「さあ、果たしてこれをどうする?歴戦の強者ども」
紅い。見上げる空を埋め尽くさんとするばかりに広がる真紅を背に、異世界人、岡崎夢美教授は私達に問いかける。
一つ一つが高い殺傷能力を秘める夢美の創り出した科学の魔法。燃えるように紅いキリスト十字。それが数えられないほどに上空に埋め尽くされ、私達に襲いかかろうとしている。
<処刑>、<断罪>、<呪い>、<戒め>、<原罪>、<復活>、<安寧>、<回心>、<聖なる木>、<死を滅ぼしし矛>、<悪性の拒絶>―――。
魔法使いの性というか、あの十字架の攻略法について考える時、私はキリスト十字の魔法的記号ばかりを探してしまう。しかし彼女の攻撃にそんな思考は何の意味もなさない。
あれは魔法ではない。科学によって模倣された、魔法のような何かだ。
だから逆に言えば、あれは形が十字架なだけの科学的エネルギーの塊に過ぎないとも言える。
私があの十字架を見るのはこれで三度目だ。一度目は夢美が山賊達を捻り潰した時、二度目はルーミアに向けて攻撃した時。
だから、あれがどういうもので、どの程度の威力を有するものなのかはある程度予測がついている。故に、あの十字架から自身の身を守ること自体は実は簡単だ。
ルーミアも自分の能力を使えば十字架の攻撃を削ぎ取れることは実証済みだし、赤髪海賊団の面々もあの攻撃を捌くくらいのことは恐らく可能だろう。
あの攻撃は点の攻撃ではなく面の攻撃で、そして私達の立っている足元に広がるのはフーシャ村の建物だ。
つまり、私達は十字架による広大な面攻撃の、その全てを一つの取り零しなく防がなければならない。でなければ、フーシャ村の人々にまで危害が及ぶ。
要するにあのくそったれのサイコパスは私達にこう問いかけているのだ。
「
魔法という神秘。奇跡を扱う者だ等と嘯く生意気な小娘に。
海の覇者。大海賊だ等と呼ばれ驕る犯罪者どもに。
お前達の格とはどれ程かと問いかける。意地の悪い大学教授の出題する質疑応答。
私達に、それを答えないという選択肢は存在しない。
「…ベックさん。マキノは、今どこに?」
「村長の所に預けてきた。今外にいるのは危険だからな。…まあ、そんなレベルの話ではなかったみたいだが…」
「あのヒグマとかいう山賊が来ていたせいで、おれたちがここに来る頃からフーシャ村の人達は全員家屋の中に避難してた。お陰でせっかく帰ってきたってのにみんなの出迎えもなかったしな。今もまだその状態は変わらない。…それが実は幸運だったかどうかは、まだ判らないけど…」
ベックさんの返答に、シャンクスが補足する。相変わらず魔術も使わずどうやってそんなことを把握しているのかは判らないが、しかし今はその能力に助けられる。
「いえ。それは間違いなく幸運なことよ。これならギリギリ…何とかなりそう」
建物の中、特に家の中というのはただそれだけで<聖域>、<境界>の魔術的意味を持つ。吸血鬼が密室に許可なく入れないという逸話や、閉じ籠った本人以外に開けることの出来ない天岩戸の伝承などに代表されるように、内と外は隔絶された別世界だという魔術的認識が働くのだ。故に建物や壁の内外といった領域には結界や守護の魔術が施しやすく、私にとっては外に出られているよりは余程守りやすい状況にあると言える。
「シャンクス。あなた達はあの十字架の雨を切り抜けた後のことにだけ集中しなさい。フーシャ村を含めた防御に関しては、私達に任せて」
「…悪いな。アリス。頼む」
「適材適所でしょ。シャンクス達、こういうの得意じゃなさそうだし。それに私だけの力でやるつもりなんて更々ないしね。完膚なきまでにあれを攻略するには―――ルーミア。あなたの力が必要よ」
私はルーミアに、やってほしいことを耳打ちして説明する。万が一夢美に聞かれて、対策をとられたら厄介だからだ。
「おう!まかせろアリス!」
ルーミアの闇があの十字架に対して有効なのは既に判っている。ならばその力を活用しない手はない。やる気満々と言った様子のルーミアを見て、私は頷く。ルーミアなら、きっとやってくれるだろう。実行すること自体は恐らくできるはずだ。
問題は、―――時間である。
「さあ、私に見せてみなさい!私が敵に回したのは、一体どんな奴らなのかを!」
夢美とちゆりが、掲げていた手を振り下ろす。
十字架の紅い雨が、次々とフーシャ村に降り注いできた―――!
「――戦操『ドールズウォー』!!」
ふわり…と空中に浮き上がり、私はその周囲に人形を召喚することで、紅い雨を迎え撃つ。それも、一体や十体じゃない。100体―――1000体―――
両手から人形に糸を繋ぎ、
私の工房に保管されている全ての人形―――
そして、
「『デヴィリーライトレイ』!!!」
繰り出したのは、先程も放った地対空砲火の弾幕爆撃。ただし今度は、その規模が違う。
フーシャ村はそこまで大きな村ではない。フーシャ村の空を埋め尽くすのに、あの十字架の大きさならば ざっと五千本もあれば十分だろう。『デヴィリーライトレイ』ならば、一発で十字架一本くらいは消し飛ばせると私は計算している。それを約一万四千発、叩き込む。
完全なるオーバーキルであり、そして余ったエネルギーは、当然全て夢美達に向けられる。
彼女の助手のちゆりは言った。彼女の防御魔法陣を削るには、核熱ブレードが必要だと。
ならば、その核熱ブレードとやら以上のエネルギーに指向性を持たせれば、彼女の防御を貫くことが可能だという訳だ。
フーシャ村の守護に使った人形が約六千。つまり残りの約七千の光線は、全て攻撃に充てた。
戦いにおいて一番守りが疎かになるタイミングは、自分が攻撃している時だという。特に有利に戦いを進めている人間ほど、この穴には嵌まりやすい。
敵の油断を、敵が油断している内に、敵の戦力の二倍以上のエネルギーを持って瞬時に襲いかかる。
孫子だのなんだのと語るほど私は兵法に詳しくないが、それくらいのことは、一般常識として心得ているつもりだ。
一発目の『デヴィリーライトレイ』を防いだことで、この技はこれくらいだろうというデータを夢美は取っているだろう。
しかし、今度はその約七千倍のエネルギーを一点にぶちこんでみせた訳だ。
油断を誘い。油断を突く。セオリー通りの一撃。
私の貯蓄魔力の八割を使用した特大の大技である。
傷の一つくらいは、負っていてくれると嬉しいのだけど…。
二十秒もの間光線は空に放たれ続け、その莫大な熱量によって周囲の気温をサウナ以上にまで上げた辺りで放射は止まった。一面に満たされた光が晴れる。
果たして、
「――――っ……!今のは危なかったわ!十字架から身を守るどころか…まさか咄嗟とはいえ、五重に展開した私の防御魔法陣を全て吹き飛ばして来るとは…」
「や…やべえ…。足先が焦げてるぞ夢美様!…私の『次元断壁』が間に合わなかったらと思うと…恐ろしいぜ…」
そうであってほしくはなかったが、やはり、夢美とちゆりは私の最大級の魔力光線を生き残っていた。かすり傷とわずかな動揺くらいは誘えたようだが、それ以上の戦果は無さそうだ。
夢美とちゆりの足元には、今度は魔法陣ではなく、先程マキノの店を二つの領域に分けた透明な空間障壁が張られている。どうやらあれが私の『デヴィリーライトレイ』を防いだらしい。
推測だが、あれは恐らく空間そのものを固定化して障壁とする技術が使われていると思われる。つまり、あの壁だけは、どれ程の高エネルギーをぶつけたところで物理的な手段での破壊は不可能だということなのだろう。あの壁を破壊するには、空間そのものを削り取るような何かが必要になってくる。
絶対防御…というわけか…。まったく次から次へと、よくもまあ対応するものだ。
しかし、そんなことでへこたれてても前には進めない。
よく周りを見渡せ。状況を観察しろ。そもそもの話、あの『次元断壁』が本当に無敵の防御だというなら、最初から魔法陣の防御など使わずにあれだけを使用していれば良い話なのだ。魔法陣の防御と『次元断壁』を使い分けるということは、そこには何か使い分けざるを得ない理由が存在するはずだ。
「うわっ!なんだこれ!一体何がどうなってんだ!?」
声が聞こえたので意識を向けると、マキノの酒場の入り口から、ルフィが外に飛び出してきていた。
こんな危ない場面で余計なことを!と、一瞬焦ったが、しかし同時に、思考がある事実へと至る。
ルフィが外に出ている。…それはつまり、
「…酒場に張られていた『次元断壁』が…消失している?」
時間経過で消失したのか?でも、このタイミングで?
偶然か。でも、もしそうでなければ…。
「あの壁は、一度に複数展開できない…のかしら」
それにもう一つ、あの透明な壁を観察していて分かることがある。
縦三メートル…横五メートル…。盾として使うには、あの壁は必要以上に場所を取りすぎている…とも言えなくもない。
それに何よりその大きさは、
つまり、あの壁は、同時に複数を展開することができず、更には大きさもあまり自由自在に変えることができないということか。それに何より、あの壁を展開するには、ちゆりの手に持つ金属の銃が必要…。となれば、あの絶対防御も、必ずしも攻略不可能ではなくなってくる。
戦い方が、だんだん判ってくる。勝ち筋が、僅かずつでも見えてくる。
やはり、弾幕はブレイン。常識だ。
「流石は魔法使い。と言うべきね。素敵、素敵、素敵だわ!無数に整列する人形の軍隊。こんな光景初めてよ!いいものを見せてもらったわアリス」
「それは、どういたしまして」
夢美は私が自分の攻撃を防いだばかりか、反撃すらも許したというのに実に嬉しそうにはしゃいでいる。余裕の表情は崩れない。それはそうだ――なにしろ、
「もっと、もっと見せてちょうだい?――例えば、その大規模に展開し、空を焼き付くさんばかりに放たれる悪魔の閃光は―――――
単なる疑問。
ああそうだ。最初から判っていた。この意地の悪い大学教授が、
しかし、私はさっきの人形弾幕で、自分の魔力貯蓄の八割を使いきってしまっている。どれだけ急いで魔力を精製しようと、さっきと同じように防御するのは、もう無理だ。
「無尽蔵に出す?はっ!笑わせないでよ夢美。そんなことをする必要すら、もう私にはないのよ。
私は手元に十数体の人形を残して、残りの人形達をすべて工房に戻した。もう。一万体もの人形など、この場には必要ない。この場にいる十数人を守れる人形があれば、それで十分だ。
「な…っ!?これ……は………!」
夢美が、ここでやっと本気の動揺を見せた。私が村全体を埋め尽くしていた人形達を退かしたことによって、
十字架がフーシャ村に降り注ぐ。しかし、十字架は降り注いだ端から深い闇の中に吸い込まれていく。フーシャ村には一切ダメージが届かない。
そう。私が行った人形達の対空砲撃は、全てこの状態を作り出すための時間稼ぎとカモフラージュに過ぎなかった。そしてもちろん、この状況を作り上げたのは―――
「はぁ…はぁ……。やったぞ……アリス。これでもう、夢美の攻撃はフーシャ村には届かないのかー…!」
「ルーミア。あなたは最高よ!」
教授の繰り出す十字架の雨を全て防ぐだけなら私もできる。だが、何度でもできるかと言われればそれは無理だ。私の貯蓄魔力には限界があるし、彼女がどれだけの破壊工作を繰り出すのかわからない以上、不確定要素を排除するためには彼女のあらゆる攻撃を何回でも防げる別の手段が必要になる。
ルーミアの闇ならば、紅い十字架を吸収できることは既に判っている。ならばやることは一つ。フーシャ村の全体に、ルーミアの闇を結界代わりに張ってしまえばいいのだ。そうすればフーシャ村に被害が出ることはないし、あとは自分達の防御さえしていればそれでよくなる。
非常に単純で安易な方法だがそれだけに効果は折り紙つきだ。ただし、それが安易に実行できるかと言えば、そうじゃない。
今までルーミアは、自分の獲得した新しい『闇を操る程度の能力』を操作するために私と修行を重ねてきたが、それでも闇を完全に掌握したというわけではない。能力のブラックボックスはまだまだあるし、それにこんなに大規模に闇を展開した経験だってない。当然展開する闇の範囲が大規模であればあるほど闇の操作に必要な処理能力も上がってくる。今回の場合は、吸い込むものとそうでないものを区別しながら展開しなければならないのだから余計に負荷は大きいはずだ。
成功するとは思っていた。ルーミアならばやればできると信じていた。
でも、私が時間稼ぎをしている間に出来るかどうかは、完全に賭けだった。
それでも彼女はやり遂げた。
ルーミアは、私の期待に完璧な形で応えて見せた。
これを最高と言わずして、なんと言えばいい?
「これで、周りの心配をする必要は無くなった…。シャンクス!」
「おう!まかせろ!―――行くぞ野郎共ォ!!!」
「「「おおおおおおおおおお!!!!!!」」」
二回も降り注いだ紅い雨。その脅威を乗り越えた海の覇者共が、雄叫びを上げて動き出す。
今度は、此方が攻撃をする番だった。
私は一瞬思う。上空に浮かぶ相手に対する攻撃手段を赤髪海賊団は持っているのか?と。しかし、そんな私の疑問はすぐに解消されることになる。
銃撃、砲撃、投擲、斬撃、その他数々の遠距離攻撃に加え、中には空中を跳びはねて上空の夢美達に直接打撃攻撃を加える化け物までいる始末だ。私の疑問は、どうやらただの杞憂だったらしい。
…私なしでも教授に勝てそうだなあいつら…。
まあいいわ。私は真っ黒になった酒場の屋根に降りて、闇を展開するルーミアの元へと駆け寄る。
「どう?ルーミア。新技の具合は」
「うーん…。安定して出せてる…と思うけど、このままだと私はこの技を出すのにかかりきりになってしまいそうなのかー…」
「処理能力がギリギリ…と言ったとこかしらね…。独立した結界として切り離すことは?」
「むー…。むずかしいのかー」
ふむ。状態は安定してるけど、設定を保つのに技を掛け続ける必要があるといったところか。私やルフィ、シャンクス達を吸い込まないように、吸収の対象を限定する必要があるから手が放せない。しかしそれだといざという時ルーミアには自身の身を守る手段が無いということになる。
それは困るし、出来ればルーミアには攻撃にも参加してほしいのだが、逆に言えば
私は少し考える。どうすれば、ルーミアを今の状態から戦線復帰させられるか。
上空で、何だか物凄い爆発音がした。ちらりとそちらに目を向けると、シャンクスが膨大な量の爆炎を剣で上空に巻き上げている。
…ちょっと見てしまったことを後悔した。さっき自分も似たようなことをしていたとは言え、スケールの大きすぎる戦いは端から見てると引いてしまう。
うわぁ…ってなる。
ともかく、私はドン引きついでに一つの答えを導き出した。
「よし、ならば、今の演算状態を固定しましょう」
「そんなことできるのかー?」
もちろんできる。なんたって私は人形遣い。物体操作魔法の達人だ。戦闘ともなれば普段はマニュアルで人形を動かしているが、必要ならば、設定をプログラミングすることである程度自律的に人形を動かすこともできる。
私の家の家事なんかは、そんな風にプログラミングした人形たちがその殆どを行っているのだ。
ルーミアの闇はルーミアの異能だから、どういう風に闇を出すのかには干渉ができない。しかし、闇を出したあとならば、その闇に干渉するくらいのことは私にもできる。
「演算魔法『マジックカリキュレーション』」
私は、ルーミアの出した闇に上から魔法を掛ける。繰り出す技の演算をサポートする補助魔法だ。これで、闇の性質や設定を固定化する。
カシャカシャカシャ!と、タイプライターを打つような音とともに、魔法の波が少しずつフーシャ村全体を覆う闇に浸透していく。
しばらくして、私は魔法の定着を確認する。
「さ、これでよし。ルーミア。手を放してみて」
「お?おー!闇がそのままだ!」
「ん。これでルーミアも動けるようになったわね。この戦いが終わったら、ルーミアは能力を独立して動かす訓練をするとしましょう」
「わかったのかー!でも、じゃあそのためには…」
「ええ。そのためには―――」
あの二人を、完膚なきまでに叩きのめす。まずはそれからだ。私とルーミアは上空の戦いを睨み付ける。
と。
「アリス!ルーミア!おれも!おれにも戦わせてくれ!」
おれもアリスを守るんだ!
酒場の下から、ルフィが私達に自分の存在を主張していた。
私はルフィと顔を見合わせる。
「ルフィ。気持ちはうれしいけど、あなたはあの戦いに、自分が参加できると思う?」
「う…それは…」
私はルフィの修行を見始めてから、毎回のように口を酸っぱくしてルフィに言っていることがある。
自分の力量は正確に把握しろ。
全てはそこから始まる。格下と戦うにしろ格上に挑むにしろ、戦いとは相手によって常に流動する。その流れに対応するためには、私達は常に自分がどこまで戦えるのかを正確に把握しなければならない。じゃないと、手加減することも、限界を越えて戦うことも上手くいかなくなる。
格上に挑むなとは言わない。相手が格上ならば、それに応じた戦い方というのも存在するからだ。戦わないことに最強を見出だせとか、悟りを開いたようなことは教えてないし、そんな境地には私自身そもそも至っていない。
だが、手を出せるかどうかとなれば話は別だ。格上に挑むことは、死にに行くことと同義ではない。手も足も出ずに死ぬくらいだったら、逃げるのも立派な一つの戦法である。
私は工夫すれば、あの小生意気な教授に一発食らわせることくらいはできると確信しているし、ルーミアにも彼女達に対抗できるだけの力は備わっている。
だけど、ルフィには今のところ、彼女達に有効打を当てるだけの実力はまだ無い。酒場では様々な偶然が重なってある程度活躍できたが、しかしあんな偶然は恐らくもう起こらない。
そもそも、ルフィにはあんな風に空を飛んでいる敵に攻撃を届かせることすらできないのだから、おそらく足手まといにすらなれないだろう。
ルフィは基本的にはやんちゃだが、本質的には賢い子だ。勘も鋭い。頭の中では、きっと己の力量と相手の強大さを判っている。
だけど納得はしない。自分にも何かできるはず。役に立ちたいという気持ちが先行して、合理的な判断を阻害する。
懐かしい。と、思う。私が幼い子供だったとき、似たような感情を抱いた経験はあった。
それでもいつか、子供は現実の厳しさを否が応でも知ることになる。立ち向かってもどうにもなら無いときがある。そんなとき、やりたいことではなく、やった方がいいことを選ばなくてはならないときが必ずくる。
そうやって、人は賢さを学ぶ。
だけど同時にこうも思う。チャンスとは平等に訪れて然るべきだと。
ルフィがこの戦いに参加するのは無茶だ。無理に参加したところで役に立つどころか、無意味に危険に飛び込んだ結果として、無茶の度合いに見合った相応のリスクを背負うことになる。合理的に考えれば、安全のためにルフィは後方で避難しているべき存在である。
だけどもし、その無茶が無茶でなくなれば?
ルフィがこの場にしっかりと自分の足で立つことができるようになるならば、私達にルフィを止める理由はなくなるのだ。
子供は成長する生き物だ。可能性の塊と言ってもいい。そして、その可能性を伸ばすことができる存在こそが、私達年長者である。
この状況は、そういう視点に立てばなるほど。
ならば私が今ここですべきことは、ルフィにチャンスを与えることでしょう。相応のリスクからルフィ一人を守るくらいなら、私が少し無理をすればそれでいい話である。ルフィの成長の対価としてなら、それは安い買い物だ。
「はっきり言いましょう。ルフィがこの戦いに参加することはできないわ。今のあなたでは、確実に足手まとい以下にしかならない」
「うぅ…!でもっ!!」
「
「!!」
ここ二週間、私はルフィとルーミアの修行に私なりのやり方で指導をしてきた。その中でも特にルフィには、
ゴム人間という特性を、ルフィに糸を繋いで操り人形にすることで直接教え込んだ。
お陰でルフィはゴムの身体に慣れて、ゴム人間になる以前の調子を大分取り戻している。ゴムが変な方向に延びたりすることはもう無くなった。
けれど、ルフィはまだゴム人間という自身の能力を全く活かしきれていない。今のルフィにできているのは、ゴムに振り回されない動き方だけだ。
だけどもう既に私は教えている。ゴムという性質を活かせば、今以上に格段に強くなれることを。
私は教えている。ゴムの性質さえ掴むことができれば、
ヒントは与えた。後は、ルフィがこのチャンスを掴めるかどうかの問題だ。
「ルーミア。行くわよ。私達もシャンクス達に加勢しましょう」
「わかったのかー。…じゃあルフィ、あとでな!」
「!!………ああ!アリス!ルーミア!すぐに追い付く!」
うん。いい返事だ。やっぱり私の家族ってば最高ね。
危機的状況における爆発力というのは存外侮れない。もし、ルフィに本当に才能と言うやつがあるならば、この戦いでルフィは一皮二皮くらいは剥いてくるはずだ。
できればルフィの成長を促してくれるような明確な練習相手がいれば一番いいのだが、世の中そう上手くは行かない。ひとまずは、置いていかれているという焦りの感情を原動力に自主練をしてもらうことになる。
「…と、言うわけでも…なさそうかしら…ね」
上を見上げて、私は呟いた。あまり認めたくない現実が頭上に広がっている。
どうやら赤髪海賊団は、しばらく見ない間にかなり夢美達を追い詰めることに成功していたようだ。
状況は、いよいよ混沌としたものになって行きそうだった。
~~~シャンクスSide~~~
「―――シャンクス!」
「おう!まかせろ!―――行くぞ野郎共ォ!!!」
おれの掛け声を合図に、
アリスはそれを見届けると、フーシャ村を真っ黒に染め上げたルーミアの元へと駆けて行った。
足元に広がるこの暗闇は、どうやら破壊的な攻撃の類いを全て吸収する効果があるらしい。アリス達には毎度驚かされてばかりだが、もう今日だけでも驚かされ過ぎて、だんだん感覚が麻痺してきているのを実感する。多分今日最も驚くべき現象の一つが目の前に広がっているのに、最早大して動揺もできやしない。
ちらり、と左肩を見る。何度見ようと、左腕が無くなっているという事実は変わらない。アリスを守るために失った腕だ。失ったことに後悔はない。だけど、これからその腕を奪ってくれた強敵と戦わなければならないとなれば、今のこの状態をしっかりと確認しておかなければならない。
アリスは一見さばさばしているようで意外と情が深い。ちょっと見聞色で覗いただけで、「何がなんでもあのくそ教授に止めを刺してやる」というオーラをひしひしと感じる。それはおれの仲間達も同じなのだが、不思議なことに、一番の被害者であるはずのおれ自身の怒りはもう既にほとんど収まってしまっていた。周りが激怒していると、当事者というのは存外冷静になってしまうらしい。
まぁそうは言っても、アリスを理不尽に拐われそうになったことに対する怒りは当然あるわけで、アリスに呼び掛けられた時にも「別におれが倒してしまっても構わんのだろう?」くらいは言っても良かったと思っていた。だけど、アリスの心の声が「私は一旦ルーミアの様子を見に行くからシャンクスは足止めしといて!絶対足止めだからね!?守られた私が仇を討つんだから私がぶっとばす前に終わらせたらお前をぶっとばす!」と、あまりにも本末転倒な
もちろん、アリスはおれがアリスの心(というか、感情?)を読んでることなんか知らないわけで、実際にアリスがおれに「足止めに徹しろ」と命じたわけでも何でもないわけだから、おれは自分の仇を自分でとっても何ら問題は無いはずだ。だけど、まあここまで想われてるんだったら、アリスに決着を任せてみるのも面白そうだなーなんて思ってしまうおれは、果たして甘い男なのだろうか?
そんなことを思いながら、おれは腰の鞘から愛剣のグリフォンを抜き、上段から振り下ろす。
「ぐっ…!痛っ!これだからこの世界の『覇気使い』ってやつは厄介ね…。いとも簡単に私の防御を叩き斬ってくれちゃって…!」
おれの繰り出した斬撃は、ユメミの盾をかち割るが、傷を負わせるには至らなかった。ただし、盾が割れた衝撃で腕がしびれたらしくプラプラと腕を振りながらユメミは空中を後退する。
その間にも銃弾や投げナイフなど、クルー達の攻撃が次々とユメミに襲いかかるが、それらの攻撃をユメミは自在に飛び回って避け、盾で防ぐ。
「今度は私の番よ!これでもくらいなさい!」
ユメミは再び不思議な模様(魔法陣?)を浮かび上がらせると、三本の紅い十字架をこちらに飛ばす。おれは空気を蹴りあげて踏み込み、斬撃を飛ばすことで十字架を細切れにした。
「あー!もう!光子の塊を剣で斬るとか!これだからこの世界の科学は嫌いなのよ!神秘や謎なんか微塵もないくせに現象だけは私の世界では不可能に近いことを引き起こすんだから!」
なんだかよくわからない視点から怒っているらしいユメミは、懐から試験管を取り出す。
「じゃあもうこれでも食らってなさい!」
そしてユメミは、そのまま試験管を投げつけた。くるくる回りながらこちらに飛んでくる試験管をどうしたものか、一瞬迷う。一見空っぽに見えるが、試験管には蓋がしてあるのだから中に何か入っているのは確実だろう。となると、無闇に叩き斬ってしまうのも躊躇われる。
おれはユメミの行動を見聞色で読もうと意識を向ける。が、何故かユメミの周囲に靄のようなものがかかって見聞色が上手く機能しない。仕方がないので普通に手でキャッチしようとして、そういや今のおれは片手が塞がったらものをキャッチできなくなる身体になっていたことを思い出した。
「あ、やべ」
さっきさんざん注意して戦おうと意識してたってのにもうこの様か。こりゃあ慣れるのに時間がかかりそうだ。
そんなことを思っているうちに、くるくると回る試験管の蓋がとれた。ちょっと投げたら遠心力で蓋が外れるほど、この試験管の蓋が緩かったのか?そう思った次の瞬間、
試験管は、おれの目の前で大爆発を引き起こした。
ドガアアアアアアアン! と、大きな爆炎がおれを包もうと迫る。だからおれは、
「わっはっは!何一つ混じりっけのないエネルギーの本流よ!これで少しはダメージの一つも入るってもんでしょう!」
「あっつ!熱い!ふいー…。危なねえ危ねえ」
だからおれは、
「どーゆー原理でそーなった!? いや!魔法と違って原理は判るけどもしかし科学者としてその事実を認めたくはない!!」
「原理とかそういう難しいことはよくわからんが、ワノ国じゃあ、こういう爆炎を斬ったりする剣の流派を"狐火流"と呼ぶらしいぞ」
「流派なんてのはどうでもいいのよ!まったく。本当に、この世界の実力者は脳筋物理一転突破な超人どもの集まりなんだから…」
「人のことを言えた義理じゃあ無いと思うがなァ…。ユメミ。おまえの科学力とやらも相当だぞ」
「私はいいのよ天才だから。脳筋じゃないし。私が文句をつけたいのは、この世界の、大した科学力も有しないのに生身で化学兵器に匹敵する力を発揮する超人についてなんだから」
理不尽にキレるユメミに呆れていると、少しはなれたところでクルー達の攻撃を捌いていたチユリが声を上げる。
「ちょっ!?夢美様!?その試験管って、確か【窒素】が入ってたやつだろ!?止めろよそーゆー制御不能の危険物を扱うのは!」
「なによ。ちゃんと分量配分は計算してるから全然制御不能じゃないわよ。それに防がれてるし…。いや、もっと威力を上げればその限りでもないかしら?」
「やーめーろーよー!こっちが巻き添え食らうやつなんだぜそれはー!」
相変わらず専門用語が飛び交っていてユメミ達の会話は殆ど理解ができない。判ることと言えば、さっきの試験管に入っていた爆発物は存外危険なものだということくらいか。一応警戒して爆発と同時に身体全体に軽く武装色を纏っているが、もう少し続けといた方がいいかもしれない。
「待て、お前ら。窒素とか言ったか?」
と、そこで、建物の屋根から二人を狙撃していたベックマンが、質問を投げ掛ける。
「窒素って言うと、空気中に七割は含まれているっていう、あれのことか?」
「ん?ええ。そうよ?厳密には違うけど、構造上は窒素で間違いないわね」
ベックマンは訝しげな顔を浮かべる。
「…なんで窒素が爆発するんだ。試験管の中で圧縮でもされていたのか?」
「それも、ノーよ。むしろあの試験管の中身は擬似的な真空状態に近いわね。【窒素】自体は、試験管の中央くらいに数ミリグラムしか入ってないでしょう」
要領を得ないユメミの回答に、ベックマンは困惑する。またぞろあいつは、何だか難しいことを考えているらしい。
「なら、ただの窒素が何故そんな大爆発を引き起こす」
「ただの窒素じゃないからだぜ」
ベックマンの疑問に、チユリが答えた。
「空気中にある窒素と試験菅の中に入っている【窒素】じゃあ、同じ窒素でも、それを構成してる電子と陽子の電荷が逆なんだぜ」
反物質なんだよ。それ。
チユリはいかにも恐ろしいもののようにそれを語るが、反物質とやらがなんなのかよくわからないおれではそれを聞いてもいまいちピンとこない。ベックマンなら判るのだろうかとそちらを見ても、どうやらあいつもいまいちよく判っていないようだった。
「あーもー!教えがいのない奴らだなー!とにかく!その爆発は危険なんだ!悪いことは言わないからおまえら全員武装色とやらで身を固めておくんだぜ!じゃないと対消滅で発生した放射線で身体を蝕まれるぞ!」
チユリの焦ったような表情を受けて、うちの船員達は警戒して各々武装色を張る。張れない船員達もそれなりにいるのだが、逃がした方がいいのだろうか…。
「全く失礼な。私の『対消滅くん(試験版)』はエネルギー効率に特に重点をおいた試作品なのよ?質量を殆ど全部純粋なエネルギーに変換できるように苦心した逸品なんだから、言うほど
「殆どとか筈とか!そーゆーのが事故に繋がるんだって何度も言ってるだろ夢美様!?流石に私もむやみやたらと人殺しをするほど非人間にはなれないんだぜ!自分の身体も大事だし!」
「それはあれかしら?どうせ賊だからって理由で邪魔な山賊とか海賊とかを殺しちゃう私は人間じゃねえ!っていう、皮肉かしら?」
「まあ、夢美様は夢美様だから、仕方ないんだぜ」
「まずあんたから始末してやろうか!」
仲間割れ…と言うほどでもないが、諍いを起こすユメミとチユリ。アリスが合流するまでの時間稼ぎをしたい身としては都合がいいが、話している内容がどうにも物騒なのが気になるところだ。
…やっぱり、余計なことされる前に倒しておくべきか?
とはいえ、こちら側は常に一定量二人に攻撃を加え続けている。放っておいても数の戦力差で押しきれなくもなさそうだが…。
ユメミやチユリの動きをしばらく観察して、判ったことがある。あの二人は、
単純に強くないと言うのはもちろん語弊があるし、おれたちにとってもあの二人が強敵であることには間違いないのだが、こと身体能力に限って言えば、あの二人の実力は一般人に毛が生えた程度だと思われる。
空中を飛び回ったり、物凄い速さで移動したりと常人離れした動きもあるが、恐らくそれはご自慢の科学力とやらで後付けされた性能だ。
勿論後付けされた性能を使いこなす技量や、おれの覇王色にまがりなりにも対抗して見せた精神力など個人として秀でている部分も多いが、科学力という外殻を剥ぎ取った一人の人間としての彼女達はそこまで強いとは言えない。
そして、彼女達の繰り出す様々な攻撃。紅い十字架、魔法陣の防御、透明なバリア、レーザービーム。それと、斥力と重力とメイドロボットだったか。更に今繰り出された何やら追加効果のあるらしい爆発物…。実に多彩で厄介な技の数々だが、一つ一つに注目すると、攻略不可能なまでに圧倒的な技は一つもない。
付け入る隙はあるし、頑張ればこちらの攻撃も届く。
複数人の能力者と戦ってるようなものだ。それも
相手が年端も行かない少女というのもあるし、自惚れるわけではないが、此方側が少々戦力過剰ぎみというのもあって、おれは少し気を抜いていた。
「あーもー!うっとおしい!流石にこれだけの人数を捌くのは無理があるわね!やっぱり見聞色ってチートだわ。こんな即席の乱闘でもチームワークが完璧にできちゃうんだもの!」
いい分析だと感心する。そう。一般的に見聞色の覇気と言えば、敵の気配を探ったり敵の行動を読んだりという用途にばかり使われがちだが、なにも敵の気配を読むばかりが見聞色じゃない。味方との連携。見聞色の覇気が最も役に立つのはまさにそこだ。咄嗟の事態や瞬時の機転。そういったことを味方が汲み取って動いてくれたり、また、汲み取ることができるというのは集団戦闘においてこの上ないアドバンテージになる。
ユメミはかなり覇気に詳しいようだ。とはいえ、彼女が覇気を使ってくる気配はないから、知っていることと使えることは、必ずしも一致しないらしい。
「ただの人間がこんなこと出来るって言う方がおかしいのよ。もちろん機械を使えば再現はできるし、最低限の対処くらいはできるけど…。やはり二人だけで赤髪海賊団全員に挑むのは早計だったわね…」
ぶつぶつと、ユメミが呟く。最低限の対処か。もしかすると、ユメミの行動が見聞色で読めないのは、そこら辺が関わってくるのかもしれない。というか、人に教えるのが好きだとか言っていたからひょっとすると、素直に聞けば教えてくれるかもだ。
時間稼ぎついでに、おれはユメミに聞いてみることにした。
「最低限の対処ってのは、あれか?おれがユメミに対して見聞色を上手く使えないのと関係してるのか?」
「ん?あらあら。シャンクスってば、私の心を読もうとしてたの?乙女の内面を盗み見るとか、変態ね」
「はっはっは!おまえさんの内面が乙女なんて可愛らしいものなんだったら、覗きがいもあるんだけどな!」
ユメミはおれの質問に軽口を返した。はぐらかしているのか?と一瞬思ったが、どうやらそうではなくただ会話の糸口を軽口にしただけだったようだ。
「まあ、そうね。この世界の『覇気』については、殆ど解析ができているから、対策も建てられるのよ」
「ほう?というと?」
覇気の解析ときたもんだ。俺たちが普段から使っているものではあるが、どんな役割がその能力にあるかはともかく、どんな仕組みでその能力が成り立っているのかには、多少興味がある。
「『覇気』。まあ、覇王色は少し例外だけど、見聞色や武装色の覇気ってのは基本的に、人間の五感の一つである『触覚』の延長線上にある能力よ」
ユメミは大学教授の性か、覇気の講釈を語る。
「見聞色の覇気は、簡単に言えば『生き物が発する微弱な電磁波を感じ取る力』よ。触覚を鋭敏化させることで、微弱な電磁波を認識する能力。
「思考する生き物は基本的に電気信号によって考えたり身体を動かしたりするの。だから、その電気信号から漏れた微弱な電磁波を解析できるように力を伸ばせば、他人の行動や思考をある程度読み取ることができるようになる。
「異常なほど強大な肉体を持つような奴らや異常な身体能力を発揮するような奴らは必然的に神経も異常発達しているから、そこを通る電気信号も強者特有のものになる。だから、見聞色を使えば相手の実力なんかも読みとることができるようになるの。
「そして何より周囲から電磁波を取り込んで、様々な要素を情報として取り込めるようになれば、より精度の高い未来予測を可能にする化け物も現れることになるわ。まさに、擬似的なラプラスの悪魔とでも言ったところでしょうね」
電気を操るとか、電気そのものになれるような能力を持つやつがいれば、更にとんでもない感度でこの見聞色の覇気を使えるかもしれないわね。と、ユメミは笑う。
「だから、こんな風に電磁波をジャミングすることで、見聞色は対策することができる」
そう言ってユメミが取り出したのは、一匹の電伝虫だった。
「それは…!盗聴防止用の白電伝虫か!」
ベックマンが衝撃の声を上げる。え。嘘だろ?あんなので見聞色って破れるものなの?
「そのまんまじゃあ、無理だけどね。普通の白電伝虫の妨害電波は電伝虫の通信波形に合わせてあるから、それを私の脳波の波形に合った波長にアジャストする必要があるの。ま、普通のジャマー装置でも十分なんだけど、この世界の科学を攻略するならこの世界の科学を使うのが一番楽なのよね」
いや、さらっと言っているが、それってもしかして、俗に世紀の発見とか呼ばれる類いの事実じゃないか?なんだか大分やばい情報を聞いてしまった気がする。
ユメミは、更に続けた。
「一方、武装色の覇気は簡単に言うと、『粒や波の集合体を塊として触れるようにする力』になるわ。触覚を鋭敏化させるという点では見聞色と同じだけど、
「実体を持たない粒や波は、固体と比べて物に衝突したときの反発力、つまり斥力が少ないから空振ったように感じることになるのよ。なら簡単な話で、触れた先の物体と自分の間の反発係数を上げてやれば、粒や波の集合体を塊のように触ることができることになる。
「ではそのためにはどうすればいいのか。私達の日常生活において、<触れる>という行為は全て電磁気力によって起こっているわ。電磁気力による斥力がなければ、触れた先からどんどん物体同士が一体化していってしまうことになる。
「そして電磁気力というのは、光子の交換によって作用される物理現象のことを言うのよ。要するに、
「つまり、武装色の覇気とは、周囲の光子を利用することで対象との間の反発エネルギーを増大する能力なのよ。故に、
「そして、そもそもの仕組みとして、武装色の覇気は周囲の光子を吸収することで光子の交換量を増やしている。つまり、武装色を使用した部分は光の反射量が極端に少なくなるの。
専門用語が多すぎて、正直おれはユメミの講義の一割でも理解できてるとは言いがたい。
だが、ユメミの講義には、まるでおれたちが信を置いてきた力が次々と解体されていくようなそら恐ろしさを感じた。
ユメミは続けた。
「
「っ………!!」
くいくい、と、ユメミが挑発するように手招きをする。
おれは、グリフォンに覇気を込めた。グリフォンが、黒く染まる。
そして、そのまま、おれはユメミに斬りかかった。今までの様子見のような立ち合いとは違う。本気で、ユメミをそのまま斬り殺すつもりで、グリフォンを振り下ろす。
ユメミは、それに対して先程と変わらず盾を出現させることで対応した。
…いや、違う。この盾は、
カキン…、と、軽い音がして、グリフォンの軌道は、漆黒の盾に阻まれた。
なん…だ。この手応えは…。まるで、斬撃のエネルギーが、
「私の<科学魔法>はね、基本的には光子と光波から形作られているの。私の魔法陣による防御も光子の斥力を応用した物だから、武装色の覇気と原理的には同じような物なんだけれど、どうもあなたのそれ相手だと出力負けするみたいなのよね。でも、
「これは…まさか…ルーミアの…?」
「ピンポーン。60点。厳密には、ルーミアちゃんの闇は重力で、私の魔法陣は電磁気力っていう違いはあるけれど、どちらも引力を用いてることには違いがないからね。電磁気力は重力と違って、引力と斥力両方の性質を併せ持つし、しかも、電磁気力の力の比率はなんと重力の1038倍!エネルギー効率が段違いだったりするのよねぇ」
引力は斥力で相殺できると、そう言ってユメミはルーミアの引力に対抗した。
今回はその真逆だ。
これが、武装色の覇気の攻略法か―――!!
「そう。
嫌な予感がして、おれはグリフォンを退いて後退しようとした。しかし、
たった一瞬の遅れだった。おれがグリフォンの柄から手を離すのと、ユメミの空いている方の掌がおれの顔面に突き出されるのが同時だった。そして、掌には魔法陣が―――!!
バンッッッ!!! という音とともに、おれの視界が激しく振れる。おれはグリフォンから手を離した状態で、後方へと吹き飛ばされた。
これは、…この感覚は―――!!
「っ―――!!そうか…!斥力の放出…。なるほど…!
「そう。光子を一ヶ所に極限まで集め一息に放つ。そうすることで、対象の外殻に関係なく斥力のエネルギーを十全に浸透させる―――
今まで、おれはどこか気を抜いていた。
相手が年端も行かない少女であるというのももちろんある。だけど、何よりも、科学という見慣れない力を使う相手の力というのが、おれにはいまいちピンと来ていなかったのだ。
いくら見聞色で計っても、ユメミ達自身の実力はそこまで強いとは思えなかったし、ジャミングのせいで正確な見聞色が邪魔されて、未来を読もうにも材料が足りなかった。
底知れない未知の不気味さはあっても、それはどこか遠いことのように感じて身近な脅威というものはいまいち感じ取ることが出来なかった。
こっちは既に腕をもぎ取られてるってのに、なんて様だ。
理解した。たった今、完全に理解した。身近な脅威をその身で受けて、遅ればせながら理解した。
足止めとか仇を譲るとか、そんな悠長なことを言えるような敵じゃない。一刻も早く片付けるべき天敵だ。
数の戦力差で、すぐにでも押し切る!
だけど、それでもやっぱり、おれは気付くのが遅すぎた。
「お、やっと本気の目になってきたわねシャンクス。ふふ。これで更に、実験を楽しむことができそうね」
でも――このままだと私達、兵力の差ですぐに負けちゃうから――。
夢美は、そう言って、パチン!と、指をならす。
上空の、空間が歪む。空が渦を巻き始め、その中心から、
「うっわ。夢美様のやつ、可能性空間移動船なんか持ってきたってことは、アレをやる気かよ…。大人げねー」
ちゆりがドン引きしたような表情を浮かべるのと同時に、空飛ぶ戦艦から、大量の人影が降ってきた。
「…………………………………は?」
一瞬、何が起こったのか、その理解を、頭が放棄した。
だけど、何度も見返そうとその現実が変わることはない。間違いない。
厳密言うと、50人のメイドロボット、50人の北白川ちゆり、そして、50人の岡崎夢美が、船からこちらに降りてきた―――!
「私は比較物理学者岡崎夢美。使う科学は<魔法科学>。使用する武器は正の光子と正の光波、その他科学の力多数。そして、天才科学者たるこの私にかかれば、
夢見の台詞を受けて、おれの心に、一つの感情が浮かび上がる。
これは、久しく感じたことのなかった感情だった。懐かしい。ロジャー船長の船で修行をしていた、見習い時代を思い出す。
ああ、これだ。そうそうこんな感覚だったよ。初めておれが白髭のおっさんの前に立ったときも、この感情がまず先に立った。これこそが、久しくおれが感じたことの無かった―――
ぶるりと、身体が震えた。
恐怖による震え?いや。それは違う。
絶望感とは、それを覆すためにある感情だ。恐怖に足が竦むなんてとんでもない。むしろ逆だ。
この敵に、おれはどこまで戦えるだろうかと、
自分もそろそろいい年こいたおっさんだ、そんなことは分かっている。分かっているのに、大人げなくも。
武者震いを止められない自分が、そこにはいた。
To be continued→
注意書。
この話はフィクションです。実際の科学、魔法、東方Project、ONE PIECEとは、ほとんど関係がありません。
私は文系です。ので、科学のことなんかこれっぽっちもわかりません。どうかこの話の科学知識を真に受けないでください。どこが間違ってるか分かったものではありません。覇気の科学的解釈とか、ネタ以外の何者でもないので、「なんだ、覇気って実際にできそうじゃん」とか言って真似しないでください。大変危険です(できねぇ)。
という、前提条件をご理解していただいた上で、少し補足を。
☆よくわかるエセ科学コーナー☆
~反物質編~
本文中で反物質の説明がいまいちなされていないようだったのでこの場で、「反物質ってなんやねん」という問いに少しだけ答えたいと思います。
反物質というのは、簡単に言うと主に原子を構成する陽子や電子の電荷がプラスマイナス反転している物質のことを差します。反中性子に関しては、電荷は中性子と同じ0なのですが、構成する粒子のいくつかの値がやはりプラスマイナス反転しているようです。
この反物質なのですが、この世界に物質と同じ数だけあるとされているのですが、この宇宙には殆ど存在が確認されておりません。というのも、この反物質、物質と接触すると接触した先から対消滅を起こしてしまうのです。本文中で言うなら反窒素である【窒素】は、空気中の窒素と触れた瞬間にお互いに質量を消失させてしまい跡形もなく消えてしまいます。同じ原子同士でなくても、陽子や電子が反応してやはり消えます。だから、一説として、この宇宙にはないけど何処かにあるはずの反物質達は、宇宙の外にあるのではないかと言われています。
問題は、質量物体が消失すると、その質量がエネルギーに化けてしまうところにあります。
エネルギー=重さ×光速度の2乗
というアインシュタイン博士が提唱した有名な式がありまして、重さがエネルギーになるとそのエネルギーの数値がかなり大変なことになってしまいます。
具体的には、五グラムの質量をエネルギーに変えると東京ドーム一個分の氷を蒸発させることができるそうです。ちょっと何言ってるかよくわかりませんね。とにかくすごいということがなんとなく解ります。
質量をエネルギーに変換しているものの代表例として、原子力発電所が挙げられます。核エネルギーと言われているあれは、質量の消失から発生するエネルギーのことなんです。とは言え、現在最も質量消滅エネルギーの効率が良いとされる核融合でも、使われる質量のうち1/1000しか質量をエネルギーに変えることはできません。
対して、反物質と正物質の対消滅は、100%質量をエネルギーに転換できます。計五グラム使ったら五グラム分の質量がエネルギーになります。
ただし、それでも発生したエネルギーの一部はγ線等になったりするので、エネルギーを完全に回収するとかは難しいみたいです。あとγ線は普通に浴びたら死ねます。大抵の人はγ線を浴びる前に死ぬので大した違いはないかもしれませんが…。
この作品では武装色の覇気でγ線が防げるみたいですが、電磁気力の反発力でγ線が防げるのかとか私は知りません。防げなかったらシャンクスが被爆するだけです。そんなわけないやろという突っ込みに関しましては、「なっとるやろがい!」と逆ギレすることしかできません。
というわけで、反物質の補足解説でした。
覇王色の覇気の解釈やってなかったけど、一応考えてはあるのでそのうちどこかでやると思います。