「ってな訳で、マスタードラゴンを復活させることになりました! いやぁ、まさかこんなに簡単に天空の装備問題とか、それ以前のマスタードラゴンって今いないけどどうすんの問題とか手っ取り早く片がつくとは思わなかったよねー」
「どうも話がトントン拍子に行き過ぎて、きな臭ぇような気がする」
「でもユーリル兄ちゃん。そのイシュ、イシュマ、いしゅまうりさんって人はアン姉ちゃんの知り合いみたいだよ? ボクはその人を信用しても良いと思うけどな」
「レックス君、無理にイシュマウリって呼ばなくても良いんだよ。ご先祖様の仲間の一人はヘチマ売りって呼んでたからレックス君もそう呼べばいいよ」
「あ、なるほど! 確かにヘチマ売りと語感が似てるね、イシュマウリさん!」
「ヤンガスさんって、十歳児以下の脳筋だったんだなぁ」
「で、そのヘチマ売りの言うとおりにマスタードラゴンを復活させるとして、何処に行きゃあ良いんだ?」
某盗賊さんと同じレベルの脳味噌をお持ちらしい我がご先祖様の一人であるユーリルさんが今日も今日とてアルバトロス家のお墓の土台に腰掛ける中、レックス君はちゃんと行儀よく私の隣で月の世界で起きた不可思議な話を聞いてくれていた。同じ勇者とはいえ、育ちには並ならぬ差があるようだ。流石王族のレックス君と褒めるべきか、それとも山奥のがき大将はマナーだけ学び忘れたのかと野次るべきか。どちらにしろあの三白眼で睨まれるのは目に見えてるので、口は閉ざしていることにする。
まだ真上に太陽が登りきらない朝の清々しい空気の中、昨日問題になったマスタードラゴンの所在が不思議な月の世界で昨晩発覚したので、彼らにもその話を語って聞かせてみたところだ。二人は私が来ると何やらビビビと察知するものがあるらしく、私がお墓の前にやってくる前に既に姿を顕現させて私の到着を待っていた。
そして、無表情でも迫力のあるユーリルさんとニコニコ笑顔を浮かべて出迎えてくれたレックス君に私も片手を上げて、挨拶もそこそこにこうやって話し込むことになった訳だ。
「夢の世界だってさ」
「「・・・夢?」」
「そう。夢の世界」
二人して直ぐに私の顔を疑うように見てくるのは止めてくれないだろうか。そう言えば、天空の勇者といえども、この二人には夢の世界は馴染のない話であったっけ?
「アン姉ちゃん、もしかしてさっきの話は夢の話だった?」
「お前、もしレックスの言うとおりなんだったら早めに白状したほうが身のためだぜ」
「ユーリル兄ちゃんもそんなに怒んないでやってよ。アン姉ちゃんだって、多分まだ色々混乱してるんだよ。ボクもユーリル兄ちゃんも怒らないから、アン姉ちゃんもちゃんと本当のことを言っていいんだよ?」
ユーリルさんに詰られるのはともかく、レックス君に宥められるのはちょっと胸が痛くなってくるので早々に夢の世界についての詳細な話をしようと思う。
・・・・・天空の勇者二人に正気を疑われた人間って、多分私が最初で最後だろうなぁ。
「ユーリルさんの前の勇者、つまり初代の天空の勇者の頃の魔王の話を今から少しだけするんで、二人共耳の穴をかっぽじってよく聞いてくださいね」
ニコッと笑って二人にそう告げたら、二人共少しだけ顔色が悪くなった。声がいつもより若干低くて、目がいつもよりも据わってたかもしれないけど、でもそれ以外はいつもと同じだから二人の様子がなんで変わったのかは私は分かんないなぁ。
・・・・・・まぁ何にせよ、二人が私の話を真剣に聞いてくれればそれで良いんだよ。
初代の天空の勇者が倒した魔王は、人間界だけでなく、夢の世界にまでその魔手を伸ばそうとしていた。地上に生きる生物は夢を見る。人間じゃなくとも、犬や猫といった動物や声を発さない草花だって眠りにつけば夢の世界の住人になり得るのだ。
そんな夢の世界は、誰も彼もの望みを叶えた。
夢の中では、なりたい姿ややってみたいことが自由自在に出来る。夢の世界はその名のとおり、その原理が適用されるのだ。空飛ぶベッドで世界を一周することもできるし、過去の悲劇に手を差し伸べて、より良い方向へと導くこともできる。初代の勇者は最初は意図していなかったが、夢の世界で人々を助けていき、それが現実の世界を救うことにもなるのだと気付けば更に積極的に人を助けることにした。彼には他にも、夢の世界を冒険しなければならない理由があったのだがそれはさておき。
「現実にはもう天空城もマスタードラゴンもいないけど、夢の世界なら存在するみたいなんだ。多分、夢の世界でマスタードラゴンに接触出来れば、あとはイシュマウリさんに全部放り投げーーー押しつけーーー任せてしまったほうがいいかなぁと思うんだよね」
「お前、もうちょっと本音を隠すということを覚えた方がいいぜ」
「ユーリルさんにだけは言われたくないよ! レックス君相手に大人気ないことしたユーリルさんには!!」
さらっと昨日自分がやったことを棚に上げて、私を非難してくるので勿論全力で打ち返しておきましたとも。レックス君がマスタードラゴンを頼りにしてたら、裏切られたみたいな顔してたこの人にだけは本当に言われたくないものである。
私からカウンター攻撃を受けたユーリルさんはと言えば、間違って酸っぱいものを食べたような顔をしている。でも、そんな顔をしていたのも一瞬のことで直ぐに不機嫌そうな顔つきになるや顔をふいっと私から逸らしていた。やっぱり、本音を隠す練習するのって私よりもユーリルさんが先にやったほうが良いと思う。
「夢の世界かー。とっても面白そうな場所だね! タバサに言ったら羨ましがられるなぁ、きっと」
「面白いと思うよー。ひょうたん島で海を渡ったり、ベッドに乗って世界を旅行したり! あと、魔法都市カルベローナに行って今度こそマダンテ習得だ!!」
「わー! ベッドに乗って世界を巡れるの? 魔法の絨毯じゃなくてベッドに乗って冒険するのって初めてだ!」
「・・・・・今ならちょっとミネアやブライの気持ちが分かりそうだぜ。次会えたら、真っ先にあの二人には謝っとこう」
ユーリルさんが一人あさっての方向を見ているけど、それは気にしたら負けだ。私もレックス君も気分は最高潮!彼女の家まで十五分!自分でも何を言ってるのか分からなくなってるくらいにはハイテンションで、今ならタダのカフェ店員でもスライムを素手で一発で伸せそうだ。
「ってな訳で! 今度は夢の世界に先だって行ってくださってる先輩に縋ろうと思います!」
指をぴしっと今日も眩い晴天に向かって突きつけて情けない宣言を口にすると、あさっての方向で黄昏れていたユーリルさんが「彼奴、俺達を便利屋か何かと勘違いしてるんじゃねぇか」となにやら最もなことをボヤいてるのが聞こえたが、これも普通にスルーすることにした。
「初代の勇者様ってどんな人なんだろう? やっぱりユーリル兄ちゃんみたいな感じなのかな?」
レックス君。へそ曲がり勇者が二人も居たら、それはいよいよもってマスタードラゴンの人を見る目の無さを疑わなければならないよ。レックス君の純粋な疑問に私は大人気なくそんな返しを思い浮かべていた。
今日は元より初代の天空の勇者様に縋り付く予定だったので、予め線香は宿屋で購入していた。一応、まだ家から持って来てる分が少し余っていたが、この人生何があるのか分からないので補充しといて損はないだろうと思ったのだ。もしかしたら、初代の天空の勇者様以外にも縋りつかなければならないご先祖様がいらっしゃるかもしれないし。そろそろ大人なご先祖様にお会いしたいところだけど、次のご先祖様はどうかな? 手記を見てる感じ、ユーリルさんよりかは大人なような気はするけど。
背負っていたリュックから線香を取り出して、やっぱり極小ギラで火をつける。
「アン姉ちゃん、すっごく器用だね。タバサもよく魔法を大きくしたり小さくしたりしてたけど、ここまで小さなギラは初めて見るよ」
大きなお目目をキラキラさせて、すごいすごいと賞賛してくれるレックス君には申し訳ないけど言わせてほしい。
どいつもこいつも人のギラの使い道に興味を示さないで!! うう、先天的に偉大な魔法を使える勇者なんて高ステータスには絶対私のこの惨めな気持ちは分かるまい。
相も変わらず、心に特大のメラゾーマでも食らったかのような火傷をおって、私は細い煙を上げる線香を片手にアルバトロス家のお墓の前まで行き、いつもの手順で線香をお供えする。その際に、人が大火傷を負っている現場をニヤニヤと意地悪く眺めていたユーリルさんをお墓から追っ払といた。あんなに底意地悪くて、ドロドロしてるユーリルさんでも勇者になれるんだったら、そりゃ私も勇者になれるわな。
ユーリルさんが居なくなってスッキリしたお墓に手を二回合わせて、ご先祖様に祈る(縋る)ために目を瞑る。
ーーーーー初代の天空の勇者であったご先祖様。お初にお目にかかります、貴方の平凡な子孫であるアンというものです。この度は貴方のお力をお借りしたくて参りました。今、私が住む世界には神も世界樹も、精霊すらいない状況らしいのです。なので、その神を復活させるために私は夢の世界へと行かなければなりません。そこで、貴方に力を貸して欲しいのです。どうか、夢の世界の案内をしてくれないでしょうか? 出来れば、魔法都市カルベローナで私がマダンテを習得できるように便宜をはからってくださるとなお嬉しいです。あ、何なら勇者様が私にメガンテとミナデインを教えてくださると私はもっと嬉しいです。
「・・・悪い。マダンテは分からないが、メガンテとミナデインは、多分君じゃあ精神力が足りなくて唱えられないと思う」
もうお馴染みだが、背後からユーリルさんよりも少しだけ軽い男声が聞こえてきた。やはり、いつもの如く反射で背後を振り返って、私はその声の持ち主を視界に入れる。
初代の天空の勇者。ユーリルさんやレックス君よりも、更にもっと前の勇者様は、やはりあの二人の前の勇者様なだけあってなかなかに曲者そうな見た目をしていた。
「ちゃ、チャラそう!! え? まさか本当に、貴方が最初の天空の勇者様で間違いないでしょうか?」
「・・・天空のかどうかは分からないが、ゼニス王から勇者だとは言われている」
「うん、最初の天空の勇者で間違いないね。シスコン拗らせて、とうとう血の繋がっていない妹をゲットしたイザさんだ!」
「・・・人聞き悪いことこの上ないな。確かにターニアのことはあるが、そんな人聞き悪いことを言われるほどのことはしてないぞ」
ユーリルさんとレックス君の背後に立つイザさんは、そのとても目立つ逆立った青髪を揺らして、困ったように頬を掻いている。左耳には金色のピアスが連なってるし、袖のないチュニックを着ているのでそこから除く丸太のような腕は筋肉で筋張っている。
ユーリルさんは人相悪いけど、少し中性的なイケメン。レックス君はまだ幼いこともあって格好いいよりも可愛いが似合う顔をしているが、あれは多分、将来女泣かせの異名を持つ顔をしている。で、イザさんはワイルドさがあるイケメンだ。笑うと多分爽やかになるタイプだな。
・・・・・勇者って、もしかして顔審査なのか。だから、多少性格に難があっても勇者になれるのかな。ってことは、私も実は結構美人な部類に入ったりして!?
うん、ちょっと夢の世界に行く前から現実逃避しようとしてたね。
本人は自覚していないようだが、彼こそが最初の天空の勇者、イザ・レイドック。
まだ天空城にクラウド城という名があり、マスタードラゴンがゼニス王と呼ばれていた頃に現れた稀代の勇者。
レイドックの王子でありながらも魔王討伐に名乗りを上げたが、志半ばである魔王幹部によって精神を夢の世界へと飛ばされたことで記憶喪失になった苦労人でもある。
我が家に入るためにわざわざ自分の変装をした人なんて、多分この人くらいだと思う。
「そう言えば、此処は何処だ? そもそも俺はなんで生きてる?」
そういや、その辺のちゃんとした説明をまたしなきゃならないんだね。一応、縋ってる時に今回は極々簡潔に自己紹介とかお縋り内容も言っておいたんだけど、そっちはあんまり記憶に残らないのかな。
「此処は未来だよ! イザ兄ちゃんがいた頃よりも、もっとずーっと先のね」
「そっちの騒がしいのがお前や俺達の子孫だ。コイツが俺達を呼び出した」
取り敢えず、順序も何にもない好き勝手な説明は余計な手間しか生まないので、少しの間、二代目と三代目は大人しくしていただけないかな。ほら、貴方達があーだこーだ言うからイザさんの頭から湯気が出てるよ。
*****
姦しい二代目と三代目から初代をもぎ取って、少し離れたところに隔離し、私はもう三度目となる私と御先祖様の関係性、すがりついた理由、今の世界の状況などを四十五分かけて説明した。イザさんはその逞しい腕の筋肉を見た時から思っていたのだが、やっぱりこの人、筋肉でものを考える人だったよ。その癖、元王子だから変に頭が回っちゃってちゃんと理解できるまでの道程が長い。何であれは単純に理解したのに、これはそんなに難しく考えて理解出来ないのかなぁってことが山盛りだ。
・・・・・多分、ユーリルさんって私と結構感性近いんだろうなぁ。だから、たったの三十分で私の説明を全部理解出来たんだろう。
ただ、順応性ならばイザさんもほかの勇者に負けていない。勇者という職業は順応性が無かったら出来ないもんね。
四十五分で私との関係性を理解したイザさんは、チュニックから覗く逞しい両腕を組んで私に「なるほどな」と理解の言葉を発した。
「話は分かった。案内くらいは構わないが、それでどうやって夢の世界に行くんだ?」
「イシュマウリさんがバビューンと連れていってくれるらしいので、その辺は気にしなくていいよー」
「い、ヘチマ売りがか?」
お前もか、イザさん。寧ろ、自分で思いついてそう呼ぶ方が勇者としては色々と不味いと思う。某山賊と感性一緒とか、どうやって世界平和を齎したのか謎になってきたよ。
「ま、今は楽にしててよ。あの人の所に行くためには夜を待たないと駄目だからさ」
*****
時刻は満月が中天に上る時間。昼間の陽気さは鳴りを潜め、すっかり夜間の静寂さが満ちる中、私と彼等は霊山の麓にある宿屋の部屋の一角に集まって各々の好きな態勢で例の窓を囲っていた。
ベッドに腰掛けて満月の映る窓を訝しげに見詰めるユーリルさん。
窓の燦に手を置いて頬杖をつき、夜空をうっそりと眺めるレックス君。
壁に体を預けて腕を組み、両目を瞑って何か考え事をしているイザさん。
天空の勇者と纏めて称される彼等もこうして見ればやっぱり唯の人なのだと改めて思う。その血に天空人の血が混じっているのだろうけど背中に羽は生えていないし、浮世離れした雰囲気を醸し出している訳でもないし。
ーーーーーどちらかと言うと、私としては他のことに改めて衝撃を受けてるわけなんだよね。
「皆ってさ、本当にお墓が近くに無くてもウロウロ出来るんだね・・・」
ベッド枠に手を置いて、ご先祖様を観察していた私が一番引っかかっていたのはそれだった。
どんなに偉大で何でもありな勇者様達と言えども、彼らは今、幽霊であることに変わりない。私が騒いで縋ってみると何故か冥府からのこのこ帰ってきたこのご先祖様は、どうやら自分の肉体(もうあるかどうかすら分からないけど)が眠る墓石から離れて活動することが可能なようだ。
・・・・・・マジ何でもありかよと張本人ながら思うよね。
この状況について、そこそこの衝撃を受けている私とは正反対の境地にいるらしい彼等は私の言いたいことを察知できないらしい。ユーリルさんがあの三白眼を窓から外し、私に酷く面倒そうな顔を向けると口を開いた。
「ウロウロって、俺達を徘徊する老人扱いすんのか? どう見ても若さしかねぇだろ」
「いや、老人扱いっていうか、地縛霊扱いっていうか」
「あ、そっか。そう言えば、ボク達ってユーレイだったよね。もう死んでる訳だし」
ポンと掌で拳を打ってあっけらかんと自分達を幽霊だと言い放つのは最年少勇者のレックス君だ。感性が体の年齢に引っ張られるのだと言っていたように、今回もその子供の柔軟な発想で私の言いたいことを上手く察知してくれた彼は喋り終えた後、ニッカリと邪気の無い笑みを閃かせる。
「ユーレイってこんな感じなんだね! 足がスースーしたりすることもないし、壁を擦り抜けたりすることもできないし。お父さんはユーレイさんに会ったことがあっても、ユーレイにはなったことは無い筈だから、今回はボクがお父さんにその話が出来るんだ!!」
「・・・ある意味、コイツが一番勇者に相応しいかもな」
「ああ。俺はほぼ王子としての使命や成り行き上だった。お前はそもそも勇者が好きじゃないだろう?ーーーーー本当に勇者というものは何を持ってして選ばれるのだろうな」
「知りたかねぇさ、そんなのは。どうせ今代はそこのパッパラパーだぜ。段々勇者が脳天気になってきていること以外は分かりっこねぇよ」
「すっごい飛び火が私んとこに来た気がする・・・! って、二人揃って私見て溜息つくの止めてくれない!? こうなったら絶対私がエスターク倒してやるかんな!! あんた達が出来なかったことを成し遂げて目に物見せてやる!!!」
「ハイハイ、ガンバッテクレヨナー。オレタチノブンマデゼヒカツヤクシテクレタマエー」
明らかに馬鹿にしたような態度で煽ってくるユーリルさんと取っ組み合いの喧嘩になったことは言うまでもない。その後は口よりも手や足で盛大に争った私達から少し離れた所で、レックス君の「ユーレイって触れないって聞いたことがあったけど、あれって嘘だったんだー」という呑気な感想が聞こえてくる。
「あの頃以上に騒々しいな」
イザさんの呆れた声もついで聞こえてきたけど、勿論ユーリルさんと取っ組み合い中の私がそのことについて何かを述べることは無い。
そうこうしている内に月影の窓が開く時間が訪れる。馬鹿らしいことを私達がしている間に伸びきった窓枠の影が壁に投影された所で、青白い星屑のような光が四方に飛び散る。取っ組み合いしている私とユーリルさんに覆い被さっている窓枠の影に気付いたところで、レックス君が月影の窓を指差して叫んだ。
「見て見て! あそこに誰かいるよ!」
レックス君の叫び声にもしやと顔を向けるも、そこには半開きの月影の窓しが存在しておらず。イシュマウリさんが痺れを切らして向こうの世界からこちらを覗きに来たのかと思ったのはどうやら思い違いであったらしい。しかし、レックス君は尚もチラリズム的に見える月の世界を凝視したまんまで、それどころか月影の窓へと躊躇なく歩み寄って行った。
「ど、どうしたの? レックス君」
幽霊なのに、何かに取り憑かれてしまったような雰囲気のあるレックス君に声を掛けるもレックス君は私の声が聞こえていないのか返事が返ってこない。だから、レックス君の様子が可笑しいけどと残りの御先祖様に伺いを立てるように見渡してみるも、彼等も彼等で呆気に取られたような顔で月影の窓を凝視していた。
刹那、劈くような青白い光が部屋の中を満たした。月影の窓に手を掛けるレックス君の姿が見えたので、恐らくレックス君があの窓を開いてしまったのだろう。あまりの眩しさに目を守ろうと瞼を閉じる。この後の展開はもう予想済みだ。私達は月の世界の創造主であるイシュマウリさんに会うために月影の窓を潜ったのである。
*****
「ようこそ。月の世界へ。古の
月影の窓を潜って、月の世界へとやってきた私達だが、この時点でやっと三人の御先祖様の尋常じゃない様子が解かれた。目をぱちくりと可愛らしく瞬かせるレックス君は、この幻想的な月の世界に興味津々と騒ぎ、残りの二人は目を鋭くさせて、全然可愛らしくない剣呑な様子で得物に手を伸ばしていた。
よって、私はこの世界とイシュマウリさんの説明を再びこの二人にして、二人の警戒を解いた所で、イシュマウリさんのいる神秘的な小屋の扉をノックして開いてみれば、やはり想像していた通りの出迎えをするイシュマウリさんが階の上にいた。
如何にも人間じゃない容姿をしているイシュマウリさんに、この手の場数は踏みまくっている御先祖様が臆するはずが無く、二度目に会う私以上に毅然とした態度でイシュマウリさんと対峙する。
「どうやら、天空人ではないみてぇだな。エルフともまた違うか。」
「はじめまして、イシュマウリさん。ボクはレックスだよ。こっちのお兄ちゃんはユーリル兄ちゃん。あっちのお兄ちゃんはイザ兄ちゃん。」
「これからアンタの世話になる。どうか、よろしく頼むな」
「へへっ。よろしくね! イシュマウリさん!」
「勿論だとも。此方こそ古の力をお借りする」
天空の勇者達の鮮烈な個性に最初は圧倒されていたイシュマウリさんも、どうにか誼を交わすことは出来たみたい。イザさんが常識人で、レックス君が社交的なことが幸いしたようだ。若干一名、まだピリピリしてるようだけどあの人は相手を推し量る期間が人よりも多少長いだけで、味方だと分れれば直ぐ態度が軟化するから大丈夫だと思う。
・・・・・・そこまで拗らせてる訳じゃないしね、多分。
「イシュマウリさん。イザさんが夢の世界に行ったことがある御先祖様だよ」
「そうか。彼が初代の穹の勇者であったか。確かに、彼からはとても懐かしい音がする。私がいた時代に近い懐古の音が」
目を伏して、過去の音に浸っている様子のイシュマウリさんの横顔は陰っている。悠久の時を生きてきたイシュマウリさんにとって、遠過ぎるほどの過去に生きてきた私の御先祖様達が現在にいることがどう映るのだろう?
ムクムクと湧いてきたそんな不意打ちのような疑問には蓋をして、イザさんの返答に耳を傾ける。
「夢の世界は全て巡ったと自負している。恐らく、夢の世界の案内役を果たすことは出来るだろう」
「うむ。そなたならあれの在り処を知っていようとも」
「あれ?」
「ドラゴンオーブ。マスタードラゴンの力を封じたオーブのことだ」
「え!? マスタードラゴンってまた、自分の力をドラゴンオーブに封じちゃったの!?」
イシュマウリさんとイザさんの会話に頓狂な声を上げたのは、この小屋にある不思議な楽器に夢中になっていたレックス君だ。ぽんぽんと光の玉が打つ太鼓の前から飛び出して、私達の前にやってきたレックス君の顔は驚きで満ちている。
「マスタードラゴンをやるのを、また嫌になっちゃったのかなぁ」
世界を見守る神様としてそれはどうなんだと言うようなことをレックス君がぼやいているが、イシュマウリさんがレックス君のそのぼやきにキッパリと首を横に振る。
「時代が移ろったのだ。マスタードラゴンの摂理では最早世界は回らないであろうと私と彼は判断した。よって、時代と摂理を移り変え、マスタードラゴンは旧き時代の水底へと沈むことを了承した。彼は肉体を悠久の時の中に沈め、精神を夢の中に封じ込めたのだ」
「ボク達が守ってきた時代が終わったんだね・・・・・・」
「そうだ。穹の時代は満を喫して終焉を迎えた。彼の偉大な力は私が封じ込んだのだが、如何せん余りにも遠過ぎる過去のことであるからな。私の靴も彼処への行き方を忘れてしまったようなのだ」
「その彼処っていう場所へ、俺が案内すればいいんだな」
「その通りだ」
イシュマウリさんは唐突に腕に抱いていた竪琴を引き鳴らした。繊細で優美な竪琴の音が周囲に響いたかと思えば、白く眩い糸のようなものがイザさんの足元から次々に生まれてくる。あまりにも非日常な光景にイザさんも驚いたらしく、その場を足踏みするもその不思議な一本も途切れる気配がない。
「恐れることは無い。亡者の靴から伸びる懐古の糸こそが、あの場所へとそなた達を運んでくれるだろうーーーーー夢幻の大地に建つあの塔へと」
不可思議な光景と音に意識が向きすぎていたせいか、視界の端が明滅を繰り返していることに気付くのが遅くなった。視界がぐるりと一回転したことで、やっと自分の身に異常が起きていることを知ったのだ。
立ってられないほどの立ちくらみに襲われて、膝を付いた時にはもう声も発せない。
ポロンポロンとイシュマウリさんが紡ぐ竪琴の音色を最後に、私は月の世界から強制的に追い出されていた。
今回は久しぶりの更新ということもあって少し長くなってしまいました。
イザを動かすのになかなか苦労します。