魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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FILE #15 一番強く信じられるものは?

 

 

 

 

 

「そうか、そんなことが……」

 

 話し終えた頃には、彼は既に4本目となるタバコを吸い終えようとしていた。

 半分くらいになったタバコを指で挟み、口から引っ張り出すと、残骸の小山に指ごと突っ込む。

 

「それは、辛かっただろう……」

 

 慰める様に優しい声色で囁かれたが、目線は未だ伺う様に細められたままだ。

 ゲシ、ゲシと残骸の小山から音が立つ。灰皿の底に押し当てたタバコを力強くねじり込んで消していた。心なしか、その動作は、わざとに見えた。自分の話に腑に落ちない部分が有ると、暗に訴えているように、いろはには見えた。

 

「でも、私には、立ち止まってる時間は無いんです……!」

 

 一瞬、怪訝な顔を浮かべるも、いろはは力強く宣言した。

 

「知らなくっちゃいけないんです……大賢者様のことも……お父さんとお母さんのことも……ういのことも……その“詩”のことも……!」

 

「水を刺す様で悪いけど」

 

 険しい顔つきで自身が背負う謎を履き続けるいろはだが、彼の言葉がスルリと割り込んできた。

 

「君の妹……ういさんは、その“詩”を夢の中でだけ(・・・・・・)訴えていたんだね?」

 

「はい」

 

「現実で、君に話したことは?」

 

「一度も、ありません」

 

 何が聞きたいのだろうか――――いろはは彼の質問に意図が読めず、つい不審の目を向けてしまう。

 すると彼は、目を更に細めて睨みつけるようにいろはの相貌を捉えた。

 一瞬、眼光がギラリと獰猛に瞬く。蒼白の相貌と相まって幽鬼の様な迫力に、いろははウッと息を飲んだ。

 

「なるほどね……」

 

「あの、何が、言いたいんですか……?」

 

「…………」

 

 彼はいろはの質問には答えぬまま五本目となるタバコを取り出すと、火をつけて口に咥えた。

 吸い込み、口から離し、煙を吐く――――という一連の動作を終えると、

 

「君は妹とは仲が良かったのかい?」

 

 そう問いかけてきた。即座にいろはは頷く。

 

「はい」

 

 即答。愚問である。

 ういは自分と一緒の部屋であったことを喜んでいたし、お見舞いにも自分は毎日通っていて、その都度喜んでいた。ハンバーグを作ってあげた時なんかとても――――

 

 

 

「それは、“本当”のことなのかい?」

 

 

 

 鋭く低められた一言が、思考をそこでピタリと止めた。

 

「っ!!」

 

 いろはの目が、キッと鋭くなる。すぐに『本当だ』と叫びたかった。

 なのに――――

 

「…………っ!!」

 

 刹那、胸に強い痛みが急激に走る。

 ずぶりと、刃物を胸の中心に差し込んだ様な鈍痛。自然と顔がクッと歪んだ。

 瞬時に湧いてくるのは、疑問。

 

 

 ――――これは一体、何だ?

 

 

 

 

 

『お姉ちゃんは、私の邪魔(・・)をするの?』

 

 

 

 

 瞬時に頭の中で閃光の様に瞬かれた映像は、昨日見た夢の一部。

 あの時も、ういの一言ひとことが、何故か(・・・)自分の胸に突き刺さっていく様な感覚だった。

 今、彼の言葉から受けている“これ”は、その時の感覚と、そっくりだ。

 

(違う、そんなことない。私とういは――――)

 

 仲が良かった筈だった(・・・・)

 あの言葉よりも遥かに前の記憶が、確かにそう告げているのに――――何故か、確信を持てない。

 いろはは、心臓に当る位置を左掌でグッと抑え込むが、鈍痛は和らがない。

 あまりの激しい痛みに脳が支配されて、五感を狂わせた。まずは、視覚から――――ぐらりぐらりと、大きく揺らぎだす。

 

「夢は、記憶と密接に関わっている。忌々しいが……時に夢は、思い出したく無かったものを、頭の押入れから強引に引っぱり出してくる」

 

 淡々と続けられた彼の言葉に、聴覚が奪われた。

 ごうごうと耳鳴りが響き、全ての音を遮断する。 

 

「死神と会う約束があるんだと、君の妹は夢の中で何度も繰り返し訴えていた。それが……彼女が強く願っていたことなら、現実で言ってないとは思えない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……っ!!」

 

 しかし、一番遮りたいもの(彼の声)だけは、どういう訳か、はっきりと耳に入り込み、脳まで届いていた。

 否定できる材料を、ういとの記憶の中から必死に探す。

 しかしどれも漠然としたものだ。ういがその言葉を“現実”で言ったのか、それとも言ってないのか、全く思い出せない。

 彼の意見に真っ向から対応できる記憶は一欠片も拾い出せなかった。

 

「ういさんは『死』を待ち望んでいた」

 

「……!」

 

 ギクリとした。両足が末端から冷えされてるような感覚。

 胃の底から酸っぱいものがこみ上げて来るような気持ち悪さが喉元襲いかかり、咄嗟に口を右手で塞いだ。

 

「でも、君は願い事で、否定した」

 

「…………!!」

 

 じわりと、両目に涙が浮かんだ。

 両足が凍りついたかの様に固まって、感覚が無くなった。

 

「教えてくれ。君とういさんは本当に仲が良かったのか?」

 

 お互いに理解し合っていたのかと、暗に指摘をされた。

 理解していたのなら、ちゃんと話し合っていたのなら――――多分、自分はういの『願い』を思いとどまらせて居たはずだ。

 

「一切のミスコミュニケーションは無かったといえるのか?」

 

 でも、それが出来ていたのかは、全く、思い出せない。

 ――――だから、自信は無かった。

 

「最悪、ういさんはもう」

 

「っ!!」

 

 彼の言葉によって、喉元にまで達した胃酸が、今にも口から溢れ出るかと思った矢先だった。

 

 

「先生っ!!!」

 

 

 突然――――真横から飛んできた叫び声に、救われた。

 視界が明確になる。耳が空気の音を捉える。足に血が下りて感覚が戻った。

 前方を見ると、ハッと口を開けて我に帰った先生がいた。

   

「……っ!!」

 

「もう……やめてください。それ以上は……」

 

 震えた声の方向に、咄嗟に目を向けた。

 そこには、顔を俯かせたさなが、目尻に涙を溜めて、悲痛に顔を歪ませていた。

 

「…………………………すまなかった……」

 

 短い沈黙の中で、彼は自分がいろはに何を言ったのか、悟ったらしい。

 蒼白の顔を更に青くして俯かせると、ポツリとそう呟いた。

 指で摘んでいたタバコは、灰皿に突っ込まずに、下に勢い良く投げ捨てると、足でグリグリと踏み潰す。

 

「君の人生に興味が湧いてね……。こうなると、僕の作家としての(さが)が強く出てしまうんだ。一から百まで追求しないと収まらない。全く……嫌な癖だよ」

 

 彼は、頭を掻いて罰が悪そうにそう言い切ると――――「本当に申し訳ない!」と、テーブルに付くぐらい頭を下げて、いろはに謝った。

 

「いえ……」

 

 いつの間にか、胸の痛みと嘔気は治まっていた。さなの大声がそれを掻き消した。

 いろはは、スカートのポケットからハンカチを取り出して涙を拭うと、頭を下げる慎に向かって、静かに伝える。

 

「先生が、そう疑問に思うのは、無理無かったのかもしれません」

 

 どうにか笑顔で伝えようとするが、どうしても引きつってしまう。言葉も、きちんと律せられず、震わせてしまった。

 それを真正面から捉えた慎が、クッと歯噛みする。

 

「だが、僕は……君の傷を抉る様な言葉を……」

 

「私自身、疑問に感じてますから……。取り戻したういとの記憶は、本当に正しいものなのかなって……」

 

 そうは言うものの、溢れ出る悔しい思いは抑え込めそうに無かった。

 気づけばテーブルの下で、両膝に置いた手がぎゅうっと拳を形作り、掌に爪をグッと食い込ませて、ワナワナと震えていた。

 

「環さん……!」

 

 だが、そこで――――テーブルの下で固くなった拳の上に、誰かの手が、そっと添えられた。

 

「……!?」

 

 ハッと目を見開きながら、不意にさなの方へと目が飛んだ。

 未だ目尻に涙を浮かばせてはいたものの、強い決意を抱いた顔つきでこちらをしかと見据えている。

 

「無理、しないでください……」

 

 さなの小さな両手が、いろはの拳を包み込んだ。優しく撫でて、解きほぐしていく。

 

「二葉、さん……」

 

「わたしも、同じ思い、してますから。環さんの気持ち、わかりますから……」

 

 その言葉に、心の底からホッとした。

 すうっと、拳から力が自然と抜けていった。

 さなは、自身の指と自分の指を絡ませると、強く握る。じんわりと温かい手の感触が、いろはの心に沁み渡った。

 

「ありがとう、二葉さん」

 

 心を温めてくれて――――暗にそう込めたお礼を告げると、彼女の手を握り返すいろは。

 そうすると、彼女の気持ちが、不思議なぐらい自然と察することができた。 

 ――――分かっていた(・・・・・・)

 自分の気持ちを、家族を失った辛さを、彼女は理解してくれていた。

 

「私は大丈夫だから……」

 

「うん……」

 

 テーブルの下で、握手を交わすと、いろはの顔から剣が取れた。温和な微笑を浮かべてさなに伝えると、彼女は笑顔でコクリと頷いた。

 

 

 

 

(全く……さなくんには助けてもらってばかりだな……)

 

 元凶でありながら、何も気の利いた事が言えなかった慎は、もう一度罰が悪そうに頭を掻くと、5本目となるタバコに火を付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“I have a rendezvous with Death(私には死神と会う約束がある)”で始まる詩についてだが……昔、読んだことがあるよ」

 

「本当ですかっ!」

 

 時間にして5分後、落ち着きを取り戻したいろはは、慎との会話を再開させていた。

 彼の言葉に、バッとテーブルに身を乗り出す。瞳が輝き始めている。

 

「小さい頃に『夏目書房』でね」

 

 最も昔すぎて、作者名や内容は覚えていないが――――と慎は告げる。

 

「なつめ、しょぼう……?」

 

 いろはは目を丸くして問いかける。

 

「神浜市明京町にある中古本屋だ。あそこの親父さんと僕は古くからの付き合いでね。此処じゃ読めない書籍も取り寄せてもらっている」

 

「じゃあ、そこに行けば……?」

 

 探しものの一つが見つかるかもしれない!? といろはは期待を込めて問いかけるが、慎は首を横に降った。

 

「迂闊に町内に足を踏み入れない方が良い。あそこは常磐ななかのお膝元だからね」

 

「ときわ、ななか……?」

 

 また知らないワードが出てきたので問いかける様に、鸚鵡返し。名前からして恐らく魔法少女だろうか。

 

「おや、知らないのかい? 町役場の治安維持部でチームリーダーを務めている魔法少女だ。彼女の目覚ましい活躍のお陰で町内は、『犯罪撲滅』の声で騒がしくってね。君みたいに市外から訪れた魔法少女は警戒される恐れがある」

 

 最悪、魔法少女の監視を付けられるかもしれない、と伝えると、いろはの表情は愕然と青褪める。

 どうしたら――――そう思って俯いていると、慎は急にフッと笑った。

 

「だから、説得してもらうのさ」

 

「え?」

 

「『かこくん』にね」

 

 

 ――――後で調べてわかったことだが、夏目古書房の一人娘『夏目かこ』は、治安維持部に所属する魔法少女なのだそうだ。

 慎の話では、ななかからの信頼も厚いらしい。よって、かこを通してななかを説得して貰えれば、監視の目が緩むかもしれない、と教わった。

 

 

「でも、そんなことが可能なんですか?」

 

「僕は彼女とも親しいからね。かこくんには僕から話をしておく。ついでに“詩”が書かれた本がまだ店にあるのかも、聞いておく」

 

「っ!!」

 

 その言葉が、心を覆っていた曇り空から一筋の光を差し込ませた。

 いろはの顔が、ようやく輝きを取り戻す。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 勢いよく立ち上がると、深々と上半身を下げるいろは。

 慎は手をひらひらと上下に振る仕草で、そこまでする必要は無い、腰を下ろしてほしいと、告げた。

 

「最も説得がうまくいくかどうかはかこくん次第だけどね……。ところで環さん、連絡先を教えて貰えないだろうか?」

 

 彼はズボンのポケットから、スマホを取り出すと、そう問いかけてきた。

 画面上にQRコードを映して、差し出す。

 腰を座椅子に戻したいろははそれを目にした瞬間――――意表を突かれた様に「えっ?」と声を挙げて、首を傾げた。

 

「LINE、使ってますか?」

 

「え、え~っと…………??」

 

 隣でさなが小声で尋ねてくるが、いろはは何も答えられず目を丸くするばかりだ。

 

「まさか……LINEを知らないのかい?」

 

「いえ、聞いたことはあるんですけど、どう使うのか……?」

 

 いろはもスマホを取り出した。難しい表情でじっと画面を見つめている。

 

「あの……アプリをダウンロードするんです……」

 

「あぷり……?」

 

 隣でさなが小声で教えてくれるも、いろはの頭上の?マークはポコポコと数を増すばかり。表情は困惑に染まっていた。

 

「……さなくん」

 

「……あ、はい。環さん、貸してください」

 

「……ごめんなさい」

 

 現役中学生がLINEは愚かアプリすら知らないとは――――慎はそんないろはの育った環境や友人関係が気になったが、二度も雰囲気を悪化させるのはマズイと思い、今は追求しないことにした。

 さなに指示を送ると、さなはいろはからスマホを受け取って、代わりにネットから「LINE」をダウンロードする。

 そして、慎のQRコードを映して、連絡先を登録した。

 

「話が付いたら、君に連絡する」

 

 慎はそう言ってくれた。ついでに――――

 

「あの……私のも、登録しておきますので、なにかあったら、連絡してください」

 

 さなは自身のスマホを取り出すと、QRコードを使っていろはのと連絡先を交換した。

 

「ありがとう」

 

「……あと、大賢者様についてだが……これは美代さんが知ってるかもしれないな」

 

「えっ!?」

 

 唐突に思い出したかの様な慎の発言の中に知り合いの名前があった。

 いろはは目を丸くして驚くと、さなが笑顔で教えてくれた。

 

「美代さん……ここでよく神浜の歴史とかを調べてるんです……」

 

「もしかしたら、夕方前には来るかもね」

 

 いろはの顔がパアッと光り輝く。一気に探しものの2つ目が見つかりそうだ。

 

「環さん」

 

 そこでさなからスマホを返された。

 画面を確認すると、既に時刻は11時を周っていた。

 

(もうお昼だ……)

 

 人と話していると、早いなあ――――と胸中で呟くいろは。

 本来の予定では10時ぐらいに市役所へ向かう予定だったのだが、お昼ご飯を挟むとなると、正午過ぎになりそうだ。

 

「さなくん、そろそろお昼だ」

 

「そうですね」

 

 スマホを顔から離すと、慎とさなもスマホを確認して、お互いにそんなやりとりを交わしていた。

 

「折角だ。環さんと一緒に食事に行ってきたらどうだい?」

 

「先生は?」

 

「僕は区切りの良いとこまで執筆したら行くよ」

 

「わかりました。でも、環さんは……」

 

 話を聞いたが、彼女は忙しい身だ。一分、一秒、無駄にしたくないかもしれない。

 もしかしたら、時間を取らせてしまうのは悪いことじゃないか――――さなは不安気な表情でいろはを見やるが、彼女はニコニコと笑っている。

 

「大丈夫だよ。どこで食べるの?」

 

 その一言で、さなもホッと一息。安心すると、笑顔を浮かべて、口を開く。

 

「図書館の一階にカフェがあるんです。一緒に行きましょう」

 

「うん!」

 

 二人はそう言い合うと、横並びになって去っていく。

 慎は微笑を浮かべながら、手を振って少女二人を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆サイドストーリーはこちら☆

 次回と今回の間に番外編(二葉さな魔法少女ストーリー)が入ります。

 番外編から見たい方はこちらへ
 →https://syosetu.org/novel/152013/17.html
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