野宿は、焚き火を一晩中燃やしていてもそこそこ寒かった。この夢の世界に四季があるのかは分からないけども、もしあるとすれば初夏前の寒さと言えるだろうか。凍える程でもない寒さだが、確実に長時間この寒さに身を晒されていると体温が失くなっていくことが明白だった。
よって、私とレックス君は寄りあって寝ることにした。私が手を広げると「わーい!」と手を広げて飛び込んでくるレックス君の天使さったら半端ない。どうやったらこんな素直で気の良い子供が育つのだろうか。今後の為にも、彼のご両親からはその秘伝の技をご教授願いたいものである。
火の番は、長らく世界を旅していた大先輩でもあるイザさんとユーリルさんが交代制で行うのだと言われたので、私達にもそれくらいできるもん!とそれぞれで異議を唱えたら子供は寝ないと育たないと真顔で二人に告げられた。レックス君は幽霊だからもう育たないよと反抗し、私は既に成人済みだと申告したがこれも敢え無く却下。肉体の年齢に精神が引っ張られているのだから、夜ふかしなんて出来ないだろうとユーリルさんにレックス君は指摘され、私に関しては体力的に夜更しは厳しいだろうと真っ当な分析で持ってイザさんに撃退された。
ーーーーーどれ程、私と同じ土俵に立って言い合いをしていようとも、マイペースにひょろひょろしていようとも流石は御先祖様。釘を差す場所は的確で、私達は彼等に言い包められる形で夜はたっぷりと睡眠を取ることになった。
しかし、何故か朝になったら、私とレックス君の周りにこの二人も集まっていたけどね。私の背後にぴとっと背をくっつけるユーリルさんと私のお腹の辺りでムニャムニャ言ってるレックスくんを抱きしめて寝るイザさん。
結局、勇者が団子になって朝を迎えることになったわけで、この光景を魔王が見てたら鼻で笑ったに違いない。多分、今探し中のマスタードラゴンも腹を抱えて笑うだろう。
幽霊だけども、寝ないと体力は回復しないんだなぁと人の背中にくっついているユーリルさんの頬を突き、レックス君を抱きしめて寝ているイザさんの鼻を豚鼻にしてみる。こんだけ触っても熟睡している幽霊達に、私は自分の中にある幽霊の概念がすっかり崩れ落ちるのを感じた。
*****
「で、天空城って何処にあるの?」
「イシュマウリによると、この月鏡の塔から真っ直ぐ西方へと向かって行けば良いらしい。どれ程時間がかかるか分からないが兎に角、真っ直ぐ西へ迎えと」
「西に行っても東の端に出るんじゃないの? ボク、昔、お父さんが西の端から東の大陸へ近道してるのを見たことがあるよ」
「それは俺も思ったのだが、イシュマウリ曰く『ドラゴンオーブと穹の勇者の血が道を作るだろう』とのことだ」
「なんで雲の上に居る奴らって妙に遠まわしな言い方しか出来ねぇんだろうな」
現在、海上を空飛ぶベッドで飛んでいる真っ最中だ。イザさんの言うようにイシュマウリさんの案内に従って、西へとベッドを飛ばしているのだが、穏やかな海上と空飛ぶ海猫の景色が延々と続いてるので、私達は段々と心細い気持ちになってきている。
既に野宿をしたあの大陸を飛び立って二時間は経過している。海猫のミャオという鳴き声も聞き飽きたし、四人でしりとりをするのも疲れてきているのだ。
「歌でも歌おうかな。『たーん、たたたーん、たたたたーん、たたたたんたんたーん』」
「なんか冒険の始まりって感じだね」
「それ、歌じゃなくて曲だろ」
「やっぱり、この曲を聞かないと始まった感がないよな」
「うんうん。イザさんの仰るとおり。これ聞かないと何処まで序章だ?ってなるもんね」
「イザの時からあって、コイツの時代まで残ってるとかよっぽどの名曲なんだな、それ」
二十三回目のしりとりを開催するのも億劫だからと景気付けに歌でも歌おうと口づさんでみたら、思いの外盛り上がる。やっぱり、名曲はいつ聞いても色褪せない。この曲を聞いただけでも血沸き肉踊るし、ワクワクするよね。
さあ、ここからが一番盛り上がるところだよっと思いながらその曲の続きを口ずさもうとした刹那、私の腰からぶら下がっている袋が白光の光を放ち始める。その袋はドラゴンオーブを突っ込んだ袋であり、恐らくはそのドラゴンオーブが発した光だろうと推測できた。
「ど、ドラゴンオーブが光り出した!?」
吃り慌てる私と違って、イレギュラーには慣れきっている御先祖様は至極落ち着いた様子で私の腰にぶら下がり、袋越しに光を放ち続けるドラゴンオーブを観察している。
そしてーーーーー周囲にいた海猫が一斉に姦しく鳴き始めた。喉を潰すような決死の鳴き方をする海猫に反応するようにドラゴンオーブの光が一瞬だけ収束すると、数秒も立たないうちに一直線の力強い放射線となって何もない水平線の向こう側へと飛んでいった。ビュンと宙を切り、只管に真っ直ぐに飛んでいく放射線はそのまま遮蔽物のない海上で何もぶつかることなく延々と彼方へと飛んでいくものと思われた。
ドンと地面が揺れるような音が前方からした。次いで、何もないはずの宙に放射線が真横や斜めへとまるで蜘蛛の巣のように広がり、複雑な紋様を作り上げた。
その紋様を指差して、今回も勘の良いレックス君が叫ぶ。
「アレ! 天空城の床に描かれていた紋様だ!」
羽を広げた何かの形にも見えるそれが大きく宙に映しだされるや、段々と前方の景色が蜃気楼のように揺らめいていく。何もない水平線だけが見えていたはずで、地平線すら見えてこなかったそこには徐々に大陸らしきものの輪郭が現れようとしていた。
「まったく、無駄に手間ばかりを掛けた仕掛けだぜ」
ユーリルさんの呆れた物言いにウンウンと頷いてしまう捻くれた大人が二名いる側で、純粋無垢なレックス君だけがこの大掛かりな仕掛けに目をキラキラさせて喜んでいた。
「すごいや! どれ程の魔力があったらこんなことができるんだろう!」
大人になってもこの純粋さだけは失われてほしくない。私達大人三人は、レックス君が幽霊で一応その生を全うした成熟している一人の勇者であることも忘れてそんな誓いを立て合った。
ーーーーーーさて、あの新しく現れた大陸にこそ探し求めていた天空の装備があるに違いない。天空城とマスタードラゴンを復活させ、この世界の理とやらを定めて、天空の装備が私を勇者であると認めてくれたら、エスタークへと一気に迫れるんだよね。
兎にも角にも、早くこのイレギュラーな旅を終わらせて、元の平凡なカフェ店員へと戻りたい私はエスタークまでの道程を丼勘定して目元を覆う。
非日常はもうお腹いっぱいだ。はやく私の日常である昼はカフェでお仕事をして、夜は酒場で安酒を食らう生活に戻りたいよ。ハァ。
輪郭がはっきりとしたその新大陸に、無事ベッドごと乗り上げて私達は天空城の在り処を探す。険しい山脈の麓にある深い森をどうにかベッドで突っ切ると、いきなり広大な平原が姿を見せた。野兎や馬の群れが走る平原の遠くには、この平和な景色に似つかわしくない大きな洞窟が口をポッカリと開けて来訪者の入場を待ち変えているのが見える。その大きな洞窟を囲うような湖の存在がこの洞窟と平原の調和を成しているように見受けられた。
「・・・・・・もしかして、前と同じ状態?」
深い森の中では、いつ乱立している広葉樹にぶつかるか分からなかったので控えていた暴走運転が平原に出ることで解禁されてしまい、空飛ぶベッドは暴走ベッドと化していた。ビュンビュンと耳元で風を切る音がして、視界に映る景色が目まぐるしく変わっていく。恐らくは、あの洞窟に向かって移動しているんだろうけど、目に風の暴力が当たり涙が出てきてまともに前方も見られない。
「何か言ったか!? レックス!」
近くから私と同じくベッドにしがみついている三半規管弱い同盟の一人のユーリルさんが大きな声で何か言ってるのが聞こえたけど、風が邪魔をするので鮮明に聞くことができない。
「多分、ボク天空城の行き方が分かったかも! イザ兄ちゃん、あの洞窟こそが天空城へ行ける場所だよ!」
ユーリルさんに次いで、レックス君の声も聞こえたが漏れ無く此方もきちんとした言葉の意味までは分からなかった。ただイザさんが前方を向いたまま、後ろにいる私達に向かって親指を立ててきたのでこれから更なる恐怖が私達を待ち構えていることだけは把握した。
ーーーーーこの日、とある幻の大陸で、隼の如く飛んだベッドから断末魔のような悲鳴が晴天の空に響き渡る。
*****
案の定、三半規管をやられた私とユーリルさんはベッドが飛行を止めたあとも暫くは動くことができずに蹲っているしかなかった。本当になんで、ベッドに乗った途端脳筋度が二倍になるんですか、イザさん。
涼し気な顔で普通にベッドから降りるイザさんを恨めしげに睨み上げるも、彼は持ち前の鈍感ぶりを発揮して私の恨み辛みに気付かない。そんな風に私がイザさんを呪ってる側で、レックス君がイザさんに続いてベッドから飛び降り、目前に待ち構える洞窟のすぐ前まで駆けて行くのか見えた。
「やっぱり、トロッコの洞窟だ! 天空城はまた湖の底に落ちちゃったんだ・・・」
「ん・・・? もしや、あれはゼニス城か!?」
元気な二人の勇者が何かを発見したようだ。少し胸のムカつきが和らいだ私は、取り敢えず湖の淵で固まっているイザさんが何を発見したのかを確認しようとベッドから飛び降りた。
「何発見したんですか? う、動くと胃がグルングルンしてきた・・・」
「アン、見てみろ。あんなとこにゼニス城があるぞ」
「ゼニス城・・・。それって、もしかして、天空城!!?」
口元を抑えて、胃のむかつきと戦ってる場合ではなかった。イザさんが指し示す方に視線を向けると、透明度の高い湖の底に城らしき物が建っているのが見える。
あれが噂の天空城。確かに荘厳なその佇まいは伝説上の城に相応しいと思える。やたらめったらに装飾的だなぁという感想を抱いてしまうのは私が貧乏性だからだね、多分。
「ってか、これ、どうすんの? まさか、これから湖に潜ってあそこに行けってことなの?」
「思ったよりも底は深そうだぞ。あのゼニス城が丸々沈んでるのに、あの大きさに見えるのだ。かなりの水深があるに違いないだろう」
お城なのだから高さはかなりある筈だ。それなのに、地上から見える天空城の大きさはかなり小さく見える。豆粒ほどとは言わないけど、モニュメントくらいのサイズだ。詰まり、それぐらいの大きさに見える程、私達と天空城の間には距離がある。
「おいおい、マジかよ。天空城がガチで湖に沈んでやがる」
「ね、ボクの言った通りでしょ。こんな風に僕の時も天空城は沈んでたんだよ。でも、前は洞窟の周りを険しい岩山が覆っていたからマグマの杖を使って無理矢理洞窟までの道を作ったりしたんだよね。今回は普通に洞窟が開いているし、マグマの杖を探しに行く手間が無かっただけマシだったかな」
いつの間にか、私達の背後でユーリルさんとレックス君が立っていた。二人も、あの湖の底に沈んでいる天空城を発見したようで二者二葉のリアクションを取っている。
ユーリルさんの呆けた声に同調したい所だが、私としてはどうしてもレックス君の発言が気に掛かった。
「レックス君、もしかして以前もこんなことあった・・・?」
「うん。だから、アン姉ちゃんも安心してよ。この洞窟が天空城まで繋がってるからさ。トロッコでバビューンと一息だよ」
トロッコ、すっごく楽しいよー!と目に見えてワクワクしているレックス君には悪いが、私は今、とてつもなく嫌な予感がしている。
そう、これは言うなれば、あの空飛ぶベッドに乗る前に伸し掛かってくる緊張感に似ていたのだ。
次回はトロッコです。