香霖堂で霊夢と魔理沙が弾幕勝負を始めた。それを何とはなしに眺めていた霖之助だが、急に現れた八雲紫にどちらが勝つかという賭けを持ち掛けられて――。確率についてのお話です。

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平等に確からしい賽子

「今日こそ白味噌だぜ」

「今日も赤味噌よ」

 

 またもやいつぞやのように、朱鷺鍋の味噌の色で二人は争いを始めた。店の前で派手に弾幕をばらまきながら、踊るように入れ替わり立ち代わり宙を舞う。

 

「飽きないなあ」

 

 今日は香霖堂に味噌の在庫がない。よって敗者が自分の家から相手好みの味噌を持ってくることになるだろう。僕はそれを待てばよい。

 縁に座って二人の争いを眺めていてもよかったのだが、せっかく手に入った暇を暇のままにするのは実に惜しい。店内で好みの本を読んで待つとしよう。

 

「はいどうぞ」

「……ありがとう」

 

 そして、僕が頭に思い浮かべていたのとは別の本を差しだし、彼女が僕の隣に座っていた。

 思い浮かべていた本でこそなかったが、その次くらいには読もうと思言っていた本だったので、僕はその本を受け取った。

 

「気が利くじゃないか。ちょうどこの本を読もうと思っていたんだ」

「嘘ばっかり。本当はこっちでしょう?」

 

 と言って彼女――八雲紫が示した本こそ、僕の思い浮かべていた本だった。

 

「なんでそれを? まさか、燃料代にそれを持ち出そうというんじゃないだろうね。生憎それは非売品だ」

「それは残念。私もこの本を読みたいのだけれど」

 

 紫は扇子で口元を隠して言う。

 

「そうね、では賭けをしましょう」

「賭け?」

「ええ。今まさに目の前で弾幕ごっこに興じている二人。どちらが勝つと思います?」

「ちなみに賭けに勝つとどうなる?」

「この本を差し上げますわ」

 

 紫はさらに、どこからともなく新しい本を取り出した。一見しただけで、興味をそそられるような本だ。

 

「ですが、負けたらこちらの本をいただきますわ」

 

 そういって、僕の読みたかった本を軽く指でたたく。

 

「それは、乗れないな」

「あら、どうして?」

「分が悪い。というより、この本を手放したくないな」

「では、あなたが勝ったらこちらの本を一週間貸して差し上げます。あなたが負けたら、そちらの本を一週間お借りします。これでどう?」

 

 勝てば面白い本を読める。負けても、結局は本が手元に帰ってくる。

 

「それならいい」

「まったくもう。さて、どちらに賭けます?」

「君から見て、どうだい?」

「悪いお人。そうねえー。霊夢が勝つと思うわ」

「じゃあ、霊夢に賭けるよ」

「あらどうして? 魔理沙を信じてあげないの?」

「僕から見ても、霊夢がやや勝ち越しているように思う。だから、僕は魔理沙が負けると信じている」

「非道いお人」

「だってそうだろう? 分がある方に賭けるのは当たり前じゃないか」

 

 そう言ってから、やはり自分の物言いがよろしくないと思い始めた。

 

「じゃあこう言おう。例えば、魔理沙が十回に四回勝つ一方、霊夢が十回に六回勝つのだとしたら――」

「魔理沙が四割勝つのを信じる、と仰りたいの? あら。四割勝つ、というのはそう意味じゃありませんわ」

「じゃあ、どういう意味だい」

 

 紫はまたも、どこからともなく奇妙な箱を取り出した。

 

「これは、一割の確率で爆発する爆弾ですわ」

「なんてものを取り出してるんだ。どこかにやってくれ」

「あららら。話が違います。分がある方に賭けるのではなくって?」

「いやいや。勝手が違うよ。分があるとか言う問題じゃない」

「分かりました。ではこの箱を結界に閉じこまめしょう」

 

 というと、紫は手のひらの上に結界を張り、箱をその中に入れた。

 

「この結界は、九割九分壊れませんわ」

「お得意の術でどこか遠くにやってくれ、と言ったんだ。危ないだろう」

「危ない? この爆弾が爆発するのは十回に一回だけで、しかも結界が壊れるのは百回に一回。合わせて千回に一回しか危なくないわ」

「それは十分、危ない」

「ふむ」

 

 紫が手の平をくるりと回すと、箱は結界ごと消えてしまった。店は木っ端微塵にならずに済んだようだ。

 

「ではもう一度聞きますわ。四割勝つ、というのはどういう意味か」

「……わかったよ。魔理沙に賭けよう」

「魔理沙を信じよう、とは言わないのね。まあいいでしょう」

 

 僕は考える。

 賽子を振った時、百回振っても六が出なかったとしよう。では、次の一回で六が出る確率はどれだけか?

 答えは当然、六分の一。さっきの自分の言葉を借りるなら、十分出る――のだ。

 今までがどうであろうと、一度限りの勝負の結果は分からない。千回に一回だろうと、店が木っ端微塵になる可能性があるなら無視することはできない。

 造られてから最初に六が出た賽子は、それきり振られなければ、六しか出ない賽子となる。

 だから、今この瞬間から数えたとき、魔理沙が霊夢に十割勝つことだってあり得るのだ。

 

「あ」

「え」

 

 紫の気の抜けた声に、思わず宙を見上げる。

 魔理沙が頭に特大の札を食らって墜落した。地面に大の字になって「ぐあー。負けたー」などと笑っている。

 

「おい、紫」

 

 慌てて振り返るが、もう僕の隣には誰もいなかった。当然、二冊の本もろとも姿を消している。

 

「なんてことだ」

 

 僕は一週間、紫が持って行った本を読むのを我慢しなければいけなくなった。してやられた。

 

「四割勝つ、というのはそういう意味じゃないだろうに」

 

 自慢げな霊夢と不満げな魔理沙が店に戻ってくるのが見える。

 今度賽子を振るときは、その賽子が平等であるかどうかを。そして何より、横で口出しをする妖怪がいないことを確かめるよう心掛けなくては。僕はそう心に決めたのだった。

 



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