実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結) 作:ピクト人
モントゥトゥユピー。変幻自在の赤き巨人。彼は護衛軍三匹の中で最も遅く生まれた個体であり、また他二匹とは異なり魔獣との混成型キメラアントであった。
人間の因子が無いのに高度な知能を有しているのは、かつてハンター試験のナビゲーターを務めていた
モントゥトゥユピーの生まれ持った能力。それは細胞を変異させ、自らの肉体を任意の形に変化させることである。
「オォ───ッ!」
刃を備えた複数の触手と化した左腕を振るい、咆哮と共に飛び回る敵影へと叩きつける。しかし触手は敵影を捉えることなく、虚しく影が足場としていた大木を爆散させた。
「チィッ、予想以上に速ぇ!」
例外なく怪力を誇るキメラアントの中にあって、なお図抜けた剛力を持つモントゥトゥユピー。その有り余るパワーによって振るわれる触手の速度は凄まじく、刃を備えた先端部分などは優に音速を超える。
だがそれでも、速度と攻撃性に特化した英雄複合体───アルターエゴ、メルトリリスの肉体が齎す超スピードには追いつけなかった。
「────」
無言のままに機を窺う。蒼い残光を引き、木々の間を駆けるその姿は是流星の如し。音すら追い越し、カオルはモントゥトゥユピーの周囲を旋回する。彼女からすれば触手の斬撃など、欠伸交じりでも避けられる程度に過ぎなかった。
(とは言え、それはあくまで回避に徹した場合のこと。攻撃するにはどうしても接近する必要がある……)
フェイントを織り交ぜつつ、カオルはモントゥトゥユピーの頭上へと跳躍。一瞬だけオーラを噴出させ、その加速を以て頸部目掛けて踵を振り下ろした。
「んがッ!」
「……」
鉄骨すら容易く両断する斬撃も、この巨人を前にしては果物ナイフで鋼鉄を斬りつける行為に等しい。モントゥトゥユピーは首筋に刻まれた僅かな裂傷に反応し、背後目掛けて肥大化した右腕を振り被った。
「野郎───!」
振り下ろされた剛腕が大地を抉る。クレーターが穿たれ、発生した激烈な衝撃が木々を吹き飛ばした。
砂塵が舞う。モントゥトゥユピーは吐息一つで巻き上がった土煙を払うも、そこには既に怨敵の姿はない。威力はあれど触手より遅い攻撃に当たる筈もなく、カオルは既に安全圏へと退避していた。
「………」
ハラリ、と千切れた黒髪が数本舞う。確かに直撃はしない。しかし甚大な威力を孕む巨人の一撃は、僅かに掠るだけでもダメージを免れなかった。
回避に徹しさえすれば、どんな形態に変化しようがモントゥトゥユピーの攻撃に当たる道理はない。しかしカオルの攻撃手段が脚の斬撃に限られる以上接近戦は避けられず、接近すればどうしても被弾の確率が高まる。取り分け相手は暴力の権化たるモントゥトゥユピー、速いからとて容易に翻弄できるほど易い敵ではなかった。
(ユピーは巨体だけど、決して遅いわけじゃない……むしろ瞬発力に関しては人間の比ではなく速い。攻撃して即離脱したとしても、その瞬間だけは僅かに追いつかれる)
あれ程の威力であれば、余波だけで人体を粉砕して余りあるだろう。髪の毛数本で済んでいるカオルの方がむしろ異常なのだが、今現在の彼女は僅かな玉瑕すら妥協する気はなかった。
「試してみるか」
ざわり、と黒髪が蠢く。ようやく立ち止まったカオルの姿を捉えたモントゥトゥユピーは、歯軋りして彼女を睨み付けた。
「ふざけやがって……そこ動くんじゃねぇぞ!」
風切り音を上げ、颶風を纏った触手の刃がカオル目掛けて振るわれる。先程までであれば、カオルは瞬時に回避行動に移っていただろう。
だが、カオルは回避ではなく前進を選択した。モントゥトゥユピーが驚愕に目を剥く中、カオルはここに来て初めて能力を発動させる。
───"
黒髪が蠢き寄り集まる。モントゥトゥユピーの触手と同数の髪束が形成され、それは触手を上回る速度で伸長した。そして髪束は蛇のような動きで触手に絡みつき、刃が最高速に乗る前にその勢いを封じ込めたのである。
「なにぃ!?」
触手は拘束から逃れようともがくが、ギシギシと軋みを上げるばかりで髪の毛が千切れる様子はない。さもありなん、元は強化系最高峰の一角であったウボォーギンですら正攻法では破れなかった陰獣"豪猪"の念能力だ。モントゥトゥユピーと謂えど、そう易々と攻略できるものではなかった。
ずっと逃げてばかりいたカオルが見せた予想外の行動。生まれて初めて見る念能力の集大成たる"発"。そして"発"が齎す想像を超えた「力」。
それらを受けたモントゥトゥユピーは───カオルを自身の触手ごと振り回すなどやりようはあったろうに───動揺し、一瞬とはいえ完全に動きを止めてしまう。彼にとってこの戦いは生まれて初めての戦闘行為であり、これまでは本能が赴くままに力を振り回していたに過ぎない。戦いの経験という点では赤子も同然であり、情報過多により思考停止を引き起こしてしまったのだ。なまじ高度な思考能力を有しているが故の弊害、「考える隙」を晒してしまったのである。
その隙は一瞬。されど、カオルはその一瞬をこそ待ち望んでいたのだ。蒼い双眸がギラリと光を放つ。
「"
かつて天空闘技場でドレインした新人狩り三人組の一人、リールベルトの能力"
この爆発的推進力・改とも言うべき能力、"
また三段階の上昇値にはそれぞれ一定の出力が設定されており、任意でのオーラ量調節は受け付けない。その代わり発動の簡略化に重点を置いているため、第一開放の出力は頻繁に戦闘に織り交ぜ使用している。先ほどモントゥトゥユピーの頸部を斬りつけた際に使用したオーラ放出はこの第一開放であった。
そしてカオルが今使用するのは、第二開放のオーラ放出だ。消費するオーラ量も加速力もそれなりではあるが、そこにカオルの素の敏捷が加わることで並のキメラアントでは認識すら不可能な速度を叩き出す。
パァン、と銃声にも似た破裂音が響く。それは空気の壁を突き破った際に発生する衝撃音。モントゥトゥユピーが気付いた時には、既に自身の胸板に鋼の具足、その膝の棘が突き刺さっていた。
「ガッ───!?」
飛散する砕け散った外殻の破片。胸部を貫く灼熱感と、遅れて全身を襲う甚大な衝撃。赤き巨体は僅かも踏ん張ること叶わず、立ち並ぶ木々を薙ぎ倒しながら後方へと吹き飛んだ。
よし、と頷いたカオルは反撃が飛んでくる前に飛び退る。直後、ヒュンと風切り音を上げて剣閃が走り、触手に絡みついていた黒髪が切り刻まれた。
「く……クソがぁあああああ!!」
触手を激しくのたうち回らせ、肥大化した右腕を地面に叩きつけたモントゥトゥユピーが吼える。総身を危うい程に震わせ、憤怒に歪んだ狂相を怨敵へと向けた。
「嘗めやがって……テメェ、手ェ抜いてやがったな……!?」
「……」
「オレの触手を躱してた時も!今の攻撃の時も!最初に一瞬だけ見せたオーラには到底及ばねぇ!それだけのオーラがありながら、テメェは戦いが始まってから一度として本気を出していない!嘗めやがって、ムカつくんだよ……ッ!
何より、そんな手ェ抜いたテメェの攻撃で膝をついたオレ自身が、一番ムカつくんだよォクソがああああああ───ッ!!」
王の盾を自認するモントゥトゥユピーにとって、敵の攻撃で膝をつくことはこの上ない屈辱である。剰え、それが手を抜かれた上での攻撃であれば尚のこと。
モントゥトゥユピーは己の力不足を呪う。この体たらくで、何が王の盾か。何が直属護衛軍か。
(足りない)
認めよう。己は弱く、敵は強い。その弱さを補うための何かが要る。この怨敵を打倒するための武器が必要だとモントゥトゥユピーは認識した。
(オレに足りないものは何だ)
速さか?敵は速く、己の攻撃は掠りもしない。
視力か?己の動体視力ではどう足掻いても敵を捉え切れない。
力か?敵の速さも何もかも、全てを捻じ伏せる圧倒的な攻撃力こそが肝要か。
「───否、全部だッ!!」
ボゴン、と音を立ててモントゥトゥユピーの身体が変異を開始する。太く筋肉質だった体躯は、体積はそのままに細く絞られ鋭角な輪郭を得る。流線形を描くそのシルエットは鮫か蜥蜴のものであろうか。
そして絞られた筋肉はそのまま高密度の肉の鎧と化し、蟻の外殻に頼らぬ堅牢さを得る。更に体表面に無数に現れたのは、四方を隈なく睥睨する眼球である。神経伝達速度までは変化させられない故に動体視力ばかりは如何ともし難いが、ならば目を増やせばよいという単純ながら堅実な選択であった。
最後に、両手は鋭い鉤爪を備えた竜を思わせる剛腕に。脚は獣を思わせる逆関節の剛脚へと変化した。取り分け、血のように赤い体躯の中にあって、真っ黒に染まった両腕が異様な存在感を放つ。これはあまりの筋肉密度に血管すら機能しなくなり、まさに岩石も同然の状態と化しているからであった。
「これでどうだクソッタレがああああああ!」
金属音を思わせるノイズ混じりの絶叫が響き渡る。一回り小さくなったにも拘わらず、赤き巨人は圧倒的な存在感で以て新生を果たした。
その変化の一部始終を、カオルは一切の温度が宿らぬ目で眺めていた。もはやモントゥトゥユピーがどんなに肉体を変化させ強化しようが手遅れである。既にメルトウイルスは打ち込まれた。接触時間は一瞬だったが、メルトウイルスは少量であろうと徐々に肉体を侵食し最終的には溶かしてしまう。
(お前は詰みだ、モントゥトゥユピー)
もはやカオルが自ら仕掛ける必要もない。あとはひたすら回避に徹し、毒が回るのを待つばかりだ。使用したオーラ量は最小限、被弾もほぼゼロ。理想的な勝利と言えよう。
(オーラ量においては王に次ぐ強大さを誇るのがこのモントゥトゥユピーだ。コイツをドレインできれば、ピトーからドレインした分と合わせて莫大な量になるのは明らか。そうすればオーラの節約だの体力の温存だの、小難しいことを考えながら戦う必要もなくなるだろう。更に師団長クラスは言わずもがな、最後に残る護衛軍のシャウアプフすらも私の敵ではなくなる。これならば───)
これならば、この身は王に届く───カオルはその確信を強める。その目はもはやモントゥトゥユピーなど見てはおらず、近く訪れる宿敵との戦いへと向けられていた。
「……ッ!」
その目を見て、変身を終えたモントゥトゥユピーは歯噛みする。己が敵としてすら見られていないことを悟ったからだ。その事実は、王の盾として在る彼の自尊心を甚く傷付けた。
どこを見ていやがる。テメェの敵はオレだろうが……そう叫びたくなる衝動を抑える。元より弱肉強食を絶対の理として定義するモントゥトゥユピーからして、カオルの態度は至って自然な振る舞いであるからだ。弱者の生死を好き勝手に玩弄し、その命の価値を自分勝手に定めるのは強者の倣いであり特権だ。そこに否やはなく、自分も同じ立場であればそういう行動を取るだろうという自覚がある故に、モントゥトゥユピーはそこに文句を言うような愚を犯さない。
故に、その怒りは外ではなく内へと向けられる。敵ではなく、不甲斐ない己に。力なき弱者へと成り下がろうとしている己へと。
臓腑の底から湧き上がる漆黒の感情に、モントゥトゥユピーは自らの理性が弾け飛ぶ瞬間を自覚した。行き場のない怒りが出口を求めて暴れ狂い、発散されることのないそれは澱のように沈殿し続ける。
それ故か、その怒りは攻撃性の発露として体外へは放出されず、己の内側にて渦巻き埒外の暴力と獣性へと変換されたのである。
「■■■■■■■───ッ!!」
瞳孔が開き虹彩は白濁する。対して眼球は血のような真紅に染まった。その瞳から自意識は既に感じられず、憤怒の感情に染まり切った獣の本能しか感じられない。また堅牢な外殻の下で、強靭な筋肉が怒りに呼応して膨張する。外殻に阻まれ肥大化することこそなかったものの、それは更なる密度を齎し頑健さに拍車を掛けた。
赤黒い外皮からは絶えず蒸気が噴き上がり、体外へと熱を放出しようと足掻いている。しかし申し訳程度の体温調節機能など何ら意味を成してはおらず、絶えず湧き上がる怒りは際限なく体温上昇を加速させる。総身から炎のように立ち昇るのは、果たして体温によって歪んだ空気か───あるいは、天井知らずの爆発と膨張を繰り返す潜在オーラが漏れ出たものか。
脚の鉤爪が大地を掴み、埒外のパワーで以てその巨体を前へと押し出す。流線形を保つそのフォルムは空気抵抗を最小限にまで低減し、その巨体からは想像もできない加速を生み出した。
悪鬼羅刹と見紛うような異形と化したモントゥトゥユピーは、咆哮を上げながら一直線にカオルへと突き進む。血管どころか神経すら最早まともに繋がっていない巨岩の如き腕を、遠心力に任せて力の限りに振り回した。
確かに移動速度は格段と速くなった……が、なけなしの理性すらも手放した所為か攻撃の軌道が酷く読み易い。真っ直ぐに突き進んで殴るだけ、これでは敵の思考を推し量るまでもない。第一、そんな付け焼刃のスピードがこの身に通用するものか───そんな白けた感情を抱きながら、カオルは横っ飛びにその攻撃を回避する。
そして腕が振り抜かれる。遠心力に任せて右から左へと振るわれた腕は、弧を描くようにして前方を薙ぎ払い───
「……!」
背中に熱を感じたカオルは、一転して表情を険しくし飛び退った。慌てて背後を見れば、そこには何もない。灼熱を纏う剛腕が、死を運ぶ鉤爪が……生い茂る草木も何もかも、全てを攫ってしまったのだ。葉の一枚すら残さず、後に残るのは扇状に削り取られた砂ばかりの荒れ地であった。
扇状に抉られた破壊痕の半径は二十メートルにも及ぶだろうか。それだけの範囲の破壊を、腕の一振りで成し得たという事実。その予想外の攻撃力にカオルは目を見開いた。
(最初よりむしろ細くなった外見からは想像もできないパワー……これは正直予想外。どういう心境の変化だ?怒りを無差別に撒き散らすのではなく、内に溜め込んだ上でそれを力に変えるだなんて)
原作において、モントゥトゥユピーはナックルとの戦いで激しい怒りを覚え、それを爆発という形で解き放っていた。最初は腕を叩きつけるようにしてオーラを爆発させ、最終的には大砲へと変化させた腕からオーラの爆発を撃ち放つようになったのだ。
対して、今のモントゥトゥユピーは溜め込んだ怒りのオーラを野放図に解き放つのではなく、体内に蓄積させそれを肉体強化という形で攻撃に転化しているように見受けられた。一撃の爆発力においては前者に劣るものの、持続力という点においては後者の方が上回っているだろう。それが証拠に、これだけの破壊を為しておきながらモントゥトゥユピーは未だ総身にオーラを漲らせ、怒りが収まる様子がない。一発撃てば冷静になっていた前者のそれとは対照的であると言えよう。
(要するに、大砲と大口径ライフルのような違いか。一発限りの大砲と違って、銃は装填した
敵の心情を理解する気がないカオルには終ぞ察することができなかったが、この原作との差異は戦う相手の違いによるものだった。ナックルは一流のハンターであり念能力者ではあるが、モントゥトゥユピーからすれば明確に格下である。そんな格下のナックルに食い下がられ、剰え苦戦させられたことで敵に対し激しい苛立ちを覚えたのだ。
一方、カオルはモントゥトゥユピーと同等以上のオーラを有し、モントゥトゥユピー以上のスピードを以て終始彼を翻弄し続けた。そしてカオルの"
敵ではなく己へと向けられる、行き場のない怒り。力及ばぬ自身への失望。外へではなく内へと向かう憤怒のオーラは、敵に叩きつけたからと簡単に発散されるものではない。臓腑を蝕む毒のようにじわじわと奥底で蟠る怒りの感情は、敵を殺し、明確に自らが強者へと返り咲くまで止むことはないだろう。
(厄介な。素直にビームでも撃ってればいいものを)
一撃は大きいが隙が多く、またクールタイムの長い大技よりも、そこそこ高威力の技を頻発してくる敵の方が厄介なのは言うまでもない。極力被弾を抑えたいカオルからすれば、今のこの状況は歓迎し難いものであった。戦術を弄するような複雑な思考回路は理性と共に消え失せたようだが、大幅にパワーとスピードが増した今のモントゥトゥユピーは純粋に強敵だ。慎重に立ち回らなければ被弾する恐れが高まり、しかも万が一にも攻撃を受ければ致命傷となりかねない。
ギギギ、と金属が軋むような音を立ててモントゥトゥユピーの両脚が大きく撓む。転身したモントゥトゥユピーはカオルへと照準を定め、再び突進を繰り出そうとしているのだ。
熱の所為か僅かに赤熱する両腕の鉤爪は、掠るだけでもカオルの肌を容赦なく焼くだろう。今や胴体から垂れ下がっているだけの腕は、遠心力に乗って破滅的な威力を発揮することはつい先ほど証明された。要するに熊と同じだ。熊の腕は胴体と骨で繋がってはおらず、筋肉のみの力で振り回される。腕力と遠心力で振り回される熊のパンチは、生木すら容易く圧し折るという。
「冗談じゃないわ。あんな物騒な突撃、何度も受けてられるか!」
ゴッ、と颶風を巻き上げて弾丸の如く突き進むモントゥトゥユピー。それを、カオルはオーラ放出も使用し大きく距離を離すことで回避した。
熱風が吹き荒れる。赤熱した鉤爪の軌跡は灼熱の斬撃となって木々を消滅させた。どんどん数を減らす
(どうする、出し惜しみしていないでもっとオーラを使うか?最終的にユピーをドレイン出来れば採算は取れるだろうし……)
早々にメルトウイルスを打ち込みさえすれば、後は回避に徹するだけで安全に勝利できる。そう思っていたからこその極端なオーラの節約だった。だが、その安全が確かなものでないというのなら、むしろオーラを潤沢に使ってでもより早期に決着をつけた方が最終的な消耗は少ないかもしれない。万が一敵の攻撃を受けた場合に予想される、傷の回復に要するオーラ消費を鑑みた結果としてカオルはそう結論づけた。
(でも残ってるオーラは多いに越したことはないし……それにどうせプフの分身が監視しているだろうし、あまり手札を晒したくもない……ああもう、面倒臭い!頭を使って戦うのは苦手なのよクソッタレが!)
精神的な疲労が積み重なって来たか、それともやはり海魔の毒血で膿んだ森の空気が集中力を削いでいるのか、どんどん思考が鈍ってきたカオルは据わった目つきでモントゥトゥユピーを睨んだ。
「……決めた。
あわよくば更にウイルスを叩き込んでくれる。そう意気込んでカオルは抑えていたオーラを解き放った。
「───五割。これで片を付ける」
ゴオッ!とカオルを中心にオーラの暴風が吹き荒れる。五割とは言うが、それでも並の念能力者の数十倍、あるいは数百倍にも匹敵する。莫大なオーラは物理的な圧さえ伴い、暴走状態にあるモントゥトゥユピーへと叩きつけられた。
再び突進する構えでいたモントゥトゥユピーは、その尋常ならざる
「グゥゥゥ……ォオオオオ■■■■■■■───ッ!!」
だが、その危機感知もすぐに怒りの衝動に塗りつぶされた。咆哮を上げたモントゥトゥユピーは、爆発的な加速を発揮しカオルへと襲い掛かる。
振るわれる剛爪。岩塊すら容易く切り裂き蒸発させる一撃が、少女の矮躯へと叩き込まれた。
「───!?」
だが、灼熱の鉤爪がカオルを捉えることはなかった。モントゥトゥユピーがカオルと認識していたものは彼女が残した残像であり、虚しく空振った一撃は無為に木々を消し飛ばすに終わる。
全身に眼球を備え、全方位へと視線を向けていたモントゥトゥユピー。にも拘わらず、カオルの影さえ認識することができなかったのだ。
ふと気付けば、モントゥトゥユピーの全身には夥しい量の斬撃痕が刻まれていた。それらはいずれも外殻を僅かに削るばかりで致命傷には程遠い。
問題は、攻撃された瞬間をモントゥトゥユピーが認識できなかったことだ。いくら暴走状態で痛覚が麻痺しているとはいえ、敵の攻撃を感知できないほど鈍いわけでもないのに。
「……腹が立つぐらい硬いわね。いいわ、ならもっと速度を上げましょうか」
十メートル以上は離れた後方から聞こえてきた少女の声に、モントゥトゥユピーは弾かれたように振り返る。だが敵の姿は見えず、代わりにモントゥトゥユピーの右肩から左脇腹に掛けてを灼熱感が襲った。
「■■■■■■■───ッ!?」
吹き出る青黒い鮮血。そして遅れて届く
「この速度ね、覚えたわ」
ガツン、と鋭利な踵が大地を抉る。着地したカオルはそう不敵に呟き、そして間髪容れずその姿を霞ませた。再び高速移動を開始した彼女は、真っ直ぐにモントゥトゥユピー目掛けて突撃する。
特質系故に肉体の強化を不得手とするカオルは、代わりに魔力を用いて斬撃の威力を上昇させる。魔力を宿し蒼く輝く踵の刃を閃かせ、戸惑うモントゥトゥユピーの右肩へと振り下ろした。
キィン、と涼やかな金属音が響く。蒼い残光を引いて再度振るわれた踵は正確に傷口へと叩き込まれ、その右腕を切り落とした。
「■■■■■■■───ッ!?」
再び響き渡る巨人の悲鳴。超重量の剛腕は音を立てて地面に落下し、そしてそれだけの重量を突然失ったモントゥトゥユピーはバランスを崩し片膝をついた。
そして、カオルの猛攻が始まった。
「アン、ドゥ」
左右交互に振るわれる両脚の刃。X字を描くように蹲るモントゥトゥユピーへと斬撃が走る。
「トロワ、カトル」
ステップを踏むように、モントゥトゥユピーの背中へと連続して爪先を捻り込む。砕けた外殻の破片が飛散した。
「オオオオッ!」
呻き声を上げ、堪らず残った左腕でカオルを振り払おうとする。それを軽やかに回避したカオルは、手頃な位置に運良く残っていた───原作通りの無差別な爆発であれば既に消し飛んでいただろう───海魔を伸ばした髪の毛で掴み取り、そのままモントゥトゥユピー目掛けて投げ放った。
その海魔は、予め"
「サンク、スィス!」
がら空きとなった胸部へと叩き込まれる膝蹴り。そして跳ね上がった上体目掛けて回し蹴りが放たれ、蒼い斬撃がモントゥトゥユピーの腹を掻っ捌いた。
「───最初からこうしておけば良かったのよね」
ズズン、と巨体が仰向けに大地へと沈む。その全身は己の血とウイルスによって真っ青に染まっていた。
(英霊としてのこの身に備わった魔力、それによる肉体強化。そしてこの世界で生まれた生命として宿したオーラ、それによる魔力放出代わりの加速力。この二つを組み合わせれば、こうして護衛軍最強の戦力にも通用することが証明された。これなら。これなら───)
「───勝てる。確実に」
知らず口角が上がる。常に最強の存在としてカオルの中にあった王の
「……負けたのか、オレは」
「あら、まだ意識があったのね」
視線を向ければ、モントゥトゥユピーは薄らと目を開けてカオルを見ていた。しかし身体が動かないのか、弱々しく声は上げれど起き上がる様子はない。さもありなん、既にその身体は八割近くをウイルスに侵食されているのだから。
「クソが……オレは王の盾だってのに……情けねぇ」
「…………」
「こんな無様な話があるか?王の盾が、王が生まれる前にくたばっちまうなんてよ……クソッ、悔しいったらねぇぜ」
もはや何も見えてはいないだろうに、モントゥトゥユピーは涙が流れる目を限界まで見開いてカオルを凝視する。
「頼む、王は……女王だけは助けてくれ……オレはどうなってもいい……」
「……何を言い出すのかと思えば。そんな虫のいい話があると思って?先に手を出したのは
散々人間を食料扱いしていたくせに、今更何をほざくのか。カオルは嘲笑も露わにモントゥトゥユピーの願いを切って捨てる。
すると、モントゥトゥユピーは突然肩を震わせて笑い出した。眉を顰めたカオルは、くつくつと笑う彼へと訝し気な視線を向ける。
「……何よ気色悪い。気でも触れたのかしら」
「ククク……こちら?人間?まるでお前が人間であるかのような物言いじゃねぇか。悪い冗談だ」
「はぁ?何言ってるのよ、私は───」
「───お前、人間じゃねぇだろ?」
「───」
その一言を最後に、モントゥトゥユピーは完全に溶けて消滅した。カオルは無言で青い粘液の水溜まりに視線を落とす。
───水溜まりに映っていたのは、能面のような無表情を晒す、あらゆる感情を欠落させた少女の顔だった。
「……ええ、そうね。私はカオル───そういう名前を持つ人間だったというだけの、人外だったわね」
そう。この身は肉片一つ、髪の毛一本から血の一滴に至るまで、徹頭徹尾悉くが人間ではないのだ。
英雄複合体。快楽のアルターエゴ。あるいは、メルトリリス───この身を示す正しい名称は、そのいずれかである。
「
だから礼を言うわ、ユピー───そう呟いて、少女は
あと一匹。