アリス イン ワンピースランド   作:N-SUGAR

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さあて、どうなることやら。


第一話 ここはどこかしら?私はアリス・マーガトロイド

私の名前はアリス。アリス・マーガトロイド。七色の人形遣いにして、幻想郷の魔法の森に住む都会派魔法使い。で、間違いなく合っているはずなんだけれども、今。私はその自己認識の正確さに一抹の不安を抱いていた。

 

「魔法の森…のわけないわよね。ここは…」

 

朝目を覚まし、顔を濯いで歯を磨き、ハムエッグにトースト。ミルクと野菜スープを用意したところまでは、いつも通りの日常だった。今日は何をしようかしら。新しい裁縫針が手に入ったことだし、上海の新しいお洋服でも仕立てましょうかなんて、平和ボケしたことをいつも通りに考えていた。

 

平和ボケに関しては別にいい。いつも通り。日常に親しみ慣れるというのは、人生が平和で余裕があるという証拠であり歓迎こそすれ忌むべきような状態ではない。

 

だけどもそれも、回りの環境が日常であったらのはなしである。非日常下における平和ボケなんてものは、さっさと棚の中にでも置いておき日常が戻ってくるまで後生大事に仕舞っておくのが正しい取り扱いというものだ。

 

本来なら非日常に触れた時点で即座に入らねばならないこの手順を、しかし私はすぐに行うことができなかった。朝日を入れようと窓のカーテンを開け、いつもとは全く違う見たこともない町の景色を目に入れた私は、なんとも呆れたことにそのまま30分近く体も思考も硬直させてしまったのだ。勿論せっかく用意したいつも通りの朝食は、その間にすっかり冷めてしまうことになった。

 

町。そう、町だ。もうこの時点でおかしいでしょう。私は森に住んでるって言ってるじゃないの。なんで窓の外に道があって建物があって人が歩いているのよ。意味が分からないわよ。誰か説明してよお願いだから!なんて、思わず声に出して頭を抱えてしまったのも仕方のないことだろう。それだけこの現象は、異変騒動魑魅魍魎溢れる幻想郷民の私からしても、未だ体験したことのない前代未聞だったのだ。

 

もちろん幻想郷にも町は存在する。人間の里なんかがその代表例であり、幻想郷では最大規模の町と言っていい。他にも地底の旧地獄街道や妖怪の山にある妖怪の集落など、集団定住を行う種族は枚挙に暇がない。隙間妖怪など空間転移系の能力者もいる幻想郷でのこと、まず最初に疑うべきは、そういった妖怪や妖精のいたずらで幻想郷の別の土地に家ごと移動させられたという可能性だ。一般的に言われるところの、神隠しというやつである。

 

しかし私はその考えを深く検討することはなかった。第一に、私に気づかれることなく家ごと移動させるなんてどう考えてもそこら辺の妖怪や妖精にできる所業ではないからだ。それこそ八雲紫のような妖怪の賢者や、霊夢や魔理沙が話していた月の民のような上位者でもなければ不可能なことだ。いくら平和ボケしていたところで生半可な細工にも気づかない程私は耄碌しているつもりはない。

 

第二に、この窓の外の景色は私の知る限りどこをどう見回しても幻想郷のそれではない。外の往来を行き来する連中はどう見ても純粋な人間だ。人間の集落は幻想郷にもいくつかあるが、その中でも町と呼べるものは人間の里だけであり、そしてここは和風建築の並ぶ人間の里と違い、西洋風の建築が並んでいる。それは、明治初頭に外界から切り離されたという幻想郷には全くと言っていいほどどこにもない光景だった。

 

ではここは外の世界なのか?確かに神隠しの中には外の世界にまで行ってしまうものもあるという。私は知らない間に博麗大結界を自宅ごと越えてしまったのだろうか。と、単純に考えるのもしかし、私には憚られた。まず、往来の人々が日本人には見えないことから外の世界に出たとするなら外は外でも私は外国に飛ばされたことになる。その上外の景色の時代背景が、私の常識とは少し解離しているのだ。古風な町並みと言うか、それこそ少なく見積もっても窓からみる限りこの町はどう見ても中世より前の漁村農村と言った風情なのだ。古風なだけなら近代文明の痕跡もあってしかるべきだが、しかし外の景色にはそれすらもない。私が初めて幻想郷に来たときにも感じたことではあるが、それこそ過去の世界にタイムスリップでもしたような独特の感慨が、私の胸中を占めていた。時代に置いていかれるような。どこか名残惜しく、しかし懐かしい感覚…。

 

とは言え感慨に耽っている場合ではない。これはかなりの異常事態だ。影響が私の家だけにあるのかそうでないのかに関係なく、異変と呼ぶに差し支えない非日常。速急に対策を講じる必要がある。

 

そこまで考え、やっとのことで放心状態から回復した私は、なんとも恥ずかしいことにそこで初めて何時からか自分が誰かに呼ばれていることに気がついた。

 

コンコン、と窓を叩く音に左右を見回すが、それらしい人影は見当たらない。しかしそこから目線を落としてやっとそこに、気難しそうな顔をした小柄な老人が杖に寄り掛かって立っているのを見つけることができた。

 

私は玄関口にまわってドアを開ける。

 

「はいはい。どなたかしら?」

 

多分状況的に考えてこの老人からしてみれば私の方がよっぽどどなただと思うのだが、しかし普段の癖とでも言うか、人との会話の時に私は自分の内心や感情を隠すことが多く、その結果どうしてもこういった会話運びになってしまう。

 

「どなたというか。ワシはこの村の村長をやっとるスラップという者なのだが」

 

なるほど。村長ときたか。

 

「村長さんね。それで?その村長さんが私に何の用かしら?」

 

「何の用というか。お主がそれを分からないとなると、ワシにはもうどうしたらいいのか分からないんじゃがな」

 

「奇遇ね。私もそう思ってたところよ」

 

会話が終わってしまった。流石に言葉選びを誤り過ぎたかしら。さて、この老人相手に私はどこまで話せばいいものか…。

 

「ええと、スラップさんだったかしら?確認したいのだけど、貴方からして今って、どういう状況なのか説明できる?」

 

「そうじゃのう。村の他の連中は朝早いからなのか単純に馬鹿だからなのか気づいてなさそうじゃが、ワシからしてみたら今の状況は、昨日まで空き地だった場所に突如出現した謎の一軒家にこれまた謎の少女がいたという状況かのう」

 

「ああ、やっぱりそういう認識なのね」

 

あり得ないとは思っていたけど、むしろこの人が黒幕かなんかだったら手っ取り早かったんだけどね。まあ、そんな単純な解答で解決するなら、そもそも私がこんなところに転移することもなかったでしょう。

 

「えーっと、じゃあ、この村は、一体どこの村なのかを訊いてもいいかしら?できれば国まで答えてくれると助かるのだけど」

 

私が訊くと、老人はいぶかしげな顔をしたがすぐに

 

東の海(イーストブルー)ドーン島はゴア王国辺境の村、フーシャ村じゃ」

 

と答えてくれた。

 

が、ちょっと待て。今なんて言った?聞いたこともない海の名前と聞いたことのない島の名前と聞いたことのない国の名前が聞こえたんだけど。

 

「なんじゃ、お主、ここがどこかも知らんままに家を建てたのか?」

 

「いえ、建てたというか私のこの家は、本来別の土地に建っていたはずなのよ」

 

「よく話が見えてこないが…。何か事故が起こったということか?建築予定地を間違えたとか」

 

「うーん、…。なんと説明すればいいのか…」

 

これは、つまりそういうことなのだろうか。ちょっと考えたくはない可能性なのだが…。つまり、私は外の世界に神隠しにあったわけではなくて…。

 

「…もうひとつだけ訊きたいのだけど、この世界に海はいくつあるか、分かる?」

 

「?…何を言っとるんじゃ。そんなもん決まってるじゃろう。東の海(イーストブルー)西の海(ウエストブルー)南の海(サウスブルー)北の海(ノースブルー)、そして偉大なる航路(グランドライン)の五つ。これが主要な海じゃろう?」

 

はい。決定しました。ここは幻想郷どころか外の世界ですらない。異界。いや、異世界と呼んで差し支えない何処かだ。

 

「そんなの、帰れないじゃないの…」

 

「なんじゃ。お主、帰る場所がないのか?」

 

「え?あ、いや、その…」

 

しまった。声に出すつもりのない台詞を吐いてしまった。私らしくもない。

 

場所が異界だと言うのならば、帰る方法はいくらでもある。召喚魔法の大半は異界と現界を繋ぐ魔法だからだ。そこが地獄だろうが八雲紫のスキマ空間だろうが帰って来てみせよう。七色の魔法を操る私からしてみれば至極簡単なことだ。

 

だが異世界は駄目だ。異界というものが空間こそ断絶していてもあくまで世界と概念的に一続きなのに対して、異世界は完全に別概念の土地なのだ。通常なら世界同士を繋ぐこと事態があり得ないことであり、如何なる転移、転生の法を持ってしても異世界渡りというものは誰にも成し遂げられたことがなかったのだ。幻想郷だろうがその外だろうが、なんなら月の都でさえおそらくそれは同じであり、異世界転移などというものは文字通りの幻想。お伽噺の類いのはずだった。そんな概念系は、私の住む世界には存在しなかったのである。

 

異変どころの騒ぎじゃない。これははっきり言って異常だ。私の手に余る。

 

そんな弱音がつい口をついて出てしまった。本当に私らしくもない失態だ。

 

さて、それはともかくこれからどうするか。私は魔法使い。世界の法則を読み解くのは私の専門分野だ。原因と結果。それに法則を読み解けばこの世に出来ないことなど何もない。例え世界に存在しない概念系だろうと異世界の概念だろうと、事象が起こってしまえばそれを読み解くことは不可能なんかでは決してないはずなのだ。帰れないなんてことは、ない。

 

こうして、なんとか心を落ち着かせた私は再び考える。これから私はどうするべきか。

 

私が最終的にするべきことは、勿論異世界転移魔法の開発である。生まれこそ違うが、私の今の故郷は幻想郷なのだ。今さら他の地に移住して骨を埋める気など私には更々ない。

 

しかしそれにも問題はある。いくら私が七色の魔法使いだからと言っても、空間転移系の魔法は専門外もいいところだということだ。幻想郷で言えば、この類の魔法は召喚魔法を得意とする動かない大図書館、パチュリー=ノーレッジが専門とする分野である。私の専門は物体操作。系統がまるで違う。

 

そんな私がパチュリーでさえ手を出していなかった異世界転移なんて高度な魔法に一から手を出して、それが日の目を見るのに一体どれだけの年月が掛かるか分かったものではない。それに条件も悪い。

 

私が単体で転移したのなら、旅をしながらこの世界の情報を蒐集しつつ研究することもできたかもしれない。

 

しかし残念ながら、私は自宅ごとこの世界に転移してきてしまった。これではろくに動くことも出来ない。この家には私の長年の研究成果が詰まっているのだ。この世界に魔法使いが他にいるかどうか知らないが、他人にそれを盗まれる訳にはいかない。あの魔理沙からさえ、私は本を盗まれることはあっても研究成果を盗まれることだけは断固として阻止したのだ。

 

「おい?お嬢さん。聞いているのか?」

 

しまった。考えに没頭しすぎて目の前の老人のことをすっかり忘れていた。こちらはこちらで喫緊の問題なのだ。なんとかしなければ。

 

「ええ、聞いてはいたわ。そう。帰る場所ね」

 

「そうじゃ。こんなところにいきなり家が建った。もしくは移った。まあなんでもいいが、その謎は、本人もよく分からないと言うことで納得しよう」

 

いや、そんな怪しい現象私なら絶対納得できない。移ってきた家の住人が知らないなどとほざいても、絶対嘘だと思うだろう。少なくともこれが霊夢相手だったら即刻即座に私が退治の対象になること間違いなしだ。

 

まあでも、納得してくれると言うのだから、今回は素直に甘えておこう。

 

「そうね。では私はこれからどうすればいいのかしら?」

 

順当に考えれば退去処分が妥当と言ったところだろうか。まあそうなったらそうなったでやりようはある。とりあえずこの村から少し離れた森の中にでもこの家を転移させればいいだけのことだ。それくらいの基礎的な空間転移魔法ならば専門じゃない私にだってできる。

 

そうやって私が身構えていると、しかし老人はそんな順当なことは全く言い出さなかった。

 

あろうことかこの老人は

 

「そうじゃな。他に行くべきところがないなら、この村に害意を持たん限りはここにそのまま住んでくれても構わん。村の者たちには後でワシから伝えておくことにしよう」

 

などと言い放ったのだ。

 

「ええっと…、それには幾らほどお支払すればいいのかしら?…土地代とかは?」

 

動揺のあまり、いらないことを訊いてしまう。そんなこと言って、では金を払えなどと言われても私にこの世界の現金の手持ちなど全くないというのに。

 

しかしそんな私の心配を他所にこの村の代表者という肩書きを持つスラップ村長は

 

「そんなまどろっこしいもんは必要ないわい。どうせ国の中央政府からも忘れられてる辺境の田舎村じゃ。誰がどこに住もうと危害がない限りそれを咎める者など何処にもおらん」

 

と断言しなさった。

 

この村はそんな適当なことで果たして大丈夫なのだろうかと、そちらの方が都合のいい身でありながら思わず思ってしまった。

 

幻想郷もノリ的には似たようなところがあった。問題さえなければ外から誰がやってこようが特に気にしないという風潮だ。

 

だがあそこでは、仮に問題が起きたときにそれにすぐ対処出来るだけの実力を持つ管理者達がいたからそんな適当なことが許されたのだ。この村には、言っちゃなんだがそんな大層な実力者がいるとは思えなかった。

 

つまりは、ただただ危機管理意識が薄いだけである。

 

しかし、そんなことを指摘しても私が不利になるだけなので、私はそんな感想をおくびにも出さずに

 

「それは助かるわ。これから宜しくお願いするわね」

 

と、満面の笑みで村長に応えるのだった。

 

その後、スラップ村長は、「新しい住人がやって来たんじゃ。多分宴会になると思うので準備しておくといい」

などとますます幻想郷みたいなことを言って私を驚かせた後、コツコツと杖をついて去っていった。その後ろ姿に警戒の色など微塵もなく、ここが平和な村であることを私に実感させる。

 

とりあえず、居場所は確保できた。どんな状況であっても、ここに居てもいいと言われるのは心が落ち着くものである。少々余裕ができた私は、とりあえず朝食を温め直しましょうかと思い、玄関のドアを開けようとした。

 

しかしその瞬間、私は反射的に身体を翻し脇に避けた。

 

刹那、私の立っていた場所に屋根から何かがドサリと落ちてくる。

 

それは人の形をした何かだった。

 

どうやら気絶しているらしいその人形(ヒトガタ)は、私とほんの少しだけ色合いの違う金髪をボブカットにして、赤いリボンを着けた白黒洋服姿の幼い少女の形をしていた。

 

私は彼女との面識がそこまであるわけではないが、しかし確実にこの少女は、()()()()()()()()だった。

 

彼女こそは、幻想郷の一住人にして宵闇の木っ端妖怪とかなんとかいう肩書きを持つ―――――。

 

「確か。ルーミアとか言ったわね。この子」

 

何故彼女がここにいるのか。まあ、それに関しては屋根から降ってきた時点で大体の予想はつく。が、しかし果たしてこの子は私の今後にとってどういう存在になるのか。そして何より、元の世界に戻るヒントにはなり得るのか。

 

それは私にもさっぱり予想のつかない展開だった。

 

 

To be continued→

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