もしも二人の戦いの間に、キャメロットに彼が召喚されていたら?
こんなんどうでっしゃろ。
鋼と鋼が交差する音、ガチンガチンと甲高い剣劇音が二人を奮わせる。
聖都キャメロットにて最も高い位置、円卓の騎士が集いし誓いの場、王城の最上階にてその両名は短剣と槍を激突させる。しかし一対の短剣を振るう赤の戦士は劣勢に追い込まれていた。彼は一瞬でも油断をすればすぐにでも心臓を貫かれるであろう死闘の中、己の背に負いし守るべき者を案じる。
「くッ......うぅぅ」
己がマスター、藤丸 立香と彼が従えしサーヴァント達。傷だらけのまま蹲る彼らがこれ以上戦えないのは明白であった。しかしそれは赤の戦士、同じく藤丸 立香のサーヴァント・アーチャーも例外ではなかった。彼は額に流れし血も、軋む腕の骨も、たたらを踏む足取りも気にすべくではなかった。
敵を見据えることができるなら、
まだ剣を振り上げられるなら、
まだこの地に立つことができるなら、
やはり彼はこの戦いを諦めることはしない。
少しずつジリ貧にも消費されていく己の魔力、このままでは血を失くしすぎて失神もしてしまうだろう。それでも膝を折らない。
いくら剣撃を弾かれようが、
放った矢を躱されようが、
行使した魔術を掻き消されようが、
何度でも彼は懸命にも突撃を止めることはしない。
「ふん、無様な」
振り下ろされた一対の短剣を、獅子王は騎乗したままにも関わず、手にした聖槍にて軽々と弧を描いて薙ぎ払う。粉々に砕けた短剣が幸したのか、彼に傷こそ付けられはしなかったが後方へと吹き飛ばされる。
背を強く打ちつけられた彼であったが、このまま倒れていては胸に穴を空けられるだろう。すぐに受け身を取ることで立て直した彼は矢を射るような構えを取る。
獅子王の白馬が嘶き、暴れる。それほどまでに彼に魔力が集中していた。
「
短剣を砕かれて徒手空拳であった彼の手元に黒塗りの弓が投影される。そしてその傍らには螺旋を描く刀身を持つ剣が番えられていた。
彼の投影宝具の一つ、射出型魔剣”
「
「剣を矢として放つか、大した芸当だ」
獅子王は暴れる愛馬にそっと手を添える。するとどうだろう、それだけで獅子王の愛馬は冷静さを取り戻し、触れれば即死するであろうその矢を獅子王は顔を最低限軌道からずらすことで避けてみせた。
その時になって初めて気づく。獅子王の視界から彼が消え去っていることに。
「いいや、これは間違いなく剣だ」
背後からあの声が聞こえる。
矢を放ったと同時に獅子王の背後に回り込んだ彼は避けられた魔剣の柄を掴み、隙だらけの背にありったけの力を込めて魔剣を叩き込む。
「これならッ!!」
「大した芸当ではあるが、やはり大道芸の域は越えぬな」
振り下ろされた魔剣は獅子王の鎧に傷一つ付けること叶わず、根元からポッキリと折れてしまう。
「哀れだな、弓兵。贋作の魔剣で我が最高の鎧、ウィガールに刃が刺さると思うか」
「化け物がッ......ぐぁッ!!!」
手に獲物を失くした彼に獅子王の薙ぎ払いを防ぐ術はない。
無防備にもそれを腹部に直撃し、吹き飛ばされた彼は柱に叩きつけられて激突する。大きくひび割れた柱の根元には彼の血液が広がっていることから彼が瀕死状態に追い込まれてしまったことが窺い知れる。
震える腕を大地に立てる。どう見ても戦える状態ではない。
血に汚れた膝に鞭打つ。どう考えても戦える状態ではない。
霞む視界で獅子王を捉える。どうあっても戦える状態ではない。
―――彼に勝機はみえなかった。―――
それでも、
「その瞳に絶望は未だ見られず、何故立ち上がる弓兵」
彼は立ち上がる。既に獲物を投影することもできない。魔術を行使することもできない。
それでも彼は立ち上がる。いつか見たあの日の風景が脳裏にこびりついて離れない。獅子王がせめて兜でもなんでも被っていれば諦めもついただろう。しかし、目にしてしまった獅子王の顔、多少なりの差異はあれども、それは彼が英霊となっても忘れ得なかったあの少女のものであったから。
己の霊基が叫ぶ。彼女を放ってはいけない、と。
「答えられぬならそれでいい。何にせよこれで最後だ」
愛馬に鞭打ち駆けさせる。
するすると詰められていく己との間合いを前にしても彼の投影魔術は間に合わないだろう。
獅子王は最後の一突きとして、彼、英霊エミヤの心臓に槍を突き刺した。
「ッ!!」
弾ける閃光。火花共にかちあげられる獅子王の聖槍。
エミヤと獅子王の間に、第三者が突然現れ、獅子王の一突きを弾いてみせた。
「その気配は最初から感じていた。
しかし太陽王に与するわけでも、こちらに跪くわけでもなく、ただただ辺境の地に赴き、この地を浮浪するだけの臆病者だと思ってはいたが」
獅子王は大して驚きはしなかった。
どのような者であれ、己の理想を邪魔するものであれば差別なく処理の対象であったから。
「き、貴様、は......ッ!!!」
何よりも誰よりも驚いてみせたのは助けられたエミヤ自身であった。
「色んな奴を見てきた」
彼はまだ幼さの残る少年の様相だった。
「腹を空かした子供、子供を失くした母親、苦しみ喘ぐ老年の爺さん」
彼の髪色は燃えるような赤、その瞳は真っすぐ獅子王を見つめる。
「お前さんの作る国ってのはきっと正しいんだろう。最も正しい奴を選定して永久に保存する、きっとそれは何よりも正しいんだろう」
彼の向ける獲物はすらりと伸びる日本刀、錬鉄されてすぐという印象を受ける真っ赤な刀身を持っていた。
「それでも必死に生きる誰かを切り捨てるっていうのは、
「名乗ることを許す。我が槍がその矮小な胸を貫く前に真名を口にすることを許そう」
「バレて困る名じゃねえ、
伊勢国桑名で刀鍛冶を極めたその名、若々しい青年の姿を取りながらも年寄りじみた言動、
いつかの記憶に確かに存在した誰かを彷彿とさせる村正にエミヤの思考は決してまとまることはない。
しかし今はそのような状況ではなかった。
「おい、貴様!なぜここにいる!......のはまあいい、とにかく下がれ!貴様が敵うような敵ではないのは分かるだろ!」
激しく傷つきボロボロとなった身体に鞭打ち立ち上がり、村正を押し退ける。
「若造が偉そうに吠えるんじゃねえよ」
「なッ......!?」
村正はエミヤの胸倉ガシッと掴み、後方へ乱雑に放り投げる。
重体だったことも影響し、彼は赤子の如く抵抗の一つもできない。
「貴様、何のつもりで!!」
「いいから大人しくしてろっての。てめえが動くのは今じゃねえよ」
「一人で我が聖槍に立ち向かう気か?勇気と蛮勇は別のモノ、しかし貴様のそれはただの愚者である」
「ただの刀鍛冶風情が一国の王と刀を交わせるなんて至極栄光ってな」
村正は一歩も引くつもりはなかった。
獅子王に向ける刀身に魔術回路を通して臨戦態勢を取る。
一閃、一歩で間合いを潰した村正は渾身の一振りを浴びせる。
しかし獅子王は動じず、彼の一撃を槍の切っ先のみでいなしてみせる。
次いで左右からの連撃、目いっぱい力のこもった刀撃をまたしてもいなされる村正と獅子王の力量の差は火を見るよりも明らかであった。
単調な振り子運動の攻撃を獅子王は一目見ただけで見切り、軽々と彼の刀を弾け上げる。
「無様な道化め」
「ぐッ...!!!」
無防備となった村正の胸めがけて槍を放つ。
彼はギリギリで身体を捩り、槍の矛先を肩へとずらすも深々と突き刺さったことで生じた痛みが彼の表相が苦悶に沈む。
しかし彼はすぐに笑みを浮かべる。”ようやく捕まえた”と小さく呟いた彼は槍に貫かれながらも一刀、獅子王に振り下ろす。
「貫かれながらも反撃とはな...!!」
「へへ、ようやくその大層な鎧に傷が付けられた」
微かな傷を一つ、獅子王の鎧につけた村正は無理やり肩から槍を引き抜いて、大きく後退する。
「おい!やはり無謀だ!!あの程度の剣術で獅子王に挑むとは愚かにも程があるぞ!」
こちら側へ後退してきた村正に再度撤退するように近寄るが、すぐにその言葉を飲み込む。村正に高濃度の魔力が高まっていくのを感じたためであった。
「今の一撃でようやく満ちた。槍を通してだとどうしてもあと一歩足りなかったが、ようやく
「貴様、いったい何を」
「贋作じゃあその鎧に傷は付かない。そう言ったな獅子王。いいだろう、真作を超える贋作を見せてやる」
村正の体中に魔術回路が強く浮かび上がる。
目の前ですさまじい集中力を見せる村正にエミヤは思わず固唾を飲む。ぼそぼそと詠唱を呟く村正の声はどこからか二重に聞こえていたことにエミヤは気づいた。
「かつて求めた究極の一刀。
其は、肉を断ち骨を断ち命を絶つ鋼の刃にあらず」
「我が
悲しみを断ち、不幸を断ち、絶望を断つ」
「―――即ち。過去からの救済なり」
「……其処に至るは数多の研鑽。
千の刀、万の刀を象り、築きに築いた刀塚」
「此処に辿るはあらゆる収斂。
此処に示すはあらゆる宿願。
此処に積もるはあらゆる非業―――」
「我が人生、器の全ては、この一振りに至るために」
「剣の鼓動、此処にあり―――!」
「無駄だ」
「—――、ガハッ......」
村正の魔力が高まりきるその刹那、
獅子王は今度こそ確かに彼の心臓を貫く。霊核が確実に破壊された感覚を感じながらも、村正の表情に絶望の文字は浮かび上がらない。
口元から流れる鮮血を大して気にもせず、彼は最後の一言をその霊基に込める。
「......約束を其の胸に、勝利を其の魂に、聖剣を其の手に」
瞬間、その場を黄金の閃光が包み込む。
視界が眩むほどのそれは天高く伸び、そして少しずつその手に集約されていく。
「これ、は......!?」
「俺はたかが刀鍛冶だ。刀を振るうのはあんたの仕事だ、そうだろう?
村正ではなくエミヤの手に集約された極光は一本の刀を形どる。
その姿かたちは極めて奇怪、
持ち手である柄や鍔は西洋の
刀身である刃は峰や鎬を持つ東洋の刀のものであるその黄金の刀を手にしたエミヤの傷がみるみるうちに塞がっていく。
槍に胸を貫かれながらも、震える声で村正はエミヤへ声をかける。
その瞳は先ほどまでとは異なり、村正ではない誰か、少年のそれへと変わっていた。
「確かにあんたの正義は酷く歪んでいた。けどそれはやっぱり美しいものだった。
同じようにあいつの正義もやっぱり美しいんだろう、けれどそれも確かに歪んでいるものだった。
今の俺にはあいつを助けてやる力はない、資格はない。―――だからあんたに託すよ、
「なんだその剣は!!」
獅子王の第六感がエミヤの持つ刀を最警戒に値すると叫んだのだろう。
すぐさま村正から乱雑に槍を引き抜き、エミヤに襲い掛かる。珍しく取り乱した獅子王の様相からその刀がただの剣製によって出来た代物ではないことが窺い知れる。
「貴様に助けられるとは癪に障る、
だが、――いいだろう、貴様の
動きの鈍っていた獅子王の一撃を見切り、エミヤはぶんっと刀を横に薙ぐ。その一撃は獅子王の聖鎧、ウィガールを断ち割った。
「覚悟はいいか獅子王、お仕置きの時間だ」
きっとこの獅子王は彼の知っている彼女とは別人なのだろう。
きっと彼が抱いているこの想いは酷く場違いなものなのだろう。
きっと彼女との戦いは決して人類史を助けるもの以外の意味を為さないのだろう。
「
お読みしていただいてありがとうございました。
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ネロとタマモちゃんが可愛すぎて溶けそうです。