魔法の森の入口にある香霖堂。
森近霖之助が営んでいる道具屋だ。
と言っても、経営は常に赤字。
何故なら、霖之助がまともな商売をしていないからである。
値段は基本的にその時の気分。
そもそも、商品をツケにされることは当たり前。
おまけに、霖之助本人が気に入った品は自身のコレクションに加えてしまうため、売れる物はますます売れない。
そんなこの店に、今とある異変が起きていた。
「今日の鉄クズは幾らで売れるだろうか?」
魔法の森に住んでいる霧雨魔理沙が、ガラクタの山を持って香霖堂に向かっていた。
霖之助に買い取ってもらうためだ。
「もうすぐで着くな、って、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
魔理沙が驚くのも無理はない。
彼女の目の前に本来現れるはずの香霖堂がなかったからだ。
厳密に言うと、香霖堂は残っている。
だが、香霖堂の隣に見たこともない建物が立っていたのだ。
その建物は、香霖堂の隣に建つには余りにも場違いな華やかさだった。
それこそ、人間の里に出店していてもおかしくはない程にである。
「魔理沙、あまり大きな声を出さないでもらえるか」
霖之助が本来出てくるべき香霖堂の方ではなく、謎の建物の方から出てきた。
「いや、普通はびっくりするぜ。何で香霖堂が増築しているんだ!?」
万年赤字の香霖堂が増築する訳がないということは、魔理沙もよく分かっていた。
それに対して、霖之助は決めポーズを取りつつ、
「幻想郷に普通なんてない!」
「知ってる」
……霖之助の茶番は、魔理沙に軽く鋳なされてしまった。
「それに、これは香霖堂ではない」
「え? 違うのか?」
すぐに霖之助は本題に戻った。
「これは、ご当地喫茶イルミナティだ!」
「は?」
「ご当地喫茶イルミナティだ!」
「2回言わなくても分かるぜ」
困惑する魔理沙に、霖之助は建物の名前を高らかに宣言した。
だが、魔理沙の困惑は無くならない。
「魔理沙には事情を説明した方がいいかな。実は、道具を売ることにちょっと飽きてしまってね。新しく喫茶店を開こうと思ったんだ」
流石に魔理沙が可哀そうになってきた霖之助は事情を説明する。
全力で自分のアイデンティティを否定しにかかっているが。
ちなみに、魔理沙の感想は……
「そんなの名前を聞いた段階で察したわ!!」
霖之助に向けてグーパンを放つ。
それを華麗に避ける霖之助。
「私が聞きたいのはそっちじゃなくて、何でそんな名前なのかだ! ご当地って何!? 幻想郷には幻想郷しかないぜ! イルミナティって何だよ!? 何で秘密結社の名前なんだ!!」
魔理沙は、自分の疑問を洗いざらい暴露した。
そのせいで、息を切らしている。
「よくぞその質問をしてくれた」
そんなことなど知ったことではないと言わんばかりに、霖之助の眼鏡が光った。
「ご当地喫茶イルミナティのご当地とは幻想郷のことではない! 外の世界のご当地のことだ!」
「はぁ!?」
「ある日、外の世界の道具を取り扱っていて気づいたんだ。外の世界にも道具以外のものはある!」
「当然だぜ……」
「ならば、道具以外で僕が欲しい物と言えば、それは食べ物だ!」
あくまでも、霖之助は自分の欲求が優先である。
「早速、八雲紫に頼んで外の世界に行ってみたが、それはもう素晴らしい料理ばかりだった!」
「何をやってるんだ……」
結界がガバガバであることに呆れる魔理沙。
今更ではあるが……
「こんな素晴らしい食べ物を幻想郷に持ち込まない手はないと思った僕は、紫と交渉して外の世界の様々なご当地料理を幻想郷で売ることにしたのだ!」
魔理沙が今まで見たことがない程、今の霖之助は張り切っていた。
それほど食に執着があったらしい。
食べる必要はないのに……
「ちなみに、その対価は何なんだ?」
「あの女に取られる道具の数が10倍になった」
「おい」
香霖堂大赤字待ったなしである。
「まあ、どうせ趣味でやってる店だから、それくらいどうってことはない。もちろん、僕のコレクションに手を出されたら黙ってないけど」
手をボキボキと鳴らしながら、霖之助が淡々と喋る。
強力な大妖怪相手にも屈する気はないようだ。
「説明はこんなところだけど、付け加えるところはあるかな?」
本人としては、説明すべきことは全て説明したようである。
ところが、魔理沙はまだ釈然としていないようだ。
その理由は……
「で、イルミナティって結局なんなんだ?」
そう、イルミナティの部分である。
ご当地の説明もされたし、喫茶であることは既に分かり切っている。
だが、イルミナティの部分の説明が全くなかったのだ。
「……魔理沙もしつこいね……」
「気になっているからだぜ」
何故か周囲が殺伐とした空気に包まれる。
「言っても怒らない?」
「まず、なんで怒ること前提なのかの理由を聞きたいぜ」
霖之助の頬に冷や汗が流れる。
墓穴を掘ってしまったようだ。
「じゃあ言うぞ」
「ああ……」
何故か身構える2人。
そして、霖之助は息を吸って答えた。
「気分だ」
「……」
場の空気が一気に冷える。
それは、霖之助が適当な回答をしたからではなかった。
魔理沙のミニ八卦炉に魔力がチャージされ、周囲の熱を奪っていたからだ。
「マスタァァァァァァァスパァァァァァァァァァク!!!!!」
渾身の叫び声と共に、極太魔力砲が放たれた。
霖之助は即座に回避し事なきを得たが、極太魔力砲の向かう先にはご当地喫茶イルミナティがあった。
ジュオッ!!
焼き焦げる音が一瞬鳴り、魔力がご当地喫茶イルミナティに着弾した。
当然、ご当地喫茶イルミナティは灰になる。
「……」
かつて、ご当地喫茶イルミナティがあった場所を感情のない顔で見つめる霖之助。
「さて、香霖堂に戻るか」
霖之助はさっきまでの出来事がまるでなかったかのように、香霖堂に入っていった。
彼にとって商売はあくまでも趣味の領域で、それで大損しようが関係ないのである。
そして、香霖堂のいつもの日常がやってきた。
ちなみに後日、八雲紫は博麗霊夢に厳しくお灸を据えられたそうである。