私のご先祖様はハイスペなので、三十分もあれば私達の関係性を完全に飲み込めたらしい。
「要するに、あの時俺達が倒したエスタークが実は生きていて、何千年と経った今頃にまた復活をしようとしているってことか」
「そうそう!! エスタークの存在は最後の天空の勇者の手記でも書かれていることだし、王様が嘘を言ってることはないよ!」
「俺を含めて二人の勇者と戦ってるのに奴もなかなかしぶといな」
ユーリルさんの忌々しそうな物言いには私も凄く同感だ。その生命力の強さは、水回りに出てくる人類の天敵と同じようにも思える。
「でも、お前も勇者なんだろ? 俺達の尻拭いさせて悪いが、勇者であればエスタークは打ち倒せるはずだ。ピサロが俺を殺したくて故郷を滅ぼしたのは、そもそもエスタークが勇者によって打倒されると予言されたからだしな」
「確かに私はユーリルさん達の血を引いてるけどね、勇者ではないんだよ。勇者の末裔っていう立ち位置なんだよ!」
皆して誤解してると思うが此処は良く理解してもらわないといけないと思う。勇者と勇者の末裔では、ポテンシャルとか諸々に絶大な差があるんだよ。勇者の末裔っていうのは、すっごい偉大な人の血がうすーくこの身に流れてるだけであって、実際はその辺にいる町人Aとスペックは何にも変わりはしないから!
鼻息荒く勇者と勇者の末裔の違いを訴えてみるも、ユーリルさんはやはり眉間に皺を寄せて思案顔である。彼の遠い過去の記憶を探るような目付きは真剣だ。なんだかユーリルさんの思索の邪魔をするのは憚られるような心地になってきて、少々座りが悪くなる。
「・・・アン、勇者になり得る条件って知ってるか?」
「勇者になり得る条件? 勇者だけが装備できるっていう天空の装備を装備できるってこととか?」
「それもあるが、他にも条件はある」
ユーリルさんの言わんとしていることが想像つかなくて小首を傾げる。勇者には装備以外にも条件がある・・・? うん、全然分からん。
しかし、私はその条件をすでに知っていた。彼らの手記を幼少の頃から絵本代わりに読んでいた私にとって彼等の出生は、聖書の序章よりもたやすく諳んじることが出来るものだから。
「人間と天空人の血を両方持っていることだ」
ユーリルさんの告げたそのもう一つの条件に私は「あー!」と掌をポンと拳で打ち付けて、そう言えばユーリルさんは人間と天空人のハーフだったなぁと思い出した。
最後の勇者の血にも天空人と人間の血が両方流れていた筈だ。初代の天空人の勇者については、魔王の非道な行いによって人格が二つに乖離するという奇怪な状況に陥っていたこともあって、血筋云々よりも自分のアイデンティティの追求をしていたからあんまりその辺のこと書かれていないんだよね。レイドックの王子って判明したらもうそれでいいやって感じみたいだし。それよりも、自分の好みとか交友関係を思い出すので手一杯だったらしい。
私のご先祖様はハイスペックだが、それ以上の苦労を沢山経験している。
「アンには俺と俺以降の勇者の血が混じってるんだから、勇者であっても可笑しく無ぇだろ?」
ご先祖様の苦労を偲んでいると、ユーリルさんが劇物的なことを言い始めた。無意識に私が考えないようにしていたことを豪速球で投げてきたのである。この人に気遣いとか遠慮とか仲間の人は教えなかったのだろうか。
「いやでもそんなのめちゃくちゃ薄いよ! もう何千年前の血だよ!?」
「血は水よりも濃いという諺語があるし、何より先祖返りってこともあるらしいからな」
先祖返りしてたら今頃こんな片田舎の小さな国でカフェの店員なんてやってないと思うよ! それこそ、北の大陸にある大国『ペノシア』にでも行き、花型の騎士団に入って将軍位に就任し、綺麗所を毎日侍らせて左団扇な生活を送ってるに違いない・・・・・嗚呼なんで、先祖返りしなかったんだろう。
「お前、さっきすんげぇ顔してたぞーーーーーまぁ、兎に角だ。天空の装備を身に付けることが出来たらアンは勇者で間違い無しってことになるんだが、今どこにあるかは俺も分かんねぇしなぁ」
ユーリルさんは己の癖っ毛な頭を面倒そうに掻き毟ると、とうとう立って話すことに疲れてきたのかお墓の土台に腰掛けてしまった。確かに安らかな永眠を願われているうちの一人に間違いないだろうけど、貴方以外の人もそこで眠っていることをどうか忘れないでほしい。
「ユーリルさんは天空の装備を最後何処にやったとか覚えてるの?」
「世界が平和になった後は仕舞ってたからな。あんまり見たくもねぇっつーか、勇者でいて良かったことなんて故郷の皆や仲間と出会えたことくらいだしな」
ユーリルさんの葛藤は手記にも数多く書かれていた。自分が勇者であったことで失ってしまった数多くの命の重責に耐えられないことや、そもそもその勇者の任を司るマスタードラゴンが生みの親の仇であること。
彼にとって勇者とは、多くのものを与える称号であるのと同時に、彼から多くのものを奪った称号でもあるのだ。
勇者の称号に他の勇者よりもずっと様々な思いを抱いている勇者は、恐らく彼であると推測出来る。
「嗚呼、そう言えば体にガタが来た頃に装備は他の人間に譲った記憶があるな。一所に全て揃ってるともし新たな魔王が後世に出現したら、四つ全てを管理する奴が絶対酷い目に遭う事が想像出来たし」
「そう言えば、ユーリルさんって天空城に戻らなかったの? 手記には世界が平和になったら天空城に戻るかもしれないと書いてあったけど」
他の勇者の手記もそうなのだが、大体の手記が世界が平和になるとそこで彼らの人生についての記述は途絶えるのだ。幼い頃に父から聞いたことだが、彼等のこの手記は別名『冒険の書』とも呼ばれているらしく、世界が平和になり、冒険しなくなった彼等は此処にそれ以上の人生を書かなくなるらしいのだ。
ユーリルさんの手記の最後の方に一文だけそんな記述があったように思えるが、もしかしたら私の思い違いであったのかもしれない。何故ならば、そう尋ねた瞬間にユーリルさんがえらく皮肉げな笑みを口元に掃いたからだ。
彼は「ハッ!」と鼻先でも笑った。
「俺とマスタードラゴンはどうも元から性根が合わねぇらしくてな。一度だけ、彼処に住んでいたこともあったが何度か小さなことで衝突して、結局俺は地上に降りることになったって訳だ」
「絶対的な神様と世界を救った勇者がバトるとか、本当に平和な世界でしか出来ないことだよね」
そもそも神様と勇者がこうも相性最悪って有り得るのだろうか。ピサロとは共に冒険をして、諸悪の根源を叩き潰しているのだから、まだ魔王の方が相性は良いということになる。それでいいのか、この世界。
「で、まぁ地上で細く暮らして、俺もそろそろ身体が衰えてきたと自覚しだした頃に天空の装備についての不安が出てきた。そこで、次の魔王が現れるまではそれぞれ分散させとこうと思って分散させたんだよな。剣はトルネコ、兜はミネアに託した。盾はどっかの商人にやって、鎧は嫌だけど天空城に任せたんだよな」
「なんで盾だけ名前も知らない商人に預けたのかがすっごい疑問だよ」
トルネコ、ミネアという名前はユーリルさんの手記で嫌って言うほど見た名前だ。詰まるところ、彼の魔王討伐メンバーであり、ミネアさん曰く『導かれし七人』という数奇な命運を持っている人達らしい。
その面子に大事な装備を託すのは分かるけども、何で盾だけ商人に託したんだろうか。ユーリルさんなりに考えがあってのことだろうが、つい訝しげな目で見てしまう。
ユーリルさんもユーリルさんで私の追求には至極言い悩んでいる様子であった。
「まぁ、あれだ。酒の席だったと言うか、珍しくカジノをして興奮していたと言うか。気付いたら全財産すっからかんで差し出せるものがアレしか無かったって言うか」
しどろもどろに情けないことを立て続けに述べるユーリルさんの告白を纏めるとこうだ。
『酒を飲みながらカジノしてたらいつの間にか全財産擦ってて、借金のかたに盾を差し出した』
借金のかたに差し出された天空の盾を思うと、あんまりな展開で涙が出てきそうだ。魔王を倒すために生み出された盾も、よもや借金のかたにされるとは思いもしなかっただろう。マスタードラゴンとユーリルさんの折り合いが悪いのって案外こういう所にもあるのかもしれない。
「っつーか今思うけどな。俺よりも最後に天空の装備を着た奴に在り処を聞いた方が着実なんじゃねぇか」
「・・・・・正論なんだけど、天空の盾をギャンブルで差し出したユーリルさんには言われたくなかったよ」
「あんなに最初は泣きついてきた割りには、この短時間で俺の扱い悪くなったよな」
微妙な顔してそんなことをボヤいているユーリルさんをフォローする気が起きないくらいにはもう彼を敬う心は磨り減っている。恐らくは、ご先祖様を神聖視し過ぎていて実際の現実とのギャップについていけなくなってるんだと思われる。半分の責はユーリルさんにもあるが、そのもう半分は私にもあるのだ。
「まぁ、仰々しく扱われるよりかはマシか」
そうやって私の雑な扱いを受け入れてしまう辺りの人の良さも関係していることは言うまでもない。