バカは死んだら治るのか?   作:夏のレモン

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Vividを少しだけ 後編

 

 

 

物心ついた頃からよく夢を見た。夢の中の、自分とよく似た男はいつも苦しんでいた。顔には出さずとも常に泣いていた。大切なものを守れなかったと、己の無力を悔いていた。

 

その感情はとても悲痛で。当時幼かったアインハルトの心をえぐり続けた。それは少女一人ではとても背負いきれるものではなかった。アインハルトは少しずつ歪んでいった。

 

両親はそんなアインハルトを遠ざけた。一族の誰よりも血を濃く受け継ぎ、子供と思えない行動をする娘を恐れたのだ。

 

アインハルトは両親を恨むことはなかった。仕方がないと諦め、夢の中の悲しい男のために自身を鍛え続けた。

 

覇王の名を世界中に轟かせなくてはならない。無念を晴らすにはそれしかないと考えた。考えてしまった。

 

そしてその情動に突き動かされるまま、アインハルトは裏社会へ向かった。血と暴力が支配する裏社会で名を上げてこそ覇王の名に相応しいと。

 

そこで出会った。近付けば息がつまるほどの圧倒的な力を秘めている男に。

 

男はアインハルトの事情を一瞬で察した。かつて、自身も背負った記憶だからだ。

 

その日からアインハルトの人生は大きく変わった。

 

理解されることなかった苦しみが初めて理解された。男はアインハルトを弟子にし、力の使い方を教えた。裏社会に来てしまった事情を理解した上で厳しく接した。アインハルトにとって、男は口数少なくとも優しさを感じれる父親であり、誰よりも尊敬できる師匠であった。

 

そんなある日、男は唐突に表社会に戻るように言った。当然反発しようとした。だがその時、信じられない事実を聞いてしまい言葉を失ってしまった。

 

“俺が敗北した男だ。あっちに戻ったらまずその男を頼るといい”

 

ショックで頭が真っ白になった。その相手がまだ歴戦の猛者であればいい。だが役職は戦士ですらなく、喫茶店のマスターであるという。

 

戦士でもない男が師父より強い。

 

アインハルトにはその事実を認められなかった。

 

アインハルトは表社会に一時戻ることにした。どうしようもない男だったら自分が叩きのめしてしまおうと考えていた。だが──

 

「おーいバイトー、これ、三番テーブルに」

 

「……はい」

 

アインハルトは為す術なく敗北し、今では労力としていいように使われている。

最初に挑んだあの日以来、何度も挑み続けてはいるものの、結果は惨敗だった。

 

「眉間にシワ寄ってるぞ。接客接客」

 

「……すみません」

 

 

 

 

 

やがて客がいなくなり、そろそろ店を閉めるかという時間帯になった頃。

 

アントが片付けをしていると担当していた分の掃除を終えたアインハルトが立ちはだかった。

 

「なんだ? 今日も手合わせするのか?」

 

「手合わせではありません‼︎ 真剣勝負です‼︎」

 

意気込むアインハルトにアントは疲れたように溜息を吐いた。

 

「ここのところ毎日じゃねえか。たまにはのんびり帰らせてくれよ」

 

「約束が違います。私が働く代わりに真剣勝負を受けると言ったではないですか」

 

「いや言ったけどよ……。参ったな……」

 

ガリガリと頭を掻くアント。アインハルトはそんなアントに怒りを覚えた。自分が本気で戦おうとしているにも関わらず、どう見ても目の前の男は自分を敵だと認識していなかった。

 

「……あなたは本当に師父に勝ったのですか?」

 

「……なに?」

 

アインハルトはギュッと拳を握りしめた。

 

「確かにあなたは思っていたより強かったです。ですがあの師父を相手に真正面から戦って勝利を収めるほどとはとても思えません。卑怯な手を使ったのでしょう? およそ戦士とは言えないような戦法で師父をッ──⁉︎」

 

アントの纏う空気が一気に張り詰めた。

 

「卑怯ってのは……どういうのだ?」

 

「え……?」

 

「不意打ち、闇討ち、毒、その他もろもろ。そういうのを卑怯って言ってるなら、間違ってねえよ。よく使ってた手だし、よくやられた」

 

「ッ……⁉︎」

 

一切悪びれることなく、なんでもないことのように語るアントにアインハルトは言葉を失った。

 

「じゃあ……やはり……」

 

「でもな」

 

アントは言葉を切ると、スッと立ち上がり自身のシャツをめくり上げた。

 

「な⁉︎ いきなりなにをして──え……?」

 

慌てて目を逸らそうとしたアインハルトだったが、驚きのあまり固まってしまった。

 

アントの鳩尾辺りにまるで大砲に撃ち抜かれたかのような大きな傷跡があった。

 

「これはアイツに付けられたものだ。そしてアイツの切り傷は俺が付けたものだ。俺達は俺達なりの戦いをして、そして決着を付けた。お前の言う卑怯な手段も含めて、だ」

 

アインハルトはそう語るアントの目を見た。この時、アインハルトは初めてアント・バーキンという人物と対面した気がした。

 

「卑怯者だと思うなら思えばいい。嫌ってるなら嫌いでいいさ。でもな、そんなことしてても俺じゃあお前の敵にはなれねえよ」

 

「ッ……‼︎」

 

アインハルトは驚愕し目を見開いた。

 

するとちょうどその時、カランカランという玄関のベル音と共にヴィヴィオがやって来た。

 

「あ! いたいた! アインハルトさーん!」

 

救急箱を手に小走りで寄ってくるヴィヴィオだったが、途中で小首を傾げ父親を見た。

 

「あれ? 今日はまだ試合してないの?」

 

「ああ、今日は無しになった。少し待ってな。あとちょいで終わるから」

 

アントが掃除道具を手に奥に引っ込むと、若干気不味い空気が流れた。ヴィヴィオはなんとなく父親が何か言ったのだろうと察した。

 

「すみません! パパは時々言葉選びが下手なんです! あとでキツく言っておきます!」

 

「……」

 

ヴィヴィオは頭を下げるも反応はなかった。

 

沈黙に包まれる中、アインハルトはゆっくりと口を開いた。

 

「……以前お話した通り、私には師父がいます」

 

「……はい」

 

「師父からアントさんの話を聞いた時、私は許せないと思うと同時に羨ましい、と思いました」

 

「……」

 

アインハルトが語る話をヴィヴィオは静かに聞いていた。まるで今にも泣いてしまいそうな声だった。

 

「お二人は互いに認め合い、互いに高め合い、そして時に助け合う。そんな関係なんだって伝わってきて、正直な話、嫉妬したんです。師父にここまで言わせるアントさんと、そんな相手に巡り会えた師父に」

 

そんな人なら、自分の敵になりうると思った。アインハルトはそんな期待も持ってアントのもとを訪れたのだ。

 

しかし、それは思い違いだった。そもそも住む世界が違ったのだ。卑怯な手段を卑怯と思わず、正々堂々と戦いたいなどというマヌケはアッサリと死んでしまう世界。師父が見せなかった裏社会の実情。

 

アインハルトが求める栄誉は裏社会にはなかった。

 

「私は……どうすれば……」

 

うなだれるアインハルト。ヴィヴィオはしばらくオロオロとしていたが、やがてハッと閃めき手を叩いた。

 

「アインハルトさん! ストライクアーツやってみませんか?」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

翌日、アインハルトはヴィヴィオに誘われとりあえず見学だけしてみることにした。

 

「ここが私が通ってるジムです!」

 

「……」

 

アインハルトは室内の様子をくまなく観察した。

たしかに鍛錬に励む門下生達はよく鍛えられていた。だがどうしても趣味と遊びの範囲内の、ただのスポーツとしか思えなかった。

 

(やはり……私にはもう……)

 

アインハルトが内心諦めかけたその時、

 

「どうだ? 面白そうだろ?」

 

ヴィヴィオを通して知り合ったコーチ、ノーヴェが気さくに話しかけてきた。

 

「……見ただけではなんとも」

 

「あはは! そりゃそうだ! なんなら試合してみるか?」

 

本心を隠して答えるアインハルトにノーヴェは笑いながら提案した。

 

「試合……ですか?」

 

「おう! これでもコーチの真似事してっからよ。才能や選手を見る目はあるつもりだ。お前、格闘技好きだろ?」

 

「……」

 

少し考えてアインハルトは口を開く。

 

「……分かりません。そういう気持ちで考えた事がありません……覇王流は私の存在理由そのものですから……」

 

「そうか……。まあ物は試しだ。やってみないか? 試合」

 

「はあ……」

 

生返事をするアインハルトに対し、隣にいたヴィヴィオは目を輝かせた。

 

「あ! じゃあ折角なんで私とやりましょう!」

 

「え?」

 

 

 

 

………

 

 

 

 

こうして、アインハルトとヴィヴィオは試合することになった。

 

アインハルトは元気いっぱいに準備体操をするヴィヴィオに複雑な感情を抱いていた。

 

確かに初めて会った時は期待した。かつての覇王が一度も勝てなかった聖王、その血を受け継ぐ彼女なら、覇王の拳も受け止められるのではないかと。だが……

 

「バインドや射撃はなしの格闘オンリー、四分一本勝負な」

 

「はいっ!」

 

「……はい」

 

目の前にいるのは自分とは違って脆そうな身体。明らかに資質が違う。どう見ても自分が求める敵ではない。

 

「それじゃあ……始めっ!」

 

「はぁぁあああ!!!」

 

始まりの合図と共に突撃するヴィヴィオ。

次々と繰り出される攻撃を捌きながら、アインハルトは失望していた。

 

真っ直ぐな技に真っ直ぐな心。十分すぎるほどに強い。遊びの範囲としては。

 

(この娘は……違う……)

 

アインハルトは失望しつつ、ヴィヴィオの拳を掻い潜って掌底を繰り出した。

 

「うぐっ⁉︎」

 

掌底は的確に腹部を撃ち抜き、ヴィヴィオを吹っ飛ばした。

身体が動けなくなる程度のダメージを与えた。これで終わりだ。試合が終わったらヴィヴィオに謝らなくては。

 

勝負は決した──はずだった。

 

ヴィヴィオは空中で一回転すると両足で地面に着地した。

 

「え……?」

 

「ケホ……ケホ……。えへへ、やっと反撃してきましたね。それじゃあこっちも──ギア上げますよ!」

 

「ッ⁉︎」

 

ヴィヴィオは先程までとは比べ物にならない速度で迫ると、鋭い二段蹴りをアインハルトの防御の上にお見舞いした。

しっかりと受けたにも関わらず、勢いを殺しきれずアインハルトは仰け反ってしまった。

 

(な⁉︎ 不味いっ⁉︎ 追撃が──え?)

 

絶好のチャンスにも関わらず、ヴィヴィオはその場から動かなかった。

 

「どうです? そろそろ本気出してもらえますか?」

 

やる気満々といった様子で問いかけるヴィヴィオ。

 

「なぜ……?」

 

呆然と問うアインハルトにヴィヴィオは元気いっぱいに答えた。

 

「 “全力でやれ、とことん楽しめ” それがストラクアーツを始める時パパとした約束なんです。全力でやってもらわなきゃ私も全力が出せないじゃないですか」

 

「……全力で楽しむ……ですか……」

 

アインハルトはポツリと呟くと、改めて構え直した。

 

「先ほどまでの無礼、申し訳ありませんでした。ここからは私も “全力で” いかせて頂きます」

 

するとヴィヴィオは笑みを浮かべながら構え直した。

 

「よーしっ‼︎ 行きます‼︎」

 

 

 

再開された試合は白熱したものだった。互いに正しく全力だった。

 

結果、勝利したのはアインハルトだった。

 

「負けたーッ‼︎ 悔しいぃ〜‼︎」

 

地べたに座り込み全身で悔しさを表すヴィヴィオ。

 

「……清々しいほど悔しがりますね」

 

「ヴィヴィオはストライクアーツに関してはいつもこんな感じなんだよ。全力で戦ったからこそ本気で悔しいんだ」

 

ノーヴェは二人にタオルを渡しつつ、当惑するアインハルトに苦笑してみせる。

 

「……父親とは逆ですね」

 

「え⁉︎ いや〜……それはどうだろう……」

 

言葉を濁すノーヴェにアインハルトが首を傾げていると、ひとしきり悔しんだヴィヴィオがスクッと立ち上がりアインハルトに片手を出した。

 

「私の負けです。やっぱり強いですね」

 

あまりの切り替えの早さに一瞬呆然としたものの、アインハルトはすぐに握手に応じた。

 

「……いえ、ヴィヴィオさんもかなり強かったです。あと一撃でも多く食らっていたら倒れていたのは私でした」

 

「アインハルトさん……」

 

二人の間に感動のような空気が流れる。いまこの瞬間、二人は互いを認め合ったのだ。

 

「じゃあ──もう一回勝負しましょう!」

 

「…………………はい?」

 

アインハルトは一瞬思考停止し、すぐに聞き返した。

 

「え? 今すぐですか?」

 

「当然です! 負けは認めました。でも勝ちを諦めたわけではないです! この悔しさをバネに私はまだまだ強くなりますよ!」

 

シュッシュッ、とシャドーしてみせるヴィヴィオに唖然としていたアインハルトだったが、やがて呆れたように笑みを浮かべた。

 

「……前言撤回します。やはり親子ですよ」

 

きっとこの娘とは長い付き合いになる。アインハルトはなんとなくそんな予感がした。

 

 

 

そんな二人の様子をジムの出入り口からコソコソと見守る影があった。

 

「なんか……うまく収まったってことでいいのか?」

 

「そうみたいだね。お疲れ様、アント君」

 

なのははアントの頭を撫で、ここまで苦労した亭主を労った。

 

「いや……今回は何もしてないんだよなぁ」

 

「まあまあ、いいんじゃない? たまにはそういうことがあっても」

 

なのはの言葉にアントは少し考えるも、やがて溜息と共に軽く頷いてみせた。

 

「……そうだな。終わりよければ全て良しだ」

 

うんうん、と頷くアント。

 

「ところで、そのシュークリームは?」

 

「え? いや……昨日ちょっと言い過ぎちまったからよ……」

 

そう話すアントの両手には大量のシュークリームの箱があった。

 

「ふふっ、じゃあみんなで食べようか」

 

「そうだな。うん、そうしよう」

 

アントとなのはは隠れるのをやめて中へ入っていった。

 

「おーい! 腹は減ってないか? “碧” 名物のシュークリーム、持ってきたぞー!」

 

「沢山あるからね〜! みんなお腹いっぱい食べられるよ〜!」

 

「あ! パパ! なのはママ!」

 

「えぇ⁉︎ どうしたんですかいきなり⁉︎ それにこんなにたくさん⁉︎」

 

「あ……。あの、アントさん、少しお話が……」

 

おずおずといった様子で近付いてくるアインハルトをアントは慌てて止めた。

 

「待て待て待て‼︎ ちょっと待ってくれ。とりあえず食べてくれ。話はそれからにしよう」

 

「アント君、ここで逃げるのは良くないと思うな?」

 

「パパ……」

 

「あー‼︎ 分かった‼︎ 分かったからそんな目で見るな‼︎」

 

 

 

 

 

 

 






はい、というわけでVivid編はここまでです。どこかの話を切り抜いて短編にすることはあるかも知れませんがとりあえずここまでということで……。

それにしても、いざ書き上げてみると若干シリアスになってしまいましたね。次こそはもう少し軽めの話を……。

ではまた次の更新で。



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