にてスカリエッティと共に監視下に置かれている。

 

それと驚くことに、レジアスは管理局を辞めた。これまで自分がやってきたことを自白し、全ての罪を背負って管理局を去った。現在、地上のトップは娘のオーリスとなっている。

 

はやては功績を評価され数多の指揮官職の勧誘を受けたが、それらを全て辞退し、しばらくはフリーの特別捜査官に戻ることを決意し、再び海と陸を行き来して密輸品や違法魔導師関連の捜査指揮に取り組んでいる。

 

ヴィータはなのはに教導官の道を進められるも、回答は保留にして現在ははやての下で働いている。

シグナムはエリオへの剣技教導を継続しているらしく、たまにアントも模擬戦に誘われたりしている。

シャマルは管理局で医者として働いており、ザフィーラは近々道場の師範を務めるらしい。

リインはツヴァイの資格取得のための手伝いをしたりはやてのサポートをしたりと日々忙しそうだ。

 

なのはは今も戦技教導官の空戦魔導師として現場に残っている。フェイトは機動六課での活動が高く評価され、執務官として名をはせている。

 

アリサとすずかは管理局を辞めデバイス専門店を開いた。すずかの技術力の高さとアリサの商売人としての巧みな手腕もあって着実に客を増やしていっているようだ。

 

だが……ガーラだけは消息不明となっていた。

 

アントと決着がついた翌日、ガーラの姿は病室から跡形もなく消えていたのだ。

 

あの大怪我で動き回れるわけがないと、誰もが何処かで野垂れ死んだだろうと判断した。だが、一部の人間はそうは思わなかった。

 

「みんなガーラの行方を探してるんです……アントさん、何か知ってますよね?」

 

「さあ?」

 

「……」

 

疑わしげにアントを見るティアナだったが、眉一つ動かさないアントに溜息を吐き、席を立った。

 

「お会計お願いします。なにか分かったら連絡くださいね?」

 

「ああ、勿論だ」

 

ヒラヒラと手を振って答えるアント。

昔と変わらずどこか適当なアントに呆れながらティアナは店を後にした。

 

 

……

 

 

アントが後片付けに勤しんでいると、ベルが鳴り響き来客を知らせてきた。

 

「いらっしゃ──」

 

顔を上げ客の方を見る。見るからに鍛え抜かれた肉体、傷だらけの顔と無骨な眼帯が只者ではないことを物語っていた。

 

「なんだお前か」

 

「なんだはないだろう? 俺は客だぞ」

 

切り傷だらけの男、ガーラはアントの態度を特に気にすることもなくカウンター席に座った。

 

「客なら何か注文しな」

 

「ケチくさい奴だ。ならばコーヒーを」

 

注文が入った瞬間、手際よくコーヒーを作り上げガーラの前に置く。

 

「2000円だ」

 

「メニュー表の値段と違うのだが」

 

「セット価格だ。ほれ、シュークリーム」

 

「それ込みだとしても高いな」

 

ズズッとコーヒーを啜りホッと一息つく。

 

「ふむ、やはり美味い」

 

「つーか、このやり取り何回目だよ」

 

「貴様が毎回ぼったくろうとするからだ」

 

「なら白昼堂々と歩き回るなよ、ブラックリストめ」

 

ガーラは現在、裏社会にて傭兵になっていた。偽名を使っている上に全身を覆う切り傷と眼帯で一目ではガーラとは分からない。

 

「つーか、忘れてねえぞ。この前はよくも俺を巻き込んだな。 こちとら店をぶっ壊されて全部買い換える羽目になったんだぞ」

 

「仕方なかろう? まさか表社会で実力行使に出るとは思わなかったんだ。ちゃんと賠償金は払ったのだから勘弁してくれ」

 

「払ったのお前じゃなくて襲ってきた奴らだけどな」

 

その後、ひとしきりガーラの旅での話を聞いていたアントだったが、ふと気になっていたことを質問した。

 

「で? 妹達にはまだ会ってないのか?」

 

「……新しい人生に俺は邪魔だろうからな」

 

「一回くらい会ってやれよ。チンク達が心配してたぞ?」

 

「……そのうちな」

 

ガーラは渋い表情を浮かべると、現金をテーブルに置き立ち上がった。

 

「そろそろお暇するとしよう。通報したければいつでもしてくれて構わんぞ?」

 

「クハハハハハッ、するかバカ。好き勝手に生きりゃいいさ、お互いにな」

 

 

 

 

ガーラとの腐れ縁はずっと続いている。一緒に仕事をすることもあれば敵対することもある、そんな縁だった。

 

きっとガーラとアントはそういう運命なのだろう。時には相棒、時には天敵、そんな関係が丁度いいようだ。

 

 

 

そして特筆すべきことがもう一つ。

 

アントの背後の棚にはいくつかの写真立てが置かれている。

 

その中の一つには、五人の花嫁に囲まれたアントの姿があった。全員が幸せそうに笑っている。

 

つまり、そういうことだった。

 

「ふう……」

 

粗方食器を洗い終え、客もいなくなり手持ち無沙汰になったアントは椅子に座りひとりごちる。

 

「……随分と遠くまで来たもんだなぁ」

 

《おや、珍しいですね。感傷に浸るなんて》

 

「そりゃなあ、ここまで穏やかな日々が続けば振り返っちまうもんだろ」

 

《そうですね……》

 

『世界を見に行け』そう恩師に言われ旅立ち十数年、ここまで我武者羅に生きてきた。そして、それはこれからも同様だ。

 

「……精一杯生きてみるさ。ここが俺の居場所だからな」

 

アントがそうポツリと呟くと、不意に懐かしい声が聞こえてきた。

 

 

 

“やっと理解したのかい? アンタはやっぱりバカだねえ”

 

 

 

「っ⁉︎」

 

アントは慌てて周囲を見回す。

 

だが、誰もいなかった。

 

《どうかしましたかボス?》

 

「……いや、なんでもない」

 

アントは微笑みつつ心の中で呟いた。

 

 

“俺はもう大丈夫だ。だからとっとと成仏しな、ババア”

 

 

 

ファサ……

 

室内にも関わらず、一陣の風がアントの髪を撫でていった。それはまるで”生意気言うな”と叱られたかのような感覚だった。

 

その時、勢いよくドアが開いた。

 

「パパーッ‼︎ ただいまぁ‼︎ お友達連れてきたよ‼︎」

 

「は、初めまして‼︎ コロナといいます‼︎」

 

アントは帰宅してきたヴィヴィオと、コロナと名乗る少女を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「おかえり。ちょうどシュークリームが二つ余ってたところだ。二人とも手え洗ってこい。翠屋直伝の味をご馳走してやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで無事完結です! ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございした! ここまでやってこれたのも読者の皆様のおかげです!

が、番外編という形でもう少しだけ物語は続きます。できたらバーキン家の日常やifストーリーなども書いてみたいと思っています。

長い間ほんとうにお世話になりました!




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