「マスター!おかわりー!!」
「アンちゃん、それ以上飲んだらまた後悔するわよ?」
「もう後悔だらけの人生だよ!そもそもアルバトロス家に生まれちゃったことが間違いだったんだよ!!」
うわーんと安酒を飲み干しながらだる絡みしている勇者の末裔が私です。今は、王城の帰りで立ち寄った馴染みの酒場で飲んだくれている真っ只中。
流石に何もやらずにエスタークを封印しろっていうのもアレだからと王様がくれたのは、まさかの三百ゴールドで途方に暮れたのも今や数時間前の記憶である。
三百ゴールドって、10日もあればカフェの店員でも稼げる額だわ!!
しかし、その三百ゴールドを全て酒代に注ぎ込んだ愚か者に成り下がっている私が言える義理でもない。
「確かに血だけはプレミアムよねー。何だっけ? ラダトーム、ローレシア、、グランバニア、レイドック・・・それ以上の過去の大国の血が混ざりに混ざった究極の家がアルバトロス家だものねー」
「私が没落させたわけじゃないですけども、没落しちゃって本当に申し訳ございません! ご先祖様!!」
「そんなに頭をカウンターに打ち付けられるとアンちゃんって結構な石頭だから、カウンターが凹んじゃうわ」
「私の頭の心配よりもカウンターの心配!?」
この馴染みの酒場のマスターとの付き合いは私が子供の頃からだから途方も無く長い付き合いだ。酒場のマスターがちょび髭親父ではなく、うさ耳が可愛いバニーガールなので、アレクサンドラではちょっと有名な店でもある。
店内はカウンター席と十席のテーブル席のみのこじんまりとした店だ。昔は『ぱふぱふ屋』なるものを営んでいたこともあるらしいが、私にはまだ早いとその店の正体をマスターは教えてくれない。
こう見えてもう十八歳になるのだが、成人してなおもマスターは私にぱふぱふなるものを教えてはくれないのだ。
「でも、王様も困ったものねぇ。どんなにアンちゃんの血がプレミアムだって言っても所詮は過去の偉人が成した偉業でしょう? それと同じものをただのアンちゃんに求めるなんて酷よねぇ」
「うぐっ! 人様に言われると思ったよりも胸が痛い」
「アンちゃんも常々言ってるじゃない? 『スーパースペックのご先祖様と私を一緒にするな』って」
「仰る通りで」
一体何を食べたらそんなに育つのかと思われる御大層なお胸を揺らして、ビシッと指さしてくるマスターについ顰めっ面を見せてしまうも、口だけで家が立つと噂のマスターに勝てるがはずもなく難なくやり込まれるのはいつものことだ。
ただ、素直にやり込まれるのも癪なので気にしてませんよーって顔でチビチビと酒を舐めることにした。
そんな私の態度にマスターがオヤジ臭いわよと言ってくるが無視である。
「こうなったら、もうご先祖様にご加護でも頼みに行ったら? もしかしたらメガンテくらいは授けてくれるかもしれないわよ」
「地獄の帝王に自爆魔法って効くのかなぁ。そもそも体力も精神力もただの小娘の自爆魔法だよ?」
「どのみち死ぬなら、過擦り傷くらいつけて逝きなさいよ」
「わー、ものの見事に死ぬ前提で話しが進んでらぁ」
ちっきしょー! そもそも私が地獄の帝王の復活の阻止に失敗したら、この世界にいる生物皆おじゃんなんだからねー!!
とうとうグラスを舐めるのも堪らなくなって、ボトルを煽る私にマスターがジト目で見つめて来る。マスターの冷徹な眼差しはある一部の人間には好評価なのだが、残念ながらノーマルである私には一つも効きそうにない。
「こうなったら、ご先祖様からマダンテとかパルプンテとかミナデインとか太古の究極魔法を授かってくるよ!!!」
「そんな大層なものを唱えられるだけの精神力、アンちゃん持ってないでしょう?」
こうして、王様から地獄の帝王エスタークの復活を阻止しろという勅命を受けた夜は更けていく。恐らく、こんな情けない勇者としての初日を迎えたのは私が初めてではないかと思われる。
・・・いや、そもそも勇者の末裔として頑張れって言われただけだから、勇者ですらなかった。
*****
アルバトロス家の偉大なご先祖様が眠る墓があるのは、アレクサンドラの中でも随一を誇る霊山の中腹だ。
霊山というだけあって、眉唾ものの伝承が数多くあり、アレクサンドラ人であれば誰もが寝物語として聞いたことがあるはずだ。
その中でも私が特に気に入っている伝承が竜人族と呼ばれるハイスペックで妖精のように耳の長い一族が住む里に繋がる祠が存在したというものだ。
この伝承には他にも色々紐付く話があって、例えばとある大国の王太子と竜人族の娘が禁断の恋に落ちるも、結局はそれを許さなかった娘の父親が2人を引き離したという話がある。
ハンカチの手放せないこの悲恋のストーリーは、ロングセラーとして親しまれるほどに世界中で有名になった話の元ネタにもなったことがあるのだ。
引き離された二人のその後がどうなったのかは伝わっていないが、ハッピーエンド主義の私としては一時は引き離されたものの、最後の最後はやっぱり必然的に再会し、結婚しましたとさがいい。
因みに我が家の家系にも竜人族は存在するが、手記が存在する竜人族は厳密に言うと人間と竜人族のハーフのようなので実際の竜人族の正確な実態は私も分からない。
ただ、その竜人族のハーフはワーカーホリックの主至上主義なので、手記を読むというよりもまるで報告書を読むような心持ちであったことは否めない。
さて、そんな風に霊山のことや竜人族のことについて思いを馳せていると、辿り着くには半日ほど掛かるちょっと時間泥棒なアルバトロス家の墓に到着だ。
一応、整備された山道を登ってきたのだけれど、普段からそんなに運動しない私にとってかなりの重労働である。
荷物もリュックの中にお昼ご飯やお線香、あとは一夜を麓の宿で過ごすため、極小数のお泊りセットしか詰めてきてないのに、息はゼーゼーと荒く、こんな調子ではそもそもエスタークの元にたどり着くことすら困難じゃないのかと思えてすら来る。
両膝に手を当てて、深呼吸を繰り返し、どうにか息を整えた所でやっとお墓とご対面だ。
我が家の墓は、墓というよりも石碑に近い。長方形の土台の上に、白大理石で出来た六角形型の石碑が乗っていて、その石碑に簡潔に『アルバトロス家の墓』と刻まれているのみだ。
どんなに偉大な功績を残していようとも、何百、何千年も経てばこういう扱いを受けるものなんだなぁと思えばちょっとご先祖様に同情してしまう。
・・・・・まぁ、今日はそんな御大層な功績を残していても、ろくでなしの末裔から死んでなおも縋られる訳だからそれはそれで可哀想なんだけど。
我が身の所業であることには見てみぬふりをして、とっととリュックから線香を取り出すと火力を調整したギラで火をつける。
線香の先が軽くギラによって炙られると細長い煙と、線香独特の香りが辺りに漂い始めた。手にしているそれが小さくなってしまわないうちにと、そそくさと石碑の前にお供えし、パンと掌を二回合わせてご先祖様に必死に祈る。
ーーーーーご先祖様、ご先祖様。貴方方の子孫がとうとう昨日、エスタークの復活を阻止するようにと勅命を受けることになってしまいました。数多くの勇者の血を引いているとはいえ、勇者でもない私には荷が勝ちすぎる勅命です。皆様と違って、平凡で一介のカフェの店員で、魔法なんてホイミとギラしか使えません。剣なんかまともに振ったことすらありません。というか魔物と戦ったこともないのにいきなり地獄の帝王と相まみえてこいやって言うことこそ相当な無茶振りですよね!?
手を合わせて胸の中でご先祖様に加護を貰うためには、先ず成り行きを説明しようと思いしているといつの間にか盛大な愚痴大会になってきていて収集がつかなくなっていた。
ーーーーそもそも、ご先祖様がエスタークを倒しきってくれないから私にまで皺寄せが来たんですよ。なんで毎回封印して終わりなんですか。魔王も倒せるんですから、地獄の帝王なんて楽勝ですよね?私なんて、ビギナー向けのスライムすら倒せる自信ないですよ。なんでご先祖様、どうか私にご加護を是非とも授けてください。何ならマダンテとかパルプンテとかミナデインとかも授けてくださいお願いします。
「授けてもらっても、そもそもお前のその精神力じゃ唱えることもできねぇだろ」
不思議なことにすぐ近くから若い男性の声がした。私がアルバトロス家の墓に来た時は誰もいなかった筈なのに誰かの声がするというのはとても可笑しなことだ。しかし、ご先祖様から強力な古代魔法を毟り取ろうとしている私はその声の主の存在にこの時は一つも疑問を抱かなかったのである。
「古代魔法使えなかったらその時点で私の死は百%決定だよ。あーあ、まだ彼氏もいた事無いし、美味しいもの食べてないし、世界旅行もしてないし、読みたい小説の続きもあるのにこれで人生終わりとか悲しすぎっしょ!ちょっと、エスタークも空気読んであと三百年後くらいに復活してくれないかなぁ」
私の自分本位すぎる願望に男性は絶句して二の句が出ないようである。その時間が一分以上も続くものだから、男性が何をしているのかが気になって祈るために閉じていた瞼を押し上げ、声のする方向を向くとくせ毛の緑頭がチャーミングな目つきの悪い少年が私をジト目で見ていた。昨日のマスターを彷彿させる素晴らしい品質のジト目である。
・・・・・ん?
「ってか!? 貴方誰!? え? いつから此処に居るの!?」
今更過ぎるが、少年の姿を見て漸く抱かなければならない違和感を得た私はピョンと大袈裟に飛び上がって少年から二、三歩の距離を遠ざかった。小心者らしい私の行動を少年は呆れを通り越して、最早憐れむような眼差しで見つめてくるのが若干心にくる。
「・・・アリーナとマーニャ以上に自分の欲望に忠実な奴は久々だな。まぁ、いい。俺はユーリルだ。気が付いたら此処にいた。どうもお前の長ったらしい訳の分かんねぇ声に無理矢理起こされたみてぇなんだけど」
「ユーリル?」
「ん? なんだ、俺を知ってんのか?」
両耳についた奇抜なセンスのピアスを揺らして首を傾げるユーリル少年に、私の体中を勇者魔法、ライデインが直撃したような激しい動揺が襲った。
アルバトロス家に伝わる勇者の伝説は一つだけじゃない。勇者と一言で表しても、彼等にはある種の分類がされるのだ。
それは一種の時代区分とも言えるのかもしれない。
星の距離程遠い過去に存在したロトの系譜の勇者。
空に城があった頃に選ばれた天空の勇者。
勇者と言い表すには語弊があるかもしれないが、人外の加護をその身に纏い魔王を打ち破った英雄。
我が家に数多く残される手記の一つに『ユーリルの書』がある。
天空の二代目勇者とも言われるユーリルの人生は、正しく勇者の名に恥じない波乱万丈さで彼の出自も特異なものである。
気付けば、私は指をビシーッとユーリルに向けて言い放っていた。
「あんまりにも天空城にいる神様が憎らしくて魔王すら仲間にした人だ!!」
「お前、人をなんつー覚え方で覚えてくれてんだ!?」
「でも、そもそもその魔王が故郷滅ぼした元凶だから悶々としてたんだよね?」
「ちげーよ! ピサロを仲間にしたのはマスタードラゴンへの当てつけでも無ぇし! 単に世界を本当に征服しようとしている大元が居ることが判明して、その大元がピサロの仇でもあったから協力してもらっただけだ!!」
「私、常々思ってたんだけどユーリルさんってすっごいお人好し過ぎで逆に不憫だなぁって」
「マジお前何なんだよ。俺のことを知ってるみてぇだけど、俺はお前みてぇな失礼の権化、マーニャとミネア以外は知らねぇぞ」
私の数多くいるハイスペご先祖様の一人が何故かは分からないが、この場に実態を伴って現れてしまった。手記には、勿論書き手である彼ら自身の容姿なんて書いてあるはずもないので、読み手である私は子供の逞しい想像力で彼等の容姿を練り上げていたのだが、実際は何の変哲もないちょっと顔が良いだけの少年だったようである。
常日頃から眉間に皺を寄せているのか、それが跡になっていそうな程に表情の険しい少年は私の態度に頭が痛いと言わんばかりだ。流石に私も言い過ぎたかと思いもしたが、そもそもと言えば、このご先祖様がエスタークを撃ち漏らしたせいで未来の私が被害被ってるのでそんな風にしおらしくならなければならない義理もないかと思い直して改めることをやめた。
・・・・・と言うか、その前に私とご先祖様の関係を説明しないとね。
「ユーリルさんは私のご先祖様なんですよー」
「・・・・・は?」
彼に私達の関係を説明するのには、三十分という多大な時間の犠牲が必要であった。