バカは死んだら治るのか?   作:夏のレモン

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ルリ

 

 

 

本日は雲一つない快晴です。ですが私がいる一室には暗雲が立ち込めていました。

 

「ねえアント君? 先週お店閉まってたけど、どこに行ってたのかな?」

 

「いや……それは……」

 

管理局の白い悪魔と呼ばれるお方を前にボスは圧倒され後ずさっています。ですが背後にはすでに雷雲、金色の死神が控えておりました。

 

「どこに行くの? アント?」

 

「フェ、フェイト……!?」

 

今にも落雷しそうな空気のなか、ボスはジリジリと追い詰められていきます。

 

「ちょうど先週大きな事件があってね? 私も駆り出されたんだ。アント、なにか知らない?」

 

「……し、知らない」

 

「「ホ・ン・ト・に?」」

 

「……少しは知ってる……かも?」

 

二人の奥方に挟まれ我が主人はしどろもどろです。

 

ですが擁護しようがありません。危ない仕事はもうしないと言ったにも関わらずテロ組織を一つ壊滅してしまったのですから。

 

まあ万が一に備えて三日だけと護衛を懇願された結果、巻き込まれてしまった形なので一概にボスが悪いとは言い切れませんが。

 

「さ、アント。続きはこっちで」

 

「お話しようね」

 

「な!? バインド!?」

 

ズルズルと引きずられていくボス。これからちょっとした尋問が始まるようです。

 

「待ってくれ! ルリが! ルリなら全部説明できるから!」

 

《充電が切れそうなのでスリープモードに入ります》

 

「お前電気が動力じゃねえだろ!?」

 

夫婦の時間に割り込むのも無粋です。これこそデバイスの鑑でしょう。

 

「裏切り者ーー!!」

 

連れ去られていくボスを見送り、私は自分の仕事に戻ります。

 

自分で言うのもなんですが私は他のデバイスと違い人の心を学ぶことに特化した特別製です。私を作ったドクター・スカリエッティに良い感情はありませんがこれだけは感謝しています。お陰で様々な分野でお役にたてるのですから。

 

《罠、罠、謀略、罠、謀略……》

 

依頼の分別をしているだけで相当数の悪意を感じます。ボスの名が知れ渡ってるだけに討ち取って名声を得ようとか利用してやろうとかそういう類ばかりです。

 

このような困った依頼主にはちょっとした牽制として知られたくない個人情報などをチラつかせます。こうすれば二度と連絡してこなくなるので平和的解決と言えるでしょう。

 

私としては二度とそんな気が起きないよう丁寧に潰しておくべきだと思いますが、ボスは仕掛けてこない限り放っておくスタンスなので私もそれに従うことにしています。

 

一昔前であれば片っ端から噛み付いていたというのに随分と丸くなられたものだとデバイスながらしみじみと思います。

 

昔‥‥ですか。そうですね。あの頃は色々ありました。

 

ちょうどボスもお取り込み中のようですし、少し振り返ってみてもいいかもしれません。

 

 

……………

 

 

これはまだ私がデバイスとしてまだまだ未熟だった頃。ボスが一番荒れていた時期です。

 

ヨネ様と死別した日からしばらくの間、ボスは毎日を自暴自棄に過ごしていました。

 

《ボス。いい加減休んだほうがよろしいかと》

 

「……」

 

《やはりこれ以上は無茶です。まだ前回の傷が癒えていないのに》

 

当時はまだ傭兵と呼べるような仕事をしておらず、様々な組織の下っ端から捨て駒同然な扱いを受けたり、理不尽な命令をされたりとボスの身体はボロボロでした。

 

《次は傷をちゃんと癒してもっと安全な仕事を……》

 

「うるせえ。関係ねえだろ」

 

ボスは私の言うことに少しも耳を貸してくれませんでした。

 

「クソッ……!」

 

気が立って荒れるボスを私はどうすることもできません。

 

このままではボスは壊れてしまうと、私は根気強く話しかけ、少しでも傷を減らせるようサポートすることに徹しました。

 

 

《おはようございます、ボス》

 

「……」

 

 

毎日

 

 

《ボス、お怪我は大丈夫ですか?》

 

「……問題ねえよ。このまま続ける」

 

 

欠かすことなく。

 

 

《野宿ばかりでは疲れが取れません。貯金もあるので宿に泊まりませんか?》

 

「近くにあったらな」

 

 

側にいる存在として。

 

 

ですが返事はしてくれるものの、稼ぎの内容は一向に変わりませんでした。ボスの身なりはいつまで経ってもボロボロのままでした。

 

そうして仕事をこなしていくうちにボスの名は見る間に広まっていき、それと同時に敵も増えていきました。

 

《ボス! 罠です! 囲まれました!》

 

「はっ! 上等じゃねえか」

 

あの手この手でギリギリ生き延びるという毎日でした。

 

 

 

そんなある日、ボスのもとに数人の団体が訪ねてきました。

 

「……なんだこいつら?」

 

集団のほとんどが女、子供であり、先頭にいた男は武装すらしておらず、私もボスも唖然としてしまいました。

 

「……間違いない」

 

男はそう呟くと勢いよくボスに頭を下げました。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

ボスは思わず身構えますが男は頭を下げたままです。

 

「ありがとう……君のおかげで私達は……」

 

男が泣き出すと釣られるように一緒に来ていた人達も頭を下げて泣き始めました。

 

「はぁ⁉︎ ちょ、なんなんだよ⁉︎」

 

話を聞いたところ、以前ボスが襲った組織が人身売買を生業にしている組織で売りに出される前に救われたのだとか。

 

最初は泣きながら感謝を述べていましたが、やがてお礼がしたいから一緒に来て欲しいと迫られましたが、ボスはその場の空気に耐えきれず逃げ出しました。

 

「はあ……はあ……振り切ったか……?」

 

《別に逃げる必要はなかったのでは?》

 

「……うるせえ」

 

どうやら善意を向けられどうしたらいいのか分からなかったようです。

 

「ん?」

 

何やら違和感を感じたボスは自身のポケットに手を突っ込みました。

 

「……これは……花?」

 

《おや。綺麗ですね》

 

先ほどの子供達の中に花をくれた子がいたようです。

 

「……」

 

ボスは訝しむように花を眺めていましたが、やがてふと表情を緩めました。

 

《!!》

 

私は初めて見せるボスの表情に驚き、それと同時にあるアイディアを閃きました。

 

《ボス。正式に傭兵をやってみませんか?》

 

「は? 傭兵?」

 

《要するにフリーの魔導師です。これまでのような強盗紛いの成り行きではなく、きちんとした依頼を受け契約を結ぶんです。どんな依頼を受けるかはボス次第ですが》

 

ボスは私の提案を聞き少しの間考え込むと、やがて軽く頷きました。

 

「……悪くないかもな」

 

 

この日を境にボスは傭兵として稼ぐようになりました。

 

 

…………

 

 

どれだけ思い返しても決して輝かしいとは言えません。これまでだって何度も理不尽に叩きのめされ、非難を浴びてきました。それでもボスだからこそ今日までやってこれたのでしょう。

 

 

 

「ルリてめえ……あっさり見捨てやがったな……」

 

なんとか尋問から抜け出してきたボスは恨めしげに私を睨みます。

 

《どうせ全てバレてるのですから素直に話すのがベストかと》

 

「くっ……」

 

正論を前に悔しそうにするボスに私は内心微笑みます。

 

 

ボスは気付いていないでしょうね。

 

仕事の成果よりも彼女達との約束を優先していることを。

 

傭兵としての仕事は日に日に少なくなっていることを。

 

それは正しく、あなたの中で優先順位が変わった証。

 

それは私にとってとても喜ばしいことです。

 

たとえ近いうちに私は用済みになるとしても、です。

 

(傭兵ではなく喫茶店のマスターとして生きるボスに武器である私は不要。あとどれだけ一緒にいられるでしょうか)

 

今やボスは沢山の人達に支えられています。肩の荷が降りたというのでしょうか。私もだいぶ人のような感情が芽生えていますね。

 

 

「おいルリ、なにボーッとしてんだ?」

 

《すみません。ボス》

 

「……おいどうした? なんか様子が変だな?」

 

《そうでしょうか?》

 

「ああ。一回すずかに診てもらうか」

 

《お気になさらず。私は大丈夫です》

 

「……いや、やっぱり変だ。すずかに連絡しとけ」

 

そう言ってくるボスに私は思わず意地になり言ってしまいました。

 

《ですから大丈夫です。そもそも少しくらいの故障であればしばらくの業務に問題はありません》

 

そう言うとボスは眉をひそめました。

 

「はあ? 何言ってんだ? 身内の調子が悪いのに仕事なんかできるかよ」

 

《……‼︎》

 

黙りこくる私にボスは訝しげな視線を送ってきました。私は一度間を置いてからゆっくり返事をします。

 

《……では少し診てもらってきます》

 

「ああ、そうしろ。どうせ俺も今日は休みにするつもりだったしな」

 

ボスはそう言い残すと背後から迫っていた二人に引きずられていきました。

 

《抜け出すからそうなるんですよ。まったく……》

 

私は呆れて溜息を吐きました。

 

やはりまだまだ安心なんて出来ませんね。仕方がないのでこれからもお側で控えさせてもらいます。

 

《これからもよろしくお願いします、ボス》

 

 

 

 

 






実は誰よりも支えてきた、という話です。


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