まったくの偶然とか、家が隣同士だとか、ファンレターを出してみたらとか、ほんとうに色々。
でも、「戦車の操縦の仕方を教えてください」とネット上で質問したのが、全てのきっかけだなんて……嘘みたいでしょ?
――あ、もうノートを使い切っちゃった。
―――
5月X日
お金が尽きた。
これが生まれて初めて書く、日記の冒頭になろうとは。面白いからいいけど。
で、何でお金が尽きたかというと……プレミア価格になっていた「ウサギさんストラップ」を購入したから。
通販サイトによると、お値段たったの「6500円」。
高っか。でも買った。
私は、面白ストラップが好きだ。かわいいのも良いが、どちらかといえば奇抜なものが好ましい。
そういった意味では、ウサギさんストラップはまさに「究極」だった。
マスコット頭身のウサギさん、まあこれはいい。そして目つきが物凄く悪い、素晴らしい。極めつけは、媚びる気皆無の包丁二刀流。かっけえ。
これこそまさに、独創性とインパクトと「妙」が体現された、面白ストラップだった。愛好家として、これは買わざるを得ない。
……迂闊だったのは、このストラップが「何年前かに発売されたが、人気が出なかったということで、とっくに絶版されてしまっていたマニア向け商品」という点だ。
ストラップというものは、とにかく数が多い。好きで収集しているつもりでも、あっこれ見逃してたのかー! と後から気づくケースも珍しくはない。
だからこそ私は、何でこんなイカしたストラップの存在を、今更になって気づいたのか。悔やむに悔やみきれなかった。
だからこそ、買った。
通販サイトを前にして、いの一番に「買う」と考え、二の次に「高いなー」と思考していたから。
そんなわけで今月は、あまりお金は使えない。じゃあどうやって暇を潰すかというと……これといって、日課がなかったりする。
なので私は、友人である梓ちゃんに「お金を使わない暇の潰し方を教えて」と聞いてみた。ダイレクトに。
それでも梓ちゃんは、大真面目に考えてくれた。他の友人たちも、ジョギングとか、ヨガとか、天体観測とか、色々意見を述べてくれたが……
日記
紗希ちゃんからの提案だった。
そうすることにした。
6月α日
三日坊主だろうなーと思っていた日記だけれど、なんと今も続いている。
こうして日記をつけてみると、これが意外と面白い。「こんなことあったなー」と思い起こせるし、振り返ってみて「なにやってんだか」と笑ってしまうこともしょっちゅう。
日記の為に、意味もなく散歩をしたり、知らない道を通ってみたり、じいさんばあさんの歌合戦に参加しては入賞しちゃったり……本当に、変わったなーと思う。
6月β日
なんでもこのたび、戦車道という科目が復活するらしい。
最初は「へー」だった私だったけれども、梓ちゃんが真剣な眼差しでPVを眺めていたし、あゆみちゃんも「鍛えられるかも」と言っていた。優季ちゃんも、「彼氏にかっこいいって言われるかもー」と乗り気だ。紗希ちゃんも、特に反論なし。
まあいいかなと、私も思う。戦車に乗ってばこーんって、何だか楽しそうだし。日記に書くことも多くなりそうだし。
6月ν日
で、戦車道を歩む為に、戦車を回収してきました。ウサギ小屋から。
最初は裏山にでも登って、アレやコレやな困難を乗り越えて、ようやく戦車というお宝を回収するものだと思っていたけれど……この学園艦、ゴイスだね。
見つけた戦車はといえば、詳しくはないけれど、大砲が二本もついていて何だか強そう。これはいい拾い物をしたのかもしれない。
見つかった場所もウサギ小屋だし、ウサギさんストラップが恩返ししてくれたのかなあ。
そんなわけで、戦車を洗車するのは、ちべたくて大変で楽しかったです。
で、明日になったら、戦車道の教官がやってきてくれるらしい。どんな人なのかな、イケメンなのかな。
6月Ξ日
超疲れた。この日記を書き終えた時、私の体は布団の上へと自動的に動いてゆくのだろう。
最初に、すごいアグレッシブな女性教官が現れた、ここまではいい。次に、先輩である西住みほさんが、「西住流」というすごい流派の継承者……なのかな? そんな感じだった事実。
次に次に、いきなり練習試合をやらされてしまったこと。
私達は、戦車については完全にちんぷんかんぷんだ。操縦はまだしも、試合なんて出来るかどうか。
これはマズイと思い、ネットのSNSで「戦車の操縦法について教えてください」と質問してみたのだが……最初は、テキトーな返答ばっかり。まあそりゃそうだよねとガックリしつつ、戦車に詳しい秋山先輩に「この戦車なんですかー?」と質問して「M3中戦車リーですね!」と即答、流石。
そんなわけで、「M3中戦車リーの操縦法について教えてください。あと、戦車道のイロハも教えてほしいです」と質問してみたところ……すっごく親切な人から、操縦法まとめサイトと、「初心者でも歩める! 戦車道WEB」と、戦車道に関するおすすめの本を教えてもらっちゃった。あと、「経験者がいるなら、その人についていくのはどうですか?」という、有益なアドバイスまで。
じっくり学ぶのは後にして、とりあえずは、友人たちにかんたんな情報を共有しあった。で、経験者らしい西住先輩に、私達は付いていくことにした。
――先輩がたも「わかってくれた」らしくて、一時休戦。その後は色々あったけれど、何と最後まで生き残れちゃった!
西住先輩とタイマン張って、結局は負けちゃったけどね。いやー気持ちよかった。
あまりにも嬉しかったので、ボロボロになったM3リーの写真をバックに、私達の自撮り写真をアップ。するとさっきの人から、「楽しそうで良かった。お役に立てましたか?」と反応が!
もちろん、私はイエスイエスと解答した。そして、その人に対してフレンド申請を行い……すぐに友達になってくれた! っしゃー!
……ほんとうにめちゃくちゃ疲れちゃった。こうして、シャーペンを握る力すら抜けている気がする。
でも、楽しかった。西住先輩がたとも仲良くなれたし、大砲撃つのも楽しいし、戦車道の歩み方も学んだ気がするし、高校一年になって本格的に青春が始まった気がする。
よし、明日も頑張ろう、そうしよう。
6月Z日
それからというもの、フレンドさん――シラノさんとは、しょっちゅうお話をするようになった。
戦車道を通じて知り合えたわけで、私はなんとなく「戦車道の経験者ですか?」と聞いてみたのだ。するとシラノさん、「いえ、未体験者ですよ。男ですしね」と!
戦車道っていうのは、女性の武芸なんだから、男の人は関われないはずなのに……なのにシラノさんは、私の質問に応えるために、色々と動いてくれたんだ。
だから私は、遠慮なく「あなたのお陰で、戦車道を楽しめています」と書いた。シラノさんは、喜んでくれた。
6月б日
庶民派である私も、聖グロリアーナ女学院くらいは知っているつもりだ。お嬢様学校で、外国風の町並みをしていて、優雅らしいということぐらいは。そこで観光するのも良いだろうし、何なら食べ歩きをするのもオツなものかもしれない。
――で、その聖グロさん。なんと、戦車道の強豪校らしい。ここまでならいい。
――で、その聖グロさんと、なんと練習試合をすることに。ぜんぜんよくない。
ヤバイので、私はシラノさんに相談を持ち込んでみた。ここ最近は、暇さえあればシラノさんとネット上で話しかけっぱなしだ。
彼……だよね。彼は、私達のなんでもない話を楽しそうに聞いてくれて、自撮りに対しても「みんなかわいい子だ」なんて言ってくれて、彼とはすっかり友達だ。
ちなみに、「一番かわいい子は誰?」と聞いてみたのだが、彼は……文字にするのも恥ずかしい! 書けるわけないよう!
よし、区切る。
聖グロに関してだけれど、聖グロはとにかく「強く」「硬い」らしい(ネット調べ)。ただし、スピードにはちょっと難ありなんだとか。
いきなりデカいのとぶつかってしまった気もするけど、日程は決まってしまった。やらないといけない。
6月W日
きっかけは、「どこで練習試合をするの?」「大洗」。
なんとシラノ君、「寄れるよ」とのことで、試合を見に来てくれるらしいのだ! やっばいどうしよう、緊張してしまう……これは、恥ずかしい試合はできないよね。
で、で、友達にも「友人が見に来てくれる」と伝えたのだが……やっぱりね、この年でね、「男と会う」なんて言っちゃうとね、みーんな興味津々になって質問攻めをするわけ。
単に、色々と話し合うSNS仲間って説明はしたんだけどなあ。けれどみんな、「ほんとー?」とニヤニヤするし、特に武部先輩は「このチャンスを逃しちゃだめよ!」なんて必死だし。
いやまあ、会うけどね。私としてもどんな人か、見てみたい。
6月V日
聖グロとの練習試合を終えてきた。そして、シラノ君と会ってきた。
練習試合についてだけれど、聖グロは本当に強かった。攻撃はぜんぜん効かないし、こっちの戦力が順調に減らされていったりと、友人達から恐怖の声が漏れ出した。私も、そうだった。
けれど、この大洗町の何処かにシラノ君がいる。私のことを見守ってくれている。
先輩がたが導いてくれたから、友達と一緒だから、彼が応援してくれたからこそ、私は戦車道を歩もうって決められたんだ。
だから私は、友人たちを励ました。無理に戦う必要なんてない、逃げ回ってオトリになればいいって。
――よほどデカい声だったんだろう。友人たちは、半泣きになりながらも、必死になって聖グロと戦ってくれた。私も、なるだけ当てるようにして大砲をぶっ放した。
マチルダ……だったか、それを一両やっつけられたのは、我ながらスゴイと思う。まあ、最後は隊長にやられちゃったんだけどね。
それでねえ、私達ね、あのね、あんこう踊りをやらされることになっちゃった! やっばいどうしよう、シラノ君に見られちゃいないだろうか、たぶん見られてる。
もう生きていけないなあと思いながら、携帯を見てみれば……「すごい戦いだった、カッコ良かった。ダンスキレッキレだったね」って。
私は、その場でジャンプした。友人たちにそれを見られて、「お、友人から褒められたー?」とからかわれたりもしたが、今は許す。そして「どこで集合する?」と聞いてみたが……なんと数分先にある、小さな公園で待機しているとのこと。
そんなわけで、シラノ君と会ってきました。友人たちとともに。
保護者を連れたシラノ君は……とても普通の、ふつうの青年だった。私よりも背が高くて、男ものの私服を着ていて、聞き慣れない男の声で「君が、あややさんですか?」と聞かれた。
それだけで、異性とあまり話したことのない私は、どきりとしてしまったのをよく覚えている。大洗学園艦は分校だが、かといって必ずしも異性と縁を結べるわけがないのだ。
縁がない私は、大真面目に「はい! はじめまして! あややです!」と一礼までしてしまった。その一方で友人たちはといえば、挨拶だけはスムーズに行えちゃって……それが余計に恥ずかしい。
それからというもの、シラノ君とは沢山の話をした。試合のこととか、趣味についてとか、ここ最近の何でもない話とか。ここまでは普通に受け答えしていったのだけれど、
「シラノ君の学園生活って、どんな感じですか?」という、なんでもない質問に対して――確かに、間が生じた。保護者であろう母親と、目配りもした。よく覚えている。
シラノ君の外見からして、おそらくは高校生か中学生くらい。だから、こんなふうに質問するのは普通のことだと思っていた。
けれどシラノ君は、一瞬だけ真顔になって、けれども笑って「いやあ、楽しいよ。普通かな、普通」とだけ。
あゆみちゃんは「そうですか」と応えていたが、私は、気になって気になって仕方がなかった。けれども、これ以上聞くのは失礼というものだろう。
それでいい。シラノ君と話していて、私はとても楽しかった。これからも仲良くしていけると思う。
そうしてシラノ君は、大洗町の方角へ姿を消していった。
……そういえばシラノ君は、何処の学園艦で暮らしているのだろう。
ひとくぎり
撤収作業中、聖グロの隊長から呼び止められた!
一体なんだろうと私達はビビったが、なんとティーセットをもらっちゃった。隊長……ダージリン先輩曰く、「とても勇敢だった、これからも期待しているわね」とのこと。
梓ちゃんは、言った。これは、勲章の一つなんだろうって。
――どうやら私達は、戦車道の適正っていうのかな、そういうのがあるみたい! やったーッ! もちろんシラノ君に即報告して喜ばれたー!
7月G日
顔を合わせたからだろう。シラノ君とは、ますます気安い仲になった。
ストラップコレクションを見せては「イカすね……」と正しい反応をされたし、戦車道でいい成績を残せば「すごいよ、あややさん!」と褒めてくれるし、「このストラップが、わたしたちウサギさんチームのエンブレムになったんだよ」と報告したら、とても喜んでくれたし……。
で、それで、なんとなく、なんとなーく髪型を変えてみれば……「可愛いよ、あややさん!」と「!」つきで反応してくれた! やだもー!
……相手の顔を知っていると、ついついこう、なんだか意識しちゃう。彼、私の話を楽しげに聞いてくれていたし。
そういえば、もう少しで高校戦車道全国大会が始まるらしい。本土のあちこちに寄るだろうけれど、彼はそのたびに駆けつけてくれるだろうか。
7月γ日
大会前日。私は緊張して、高揚して、早寝しようにも眠れなかった。ピクニックを控えた小学生かっつーの。
どうしても眠れないので、私はコミュニケーションツールを開いた。話し相手はもちろん、最近登録したばかりのシラノ君。
話しかけてみれば、彼はすぐにでも応えてくれた。あとはそのまま、大会への緊張を述べるだけ。
すると彼は、こう言った。「あややさんは戦車道を楽しめているし、結果も残せている。だから大丈夫、心配することなんかない」って。
それを聞けて、私は安心できた。彼にはいつも、助けられてばかりだ。
心に余裕が出来たからか、私は言ってみた。
「シラノ君も、何か心配事があったりしたら、私にいつでも相談してね」。
……すごい間が、できたと思う。
その時の私ときたら、胸いっぱいの不安を抱えた。何か余計なことでも書いてしまったのかと、本気で焦った。
ベッドの上で寝転がっていたはずの私は、途端にその場で座り込み、液晶画面を覗いたままでじっとしていた。
長いようで短かった間をまたいで、彼は言った。「その言葉で十分、励まされたよ。ありがとう、あややさん」って。
……よかった。
さて、寝る前にこのことを書こう。
7月□日
サンダースと戦った! 勝った! やられたけど! 眼鏡壊れたけど!
私は立派な戦車道履修者の一員なのだから、撤収作業を手伝おうとした。けれど武部先輩から、「報告、しにいきなよ」と背中を押されてしまった。眼鏡も貸してくれた。
友人たちも「いってらっしゃーい! お土産よろしくー!」とかなんとか。やめてよもう。
それで――彼と出会った。今回も、保護者である母と一緒だ。
で、おばさんは楽しそうに「この子、あややさんと会うのを凄く楽しみにしてたのよ」と言って、シラノ君は「ばっばか! 本人の前で言うなよ!」と焦っていた。
これって……いやいやいや! 早とちりして絶望はしたくない! 私は冷静なのだ! たぶん!
晴れ渡る晴天の下で、彼からは健闘を讃えられた。凄く食いついてたよね、頑張ってたよね、生きる活力を与えられたって……目を輝かせながら、そう伝えてくれる彼を前に、私の心は躍りに踊っていた。
私も、いろんな質問をしたと思う。どこがカッコ良かった? どこが悪かったと思う? 次の試合も見にきてくれる? ……最後の質問は、特に強調して聞いたと思う。
彼は言った。「必ず行く」と。
それがうれしくて、私は「ありがとう!」とはっきり言えた。彼も、喜んでくれた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていって、彼は本土の遠くまで帰っていった。連絡船は使わないのかな? まあいいや。
さて、次の試合も気合を入れよう。
……友人たちから、武部先輩から……いや、あんこうチームのみんなから、「で!?」と質問されたのは、正直ぐえーとなった。でもまあ、撤収作業も引き受けてくれたのだし、私には話す義務ってのがあるんだけれどねー。
7月△日
二回戦目を前に、私達は練習試合に励んだ。そして、良い結果を残すことが出来た。
余韻を忘れないよう、私はウキウキ気分で携帯を取り出した。ここまではいい。
友人たちが、こぞって「お?」と近づいてきた。ここまでもまあいい。
武部先輩が、「で?」と耳を傾けてきた。これも仕方がない、眼鏡の貸しがある。
……その他のチームメンバーも、私めがけにじり寄ってきた。ぜんぜんよくない。
当然の権利とばかりに、「何か用ですかー」と聞いてみた。するとみんなは、「いやあ? 最近、青春してるらしいじゃない?」と、実に実に嬉しそうに笑ってくれたのだ。
我らたくましい戦車道履修者といえども、やっぱり女子高生。恋の噂というのは、巡り巡るのが早い。否応なく、興味を抱かせる。
逆の立場になったら、私もこんなリアクションをしてしまうだろう。だから、この現実を受け入れるしかなかった。
ぽちぽちと会話している間は、誰も液晶画面をのぞき見しようとはしない。ここらへんの了解は、流石だと思う。
そうして、一通りの会話を過ごしたあとは――武部先輩から、「楽しかった?」と聞かれた。私はため息混じりに、「はい」と応えた。
7月☆日
勝った! 生き残った! 会えた! 食った!
次の相手はアンツィオだったけれど、何とか生き残れた。これも実力が上がった証拠なのかな? えへん。
試合終了後、私は早速とばかりにシラノ君と会いに行った。途中でアンツィオのみんなから「食ってけ!」と勧誘されたが――西住先輩が「あやさんは、その、大事な用事があるんです!」と助け舟を出してくれた。
アンツィオの隊長、アンチョビ先輩が「お、そうか。じゃあ、後でこれ食ってくれ!」と、ラザニアがぎっちり詰め込まれたタッパーを手渡してくれたのは実にありがたい。武部先輩が、「二人分」のフォークを手渡してくれたことも、フクザツにありがたかった。
そしてやっぱり、彼はいてくれた。まずは挨拶、次に「やっほ、元気してた?」
対してシラノ君は、「元気元気」と笑顔で応えてくれる。シラノ君の母からも、「元気そうねえ、あややちゃんは」と言われちゃった。
――ラザニアを食べ合いながらで、彼から試合内容について早速インタビューされる。私はエアマイクを持ち、小指を立てながらで「まあまあ、しかし上手く試合できましたねえ」と、芝居がかった口調で応えてみせたものだ。
シラノ君も、お母さんも、声に出して笑ってくれた。シラノ君はもちろん、お母さんも「格好良かったですよ、あややちゃん」と褒めてくれて……恥ずかしくて、嬉しかった。
夕暮れの下、どこか遠いアンツィオの宴を耳にしながらで、シラノ君は言ってくれたんだ。「あそこに、いなくてもいいのかい?」と。
私はきっぱりと、なぜだか迷うことなく言ったんだ。「シラノ君と一緒が、いい」。
彼と一緒にいると、こう、必要とされている気がして嬉しい。彼がそばにいると、話したいことが溢れ出てくる。シラノ君が讃えてくれるたびに、私は戦車道を歩めるんだ。
こんな大切な時間は、すぐにでも消えてしまいそうになる。
そろそろ撤収作業に入らないといけない。だから私は、「次も、必ず来てね」――断言するように言ってしまった。
けれど彼は、「うん」と言ってくれた。
7月E日
相手はプラウダ高校、戦車道における強豪校らしい。何だか強豪校と縁があるなあと思うけれど、勝ち進んでいけば、必然的に強いやつともぶつかるか。
明日になれば出発、そして出陣だ。それはいい。
……それはいいのだけれど、彼は、今回は観戦することが出来ないらしい。事情があるから、とのこと。
どうして、と聞きそうになった。けれども、彼にだって事情はある。
そもそも今の今まで、私の為だけに本土くんだりにまでやってきてくれたのだ。
もう十分過ぎる――そう、思っているはずなのに。
なのに、どうしてこんなに寂しいと思うんだろう。その気持ちの正体なんてわかっているはずなのに、なんで文字にできないんだろう。
ああ、そっか。文字にすらできないくらい、恥ずかしいからだ。
つまりは、そういうことだった。
試合前夜だというのに、よく眠れそうだ。
7月R日
色々が、ぎゅうっと詰め込まれた一日だった。
身を凍えさせる極寒、心を怯ませる包囲、実感が伝わらない廃艦事情。そして、勝利。
どうして今年になって、戦車道が復活したのか、それはよくわかった。
そして次に、「負けたらどうなる」を考えた。
廃艦が決定してしまえば、友達とは離れ離れになってしまうだろう。履修者のみんなとも、二度と出会えなくなるかもしれない。
それは、確かに嫌だった。それは確かにいやなんだけれども……私は、負けるのが「怖かった」。
なぜだろうと、少し考えた。寒い空気の中だからこそ、頭の中がいやでも冷静にされて――答えを、導き出せた。
あの人の期待に、応えたい。それが、私に「やる気」を引き出してくれたんだ。
友情も学園艦もシラノ君もぜんぶ勝ち取ってやる、やってやろうじゃないか――生きてきた中でもっとも、勢い任せに立ち上がったと思う。
私はメタルっぽく歌いながらで、「戦車は生きてっだろー! 動かせっだろー!」と叫んでみせた。萎えているのなら明るくなるのが一番、明るくなるには身体を動かすのがいちばんだ。日記のネタを集めたいが為、無駄に行動派になった私が言うのだから間違いない。
そして西住先輩が、会長が、友達のみんなが、「私も叫ばせろー!」と駆け寄ってきた。
薄暗いはずの倉庫が、好き勝手なライブ会場となった瞬間。サイコーでした。
みんなみんな、パンツァー・ハイになれたから、この試合に勝てたんだと思う。
試合終了後、私は彼に、試合結果を報告した。大洗学園艦の事情も話した。
色々とやりとりはしたけれど、やっぱり彼は、こう言ってくれたんだ。
「やっぱりあややさんは、みんなに元気を、希望をくれる人なんだね。……お疲れ様」って。
ありがとう、みんな。ありがとう、シラノ君。
口ではまだ言えないけれど、文字でならこう書けるよ。
好き。
8月☆日
決勝相手である、黒森峰女学園のことを調べれば調べるほど……私は、「ああ」と思ってしまう。
戦車道を続けて、このかた数週間が経過した。戦車についても、にわか程度には把握してきたつもりだ。
だからこそ、黒森峰がなぜ強豪と呼ばれるのか、嫌でもわかる。
恐れ知らずの士気、純粋に強い戦車、西住流……この3つが揃っているだけでも、ため息がこぼれてしまう。
負けるつもりはない。けれど、それだけで勝てるのならば苦労はしない。だからこそ私は、西住隊長の指示に従うつもりだ……いざとなれば、ウサギのように跳ね回ってやる。
そうは意気込むものの、やっぱり緊張してしまう。そんな時に、彼からのメッセージが届いたのだ。
「数日後は、黒森峰と決勝戦だね」
それをきっかけに、私は正直に弱音を、そして強がりぶってみせた。友だちの前でも「なんとかなるって!」と親指を立てたりしたものだが……彼の前では、何とでも言えてしまう。
そんな私に、シラノ君はこう言ってくれた。
「あややさんなら勝てる、勝てるよ。それは俺が保証する、俺もあややさんに救われたところがあるから。あややさんなら、学園艦の一個や二個ぐらいなんとかしてしまえるよ!」
大げさだなあと思うけれど、彼が言うなら信じられる。だって彼は、私のことを、ずっとずっと見守ってきてくれたから。
「決勝戦……必ず、見に行くよ」
何よりも……好きな人からの言葉というものは、根拠もなく「力」と想えるから。
8月▼日
……日記を書き続けてきて、私は本当に良かったと思う。
記憶ほど、ずっと大切にできないものはない。どうしたって鮮明さは薄れていき、いつかは忘れ去られていく。知らないうちに、そう受け入れられてしまう。
だから私は、日記を書き続けてよかったと、心の底から思う。
黒森峰との熾烈な戦いも、大洗学園艦を守れた事実も、彼と会った今日この日のことを、決して忘れたくはないから。
全てを終えた後で、私はシラノ君と、その母と会った。
あの黒森峰に勝てたのだから、優勝を掴めたのだから、大はしゃぎしてしまってもおかしいはずなのに……晴天の下で、私はただ、「やったよ」。それだけを告げた。
シラノ君と母も、「おめでとう」って、そう言ってくれたんだ。
私は独り言のように、けれども伝えるように、感謝の言葉を述べまくった。そして、たくさんの躊躇の後で、「あなたが好きです」と言えたんだ。
それを言えた瞬間、シラノ君は目を逸した。わたしは不思議と冷静なまま、「あ、だめなのかな」って思えたんだ。
でも、それは違った。
シラノ君は私に対して、こう返事をしたんだ――「いままで嘘をついていて、ごめんなさい」。
それから彼は、全てのことを打ち明けてくれた。これは今でも覚えている、だからはやく書かないといけない。
――大洗学園中等部に通っていた頃、彼は、後天性の心臓病に侵されたらしい。当然そのまま通学できるはずもなく、シラノ君は本土の病院へ入院することとなったそうだ。
シラノ君は、日に日に迫りくる死への恐怖に怯えていた。いつか手術を受ける気はあったが、失敗が恐ろしくて仕方がなかった。
だから彼は、人助けを介することで「徳」を積み上げようとした。そうすることで、手術の成功率が高まる――気がしたから。
とはいえども、シラノ君は自由に外出できる身ではない。だからシラノ君は、ネットを通じて人の相談に乗ったり、質問に対する解答を探し当ててきた。そうして「ありがとう」と言われるたびに、シラノ君は安堵したという。
今までは、「物事が解決したら、関係は解散」といった流れを繰り返してきたらしい。本人も、そのことについては受け入れているようだった。徳さえ積めればそれでいいのだと。
けれども、「彼と関係を持った一人」である私は――彼に、フレンド申請をした。
2ページ目――
私の戦車道を見て欲しいから、あなたのお陰と言いたいから、私は彼と友達になった。いつしか、恋心を抱くようになった。
だから、私は言った。「あなたには、感謝してる」と。
それでも、彼は言ってくれた。「嘘をついていて、ごめんなさい」と。
元気だと、嘘をついてごめんなさい。必ず行くと言ったのに、極寒の地へ行けなくてごめんなさい。自分の為だけに、あややさんを利用してごめんなさい。
――全てを話し終えたあと、彼は改めて「嘘をついて、本当にごめんなさい」と言った。
だから私は、シラノ君のことを抱き締めた。
切実な嘘に、許すも許さないもないから。彼に、生きていてほしいから。
耳元で、必死になって呟いたと思う。命がかかってるもんね、仕方がないよ、私もそうする、だから責めないで、謝っちゃだめ、君のお陰で大洗学園艦を救えたんだから、愛してるよ。
彼は、私を抱きしめてくれた。
愛し愛される。この関係を成した瞬間、徳というものは天まで高く積み上がっていったんじゃないかなと、私は強く思う。
シラノ君は言ってくれた。「君のために、絶対に生き延びてやる」って、「君は俺に、希望をくれた」って。
シラノ君のお母さんも、私に「ありがとう」って言ってくれた。
あとは、このまま別れるのがベストかもしれない。けれど私は、少しでも力になりたいと思って……彼に、6500円のウサギさんストラップをあげた。お守り代わりにしてほしいから。
それを優しく抱きとめて、彼は言ってくれたんだ。今でもよく覚えているんだ。
「あややさん、また会おう。愛してる」
その晩、私は意味もなく大洗学園艦を歩き回った。きっと、きっと、どうしようもない気持ちでいっぱいだったから。
―――
二度目の廃艦騒ぎをクリアして数カ月後、大洗学園艦には雪が降り注いでいた。
今日は休日で、練習試合も無い。だから私は、コートを着てマフラーを巻いて、日記のネタついでに学園艦じゅうを歩き回るのだ。
かといって、道という道は歩み終えた。山という山も、あらかた制覇した気がする。試しに地下にでも潜ってみようかなと思ったが、風紀委員に止められた経験がある。
軽く鼻息をつく。
かといって、あんまりお金使いたくないしなあ。これといってイベントも開催されていないようだし、今日は「本日も幸せでした、おしまい」で済まされちゃうのかも。
自虐的に微笑みながら、両肩をすくめてみせる。
今日は、安いストラップでも買って帰ろうかな――いつもの店めがけ、水音とともに前へ歩んでいると、
携帯が、震えた。
何だと思い、ポケットから携帯を引っ張り出して、液晶画面を見ると、
私は、携帯を片手にしたままで走った。
ペースなんて、まるで考えていない全速力だった。
まさか、そんな、ありえない、ほんとう、マジ――疑り深い頭、緩んでいく口元を抑えきれないまま、歩き慣れたはずの長い街道を一気に駆け抜けていく。
連絡船を留めておく学園艦の港まで、あと十分。私は、歯を剥き出しにして笑ってしまっていると思う。
到着まで、あと数秒。私は、身も心も高揚しながらで、
コケた。
見事に、顔面から入ったと思う。
激痛を身体全体で背負いながら、ゾンビのように鈍重に立ち上がり、「っつ」と吐き捨て、すっかりヒビの入った眼鏡を確認し、鬱屈を区切るために顔を腕で拭い、
「あ……大丈夫?」
そして、前を見た。
雪の降る音しか、聞こえなくなった。
私の目の前には、半年前からずっと会えなくて、ずっとずっと会いたかった人が確かに居たから。
――けれども、未だに実感が沸かない。半笑いのまま、私は固まってしまっていた。
だから、
「……うそ、みたい」
こんなことを、言えちゃったんだ。
「嘘、じゃないよ」
本日の気温はマイナス5度、間違いなく極寒だ。
けれど彼は、キャリーケースを片手に、平気そうな顔をしながらで、胸に手を当ててみせている。
「やっと、会えたね」
信じられなかった、嘘みたいだと思った。
これは現実だと悟った、本当のことなんだと知った。
――身体が、もう止まらなかった。
声を上げてまで、彼めがけ駆け寄る。驚愕とか、衝撃とか、歓喜とか、嗚咽とか、それらが入り混じったわたしの叫びが、大洗学園艦に響いた。
しっかりと、彼を抱きしめてみせる。彼も、それを受け入れ返してくれた。
彼の心臓の音が、私の全身に、確かに響いてくる。命の恵が、わたしのすべてに伝わってきた。
彼は生きている。それはわかった。
だから、言おう。いつものように、こう口にしよう。
――私は、彼と身を離して、
「……や、シラノ君。元気だった?」
彼は、手で挨拶をする。
「ああ、今度こそ元気になったよ。あややさん」
「ほんとぉ?」
シラノ君は、気まずそうに笑って、
「もう、君に嘘はつかない」
そう言った彼は、6500円のウサギさんストラップを返してくれた。
――その答えで、もう十分だった。
あとは、何てことのない会話をするだけだ。これから先についてとか、友達の紹介とか、デートの予約とか、戦車道の歩みについてとか――ほんとう、命に関わらないことばっかり。
ずっとこうやって話し合いたかったけれど、楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去っていく。今の彼には、寮の手続きという任務が課せられているのだ。
だから、今日のところは、こう言って別れよう。
「またね、白野君」
「それじゃあまた、あやさん」
本日は、とても幸せでした。
雪に身を任せながら、私は鼻歌とともに、寮へ帰っていく。
―――
新しいノートをタンスから取り出して、それを食卓テーブルの上にそっと置く。あとはマジックペンを取り出して、ノートの表紙に今年の年月を書き記し、今日の無事平穏を文字にしていくだけ。
日記なんて、最初は三日坊主で終わると予想していた。けれど数年経った今でも、この日課は続いている。
やって良かったなあと、心の底から思う。失いたくない記憶が、たくさんうまれたから。
「――お母さん、何してるの?」
そろそろ背が伸びてきた娘が、きょとんとした目で、私のことを見つめている。
私は、「これ」と新品のノートを見せて、
「日記を、書くところ」
「ああ、日記……お母さん、いつもそれ書いてるよね」
「うん」
「楽しい?」
「うん。これを続けていたお陰で、足腰は鍛えられたし、いろいろ救えたし、」
私は、にっこりと笑って、
「――お父さんと、結ばれたから」
「へえー……」
娘が、興味津々そうにノートを見つめる。
それを見て、私は、「血を継いだんだな」と嬉しく思えた。
だから、
「書いてみる? 日記」
「え? ……でも、書くことなんて、あるかな」
「いつものことを、文字にするだけでいいんだよ。それも思い出なんだから」
娘が「そっかー」と口を丸くして、「わかった!」と笑顔になる。
そうと決まれば、私は早速とばかりにタンスへ駆け寄り、予備のノートを娘に差し出す。こうしてノートとマジックペンを受け取った娘は、私が書いたノートの表紙を参考に、今年の年月と、名前と、
「あ、これも描いておこっ」
――包丁を両手にした、ウサギさんのマスコットを、でかでかと描いてくれた。
この子は、私と、お父さんの命を継いでいる。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
本当は4月1日に投稿する予定だったのですが、間に合わず、本日投稿するという形になりました。
日記形式は初めての試みでしたが、新鮮な気持ちで文章を書けました。
「嘘」をどうからめるか、少し迷いましたが……ですが、自分なりにまとめられたと思います。
皆に明るさを、そして希望をもたらす大野あやは、一人の青年を救えました。メタルな恋愛が、大洗学園艦で芽生えました。
それでは、最後に、
ガルパンはいいぞ
あやは天真爛漫だぞ。