「なんだ……? ここは……?」
目の前に広がっているのは幻想的な光景だった。
巨大な湖は限りなく透明で日の光を反射しキラキラ輝いていた。
湖の周囲では緑が生い茂って、小鳥たちが歌を歌っているかのようにさえずり、喉を潤す為に野生の鹿や猪達が集っている。
「どうだい?なかなか綺麗だろ?この湖は天然のため池でね。魚だって釣れるんだよ」
「……」
初めて見る幻想的な光景に目を奪われて何も答えられない。
「これを見てみな」
ヨネ婆さんは近くにあった石碑に手を置く。
「これが私がここから離れたくない理由さ」
そこに書かれていたのは
エド・バーキンここに眠る。
ヤンクル・バーキンここに眠る。
「ヤンクルって確か……」
「そうさ、息子の名前だよ」
ババアは石碑を磨きながら話し始める。
「この子はね、都会に出て一旗上げてやる‼︎ って言ってミッドチルダっていう、こことは別の世界に行っちまったのさ。そして無事管理局に就職した。なんでも執務官とやらの試験に受かったらしくてね。
当時は私も喜んでたさ。危険の伴う職だがあの子なら大丈夫だろうってね」
ババアが顔を歪ませる
「だが、それは甘かった。もっとしっかり戦いのイロハを教えておけばよかった。せめて私に勝てるくらいにはしておけば……」
ババアは後悔していた。俺は初めてババアの弱った姿をみた。
「何があったんだ?」
「闇の書。
何年も前から解決できていないロストロギア。あの子はそのロストロギアに殺されたのさ」
「闇の書?」
「なんでも元は魔法を記録するだけのものだったが、どっかの馬鹿が改造して兵器に仕立て上げたんだと。いつの時代も便利なものをすぐに兵器に変えようとするアホがいるんだねぇ」
「……? 恨んでんのか?」
俺はつい聞いてしまった。どう見ても負の感情が感じられないからだ。
「恨む? 誰を? ロストロギアは暴走しただけ、息子はロストロギアの暴走を止めるために戦って死んだ。悪者なんてどこにもいないよ」
「本当に恨んでないのか? アンタの息子はそのロストロギアに殺されたんだろ? アンタにはロストロギアを恨む権利があるはずだ」
「ロストロギアを恨むのは見当違いさ。そうなることを承知であの子は戦ったんだ。息子の顔に泥を塗るつもりはないよ。恨むのはむしろちゃんと戦いを教えなかった自分自身さ」
ババアが本当に憎んではいないことは、顔を見ればすぐにわかった。
「私がここを離れたくないのはね、息子も夫もここにいるからさ。居場所が無くなったら死んだも同然さ」
ババアが俺に振り返った。
「だがお前は逃げな。バイクをくれてやる。ルリにサポートして貰えば運転くらいできるだろう?まだまだ若いんだ。世界を見に行きな。この世はあんたが思ってる以上に広いんだからね」
ブロロロッ
あの後俺はババアのバイクに乗って王都に向かう
《あれでよかったんですか? ボス》
「……いいも何もババアがああいうんじゃ仕方ねぇだろうが」
《お言葉ですが、ただ逃げるだけなら王都に向かうのではなく別の世界へワープするという手段も使えました。それをしないのは火山が収まったらすぐにあの山へ戻りたかったからでは?》
「はぁ? 何言って……」
ルリにそう言われてすぐに否定しようとするが言葉が出てこない
「……ババアがどうなろうが俺の知ったことじゃ……」
そうだ、なんで俺はババアを連れて逃げることにこだわっていたんだ?逃げるだけなら俺一人で十分な筈だ。
《ボス。もうじき王都です》
俺は……俺は……
「ちくしょう‼︎ わからん‼︎ 悩むのは嫌いなんだ‼︎ ルリィ‼︎」
《はい、ボス》
「行くぞ‼︎」
《了解です。ボス》
「……ふぅ」
そろそろアントは王都に着いた頃かねぇ?
「ふふっ」
思えば出会ってから色々あったねえ。
あのガキは本当に昔の私を見てるようだった。孫がいたらあんな感じかねえ?
「ついつい世話を焼いちまった。まぁ悪くはなかったがね」
あの歳で私を超えたんだ。まだまだ強くなるよあの子は
「欲を言えば、あの子が大人になった姿が見てみたかったねぇ」
その時、遠くから火山が噴火する音が聞こえた。
「おや、噴火したようだね」
窓を眺めながらポツリと呟く。
「どちらにしろ私に時間はなかったんだ。この思い出の詰まった家と心中するのも悪くない最後さ」
こちらに迫ってくる岩が見える。
ヨネ婆さんはそれを眺めながら死を受け入れようとした。
その時だ
「どりゃぁぁああああ‼︎」
すぐそこまで迫っていた岩が砕け散った。
「アント⁉︎ あんた王都に逃げたんじゃなかったのかい⁉︎」
ヨネ婆さんは心底驚いたような顔でアントに問いかける
「はっ‼︎ 逃げる? 俺が? バカ言ってんじゃねーよ‼︎ この俺が逃げたって思うなんてとうとうボケたかババア‼︎ 俺にかかれば災害なんて軽く捻りつぶしてやる‼︎」
《ですがボス。バイクに乗ってたじゃないですか》
「あれはただのドライブだ‼︎ 余計なこと言うんじゃねぇ‼︎ ルリ‼︎」
ルリに怒鳴りつけるアントを見てヨネ婆さんは小さく微笑む。
「ふふっ……あんた本当にバカなんだねえ、呆れて何も言えないよ」
「なにおぉぉ‼︎ そこは感動に打ち震えて涙を流しながらアント様ありがとうって言うべき場面だろぉが‼︎」
《ボス、次が来ます》
「だぁぁあああ‼︎ 洒落せえ‼︎ 全部叩っ斬るぞ‼︎」
アントは次々と飛んでくる火山弾を切り壊す。
「熱い‼︎ どんだけ飛んでくるんだ‼︎」
「はぁ……はぁ……終わったのか?」
アントはすべての火山弾を切り落とした。
「はぁ……溶岩は地形的ににこっちまで来なさそうだ。……しゃあ‼︎ 終わった‼︎ 意外に呆気なかったな‼︎ はっはっは‼︎」
「まだだよ、火山の恐ろしいところはこれからさ」
「は?」
だがなにかが起きる様子はない。
「なんだよ何も起きねーじゃんか、嘘か? ババア?」
《いいえ、ボス。本当です。まだ火砕流が残ってます》
「火砕流? なんだそれは」
「わかりやすく言えば高熱の灰やら石やらが大量に流れ下る現象のことさ」
「んな‼︎ でも距離的に大丈夫じゃ……」
《火砕流の範囲は約50キロにも及びます、ここは範囲内です》
「ヤベェじゃねぇか‼︎ どうやって止めりゃいいんだ‼︎」
「普通に考えて無理だね。丸焦げになる未来が見えるよ」
「アホ言ってんじゃねえ‼︎ ババア‼︎」
《ですがどうするのですか? このままでは成すすべなく燃え散りますよ》
くそッ、どうすりゃいいんだ‼︎ 何かないのか⁉︎ 俺の魔力じゃそんなもん押し流せな……
「押し流す? ……そうだ‼︎」
アントはバイクに跨る。
「ババア‼︎ 今から俺はあんたにとってやって欲しくないことをやる‼︎だから先に謝っておくぜ‼︎」
「なんだい? あんたが謝るなんて明日は隕石でも降るんじゃないかい?」
「るせぇ‼︎ とにかくやれるだけやってみんだよ‼︎」
「そうかい、なら許す‼︎ 何するか知らないがとことんやりな‼︎」
「おう‼︎」
アントはそのまま森の中に入っていく。
「ルリ‼︎ あとどれくらいで火砕流とやらがくる?」
《あと5分です、ボス。一体何をするおつもりですか?》
「これだ‼︎」
そう言って指さすのは先程ババアに案内された湖である。
「これだけ大量の水がこの標高から流れ落ちれば火砕流の勢いも止められんじゃねえか?」
《なるほど、しかしどうやって流すんですか?》
「ふっふっふ。それはこれを見りゃ分かる」
そう言って湖の下側に回り込む
「ここに来た時気付いたんだがな。ここの湖はな壺みたいな形をしている。つまりこの壺の底を割ることが出来れば水は勝手に流れ出すってわけだ。それにこの位置ならババアの家を巻き込むこともない。ってなわけだからルリ‼︎ 火砕流にぶつけるタイミングを計ってくれ‼︎」
《了解しました。ボス》
「よし。アタックモード起動‼︎」
《起動します》
アントの持つ剣が紫色に輝き始める。
(そこに眠ってるジジイとヤンクル。起こしちまうかも知れねえが勘弁してくれな)
《カウントダウン開始します。30秒前……20秒前……10秒前……5、4、3、2、1、今です‼︎》
「絶雷光‼︎」
紫の光が走る。
眼前の岩にヒビが入っていく。
「よし‼︎ 戻るぞ‼︎ ルリ‼︎」
すぐにアントはバイクに乗って来た道を戻る。
だが勢いよく吹き出した水はアントを追いかけてくる。
「くっ‼︎ このままじゃ追いつかれちまう‼︎ あの丘まで行ければ‼︎」
あと少しでたどり着くのに、水はもう追いついている。
「クソォォオオ‼︎ ……ん? なんだ?」
もうこれ以上速度は出ないと思われていたバイクが加速した。
(なにかが背中を押している?)
あまりの速度に振り返ることすらできない。
そして丘にたどり着いた時、アントの耳に声が聞こえた。
『あとは頼むよ、アント』
振り返るが誰もいない。
《ボス。早く戻りましょう》
「……ああ。そうだな」
なんとなくだが、アントには誰が助けてくれたのか分かる気がした。
「ババア‼︎ どうなった?」
「あんた、またとんでもないことしてくれたね。だけどまだわからない。水の勢いは今のところ火砕流を押し返してるよ」
「そうか……」
だが、次第に火砕流が水を押し返し始める。
「くっ‼︎ これでもまだ足りねえか。なら俺があの火砕流に魔力を叩きつけてや……」
そこまで言ってアントは倒れる。
《ボス‼︎》
「まぁ、当然の結果さね。アントは今日一日中戦い続けたんだ。魔力も体力も限界だろう」
「……ここまで来て、これかよ。ちくしょう‼︎」
もう、なすすべないのか⁉︎ まだ何か……
「だから今度は私が無理する番さ」
「へ?」
ヨネ婆さんは杖の先に魔力を集め始める。
「これは……収束魔法?」
とてつもない魔力が集まり火砕流に向けられる
「……デトロイト・バスター」
ドゴォォォオオオオン‼︎
ヨネ婆さんの砲撃は火砕流に向かっていき水の勢いと共に火砕流を押し戻す。
「……なっなんじゃこりゃぁぁあああ‼︎」
「ふっふっふ。これが私の奥の手さ。全盛期と比べたら随分威力が落ちてるけどね」
これで威力落ちてるとかありえねぇだろ。
「それに水がなかったら押し負けていたよ。よくやったアント」
「……はーっはっはっは‼︎ そうだろ? 俺のおかげで生き残れたんだ。ありがたく思いな‼︎」
突然褒められて一瞬呆気にとられるが、すぐにいつもの調子に戻る。
その時、朝日がアントの顔にかかる。
「朝か……」
「なあ、ババアそういやここに戻る時誰かに背中を押されたんだけどよ……」
誰かに背を押された話をしようとヨネ婆さんの方を向く。すると
ヨネ婆さんは倒れていた。
「なっ⁉︎ ババア‼︎ どうした‼︎ どっかに怪我でもしたのか⁉︎」
慌ててヨネ婆さんのもとへ駆け寄る
「……あわてんじゃないよ……わかっていたことさ……」
「は?なにを言って……」
「……私はね、末期の癌なのさ」
「ガン……?」
「……もう、ろくに寿命も残ってなかったんだよ……」
「なっ⁉︎ おい‼︎ ババア‼︎ せっかく助かったのにくたばるんじゃねーぞ‼︎ すぐに病院へ……」
「……もう無理だよ、自分の体のことは自分が一番わかってる……」
「らしくねぇこと言ってんじゃねーよ‼︎ クソババア‼︎ 死ぬな‼︎ 頼む‼︎ 死なないでくれ‼︎」
「ハハッ……嬉しいこと言ってくれるね。……最後の最後にお前に会えてよかったよ……」
「嫌だ‼︎ おいっ‼︎ まだ話は終わって……」
「……あんたは……私の自慢の……愛する家族さ……アント……」
家族
その言葉はアントの胸にスッと入り込んで来た。
そうか……俺があの時、体が動かなくなったのは……ババアが俺の……家族だったからか……。
そう理解した時アントの瞳から涙が次々と溢れ出してくる。
「……おや? ……珍しいもんを……見れたね。……ほら……泣くのはお止め……いつもみたく……バカみたいな高笑いを……見せとくれ……」
「るせぇ‼︎ これは汗だ‼︎ この俺が泣くわけないだろうが‼︎」
目から溢れる涙を拭いアントは不敵な笑みを浮かべる
「……はーっはっはっは‼︎ 俺は火山に勝った天下無敵の男だ‼︎ この俺の家族を名乗ることを許してやる‼︎ 光栄に思いな‼︎ クソババア‼︎」
だがヨネ婆さんはもうアントに言葉を返すことはなかった。
「ッ……おい起きてくれ……頼むよ。……俺はまだあんたに何も伝えられていないんだ……。俺は……嬉しかったんだ……あんたに家族だって言われて……めっちゃ嬉しかったんだよ……」
アントの思いがヨネ婆さんに届いているのかはわからない。
だがヨネ婆さんの顔はとても嬉しそうに微笑んでいた。
その後:
火山が噴火したことを知った王国は山奥に住んでいるヨネという老婆の捜索に赴いた。
正直その老婆が生きているとは誰も思ってはいなかった。
しかしそこで救助隊は驚くべき光景を目にする。
「嘘だろ……」
そこでは更地となった山にポツンと一軒の家が建っていた。
「なんでこの家だけが……」
その家に老婆の姿はどこにもない
代わりに……
「おい‼︎ これを見ろ‼︎」
見つけたのは書き置きである。
『決してこの家を壊すな。ここはヨネ・バーキンの孫、アント・バーキンの家である』
後に事実確認をすると、たしかにアントという孫を連れていたという情報があったため、家は取り壊さずに残すことになった。
山奥の森の中、湖の水が再び溜まり始めた頃。
自然の美しさを一目見ようとやってきた旅人は必ず石碑を目にすることになる。そこにはこう書かれている。
エド・バーキンここに眠る
ヤンクル・バーキンここに眠る
ヨネ・バーキンここに眠る
愛する家族たちよ、ありがとう。
アント・バーキンより