玉座の間に行くと、マスタードラゴンが玉座の前で翼を畳んで、天空の装備の在り処を尋ねに来た私達を出迎えるた。
「あの、マスタープ・・・ドラゴン」
「どうした、アン?」
危なっ! もうすぐで既に呼び慣れてしまったマスタープサンでこの神様を呼んでしまう所だった。一応、ドラゴン形態である時は正式名称で呼ぼうと心に決めていた私は、既のところでその愚行を阻止することに成功する。
ーーーーーでも、マスタードラゴンも私が何を言いかけたのかが分かってるみたいだから、ちょっと含むような目を向けてきてるけどね! この神様、人間だろうがドラゴンだろうが、性格の悪さはお墨付きだよね。あ、なんか翼を広げ始めた。もしかして、私の心の声でも聞こえているんだろうか。それも末恐ろしい話なんですけど・・・。
あんまりマスタードラゴンを待たせていると、ユーリルさん並みの因縁をこさえてしまう可能性があるので、私は手早く用件を話すことにした。
「実は、今回マスタードラゴンと天空城を復活させたのには、もう一つ理由があるんです」
「ほう。世界の安定化を図る以外の理由がそなたにはあると」
爬虫類特有の大きく裂けた口を更に開くマスタードラゴンに本能的に命危機を感じる。でも、多分これってドラゴン形態での笑みを浮かべた状態なんだろうね。そこまで私は無い頭を捻らせ、マスタードラゴンの時は、ポーカーフェイスでも全然構わないなと少しいらぬことまで考えることになった。
しかし、頭でどうでもいいことを考えていても、口はちゃんと機能する。こう見えて、同時並行で作業するのは案外得意なのだ。
「ええ。それが、天空の装備の在り処を聞くということなんです。私は、イシュマウリさんやマスタードラゴンに最後の勇者だと言われていますが、自分ではその確信がありません。そこで、勇者しか装備することが出来ない天空の装備で、私が本当に勇者であるのかを確認したいのです」
「なるほど。そういうことならば、持っていくが良い」
プサンの時とは打って変わって、威厳のある言葉遣いを使うマスタードラゴンには、あのプサンが漂わせていた飄々とした雰囲気は皆無だ。教会の祭壇に飾られているクリスタルの女神像のような厳かなオーラを纏うマスタードラゴンに、いつの間にか妙な緊張を私は漲らせていた。
でも思いの外、話がスムーズに行ったからか口から長い吐息が出てきちゃったけどもさ。
「兵士よ。この者達に天空の装備を」
「「はっ! マスタードラゴンの仰せのままに」」
マスタードラゴンに命じられて、側で侍っていた二人の兵士が玉座の間から出ていった。わざわざ取りに行ってもらわなくても、私達が直接取りに行くのになぁ。あ、でも、流石に天空城の宝物庫なんかに入ることは出来ないか。
「この姿だと格式ばった話し方をしなきゃならないんで嫌なんですよねー 。あーあ、肩が凝る」
羽の付け根をグルグルと回して、いやはやとプサンの姿の時のような軽口を叩き始めたマスタードラゴンに思うことがある。
ーーーーーこの神様、よもや、それがしたかったが為に兵士に天空の装備を取りに行かせたんじゃないよね。
ちらりと御先祖様達の顔を伺うと、イザさんとユーリるさんが白けた目でマスタードラゴンを見詰めていた。嗚呼、やっぱり心の汚れた青年組は、そんな穿った見方をしてしまうようである。
マスタードラゴンが兵士の居ぬ間に、文字通り羽を伸ばしていられたのも数分のことだった。バタバタと優雅な天空人には有るまじき足音を立てて、玉座の間に現れたのは天空の装備を取りに行ったあの二人の兵士であった。
「マスタードラゴン! 大変です! 天空の装備が・・・!」
切羽詰った表情で玉座の間に飛び込んできた二人の兵士が胸に抱えているのは、錆まみれで正体が不明になっている何か。まるで、長い間水にでも晒されていたのではと思われるそれに、私達は皆一斉に嫌な推測を立てた。
そして、私達のその推測を確固たるものとすら台詞が兵士によって紡がれる。
「錆びてしまっています!!」
「「「「天空の装備って錆びたりする(ん)の!!?」」」」
私達の渾身のツッコミが玉座の間に反響する。これには、二人の兵士も目を丸くしていたが、驚きたいのは此方の方である。伝説の勇者だけが装備できるという特別な武具が、まさかあんなにも錆まみれになっているとか私達は誰も想像出来ていなかった。否、そもそも予測できる人の方が少ないと思う。あれって鉄製なの? 違うよね? 酸化とか関係ない素材で普通出来てるって思うよね?
「・・・少しばかり寝過ぎたようだな」
あのマスタードラゴンの声さえも苦みばしっているのだから、もしかしたら今回一番の難解が私達の前に立ちはだかったのだろうか。マスタードラゴンはふうむと唸り声を上げると、暫し黙り込んでしまった。縦に長い瞳孔の嵌った瞳を細めて、思考の海へと潜り込んだマスタードラゴン。
私達もマスタードラゴンばかりに任せてられないと頭を突き合わせることにした。
「錆って、磨いたら取れるよね?」
最初に声を発したのは、我等が特攻隊長のレックス君だ。どんな困難が立ちはだかっても笑顔を忘れない彼は、この『天空の装備錆びてる問題』の時でもやはり飛びっきりの笑顔を浮かべていた。
「そうだな。けど、あの錆ってそんな簡単に取れるもんなのか」
「あまり強く磨いたら、そもそもの特質な性能が無くなってしまうんじゃないか」
ユーリルさんとイザさんの心配する点にも納得だ。確かに、あんなにびっしりと付いている錆はなかなか強情そうだし、下手に手を加えると武具の性能に支障が出そうな気もする。
ーーーーーまさか、此処で伝説の装備が錆びまくってる問題が浮上とか。夢の世界の湖で眠っていた割には、現実的な問題過ぎて泣けるね。そりゃ、何千年と湖の底で放ったらかしにされていたらあんな風にもなっちゃうわけだけどさー。
「んんんーーー。磨くのも駄目。無理やり剥がすのも駄目」
「レックス、お前、イザに毒されてきたか」
「いや、俺でも錆を無理やり剥がそうって発想は出てこないぞ」
「んんんーーー。服の頑固汚れみたいにお鍋でグツグツと洗剤と煮て、取れたらとっても楽なのにね」
「そんなことやったらもっとヤバいことになっちまうだろうが」
「だよねー。んんんーーー。こういう頭を使うのってタバサが得意なんだよ。ボクは頭を使うのって好きじゃないんだよね」
こめかみをグリグリと押してウンウン唸っているレックス君からは子供らしい柔軟な発想がぽんぽんと飛び出てくるが、どれも実現には厳しそうなものばかりで、なかなかどれも採用には至らない。
ーーーーー本当に洗濯物みたいにグツグツ煮込んで、バリッと錆が剥がれたら楽なんだけどなぁ。そんなことしたら、錆で脆くなっている武具がパキンと壊れてしまうかもしれなーーーーー。
「それだっ!」
「「「え?」」」
「鍋でぐつぐつ煮て、錆をはがすの!」
「おい。お前、とうとう頭がいかれちまったのか。只でさえ、お前の頭は花畑だっつーのにこれ以上春爛漫にしてどうすんだよ」
「アン、少し走ってくるか。頭に血が回らない時は走るのがいいぞ。俺もよく行き先に困った時はハッサンと一緒に走ったものだ」
如何だろうか。この御先祖様達の私に対する評価。イザさんはまだ良いよ。私のことをユーリルさんみたいに可哀想な子を見るような目で見てこようともアドバイスくれてるもん。
けどね! ユーリルさん! アンタだけは許さんからな!
好き勝手言ったことを今から後悔するがいいよ!
私はでん!と手を前に突き出して、その秘技の名を言い放った。
「錬金術だよ! 」
ユーリルさんの時代からあるそれは、あの進化の秘宝すら生み出した秘技だ。嘗ては、黄金を生み出す技術としても名を馳せ、欲目で眩んだ人間達に悪用されることもあった錬金術は、私の御先祖様の何人かが得意としていたジャンルでもある。勿論、御先祖様達は錬金術を悪用したりはしなかったよ。その代わり、用途不明の訳分からんものを生み出したこともあったらしいが、何はともあれ魔王退治に役立てたとも言われているのだから結果オーライだ。
「錬金術って、ミネアとマーニャの親父が得意にしてたアレか」
どうも錬金術にすら良い思い出のないユーリルさんは、お酢を一気飲みしたみたいな顔をしている。この人、今更ながら思うけどさ、トラウマ多すぎじゃないかな。今のところ、魔物とマスタードラゴンと錬金術が駄目らしいユーリルさんについ生暖かい視線を送ってしまう。
ーーーーーそりゃ、こんだけトラウマが大量にあれば性格も歪むか。
「おい。なんだ、その生暖かい目はよ」
「うん。そうだね。確かに進化の秘宝を生み出せる力でもあるけどもーーーーううん、だからこそかな。その強力な技を使って天空の装備を今度は蘇らせるんだよ」
「無視すんな! いや、確かに俺の問に答えてくれたけどもな! その後の俺の言葉も拾えよ!」
「どうやら、アンには心当たりがあるようだな」
「イザも勝手に流そうとすんじゃねぇよ! あ、今お前、すっげぇ面倒そうな顔したな!? くそっ、どいつもこいつも・・・」
「錬金術か。懐かしい人の業だ。しかし、あれには手練の錬金術師が必要なはずだが?」
私達を静かに見守ってくれていたマスタードラゴンが此処で漸く沈黙を破って、私達の話に口を挟んだ。マスタードラゴンの金色の瞳を見返して、私は「はい!」と威勢よく頷く。
「はい。実は、私、その手練の錬金術師を知ってます。しかも、天空の装備を蘇らせることの出来るとびっきりの錬金釜も持ってたりするんですよねー」
さあ、やるべき事は定まった。錬金釜は、私の家に埃を被っている奴があるし、錬金術師は線香三本で呼び出せる。
今回もちょちょーいとやって済ませるよ。
全てはあの平和なカフェ店員の生活に戻るためにね!
文化財の保存って凄く大事なことですよという回です(後付)
さて、区切りが悪いですが、第一章は恐らくこのお話で終わりです
天空装備が錬金されるのは次章からとなります
ここまでお読みくださってありがとうございました