実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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道化師との共同戦線!胃壁を磨り減らすプリマの第十三話

 

 カオルは激怒した。必ず、彼の邪知暴虐の道化師を除かねばならぬと決意した。

 

 ───具体的には、彼奴の穢れたバベルの塔は念入りに磨り潰さねばならぬ。

 

 

「だからどいてキルア、ソイツ殺せない!」

 

「正気に戻ったかと思えばこれかよ!?落ち着いてくれ頼むから!」

 

 ギラギラと濃密な殺意に濡れた具足を打ち鳴らし、般若と化したカオルが黒髪を振り乱して吼え猛る。今にもヒソカに向かって飛び掛かりそうな彼女を引き留めようとするキルアは必死の形相だ。

 

「うーん、イイ殺気だ♠実に心地良い……♥」

 

 しかし当のヒソカはカオルから向けられるひりつくような殺気に快感を覚えているのか、恍惚とした表情で狂おしく身を捩っている。それを見たキルアはゴリゴリと正気(SAN値)が削れていくのを自覚した。

 

(というか、何でオレはヒソカのヤローを庇っているんだ?別にアイツは味方でも何でもないんだから、無理にカオルを止める必要もないのでは)

 

 一言「GO!」と言ってやれば、今のカオルは野に放たれた猟犬のように飛び出しヒソカを引き裂くだろう。もうそれで万事解決じゃね?と結論を出しかけているキルアは十分に正気を失くしている。

 

「ねぇ、どうしてヒソカがグリードアイランドにいるの?」

 

 盛大に狼狽える二人を余所に、ゴンは首を傾げてヒソカに問い掛ける。ナイスだわさゴン!とカオルの狂態にドン引きしているビスケットは冷静な様子の弟子の評価を引き上げた。

 

「このゲームを始める前に、カオルが『きっとヒソカはこのゲームに興味なんてないでしょうし、気が楽だわー』って言ってたから、オレもヒソカがいるなんて思ってもいなかったんだ」

 

「うんうん♣️流石はカオル、ボクのことを良く分かってる♦」

 

 カオルは「ふぁっきゅー」と遺言を残して頽れた。

 

「カオルが言う通り、ボクは最初こんなゲームに興味なんてなかったんだ♠ゲームのルールなんてよく分からないし、何よりプレイヤーの殆どが低レベルだって聞いていたからね♥」

 

 美味しそうなのはほんの一握りだけさ、と笑うヒソカの眼差しは酷薄だ。ジンが作ったグリードアイランドのことを「こんなゲーム」呼ばわりされてムッとしたゴンも、その冷たい視線に思わず押し黙った。いつも熱の籠もった眼差しで見られているゴンは知る由もなかったが、ヒソカは興味のない相手に対してはとことん冷酷な男だった。

 

「でも、とある噂を聞いたんだ♣️このゲームには……あらゆる傷を癒す奇跡がある、ってね♦」

 

「───ちょっと待ちなさい。アナタ、今どういう状態?」

 

 ムクリと起き上がったカオルが鋭い視線でヒソカを睨み据える。薔薇の海に旅立ったり狂化したりと忙しないカオルだったが、今の彼女は青い双眸に冷徹な光を宿し、ヒソカを凝視している。

 

 ……否、カオルの目はいま物理的に光っている。両目に集ったオーラが励起して光を放っているのだ。"凝"か!と遅れて気付いたゴンとキルアは即座に両目にオーラを集めて目を()らした。

 

 するとどうだ、今までとはまるで異なるヒソカの姿が目に飛び込んで来る。彼は身体の大部分を薄い膜状のオーラで覆っていたのだ。まるで包帯を巻いているみたいだ、とゴンが呟く。

 

「あらら、あっさりバレちゃった♠"隠"には自信があったんだけど♥」

 

 そう言うものの、"隠"によるオーラの隠蔽を見破られたヒソカは嬉しそうだ。"伸縮自在の愛(バンジーガム)"を見破るだけで四苦八苦していた未熟も未熟だった少年はもうおらず、ゴンは一廉の念能力者として実力を伸ばしてきているのだ───ヒソカは獲物の好ましい成長に舌なめずりをする。

 バレてしまっては仕方がない、とヒソカは"発"……"伸縮自在の愛(バンジーガム)"と"薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)"を解除した。

 

 ───途端、辺りに血の匂いが立ち込める。

 

 "薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)"の下から現れたヒソカの身体は凄惨なものだった。創傷だらけの身体は半分近くがケロイド状に焼け爛れ、膿んだ傷口からは黒ずんだ血が絶え間なく流れ出ている。しかも左腕は肘から先が無くなっており、どうやらゴム状に固めたオーラで喪失部分を補っていたらしい。その断面は如何なる理由か酷く腐敗が進んでおり、ジクジクと音を立てて今この瞬間も少しずつ腐り続けている。

 秀麗だった顔もまた酷いものだ。右の頬肉がごっそりと失われており、血の滲む歯茎や顎の骨が丸見えになっている。そしてそこに受けたであろう攻撃の余波によるものか、右目は傷こそ負っていないものの光を失ってただの硝子玉と化していた。

 

 まるで動く死体(ゾンビ)屍食鬼(グール)のような有り様。生きているのが不思議なほどの重傷だった。これにはカオルもビスケットも色を失くす。

 常人ならば痛みのあまり発狂しかねないような傷を負っていながら、しかしヒソカは笑っていた。剥き出しの頬を歪め、かつての激戦を思い起こすようにして恍惚と笑む。

 

「……やっぱり、クロロと戦っていたのね」

 

「クク、悪く思わないでおくれよ♣️先にクロロに目を付けていたのはボクだったんだから♦」

 

 チッと忌々しげに舌打ちするも、ここで何を言おうが負け惜しみにしかならないことが分かっているカオルは口を噤む。クロロに逃げられたのは紛れもなく油断と慢心、そして己の力不足故であったからだ。

 

 そう、ヒソカのこの有り様はクロロとの戦いの結果だった。カオルの幻影旅団への挑発を逆手に取ったヒソカはアジトで待機していたパクノダとコルトピを惨殺、そして死体を見るに堪えないオブジェの材料にしたのだ。全てはクロロを挑発するためだけに。

 仲間の変わり果てた姿を見たクロロは目論見通り激怒、一緒に帰還したシズクとマチと共にヒソカとの戦闘に縺れ込んだのである。

 

「で、ちゃんと仕留めたんでしょうね?」

 

「いやぁ、それが逃げられちゃって♠」

 

(フン)ッ!」

 

「凄く痛い!?」

 

 てへぺろ♥とクロロを取り逃がしていたことをカミングアウトしたヒソカにカオルの回し蹴りが突き刺さる。膝の棘部分ではなく、平らな脛部分で蹴られたのは偶然か温情か。ぐおぉぉぉ……と珍しく痛みを取り繕う余裕もなく蹲るヒソカを冷たく見下ろし、カオルは"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"を張り直した。

 

「人から獲物を掻っ攫っておいて、挙句逃げられたァ?喧嘩売ってんのかしら」

 

「け、喧嘩ならいつでも売ってるけどね♥とは言え、ボクとしても不本意さ♣️確実に仕留める腹積もりでいたんだから♦実際、下半身は瓦礫を使って押し潰したんだけど……」

 

「はぁ?下半身が潰れてんなら死んでるに決まってんじゃん。いくら念能力者の生命力が強いからって、流石に重要な臓器もなしに生きてはいられないだろ」

 

 呆れたように声を上げるキルアだが、何の根拠もなく言っているのではない。暗殺一家の寵児として英才教育を受けて育ってきた彼は、人体をどれだけ破壊すれば人間が死に至るかどうかなど当たり前のように熟知している。

 無論、念能力者という超人が普通の物差しでは推し量れないような常識外の存在だとは身を以て理解しているが、それでも限度というものがある。たとえ極まった強化系念能力者であろうとも、身体の半分が破壊されて生きていられるほど人間を止めてはいないだろう。

 

「そうね、クロロの系統は特質……身体強化や自己治癒は苦手とする分野のはず。いえ、そういう能力を盗んでいるのなら話は別か……?」

 

「うーん、ボクもクロロがどれぐらい能力をストックしているのか知らないから何とも言えないけど……ボクがアイツはまだ死んでいないって判断したのは、マチがまだ生きているからさ♠」

 

「マチ……マチ・コマチネ、糸使いか」

 

 なるほど、とカオルは納得がいったと頷く。マチは極限まで細く伸ばした念糸を自在に操り、"念糸縫合"という技で切断された筋線維や神経すら元通りに繋ぎ直すことを可能にしている。実際、天空闘技場でもカストロに力任せに捩じ切られたヒソカの腕を事もなげに修復していた。生憎とカオルは"念糸縫合"を直接目にしたことはないが、神経すら繋ぎ合わせるらしい彼女の腕前を以てすれば、粉々に粉砕されたわけでもない下半身を修復することぐらいやってのけても不思議ではない。

 旅団が重宝するわけだ。可能ならばマチの能力はドレインしておきたかった、とカオルは唸った。

 

「で、シズク・ムラサキは?」

 

「そっちは殺したよ♥強化系寄りの変化系であるマチと比べて、彼女はとても非力だからね♣️能力も直接戦闘向きじゃないし♦」

 

「つまり、取り逃がしたのはクロロとマチの二人か……」

 

 なら、まだドレインする機会は失われていない───カオルは己にそう言い聞かせて気を静める。"蜘蛛"は受けた屈辱を忘れない。ならばきっと、いずれはカオルの前に姿を現すだろう。

 であれば今度こそ横取りされないよう、ヒソカは確実に仕留めておく必要がある。氷のような眼差しがヒソカに向けられた。

 

 ───手負いの今が好機か……?

 

 獲物を捕捉した雀蜂のような、無機質な捕食者の視線。瞬間的に温度を失ったカオルの凝視を受けて、ヒソカはニタリと不気味に微笑んだ。

 突如として二人の間に濃密な殺意が渦巻き、静観していたキルアとビスケットに緊張が走る。特に両者の実力を知っているキルアは、いつでも二人の戦闘範囲外に退避できるよう足に力を込めた。

 

(ビスケはともかく、今のオレの実力じゃアイツらの戦いに介入できない……悔しいが、もしそうなったら逃げるしかねえ。それに心配することはない。ヒソカは重傷だ、一度は奴を追い詰めているらしいカオルが後れを取るとは思えない)

 

 思考を加速させ、キルアはこの場で取るべき行動の最適解を算出する。以前に天空闘技場で見たヒソカの実力と、同じく天空闘技場での訓練で垣間見たカオルの力量。そして何より、選考会で感じた圧倒的なオーラ量。それらの要素を勘案した結果、カオルの勝率の方が高いとキルアは判断した。

 故に今は余計な手出しをせず下がっている方が、カオルへの何よりの援護になる。男子として情けないと思わなくもないが、しかし無理に介入して足を引っ張る方が何倍もみっともない。

 

 カオルの黒髪がざわりと蠢き、ヒソカから淀んだオーラが噴出する。爆発的に高まった両者のオーラが相克し、余波を受けた泉の水が激しく波打ち、木々が軋みを上げた。

 まさに一触即発。ズキリと頭が痛み、怯懦に後退ったキルアの視線の先で───驚くべきことに、ゴンが二人の間に割って入っていた。

 

「なっ!?」

 

 ビスケットの教えを受けて急激に成長したとは言え、ゴンもキルアもまだまだ未熟。念能力者全体で見れば、辛うじて中の中、あるいは中の上に食い込めるかどうかといったところだ。紛れもない上位の念能力者同士の戦いに介入して無事で済むとは思えない。それはゴン自身も理解しているのか、額からは冷や汗が伝っていた。

 何やってんだ!とキルアは青褪める。キルアの認識では、カオルはともかくヒソカに戦いの場に迷い込んだ憐れな闖入者に配慮するような分別があるなどとは思えなかった。むしろ獲物が増えたと喜ぶような戦闘狂(ウォーモンガー)だ。このままではゴンの身が危ない。

 

 助けに行きたい、しかしその意志に反して足が動かない……ハラハラと見守るしかないキルアを余所に、ゴンは怪物共のオーラに触れてなお怯まず声を上げた。

 

「待って、カオル!」

 

「何、ゴン?今はヒソカを確実に仕留めるチャンス……今こそハンター試験での借りを返すときなのよ!」

 

 邪魔するな、と言外に告げるカオルの氷点下の視線がゴンにも向けられる。見たことないほど剣呑な友人(カオル)が放つ鬼気に一瞬息を呑むも、ゴンは何とか言葉を搾り出した。

 

「カオルはヒソカを殺す気なんだね」

 

「当然でしょう。それともまさか、殺しは悪いことだから止めろ……なんて言う気じゃないでしょうね」

 

 まさか、とゴンは(かぶり)を振る。勿論殺人は忌避すべき行為だが、それは念能力者同士には当て嵌まらない。常識外の力を振るう彼らを裁く法は存在せず───念能力者が非念能力者を攻撃する場合は別だが───基本的に念能力者同士の私闘でどちらか一方が死亡しようと、それは「自己責任」なのだ。そのぐらいはプロハンターになって日が浅いゴンでも理解している。第一、殺人を頭から否定していてはキルアと友達になれるはずがないのだから。

 故に、今カオルを制止するのは別の理由だった。

 

「だって、今カオルがヒソカを倒しちゃったら……オレがヒソカにリベンジできなくなっちゃうよ!」

 

「あっ」

 

 そう、ヒソカに借りがあるのはカオルだけではない。ゴンもまた天空闘技場で手痛い敗北を喫して以降、ずっと打倒ヒソカを誓い研鑽を積んできたのだ。

 具体的には、「ジンの捜索」の次点にランクインする程度には優先度の高い目標であった。

 

 つい先刻、爆弾魔(ボマー)という本来ならゴンの敵になるはずだった人物を先んじて仕留めてしまったカオルは気不味げに目を逸らす。まだ出会っていない爆弾魔(ボマー)ならともかく、ヒソカというライバルまで目の前で掻っ攫ってしまうのは流石に憚られた。

 

 「ああゴン、そんなにボクと戦いたいんだね……♥」と身体をくねらせるヒソカからは努めて視線を逸らしつつ、カオルはこの場でヒソカを見逃すメリットとデメリットについて思案する。

 

(デメリットは言うまでもなく、ヒソカに逃げられてしまうこと。この期に及んで純粋な能力差で後れを取るつもりは更々ないけど、それを補って余りある「厄介さ」がヒソカと戦う際に不安材料になる)

 

 「強い」ではなく「厄介」───「面倒臭い」と言い換えても良い───なのがヒソカという男だ。"奇術師"の呼び名は伊達ではなく、それは"伸縮自在の愛(バンジーガム)"や"薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)"という、一見して攻撃性が皆無な能力を巧みに戦いに組み込み操る手腕からも明らかだ。

 しかし、今のヒソカは万全ではない。どうあがいても本来のパフォーマンスを出し切ることなど不可能だろう。恐らく、カオルが持ち得る全能力を傾ければ力押しで容易に勝利できるはずだ。

 

 逆にメリットは、完全回復した五体満足のヒソカと戦えることだ。先の考えと矛盾するが、これにはこれで利点がある。それは、ドレインすることでヒソカの"発"を奪える可能性があることだ。

 今まで散々苦汁を舐めさせられてきた伸縮自在、付けるも剥がすも自由自在の粘着性のオーラ。ヒソカという念能力者の代名詞でもある能力───"伸縮自在の愛(バンジーガム)"。戦上手なヒソカだからこそ使いこなせる能力ではあるが、これを奪い己のものにすることによる恩恵は計り知れない。たとえ本人ほどには使いこなせなくとも、欲しいと思うのが人情というものである。

 そしてこれは、今の満身創痍状態のヒソカ相手では不可能なことであった。何故なら、カオルの"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"は「対象の全身を余すことなくドレインする」ことが制約となっているからだ。今のヒソカは肉体の損傷が激しく、仮に余さずドレインしたとて能力を奪えるとは思えなかった。

 

 ───実の所、"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"の制約には穴がある。発動には全身を余さずドレインする必要があるわけだが、この「全身余さず」はカオル自身の認識に左右されるのだ。

 もし本当に髪の毛一本から肉片一つ、血の一滴まで余さずドレインしなければ発動しないのなら、この"発"はとんだ欠陥品である。戦闘の結果として相手に一切の怪我を負わせないなど不可能に近いのだから。実際、ウボォーギンによる音波攻撃で内臓を撹拌され、大量出血した陰獣"豪猪(やまあらし)"からの能力ドレインには成功している。流れ出た血液の大半が砂漠の砂に染み込み、ドレインできなかったにも拘わらずだ。

 つまり、カオルにとって出血によって流れ出た血液は肉体の一部としてはカウントされない。無意識領域での認識であるため意識はしていないが、カオルにとっての全身とは「体毛や爪、皮膚などの人体の表層部分、そして血液等を含む体液以外の肉体」なのである。

 要は思い込みだ。カオルにとってこれが対象の全身だと「思い込んだ」部分をドレインすればそれで発動してしまう。……ぶっちゃけ、対象が実は指を一本失っていたとしても、その程度の損傷ならカオルがそれに気付かず全身をドレインしたと「思い込んで」しまえば問題なく発動するのである。

 

 何ともアバウトでガバガバな制約だが、実はこれはそう珍しい話ではない。例えば、クラピカの"束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)"は「幻影旅団以外に使用すると死亡する」という重い誓約があるが、相手が幻影旅団か否かの判断はクラピカの認識次第なのである。極端な話、対象に"蜘蛛"の刻印があり、その相手をクラピカ自身が「奴は間違いなく旅団の一員だ」と固く信じれば問題なく発動してしまうのだ(意外にもこれは公式設定である)。

 

 

 閑話休題。

 

 

 そういうわけで、カオルにとってもここでヒソカを見逃すことはメリットになり得るのだ。デメリットと天秤に掛けて冷静に考え直した結果、案外悪くないのではと思うに至る。……というか、ムクムクと"伸縮自在の愛(バンジーガム)"が欲しいという物欲が膨らんできた、というのが正しい。

 

 そして何より、とカオルは自分より頭一つ背の低い少年を見下ろす。具足込み(本来の姿)なら自身の腰ほどまでしかない矮躯の少年は、しかし思わずたじろいでしまうほどの強い意志を瞳に込めてカオルを見据えていた。

 ヒソカが惚れ込み、ビスケットが金剛石(ダイヤモンド)と称したゴン=フリークスをゴン=フリークス足らしめる「意志の強さ」。頑固さと言ってしまえばそれまでだが、ただ頑迷なだけではない、どこか惹きつけられるような輝きを感じさせる。

 その輝きを宿した目が、「オレだってヒソカに勝ちたい」「カオルなら分かってくれるよね」と雄弁に告げていた。断ったら泣くかもしれない。

 

 ハァ、とため息を吐きカオルはオーラを収めた。同時に、立ち昇っていたヒソカのオーラが千々に乱れるように霧散する。どうやら本当に本調子ではないらしく、いつものヒソカらしからぬ拙く荒々しいオーラ制御だった。

 

「……ホントに死に掛けじゃねーか。"発"を何とか維持するので精一杯なのか……」

 

「ククク、ボクが操作系か具現化系だったら既に死んでいたかもね♠」

 

 今のヒソカはオーラによる治癒能力の強化で何とか命を繋いでいるような状態だ。それでも無策で突っ込んで勝てるかと聞かれたら、キルアは即座に「NO」と答えるだろう。そこに一流の念能力者の底知れなさを垣間見、キルアはゴンが無事だったことに心底安堵した。

 

「でも、本当にこんな状態のヒソカを治せるようなカードがあるの?」

 

「あ、そうか。そもそもその怪我がどうにかならないとゴンのリベンジどころじゃないんだよな」

 

 そこんとこどうなんだよ、とキルアから水を向けられたヒソカは困ったように首を傾げた。

 

「それが、噂で聞いただけで確証はないんだ♥ボクもついこの間グリードアイランド(ここ)に来たばかりだから、まだ碌に情報も集めてないしね♣️」

 

「本当に一縷の望みを懸けて来たってことか……」

 

「でないと死んじゃうからね♦」

 

 なら大人しく病院行けよ、とカオルは内心で思ったが、言っても詮無いことなので口には出さなかった。どうせ退屈な入院生活が性に合わない、とかの下らない理由だろうと。

 

「……"大天使の息吹"という指定ポケットカードがあるわ。それは一度だけ、あらゆる病や怪我を癒してくれる効果がある」

 

『おお!』

 

 ゴンとヒソカが歓声を上げる。ただし、と続けてカオルはピッと指を立てた。

 

「"大天使の息吹"は普通の病気や怪我にしか効果がないわ。念によって受けた呪いの類は効果範囲外。アナタの腕は……」

 

「それなら大丈夫♠断面が腐ってるのは念じゃなくて普通の毒の所為だからね♥」

 

「なら解毒ぐらいしなさいよ……って、どうしたのよ二人共。急に"凝"なんてして」

 

 ふと見れば、ゴンとキルアは立てられたカオルの人差し指の先をじぃっと凝視していた。その"凝"への移行速度は実に素早くスムーズで、"流"の達人であるカオルから見ても及第点をあげられる程度には見事なものだった。

 

「いや、クセというか躾けられたというか……」

 

「つい条件反射的に……」

 

「……ああ、そういう……」

 

 原作で見たビスケットによる二人の修行内容を思い出し、カオルは納得した。よく見れば二人の二の腕は大分逞しくなっている。

 

「まあ良いわ。そうと決まれば───」

 

「それなら、ヒソカもオレたちと一緒に来る?」

 

 本人にそのつもりはなかったのだろうが、ゴンのその言葉はカオルの台詞を遮るようにして放たれた。

 そしてその言葉を受けたヒソカは実に嬉しそうに顔を緩ませ、カオルは実に嫌そうに顔を歪めた。

 

「まるで最高級のアモローサローズについてしまった虫を見るような目だわさ」

 

「そんなに嫌かい?ボクは嬉しいけど♣️」

 

「当たり前でしょう、誰が好き好んでいずれ殺し合う敵と一緒に行動するのよ。ゴン、アナタ正気?」

 

「うん。だって"大天使の息吹"を一刻も早く手に入れる必要があるんだから、人手は少しでも多い方がいいでしょ?」

 

 確かに正論だ。正論だが、しかしカオルにはその必要がない。カオルはちらとつい先刻集めた大量のカードが納められている指輪を見遣る。

 

「いえ、"大天使の息吹"なら私が持って───」

 

「それにヒソカと一緒にいれば、オレたちはまた強くなれるかもしれない。ビノールトさんの時みたいにさ」

 

「ああ、それは確かに」

 

 ビノールトとは、ゴンとキルアが岩石地帯で戦った賞金首(ブラックリスト)ハンターのことだろう。賞金首ハンターでありながら自身も賞金首であるという殺人鬼、22歳の女性の肉を好むという人肉嗜食者(アントロポファジー)である。二人はビノールトとの戦いを通じて大きく成長することができたのだ。

 実戦に勝る訓練はないと言うが、しかしビノールトとヒソカとでは事情が異なる。ビノールトは過去の出来事が原因で精神が捻じ曲がってしまったが、まだ更生の余地がある人物だった。実際、彼はゴンとキルアの直向きさを目にしたことでかつての少年時代の心を少なからず取り戻していた。

 しかしヒソカは違う。彼は何か已むに已まれぬ事情があったわけでもない、生まれながらの殺人鬼(シリアルキラー)にして戦闘狂(ウォーモンガー)だ。その危険性はビノールトなどより数段上である。

 

 如何に手負いとは言え、それなりの期間行動を共にするにはリスクが高い。カオルは断固として反対する構えでいた。しかし───

 

「うーん、そうね。確かに、すぐ近くに目標となる宿敵がいるのは良い刺激になるわね。ゴンとキルアというライバル同士だけでも十分と言えば十分だけど、それ以上の相乗効果が得られるなら……」

 

 Oh Shit!とカオルは天を振り仰いだ。何とビスケットまで賛成派に回ってしまったらしかった。

 しかしカオルはビスケットの目に情欲の色が過るのを見逃さなかった。ヒソカの顔と身体を目当てにしていることは明らかである。悪いことは言わないからソイツはやめておけ。

 

「決まりだね♦これからヨロシク♠」

 

「…………もう勝手にして」

 

 賛成4、反対1。圧倒的大差である。そして間の悪いことに、大勢の意見に流され易いカオルの元日本人としての悪癖がここで顔を出し、声高に反対意見を口にすることを躊躇わせてしまった。

 結局自分が折れることにしたカオルは、渋々ながらヒソカの同行を認めるのであった。

 

 

 

「……というか、いい加減服を着なさいよ。見苦しい」

 

「おっと、これは失敬♥」

 

 実はここまでの会話の間、ヒソカは下着一丁であった。カオルは台所の黒いアイツを見たときのように嫌悪に顔を歪め、何故か一向に鎮まる様子のない彼の股座から目を逸らした。

 




 最近、カオルの口が悪い気がする。そうさせているのは私なわけですが。
 まんまメルトリリスそのものではない、ということを意識して、メルトリリスなら口にしないようなことも偶に言わせるのですが……流石にスラングは控えさせた方が良いのではと思わなくもない今日この頃。

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