気付いたら、ベッドの上に寝転んでいた。但し、ビュンビュン空の景色が移り変わる、結構ハードなベッドの上で。
「ぎゃーーーーーっ! お、落ちるーーーー!!」
キングサイズよりも大きなベッドの上で目覚めたのに、何故かベッドの端で目覚めた私のすぐ側には潮風香る海面があった。キラキラと太陽光を反射して揺れる水面がなんとも涼しげだが、あと半歩でも横にずれれば海にドボンしてしまうこの身にとっては、怖気が走って涼しいどころの話じゃない。
「もうちょっと大人しく起きねぇとお前マジ、貰い手がねぇぞ。俺の血を途絶えさせる気か」
「おはよー! アン姉ちゃん! 見て見てー、アン姉ちゃんが言ってた通り、今ベッドの上で世界を旅してるんだよ!」
「安心していいよ! ユーリルさんに心配されずともこの血だけは残してみせますとも! ってか、レックス君! ベッドで世界を旅してるって、それもしかして・・・」
「うん! 此処は夢の世界だよ。ボク達はイシュマウリさんの力を借りて夢の中に来ちゃったんだ!!」
目の中に星屑を沢山溜めて、ベッドの上で手をバタバタさせるレックス君の興奮が私にも移ったかのように一瞬にして気持ちが弾けたのが自分でも分かった。
今まで御先祖様の手記を読んで想像することしか出来なかった彼等の冒険。
ベッドに乗って夢の世界を飛び回るイザさんの手記に憧れなかったわけが無い! 勿論、ユーリルさんやレックス君の冒険にだって私は加わってみたかった。彼らの手記を通して、夢想の世界で私は彼等と共に冒険していたが、今は違う。
私は本当に空飛ぶベッドに乗って、ご先祖さまである過去の敬愛した天空の勇者たちと冒険しているんだ!
「夢みたい・・・・・・」
「確かにここの世界は夢の世界だけどな」
呆けた私の独白にクスッと笑って応えたのはイザさんだ。どうやって空飛ぶベッドを操っているのかは分からないけど、海面を滑空する空飛ぶベッドの乗り心地は快適だから、イザさんの運転技術はそこそこなんだと思う。
「そう言えば、結局ドラゴンオーブってのは何処にあるの?」
人に聞かれるには恥ずかしすぎるさっきの独白のことを有耶無耶にしたくて、赤くなった頬を隠しながらそんなことを聞くとイザさんは少し含みのある顔をしながらも私の疑問に答えてくれた。
「月鏡の塔だ。元々はラーの鏡を奉っていた塔なんだが、そこにはもう諸事情があってラーの鏡はない。だが、その代わりに今はドラゴンオーブを奉る役割を担っているようだな」
「月鏡の塔・・・。もしかして、バーバラさんに出会ったあの塔のこと?」
「・・・アンは知ってるんだな、バーバラのこと。俺の冒険の書を読んだことがあるとか言ってたが、本当に全て読んだのか?」
「勿論! 正直、没落寸前の我が家には絵本なんて高価なものが無かったから、両親は絵本代わりに私に貴方達の手記を手渡していたんだよね。幼い頃はレックス君の手記くらいしか読めなかったけど、成長するに連れ貴方達の手記を読むことが徐々に出来るようになった。今では、内容を諳んじることができるくらいだよ。やってみせようか?」
「アン。一応言っておくが、アレは俺達の日記みたいなものだ。アンが俺達の子孫であるからまだ許容できるが、本来なら誰にも見せたくない物に相当する」
「・・・あれ、それってもしかして私ってばご先祖様の弱みめっちゃ握ってる感じ?」
「ユーリルには言わないほうがいい」
チラッと当のユーリルさんの方を見ると、海面に手を差し込んでキャッキャ笑っているレックス君を微笑ましそうに見守っていた。差し込んだレックス君の手が海面を切って四方に水飛沫が上がる。それが太陽の光を受けて、七色に光様は正に平和の象徴のように見えて私もつい和んでしまった。
「俺も色々あったが、彼奴らにも同じく、いやそれ以上に様々なことがあったのだろう。人間には人に見せる顔と見せない顔がある。アンが言う手記にはその顔のことも記されているだろう。どれ程、君が俺達の子孫であると言っても、そのことを指摘されて平素を保ってられるほど、俺達勇者も人間出来てないからな」
イザさんの言うことは尤もだと思う。真剣な横顔を見せて、そう言ってみせた彼の眼差しの中にも深く淀んだ澱が一瞬だけ見えた気がした。
勇者で在る前に、一人の人間である彼等は光の象徴だからといって闇とは無縁な訳ではない。寧ろ、誰よりも闇に近しい場所にいて、闇と抗い続ける彼等が人と一線を画す程に持っているものとは鋼のような忍耐力だ。
折れることのない不屈の精神とでも言うべきか。その鋼の忍耐力こそが、彼等が勇者である所以なのかもしれない。
「分かってるよ。私もそこまで畜生じゃないもの。触れていいことと触れてはいけないことの区別は一応つけてるつもり・・・かな?」
そんなことを言いながらも脳裏に巡るのは、ユーリルさんと初対面を果たした時のやり取りやイザさんロリコン疑惑などの自分の発言だ。結構グレーゾーンを渡り歩いてるような気がするが、多分まだ大丈夫だと思いたい。
しかし、私の香ばしい反応にイザさんはさもありなんといったジト目だ。くそう、青髪逆立てたチャラ男みたいな見た目してる割には普通に常識人だもんなぁ、この人。たまに大胆なことを仕出かすみたいだけど、今は普通にこのチームの中で最年長ポジに落ち着いているし。
そんなイザさんが、ジト目を止めて首を軽く振ったあとの台詞がこれである。
「・・・いや、やっぱりアンならば必要のない話だったのかもしれない。さっきのことは忘れてくれて結構だ」
「それって私のことを信頼してってことだよね? 匙をポーンと投げたわけじゃないよね? ね?」
「知らぬが花って奴だな」
「イザさんまで私にそんなこと言い出すの!?」
天空の勇者であるご先祖様達はしばしば私に冷たくなる時がある。これは愛の鞭っていうやつなのかな。
*****
月鏡の塔に辿り着いたのは、そんなやり取りから一時間後のことであっただろうか。やっと大陸の上についたと思ったら、海面上だった時よりも豪速球の如く飛び続けるベッドにしがみついていたので、正確にはどれくらいの時間が経過したのかが分からない。地面の上でも落ちたら大惨事なことに変わりないのだからもうちょっと安全運転を心掛けてもらえないかな、イザさん。
イザさんの乱暴な運転に顔を真っ青にするのは私だけじゃなくてユーリルさんもだ。ベッドに二人して齧り付いているすぐ側で、レックス君の「イヤッホー!!」っていう歓喜の声が聞こえてくるのだから、二人で子供って凄いなというアイコンタクトを取ることになった。
恐れ知らずのレックス君はこの破天荒な旅路を終わるまで楽しみ、チキン組の大人達はこの苦難が早く終わることを
ベッドから地面に降りると、地面が揺れているような気がした。ガクガクと膝が震えているのをどうにかしようと深呼吸していると、視界の端で先に降りたはずのユーリルさんが膝から崩れ落ちるのが見えた。あの人、天空の城で少しとはいえ生活していたのだから、もう少し宙のことに関しては耐性があるのかと思えば、私と同じくらいの紙耐性だったんだなぁ。
「イザ、お前、もうちょい穏やかに出来なかったのかよ・・・」
「やろうと思えば出来るが、事は急いだほうがいいのだろう?」
「だからって、普通あそこまでぶっ飛ばすかよ・・・」
「大体あれがいつもの速度だ」
「お前とお前の仲間の三半規管はどうなってやがんだ」
ヘロヘロになっても言いたいことをズケズケ言っているユーリルさんはしかし、既に体力の半分をあのベッドに持って行かれてしまってるのか声に覇気がない。
一方、運転手であったイザさんがヘロヘロになってるはずもなく、いつもの如く淡々とした様子でユーリルさんに返答しているが、なかなかにシュールな光景になっていることに自覚はないんだろうな、あの二人。
初代と二代目がベッドの運転についてああだこうだと言ってる間に三代目であるレックス君は足早に月鏡の塔前へと向かっている。二十段はありそうなステップの先に佇む荘厳な造りの観音扉は、長い間、誰からの侵入をも許してないと言わんばかりに蝶番を錆びさせていた。あれを開けるのにはかなりの労力を要することになるだろう。嗚呼、魔王(実際は地獄の帝王)討伐って面倒いことばかりで既に気持ちがバックレたがっている。
・・・・・・流石に、こればかりはバックレることも出来ないけどさ。
私の後ろ向きな思考回路とは正反対の思考回路で動いているレックス君といえば、私がものを考えている間に、ステップを登って塔の玄関前にもう到着していた。子供の好奇心って尽きないものなんだなぁと未だにガクガクの膝で突っ立ったまま彼の動向を伺っていると、月鏡の塔の前まで来たレックス君は目の上で庇を作り、グッと首を伸ばす伸ばすようにして塔の頂きを見上げた。
「うわぁー、大きな塔だね! 天空の塔ほどじゃないけど、それでも一番上からの景色は凄そうだなぁ」
「えぇ・・・。天空の塔ってこれ以上の高さなの。登るのめちゃくちゃ大変なんじゃない?」
月鏡の塔はざっと目測した所、雲にまで届く高さほど無いことは分かる。しかし、誰の手記だったかは忘れたけど、天空の塔は階段で登るよりも何らかの装置でバビューンと天高く登ったのだと書いてあったから実際の塔の高さはこれくらいだろうと予測していたのだ。しかし、そんな私の甘ちゃんな考えはさっきのレックス君の発言によってばっさり切られてしまったのである。
やっぱり、マスタードラゴンと勇者の相性は良くないのかもしれない・・・・・・。
「確かに大変だったかも。柱とかも結構壊れてたから、迂回しないと先に進めなかったこともいっぱいあったし。でもボクが登った天空の塔は途中で壊れてたから、本当はアレよりもっと大きかったんだろうなぁって思う」
「天空城がどうか天空の塔の頂上に無いことを祈るよ。この高さだけでも私の体力持つか心配なのに、これ以上の高さあるとか絶対登りきれる自信ないわ」
月鏡の塔はその名のとおり、三日月形をした双子の塔から成っている。そして、この二つの塔に挟まれるように上空で浮く正方形の箱のような部屋こそがラーの鏡が奉られていた祠だったはず。その為には祠の両端に聳え立つ二つの塔を行き来して、祠を下ろすための作業をしないといけなかったんだけども。
「スイッチの場所って覚えてますか? イザさん」
「正直、塔の外観すらも忘れかけていた」
流石、脳筋勇者。ポリポリと掻いている頬の上にある目ですら「こんな塔だっけなぁー」って言ってるもんね。道理で、二度目の攻略の割には物珍しそうに私達と一緒になって見上げていると思ったよ。
「・・・覚えてないんだね。了解、虱潰しに探しましょう。幸い、此方は人員が四人。内三人は伝説の勇者様達なんだから、二手に別れて探索しても問題ないよね」
三人の顔を見渡すと、私の提案に異論はないようで三者とも既にグーとパーを繰り出す準備中だ。誰もグッとパーで別れようだなんて言っていない内から、背中を向けてグーパーグーパーを真剣な顔でしている辺り、血の繋がりを感じさせる。でも、この三人にはそれぞれの血は混じっていないと言う。
・・・・・・絶対こいつらも系譜辿れば、実はうすーく繋がってましたってことがあると思うんだよね。
「よし。準備はできた? そろそろグッとパーするよ!!」
因みに私は準備しない派である。したってどうせ結果は同じなのだから余計な手間は掛けたくないんだよね。こういう所はリアリストになってしまう私だが、いざ勝負が始めると熱が入ってしまうので、私にリアリストを名乗る資格はやはりないのかもしれない。
*****
昔々、まだイザさんが生きてた頃の月鏡の塔にはある噂話があった。それは、月鏡の塔には女の幽霊の声が木霊しているという古今東西で溢れている眉唾のような噂。
しかし、眉唾のような噂にも時として本物が存在することもある。そもそも、火のない所に煙は立たないとも言う。
イザさんとイザさんの仲間は月鏡の塔にラーの鏡を探しに行って、その噂の根源である女の幽霊と運命の邂逅を果たした。
それこそが、私が前にも言っていたバーバラさん。イザさんがバーバラさんと出会った時、彼女は自分に関する記憶を全て失くしていた。よって、当時は迷子の女の子を保護する目的もあってイザさん達は彼女を仲間に引き入れたのだが、その判断が正しかったことは後々証明される。
何故ならば、そのバーバラさんこそが、魔王によって滅ぼされた魔法都市カルベローナの長であったのだから。
「イザさんは昔、此処にハッサンさんやミレーユさんと訪れたんだよね?」
運命のグッとパーの結果と言えば、私とイザさん、ユーリルさんとレックス君と言う極めて無難なチーム編成となった。今は居ないはずの運命の神様の導きがあったようにも思えるこの編成に異議を唱える誰かも居らず。かくして、私達は組んだペアを引き連れて、月鏡の塔の片割れに各々で挑むことになったのである。
イザさんと二人きりになるのはこれが初めてのことだ。そもそも、御先祖様と二人きりで話したのって今の所ユーリルさんだけなんだよね。だから、折角の機会なんだしと思った私は親交を温めるべく彼に話を振ることにした。
私の振った話にイザさんは極めて友好的に乗ってくれた。久しぶりに仲間の名前を聞いたこともあってか、イザさんの表情は今まで見たどの表情よりも柔らかいように思える。
「そうだ。ラーの鏡を取りに皆で来た。あの時は何にも知らず俺は此処へ来て、あの子に会って、そして自分のルーツの鍵になり得る切っ掛けを得たんだ」
魔王(本当は魔王でもない)ムドーの幻惑を見切るために探していた筈のラーの鏡で、まさか夢の世界とはいえ父親に扮した母親を見破ることになるとはイザさんも思わなかったに違いない。そして、ムドーに繰られていた父親もこの神器とも言えるラーの鏡を使って助けだしたのだから、イザさんにとってこの場所とラーの鏡には格別な思い入れがあることだろう。
そんでもって、バーバラさんとも出会えたわけだしね。私の憧れであるマダンテの奥義を知り得るバーバラさんに私が会うことはもう叶わないだろうけど。あ、でも何処かにマダンテの手引書みたいなのが残されていたりしないだろうか。どれ程御先祖様に無理だと言われても、私はまだマダンテの習得を諦めていないのだ。
ーーーーーー
私の中で、仄暗い執念がメラメラと燃えてきたところではたと我に返る。
そういや、今はイザさん攻略中だったと。
そう、今はイザさんと仲良くなることが先決なのだ。彼と親交を深めておくことこそが、マダンテ習得の一歩になるような気がするのだと女の勘が告げている!
ってな訳で、私は御先祖様達を恨むことをとっとと止めて、後ろ姿を無防備に見せつけてくれてるイザさんに内心で舌舐めずりする。
ーーーーーふふん、バーバラさんと良い関係になりつつあったことは貴方の手記で把握済みだ。その後どうなったのかは知らないけども、イザさんとバーバラさんなら、後味悪い結末を迎えていることもあるまい。もしかしたら、世紀の大魔女になったバーバラさんのことだから、マダンテ以上の魔法を開発しているかもしれないしね。そして、その手がかりをイザさんが知ってる可能性はかなりある・・・・・・。
私の腹黒い算段がひょっこり顔を出しつつもあるが、そこで表情に出すような愚は犯さない。色々な思惑を抱えてはいるが、イザさんと更に仲を深めるためには会話を重ねるしかないので、私はさっき思いついた感想を取っ掛かりとして口にしてみることにした。
「そう思ったら、結構因縁の場所なんだねー、此処」
「そうかもな」
「私にもそういう因縁とかってあるのかなーーーいやいや、普通にカフェでバイトしてただけだし、ある筈もないか。因縁とか言うほど人生にそこまで波乱があった訳でもないし」
「生きていれば、そういうものには嫌ってほど出会える。此方が会いたくなくともな」
柔らかい表情を浮かべながらも元々が寡黙な質らしい言葉短いイザさんの背後を歩きながら、私はまた思想の海に耽る。
そもそも、何でバーバラさんは此処に居たんだろう。何故、この場所を宛もなく彷徨い、自分の姿を見える人を探していたのだろうか。
絶対人里に出たほうが自分を見つけてくれる人に出会う確率は高くなったと思うのに・・・・・・。
カツンカツンと跳ね返る足音は自分達の物しかない。イザさんが訪れた時は魔物の巣窟になっていたらしい此処にも最早魔物のいた痕跡は見いだせない。所々に設置されているイザさんと私を映す鏡の壁にも不穏な気配は無いし、行く先から魔物の咆哮も聞こえはしない。
夢の世界からも魔物は消えていた。
これは、夢を見る魔物がもういないからだろうか。
そんなことをつらつらと考えていたら、前方で歩いていたイザさんがいきなり駈け出した。急なイザさんの行動に面食らっていると、走っているイザさんが首だけで私を振り返って前方を指差す。
「一つ目のスイッチだ!」
イザさんが指差す方には、確かに紫色の玉が見えた。思ったよりもスイッチ感無いけど、あれを動かしたら祠を宙に浮かせている仕掛けが解かれるのだろうか。さっき、祠を浮かせているっぽい仕掛けを見てきたけど、二つの塔の頂上から部屋の隅かけて電流が流れていて、それによって宙に据え置かれている様だった。一体どういう原理の仕掛けなのかは分からないけど、随分と近未来的な仕掛けだったなぁ。
ーーーーー下手したら、今の方が技術が遅れているのかもしれないと思えてくるよ。
私のそんな思考は前方のパリンというガラスが砕けたような音で止まることになった。
「え。もしかして、スイッチらしいあの玉、イザさん割った?」
明らかに何かが割れたと思えるその音を聞いて導き出される答えは一つ。よって、一瞬にして全身から血の気の引いた私は、事の真相をイザさんから問いただす為にその場から猛ダッシュすることになった。
「イザさーん! もしかして、玉破壊しました!?」
「・・・ああ。割らないと部屋の仕掛けが解けないからな」
私の決死な声に振り返ったイザさんの珍しいキョトン顔から発せられたのは、そんな単純明快な答えで、私が一気に脱力したのは言うまでもない。
出来れば、玉を割ることは事前に言って欲しかったと思うのは私の我儘になってしまうのだろうか。
*****
そんな愉快な私の勘違い劇もあっという間に幕を閉じる。今日は厄日なのか、イザさんには格好の悪いところばかり見られている気がするのでちょっとは挽回したいところだ。そんな複雑な気持ちに従っているとそう時間を掛けずに二つ目の紫の玉を見つけたので、鬱憤を晴らすようにガシャンと割ってやった。一思いに蹴り飛ばして紫の玉を破壊する私に注がれるイザさんの生暖かい目が心地の悪いことこの上なく、そのままイザさんまで蹴り飛ばたくなったがマダンテのために我慢した。偉いぞ、私。
と自分で自分を褒めるという不毛なことをしている間に、宙に浮いていた祠が何の抵抗もなくヒューンと地に向かって真っ直ぐ落ちていく。ズドーンと地震が起きたような地揺れがして、鼓膜をビリリと地鳴りが揺らした。そのショッキングな光景を塔の最上階から口を大きく開けて見つめる私の横で、「あの部屋、二回目なのに傷一つも入らないのか」と冷静に分析しているイザさんがいる。
イザさんのそんな冷静さを受けて、私もどうにか我を取り戻すことができた。見続けるのは精神上宜しくないので事の元凶からそっと視線を外し、心の弱い私と違って未だにそれを見下ろしているイザさんに声を掛ける。
「あの祠、よくあの速度で落ちてぺしゃんこにならないね・・・」
「使われている石材や技法が人間のものじゃないのだろう。恐らく、あのイシュマウリとかいう連中の妙技って奴だな」
「なるほど。そう言えば、この世界自体がそもそもあり得ないもんね。夢の世界だから、何でもありっちゃありなのか」
イザさんが動じる時ってあるのかな。いよいよ持ってそんな疑問すら湧いてくる頃合いだ。
ーーーーーじゃあ、何事にも動じない巌のようなイザさんを是非とも一緒に見習おうじゃないか、ユーリルさん。多分、こんなこと言ったらまた喧嘩になるんだろうなぁ。宜しい、今度こそギタンギタンにしてやる。
私達がそんなどうでもいい感想を交わし合って塔から片翼の塔から降りてくると、別の塔からユーリルさんとレックス君が降りてくるところだった。二人共、複雑な顔で真ん中に前からこうでしたよみたいな顔で鎮座している祠を複雑そうな表情で眺めている。
あの力技解除って度肝を抜かれるよね。ユーリルさんとレックス君があんな顔していることなんてそうそうないよ。
ーーーーーこれは、レックス君も込みでやはりイザさんを見習うべきなのかもしれない。
二人と合流するも、心ここにあらずな二人はそれぞれドラゴンオーブが封印されているという祠を指差して我慢していたことを口にする。その二人の表情は、それはそれは鬼気迫るものがあって、聞き手である私とイザさんが少し後退った程であった。
「ガシャーンしたらズーンでドーンだった!」
「落ちるとは思っていたけど、あんなに真っ直ぐ落ちるもんかよ普通!」
「なんであの部屋はあの高さから落ちたのに壊れないんだろう! もしかして、床はスライムみたいにボヨンボヨンで落下の衝撃を防げたりすることが出来たりするのかな!?」
「床がスライムだとしてもあの衝撃じゃあ潰れちまうだろ! あー! 心臓が喉から飛び出るかと思ったぜ!! あんな心臓に悪い光景久々に見たっつーの!!」
「文句を言うべきは、元ゼニス王のマスタードラゴンじゃないかなぁ」
レックス君は好奇心も相まった興奮状態だったけど、ユーリルさんのは怒気を孕んだ興奮だ。現にユーリルさんの体の周りには、その怒気が顕現化したのか紫色のオーラのようなものが漂っている。もしかすると今の状態でユーリルさんが魔物との戦闘に突入したら、拳一つでギガンテスを伸すことが出来るのかもしれない。
なるほど、これが噂のハイテンション・・・・・・。私が空飛ぶベッド効果でハイテンションに入ったかもと思ったアレは、まだただのテンションであったようだ。この紫のオーラを漂わせて、やっとハイテンションに突入したと言えるのかもしれない。
私の保身によって二人の矛先がマスタードラゴンに向かったところで、やっと祠に突入である。此処までの道のりの長さに草臥れてきているが、あともうひと頑張りだ。
ドラゴンオーブゲットして、天空城を見つけて、マスタードラゴンにドラゴンオーブ押し付けたら今回の任務はほぼ完了! 天空の城装備はまた今度でいいよね。今日はもう疲れたよ。マスタードラゴン復活させたら寝ることは決定事項だ。
ドラクエの数あるダンジョンの中でも、印象的だったのが月鏡の塔でした
部屋を浮かしてるギミックもそうですけど、やっぱりインパクト大の部屋落下は初見ではかなり衝撃的でしたね