軍艦の牢屋というのはあまりにも手狭である。
そう思っていたんだが……。
「何で俺、普通の部屋にいるんだ……?」
「きゃふー」
牢屋にいるわけじゃない。普通の部屋に通されて何故かその部屋の中では自由に動くことができる。手錠も何もない。
普通の人と同じように、ベッドにも寝ることができるし食事だってできる。食事なんかは海兵が持ってきてくれるため部屋の中限定だけど……。
リードのためなのかオムツやミルクも用意してくれるから、このまま暮らすことも出来ると思える。
でも何で手配書付きの俺にここまでの待遇を……。
「ごっふっっ!!」
「きゃーう!」
「おいまたか!? また転んだなロナン! だから言ってるだろう。ボーッとしたまま、むやみやたらと歩くんじゃない!」
「ご、ごめんなさい……」
ただ、監視員として俺を見張るため、一般の海兵が部屋の中にいるのは仕方ないと諦めよう。
まあ交代で勤務する監視員役の海兵の目が、最初は警戒していたはずだというのに最近は残念そうな目に変わってるのだけは解せないが……。
「赤ん坊を抱いていて転ぶだなんて危なっかしいドジを何度すりゃあ気がすむんだ。リードの頑丈さと幸運に感謝するんだな!」
「いや不可抗力! 俺もわざとドジってるわけじゃない!」
「やかましい! 擦り傷作りまくってる時点でそれぐらいわかるわ!! とにかく怪我の手当てするぞ」
「しゅるぞー!」
赤ん坊をいつの間にか設置されてたベビーベッドに寝かせて、俺はそのまま椅子に座らされて怪我の手当てをされる。
床で擦って血が出て赤くなった膝小僧に消毒と絆創膏をされるがままにおとなしくしていた。
「おい」
「ふぇっ!?」
「うぉっ!? う、ヴェルゴ中将殿! いつからここに……!?」
ビビったぁぁ!?
気配なく来やがってびっくりさせんじゃねえよ!
「絆創膏を貼っている最中だ。また転んだのか、ロナン」
こちらを見下ろすヴェルゴの表情はよく分からない。
ただ、あまり関わり合いになりたくないということだけ思えた。
「……いつものドジだ。気にするな」
「ふん、クソガキが。年上には敬語だろうが」
「…………」
気まずい空気に視線をそらす。そのせいでヴェルゴも誰も喋らなくなってしまった。
ただ聞こえてくるのは、なにも分からないリードの声や、部屋の外のざわめきぐらいか。
「あ、あの……中将殿?」
「お前は下がれ。ロナンには現状を話しておく必要がある」
「は、はい!」
ああ……最近は慣れたはずの監視員の人が扉を閉めてどっかへ行ってしまう。
部屋の中に残されたのは緊張感が漂う静寂。
椅子に座らされている体勢のまま、ヴェルゴを見上げて睨み付ける。
彼は立ち上がった状態のまま口を開いた。
「ナギナギの実」
「っ……え?」
「お前は周りを静かにすることができる能力者だろう。部屋の周りにやれ」
「……な…んで俺がアンタに従わなくちゃならないんだ」
「無理矢理が御好みか、クソガキ」
拳が黒くなったのを見て、このまま抵抗しても意味はないと知る。
第一俺はただの子供だ。リードにまで危害が及ぶとも限らない状況にしておける訳もない。
「……サイレント」
部屋の周りに薄いドームを展開する。
一応、リードが腹を空かして泣くとも限らねえため、部屋の限界ギリギリまで能力で覆いつくしておく。
「これでいいか?」
「――――ああ、充分だ」
聞こえてきた声に、身体が固まった。
ヴェルゴの声じゃない。どこかで聞いたことのある男の声。
ああそうだ、これは……。
「……ドフィ」
「フッフ。思い出したみてえだな」
ヴェルゴがポケットから取り出した電伝虫から聞こえる声はとても上機嫌であった。
「ロシー、最初に会った時のことを覚えてるか?」
「……俺はロナンだ。それに最初に会った時の事なんて忘れた」
「フッフッフ……嘘だな。ロシー、俺は昨日の事のように覚えてるぞ。騒いでいた連中にドジって転んで……ああ、馬鹿みてえに死にかけてやがったな、てめえは」
いやまあ確かにあの時はピンクなモフモフを着けたおっさんが助けてくれたけどなんかこっちに襲いかかって来そうだなって思って逃げたのは覚えてるけど!
「っ……だから俺はロナンだって―――――」
「クローンだから違うと言いたいのか」
「はっ……」
「俺との記憶を思い出してるんだろう。ヴェルゴも知ってるな? ならその記憶は誰のもんだ」
「……オリジナルの記憶だ」
「フッ。オリジナル? 俺も知らねえてめえの生涯全ての記憶を持って、オリジナルか」
フーッフッフッフッフ、と笑うドフラミンゴに息を呑む。
空気が呑まれているというのだろうか。完全に会話の主導権は向こうにあった。
「クローンとは違う。てめえはあの死んだ時間を引き継いだロシーそのものだ」
「だから俺は、ロシナンテじゃない! オリジナルの記憶を引き継いだクローンだ!」
「クローンならロシーとしての記憶があるわけねえ。細胞や性質が同じでも、全てそのままというわけじゃねえ。死んだその時のまますべてを引き継いだ。ロシー、我が最愛の弟。お前はロシナンテだ」
まるで洗脳されているかのようだった。
圧倒的に真実を言っているかのように、こちらに向けて甘い囁きを溢していく。
お前はロシナンテだと、それが真実だとでも言うかのように。
「だから……そんなの、違うって……」
「いいや、俺がそうだと言えばそうなるんだ。そこのガキだってそうだぜロシー」
「は?」
「リードっつったか? 奴の本当の名はポートガス・D・エース。ガキの正体を知った海軍が絶対に殺さなければと追っていた、本来は生まれちゃならねえ赤ん坊だ」
「っ――――この世に生まれちゃならねえ赤ん坊なんていない!!」
「フッフッ! ああそうだ。俺もそう思うさ」
まるで冗談を言い合っているかのように笑ってくるドフィに気分が落ちていく。
これだからこいつと話すのは怖い。このままあっけなく殺されそうで怖い。ヴェルゴが何も言わずただ電伝虫を持ったまま立っている姿も異様で、ビリビリと緊張感が肌に突き刺さる。
「赤ん坊を使えば、白ひげの残党をぶちのめす人質代わりになる。それだけじゃねえ、エース再来としてまた世間が騒ぐだろうな。こいつもまた死んだ記憶を引き継いだ人間だ」
「……そんなの、違う。俺はロナンで、リードもただのリードだろうが」
「強情だなロシー。まあいい、おいヴェルゴ」
「ああ、聞いている」
「フッ……ロシー。また会おう」
――――ガチャリ、と急に電伝虫を切られる。
ドフラミンゴの声が聞こえなくなってようやく息が吐けた。でもまだ目の前にヴェルゴがいる時点で緊張が解かれることはないが……。
「お前らの手配書は撤廃された」
「は?」
「捕まった時点で保護観察となったんだ。だから囚人として扱うことはない。それだけお前たちの存在は重要視されてるってことだ。ドフィの言うようにな」
「……ヴェルゴ、つまり俺達は……えっと、解剖とかされるってことか?」
「…………俺からの話は以上だ」
俺が聞きたいことについては何も説明をせず、普通にサイレントのドームを抜けて部屋の外へ出て行ったヴェルゴに呆然とした。
海軍の保護観察。それってどういうことだ。
センゴクさんが何かやってくれたのか? それとも、ドフィの力で何かを……。
「めちー!!!」
「うぉっ!? ……ああ、リード。腹減ったのか」
とりあえず能力を解こう。それで泣きそうなリードの為にミルクか離乳食を……。
「ははっ……ああ、ちくしょう」
恐怖で手が震えてやがる。虚しい気持ちでテンションがガタ落ちする。
ただ話しただけなのに……何でこんなに……。
「ロー……」
あの時一瞬だけ見えたローの目に、傷ついた何かが見えたのは気のせいだっただろうか。
あいつあんなに大きくなったんだな。病気も治って元気で本当に良かった。
「ろなー! めちー!」
「ああ、はいはい」
首を振ってこの妙な気持ちを消してしまう。
とにかく現状は最悪だ。どうにかしておかないと……。