沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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九十四人の英雄

 日が昇り始め、しかしまだ薄暗いドンドルマの街を三人のハンターが歩いていた。

 

 

 目的地は街の外れにある小さな加工屋。

 近々解体されるらしく、店の外には色々な荷物が纏められている。

 

 そんな加工屋のカウンターを除いては「早過ぎたか」と、イアンは髪を掻いた。

 

 

「……何時だと思ってる」

 しかし、そんなイアン達の背後から声が聞こえる。

 朝の散歩にでも出ていたのだろうか、店の主であるケイド・バルバルスは、ため息混じりに「例の物の準備なら出来てる」と呟いた。

 

 

「父さん……」

「本当に行く気か?」

 レイラの正面に立って、ケイドは実の娘を見下ろす。

 その表情は決して優しく娘を見守る物ではなく、まるで仇をみるようなものだった。

 

 

「レイラの父ちゃんおっかないな。娘さんを下さいって言いにくいタイプだ」

「ジャン、喋るな」

「オーケー。努力する」

「私は英雄にはならない。……父さんが正しかったって証明する!」

 父親を睨み返しては、レイラはそう口を開く。

 

 少しだけ涙を浮かべる彼女の顔を見て、ケイドは目を逸らした。

 本当は家の柱に縛り付けてやろうとも思っていたのである。

 

 

 それだけ大切な存在なのだ。

 残された唯一の家族。彼の妻が命を懸けて守ろうとした命。

 

 それがまた古龍に挑んで失われるなんて、そんな馬鹿馬鹿しい話があるだろうか。

 ケイドは頭を抱えながら加工屋に向かい、扉を開く。

 

 

「もうお前は俺の子供じゃない。勘当だ」

 だから、そう言った。

 

 レイラは滲ませていた涙を大粒の物に変えて地面に落とす。

 尊敬する、大切な父親。世間の彼への批判を変えるために彼女は戦っているというのに、その父親からの拒絶はあまりにも酷だった。

 

 

「それはあんまりじゃないですか!」

 急にケイドの肩を掴み、イアンはそう声を上げる。

 そんな彼をケイドは睨みつけるが、特に何か行動を起こす事はなかった。

 

「お、おいおいやめとけって」

「彼女は貴方の為に戦おうとしてるんですよ!」

 後ろからジャンがそう言うが、イアンは聞く耳を持たずにケイドに摑みかかる勢いで声を上げる。

 

「……お前に何が分かる」

 そんな彼と娘を見比べながら、ケイドはそう吐き捨てた。

 イアンを突き飛ばすように身体から引き剥がすと、彼はこう付け足す。

 

 

「俺の為にだと? 俺は自分の評価なんてどうでも良い。俺はただ守りたい人を守りたいだけなんだ。守れなかったんだ!! もうこれ以上失ってたまるか!!」

 ケイドは言い放ってから店の中に入り、槍と盾それに新調した防具を持って出て来た。

 

 

「とっとと帰れ。店仕舞いだ」

「俺の知ってるケイドさんは、誇り高き英雄だった!」

「英雄なんてこの世には居ないんだよ」

 言い捨て、店の奥に消える。

 

 

 立ち尽くすイアンの後ろで泣き崩れるレイラ。そんな二人を見るジャンは、頭を掻いてから二人の肩を叩いた。

 

 

「生きて帰って来て、見返してやれば良い。そうだろ? 心配性なんだよ。父親なんてそんなもんさ」

 まだ子供が居る訳ではないが、ケイドの気持ちが分からない訳ではない。

 しかし彼女やイアンの気持ちが分からない訳でもなく、ジャンは複雑な気持ちで加工屋の奥に居る男を見る。

 

 父親になるってのはどんな気持ちなのだろうか。大切な人を守れなかったのは、どんな気持ちなのだろうか。

 

 

 

 新しい武具を手に入れた喜びも実感が湧かず、父親の為に戦う少女は当人に否定されて。

 三人は気の乗らないまま、集会所に向かうのだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おーい、居るかぁ? 腰抜けちゃんよぉ」

 イアン達が去ってから小一時間後、店の前で中年のハンターが一人声を上げる。

 

 

 ダービア・スタンビートは、背後で冷や汗を流すコーラル・バイパーと共にケイドの加工屋を訪れていた。

 半目で額に青筋を浮かべて出て来たケイドの顔は、アルコールが回って程良く赤く染まっている。どうやら朝早くから酒を飲んでいたようだ。

 

 

「お、出て来たぜコーラル。どーする? 引きずって行くか」

「本人の意志をもう一度確認しに来ただけだ。そういう事をしに来た訳じゃないさ」

「……何しに来やがった腰抜け共」

 二人を睨みながら、ケイドはそう吐き捨てる。

 

 

 十八年前も、この場にいた三人はハンターだった。

 それぞれ深い関わりがあった訳ではなかったが、事が終わった後ドンドルマに残っているハンターの方が少なかった為に顔は覚えている。

 

 

 その中で、テオ・テスカトルの撃退に参加したのはケイドだけだった。

 自分を英雄だと思ってはいないが、腰抜け呼ばわりされる筋合いはない。特にお前には、とダービアを睨み付ける。

 

 

「おぉ、そんな怖い顔で睨むなよ。腰抜け同士仲良くやろうぜ? なぁ? たった一人の英雄よぉ」

 口を開くダービアに、ケイドはゆっくりと近付いてその胸倉を掴んだ。

 

「……俺は英雄じゃない」

 そしてそう言い放ち、ダービアを突き飛ばす。

 姿勢を保ちながら不敵な笑みを浮かべる彼の後ろから、次はコーラルがケイドの両肩を掴みながら口を開いた。

 

 

「君が英雄だとか、英雄じゃないなんて関係ない。私は古龍の撃退経験のある一人のハンターに最後に頼みに来ただけだ」

「何度言っても無駄だ。俺は行かないし、娘をたぶらかしたお前を絶対に許さない」

「ハッ、まだ娘離れ出来てなかったのか。それとも守れなかった嫁さんと重ねてんのかぁ? 腰抜けちゃんよぉ」

「何だと……?」

 今にも摑みかからんとする二人の間に「やめないか」とコーラルが入り込む。

 

「お前は自分が死ぬのが怖いんじゃない。分かってるぞ、目の前で誰かが死ぬのが怖いんだ。誰も目の前で死んだ事ないもんなぁ? 知らない所で嫁さんを殺されて、実感も湧かずに大切なものを奪われた。それだけでも辛かったのに、もし目の前で大切なものが奪われたら耐えられないって怖がってるんだよなぁ? 腰抜けちゃん」

「黙れ!!」

「だからやめ───」

 抑えようとしたコーラルを殴り飛ばし、ケイドはダービアに殴り掛かった。

 

 しかし、ダービアはそんな彼の腕を掴み、捻り上げて地面に叩き伏せる。

 ケイドが長年狩人から離れていた為に動きが悪かった訳ではなく、ダービア本人がよく他人に絡まれるので身に付けた技術だった。

 

 

 頭を抑えながら立ち上がるコーラルの前で、ダービアはケイドを蹴り飛ばして地面に転がす。

 

 

 

「自分の守りたいものくらい自分で守れ腰抜けちゃん。お前の嫁さんが死んだのは古龍が強かったからでも嫁さんが弱かったからでもなんでもねぇ、お前が弱かったからだ腰抜け」

「違う、俺は襲われていた子供を安全な場所まで運んだだけだ!!」

「言い訳にしか聞こえねぇなぁ。未来ある子供を守った英雄さんは流石だねぇ。……だから嫁が死んだのは仕方ない? 大切なものを失ったのは自分のせいじゃない? 一生そう思ってな腰抜けちゃん。そしてそのまま、また大切なものを失うといいぜ」

 言い放って、ダービアは彼に背を向けた。

 

 

 コーラルは大きく頭を抱えながらも、彼に着いて行く。

 

 

 

「どうしろって言うんだよ。……どうしたら良かったんだよ」

 地面に倒れ伏したままのケイドは、日が昇って行く空を見ながらただ瞳を濡らしていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「て、手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけ。手紙を渡すだけだ」

 先日ギルドナイトの女性が落とした手紙を返す為に、少年──ラルク・テッド──はハンターになって初めて受付カウンターの前に立つ。

 

 

 この一年、ここまで来る事すら出来なかったのだ。

 これは良い成長になった筈。だけど、今日は疲れたから手紙を渡したら帰ろう。

 

「あ、あの! すみません!」

 そんな事を思いながら、ラルクは集会所の受付嬢に話しかけた。

 

 

「はいどうもー、おはようございます。クエストの受注ですか?」

「あ、わ、わ、あ、い、いえ、ち、違います!」

 もはや家族以外と話すのも久し振りだという事を思い出す。

 

 今の言葉が聞き取れているかすら不安だったが、受付嬢は少し首を横に傾けた後「失礼しました。ご用件をお伺いしますね」と返してくれた。

 ホッと溜息を吐いてから、少年は一通の手紙をカウンターに乗せる。これを落とし主に返して欲しい、そう言うだけの簡単な事だった───筈だった。

 

 

「あ、成る程。撃退戦参加の申し込みですね!」

 しかし、その手紙を見て受付嬢は何を勘違いしたのか意味の分からない事を言い始める。

 

 撃退戦? はて何の事か。少年ら何かに申し込んだ記憶は全くなかった。

 そしてカウンターの端から受付嬢が出て来たかと思えば、彼女は少年の手を取って走り出す。

 

 

「受付時間もうそろそろ終わりなんですよ! しかもここじゃないですし! 大丈夫、間に合います! 走れば!!」

「え、ちょ、ちょっと、待って、えぇ?!」

 全く何の事か分からないままに、少年は受付嬢に引っ張られるまま大衆酒場という大きな集会所に連れて行かれた。

 

 初心者装備のままの少年が目立つような、モンスターの素材をふんだんに使った装備を着こなすハンターが数十人はいる空間。

 そんな場所に連れて来られた少年は、目を回しながらただ受付嬢に引っ張られて行く。

 

 

「すみませーん! もう一人追加でお願いします。……はい、着きましたよ。勇敢なハンターさん!」

 実はこの受付嬢、経験だけは少年よりも浅い。

 二ヶ月前にこの仕事に着いたばかりで、このクエストが上位以上のハンターが受けられる物とも分かっていなかった。

 さらに言えば少年がまだ初心者ハンターという事も分からなかったのである。新品同様の鉄だけで出来た装備も、受付嬢から見れば鉄のようなモンスターを倒して作った装備に見えていたに違いない。

 

 

「ちょ、ちょ、うぇぇ?!」

「それでは、頑張って来てくださいね!」

 事の重大性もあまり分かっていない受付嬢は、少年に憧れの視線すら送りながら手を振って仕事に戻っていった。

 

 周りのハンターの視線が少年に集まる。

 

 

 こんな初心者装備の子供が古龍の撃退戦に参加するのか。

 いや、初心者装備でも上位まで上がって来れる優秀なハンターなのかもしれない。

 

 酒場で見かけた事がある気がするが、そんなに優秀なハンターだったのか。

 あの歳で危険なクエストに挑むなんて勇敢な少年だな。

 

 

 様々な思いで視線を送られる少年はしかし、まず意味が分かっていないなんて状況だ。

 

 

 

 ここが何なのか、今から何が始まるのかすら分からない。

 

 

 

 

「おいおい、あんな小さな子供まで参加してるぜ。心配性の親も居れば、全く気にしてない親もいるって事かねぇ。居ないのかもしれないけど」

 そう言うのは、雰囲気の悪い二人の間で気が滅入っていたジャンである。

 

 

 新調したグラビモスの防具にロストバベルを装備したイアンは、ジャンの指差す少年を見て目を細めた。

 ここにいるという事は、それなりの覚悟を持っているという事だろう。

 

 それを彼の両親はどう考えているのだろうか。そして、彼自身はどう考えているのだろうか。

 

 自分や妹の住む町や、ドンドルマを守りたい。あの時、自分を守ってくれた英雄のように。

 ただそれが本当に正しい事なのか。命を投げ出してまで何かを守る事が正しい事なのか。

 

 

 少しだけわからなくなって来た。

 

 

 

「よく集まってくれた!」

 少年が集会所に辿り着いて数刻。突然、喧騒を搔き消すような声が上がる。

 声の主はギルドナイトのコーラルだった。その横には、同じくギルドナイトのサリオクとエドナリアが並んでいる。

 

 

「勇敢なる狩人達よ。まずは挨拶をさせて貰う。私はゴグマジオス撃退のクエストにて責任者を務める、コーラル・バイパーだ」

 台の上に立ち普段の落ち着き用からは考えられない声を上げるコーラルは、酒場を一度見渡してからまた口を開いた。

 

「集まってくれたのは私達を含め九十四人か。これだけの先鋭が居れば、ゴグマジオスの撃退は容易だろう。危険を承知でこの場に立つ君達には、感謝の言葉では足りないくらいだ」

 彼は一目でこの場にいるハンターの数を数えると、そう言って頭を下げる。

 

 

 

「早速で悪いのですが、知っての通り巨大な古龍───ゴグマジオスがドンドルマ近辺に近付きつつあります。我々はこのゴグマジオスの討伐、又は撃退をしなければなりません」

 続いてエドナリアが台に上がり、ゴグマジオスの現状を伝えた。

 

「このまま進路を取れば、ゴグマジオスが沼地周辺の村を壊滅させかねません。よって、我々はゴグマジオスをラオシャンロン誘導用の渓谷に誘い込み、砦の防衛設備を駆使してゴグマジオスの討伐を目指します」

 作戦は至って単純である。

 

 

 まずは飛行船にガンナーが乗り込み、ゴグマジオスを攻撃しつつ誘導。

 その後渓谷への通り道にある一つの村への侵入を阻止しつつ、渓谷の奥に誘い込み砦で総攻撃を仕掛ける算段だ。

 

 大老殿では砦での最終決戦でG級ハンターを四人投入する手筈も整っている。

 

 

 一番の問題は渓谷の入り口付近にある町の防衛戦だ。

 イアンやジャンの住むその町には、ドンドルマとは比べられないが多くの人々が暮らしている。

 

 とてもじゃないが住人全てをを避難させる事は出来なかった。

 

 

 渓谷の出入り口から町までの距離も目に見える程の距離である。

 あの巨体が町を見つけ、狙ってしまえば数刻としない内に町は踏み潰されてしまう距離だった。

 

 

 

 それ以前にガンナー部隊による誘導を成功させなければならない。話はそこからだろう。

 観測隊による報告では、ギルドの予想よりゴグマジオスの移動が早く時は一刻も争う状態になっていた。

 

 それはもう、ここで長話をしている時間すら惜しまれる程に。

 

 

 

「早速で悪いが、ボウガンと弓を使える物は準備を整えて気球船に乗り込んで欲しい。私は双剣使いだが、作戦指揮を取るために同行する」

 コーラル含めエドナリアも作戦には同行する。

 サリオクは元々弓を使うハンターで、彼もギルドナイトとして同行するようだ。

 

 となるとガンナー以外のハンター達はこの場で待っている間誰の指示を聞けば良いのだろうか。

 そんな疑問を数人が思っていると、突然一人の男が台に立つ。

 

 

 

「はーい、注目。ギルドナイトが居ない間臨時に俺が指揮を取る事になった……宜しく」

 目元を隠す程長い赤い髪。左肩より先の無い隻腕の男が、軽い感じで挨拶をした。

 

 

 

「誰だアイツ」

 場違いな雰囲気に、ジャンは首を横に傾ける。

 イアンも思い当たる節はなかったが、レイラは彼を知っていた。

 

 

「リューゲ先生……?」

「知り合いか?」

「あたしが行っていたハンター学校の教官、かな。めっちゃ鬼教官で、候補生に太刀振り回してた」

「片手でかよ。おっかねぇ」

 青ざめるジャンとは対照的に、イアンはそんな凄い人も居るんだなと感心する。

 

 

「俺はリューゲ・ユスティーズ。訓練所の教官だ。勇敢なる剣士(古龍の餌)共には、ガンナー(羽虫)共が帰って来る間に生きる術ってのを叩き込んでやる」

 口角を釣り上げてそう言い放つリューゲは、野次を片手で払いながら台から降りていった。

 だいぶ性格に問題があるらしい。

 

 

 

 続々とガンナーが分かれて気球船に乗って行く中、一人全く意味がわかっていない初心者ハンターのラルクはおどおどとその場で目を回す。

 

「ん? お前もガンナーじゃないか。話聞いてなかったのか? ガンナーは誘導作戦に参加だ。行こうぜ!」

 とっととこの場を去れば良かったのだが、もはやそこまで思考も回らずに一人のハンターに話し掛けられてしまった。

 

 

「え、えぇ?! えぇ?!」

 パニック状態のまま、少年はハンターに連れられて気球船に乗り込む。

 彼が乗り込んだのはコーラルと同じ気球船だった。

 

 コーラルは「こんな若い子まで……。責任を持って、君達全員を無事に帰そう」と少年の背中を押す。

 そして訳の分からないまま船に乗せられ、最後にコーラルが船に乗り込んで離陸した。

 

 

「……あの少年は、確か昨日───」

「おい何をしている。早く行くぞ!」

 それを見て首を横に傾けるエドナリアと、彼女を急かすサリオクが乗り込んだ船もゆっくりと浮上して行く。

 

 

 一つの船に六人。計八隻の気球船に四十八人のハンターが乗り込んでいた。

 元々ガンナー専門ではないが、ボウガンが使える為に弩を担いだ者も含めての人数である。

 

 この人数に攻撃されれば、いくら超巨大生物といえど無視は出来ない筈だ。

 

 

 

 確かな希望を胸に、船はドンドルマを発つ。

 

 

 

 太陽が次第に沈み始める頃、船の乗組員の一人が黒い巨体を見付けた。

 

 

 

「───各員、砲撃用意!!」

 ───ゴグマジオス誘導作戦が、今開始される。




やっとゴグマジオス戦突入です。物語が遅くて申し訳ない。
さてさて、戦いは数だよアニキという事で集まった狩人達は何を見るのか。今後も期待していただけると幸いです。

それでは、次回もお会い出来るのを楽しみにしております。







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