私の部屋は、恐らくこの家にあるどの部屋よりも装飾的で物が溢れている。
ビンテージ物の天蓋付きベッドの側面に掛かるのは、洗濯するのが恐ろしい程に細かいレースで編まれた紗だ。しかも、それが幾重にも重なっているので、この中で寝ていると窓から射す太陽の光も届かない。・・・・・・あれ、私が寝坊するって原因って、もしかしてそれか?
折角置かれている勉強机の上には、お父さんに押し付けられた世界各地の神話本がつみかさなっている。その神話本の隣には果実酒が並び、チープなボトルに入れられて並べられている。全く勉強する気皆無なその机の有様をトルネコさんに見せるのはちょっと忍びない。
「この椅子に腰掛けてください。背中の荷物は床に置いてもらって結構ですから」
「では、有難く。とても、素敵な部屋ですね」
地図がとび出ているパンパンのリュックを下ろしながら、私の部屋を遠慮がちに見渡すトルネコさん。この部屋には椅子が一つしかないので、私は紗を天蓋の柱に括りつけてからベッドに腰掛ける。
───早朝に御先祖様がこの部屋に突撃かましてくるのも違和感があるのに、御先祖様の仲間を部屋に招き入れるってのも本当に謎すぎる展開だ。
よいしょっと椅子に漸く腰掛けたトルネコさんが話を聞く準備は出来たとばかりに、微笑みかてくる。彼の促しを受けて、私はもう五度目となる話をするために、口を開いた。
「いきなりですみませんが、私は最後の勇者って奴らしいのです」
我ながら、四度もしといて説明が下手だなと思う。
だけども、そんな私の説明でも分かってもらわなくてはならない。
そして───考えなくては。
この人が何故、此処に居るのか。
・・・・・・「なんか召喚出来たからまぁ、いっかー」で済ませても良いんだけどさ。
ほらウチには、ファミコンと姫様スキーがいるじゃない?
若干、ホームシック気味なあの人達に、御先祖様以外が召喚できましたてへぺろ☆なんて言ったら、とんでもないことになりそうじゃんか。
せめて、トルネコさんを召喚したきっかけさえ分かれば、そんな彼等にも説明しやすいと思うんだ。
───それに、エイトさんを完全に抱き込むことも出来るかもしれないしさ。
「トルネコさん、私は貴方の知っている天空の勇者の子孫に当たります」
そんな私の様々な思惑を知らず、目前でにこやかに話を聞いているトルネコさんに、この不自然な状況についての説明を私は約一時間ほど掛けて行うことになった。
この世界は、トルネコさんが死んでから何千年と経った未来であること。
そして、私はトルネコさん達が討ち漏らしたエスタークを倒せと、アレクサンドラの王様から勅命を受けたこと。
その無理難題に絶望している中、加護だけでも貰えないかとご先祖様参りに行ったら、ユーリルさんを召喚してしまったこと。
月の世界に住むイシュマウリさんからこの世界の有り様を聞いて、マスタードラゴンを蘇らせ、そして今は錬金術で伝説の装備を復活させようとしていること。
あとは細々としたエトセトラを彼に私は語りましたとも。ええ、語り抜いた。
トルネコさんは、私の話に一つも口を挟まずに静かに、相槌を打って聞いてくれた。真剣な眼差しで、ふむふむと彼なりに私の話を噛み砕いて、理解してくれようと頑張っている姿に、無茶苦茶な話をしていると自覚している自分の励ましとなる。
まぁ、あの四人もちゃんと話し聞いてくれてたけどね。だけど、ご先祖様でもない赤の他人にこういう話をするのってまた別なんだなぁ。
あの四人とは違う緊迫感を感じながらした説明を聞いて、トルネコさんの開口一番の台詞がこれであった。
「私、今、幽霊なんですね」
円な目をキラキラとさせて、両腕をワキワキしながら嬉しそうに聞いてくるトルネコさん。
「ええ。幽霊っちゃあ幽霊ですね」
「ほほー。これが霊体の感触ですか。生体の時と五感は変わりないですねー。あ! 壁とかってすり抜けられ・・・・・・あれ、すり抜けられませんね」
幽霊になったことに興奮しているらしいトルネコさんは、思い立ったように壁に近づくや両手を壁を添わせる。
しかし、期待していたように両手は壁をすり抜けない。
結構、すり抜けられると本気にしていたらしいトルネコさんは、そのことがかなり残念だったようだ。
肩を落としてとぼとぼとまた椅子に座り直したトルネコさんが、悲しそうに自分の両掌に視線を落として眺めている。
その哀愁漂う姿に言葉を掛けるのも憚れるが、ずっとトルネコさんのその姿を眺めていても埒が明かない。
「トルネコさん。あの他に聞きたいことって無いですか?」
「聞きたいことですか? そうですねー・・・・・・そう言えば、此処にユーリルさんが居られるとか?」
「はい。居ますよ」
さらりとユーリルさんも此処にいることを告げてみたが、トルネコさんはその事実を聞いてもあまり驚きはしなかった。
しかし、その訳も聞いてみれば、分かる話であったのだ。
「私としては、頭の中にある記憶が魔王を討伐してすぐの頃で止まっているんですよね。なので、本当ならば何千年ぶりの再会となるんでしょうけど、感覚としては1時間ぶりに再会するみたいな感じになりそうです」
「そっか。トルネコさんの記憶は、皆と違って魔王討伐までのものしかないのか」
ご先祖様達は、生まれてから死ぬまでの記憶を保有してこの世界に顕現してるけど、トルネコさんはそうじゃないみたいだ。
でも、魔王討伐を果たした後の年齢でご先祖様達も姿は保たてれいるんだよね。そこは、トルネコさんも一緒のはずだ。
───ってことは、『魔王討伐』ってのが鍵なのかな。
「アンさんは、私が此処に現れてしまった理由をかなり気にしておられましたよね」
ウンウン唸って、頭の中で色んな憶測を飛びかわせていると、トルネコさんが気遣わしげに私が今一番頭を悩ませている問題について触れてくる。
トルネコさんもトルネコさんで、どうやら考えがあるみたいだ。「これは、あくまで私の推論なのですが」と前置きをして、彼の憶測について話し始める。
「アンさんに会う前、私は確か誰かの声を聞いたのです」
思い出すように眼をすがめて、トルネコさんが遠くを見る。私も彼がどんな声を聞いたのかが気になって、無意識に喉を鳴らした。
「『怖い。皆を失望させるのが』」
息を呑む。
その言葉は、私が密かに胸中で漏らした本音だ。
何故、トルネコさんが私の本音を聞いてしまったのだろうか。
声になど、一言にも出していないのに・・・・・・。
「胸が苦しくなるような悲痛な声でした。私は、その声に導かれるままに歩いていくといつの間にやら此処に居たというわけです。彼処には、私の得物である正義のそろばんもありました。もしかしたら、その声と得物が私を此処に連れてきたのやもしれません」
そうだ。
唐突に思い出したのは、私が意識を失う前の記憶。
あの時、私は不思議な光の正体を確かめようと廊下の奥まで来たのだ。
そして、そこにあった正義のそろばんと英雄の槍に思いを馳せていると、誰かの呼び声が聞こえてきて・・・・・・。
───あの声は、そう。今、目の前にいる人の物と瓜二つ。
トルネコさんのものだったんだ。
***
「えっとー、八切り! 取り敢えず、スペードの5を出しとこうかな」
「・・・・・・レックス、よくやった。王族共め、民草の怒りを知るが良いぜ! 革命じゃー!!」
「このタイミングで革命か。少し、手痛いな」
「国民舐めんなよ! てめぇらが誰の金で生活出来てんのかよくよく考えてみるんだな!」
「ユーリルお兄ちゃんって、もしかして王族嫌い?」
「安心しろ。俺は貴族も大嫌いだ」
「多分、ユーリルは碌な王族や貴族に会って来なかったんだろうな。俺やレックスのような庶民派王族が居るというのに」
「庶民派って言うよりも流浪派って感じだけどねー」
新たな仲間であるトルネコさんを連れて奴等がいるであろう食堂に来てみれば、想像通り、天空の三勇者がそれぞれ思い思いにソファに座って、トランプ大会を開催していた。
彼らの会話とテーブルの上に置かれているトランプを見て、ゲーム内容は大富豪だと察する。
前まで、『無限ババ抜き』をしていたのだけど、さすがに飽きたか。負けた人間がもう一回を何度も繰り返すせいで、プレイヤー全員が寝落ちするまで永遠と続けられる地獄のゲームと化したそのババ抜きは、今思い出しても正気の沙汰とは思えない。
───それにしてもこの人たち、トランプ大好きだね。
「あ、アンお姉ちゃん。もう寝たと思ってたけど、起きてたんだね───後ろにいるおじさんは、お客様?」
「あんまり、年頃の娘が外を彷徨くなよな。お前、アイツらと違って弱ぇんだし・・・・・・って、客!?」
「よし、革命返し成功」
私達がいることに気付いたらしいレックス君は、トルネコさんを見てものほほんとした調子だ。私もそうのほほんと言われると、トルネコさんを彼等にどう紹介しようかと悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。
だが、レックス君と違って「こんな時間に客かよ」と言わんばかりに、ユーリルさんが凄い勢いで手元のトランプから私達の方へと顔を向けてくる。
ユーリルさんぐらいだったな。真夜中にも近い時間帯に連れてきたお客さんに驚いてくれたの。
イザさんに至っては興味無しだよ。結構、嬉しそうに革命返し出来て笑ってるよ、あの人。
イザさん、あんまり顔全体で笑わないから、実は結構珍しい瞬間だよね。
「なんとも賑やかなものですな」
勇者達の賑わいに緩めたを顔を見せるトルネコさんに、私は苦笑じみた顔で頷く。どうやら、賑やかな雰囲気はお好きな模様だ。
「同じ天空の勇者だからか、すごい馬が合うみたいなんですよねー、あの三人。ってか、エイトさんは?」
「あ、エイトお兄ちゃんならピアノの部屋だよ」
「・・・・・・そろそろピアノの調律してあげようかな。レックス君は、ピアノ弾ける?」
「ボクは弾けないんだよね。タバサなら上手に弾けるんだけども」
レックス君に尋ねながらも、そう言えばと思う。
エイトさんってピアノが弾けるのだろうかと。
ミーティア姫は歌の名手であったらしいが、ピアノもかなりの腕前であったらしい。
エイトさんの冒険の書以外にも、ミーティア姫のピアノの腕前に関する逸話が残っている。サザンビークやサヴェッラ大聖堂の公文書に書いてあったと父さんも言ってたし、世界全土にその名声は伝わっていたんだろうなぁ。
───そんなミーティア姫からピアノの技術とか教授されてないかなー。
私もちょっとだけ弾けるから、楽曲の話とかしてみたいんだけど・・・・・・いや、あの人は、ミーティア姫のピアノを聴くために敢えて習ってない可能性もあるか。
と、エイトさんの話で盛り上がるのも程々にして。
ちらと反応が気になるユーリルさんの方を見てみると、まるで幽霊に遭遇したかのような顔でトルネコさんを凝視していた。三白眼の瞳孔を開けきって、口元をわなわなと震わせているユーリルさんの姿ったら若干ホラーである。
会うはずがない人物とご対面するって、確かにホラー現象だけどもさ。あれは、仲間を見る目じゃないよ。
完全に幽霊とか人外に会って、恐怖に戦いている人の顔だよ。
「ユーリルさんもお元気そうですね」
なかなかトルネコさんに対してのアクションを取らないユーリルさん。これでは、埒が明かないと思ったのか、トルネコさんがユーリルさんに軽く手を上げて声を掛ける。
その瞬間、
「ギャァァアアアアっ!!! トルネコが、トルネコが化けて出てきやがったァァアアアっ!!!」
自分が幽霊であることに未だに自覚がないらしいユーリルさんが、己のことは棚に上げてそんなことを叫ぶ。それはもう、魔王よりもおぞましい存在に出会ったかのように叫びまくりユーリルさんに、興味なしと大富豪を続けていたイザさんが顔を上げるほどだ。
「いや、ユーリルも幽霊だろ」
しかも、冷静にご乱心中のユーリルさんにツッコんでいる。この人、いつもユーリルさんに幽霊だろってツッコんでいるような気がするけど、気のせいかな。
だが、イザさんのツッコミすらもユーリルさんは耳に入ってないらしい。
「く、クリフトっ! おめぇ、神官だろ! 早くトルネコを成仏させてやってくれ!! それか、ミネア! なんか占いの神秘パワーで奉ったりとか出来ねぇか!? あ、マーニャの踊りが奉納とかっていうのも・・・・・・」
「ユーリルさん、もし仮にその人達が居たとしてもトルネコさんと同じ幽霊だよ」
「そう言えば、ユーリルさんは幽霊があんまり得意じゃなかったような気がします。リバストさんが出てきた時もこんな風に騒いでいたような」
「え、マジか。まさかのホラー苦手なタイプなの、この人」
「ユーリルお兄ちゃん、ユウレイさんなのにユウレイさんが怖いんだ」
あっさりとトルネコさんにホラーが苦手なのだとバラされているユーリルさん。
ユーリルさんみたいな刺々しくも勇ましいタイプが幽霊嫌いだと知って、気の抜けたような感想が出てくる。意外過ぎてギャップ萌えとすら思えないよ。
そんな薄情な子孫と違って、天空の勇者三代目はちゃんと痛ましそうな顔をして二代目を見てあげていた。仲がいいだけあって、フォローもバッチリだね、君達。
「ってことは、アン。アンに血の繋がりのない俺達の仲間もこの時代に呼べるようになったのか」
事の軸をちゃんと把握出来たのは、どうやらイザさんだけのようである。
そんな彼も、思い至って驚愕するみたいな展開にはならないみたいだ。
いつも通りの真顔で、淡々と憶測を述べるイザさんが決め手となって、私はとうとう脱力してしまった。
この人たちのために、どうトルネコさんのことを説明し、他の仲間の呼び方とか話そうかなと頭を悩ませていた自分が本当に馬鹿みたいだ。
───無駄な気遣いをやろうとしてたっぽいなぁ、私。
私はやる気なく片手を上げる。
「うん、その説明とか諸々するからさ。取り敢えず、エイトさん呼んできてくれない?」
二度も同じ説明をするのは大変手間だ。この時代に初めてやってきた御先祖様達に何度も、その召喚理由やらの説明を繰り返した私は、その面倒さや大変さを身をもって知っていた。
「分かった! エイトお兄ちゃん、連れてくるねー」
エイトさんを呼びに行く任務を請け負ってくれたのは、我らが特攻隊長であるレックス君だ。これから何か面白い話が聞けるに違いないと既にお目目がキラキラ状態である。
持っていたトランプを放り出して、食堂を出ていったレックス君の小さな背中を見送る。
ふとカーテンの引かれていない窓が目に入った。外はとっくのとうに帳が降りており、耳を澄ませば夜の覇者である梟の鳴き声すら聞こえてきそうだ。
───話が終わったら、とっとと寝よう。
夜更かしはお肌の天敵だ。そんな決意を胸にし、私は手始めにと、まだ惚けた顔をしてトルネコさんを見ているユーリルさんを一瞥する。
先ずは、この人をどうにかするか。
アンのモデルは、ドラゴンクエストヒーローズのメーアちゃんとドラゴンクエストXの『妖精図書館シリーズ』の女の子です
なので、アンは銀髪碧眼なのですが、あまり描写することが無いんですよねー
ちなみに作者は、ドラゴンクエストXはアンルシアちゃん登場時以降のイべをこなさないまま、引退しました