それでは。どうぞ
数日後───アティスマータ新王国・
「待てぇぇぇ!!」
銀髪に黒い首輪を付けた少年─ルクス・アーカディアが屋根伝いに猫を追いかけていた。
「一宿一飯の恩なんだ!絶対取り返す!」
猫を捕まえることに夢中なのか、自分が何処を走っているのかよく分かっていないだけでなく、かなり大声で叫んでいた。
そんなことをすれば怒られる筈だが、何故か人の気配がしない。
「これで・・・あっ!」
逃がさないように回り込んで飛び掛ると分かっているぞと言わんばかりに躱されるが、ポシェットに手を伸ばし指を引っ掛けることに成功する。
「よかった、ちゃんと取り返せた」
ピシッ!!
ルクスが安堵したのも束の間、足下から罅割れるような嫌な音が鳴り出した。
「えっ?・・・ま、まさか・・・」
顔が青褪めつつも今すぐ退避しようとするが、呆気なく屋根は崩れていき、ルクスは落ちていった。
「あ、ああぁぁぁぁあっっ!!!?」
バシャァァァァアッ・・・・!!
落下したルクスは衝撃に備えようとするがそんな暇もなく着水した。
疑問を感じたが水から伝わる熱と、周りに漂う湯気から此処が浴場なのだとすぐに気付いた。
(と、取り敢えず謝らないと・・・!)
今すぐ謝罪しようとするルクスは天井の破片が自分の近くにいた小柄の少女に落ちてきていることに気付いた。
「危ないっ!」
反射的に身体が動いて彼女を突き飛ばし、覆い被さった。
「・・・・・」
「・・・・・」
『・・・・・』
ルクスは自分の下にいる少女を見る。
鮮やかな金髪、勝ち気な赤い瞳の少女。
色白の柔肌は入浴により上気し、頬も赤く染まっていた。
間違いなく美少女と言える彼女から立ち上る剣呑な気配にルクスは身動ぎひとつできずに固まった。
「・・・おい変態。死ぬ前に何か言うことはないか?」
引きつった顔から何とも物騒な言葉が飛び出す。
それも仕方ないことだろう。何せ、ルクスは乙女の柔肌を見てしまったのだから。
次の一言で自分の運命が決まるかもしれないと、混乱した頭をフル回転させる。
人間の脳は窮地に追い込まれると走馬灯を見るらしい。そして、ルクスの頭の中を駆け巡ったものの一つに酒場の店主が過ぎった。
(そうだ!店主が教えてくれた
「・・・えっと、その。可愛いですよ。全体的に子供・・・いえ、まだ幼い感じなのに、胸は結構あって──エロいです。・・・・・ってあれっ!?」
(死んだ。何を言ってるんだ僕は!そういうことじゃないだろ!?誰だよ!?僕に間違ったテクを叩き込んだの!?あのエロ店主め!)
「・・・・・・ふっ」
それを聞いた少女は小さく苦笑した。
一瞬、満足したような笑顔を浮かべ、
「いつまで私の上に乗っている気だこの痴れ者があぁぁあぁぁっ!」
怒声を上げた。
「キャアアァァアアァッ!?」
それと同時に、浴場全体からも悲鳴が上がる。
裸体の少女達が、次々とその場にある物を、全力でルクスに投げつけてきた。
「ご、ごめんなさいいいいっ!」
ルクスは慌てて、逃亡を開始する。
涙目になりながらもポシェットを手に全速力で走りながら、弁明を試みる。
「こ、ここに入っちゃったのは、屋根が壊れたせいで、僕はただ、これを取り戻したかっただけで──」
そう言いながらポシェットを掲げると、走り出した拍子に口が空いたのか2枚の布がひらひらと落ちてきた。
下着だった。
下着だった。(大事な事なので2回)
ポシェットの中に入ってたのは上下白の下着だった。
(確かに、持ち主は女の子だったからその可能性もあったけど──)
「キャアァァアアァッ!下着ドロッ!覗きの上に下着泥だわ!」
「衛兵を、誰か早く衛兵を呼んでっ!」
「剣を取ってきて!今なら正当防衛が成立するわ!」
哀れ、ルクス。罪が増えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!これは僕のものじゃなくて、その──通りがかった女の子のもので──!?」
必死に弁明しようとして、頭の回転がいつもより早くなっているルクスは気づく──何の言い訳にもなってないことに。
「何ていうかその、ごめんなさいっ!」
無理だと悟ったルクスは慌てて浴場を飛び出し、脱衣所を走り抜ける。
その際に脱ぎかけの少女がいた気がするが見なかったことにした。
「な、何でこんなことにっ・・・!?」
「誰か捕まえてっ!絶対に逃がしちゃだめよ!」
間一髪で危険地帯を抜けたルクスは、少女達に追われながらも全力で、見知らぬ建物を駆け抜ける。
そこらじゅうに明らかに高級品な絵画や調度品、絨毯があるこの建物に違和感を覚えた。
「この建物はもしかして──」
最初は大浴場付きの高級宿だと思っていたようだが、それにしては広すぎる。
まるでちょっとした王宮のような雰囲気だが、何故そんなものが
「あっ!いたわ!胸を触った痴漢はこっちよ!早く槍を持ってきて!」
思考の沼に入ろうとした時、正面に鉢合わせた少女が悲鳴を上げる。
冤罪まで増えたようだ。死刑は免れないだろう。
「ちょっ・・・!何で話が大きくなってるのっ!?」
身の潔白を証明したいなら逃げなければいいのに。悲しいかな、人は追われれば逃げたくなってしまうものなのだ。
逃げられれば追うように、追われれば逃げるのもまた、生物の本能なのだと悟りかけたルクスは、そんなことはどうでもいいとヤケになっていた。
「こうなったら、1回逃げ切って、落ち着いたら戻ってこようっ!」
ヤケクソ気味に叫びながらエントランスに辿り着くと、
「え──!?」
その光景にルクスは目を疑った。
吹き抜けの階段下、シャンデリアで飾られた、広い空間。
そこに見た目も雰囲気も違う三人の、帯剣した少女が立っていたのだから。
「
静かな声が、三人の真ん中に立つ蒼髪の少女から発せられる。
見た限り、年齢の違う三人に共通することは、身に纏った制服と剣帯だけだった。
「学園の内外を問わず、上官の許可なく
広いエントランスによく通る声で、蒼髪の少女は微笑む。
それを聞いたルクスは弁明するかとも忘れ、混乱の中に叩き込まれた。
(今、なんて言った?機攻殻剣と──装甲機竜だって?どうしてその名がこんな少女達から──?)
「ふうむ。変態にしては今までで一番いい顔つきをしているな。私の見合い候補に加えてもいいくらいだ」
「そんなことより、すみません。さっき、なんて──?」
ぶつぶつ呟くリーダー格と思われる蒼髪の少女に問いかけるが─
「だが、残念だったな。この女子寮に忍び込み、私達──
「ダメだこの人!話聞かないタイプだっ!?って、えっ!?女子寮?」
「行くぞ。ティルファー!ノクト!」
「おっけー!」
「Yes. ですが、一応気をつけてください。シャリス」
シャリスと呼ばれた蒼髪の少女と、その両脇に佇んでいた、2人の少女。その三人が、一斉に剣を抜き払った。
鈍色の刀身に、輝く銀線が浮かんだ剣──それは、見間違う筈もなく機攻殻剣だ。
「そんなっ!まさかっ!?」
ルクスが驚愕に目を見開いたとき、声が聞こえた。
「──来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が剣に従い飛翔せよ、《ワイバーン》!」
同時に、振るった剣先の空間が揺らめき、歪む。
そこに高速で集まる光の粒。それは、淡い光を放ち、うねりを帯びて、ひとつの実体を形成する。
現れたのは、竜。人を二回りほど大きくしたような、機械の竜だった。
鋭角な金属が無数に折り重なった、流線型のフォルム。
その表面の光沢は、使い込まれたかのように、禍々しくも美しい。
「装甲機竜!?どうして──」
それは、世界に七つ発見された
そんな代物を使いこなせる人間は
だが、装甲機竜は希少かつ高価で一部の人間にしか持つことはできない。
それを、何故持っているのか疑問に思っている隙に──。
「
シャリスが呟き、蒼い流線型の機械から無数の
両腕、両脚、胴、頭と部品が向かい、高速で装着される。
竜の形をしていたものは瞬く間に装甲と化した。
「まさか、此処が何処だか分からず忍び込んだとでも?すっとぼけずに諦めたまえ変質者くん。今なら一発殴るだけで済ませよう」
「覗きは犯罪だよー」
「Yes.どちらにしろ、処罰します」
「そんなもので殴られたら、僕死んじゃうんですけどっ!?」
シャリスの言葉に、軽い調子のティルファーと、冷静な雰囲気のノクトが同意するので、ルクスは慌ててツッコミを入れる。
二人もそれぞれ、別種の機竜を身に纏い、構えを取った。
「・・・・・って、ヤバい!?ホントにヤバい!?」
生身の人間相手に向けるものじゃない装備を向けられて本気で焦るルクス。
そんなルクスに《ワイバーン》を身に纏ったシャリスが床を蹴り、飛翔し、接近する。一階から二階の吹き抜けにいるルクスへ一瞬で近づくと、腕を大きく振りかぶり手刀を叩きつけた。
「うわああぁあっ!?」
ルクスは咄嗟に横転して躱すことで難を逃れた。
回避はできたが木製の手すりが砕け散った。
「しまったっ!スピードを抑え過ぎたか?」
「違いますっ!パワー出し過ぎです!って言うか、驚くとこそこですかっ!」
見当違いの驚きを見せるシャリスにツッコミを入れつつ、ルクスは階段を転げるようにして降りる。
すると、入口にいた陸戦用の装甲機竜。《ワイアーム》を装着したティルファーが行く手を塞いできた。
「あーあー、てすてす。そこの変態さんに告ぐ。今なら罪は軽いよー?」
「既に並の刑罰より重い扱いなんですけど!?」
何で、彼女達はこんなにツッコミ所が多いんだと思いつつもルクスは考える。
屋内では飛翔能力を生かせず、行動の足枷になる。
故に飛翔汎用機竜《ワイバーン》はいいのたが、こちらは危ない。
厚い装甲に覆われた四肢は、複数の可変フレームにより高い機動性を持ち、パワーを漲らせている。
陸戦汎用機竜《ワイアーム》は、近接戦闘に最も適した性質を持つ機竜だからだ。
「何でもいいから、大人しくしなよ。変に暴れるとかえって危ないんだよっ」
「このままじゃむしろ殺されますって!?」
ルクスは行く手を塞がれた階段を降りずに、手すりに足をかけ、一階へ飛び降りた。
だが──、
「おおっと!ここは通さないよー!」
強気な笑みを浮かべ、瞬時に立ちはだかる。
階段の手すりを軸に側転し、着地。
「てやっ」
軽い掛け声と共にその剛腕が振り下ろされた。
バァン!という破砕音が鳴り響き、木製の床が砕け、粉塵が舞い上がった。
「・・・・・あれ?」
ティルファーが鉄拳を見舞った床を見て、首を傾げる。
いない。
たった今、目の前で驚かせた筈のルクスの姿が。
「床下だ!ティルファー!」
「えっ・・・・・?」
シャリスの凛とした声が床下を走るルクスにも届いた。
威嚇のために繰り出した一撃。
それが作った穴の中へ潜り、床下に逃れていたのだ。
「追うなよ、ティルファー」
指摘されたティルファーが不満そうに床の穴を覗き込むと、シャリスの冷静な声がティルファーを止めた。
「いくら小回りの利く《ワイアーム》でも、この床下は狭すぎる。これ以上量を壊せば始末書ものだ。私も、もう追わない」
「でもでも!このまま逃したら──」
「安心しろ、ノクトが既に動いている。取り逃しはしない」
シャリスはティルファーを宥めつつ、周囲に視線を
「だが、どういうことだ?生身で逃げ切るだと・・・・。あの動き。まるで、私達三種の機竜特性を瞬時に見抜いたように──」
普段は自身たっぷりな彼女の困惑にティルファーは首を傾げる。
「んん?どしたの?シャリス」
「白銀の髪に、黒の首輪。まさか、あの少年は──?」
何時になく真剣な
如何でしたか?
それでは、
次回会えることを楽しみにしています。