執務室にはなんとも言えない沈黙が横たわっている…。
僅かに憂鬱そうな表情をしながら執務をこなすジルクニフの横でバジウッドは先程の映像を脳内で反芻し考えていた。
「(正直、俺では勝てるとは思えない。太刀筋、動き、魔法。どれを取ってもヤバい。4人で掛かっても怪しいな、俺達を囮にしてパラダイン様達で魔法の斉射でもしなきゃまず無理だろう。あー、レイナースは貧乏クジだな可哀想に。とりあえず俺は助かった。)」
内心はおくびにも出さずバジウッドは平静を装っていた。
「(どうなるかわからんが、俺達の立場にも影響は出るだろうな。降格とか無いよな?給料下がったら嫁達に何言われるか分からんしなぁ。やれやれだ。)」
ため息出そうになるのを堪えるバジウッド、分からない物は分からないと考えるのを止めた。
そっと横目でニンブルとナザミの様子を見ると二人とも考え事をしているのが分かる。気持ちは分かると思い二人から目を反らした。
「(言うべきか、言わざるべきか…。あの騎士は私よりも上だろうな、騎士としては格上と戦うのはいい鍛練となるだろう。正直手合わせしたい、だが陛下に言ってよいものではないだろう。だがしかしな…。)」
ニンブルは悩む、自らよりも格上だと確信しているがそれを陛下に告げるのは守護騎士としてはあってはならぬだろうと。正体不明の騎士が自らよりも強いなどと伝え主人の不安を煽ってはならぬと。
「(強い。すごいなあの騎士。受けきれる自信は無いがある程度受け流せはするだろう。だが、恐ろしい。こんなにも恐ろしく感じたのは初めてだ、それにきっとあの映像でも全力ではないだろう。)」
三者三様思う事は違えど共通するのは同じ。
「「「(レイナース一人じゃ無理だろ絶対。でも、仲間になったら心強いだろうな。)」」」
誰もがレイナースの勝利は無いと確信していた。可哀想に…。
まだ、昼には遠い…。まだまだジルクニフの執務は続き、紙を捲る音とサインをしていく音だけが時折するだけだった。
■■■■
ここは城にあるレイナースの私室。四騎士や騎士団長クラスは城に専用の執務室か私室を持っており着替えや予備の装備等を保管している。
「はぁ、きっと私じゃ勝てない。」
顔を両手で覆ってため息を吐くレイナース。彼女も分かっている、ガフガリオンが自らよりも大きく格上である事などは。自身の武に信を置くからこそ、彼我の差を感じ取れる。一人では勝てぬと…。
「無様に敗れれば、陛下からの心証は悪くなる。なれば、この忌々しい呪いを解く術も遠ざかる。あんなの、勝てないわよ…。どうしろってのよ。パラダイン様は絶対分かってて指名してる。あんの、クッソジジイ!」
小声だが誰にも聞かせられぬ悪態をつかずには居られない。顔を覆いつつも歯軋りし苛立つ。
「でも、やれるだけはやらなきゃ。勝てずとも死力を尽くして一矢報いなければ…ああ、もうっ。」
割りきれぬ気持ちを無理矢理抑え切り換える。職務を遂行し、目的を果す為に出来る限りはしようと。
装備と普段は使わない魔法の込められたアクセサリー、ポーション、スクロール。手持ちを確認し装備を整えていく。不安と憂鬱、絶大なる力への恐怖。万が一も無くは無いと思い、山程ある未練を思い歯噛みした。
昼にはまだはやい…。
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「そろそろ昼か。昼飯はどうするンだ?ここで食べてから向かうのか?」
ガフガリオンはミシェルに問う。
「そうですね、ここで昼食を取ってから皇城に併設されている訓練場へと向かいます。昼食のリクエスト等はありますか?ある程度は応える事が出来ると思いますよ。」
机上を片付けつつミシェルは答える。
「(動くのに重いの食うのはアレだし。)軽めに鶏肉を使ったサッパリした物が良いな。」
旨い物が食いたいがそこは堪えるガフガリオン。だがやはり肉は外せない。
「ふふ、分かりました。担当の者に伝えますね。昼食後出発しますので、今のうちに着替えておいていただけますか?」
分かったと返すと、ミシェルは部屋を出た。
「さて、何を使うかな。まあ、いつものでいいか。だが模擬戦やるんなら多少落としてもいいか…。」
迷いつつ装備を決めていくガフガリオン、装備を身に付けると上から外は真っ黒で裏地が深紅のマントを羽織った。
暫く経ちノックの音がし、配膳用カートを押した女給とミシェルが来た。
酢の匂いが食欲を誘ってくる。動いていないのであまり空腹は感じていなかったのにそんな事はどうでも良くなった。
「メニューは鶏肉のサッパリ煮と言います。手羽元を酢をベースとしたスープで煮込んでいます。今日はちょうどメニューに入ってたので良かったです。」
ミシェルも一緒に昼食を取るようで女給が配膳しつつメニューの紹介をしてきた。
見るだけで柔らかく煮込まれているのが分かる。程好い酢の匂いが食欲を刺激してきて、唾を飲み込んだ。手羽元の隣には一緒に煮込まれたであろう卵が半割にされ盛り付けられ、別の皿には新鮮な野菜のサラダも付いている。焼き立てで香ばしいバゲットが用意されている。
「(はあ、旨そうだ。ここに来て良かった…。)」
完全に胃袋を掴まれたガフガリオン。美食の虜になったからには粗食で粗末な食事には戻れないだろう。
「ではいただきます。」
噛まずとも、舌で崩れていく鶏肉。だが噛めば肉汁は溢れ、口内を蹂躙していく。酢をベースとしたスープを飲めば、酢に鶏の旨味が混ざり酸味と胡椒の刺激に虜になる。
サラダもシャキシャキとした軽快な歯ごたえが有り萎びた様な気配は一切無い。野菜本来の味とは、こうも心地良いのかと驚きを感じた。
萎びたり干からびたような野菜や煮込んだり焼いたりした物しか庶民は口に出来ない。新鮮な野菜のサラダ等金持ちしか味わえない。ただの食事、だがその食事が平民には到底届かないクオリティ。感動しかない、豊かな国であると。
噛みしめ、味わい食事は終わった。思わず、夢なら醒めるなと願わずにはいられない。
女給が片付けているなかでミシェルは言う。
「では少し休憩したら出発しましょう。」
紅茶の銘柄は知らずともこの香りは良い、と思いながら聞いていたガフガリオン。満ち足りて普段はしない様な微笑みさえ浮かんでいる。食事とは身体だけで無く、心も豊にするものであると言う様に。
「では出発しましょう。」
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馬車の車窓からは町並みが見えている、人通りは活発で活気がある。馬車の中は静かで外の喧騒も聞こえて来ない、防音性に優れているようだ。
暇を持て余しているとミシェルが話掛けてきた。
「模擬戦では帝国騎士団より数名の他魔法省からも的に向けて魔法戦の模擬戦を行うと聞いています。的に関してですがそうそう破損はしませんので手加減等は必要有りませんし、破損しても予備はたくさんありますので気にしないで下さい。」
ミシェルによると今日の予定は以下の通り。
各種アビリティ及び魔法の実演比較、回復用アビリティの実演、模擬戦、フールーダーとの会談の続きの順で行われる。
明日以降はミシェルによる帝都案内及び観光、ミシェルは闘技場には絶対行きます!明日は武王対ミノタウロス戦をやるんです!と息巻いている。そんなに行きたいのか…。
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皇城を左手に見ながらずっと城壁沿いに移動し、訓練場に入っていった。
そこには野外用の折り畳み式の椅子とテーブルが用意されていた。テーブルは四角い天板と金属製とおぼしき脚がついていた、椅子は真ん中で4本の脚を支点にし布らしき座面のものだった。
そこには3人の騎士とローブを着込んだ人物3人、そしてフールーダー・パラダインが既に着席し待機していた。テーブル後方には数人の兵士と的らしき物が山積みになっていた。
ガフガリオンが到着すると、まずは着席するよう促された。
「うむ、よく来てくれた。本日はこの訓練場にて騎士との模擬戦及び魔法等の比較実演を行う。実施前に軽く紹介しておこう。この3人の騎士は皇城に置いて勤務する精鋭であるが彼女はその中でも皇帝の身辺警護を担当する帝国四騎士が1人、重爆のレイナース・ロックブルズだ。少々無理を言って借りて来たが彼女は帝国最強の騎士の1人でもある。この模擬戦は非常に重要視されていると言う事を理解しておいて貰いたい。」
紹介と同時にレイナースはガフガリオンに向かい目礼をした。ガフガリオンは内心「昨日の今日で気合い入り過ぎだろ、何言ってンだ…。」と思うも平静を装った。
フールーダーの説明は続く。
「そしてこの3人は私の弟子の中でも有望な者を連れてきた、こちらの魔法の実演の際には彼らに行って貰う。」
3人のうち1人は昨夜も居た老人でほか2人は四十台と思われる男2人だった。どちらも日焼けとは縁の無さそうな程に真っ白だった。
「さて、ガフよ。まずは今装備している物について聞かせて欲しい。それらはどういった物だ、どんな効果を持っているのだ。兜から順に教えてくれ。」
フールーダーは言いつつも息が荒くなりテーブルに身をのりだして来ている。
内心引きつつガフガリオンは答える。
「まず兜だがこれは特に特別な効果はない、見ての通り頭から首までを防護するだけのクロスヘルムだ。」
頭から首までを完全に覆い、面当もてついており顔もガードしている。ミスリルヘルムよりも重量嵩むがその分防護範囲も大きく白兵戦では有効であると言えるだろう。
「次に鎧だが、これはリフレクトメイルと言い魔法を弾くリフレクの加護を得られる物だ。」
「なんと、魔法を弾くと言うのか反射ではなくか?。その効果はどの程度までだ、どんな種類に有効なのだ。」
「あくまでも自分に向けられた魔法限定だが、攻撃も回復補助も弾く。範囲魔法であっても弾く事が出来る。俺はやったこと無いンだが、方向を考えて受ければ味方の魔法を射程外まで届かせる事も出来る。」
いつまでと問われれば、破壊されるまでいつまででもと答え。原理は?と聞かれれば鎧のどこかに魔法陣を刻んであるらしいが詳しくは知らンと答えた。
自軍が魔法を使わないなら非常に有効だが、そうでないならウッカリ範囲内で魔法を使うと予期せぬ事故の元になる事もある。脳筋パーティーなら何も気にせず突撃すれば、全ては力が解決するだろう。
「次にブーツだが、ゲルミナスブーツと言って山脈の名を冠した物で見た通りフィットしてて歩き易い他に跳躍力を増す効果を持っている。言っておくが聞かれても、原理は知らンからな。」
先に釘を刺して置かねば先程の二の舞になるだろう。
「マントだが、ドラキュラマントと呼ばれる物で物理攻撃と魔法攻撃に対して回避率を上げる効果がある。なンらかの魔法が込められてるらしいがこれも詳しくは知らン。」
外生地がビロードの様に艶のある黒い生地で、裏地は鮮血の如く深紅のマントで、見ただけでも高級感溢れるマントである。
「指輪類だが、まもりの指輪と魔法のリングだ。睡眠と死の宣告を防ぐ物と沈黙とバーサクを防止する効果がある。」
「死の宣告とはなんだ?」
「なンて言ったら良いかな、遅効性の即死魔法のような物だ。受けると頭上にカウントが現れゼロになると即死する。自らの死までの時間を見るってのは何時だっておぞけが走るもンだよ…。」
「次は腕輪だ。ダイアの腕輪と百八の数珠だ。物理攻撃力と魔法攻撃力を増加させる効果とスロウ無効だ。スロウってのは対象の時間を遅くして動きを遅くさせる魔法だ。で、数珠ってのはこの珠を連ねたブレスレットの事だ。こっちは、アンデッド化、吸血無効、カエル無効、毒無効で炎雷冷風地水聖暗全ての属性を強化する効果を持っている。元は宗教的な呪具らしいがな。」
ダイヤの様な宝石がちりばめられた腕輪とボダイジュの実で作られた数珠を見せながら説明した。ガフガリオンにとっては東の方から伝来した宗教的な物程度であり由来はどうでも良さそうだ。
「アクセサリーでそれだけを網羅出来るとは凄まじい物だな。属性強化と言うのは、例えば自身が魔法を使った時に強化されると言う事で良いのか?だとすれば画期的な物だぞ。」
「そんな感じの効果の筈だ、俺はあんまり魔法を使わないしあンまり意識して無いンだよ。」
フールーダーを始めとする魔法詠唱者達は信じられないと言う顔で見て来る。知らンがな。
「最後に剣だ、これはブラッドソードだ。俺が長く愛用してる剣で、斬りつけた相手から生命力を奪う剣だ。斬れば斬るだけ体力が回復する便利な剣だ。」
深紅の刀身を持つ剣で、刀身はまるで血塗られたかのように常に艶のある赤みを帯びている。幾多の血を吸った剣は見ただけで背筋に冷たい物が流れるようだった。
「以上だ。他になンかあるか?」
「ふむ、とりあえずは良い。模擬戦の合間にまた聞かせて貰いたい。では、まずは近衛の2人との模擬戦に入る。連戦とし、1人目が降参するか意識を失ったら2人目との戦闘を開始とするが良いな?こう言ってはなんだがお前の技量ならウォーミングアップみたいな物だから良いだろう。
フールーダーのその発言を受け、近衛騎士2人は顔をしかめるも言葉は発しない。ただガフガリオンを睨むのみだ。
「はぁ、フールーダー。その発言はどうかと思うが分かった。禁止事項等はあるか?」
特に無い、存分にやれ。近衛2人に対しても全力でやれと言うフールーダーにもちろんと答える近衛騎士達。
ガフガリオンと先鋒の騎士はテーブルから離れ、40m程度まで行き互いに5m程離れ向かいあった。
「では、準備は良いな?1戦目を開始する。火球が上空で炸裂したら開始とする。」
フールーダーの弟子の1人が詠唱をし、空に火球を放った。炎は出ず音だけの花火のような物を合図とし、模擬戦は始まった。
「能力向上」
開始と同時に武技を発動させ近衛騎士は盾を前に構えガフガリオンの出方を見つつ防御の態勢をとっている。武技により身体に満ち行く力を感じつつ、油断無く前を見据えようとした。
「(疾風)地烈斬」
だが、ガフガリオンも開始と同時に動いていた。小手調べとばかりに普段よりも大きく手加減し、体勢を崩す為に放たれたそれは地を疾る衝撃波となり訓練場の地面を割り隆起させながら騎士にたどり着いた。
足元を崩され衝撃波を身に受け、膝を着くも素早く体勢を整えようとした。だがその時には、既にガフガリオンが目前に迫っていた。
「スピードブレイク」
斬撃ではなく、剣の腹で膝関節を殴打され再び体勢を崩され。
「パワーブレイク」
またもや剣の腹で殴打される。肘を的確に殴打され剣を取り落とし、拾う間もなく。
「ふんっ!」
アビリティを使うでも無く、ただ赤い不吉な剣を掲げると右肩から左脇腹に掛けてを袈裟斬りにした。力加減しつつも鎧を物ともせず、剣は鎧を斬り裂いていった。夥しい量の血を撒き散らし騎士は沈んだ。
血塗られた剣はまるで、血を飲み干す様に瞬く間に血が乾いていく。
まだ死んではいない、だが誰の目にも戦闘続行は不能なのは明らかだった。
「っ、次だ!」
フールーダーの声を聞き、弾かれる様に走り出した2人目の騎士。
「能力向上」
走りながら武技を使いより速くより力強く走り、自身が持つ武技を放とうとした。
だが、そんな事をさせるガフガリオンでは無い。
「レビテト」
勢いがついたまま、その身を浮かされ浮いたまま前のめりに空中を転がっていった。
自身の身に何が起こったのか、それを把握する暇も無く。
「波動撃」
無防備な脇腹に不可視の衝撃波が襲い掛かった。
何が起こったかも解らず激痛に襲われ、喉の奥からは血が溢れ兜の面覆いの隙間から溢れた。満足に息すら出来ず、兜の内は血で満たされた。
中空でもがき苦しむ騎士を見つつ、次なる魔法を紡ぐ。
「闇に生まれし精霊の吐息の 凍てつく風の刃に散れ!」
騎士の真上に人の胴体程もある氷塊が作られていく。白い冷気を振り撒きつつ、静止し浮かんでいる。
「ブリザド!」
騎士に剣を向けつつ詠唱し、剣を振り下ろすと同時に氷塊は落とされた。
もがく騎士を地面に叩き付ける様にブリザドは落ち、騎士は地面とブリザドに挟まれ濁った悲鳴を上げた。叫びに血が混じり血の泡を噴きながら痙攣している。地面に落ちると同時にレビテトの効果は切れ騎士は地面に横たわった。
誰もが言葉を発せなかった。
鎧袖一触。
開始から1分も経たず精鋭の近衛騎士2人が戦闘不能となった、それも手も足も出ず一方的に叩き潰されると言う結果である。ガフガリオンの圧勝を確信していたフールーダーだったが、こうも圧倒的な力の差があるとは思っていなかった。
「おーい、終わりだぞ。早く治療してやれ。それとも俺がやろうか?」
動き出さないフールーダー達を見てガフガリオンが声を出した。
「あ、ああ。今治療を行う。お前達早く救護に行け!」
治療を担当する魔法詠唱者達と兵士が倒れた騎士のもとへ向かって行った。
「休憩を挟んで、レイナースとの模擬戦を行う。ガフ、一度こちらに戻って来てくれ。」
テーブルに着きガフガリオンは休憩を取る事にした。
■■■■■
「(なんだアレは。次は私があんなのと戦うのか。圧倒的も何も戦いにすらなってないだろう。)」
レイナースは先程の模擬戦と言う名の蹂躙を思い起こす。死んでこそしていないが放って置けば死に到る重症をもたらされた騎士を思う。手が震えそうになるのを必死に抑えつつ平静を装っている。
「(ああ。貧乏クジだ。なんで私はいつも運が悪いんだ。)」
ここから逃げ出したい気持ちになりつつも逃げる事は出来ず暗鬱な気分になってくる。勝ち目は無い、全く見えない。だが無様な負け方は出来ない、だがどうにもならない。
「(もう、やだ。どうしろってのよ。やるだけやるけど、無理でしょ。ああ、クッソ。)」
諦めの心境のレイナースをよそに、時間は過ぎて行く。
なんかこう、参考に色々な小説を読んでたら書く気力が無くなったと言うかこんな駄文を見える所置いておいて良いものかと悩んでました。
綺麗に終われるか不明ですが、区切りの良い所までと書きたい場面は書きたいので再開します。