ドラゴンクエストLー勇者と魔王ー   作:賀楽多屋

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第二章 世界樹までどれくらい?
天空の勇者と朝食を


 

 私の朝は、いつも雀の鳴き声から始まる。烏の縄張り争いの声で起きる時もあるけど、大体雀の可愛らしい囀りで起きることが出来る。

 

 しかし、それは日常の話だ。

 

 そう。今は、非常に残念なことに非日常の真っ只中。どう考えても、そんな朝が私に訪れる訳が無かった。

 

「おい、塩どこだ!? 」

 

「多分、これじゃないかな・・・・・・あ、違った! 甘いからこれお砂糖だ。美味しい!」

 

「塩は最悪、皿に盛り付けた後に振りかけられたらいい。それより、皿は何処だ? 俺は今、火元から離れられないぞ」

 

「皿な、皿。この家、アイツ一人しか住んでない癖に無駄に広いんだっつーのーーーーーってか片っ端から戸棚開けてるのになんで全部空!? この戸棚、ある意味あんのか!?」

 

「そう言えば、お父さんもよく知らない人の家に入って箪笥開けたり、壺を割ったりしてたなあ。あれって、今よくよく考えたらやったら駄目なことだよね」

 

「「・・・・・・やっていい時とやったら駄目な時がある(あんだよ)」」

 

 なんか下の階から、凄く触れてはいけない話をしている声が聞こえてくる。ってか、台所から私の部屋まで声が聞こえるって結構な大声だよ。

 

 ーーーーー朝から本当に元気だなぁ。ん? 台所?

 

 私はとっても朝が弱い。カフェ店員の癖に出勤が十時からなのもそのせいだ。普通は準備もあるから五時出勤なんだけど、私は一週間連続で遅刻したから見兼ねた店長が十時出勤にしてくれたんだよね。その代わりと言っちゃあなんだけど、退勤は七時だ。従業員の皆が帰った後の細かい事務作業を任せてもらっている。

 

 で、なんでこの話になるのかと言うと、こんなにも朝に弱いこの私が、七時から血相を変えて無駄に長い踊り場のある階段を駆け下り、台所へと飛び込むという珍事が巻き起こったからである。

 

「なんで、皆、私の家で朝食作ってんの!?」

 

 私の裏返った疑問に人の家の台所前で作業をしている三人が私の方へと不思議そうな顔を向ける。そして、勇者組で秘密のアイコンタクトを取るや、取り敢えずはと三人揃って口を開いた。

 

「「「おはよう」」」

 

「ーーーーーおはよう」

 

 まさか、この家で朝の挨拶を聞くことになるとは思わなかった私は、突然の珍事の連続に頭がついていかず。固まった思考回路によって追求の手を止め、オウム返しのように彼等に挨拶を返すのであった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 アルバトロス家は、数多くの勇者や英雄の血を汲んでいることもあって、嘗ては国中に名を轟かせるほどには名家であった。しかし、それも三百年前の話である。今では、名家であった頃の残滓と言えばこの無駄に広く装飾的な家だけで、家令すらいないければ、外出用の馬車ですら少し前に無くしてしまい、家の中は本当に見掛け倒しと言わんばかりにすっからかんだ。

 

ーーーーーしかも、父さんがこの家を継いでからは、家の手入れもされないので、装飾的な外観も相まって大変見目よろしくない状態になっている。そのため、近所のちびっ子にはお化け屋敷扱いされているし。数いるご先祖様に、本当に没落のこともあるけど、この家の有り様も思うと本当に顔向けできない。

 

 気分がそこそこ盛り下がってきたところで、閑話休題。さて、この家の食堂は、アルバトロス家の名を聞けば、商人達の目の色が変わると言われていた頃から使われている。多分、この家で一番面積が大きく、多分広さ的には教会の聖堂ぐらいの大きさではないだろうか。

 

 三十人は有に席に着けれる長机には、いつも私が一人で誕生日席に座って、食事を摂っていた。喋る人もいないし、出勤時間もギリギリだからと朝食は流し込むように食べむのが日課だった。それが、私のいつもの朝食風景であった。

 

 なのに、非日常の今朝は、席に着いている人の数からして違う。

 

 定席である誕生日席に座っているのは私だ。その私の右隣に座っているはイザさんは、自分で焼いた目玉焼きとベーコンが載るお皿をつつきながら、オレンジジュースを喉に流し込む。食事中に誰かと話す習慣はないのか、彼は一言も言葉を発さずに朝食を摂っている。

 

 そんなイザさんとは対極にいるのが、残りの勇者二名だ。私の左隣に腰を据えて、白パンをちぎっているユーリルさん。そして、彼の隣で白パンに苺ジャムを満遍なく塗っているレックス君は普段通りにお喋りをして、モーニングタイムを楽しんでいる。

 

「朝ご飯を食べるなんて、何年ぶりなんだろう?」

 

「何年ぶりっつーか、何千年ぶりじゃねぇか?」

 

「そうだね! ボク達、何千年ぶりの朝食だ!」

 

 傍から聞いていたら、意味の分からない会話だ。もし、知らない人達がこんな会話を仕事先で交わしていたら、私は従業員の誰よりも真っ先に視線を外す自信がある。

 

 だけど、悲しいかな。この人達は私の肉親であるし、そもそもそんな会話を交わす根拠も知っているので、残念な目で彼らを見ることも出来ない。

 

「おめぇ、朝飯、食わねぇの? 」

 

 考え事をしていたせいで、私は未だ朝食に手を付けられないでいた。手をつけていなかったという事実すらも忘れて、物思いに耽っていた自分にちょっと驚く。

 

「調子良くないの?」

 

 レックス君も訝しむような視線を投げ掛けてくる。彼が手にしていてる苺ジャム塗れのパンを見て、急に食欲が湧いてきた様な気がした。

 

 ・・・・・・あ、そっか。さっきまでは、そんなに食欲が湧かなかったから食べてなかったのか。どんなに悩んでてもご飯を目の前にしてたら食べながら悩むのが私のスタイルだったから疑問だったんだよね。なるほど、納得。

 

 となれば、食欲が湧いてきた今なら全然問題ないね。

 

 

「食べるよ! いっただきまーす!!」

 

 フォークを取るなりそう宣言をして、三人が朝早くから作ってくれた朝食を頬張る。

 

 お、これはなかなか。目玉焼きは半熟だし、ベーコンの焼き加減も絶妙! フライパンの前から一歩も動かなかっただけあって、焼き物料理は得意らしいイザさんの腕前に心の中で親指を立てる。

 

「美味しい〜! あ、私も今日は時間あるし、パンにジャムでも塗ろうかなー」

 

「アン姉ちゃんもジャム塗るの? そうだ。ジャム瓶持ってるし、ボクがパンに塗るよ!!」

 

「じゃあ、任せるね。ジャムたっぷりでお願い」

 

「まっかせてー!」

 

 朝イチから我が家でレックス君の笑顔が見られるなんて幸せだ。キラキラが飛び交う笑顔にパンを差し出すと、レックス君が慣れた手つきで苺ジャムを塗り始めた。

 

「あ、そうだ。此処って庭とかあるのか?」

 

 レックス君にパンを任せていると、先程から黙々と朝食を食べているイザさんが思い出したような口振りでそんなことを聞いてくる。

 

「あるよー。草が生えまくった庭がねー」

 

 庭師がいるほどご立派な庭があるんだよね、この家。昔はさぞ、季節ごとの花が咲き乱れ、木からは木の実や果物が取れたのだろうけど、今やそんな栄華は見る影もなし。草花は枯れて残滓すら無いし、崩れかけた花壇や塀がただそこに鎮座するのみとなっている。

 

「そこを暫く、素振りの修練場として借りたい。例え魔物が居なくとも、大事の時に動けなかったら意味が無いからな」

 

「全然構わないよ。素振りかー、私もエスターク討伐するんだったらちょっとはやらないと駄目なんだろうなぁ」

 

「ちょっとどころじゃねぇよ」

 

 イザさんとたまになら素振りの練習をしてもいいなーとか思っていたら、鋭く口を挟んでくる闖入者が私達の会話に混じってきた。

 

 つい目を細めてその闖入者を見ると、彼はドスレトートに私の精神を抉ってくる。

 

「今のおめぇじゃ、エスタークの元まで辿り着けねぇだろ。体力もねぇし、そもそもエスタークを探すための体が出来上がってねぇ。そんななまっちょろい体じゃ、魔物と戦う前に旅の疲れで体を壊すぞ」

 

「うぐぐぐぐ」

 

 普通にド正論を投げてくるから反論のしようがない。よって、下唇を噛み締めて、ユーリルさんを悔しげに見ていると彼はそんな私をどうしようもねぇなというような目で見てくる。

 

「だから、死ぬ気で体を鍛えろ。お前の代で俺達の血を絶やさせねぇためにも、俺らがお前を扱いてやるからよ」

 

「え、ボクもアン姉ちゃんの先生をやってもいいの?」

 

 やっぱり私の白パンにも、彼の皿の上にある白パンと同じくらいにジャムをたっぷり塗ってくれたレックス君が今度は加わって、ユーリルさんに星屑の詰まった視線を送っている。勇者だけど、人に教わる立場だったもんねーレックス君は。

 

 ーーーーーいや、ユーリルさんも冒険中はブライさんやトルネコさん、ライアンさんといった年上の人達に勉強や稽古をつけていもらっていたし、イザさんもバーバラさんやチャモロさんから魔法のことを教えて貰っていたよね。

 

 勇者って面倒を見られる人の称号じゃないよね?

 

「勿論だ。というか、レックスは俺よりも強ぇ気がするから、当たり前だな」

 

「そんなことないよ! 絶対ユーリル兄ちゃんの方が強いって!! ボクなんかお父さんに一度も勝てたことないんだよ! ユーリル兄ちゃんはお父さんと同じくらい強いだろうから、ボクより絶対強いに決まってるよ」

 

 顔の前で手を振り、謙遜するレックス君を前にして思うのである。

 

 ーーーーーレックス君のお父さんって、本当にどんな人間(怪物)なのだろうと。

 

「お前の親父が天空人なのか」

 

 レックス君家の家庭事情を知らないユーリルさんが首を捻りそう言うと、当然の事ながらレックス君は首を横に振る。

 

「天空人の血を持ってるのはお母さんなんだ。お父さんは普通の人間だよ・・・あ、でも魔物使いだから普通って訳じゃないかも」

 

 最後の方はほにゃほにゃと言葉尻の小さなレックス君の声はしっかりと私とユーリルさんの耳に届いており、魔物使いを知らないユーリルさんは片眉を上げ、全てを知っている私はと言えば、とても複雑な表情をしていたと思う。

 

 ーーーーー父親を目前で組織に殺され、その上、その組織に十年奴隷として扱き使われてさ。さらにその後、一時の幸せを掴んだと思ったら妻は攫われ、自分は石にされるという凄絶な人生を送っていても人格がひん曲がらなかった聖人君子を、私は普通の人とは言えないと思うんです。

 

 

 

 *****

 

 

 

 我が家で四番目に大きい部屋は、父さんと母さんが兼用していた書斎だ。因みに二番目に大きい部屋は第一応接間、二番目に大きい部屋は使用人待機室となっている。

 

 さて、うちの書斎は兎にも角にも危険区域だ。壁の姿が見えない程に並べられた書架、その書架に入り切らなかった書籍や文献は山となり、いつ崩れても可笑しくない微妙なバランスでもって保たれている。

 

 ーーーーー本当、地震が起きたらドミノ倒しみたいに倒れていくんだろうな、色んなものが。

 

「おい。あの机の上に置いてある書きかけの紙ってお前が書いたのか?」

 

 地震が起きて、マジモンの書籍の山が出来た時、片すのはこの家で一人住む私だ。想像しただけでも頭が痛くなってきて顔を顰めていると、ユーリルさんがキャレルを指差してそんなことを問うてきた。

 

 はて、そんなものがあったかなと思いながら、キャレルを覗き込むようにしているユーリルさんの側に行くと、確かに書きかけの紙があった。お世辞にも綺麗とは言い難い癖の強い字は一文だけ綴られており、他に別の文が書かれた痕跡は見受けられない。

 

 ーーーーー嗚呼、この字は。

 

「これ、父さんの論文だね。『光の教団は復活した』? もしかして父さんってば、レックス君の時代のことを調べてたのかな」

 

 もうこの時代では、名前を覚えている人も少ない宗教団体。その組織の概要はレックス君の時代にほぼ解明されていたし、教団の手引書であるイーブルの書なども梵書を免れたものが200年前に発見されて、ペンシアの博物館で丁重に展示されていたはずだ。

 

 またなんで、父さんはまた光の教団なんて調べてたんだろ。

 

「 光の教団が復活したって!?」

 

 私が父さんの論文を読み上げていたのをばっちりとレックス君も聞いていたようだ。天井にまで届く書架を面白そうに眺めていたレックス君が血相を変えて、此方に顔を向ける。

 

 初めて見る切羽詰まったレックス君からは妙な圧が放たれているようで、空気が一瞬にして張り詰めた。ピンと張られた緊張の糸に首を絞められるような気がして、これは不味いと瞬時に悟る。

「あー、えっと。そうじゃないんだ、レックス君。実は、ウチの父さんは貴族なんだけど、民俗学者でね。多分、たまたまレックス君の時代のことを調べていたんじゃないかな」

 

「ほーん、光の教団ってのはレックスが血相を変えるぐらいヤバい奴らか」

 

 嗚呼。人が折角、レックス君を落ち着けようとしているのにこの二代目ったら、大人気なく火に油を注ぎ始めやがって!

 

 ニヤニヤとキャレルの上に腰を落として、レックス君を見るユーリルさんの底意地の悪さに殺意を覚えるが、奴は私が怒ってるのを知っていて敢えて無視しているようだ。

 

 しかし、ユーリルさんは踏み抜いてしまった。

 

 そう。三人いる天空の勇者の中で、一番純粋無垢であろうレックス君にも心の奥底に閉まわれた地雷があったのだ。

 

「光の教団は、魔王が人間界を支配するために作った邪教なんだ。勇者を殺し、人間界を引っ掻き回すことを目的としていて、皆の純粋な祈りを食い物にしていたイヤーな魔物さん達の団体ーーーーーボク、アイツらだけはまだ許せないんだ。お祖父ちゃんを殺して、お父さんを奴隷にして。ボクを狙って、沢山の子供を親元から引き離した彼奴らを」

 

 とても子どもがするとは思えない淀んだその目に、僅かの恐怖を抱いた。いつもニコニコ笑顔がチャームポイントのレックス君が、まさかそんな陰を纏うとは思わなくて、不意打ちを食らったような心地にもなる。

 

 ーーーーーでも、私はそんな表情をする人をもう一人知ってるんだ。

 

 ちらりと隣りにいるそのもう一人に視線を向けると、彼は目を伏せて下唇を食んでいる。どうやら、不用意にレックス君を辛かったことを後悔している様子だ。

 

「・・・悪いことを聞いたな」

 

 私、この人のこういう所は好きなんだよね。間違ったことをしたら、直ぐに正せる素直さが、この人の最大の武器なんだと思う。

 

 レックス君は、一つ深呼吸をすると、淀んだ目を閉じるや次にまぶたを開いた時には、普段と同じ澄んだ黒い瞳を見せて、ピカピカの笑顔を浮かべた。

 

 ーーーーーやっぱり、レックス君はこの三人の中で、一番幼い見た目をしているけど、一番大人だと思う。

 

「ううん。ボクこそ、ごめんね。やっぱりまだまだだなあ、ボクは。お父さんは、もう乗り越えてるのに、ボクは死んでもこれを克服できなかったーーーーーやっぱ、お父さんは凄いや」

 

 エヘヘヘと笑うレックス君に、私はこの書斎の何処かにある彼の手記を思い出していた。

 

 まだ齢一桁だった頃から十歳になるまで書かれた彼の手記には、これ程質感のある思いは一言も書かれていなかった。

 

 そう、書かれていたことといえばーーーーー。

 

『お父さんとお母さんはどんな人なんだろう。ボクと似ているかな? タバサともそっくりかな?』

『お父さんとお母さんに名前を呼んでほしいなあ。お父さんとお母さんは、サンチョみたいにボクとタバサを一気に抱っこできるかな』

 

『お父さんとお母さんに会いたい』

 

 子どもが親を求めることは当然のことだ。

 

 もう成人して、親離れしなくちゃならない筈の私でさえも時たま、あの人達に会いたくなることがあるのだから。

 

 視界から色が褪せていく。今、見ている景色がセピア色へと移り変わると、今度は脱色して白色へ。

 

 そして、景色はいつの間にかあの日のものに変わっていた。

 

 思い出しくもない忌々しい記憶なのに、私にとっては忘れ難い大切な記憶。

 

 ーーーーーその日は、朝から雪が振り続けていて、折角の成人を迎える誕生日だというのに気分が全く盛り上がらなかった。昼を過ぎても鉛色の空から降ってくる雪に窓越しに溜息を吐くと、ガラスが白く曇って更に気分が下がっていく。

 

 ーーーーー『アン殿! アン・アルバトロス殿はご在宅だろうか!? 火急の報せが御座います!!』

 

 ーーーーー台所で沸かしていたケトルが音を立てる。暖炉で赤々と爆ぜていた薪がパチパチ鳴って、崩れ落ちた。こんなにも家の中で音は満ちているというのに、私の喉からは僅かにも音が出てこないのだ。

 

「アン」

 

 名前を呼ばれて、意識が過去から舞い戻る。声をのした方を見ると、いつの間にか目ぼしい本を手にしていたイザさんが私を訝しげに見ていた。イザさんの片手に収まっている本は、『初心者へのすすめー錬金術入門編ー』と題された本で、錬金術師がまだ町中に一人はいた時代に発行されたものだ。

 

 この時代に錬金術師はもう存在しないけど、錬金レシピはまだ残っている。まぁ、魔物がいなかったり、植物系の素材すらも遠い昔に絶滅してしまったりで、ほぼレシピは再現できないんだけどね。

 

 ・・・・・スライムゼリーとか昔は有り余るほど手に入ったみたいたけど、今じゃ国家指定遺産だよ。そんじょそこらの庶民には手に出来ない代物で、ご先祖様達にとっては考えられない話だろうな。

 

「どうしたの? イザさん」

 

 さぁ、そんな取り留めのないことを考える前にイザさんに返事を返さなきゃね。彼は一瞬、何かを見通すように目を眇めたが、それも本当に刹那の出来事で。

 

「錬金釜、探すんだろう?」

 

 イザさんは、過去にトリップしていた私を現実に戻すだけでなく、気まずそうな雰囲気が流れてるユーリルさんとレックス君をも正気に返らせる言葉を放った。

 

 

 私達が、この書斎にやってきた一番の理由は錬金釜を見つけるためだ。嘗ては栄華を誇ったトロデーンという国の国宝にもなったその錬金釜は、悲しいことに今や、家のタンスの肥やしとなっている。

 

 アルバトロス家は没落寸前だが、汲んでいる血統は何処の王侯貴族よりもご立派だと正直、私は思っている。ユグノア、ラダトーム、ローレシア、グランバニア、レイドック、トロデーン。こんなに沢山の王族の血がアルバトロスには混じっているのだ。どの国も、世界史の教科書には必ず登場する太古の大国である。

 

 もう数えきれないくらい考えたのだけど、本当になんで我が家はここまで没落してしまったのか。謎である。

 

「錬金釜は、確か床下だったよね・・・」

 

 レックス君にとっては、タブーになりつつある父さんの論文が置いてあるキャレルの下に敷いてある絨毯を捲ると、二つの丸の線が床に刻まれている。これをポンと押してみると、あら不思議。丸い取手がポンと飛び出てくるではありませんか。

 

「すごーい! コリンズ君の部屋にある隠し階段みたいだ!」

 

 キラキラと目を輝かせているのはレックス君。キャレルの足と私の間にある隙間から顔を覗かせて、凄い凄いと黄色い声を上げる彼には、家主である私もちょっと鼻が高くなる。朝もちょっと思ったけど、常々、近隣に住む子供たちには朽ちた家の外観のせいで、お化け屋敷扱いされているのだ。こんな風に褒められると、嬉しい不意打ちに口元がニヨニヨしてしまうのだ。

 

 

 取っ手を引っ張って、床板を外す。むわりとした熱気と、細かな埃が鼻先を掠める。四角く切り取られた床の下は、色とりどりの大量の物によって溢れかえっていた。

 

「・・・そう言えば、父さんも母さんも整理整頓は苦手だったなあ」

 

 この書斎を見たら、その事実は分かることであった。書棚に入りきらない文献や書籍を床に積んでいる時点で、お察しだったけどもさ。この何でも噛んでも放り込んで、それで放置という状態は流石に見るまで分からなかったよ。

 

「剣やら鞭やら、杖やら。武器があるかと思えば、これは絵画か。なんか、見てると不安になる女性の絵だな、これ」

 

「・・・なんでマーメイドハープがこんな所にある? 今も使えるのか?」

 

「チカラの種とかまもりの種とかも小分けで袋に入れてあるね。アン姉ちゃんのお父さんはもしかして、種コレクター?」

 

 レックス君以外も結局キャレルの下に集まってきて団子になると、各々中を覗きこむや気になる物を見つけて言葉を発する。

 

「その絵画は、ユーリルさんがいた頃よりももっと昔にあった、とある遺跡に祀られていた壁画のレプリカだったはず。マーメイドハープはよく見ると一本弦が無くなってるでしょ? だから、多分もう使えないんじゃないかな。あと、種は代々伝わっているものであって、父さんが種コレクターって訳じゃないからね」

 

 勇者三人の疑問に律儀に答えて、私はお目当ての物を探すべくざっと宝のようなガラクタの山を掻き分けて行く。風化や老朽化等の要因があって、ほぼ使うことが出来なくなっている遺物達は、色もくすませて、とても一目見て曰くのある代物には見えないものばかりだ。

 

 ーーーーーーだから、極端なことを言ってしまうとこれらはほぼガラクタも同然なんだよね。民俗学のお父さんの前ではとても言えないことだったけども。

 

 ってかさ。もしかしてたら、錬金釜も使えない可能性あるんじゃないの?

 

 ここに来て嫌な予感が浮上してきたが、だからといって最早探す手を止めることはできない。伝説の装備を蘇らせることが出来るのは、今のところ錬金術だけなのだ。

 

 そして、ちょっとした不安に苛まれながらも探すこと数分。オレンジ色の奇天烈な形をした釜を漸く見つけることが出来たの






ユーリルが見つけた絵画はXIのプチャラオ村で手に入る壁画のレプリカです。
多分、この家はその他にも色々な物を所有しています。下手したら、VIIIのトロデーンに伝わる国宝の杖とか、どんな部屋も開けられる鍵とかが眠っているかもです。

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