バカは死んだら治るのか?   作:夏のレモン

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例の如く細かい設定の違いには目を瞑っていただけると幸いです。




リンネ・ベルリネッタ

ミッドチルダにある私立ロズベルグ学院。そこの生徒である少女は暗い表情で登校していた。

 

重い足取りで到着した少女がいつものように下駄箱を開けると、そこにはズタズタにされた上履きがあった。

 

少女は唇をキュッと結び、バックからスペアの上履きを取り出した。

 

「……」

 

その後教室へ向かうとクラスメイトである三人組の少女がニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。

 

少女は三人と目を合わせないように俯いたまま自身の机に向かった。だが近づくにつれ何やらツンとした臭いが机から漂ってきた。

 

「う……」

 

恐る恐る机の中を覗くと、そこには大量の生ゴミが敷き詰められていた。

 

「っ……⁉︎」

 

思わず三人の方を見ると、三人の中でもリーダー格の少女が睨んできた。

 

「なによ」

 

「ぁ……………」

 

慌てて目を逸らしたがもう遅かった。

 

「ずいぶん反抗的じゃない。また教育されたいの?」

 

「そ、そんなことは……」

 

「あのタイピンはどうしたの? 最近全然付けてないね?」

 

「いい加減気づいたんでしょ? あんな古臭いの付けてる方が頭おかしいって」

 

アハハハハと笑い声が響く。

 

「っ‼︎」

 

少女は必死に堪えた。大切なタイピンをバカにされるのは到底許せなかったが、ここで逆らっては家族に迷惑がかかるから。

 

「なんとか言ってみたらどうなの? ほんと気持ち悪いわね」

 

「孤児だったから耳が悪いのかしら」

 

「あんたの親もかわいそー。ホントの家族じゃないのにこんなのと一緒に暮らすハメになるなんて」

 

「……」

 

聞くに耐えない罵声を堪えていると、ようやく始業のチャイムが鳴り担任教師が入ってきた。

 

「はい、席についてください。ホームルームを始めます」

 

「「「はーい」」」

 

その言葉を合図に全員が席につこうと動き始めた。

少女がホッとしたのも束の間、先程のリーダー格の少女がボソリと耳打ちしてくる。

 

「あとで覚えてなさい」

 

「……」

 

少女は俯いたまま無言を貫いた。下手に言い返すともっと酷いことをされるからだ。

 

周囲のクラスメート達は少女を哀れに思うも下手に関わると次は自分がターゲットにされるかもしれないと誰も助けようとしなかった。

 

担任に至ってはなるべく問題を起こしたくないため無視を決め込んでいた。

 

学校に味方はおらず耐える毎日。これが少女、リンネ・ベルリネッタの日常だった。

 

 

 

きっかけは些細な事だった。

かつて孤児だったリンネは宝飾デザイナー、ロイ・ベルリネッタとの出会いがきっかけで大手ファッションメーカー「ベルリネッタ・ブランド」の社長夫妻の養子となった。

 

最初の頃は期待に胸を膨らませ転入した。クラスメイトは優しい人ばかりで友達になれそうな人も沢山いた。だが運動クラブの勧誘を断ったことをきっかけに例の三人組のクラスメイトから虐められるようになってしまった。

 

その結果が今の有様だった。

 

そうやって日々心を擦り減らしているリンネの唯一の支えは自分を受け入れてくれた夫妻と養祖父であるロイだけだった。

 

学校が終わるとリンネは真っ直ぐに帰宅し祖父の部屋へ向かい就寝時間までお話をするのが日課だった。

 

 

この日もリンネはいつものように祖父の元へ走っていた。途中花屋で買った綺麗な花を手に持って。

 

(おじいちゃん、喜んでくれるかな)

 

ウキウキしながら扉を開けようとしたその時、中から話し声が聞こえてきた。

 

(……? 誰だろう……?)

 

聞いたことがない声に首を傾げ、こっそりと隙間から覗き込む。後ろ姿しか見えないが男の人が祖父と話しているようだった。

 

一瞬部下の人かと思ったものの祖父の様子は親しい友人と会話しているような様子で、とても楽しそうだった。

 

「あの時は罠にはまって──」

 

「ハハハ、ああ、そうだった。何度も危ない目に遭ったが……あの頃が一番楽しかった──」

 

和やかに会話を弾ませている祖父と見知らぬ男。

 

ここで水を差すのは悪いと思い扉の側で話が終わるのを待っていると、やがて男の人が部屋から出てきた。

 

男は部屋を出てすぐにリンネの方を見て軽く手をあげた。

 

「悪いなお嬢ちゃん。長引いちまった」

 

「え?……あ、いえ……大丈夫です」

 

まるで最初からリンネがそこにいたことに気付いていたような物言いに戸惑っていると、部屋の中から祖父に声をかけられた。

 

「お帰りリンネ。待たせてしまったね」

 

「あ、おじいちゃん」

 

祖父の方を一度見て再び男の方へ向き直ると、すでに男はその場を去っていた。

 

「あ、あれ?」

 

リンネは戸惑いつつ祖父の側へ近寄った。

 

「おじいちゃん、さっきの人は……」

 

「ああ、古くからの友人でね。最近体調が良くないと聞きつけて見舞いに来てくれたんだよ」

 

「お友達……」

 

友達というにはあまりに歳が離れていた気もしたが、あれだけ楽しそうに話していたのだからそうなのだろうと納得した。

 

「あ、そうだ。おじいちゃん! これ!」

 

リンネは思い出したように手に持っていた花を差し出した。

 

「おや、綺麗な花だね。ありがとう」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頭を撫でてくれる祖父にリンネも笑顔になった。

 

「最近どうだい? 何か嫌なことは?」

 

「っ!? ど、どうして?」

 

「いや、なに。どうにも元気がない気がしてね」

 

「そんなことないよ! 友達も沢山いて毎日楽し過ぎてちょっと疲れちゃったのかも!」

 

家族に心配をかけたくないリンネは必死に嘘をついた。本当は毎日が辛いことを隠し通さなければならない。

 

祖父はリンネをじっと見つめていたが、やがてふっと笑みを浮かべた。

 

「ああ、それならよかった。楽しいなら何よりだよ」

 

「うん……」

 

これでいいとリンネは自分に言い聞かせる。

 

いつかは彼女達も飽きて辞めてくれる筈だ。それまで耐えれば丸く収まるのだと。

 

 

 

そうして耐え続けたある日、三人組の一人が申し訳なさそうにリンネに話しかけてきた。

 

「あの、今までごめんね? 私達ちょっとやり過ぎてたみたい。確かに最初はちょっとムカついたけど、今は私が説得して辞めさせたから」

 

その言葉を聞いてリンネは笑顔になった。

 

「そうでしたか」

 

「うん。私達もう絡まないから、あのタイピンも付けてきていいよ。大切な物なんだよね?」

 

虐められる前まで付けていたタイピン。それは祖父がずっと大切にしていた、リンネがベルリネッタ家に来て初めてもらった思い出の品だった。

 

「はい、とっても」

 

「今だから言うけどさ、あれ凄く似合ってたよ」

 

やっぱり分かってくれた。リンネは笑顔になった。

 

「ありがとうございます!」

 

その晩はずっと笑顔だった。家族もようやく明るいリンネに戻ったと喜んだ。

 

 

 

次の日、リンネはさっそくタイピンを付けて登校した。

だが何事もない筈だった一日は体育の授業の後に崩れ去った。

 

授業を終えてロッカーを開けると置いてあったはずのタイピンは何処にもなく、代わりに紙切れが一枚置いてあった。

 

「……え」

 

紙切れには三階のトイレと書いてあった。状況を察したリンネは走って書いてあった場所へ向かう。すると、

 

タイピンは便器の中に放り込まれていた。

 

「あれー? どうしたの? ベルリネッタさん?」

 

背後からはニヤニヤと三人組の少女達が現れた。

 

「騙したんですね……‼︎」

 

「んー、騙したっていうかそのゴミを持ってきて欲しかっただけっていうか?」

 

「っていうかアホだよね。昨日の今日だよ? 流石に笑いが止まらなかったよ」

 

笑う三人を横目に唇を噛みしめ便器の中へ手を突っ込みタイピンを取り出した。

 

「げっ」

 

「まじ?」

 

「……ばっちい」

 

引いている三人を無視してリンネは手洗い場でタイピンを洗う。すると無視されたことに苛立ちを覚えたのか二人がリンネを組み伏せた。

 

「や、やめて……!」

 

「ムカつくんだよねぇ、いつもすまし顔しちゃってさ」

 

「あたしらのことは眼中にありませんってかっ!」

 

「グッ……!?」

 

拳がリンネに突き刺さる。あまりの痛みにリンネは思わずタイピンを手放してしまった。

 

リンネを殴った少女は足下のタイピンを見て意地悪く笑みを浮かべた。

 

「この古臭いタイピンもムカツクんだよね。分相応にしてろってのっ!」

 

リンネの目の前でタイピンが踏み潰された。

 

「っ!!!」

 

「うわっ!?」

 

リンネは力任せに拘束を振り解きタイピンを両手で掬い上げる。タイピンは粉々に壊れており原型を留めていなかった。

 

「このっ!!」

 

「ウグッ……!?」

 

蹲るリンネを拘束していた少女が蹴り飛ばした。リンネは壁に衝突しそのまま意識を失ってしまった。

 

「……ねえ、これやばいんじゃない?」

 

「し、死んだかな?」

 

「に、逃げよう! 早く!」

 

三人が慌てて立ち去った直後、校内放送が響き渡った。

 

『リンネ・ベルリネッタさん。大至急職員室まで来てください。繰り返します。リンネベルリネッタさん──』

 

校内放送が響くなか、リンネは意識を失い続けていた。

 

 

 

その後、意識が戻ったリンネは祖父がこの世を去ったことを知った。気絶している間の出来事だった。

 

感情が抜け落ちたまま葬式を終え、リンネは祖父の部屋で立ち尽くしていた。 

 

祖父の最後に立ち会えなかった。その事実が今になってリンネの心を深くえぐった。

 

「あ、あ、ぁぁぁあああああ!!!」

 

リンネは祖父のいたベッドに泣き崩れた。

 

「ごめんなさい……!! ごめんなさい……! おじいちゃん……!」

 

シーツを握り涙を流し続けるリンネ。

 

全ては自分が弱かったせいだ。もっと強かったらこんな事にならなかった。

 

「許さない……!」

 

憎悪がリンネを覆い尽くした。リンネの目は酷く濁り冷たいモノになっていた。

 

 

 

翌日、リンネは早めに登校し校門の側で例の三人を待ち伏せた。

 

目的の三人は一緒に登校してきた。

 

「ねえ、あいつ今日も来ないかな?」

 

「どうなんだろ……流石にヤバイと思ったけど……」

 

「あたし達にビビって何も言わなかったのかな?」

 

「もし来たらちゃんと釘刺しておかないとね」

 

一切罪悪感を抱いていない会話にリンネの怒りが静かに燃え上がる。

リンネは感情のままに三人の背後から迫り一人の腕を掴み上げた。

 

「な!? あんた!?」

 

リンネは無言のままに掴んだ少女を引きずり倒して拳を振り上げた。

 

「ひっ!?」

 

顔を潰すつもりで拳を振り下ろしたその時、何者かにその手が掴まれた。

 

残りの二人のうちどっちかだと思ったリンネはキッと振り向き反対の手で殴りかかった。だがそちらの手もあっさりと掴まれてしまう。

 

リンネはそこでようやく自分を止めていた人物を見た。

 

「っ!!! あなたは!?」

 

いつか見た事がある、祖父が友人と言っていた男だった。

 

「放してっ! 私はこいつらをっ!」

 

全力で振り解こうとするも少しも緩みはしなかった。リンネは目の前を男を蹴り飛ばそうとするが掴まれた腕を巧みに操作され蹴りを出来ない体勢に持ち込まれた。

 

「どうして!? 悪いのはこいつらなのに!! なんで私を止めるの!?」

 

「あのジジイはそんな事しても喜ばねえよ」

 

「っ……!」

 

その言葉を聞き、リンネは力を抜いてへたり込んだ。

 

すると先程までリンネの剣幕に圧倒されていた少女が立ち上がり糾弾し始めた。

 

「な、なによあんた!! 逆恨みなんてしちゃって、ホント迷惑だわ! 謝りなさいよ!」

 

他の二人も同意するように声を上げた。

 

「そ、そうだね」

 

「やっぱりこんなやつ生きてる価値なんて──」

 

「黙れ」

 

「っ!?!?!?」

 

男が口を開いた瞬間、少女達は一瞬で顔面を蒼白にし口を閉じた。

 

「口を慎め。それ以上はお痛がすぎるぞ」

 

「「「は、はい……」」」

 

「失せろ」

 

「「「はいっ!!」」」

 

男に言われるがまま、三人は瞬時にその場から去っていった。そこで男はようやくリンネの手を放した。

 

全力で抗ったのにも関わらずリンネの手首にさ跡すら付いていない。

 

「一体なんなんですか貴方はっ……!」

 

リンネは敵意丸出しで男を睨んだ。だが男は一切気にすることなくデバイスを取り出して通話を始めた。

 

「あー、こんにちは、アントです。……ええ、はい先日はどうも。……それでですね、お宅の娘さん、今日は帰宅させた方がいいみたいです。……はい、事情はそちらで……」

 

こちらの質問に一切答えない男を前にリンネは訳が分からなくなって校外へ駆け出した。

 

「あ、おい。……すいません、また後でかけ直します」

 

男は小走りしながら通話を切るとリンネを追いかけた。

 

 

 

我武者羅に駆けていたリンネだったが、途中でつまずき倒れてしまった。砂埃で服と顔が汚れた。

 

「う……うぅ……」

 

瞳からポロポロと涙が溢れ出た。

 

惨めだった。復讐してやると誓ったのに、強くなるって決めたのに、なにも出来なかった。

 

「あーあー、なにやってんだ」

 

うずくまるように泣いていると、先程の男に持ち上げられ無理やり立たされた。

 

「放してっ!!」

 

「暴れんなって。汚れちまってんじゃねえか」

 

男がハンカチで砂を払い、涙を拭き取ってくる。

 

「っ! 触らないで!!」

 

リンネはハンカチを払い除け男に殴りかかった。すると男は今度は避けることなくリンネの拳を受けた。

 

「グフッ!?」

 

「あ……」

 

腹を抱えて蹲る男。リンネはやってしまったと青ざめた。

だが男はリンネの顔を見て笑みを浮かべた。

 

「クハハ……少しは落ち着いたか?」

 

「っ……!」

 

自分が青ざめると分かっていて拳を受けたのだと理解したリンネは怒りを爆発させた。

 

「なんなんですか!? もう付き纏わないでください!」

 

「ああ、自己紹介はまだだったな。俺は喫茶『碧』のマスター、アント・バーキンだ。ジジイとは昔からの友人でな」

 

「そういう話をしてるんじゃ……!」

 

「まあそう怒るな。とりあえず帰ろうや。親御さんが心配してる」

 

「………っ!!!」

 

何を言っても揺らぐことがない男にリンネは苛立つ。だが家族に迷惑をかけられないと少し冷静になり大人しく帰宅することにしたのだった。

 

 

 

その後、話はとんとん拍子に進んでいった。

リンネを虐めた三人には謹慎処分が下され、本人達とその両親、そして担任や校長が直接リンネに謝りに来た。担任はその後結局クビになった。

 

粗方問題は片付き、リンネは転校することになった。だがその心は未だ晴れていなかった。

 

家族の前では笑みを浮かべて大丈夫だと言うものの、明らかに以前までの明るい笑顔ではないことは気付かれていた。感情の消えている暗い瞳までは隠せていない。

 

転校した学校でも友達を作ることはなく常に一人だった。

 

そんな中、アントはよくリンネを訪ねてく来た。

 

暗いだのボッチだのと言ってくるアントを鬱陶しく思い、訪ねてきたら追い出すよう家族やメイドにも頼んでいた。だがアントという男は飄々とリンネの前に現れた。苛立ちのあまり何度か手が出たもののあっさりと躱され続けた。

 

次第にリンネはアントに攻撃を当てるのが目標になった。日々工夫しコンビネーションを組みなおし何度も何度もアントに挑んだ。

 

リンネがへばっているとアントは勝手に話しかけてきた。

 

 

「お前まだボッチなのか?」

 

「ほっといてください」

 

「まあそんな凶暴な顔してりゃそうなるか」

 

「うるさい!」

 

「ほれ笑ってみろ。こーだこう」

 

「張り倒しますよ!?」

 

 

 

「なんか日に日に鋭くなってくなあ」

 

「なら! 大人しく! 当たってください!」

 

「いやー、この程度に当てられるわけにはいかねえよ」

 

「ホントにむかつく人ですね!!」

 

 

 

「ジイさんは実は考古学者でもあってな。本人曰く、探索資金のために今の会社を作ったらしくてよ。俺がまだガキだった頃は探索のイロハを教えてもらってたんだ」

 

「……信じられません」

 

「ほれ、これ昔の俺とジジイ」

 

見せられた写真には死んだ魚のような目をした少年とカウボーイのような帽子に鞭を肩にかけた祖父が写っていた。背後には瓦礫の山が積み上がっている。

 

「……」

 

「これは未発掘の遺跡に突撃して生き延びた時の写真だな。あとは……」

 

アントは呆然としているリンネにどんどん写真を見せてくる。

 

「これは伝説の天空城を発見したときの写真、これは千年に一度だけ咲く超巨大桜の枝で宴会した時の写真、これは──」

 

「も、もう大丈夫です! 貴方とおじいちゃんのことは分かりました!」

 

「そうか? まだまだあるんだけどな」

 

「もう十分です!」

 

 

そうして話しているうちに、いつの間にかアントは悩みを話せる存在になっていた。

 

 

「どうすれば勝てますか?」

 

「それを挑む本人に聞くのかよ……」

 

「あ、ショートケーキありますよ?」

 

「……悪知恵が働くようになったな」

 

「これでグラつく方に問題があると思います」

 

 

 

「強くなりたい……か」

 

「いけませんか?」

 

「んー、そうだなあ……まぁ、あまり急ぐなよ。なりたい自分はのんびり決めな。とりあえず俺に一撃当てれりゃあ一人前だ」

 

「っ……近いうちにノックダウンしてやりますよっ!」

 

「クハハハッ、そりゃ楽しみだ」

 

 

 

そんな日々が続いたある日、とうとうリンネはずっと聞けなかったことを聞いた。

 

「おじいちゃんは……私のことなんて言ってましたか?」

 

「とびきり可愛い孫だって言ってたぞ。口を開けばリンネ、リンネだ」

 

「っ……そう、ですか……」

 

「やっぱりジイさんのこと引きずってんだな」

 

「……」

 

アントは俯くリンネの頭を軽く撫でた。

 

「死の前日、俺はジイさんにリンネのことを頼まれた」

 

「え……?」

 

「『あの子は優しいから、私達に心配かけまいと無理しているんだ。あの子を守ってあげて欲しい。生涯最後の頼みだ』」

 

「っ……!」

 

「『あの子には笑顔でいて欲しい』だってよ」

 

「………おじいちゃん」

 

ポロポロと涙を零すリンネ。その涙はあの時のモノと違い、もっと暖かいモノだった。

 

祖父の死に際に立ちあえず、ずっと後悔していた。ずっと自分を責め続けていた。もっと自分が強ければこんなことにならなかったのに、と。

 

「まだ色々と思うところはあるだろうけどよ。そろそろ前向いて歩いてみねえか?」

 

「……う、う……でも……私……」

 

リンネはあと一歩踏み出せなかった。弱いままの自分ではまた同じ失敗するのではないかと不安で仕方がなかった。

 

「大丈夫だ。辛くなったら家族だっているし、心配かけたくないなら俺だっている」

 

「……くう……うう……」

 

アントの言葉にリンネは更に涙を流した。心の底から安心してしまった。

 

「っ……ひくっ……はい……………師匠」

 

この日、リンネは泣き疲れるまでアントの胸の中で泣き続けた。

 

 

 

その日を境にリンネは大きく変わった。まだ完全に吹っ切れたというわけではないが、それでも自分がやりたいことのために動くようになった。

 

これまでアントを相手にしていたことで格闘技の才能が開花したため、フロンティアジムに入ってDSAAの選手となった。

 

格闘・魔法戦共に隙はなく、競技格闘技のセオリーを覆すほどのパワーファイター。その常軌を逸した筋力はガードの上からでもスパーリング相手を薙ぎ倒すほどだった。

 

バトルスタイルを見たアントに“マッスル少女”と名付けられ殴りかかったのは記憶に新しい。

 

 

「再来週がデビュー戦……か。早いなぁ」

 

「ええ、絶対に見に来てください」

 

いつものように軽々と躱しながら話すアント。記念すべき試合に是非とも師匠に来て欲しかった。

 

「娘とその友達も連れてっていいか? 近い将来ぶつかると思うんだが」

 

「え……」

 

その言葉にリンネの拳の速度が落ちた。

 

「……もちろん、いいですよ」

 

「そう嫌そうにするな。大丈夫だ、脳筋バトルスタイルに完璧な対策なんて立てれねえよ」

 

安心しろと笑うアントにリンネはため息を吐いた。

 

「もういいです。師匠がバカなのはよく分かってるので」

 

「おいコイツ師匠って呼んでるのにバカって言ったぞ。どう思うルリ?」

 

《事実ですね》

 

「そこは味方してくれよ」

 

落ち込む素振りを見せていたアントだったがすぐに立ち直った。

 

「まあとにかく、バシっと決めてきな」

 

「はい!」

 

 

 

そうして始まったデビュー戦、対戦相手は──リンネの因縁の相手だった。

 

「あら、久しぶりね? 元気だった?」

 

数年前に自分をいじめていた主犯格が対戦相手、サポーターにはもう二人も控えていた。

 

「まさかここで再会することになるなんて思わなかったわ」

 

「……」

 

黙ったまま一切反応しないリンネ。昔と一切変わらない反応にサポーターの二人は顔を見合わせてニヤニヤと笑った。

 

いじめっ子の少女は握手を交わしながらリンネに耳打ちした。

 

「またあの時みたいにしてやるから覚悟してなさい」

 

「……」

 

リンネは顔色一つ変えずにペコリと頭を下げ、対戦相手への敬意を丁寧に表した。

 

やがて二人はお互いのコーナーに戻り、準備が出来たのを確認した審判の合図でゴングの音が鳴り響いた。

 

まずは一発と拳を構えるいじめっ子。だがすでにリンネは目前にまで迫っていた。

 

「へ……?」

 

唖然とする彼女の頬にリンネの右ストレートが突き刺さった。

 

「ブハッ!?!?」

 

殴られた勢いのままリングの外まで飛んで行くと、そのままピクリとも動かなくなった。

 

試合開始から約1秒、場外へぶっ飛ばしての一発KO。リンネは圧倒的な勝利を収めた。

 

「え、え? なに? なにが起きたの?」

 

「あ、あ…………」

 

唖然とする二人。リンネは観客席と対戦したジムの関係者へ深く頭を下げ、颯爽とリングを降りていった。

 

 

 

「ふう……」

 

試合を終えたリンネは軽く息を吐いた。思っていた以上に気が晴れた。吹っ切れたとはいえ大嫌いな相手を殴り飛ばしたのだから気分は爽快だ。

 

リンネはコーチとの話を終え、ウキウキした気分で会場の外へ出た。

 

「あ、いた!」

 

廊下へ出てすぐアントを見つけたリンネが声をかけようとしたその時、

 

「あなたはいつか私が打ち倒します」

 

その言葉を聞いてリンネは思わず固まってしまった。見るとDSAAで覇王と呼ばれているアインハルト・ストラトスが師匠に宣戦布告しているようだった。

 

「いい加減諦めてくれよ。そもそも戦うフィールドが違うだろうに」

 

「そのフィールドでも貴方に勝ててないから言ってるんです」

 

「にゃはは、いつも挑んでるもんね、アインハルトさん」

 

「というかチャンピオンが勝てないってヴィヴィオのお父さん何者?」

 

「人に歴史ありだ。気にしない方がいいよ」

 

仲が良さそうな様子にムッとしたリンネはダッシュでアントの元へ駆けよった。

 

「師匠‼︎」

 

「「「「⁉︎」」」」

 

驚いた様子で此方を見るナカジマジムのメンバー達。アントは軽く手を上げ応えるとリンネを労った。

 

「おうお疲れさん。というか師匠呼びやめろ。ガラじゃない」

 

「パパ、リンネ選手と知り合いだったの?」

 

「あぁ、昔世話になった人の孫なんだ。言ってなかったか?」

 

「面白い選手がいるとしか言われてませんよ、アントさん」

 

予想以上になにも話していない師にリンネは呆れた視線を送る。

 

「初めまして。リンネ・ベルリネッタです」

 

「ああ、初めまして。ナカジマジムで会長をしているノーヴェだ」

 

「高町・B・ヴィヴィオです!」

 

「リオ・ウェズリーです!」

 

「コロナ・ティミルです!」

 

「ミウラ・リナルディです!」

 

順々に自己紹介していく中、リンネはアインハルトが口を開くのを制した。

 

「あなたのことは知ってます。アインハルト・ストラトスさんですよね?」

 

「え? はい……」

 

動揺するアインハルトにリンネは笑顔で接した。

 

「あなたが強いことは耳にしています。ですが師匠を打ち倒すというのは些か分不相応に思えますよ?」

 

するとアインハルトはピクッと頬を引きつらせた。

 

「そうですか? では弟子を名乗る貴方から打ち倒しましょう」

 

笑顔で返すアインハルト。

 

バチッ!!

 

二人の視線がぶつかり合い火花が生じた。

 

「いつでも受けて立ちますよ?」

 

「寝言は寝てから言うものです」

 

微笑みあっているにも関わらず殺伐とする空気。ノーヴェは頬を引きつらせ、四人は固まってブルブルと震えていた。

 

そんな空気を前にアントはポツリと呟いた。

 

「なんか凄いな」

 

「これ見てそう言えるのは流石ですね、アントさん」

 

「褒めるなよ」

 

「褒めてませんよ」

 

どこまでも飄々としているアントにノーヴェはため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 




図らずも弟子同士でバチってしまいました。というかようやくフラグを回収できました……長かった……。

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