ここでは扶桑軍陸戦ウィッチ、カズホが経験したある休日の情景を記す。
意識は混濁する。
ここはどこだ?靄が晴れて自分が何を見ているのか、いつにいるのかを認識した。7年前。自分がほんの7歳だった時、つい1年前のオリンピックのときに買ったブラウン管に映るその光景を見た。ネウロイに蹂躙される人類。赤く暴力的な光線に焼かれる家屋、都市、街、村、何もかも。幼い自分にはそれが戦争だとか死だとかそういうことは全く理解していなかったと思う。だがしかし、自分はこれをどうにかしなくては、助けてあげなければならないと思った。
そして自分には今その力が備わっている。とうとう来たのだ。7年前の願いを達成する日が。
意識は再び混濁する。
「うぅ……」
朝の光を顔に浴びて彼女は目を覚ました。上半身を起こして少しずつ現実世界と自らを同調させてゆく。夢か。ついさっきまで見ていた夢を反芻するが、細部はよく思い出せない。自分の決定的なターニングポイントが再生されていたのはわかる。そんな夢一度も見たことは無かった。ここへ来て脳が勝手に記憶の底からサルベージしてきたのだろうか。
やっと脳が温まって来て正常起動するようになってきたとき軽いノックが聞こえた。
「やぁ、カズホ。入っていいか?」
「どうぞ」
キィィと耳触りな音がしてドアが気怠そうに開く。
顔を覗かせたのは端正だが線の太い顔立ちにたゆたう金髪を纏った若い女性だった。
「ダメだな、このドアは。油を差さないとうるさくてしかたない」
バンバンと薄いドアを叩いて文句を言う。
「グッドモーニング。パーキンス大尉」彼女、カズホと呼ばれた彼女は微笑んで挨拶をする。パーキンス大尉と呼ばれたほうは言われてやっと気づいたようだ。
「ああ、そうだな。グッドモーニング。カズホ。あと私のことはパッキーでいいよ」
「ROG」
了解の意をさす言葉で答える。
「ティナが朝飯をつくってくれたが食べるか?」
「はい、是非」
お世辞にも立派とは言えないベッドから降りて、パーキンスについて行く。寝室で靴のままと言うのは未だに慣れない。なんとも不潔な感じがするので、毎日掃除を念入りにやってしまう。
ふと思い立って前を歩くパーキンスに聞いてみる。
「パーキンス……いえパッキー大尉。部屋に畳は敷けないものでしょうか?」
「タタミ?」と首を傾げる。ああと手を打った。
「フソウのトラディショナルフローリングのことか。あれの材質は確か植物だろう?」
「ええ、イグサというものです」
「カビてしまうんじゃないかな?」
赤道近くに位置するヴァンランの気候は扶桑よりも高温多湿である。
「ダメでしょうか?」
パーキンスは首を横に振った。
「少し相談してみよう。何せフソウのウィッチが来るのは初めてだ。」
丁度食事をする談話室に着いた。
そこそこの広さを持ち、ダイニングテーブルやソファ、簡素なテレビジョンに八ミリフィルムの再生機とスクリーンまで備え付けてある。生活と会議の大半はここで賄うことができる。キッチンはすぐ隣に家庭サイズのものがあるから不便はしない。一般兵よりも断然恵まれた環境だ。
ダイニングテーブルの上には湯気を立てる朝食が並んでいた。トースト2枚にバスケットに盛られたクロワッサンとバターロール。目玉焼きと付け合わせにキャベツとウィンナー。ヨーグルトやジャムの類も取り揃えられている。質素ではあるが上品な朝食だった。
「おはようございます。カズホ」
ファンシーなエプロンを着て柔らかな笑みを浮かべる女性。パーキンスの副官を務め、この小隊の世話役。ティナ・オブライエンであった。階級は中尉。ヴァンラン戦争が激化してきた1968年からパーキンスと行動を共にしてきた。
「おはようございます。ティナさん」
基本的に相手が軍人で階級を持つならカズホは階級をつけて呼ぶ。しかし唯一の例外がティナ・オブライエンだった。正直自分の目には軍人には見えない物腰のティナに階級は似合わないと判断した。別に彼女はティナを軍人として尊敬していないわけではない。が、階級などという無粋なものは彼女に必要はない。
テーブルを囲む品の良い木椅子に座る。この戦場におおよそ似つかわしいくない調度品だ。どこからもってきたのかは知らないが、攻撃を受けたら燃え尽きてしまいそうだ。もしものときには薪にでもするつもりだろうか。
「いただきます」
手を合わせて自らの糧となるものへの感謝を込めて呟いた。そこは扶桑と変わらなかった。
焼きたてのクロワッサンを千切っているとパーキンスがこちらを興味深げに見ているのに気がついた。
「あの...パッキー大尉。何か?」
「いや、フソウでも食事の際に神に祈るのだなと思ってな」
首を捻ったがすぐにああ、と合点した。パーキンスは手を合わせたことを柏手と誤解したのだ。しかし似たようなものであるゆえ否定せずにおいた。低血圧のカズホにとって、早朝から細々とした説明は面倒であると、心の奥底で意識せず認識したことも一因ではあったが。
彼女たちは黙々と朝食を取り続けた。今しがたパーキンスがカズホにケチャップを取ってくれと頼んだ以外一切声を発さず腹の中にエネルギーの源を溜め込み続けた。
音といえば、食器同士が軽くぶつかり甲高い声を発するようなことのほかは、外で野郎の兵隊どもが基地内を走り回る際に歌う(聞きようによっては叫ぶ)非常に軍隊的で下品な行進曲や、どこからか飛来してきた選り取り見取りのヘリのローターブレードがあげる奇声にかき消されていた。
扶桑軍でいうところの地方人、あるいは娑婆に住まう人間。すなわち民間人がはたと見れば、一種の恐怖すら感じる光景だった。娑婆では少女が集えば、どうにでもなるはなし話を喜々として甲高い声で話し始めるものである。しかしこの場にいる少女たちにそれは当てはまらなかった。それが異様に感じさせるのだ。
テーブルの上にある食料があらかた片付いたときパーキンスが口をオブライエンに向けて開いた。
「おい、BBとホワンはどうする?」
「寝かせといてあげましょう」
ティナは母親のような顔で言った。パーキンスが口元に微笑を浮かべて頷いた。BBとホワンは、パーキンス率いる小隊の残りの構成員だった。
「それもそうだな。じゃあカズホ。お前はどうする?」
「え?」
いきなり問いかけられて脳が硬直する。
「いえどうすると言われましても別に何も……」
「ほう。やることは何もないか。いいぞ。それに越したことはない。」
妙に楽しそうな声音だった。
「どうだ。それなら街へ行こうじゃないか。私とお前とティナで。せっかくの休日なんだ。こんなとこに引きこもってては罰があたる。」
「はぁ」
なんとも間の抜けた声で答えた。
「よし決まりだ!食器を片付けろ。着替えたかったら着替えていいぞ。エライさん引っ掛けてうまいもんでも食べさせてもらおうか。」
パーキンスは心底嬉しそうであった。戦場でも似たような顔をするが、目が笑っていない。今のパーキンスは満面の笑みというに相応しかった。
「わたしは行きませんよ」
オブライエンが口を挟んだ。
「もしBBとホワンがおきてきてもぬけの殻だったら問題でしょう?」
「あいつらも子どもじゃないんだから放っといたっていいじゃないか。それに構いすぎるのは逆効果だ。」
まるで育児を論じているようだが、ウィッチ部隊の指揮官としては珍しいことではない。というよりよくある、指揮官の任務の一つと言ってよい。たとえどんな教育をしても年端の行かない少女たちの集団を軍隊の機構に組み込んで、上手く行くはずがない。指揮官はそこまで把握して、戦闘だけでなく日常も統括出来なければならない。リベリオンでは士官に教員資格を取らせるべきという意見も真剣に検討されていた。
「だとしても私は残ります。ここでやることもありますし、それにカズホは街にでるの初めてでしょう。パッキーと2人でいろいろ教えてもらってきなさいな。」
慈悲深い女神の微笑みをパーキンスに向ける。
パーキンスは不満気だったがついに諦めた。
「分かったよティナ。よしじゃあ行くか。カズホ」
「は……はい。」
「あっ、少し待って」
ティナは、何かを思いだしたようにリビングを飛び出していった。
「どうしたのでしょうか?」
「さぁ?」
顔を突き合わせて首をひねった。
数分後ティナは腕に衣服を引っ掛けて戻ってきた。
「カズホ。これを着て行ったらどうかしら?」
それは、冬の空のように淡いブルーのワンピースだった。
「……これを?」
「嫌かしら?」
ティナの表情は、見る人間を安心させるものであると同時に心の奥底にほんの少しの恐怖を与える要素が潜んでいる。
「いえ、喜んで着ます」
カズホは自分の笑みが引きつってないか不安になった。
数分後、カズホはワンピースに身を包んでいた。扶桑人らしい豊かな黒髪と淡いブルーの組み合わせは、カズホをヴェトナムのジャングルを這うように戦争をする人間とはかけ離れた存在に変身させた。
ティナの用意した鏡で自分の姿を見たカズホは何とも言えない顔だった。一見すると無表情ようだが、中に恥ずかしさや、驚愕、諦め、達観、その他思う限りの心境が混ざり合いぶつかり合い表情を作っていた。絵の具の全色を混ぜたら黒くなるのと似たようなことだ。
対象的にティナは満面の笑みである。そしてパーキンスはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「似合ってるじゃないか。カズホ」
「イエッサー...」
恨めし気な目を向けるが、反抗心はとうの昔に消えていた。
「これならオモテにだしても問題ない。インペリアル・アーミーに傷はつかんだろう。」
なんでもロバート・ケネディから贈られたという毛足の長いカーペットを見つめながらカズホはボソリと呟いた。
「イッツトゥーバッド...」
パーキンスたちが駐屯する基地は、ニャ・チャン、リベリオン人をはじめとする欧李人はナトラングと発音するリゾート都市の郊外に設けられていた。
街へ繰り出す方法は、もっぱら基地が定期運行するバスである。
だがウィッチに限っては、バスはもちろんジープも使って良いことになっている。理由は若いウィッチと戦場という環境で色々と抑圧されている兵士の間で無用なトラブルが起きるのを防ぐためである。このような考えは先の大戦から変わらない。大戦後により一層強くなったといっていいくらいだった。
歪な星形に造設されている基地の中心にある司令部。その裏手の駐車場にジープは置かれていた。ジープと呼んではいるが本名はM151という。大戦中の傑作自動車ジープの後継として1960年に開発され、このヴェトナムが初の実戦だ。大統領の名前から「ケネディジープ」などとも呼ばれることもある。様々な型が作られており、今ここに止められているのは改良型のM151A1。ヴェトナムでは数多くの兄弟が文字通り馬車馬の如く働いているはずだった。
M151の前に立ったパーキンスは、呆れたようにため息をついた。
「まったくこいつは」
ジープの運転席で前に倒したフロントガラスに突っ伏している眠りこけている兵士の頭を軽く叩いた。
「なんだ!俺の眠りを邪魔する不届きものはどこのどいつだ!」
相当憤慨している。
「私だよ。」
「なんでぇパッキーか。脅かすもんじゃねぇよ。」
パーキンスの顔を見た瞬間に怒りは収まったようだ。安堵の笑顔が浮かぶ。たがカズホの目には笑顔が引きつっているように見えた。
「デネル伍長。今暇かい?」
「いんや。寝るのに忙しい」
「ほう」
「冗談だ。わかった。わかってるからそんな怖い顔を向けんでくれ。」
カズホは、パーキンスの背しか見えないが、デネルと呼ばれた伍長の声と人を食ったような顔が恐怖にゆがむのを見て多くを悟った。パッキー大尉は怒らせないようにしよう。
「で、街へ行きたいのか?」
「ああ、いつも通りだよ。頼む。」
「いつも通り?そのお嬢ちゃんはいつもはいねぇよなぁ?」
「ああ、カズホは...」
「娘さんかい?」
デネルの下衆な笑みはパーキンスのコークスクリューブローで強制的に掻き消された。
「ぐぅ……効くねカレン・パーキンスリベリオン陸軍大尉殿...」
悶絶を無視してドアをあけ後部座席に乗り込む。
「ほらカズホ、乗りな。前の奴は気にしなくていい」
「ROG!」
カズホはこの3分で口は災いの元という諺を実践的に学んだ。
余計な事を言うデネルをパーキンスが睨みつけながらジープは進んだ。ガタガタガタガタと路面の悪さも手伝ってお世辞にも良いとはいえない乗り心地である。
改良されてはいるがM151の安定性は酷いもので、初期型はコーナリングで横転するという有様だ。
それを示す話として、リベリオン軍は老朽化した車輌を民間に払い下げるが、このM151だけは車体を2等分、あるいは4等分にされて解体された。しかしリベリオンのこのようなものの愛好家たちは、切断されたM151を溶接して乗っているというから恐ろしい。
カズホはシートの端で縮こまりながら流れゆく景色を見つめていた。
道の脇で大勢の人間が歩き回り、売ったり、買ったり、食ったりしてこの世を生きている。戦火が国土の半分を覆っている国とは思えぬ光景だ。ニャ・チャンは3年前のテト攻勢以外に一度も攻撃された事は無い。彼らには戦火は非日常の遠くかけ離れたことなのかもしれなかった。
確か7年前にみた光景もこんな感じで人々が生きる街が無残に蹂躙されている姿だった。
思わず拳に力が入る。
護らなくては、私の力で。
7年前に湧き上がった気持ちが、カズホに海を越えさせヴァンランまで背中を押してきた気持ちがより現実味を帯びて燃え上がる。
乱暴なブレーキでジープは止まった。慣性の法則で体が投げ出される。簡素なシートベルトが無ければ前の座席に頭をぶつけていたところだ。
「あい、ついたよ。運賃は、100万ドルでございまぁす」
「拳で払おうか?」
「1セントもいただきません!」
カズホとパーキンスを下ろしたジープは一目散に基地へと帰っていった。
「カズホ大丈夫か?デネルには帰ったらキツくいっておくからな」
「は...はい」
キツく、とはどの程度なのかわからないがデネルが棺に入れられて祖国に帰ることの無いように祈った。
「よし、じゃあお楽しみといこう!カズホ、食いたいもの。欲しいものなんでもいっていいぞ!」
カズホは辺りを見まわした。
活気あふれる商店や屋台、食堂が軒を連ねている。
ふと道の向こう側にある店が目に止まった。
「あそこがいいです。」
カズホが指し示した店の軒先に並べられたマガジンラックに新聞紙がギッシリと詰められていた。
「ほう、ペーパーなんかでいいのか。まぁ母国語が恋しくなるらしいからな。よし行こうじゃないか。」
パーキンスは、ズンズンと歩み出していった。
マガジンラックには、この惑星に存在する全ての新聞を集めてきたと言われても信じるほど多種多様なものであった。
「これは凄い。私の実家が取ってる新聞まである。」
パーキンスは素直に感嘆していた。
印字されている言語は、ヴァンラン、ブリタニア語を初め、扶桑、ロマーニャ、ガリア、カールスラント、スオムス、アラビア、オラーシャ、ヒスパニア、ルシタニア、果てはアフリカーンスさえもおいてある。テーマも世界情勢を扱うワールドワイドなものからガリアのローカルな地方紙、ヴェトナムの戦況報じる軍の広報紙までも仕入れてあった。しかも全ての今日の日付である。ワールドワイドな国際紙ならまだわかるが地方紙などはどこからどうやって買い付けてるのか見当もつかない。
カズホは目の前に整然と並ぶ新聞の列に目を這わせる。最下段の端に地元の地方紙を発見した。
カズホの出身は、扶桑の首都東京の北側に位置する埼玉である。県庁の置かれている街の郊外に位置する広い田園地帯の淵に実家があった。
昔は貧しい小百姓だったが、新制皇国陸軍創設の折に次男だった曾祖父が入隊。それなりにできる男だったので上官の覚えもよく士官学校に入れられて、中佐まで昇進した。息子である祖父も自然と陸軍に、そして父も陸軍に入り若かりし頃に大戦を経験している。
ヴァンラン人の店員に1ドル硬貨を手渡して、その新聞を手に取る。開くと地元のよしなにごとが目を介して頭の中に流れ込んできた。斜め読みして、持ってきた手提げ袋の中に突っ込んだ。
またカズホは、新聞紙の行列に目を流す。
ヴェトナムの戦況を詳細に淡々と中立的に記事にすることで定評のある扶桑の軍事系新聞紙が目に入った。近所の被害や、風の噂程度の戦況しか知らなかったカズホはこれ幸いとその新聞を取ろうとした。が最上段で奥にある新聞になかなか手が届かない。爪先立ちになってぐぐっと手を伸ばしてみるがそれでも届かない。パーキンスに取ってもらおうと思い至ったそのとき、後ろから太い腕が伸びてきて、目当ての新聞を掴みカズホの前に差し出した。
「どうぞ。お嬢さん。」
声の方向に振り向くと、眩い純白の服を着込んだ男がニコニコと笑いながら立っていた。日に焼けた肌がいっそう纏っている服の白さを際立たせる。年は見た限り20代くらい。白い半袖、長ズボンは第2種軍装防暑略衣。階級は…カズホはあまり海軍さんとの関わりはなかったが、桜の数からおそらく中尉だろう、
彼は扶桑皇国海軍の誉高き士官であることに間違いはなかった。だがカズホは直感的に彼に海軍のスマートさの中に潜む、自分たちと同じ泥臭さを感じた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして」
海軍士官はきょろきょろと辺りを見まわした。
「ところでお嬢さん。お父さんかお母さんはいるのかい?」
この士官、カズホを軍属のウィッチとはさらさら思ってないようだ。
いえ私は……と自分の身分を明かそうとしたが今の服装に気づいた。
今のカズホ軍服ではなく可愛らしいワンピースを着ている少女だ。軍人と思えなくても仕方なかろう。
この格好で私は扶桑皇国陸軍の陸戦魔女だと言っても信用してもらえるか怪しい。ハッハッハと笑われてMPの元に連れていかれるかもしれない。無論迷子の迷子のお嬢さんとして。
どう答えていいものかわからず表情を固くするとこちらに気付いたパーキンスがよって来た。
「あらあら私の部下が御迷惑をかけましたか?」
普段の態度からは似つかわしくない年相応の少女らしい口調で声をかける。
士官は、パーキンスはウィッチだと一目でわかったらしい。
「おや失礼。お姉さんがいらっしゃいましたか。なら安心だ」
パーキンスは表情一つ変えなかった。ただ口調はがらりと変わった。
「部下、と言ったのだが聞こえなかったのか大尉殿?18インチの砲声に耳をやられたのか?彼女は私の部下だといったはずだ。我がリベリオン合衆国軍に派遣された貴官と同じエンペラーに仕えるフーサニーズアーミーの少尉だぞ。」
虚をつかれた士官は、カズホとパーキンスを交互に見た。
「お嬢さん。あのお姉さんの言っていることはホントかい?」
カズホは、はいとだけ答えようとした。しかし胸の奥に少しイタズラ心が芽生えた。
「ヨーソロー。パーキンス大尉の言うとおりであります。大尉。」
あえて海軍式の応答で答えた。
カズホの反撃に目を丸くした大尉は、かぶっていた帽子を脱ぎ、屈んでカズホと目線を合わせた。そして打って変って改まった口調で話かけた。
「これは大変失礼しました」
そうして頭を垂れた。立派な海軍士官が年端もいかぬ少女に頭を下げているのである。パーキンスを除いた周りは訝しげな目を向けていた。中尉はそんなこと意にも介してないようだった
「重ね重ね失礼を承知で話せば、君のようなお嬢さんがこの過酷なヴェトナムで戦う魔女とは到底信ずることができなかったのです。」
まぁこの服装だし当然だと思った。
頭を上げ再びカズホの目を見すえる。
カズホは言うべき言葉が見つからず戸惑っていた。どうもこの男。よほどウィッチを大切にしているらしい。正直関わり合いになりたくないとさえ思える。
すがるようにパーキンスを見ると優しげな表情で大尉背を叩いた。デネルの頭と違って労わるように癒すように。
「中尉。頭をお挙げください。」
素直にいう事聞きいれて立ち上がった。パーキンスのほうに向き直る。
「パーキンス大尉、でよろしかったか?」
「イエスサー。リベリオン合衆国陸軍のカレン・パーキンス大尉です。」
「いや大変失礼をしました。私は扶桑皇国海軍中尉、藤堂学と申します」
「いえこちらこそ。確かに彼女を見れば10人中10人はウィッチとは思いますまい」
「そう言っていただけると助かります。」
藤堂は、固さが主の顔だが、微笑むとするりとやわらかくなった。
「藤堂中尉は最近やってきた、第一機動艦隊とやらに?」
「いや、私は河川舟艇隊です」
なるほど。カズホは一人合点した。どうりで潮の香ではなく自分たちに近いものを感じるわけだ。
河川舟艇隊。メコン川流域を小型の河川哨戒艇で駆け回り、地上部隊の支援や場合によってはネウロイとの直接戦闘を行うブラウン・ウォーター・ネイヴィーの一員である。
大河を渡れないという特性のあるネウロイであるが、その分メコン・デルタでは、うっそうと生い茂るジャングルに身を隠し行動しているためタチの悪いことこの上ない。さらに地形の性質上、戦車のような重装備は十全に機能せず、航空ウィッチによる攻撃も幾重にも重なる木々にさえぎられてしまう。戦場としてはひどく苛立たしい環境において、人類側の唯一のアドヴァンテージともいえるのが、河川舟艇隊だった。
主にリベリオンと扶桑の戦力によって構成されているメコンのブラウン・ウォーター・ネイヴィーは、カズホ達のような地上部隊のもっとも近しい戦友である。
パーキンスも藤堂を見る目を変えたようだった。
「なるほど。ディキシー・ステーションの連中よりかは好感が持てる」
藤堂はにやりと笑った。
「彼らも大変なんですよ。〈葛城〉をご存知ですか?」
「ああ、ついこの間就役したばかりの最新鋭空母でしょう。もうヴァンランにきたとか」
「ええ。これは噂でしかありませんが、うちの海軍は早々に実戦に投入して箔をつけたいらしい。慣熟訓練もそこそこにヴァンラン・クルーズですよ」
「どこも下は上に苦労させられますね」
カズホは、談笑する上官たちから目を離した。そうすると視界の端に物々しい行列が見えた。
装甲車や戦車を連ねた堂々たる機甲隊。先頭のM48戦車にはリベリオンの旗印が掲げられている。
「ほらカズホ、あれが下は上に悩ませられることの典型だぞ。」
横に来たパーキンスが指をさして皮肉っぽく笑っていた。
「噂に聞くパレードという奴ですか。」
パレードという言葉に首を捻って検索をかけるが藤堂が言う意味とは違うような気がする。
「パレードとはなんですか?」
尋ねると今度は藤堂が首を捻ってしまった。
「うん、何と言ったらよいかなぁ。」
「リベリオン国民を満足させるためにカッコいいとこを見せるんだよ。」
パーキンスが先んじて答えた。
「リベンオンでは、軍隊がちゃんと仕事しているところを見せないと国民が納得しないんだ。かと言って凄惨な前線を見せれば今度は反戦運動が盛んになる。私が言うのもなんだがリベリオンとは面倒な国だよ。ホント。」
「扶桑と違って英雄が打ち立てた国だからこその悩みというわけですか。」
藤堂は、感心するように頷いた。
「その英雄の中には扶桑人も含まれていますがね」
パーキンスは瑞穂国のことを言っていた。藤堂は頭を掻いた。
「まさか海上パレードと化した参勤航海を廃すために立ち上がった大名たちも、子孫がパレードをすき好んでやるとは思わなかったでしょう」
カズホの見るところパーキンスと藤堂はなかなか話が合うようだった。
何時の間にやら行列には、物売りの軍団が群がっていた。
一団に加わろうと路地とすら言えない細い隙間から幼い少女が走り出てきた。手にはバナナを一杯に盛ったザルを持っている。
そこを藤堂が呼び止めた。二言三言言葉を交わし、一房バナナを買った。よく熟しており吸収した南国の光を変えたように黄色く光っている。
「カーム・オン」
無邪気に笑って少女は、また駆けていった。
「どうぞ。お二方。」
「これはどうも。ほらカズホ」
パーキンスは、2本千切って、片方をカズホに差し出した。
「ありがとうございます。」
皮を丁寧に向いて一口食べる。控えめな南国の甘さが口内に広がる。どうやら主食として食べられる類のバナナに近いようだ。
「これはなかなか美味いですよ。」
藤堂がバナナを頬張りながら感想を述べた。
「蓬莱バナナよりはこっちの方が私は好みです。」
藤堂は蓬莱バナナを比較に出したように扶桑で食されるバナナは基本的に蓬莱島で栽培されるバナナである。。近頃は、南リベリオン諸国やピリピナスからの輸入品が店頭に並ぶこともあるが、扶桑国民に親しまれている蓬莱バナナは、そう簡単にシェアを奪われたりはしない。ヴァンラン産のバナナなど扶桑では絶対に食べられないだろう。
その点でカズホは貴重な経験をしているかもしれない。
行列の半分程はカズホたちの目の前を過ぎ去っていた。それでもまだ道の向こうまで装甲車が連なっている。
戦車や装甲車の上には、最低1人機銃座に取り付けてあるブラウニーM2を周囲に向けて警戒をしていた。しかし周りの商売熱心な人々は自分たちの上を彷徨う銃口など気にはしない。
人々はまだまだ加わっていた。
その群れに我も我もと加わろうとしたのだろうか。バスケットを抱えた男が尋常でない早さで駆け藤堂にぶつかった。
「うぉっと。」
藤堂がよろけて倒れかけたところをパーキンスが紙一重で支えた。
男は、藤堂に脇目も振らず走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます。商売熱心なのはいいが周りを見て欲しいですな。」
「いや...あれは尋常じゃない...」
「と言いますと?」
打って変わって険しい顔つきのパーキンスに藤堂は驚いた。
カズホが答える。
「あの人のバスケット空でありました。」
「何?!」
藤堂の顔色が変わった。
空のバスケット1つだけをもって行商する人間はいない。
藤堂は腰に手をやったが拳銃を携行してこなかったことを思い出した。
パーキンスが、近くで行列の安全を見守るリベリオン軍のMPの肩を叩く
「おいあの男!テロリストだ。」
なんだって?いきなり突飛なことを言いってきたウィッチと思しき少女を憲兵は怪訝な目で見た。
その時目の端で火炎球が発生するのをパーキンスは見た。同時に暴力的な爆音が辺り一体を叩く。
驚いたMPは咄嗟にM16ライフルを車列に向けた。
もう遅い。
ようやっと状況を認識した人々の怒号や悲鳴の不協和音が周囲を包み込む。
車列を取り囲んでいた行商人たちは、爆発で腕が千切れ飛んだり、体の半分が焼けただれたりしていないものを除いて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
装甲車から降りてきた兵士が周囲に弾丸をばら撒いた。 何人かのヴァンラン人が無残に地面に伏した。
「やめろ!撃つな!」
パーキンスの悲痛な叫び声が届くはずもない。
MPが相反するように車列の周囲を取り囲む。
爆発の被害にあった人間を助けたり、あるいは回収したりしながらも散り散りになった行商人を片っ端から捕まえていた。
リベリオンの威信にかけて少しでも犯人の情報を得るためだ。だがしかし犯人はおそらく散らばっている肉片だ。このままでは冤罪のうえに銃殺刑になる人間が出る。
パーキンスはその旨を慌ただしく動くMPに伝えようとした。
その時、藤堂の脚に少女が抱きついた。
「おお?君は」
バナナを買った少女だった。服の一部が焼け焦げ、恐怖に震えている。
「そいつを渡せ!」
いきりたった図体のデカいMPが般若の形相で藤堂の前に出てきた。携行しているM16の銃口はピタリと藤堂に向いている。臆さずにまるで大将のような風格を纏いながら答えた。
「何だね君は?ああ、少尉。この子を頼む」
不安気にパーキンスと藤堂を見ていたカズホに少女を引き渡した。
「ROG...」
まだ不安気だが自分の背で少女を隠しMPに向き合う。
自体に気づいたパーキンスが戻ってきてカズホの隣に立った。
「藤堂中尉」
パーキンスが何事か話そうとしたが藤堂はそれを制した。
「いや私が何とかします。なにお嬢さんはご安心を」
すぐMPに向き直る。
「あー伍長?犯人探しに熱心なのは結構だがこのお嬢さんは犯人では無いよ。」
「何?何を根拠にそんなことを言うんだ!」
「先ほど怪し気な男が尋常ではない様子で車列に走って行くのを見た。おそらく奴だろう。」
「そんなこと信じられるか!」
確かにさっぱり根拠が無い。よくよく考えてみるとあの男がほんとに爆弾魔かわからないし、この子が犯人で無いとも言い切れないじゃないか。しかしこのMPのやり方は問題だ。住民に要らぬ反感を与えることになる。既に何人かのもしかしたら罪の無い人間を撃ち殺してしまっていることを考えてもこれ以上は不味い。かなり不味い。
もしネウロイよりも国連軍の方が恐ろしいとなれば、ヴァンランでの作戦行動に支障をきたす。
どうしたものか。藤堂は思案した。中尉如きの権限ではどうすることもできない。
「おいどうした。」
MPに声が掛かった。MPは敬礼をする。リベリオン陸軍の制服をきた少佐だ。脂ぎった顔に冷徹な目が張り付いていた。
「ハッ!ただ今、容疑者を匿い怪しげなことを口にする人間を聴取しております!」
クソッタレ。こんな幼い女の子を容疑者とはよく言うぜ。心の中で藤堂は罵った。
「ほう、そうか。わかった変われ。」
居丈高な少佐は藤堂の前に出てきた。
「貴様フーサンのネイビーか。」
見りゃわかるだろリベ公とでも言ってやりたかったがさすがにこらえる。
「ええ、少佐。私は、扶桑皇国海軍の藤堂中尉です。」
「よしルテナン・トードー。我が国のウィッチとそのフーサニーズらしい子どもは君の娘か?彼女たちに情けない姿を見せたくなければ、そのガキを渡せ。捜査への協力は感謝してやろう」
「それはできない相談ですな、少佐」
「なぜだ?」
悪魔のような目を細めて尋ねる。
「我々の敵はネウロイのはずです。人ではない。」
「その人間がネウロイに操られてるとしたら?」
「悪いのはネウロイでしょう。ネウロイによる洗脳でしたら解くことができます。乱暴に扱ったり殺したりする必要な無いはずです。」
「教団の存在もあるがそれはどうする?」
「まだこの子が教団の人間かはわかりません。ライフルの銃口を向けて脅すのは行き過ぎでしょう。法治国家たる我が扶桑皇国には疑わしきは罰せずという言葉があるのですが、貴国もあるんですかな」
「綺麗事ばかりでは、貴様も殺されるぞ。」
「汚いことをして生き延びるよかマシです。」
藤堂と少佐の一歩も引かぬにらみ合いを打ち切ったのは、パーキンスでもカズホでも無い声だった。
「どうなさいました。藤堂中尉」
この声は……。藤堂は心のあたりがあった。
藤堂が答えぬと次は少佐に同じことを聞いた。
「そこの君。この方たちは何をしたのだね?」
その言いぶりは、使用人にものを尋ねるようだ。
「貴様。それが上級者にへの物言いか。名を名乗れ。」
少佐は声の主を睨みつけた。
声の主は静かに言った。
「私は上総宮利治親王だ」
「カズサノミヤ...。」
そう呟く少佐の顔が凍りついた。
「宮様...。」
カズホはその名に聞き覚えがあった。
上総宮。数代前の天皇の第2皇子を祖とし宮家のなかでもとりわけ武芸に優れている。王家の例にもれずノーブレス・オブリージュを体現せんとする扶桑皇室では、男性皇族が軍隊に入るのは当然のことだ。しかし士官教育を受けるとはいえ、やはり陰に日向に厚遇を受けるのが常だった。たとえば士官学校での席次は必ず皇族が主席となる。
しかし上総宮は、皇族待遇がまったく無いとは言いきれないが、通常の士官と同様に扱われる。大戦中のある親王などは、士官学校の席次が下から数えたほうが早かったために、本人よりも陸軍省が慌てる有様だった。
つまり上総宮は典雅というよりは、頑固なまでの武弁で知られた宮家だった。
「もう一度聞く。彼らは何をしたのだね?」
「容疑者を匿っているのだ、中尉。」
忌々し気に上総宮を見る。扶桑皇国海軍中尉として扱うことにしたようだ。まったく賢明な判断と言える。
「ほう?容疑者とは?」
「このクソガキだ」
顎でしゃくってみせる。
「私には、震えているお嬢さんしか見えないが?」
少佐は舌打ちをして宮を睨みつける。
「中尉。私は少佐だ。貴官が例えプリンスだとしても軍隊にいる以上階級には従ってもらう。」
宮もまるで臆することなく目を細める。温和な顔付きは先ほどから、恩師の軍刀の如く鋭くなっていた。
「もちろんですとも少佐。私はつねに一介の海軍軍人としての行動を心掛けております。しかしまぁ血筋というのは実に面倒でして。ヴァンランの路頭で皇族が恥をかいたら我が国ではちょっとした騒ぎになります。国防省、内閣、もしかしたら貴国の大統領まで飛び火するかもしれませんな」
少佐はたじろいだ。いつの間にか話はリベリオン大統領まで広がっている。
「いや、少佐。誤解なさらないでください。決して私が軍の秩序をないがしろにしようと思っているわけではないのです。ただ私の周りが少々敏感すぎるという話をしているだけでして」
少佐の顔は怒りに膨れ上がっている。しかし彼にも今後のキャリアというものがある。たかが少女にこだわって外交問題にまで発展させ、出世の道を閉ざすことは、まったくバカげた話だった。
「覚えていやがれ。」
もそもそと口の中で呪詛をつぶやき、身を翻して車列に戻っていった
「いやぁ殿下助かりました。」
気品漂う宮はニヤッと笑った。
「なんや藤堂。殿下なんて改まって。海兵のときは俺お前だったやないか」
宮の言葉使いにカズホは驚き呆れた。いやもちろん海軍士官としてはこんなところなのだろうが、彼女の中の扶桑皇族のイメージは崩れていた。そういえば上総宮は須磨に本宅を構える、これまた異例の関西を拠点にする宮家だったことを思い出した。
扶桑語だからいいもののブリタニア語もこんな調子だったらどうしよう。そんなことパーキンスは気にしそうもないが妙に心配になった。
「仕方のない宮様だ。ご紹介しよう。こちらのリベリオンのお嬢さんがパーキンス陸軍大尉」
一歩前に進み出て敬礼をする。
「お目にかかれて光栄です。プリンス。」
「これはどうも大尉殿。私も見目麗しいお嬢さんと知り合えて嬉しい限りです。」
宮の口から流れでたのは、流暢なブリタニア語だった。だが鼻にかけたような嫌味なところは少しもない。
カズホはホッと一人無い胸を撫で下ろした。
やはり皇族たるものこうでなくちゃ。自ら思い描く皇族の姿一応のところ守られた。
がしかしそれはほんの数十秒ですぐ壊された。
「でこっちの嬢ちゃんは?」
宮はしゃがみこんでカズホと目線を合わせる。失礼とわかっていながら御尊顔をよく見ると、細い眼と降下している目尻が柔らかい印象を与える。鼻は低く丸顔の扶桑人の顔であると同時に皇族の品格を感じずにはいられない。
「彼女は我が皇国陸軍の」
「福田和穂少尉であります。」
藤堂が言い終わる前に自らで言った。そもそも藤堂はカズホの名字も知らないはずだ。
「陸軍さんか。年はなんぼや?」
ズケズケ質問してくる。
「15歳であります。」
「わかいなぁ。若い。阿保らしゅうなってくるわ」
腕組みして感嘆してるとも呆れてるともつかない感想を述べる。
アホらしいの言いようにムッとしたカズホは言い返す
「大変失礼ですが殿下。ウィッチは、それくらいのものも多くあります」
扶桑語を介さないパーキンスに通訳(ただし綺麗なブリタニア語で)をしている藤堂に変わってそう伝える。
宮は、首を横に幾度か振った
「違う違う。誤解せんでくれ」
「え...?」
「15の子どもを戦場に送り込む俺たち男が阿保なんや。俺はハッキリ言って魔女に反対しとぉ。魔力があるからってガキどもを戦場に送るなんて正気の沙汰やない。魔女の嬢ちゃんたちには感謝してるがね」
「利治!」
あまりにもハッキリ言いすぎて藤堂も流石にたしなめる。
カズホもどういう顔をしていいかわからない。いくら感謝しているとしてみウィッチに反対していると面と向かって言われた対応に困る。
ウィッチ反対論は2次大戦中から絶えない。「ウォーロック事件」も首謀者であるトラッフォード・マロニーブリタニア元空軍大将がウィッチ反対論者であったことも一因と考えられている。
反対論を唱える人間の言い分は様々だが、宮のような考えを発端としている人間も多数存在している。気持ちとしては藤堂とて同じである。だがそこからウィッチに反対する方向に思考が飛躍するのが理想主義。少しでも男が頑張りウィッチを助けるように考えるのが、現実主義だ。
そもそも各国の戦後軍事機構に組み込まれているウィッチが廃止されるのは、常識的な考えの出来る人間ならあり得ないとわかっている。
ウィッチ反対論は反戦運動と同様に一定の期間をおいて燃え上がったり冷めたりするいわば恒例行事であった。
ただウィッチを前にしてここまでハッキリと言うものは珍しかったが。
パーキンスは扶桑語を介さなかったが、固まっているカズホとプリンスを嗜める藤堂をみてなんとなく空気を読みどうにかして状況を転換しようと試みた。
カズホの肩を叩いてフリーズから開放してやる。
「カズホ。もう遊んでる雰囲気じゃないせっかく来たが帰ってティナのシフォンケーキでも食おう」
藤堂も右手に巻いた扶桑国産の洒落た水密時計を見て、わざとらしく言った。
「おっと。のんびりしてたら後発航期になってしまうな。そろそろ戻ろう」
「いや?カムランにならまだまだ間に合う……」
「ああ時間が無いな。上総宮中尉!」
強引に言葉を重ねて撤退準備を始めた。
藤堂と宮様のたった2人の分隊は、パーキンスとカズホの前に近衛兵よろしく整列した。
「パーキンス大尉、福田少尉。本日は、色々とあったが貴官らと知り合えてよかった」
「こちらこそ。将来有望な海軍将校とフソウのプリンスにお近づきになれて光栄です。」
パーキンスは藤堂と手を握る。そしてカズホにも手を差し出して耳打ちをした
「福田少尉。どうか宮様を許して欲しい。少し自分に正直過ぎるだけなんだ。」
内心それは皇族としてかなり危なっかしいことなんじゃないかと彼女は思ったが、正直過ぎはしないので声にはしなかった。代わりに藤堂のゴツゴツした手を握り返した。
「いいえ、別に気にしておりません。私も皇国臣民であります。殿下とお声を交わすことができたて光栄であります。」
皮肉っぽく聞こえてしまったかもしてないと心配した。
「そうか、すまないね。ああ、そうだこれを。」
ポケットから銀色のカードケースを取り出した。桜花のついた海軍純正品だった。2枚取り出すとパーキンスとカズホに差し出した。
「持っていてもたいしたことは無いけれど同期に顔が効きます。もし扶桑海軍の士官にあったら見せてみてください。力になってくれるはずです。」
「じゃあ俺も」
そう言って宮様も名刺を差し出した。藤堂のものと比べてこれはかなり強力だ。
藤堂たちは脇を締めた敬礼を送った。
「それでは大尉、少尉。またどこかでお会いしましょう。」
「なるべく戦場以外のところでね。」
「まったくですな。」
海軍士官たちは肩を並べて港の方向へ歩いていった。
パーキンスはカズホに顔を向けて微笑んだ。
「私たちも帰ろうか」
「ROG!」
混乱が収まりつつある車列を横目にパーキンスは、ポツリと呟いた。
「あの大尉。なかなかいい男だったな...。」
「何かおっしゃいましたか?」
「いやいや何でもない。」
カズホはパーキンスの頬が薄く桜色に染まっているのを見た。
日は未だ天高く昇りヴァンランはますます熱せられていた。