昔はラーの鏡、現在はドラゴンオーブが奉られていると言う月鏡の塔にある祠にお邪魔することになった私達勇者パーティは、部屋の中心にあるご立派な祭壇を見上げて各々感嘆の吐息を吐いた。
祭壇の
その他にも祭壇には、月や星をモチーフにした彫刻があったりして見応えはあったのだが、暴走運転するベッドでの渡航やら七階建ての塔を登ったり降りたりをしたこともあって私達の疲労は此処でピークを迎えようとしていた。詰まり、疲れきってるせいで語彙力も低下しており、まともに芸術鑑賞する気が全くもって起こらなかったんだよね。「いやー、綺麗な場所っすねぇ」はい、これで感想終わり。この塔を建築した人に石を投げられそうな体たらくっぷりである。
誰も言葉を発さずに黙々と階を上っていき、祭壇の中心にある台座に鎮座するドラゴンオーブとご対面する。今日散々拝んだ海面のような煌めきを水晶の中心から発するそのオーブに一瞬だけ過った黒い影に後ろ足が無意識に下がる。ドラゴンが飛翔している姿のようにも見えたその影に、このオーブに込められたマスタードラゴンの力を感じて喉が鳴る。
ーーーーーこれが、マスタードラゴンの力を封印したドラゴンオーブ。
チラッとマスタードラゴンに対して複雑な心境を抱えているユーリルさんに視線を向けてみると、今にも叩き割ってやりたいという憤怒の表情を浮かべて、石像の如く固まっていた。三白眼に嵌る黒の瞳が葛藤に揺れる。叩き割ってやりたいと思うほど憎らしい相手であるが、マスタードラゴンの力無しに天空の装備を揃えることはほぼ不可能だということもユーリルさんは理解している。
ーーーーー私の為に、色々と我慢してくれてるのだからさっさとこのオーブを回収してしまおう。ユーリルさんにとっては心を無駄に掻き乱すだけのドラゴンオーブを私はちょいちょいと台座から持ち上げるや、腰にぶら下げていた袋にポイッと放り込んだ。一応、神様の力を封じたオーブに違いないのだが、私としてもあんまりマスタードラゴンに対して良い感情を抱いていないのでこういう扱いになってしまったのだ。まぁ、マスタードラゴンにバレなければ良い話だよね。
「アン姉ちゃんもプサンのこと、嫌いなの?」
私のあんまりなオーブの仕打ちにレックス君が疑問を抱いたらしい。不思議そうな顔で小首を傾げるレックス君の隣で、ユーリルさんもそのことが気にかかるのか私に視線を向けてくる。因みにもう一人の勇者様はそもそも私のオーブに対する扱いやマスタードラゴン事態に興味がないみたいで、一人そそくさと階を降り始めている。あの人、本当にゴーイングマイウェイだね。
イザさんのマイペースさには最早呆れしか抱けず、私はイザさんの背中を見送ることをやめて、すぐ近くで私の答えを待っている残りの勇者達と視線を合わせる。
一つ息を吐きだして、呼吸整える。改まって話す内容じゃないけども、仮にも彼等の神様に対する話だ。真摯な気持ちで話さなければいけないような気になるのも無理ないと思う。
「今の世界は、もうマスタードラゴンを崇拝してないと言ったよね。だから、私にはマスタードラゴンに対して神様としての畏敬はあるけど、そこに信仰心は無いんだよ。神様スゲー、逆らうと祟られそーって思うけど、それ以上に思うことはないんだ。しかも、ユーリルさんからマスタードラゴンのえげつなさを聞いちゃったからちょっとそれに思うことがあったりかな。ってな訳で、嫌ってあんな雑い扱い方をした訳じゃないんだよ。好きでもないし、嫌いでもない。それはこれから対面して決めようって感じ」
恐らく、マスタードラゴン最盛期の時代で生きていたであろう二人にとっては、マスタードラゴンに信仰心を持たない私のこの有り様を全て理解することはできないだろう。レックス君のいた時代では、マスタードラゴンは封印されていて一時は別の宗教勢力が天下を取っていたらしいが、それも十年という僅かな時間の間での話だ。その宗教勢力が解散した後は、再び天上に居わす天竜様が人々の信仰心を取り戻したとの記録が御先祖様の手記だけでなく、世界中の遺跡からも発見されている。
「そっかー。うん、確かにそうかもね。アン姉ちゃんはプサンに会ったことが無いんだもん。好きか嫌いか分かるはずないもんね」
レックス君はうんうんと頷いてからユーリルさんの片手を取ると、階の方へと顔を向けて「行こっか」とこの場からの退出を促す。レックス君に片手を取られたユーリルさんは難しい顔をしていたが、此処から出ることに関しては異議が無いようでレックス君の成すがままにされている。
ーーーーーー可愛い弟の相手をしているお兄ちゃんっていう風にも見て取れるけど、実際は迷子になりやすいお兄ちゃんの面倒を見ている弟っていう関係に落ち着いちゃったのか、あの二人。ユーリルさんもそれが分かっていて何も言わないし。まぁ、二人が納得しているのならば私が口を挟むことでもないもんね。
「日が暮れるぞー」
祭壇の下からイザさんのそんな催促の声も聞こえてきたので、ユーリルさんとレックス君の背中を追うことにした。タッタッタッとその場から軽く走りだして、あまり高くない段差を一段飛ばしで降りて行くと、あっという間に二代目と三代目のコンビを抜かすことができた。
「おっさきー!」
抜かす直前に二人を振り返ってニッコリと笑う。次いでにオマケとしてピースサインも付けると、二人はキョトンとした顔を瞬時に引っ込めて若干呆れたような顔を作ったが、その後に響いたのはレックス君の愉快そうな笑い声だった。
「あっはははは! ボク、アン姉ちゃんのそういうとこ好きだよ」
「ったく、餓鬼か。アイツは・・・」
しかし、レックス君と違ってユーリルさんは呆れた調子のままだ。えーい! 無視無視。あの二人より先にイザさんの下へ行ってやる。ユーリルさんの餓鬼発言にカチンと来た私は、一段飛ばしから二段飛ばしへと変更し、更に階を素早く駆け下りていく。
その刹那、お行儀良く閉めていた祭壇の扉が開かれる。夕日の光が扉の隙間から差し込んで、扉が開かれるごとに夕日の線が膨張していく。
そして、そんな夕日の光を背後に祭壇の扉を開いて現れたのは、赤ら顔をした虎の皮を纏う三人の大男だ。
「な、なんでココに人間がいるんだ?」
「あの方はそんなこと、一つも言ってなかったのに」
「ど、どちらせによ、久々の人間。やることは一つだ」
酷く耳障りな高音で言葉を発する三人の大男達も私達の存在に驚いているようだ。開ききった目玉をクリクリと動かして、私達を捉える大男達はぬーとその太い腕を上に掲げるや腰を落とす。完全に私達と一発やり合おうとしている構えだ。
「トラ男だ! なんで魔物がいきなりこんなとこに!?」
背後にいる彼等の正体を叫んだユーリルさんに「やっぱり魔物なんだ、あの三人(?)」と妙に腑に落ちてしまう私。人間にしては縦にも横にもデカすぎるし、何よりあの赤ら顔についている皿のような目は狂気に満ちいている。例え、殺人鬼でもあんな邪悪な顔付きは出来ないと思われるほどに、あの三人(?)は人間離れした雰囲気を醸し出していた。
「アン、肩慣らしに戦ってみるか? 見たところ、そう強い奴らじゃないぞ」
誰よりもトラ男達と近い場所に居るはずのイザさんときたらまさかのお誘いをしてきた。そんな「準備運動でもしてくる?」 みたいなノリで言えるような相手じゃないと思うんだけど!? 肩慣らしと言えばやっぱり定番はスライムだと思うんだ! プニプニしてない相手が初相手とか冗談じゃない!
「アイツ、俺らナメてる」
「凄くムカつく」
「骨すら残さず食ってやる」
ほらほら、イザさんがとんでもないこと言うからトラ男達が憤怒の表情を浮かべて、イザさんを凝視してるよ! 完全にトラ男達にロックオンされたイザさんは、それでも涼し気な顔のままでトラ男たちの存在を完全に夏によく出る蚊や虻のように認識している。あの人って何処までマイペースを貫き通すつもりなんだよ!?
「アン、お前がやんねぇなら俺がやる。コイツらトラ男は俺の仇だ。俺の村を破壊したあのトラ男達とは違うとはいえ、その種族そのものが気に食わねぇ」
嗚呼、マイペースさんがもう一人。そう言えば、ユーリルさんの手記にはマスタードラゴンと同じくらい憎らしい存在が居たよ。魔族の王様を仲間に入れたとはいえ、まだ魔物に復讐心を燃やしているっぽいユーリルさんが、今度はレックス君の手を引いて階の下にいるトラ男に挑みかかろうと早足で降りてくる。
「イザさん、
「分かった」
悪鬼も裸足で抜け出すほどの闘争心の塊がこの場を修羅場へと変えてしまう前に、まだ平穏的にトラ男たちを片付けてしまおうという心積もりは私とイザさんの間で一致した。
ーーーーーとなれば、私達の様子を意外にもまだ伺ってくれているトラ男達に向かってどんな攻撃をすればよいかを決めなければならない。
今の私に振るえるような武器はない。銅の剣もまともに握ったことがない私は、そもそも自分用の剣すら無い。弓も鞭も、杖も槍もこの手には握られておらず、振るえるとすれば己の拳のみ。小娘のパンチ如きで傷がつくとは思えないこのトラ男達に有用そうな攻撃手段といえば、思いついてもたった一つ。
選択を終えた私は、即座に呪文を口にした。初級魔法ゆえ、簡単な文言で唱え終わるその魔法はーーーーー。
「ギラ!」
口を閉じた瞬間にトラ男たちの足元を走るのは、焚き火程度の火力を上げるギラ。初級魔法とはいえ、足の裏を火によって炙られたトラ男達はその場をぴょんと飛んで後ろへと下がり、「アツイ! アツイ!」と地団駄踏む。
「よし! 決まった!」
初めて魔物に魔法を使った私はグッと拳を握ってガッツポーズを取る。散々、人のギラを小さい小さいと馬鹿にしてきた天空の勇者様二人の反応を見ようと階の方へと顔を向けると、あと二十段ほどの高さのところにいるユーリルさんの血走った目と合ってしまった。
・・・・・・うん、ヤバイ。
「イザさん、あとは任せました!」
今の私では、どう考えても
「・・・・・・良い経験値稼ぎになると思ったが、仕方ないか」
イザさんにはイザさんの思惑があったようだが、今回はそれを放棄してトラ男達の後始末をしてくれる気になったようだ。腰に差している年季の入った剣の柄を握り、鞘から引き出すとブンと空気を裂くような一薙を披露する。
「おお! 勇者の戦闘だ!」と私がどうでもいいことに気付いて、手に汗を握り始めた頃にイザさんによる大立ち回りが始まる。先ず手始めにというような感じで、イザさんの最も近くにいたトラ男の胴体が真っ二つに分かれた。切断面から飛んだ緑色の血飛沫を浴びるままにそのトラ男の隣りにいたもう一匹のトラ男へと肉薄したイザさんに、成されるがままに倒されることを良しとしなかったトラ男の鋭い爪が襲い掛かる。しかし、その攻撃を見越していたらしいイザさんはトラ男の爪を剣でいなして振り払うと、そのままの勢いに乗ってトラ男の首を跳ねた。
イザさんの剣の勢いに乗って天高く舞ったトラ男の首が地に落ちきる前に、イザさんは最後のトラ男の下へと走る。
「人間の分際で! よくもよくも・・・オレの仲間を!」
「戦いにおいて、人間も魔物もない。強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。それだけだ」
トラ男が我武者羅に腕を振り下ろすのを丁寧に捌いて払ったイザさんは、吸い込まれるようにしてトラ男の腹部へと辿り着き、渾身の一閃だと言うように剣を水平に払い斬る。トラ男の胴が真っ二つに割れて噴水のように緑色の血飛沫が上がった。イザさんの体に大量に降りかかった血飛沫はそのままに、トラ男の死体は泡末のように輪郭をぼやけさせると景色の中へと掻き消えていく。それはこのトラ男に限った話ではないようで、残りの二体の遺体もいつの間にかこの場から消え去っていた。トラ男達が残したのは己の血だけだ。イザさんに降りかかった物と床に溜を作ったものがこの場にトラ男達が存在していたことを証明する。
イザさんの鮮やかなお手並みに自分が思った以上に夢中になっていたようで、私の視界はかなり狭まっていたようだ。
「これが、勇者」
魔王を打ち倒した勇者の実力が並じゃないことは分かっているつもりだった。それでも、想像するのと実際に目にするのとにはかなりの隔たりがあることを実感してしまう。魔物と人間の戦闘を見たのはこれが生まれて初めてのことだ。魔物なんて、現代においてはほぼ神話生物のような存在だったし、剣の腕をあそこまで鍛えあげなければならないほど今の世は物騒でもない。
神様の理が機能していないとイシュマウリさんは言っていた。だとすると、今この世界を動かしている理というものは、もしかしたら人間の理なのかもしれない。きっと、どの時代よりも最も人間が生きやすい時代が“今”なのだ。
ーーーーーだからこそ、数々の勇者の系譜を持つアルバトロス家は滅亡の一途を辿っているのかもしれない。イザさんの強さを見て、私は実感したのだ。勇者という存在は、人間の世には不釣り合い過ぎるほどの大きな力を有している。
「この辺に川ってあったっけ?」
体の半分以上をトラ男達の血によって染め上げたイザさんにそんな問いかけをすると、彼から「ベッドで通った海と合流する川が近くにある」という返答があった。
「そこで体を洗ったら、今日は野宿かなぁ」
開け放たれた扉の向こう側にある橙色の世界を細くなった目で見詰めて、今夜の宿は屋根無しかーとごちる。結局、マスタードラゴンを復活させるなんて大事が一日で片付けることはできなかったな。天空の装備までの道程は長く、エスタークまでの道程はそれ以上に果てしない。
「アン姉ちゃん、イザ兄ちゃんが体を洗う水辺の近くに野宿するとしてご飯はどうする? 確か、この辺をベッドで通ってる時、鹿とか兎とかを見たよ。それらを捕まえる?」
「グッジョブ! レックス君! 鹿と兎鍋なんて最高だね。よし、早速捕まえに行こう。じゃあ、イザさんは川に体を洗いに先に行ってて。私達は夕飯をゲット次第、そっちに行くから!」
さっさとこれからの指針を決めたところで、いざ狩猟! 昔、父さんに狩猟のやり方は教わったけど、今は弓も短剣も手元にないんだなぁーこれが。まぁ、そこはユーリルさんやレックス君に匙を投げさてもらって、私は木に生っている果物や木の実を取ることに専念してもいいか。
祠から早々に出て、いざ森へと足を向ける私に背後から呼び掛ける声が掛かる。
「アン!」
珍しくユーリルさんが私の名前を呼んでいる。明日は槍でも降るんじゃないのと失礼極まりないことすら考えついてしまう辺り、我ながらユーリルさんをどの位置に据え置いてしまったのかと不毛なことを思ってしまう。そんな拉致のあかないことを思考しながらも名前を呼ばれたので背後を振り返る。するとそこには、微笑んだレックス君に見上げられているユーリルさんが切羽詰まったような顔で私を見詰めていた。
「何?」
ユーリルさんにそんな顔で呼ばれるようなことをしただろうか。そんなことをした記憶は全く持ってないのだけど、これはとっとと謝っておいたほうがいいんじゃないかーーーーーー至極利己的な感情がグルグルと私の脳裏を過っているのだが、そんなことをユーリルさんが知る由もない。
「魔物を見て、まさかまた正気を失うとは思わなかった」
ユーリルさんがやっと切った口火で、彼が何を言いたいのかを瞬時に把握した。よって、私はどうでもいいことを考えるのをやめて彼の声に耳を傾ける。
「ほぼ、イザが肩をつけてくれたとは言え、お前も俺がやる前にアイツらを倒してくれただろ。だから、あれだ。そうーーーーー」
ユーリルさんはモゴモゴと口籠っている。私は彼が何を言いたいのかを察していたがそこで茶化すほど性悪でもない。彼がやっと言いたいことを口にしたのはそれから暫くの事だ。
「ーーーーーありがとう」
だから、私も彼の言葉に対して返す言葉を十分に選べた。
「どういたしまして」
きっと特別な言葉は何もいらない。ありがとうに相対する言葉を返すだけで良いのだと結論付けた。多分、これで合っているのだ。
そして、このまま気まずい雰囲気を引きずって狩猟に出掛けたくない私は、この会話をとっとと切り上げようと「早く早く」と二人を手招きする。そもそも日が暮れる前に獲物を捕まえないと今日は夕飯無しになるんだよ。そんなの食べ盛り真っ只中の私の胃が許してくれそうにない。
ユーリルさんとレックス君を急かして月鏡の塔を後にする。夕陽を受けて、一対の三日月形の塔にも淡い橙色の光が降りかかっていた。烏が巣へと帰っていく鳴き声がする。体を撫でる風にも冷たさが伴ってきていた。
長い一日が幕を閉じようとしている。私の冒険の書には、きっと今日のことが長々と綴られていることだろう。
アンちゃんが初めて遭遇したのはトラ男達でした
もうそろそろロト勢出したい
なんなら、半人間勢でも良いから出したい