バカは死んだら治るのか?   作:夏のレモン

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日常 (1)

 

 

 

アントがミッドチルダで開業するより前、表社会で生きるための術を身に付けている最中のこと。

 

ミッドチルダの昼下がり、なのは達はほのぼのとお茶会をしていた。

その日にあった出来事を話しあったり、オススメのお店を共有しあったりする実に平和な時間が

 

「て、ちがーう!!!」

 

「うにゃ⁉︎ はやてちゃん?」

 

「どうしたのいきなり⁉︎」

 

バーンッ‼︎ と机を叩くはやて。驚くなのはとフェイトに対し、アリサとすずかは “またか” と少し呆れ気味な反応だった。

 

「こんなほのぼのとお茶会するつもりで集まってもらったんやない!! 大事な話があるんや!!」

 

「どうしたの? またお仕事で大変なの?」

 

「もう諦めなさいよ。数日帰れないなんて管理局じゃよくあることでしょう?」

 

「いやや! 諦めたくない! 私は定期的にお家に帰りたい……、って違うわ! 確かにそれも愚痴りたいけども!」

 

ノリツッコミをしつつはやては一旦椅子に座りなおし静かに本題に入った。

 

「私達は紆余曲折あってようやく、そう、よ・う・や・く恋人にまで昇格した。そうやろ?」

 

「そうね」

 

「長かったねえ」

 

「そして恋人になって数ヶ月が経った現在。ここまでなんっ──にも変化がない‼︎ なんなら会えるのなんて月一回くらいやで!? どういうことや!?」

 

「にゃははは……」

 

「仕方ないよ。アント君、忙しいもん」

 

 

現在アントは翠屋で修行中だ。手に職もついていない奴に大事な娘をやれんと各々の両親に言われてしまったのだった。

 

確かに傭兵をやってると知らない人からしたら無職であると思われてしまっても仕方がないし、知られたら知られたでそんな危険な職業をしているような奴に娘を任せるなど無理だろう。

 

そこでアントは傭兵稼業を一旦辞め、前々から興味があった喫茶店経営を目指すことにしたのだった。

 

日が昇る前から仕事が始まり夕暮れまで働き、仕事が終わったら経営学の勉強。さらに桃子さんによる厳しい指導のもと料理の練習。

 

まさしく目が回るような忙しさだった。

 

 

「分かっとるで? 将来のために頑張っとるのは。でもせっかくなんやからもう少しくらい一緒にいたいやんか。なあ?」

 

「「「「……」」」」

 

同意を求めるはやて。だが四人は無言で視線を逸らした。

 

「え? ん? なんやその反応? どういうことや? みんなそうでもないんか?」

 

「えっと、その……」

 

歯切れが悪いなのはの様子にはやては何やら察知し笑顔を作った。

 

「なんや後ろ暗いことでもあるんか? ん?」

 

はやては管理局で培ったスキルを使用し一人一人に圧をかけていく。

 

「え!? いや、その……私は今はそれほど忙しくないから……」

 

「私はティアナが執務官になったから多少は時間作れるし……」

 

「私は自営業だから休日は作れるし……」

 

「私の仕事はデバイス修理や作成だから日程調整はしやすいから……」

 

四人がそれぞれ何か言う度にはやての目はどんどんすわっていった。

 

「ふむ、詳しく聞こか」

 

手を組み鋭い視線を向けるはやて。

 

「え? く、詳しくって言われても……」

 

「そうやなあ……じゃあ一番新しいエピソードを順番に話しいや。はい、なのはちゃんから」

 

「えぇ⁉︎ わたしから?」

 

突然指名され狼狽えるなのはにはやては笑顔のまま圧をかけた。

 

「うぅ……分かったよ……」

 

なのはは諦めたように肩を落とした。

 

 

 

case:1 なのは

 

これは私が実家に帰った時の話。

 

アント君はお母さんの生活リズムに合わせてるせいかウチの家事をこなすようになってた。だからなのか、結果的に私はアント君に世話を焼いてもらうことが多かった。

 

「むぅ……」

 

私はソファーに寝転がりながらテキパキと動き回るアント君を眺める。

 

流されるままにこうなったけど……。寝転がる私と働き続けるアント君。この絵面はどうにも……。

 

そんなことを考えていると、一通り家事を終えたアント君が教材片手に私が寝転んでいるソファーの反対側に座った。

 

「お勉強?」

 

「まあな。覚えなきゃならんことは山積みだ」

 

しばらくそのままだったけど、私は身体を起こしてアント君の教材を覗き見た。

 

「なんか難しそうだね」

 

「経営学ってやつでな。最低限の知識らしい」

 

アント君は返答はするけど此方を見ない。

 

私は少しムッとしてアント君の脇腹を軽く小突いた。

 

「ん? どうした?」

 

「若干の不満があります」

 

「なんだ? 腹減ったのか?」

 

「むぅぅ、違くてー」

 

あまりにデリカシーがない発言に怒って見せる。ここでようやくアント君は私を見た。

 

「私、休日くらいはアント君の負担を減らしたいと思ってたの」

 

「ほお」

 

「でも普段のお仕事がしんど過ぎて無理だったよ……ゴメンね」

 

「まあそりゃそうだ」

 

「でも折角の休日なのにこのまま終わるのは流石に嫌なわけで」

 

「ふむふむ」

 

頷きつついまいち何が言いたいのかピンときていない様子のアント。

 

ここまで言っても分からないか。

 

私は諦めてアントにしだれかかった。

 

「……もっと構ってよ」

 

「なんだそりゃ」

 

そう言いつつもアント君は膝枕をしてくれた。無意識に頬を緩ませてしまっている私の頭をアント君の手が優しく撫でた。

 

「♪」

 

「こんな事でよかったのか?」

 

「もちろん。乙女心は難しいんだよー」

 

 

それからしばらくの間のんびりしていたけど、私はいつのまにか寝てしまった。

 

軽く眠りから覚めた私はふと違和感を感じた。

 

(あれ? なんだろうこの感覚……?)

 

薄っすらと目を開けるとアントくんの顔がすぐ近くに見える。

 

(あれ? これって……)

 

私はお姫様抱っこされていた。どうやら寝室に運んでもらっている最中だったようだ。

 

「……っ!!」

 

ビックリしたけど折角の機会なのでバレないように努めた。

 

私は顔を若干アント君の方へ寄せて今の状況を堪能していると、お母さんと遭遇した。

 

「あら、アント君。なのはったら寝ちゃったの?」

 

「はい、疲れてたみたいで」

 

お母さんはチラッと私を見るといたずらっぽく笑い

 

「襲うのはまだダメよ?」

 

ガッシャーン!!!!!

 

「っ〜〜!?!?!?」

 

お母さんの爆弾発言に足を滑らせ小指を盛大にドアへぶつけるアント。悶絶してたけど私を起こさないように必死に堪えてた。

 

(……顔が真っ赤なのがバレませんように……)

 

私は目を閉じながらそう祈るぐらいしか出来なかった。

 

 

………

 

 

 

「へぇ〜、そんなことが」

 

「全力で甘えたわね」

 

「なのはちゃんってホンマにアントくん相手だとキャラ変わるなあ」

 

「うぅ……」

 

両手で顔を覆っていたなのは。それでも止まない周囲からの冷やかしに耐え切れず顔を上げた。

 

「も、もういいでしょ! 次行こう! 次!」

 

「うーん、ちょっと弄り足りんけど……まあええわ。じゃあ次は……フェイトちゃんで‼︎」

 

「……やっぱり話さなきゃダメかな?」

 

「フェイトちゃん?」

 

「わ、分かったよ。分かったから……」

 

 

 

 

case:2 フェイト

 

一番新しい出来事といえば遊園地に行ったこと……かな?

 

な、内緒にしてたわけじゃないよ? ただ偶然リンディお母さんがチケットをくれたのと話す機会がなかっただけで……。

 

 

デート当日、私が集合場所に向かうとすでにアントは待っていた。

 

「お、来たな」

 

「……」

 

目一杯オシャレしていった私に反して、アントは普段通りのラフな格好だった。

 

……アントらしいといえばアントらしいけど……少しくらい気合いを入れてくれてもいいと思う。

 

私が不満を言おうとするより早くアントが口を開いた。

 

「その服装は初めて見るな。うん、すごく似合ってる」

 

「……ホント?」

 

「ああ、めっちゃ可愛い」

 

「っ!!」

 

危うく先程までのモヤモヤが晴れそうになるが、これだけで誤魔化されるほど私はもうチョロくない。

 

「ありがとう。でもアントはいつも通りの格好なんだね」

 

「……すいませんでした。次から気を付けます」

 

速攻で謝ってくるアント。どうやら自覚はあったようだ。

 

……まあ反省しているのなら仕方がない。

 

「今回は許してあげる」

 

「……すまん」

 

私達は気を取り直して遊園地へ向かった。

 

 

 

到着した私達はまずジェットコースターから乗ることにした。

 

最前列に座り、ゆっくりと走り出した直後、アントが私の手を握ってきた。

 

「え!?」

 

ドキッとして思わずアントを見ると、アントの顔は真っ青になっていた。

 

「ア、アント?」

 

「悪いフェイト、このままで頼む」

 

実は絶叫系が苦手だったのかなと思っていたけど、そうじゃなかった。

 

私の目にアントの頭上に上がってしまった安全バーが映った。

 

「え、えええええ!?!?!? ど、どうしよう!? どうしよう!?」

 

「落ち着けっ!! とりあえず深呼吸を──うおおおおお!?!?」

 

「対応間違えてるよっ!? しっかり掴まって!!!」

 

「これ回るやつか!? 回るやつだぁぁああ!!!」

 

 

無事生還できたアントはグッタリした様子でベンチに横になっていた。

 

「だ、大丈夫?」

 

「……俺じゃなかったら死んでた」

 

もちろんジェットコースターは使用禁止になった。アントにはお詫びとして無料パスとお食事券が渡された。

 

「さて、行くか」

 

アントはベンチから立ち上がると次のアトラクションへ向かおうとしていた。

 

「え!? でもまだ休んでた方が……」

 

「何言ってんだ。せっかくのデートなのに勿体ないだろ?」

 

「っ……!!」

 

私は一瞬ドキッとしてしまったけど、嬉しくなって笑顔で頷いた。

 

「うん‼︎」

 

 

その後、色々なアトラクションを堪能し、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうとなった。

 

ちょうど他のお客さん達も帰ろうとしてた頃合いらしく出入り口がかなり混み合っていた。

 

「あっ」

 

後ろから押されて少しよろけた私の手をアントがとった。

 

「危ないぞ。気を付けろ」

 

「……うん」

 

アントと私は手を繋いだまま遊園地を出た。

 

「楽しかったね」

 

「ああ」

 

「また来ようよ。今度はみんなで」

 

「そうだなぁ。ヴィヴィオも喜びそうだ」

 

「約束だよ? ちゃんと守ってね?」

 

「おう、勿論だ」

 

アントはそう言うがいまいち信用できない。だからちゃんと覚えててもらえるように何回でも今日の話をしようと思った。

 

 

………

 

 

 

「……ずるい」

 

「うん」

 

「普通にずるいね」

 

「抜け駆けね」

 

「う、うぅ……そんなつもりは……」

 

チクチクと刺されフェイトは小さく縮こまっていった。

 

「普通に青春しとるなぁー。楽しそうやなぁー。私が上層部の人達と腹の探り合いしとる間にそんなことしたったんか」

 

「ご、ごめん……なさい……」

 

ますます小さくなっていくフェイト。

 

「……そういえば私達の青春時代って学校と仕事の両立で手一杯だったわね」

 

「「「………」」」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「やめようや。これは誰も幸せになれん話や」

 

「そうね。やめておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 






長くなってしまったので今回はここまで。




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