アリス イン ワンピースランド   作:N-SUGAR

3 / 10
第三話 強襲!フーシャ村に海賊あらわる!

「―――そうして、スノーホワイトは晴れて王子様と結ばれました。二人は立派なお城でそれはそれは華やかな結婚式を挙げ、その後、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

私とルーミアがフーシャ村に住むことになってから十数日。私は村の中でもよく人が集まるマキノの酒場の一角を借りて、子どもたちに向けた人形劇を開いていた。別にお捻りは貰わない。完全なる趣味の開演だ。

 

ここは異世界だ。つまり、私達が常識として認識している世界的に有名なお伽噺を知っている人間は、この世界には一人もいない。

 

勿論この世界にも独自の民間伝承は沢山あるし、中には私の知っているお話と非常に似通ったお話もある。それでも流石というか、私達の世界で人気だったお伽噺はこの世界の子どもたちにもおおよそ好評を博していた。

 

ま、そうは言っても私の人形劇は、お伽噺というものに多く含まれがちな残酷な描写をほぼほぼカットしているから、原作の受けが必ずしも良いとは限らないのだけどね。

 

スノーホワイトと王子様の人形が華やかな宮殿を背景にペコリとお辞儀をして終わったこの「白雪姫」にしたって、本来ならこの後、意地悪お后さまが熱せられた鉄の靴を履かされ死ぬまでタップダンスを踊るというあまりにも風情がないラストイベントが待ち構えているのだ。

 

西洋のお伽噺には幾つかの決まった様式がある。恋の成就、ハッピーエンドは勿論のこと、中でも欠かせないものが、勧善懲悪という様式である。

 

物語の悪役は最後には非業の最後を遂げなければならない。

 

寝物語として、そんなある意味では残酷とも言えるような結末を子ども達に聞かせるのは、物語の悪役達のように酷い目に合いたくなければ悪いことはするなと子どもに教え込むためである。しかし私から言わせてもらえば、幾らなんでも話の最後に残酷な描写を持ってきてしまうのは物語として美しくはない。意味はあっても、それは意味があるだけだ。

 

同じ「だけ」なら、美しいだけの方が、そちらの方がまだ私の好みだ。

 

お話の終わりには、因縁の相手と和解して宴で酒でも酌み交わす。そんな最後こそが、実に理想的なハッピーエンドで、なんとも()()()()()んじゃあないかしら?

 

もしくは悪役がすたこらと逃げ出してひたすらとんずらこきまくるような、その後の痛快逃亡劇を描いてみるというのも面白いかもしれない。しかも最後にはちゃっかり逃げ切っちゃったりなんかしてね。

 

子どもに聞かせるお伽噺なんだから、せっかくのハッピーエンドを血で汚すなんて無粋もいいところ。私の人形劇では、そういうシーンはオールカットだ。

 

さて、長々と語ってしまったが、こうしてしばらくの期間をこっちで過ごせば、自ずとこの世界の情報もある程度は入ってくる。

 

特に今私がその一角を借りている酒場の店主であるマキノは、ここに来たその日の宴会中に私と大分仲良くなってくれたのでかなり多くの情報を聞かせてくれた。

 

私達はこの村では、かなりの山奥に引っ込んでいたため世間のことが何一つ分からない田舎者という体で村人達と接している。そのためこの世界の基本情報を仕入れるのにたいした苦労はしなかったが、なんでもこの世界は今、ある一人の海賊の死に際の一言を切っ掛けに大航海時代ならぬ大海賊時代に突入しているらしい。

 

海賊王と呼ばれたその男。ゴールド・ロジャーはなんでも、自分の貯めに貯めた財宝をこの世界の何処かに隠してしまったのだそうだ。その財宝は一説によれば、手に入れることによって莫大な富と名声を手にすることが出来るらしい。その一言があってからというもの、数多くの海賊達がもろ手を挙げてその財宝回収レースに参加したというわけだ。

 

まあ要するに、今の世の中は海の治安がすこぶる悪いということだ。フーシャ村は辺境ののどかな村だが、一応港町でもあるので注意が必要だろう。全く、今は亡き海賊王とやらも、随分と余計なことをしてくれたものである。

 

そんな情報収集の傍ら、幾つか意外な事実も判明した。

 

まず、海軍のお偉いさんであるガープさんについてだが、彼の所属している海軍というのは、別にこの国の軍隊というわけではなかったようだ。そもそも国から忘れられている辺境のこの村に、ゴア王国の軍隊がやって来ることなどそもそもないらしい。

 

海軍というのは、どうも全世界170ヵ国以上の加盟国からなるこの世界最大の組織、世界政府で運営されている多国籍軍のことを指しているようだ。

 

この海軍というのは、世界政府加盟国を中心に世界各国に支部が置かれ、海賊などの脅威から市民の平和を守っているのだとマキノから聞いた。

 

初めにそれをマキノから聞いたとき、そんな一大組織のお偉いさんがちょくちょく訪れる港町が何故国から忘れ去られているのかちょっと意味がわからなかったが、そもそもあのガープさんが公務でここに訪れているとはとても思えなかったので、まあそういうこともあるかと後から思い直したのはかなり記憶に新しい。

 

あと、更に身近な所で驚いたのはルーミアのことだ。

 

あの子、昼と夜、明かりの有る無しで頭の働きが雲泥の差なのである。

 

本人曰く、光があると肌は荒れるは枝毛はできるは頭はボーッとするわろくに動けなくなるわと、とにかく大変なことしかないらしい。まず口調からして違ってくるのだ。光があるときは変に間延びした口調だったのが、光を遮ってやると普通に話し出すのである。

 

正直かなり面倒くさい性質だ。いくら雑魚妖怪だからってそんな爆弾抱えていたらろくに住人付き合いもできやしない。昼間に外に全く出てこないで、私が虐待を疑われてはたまらない。とりあえずルーミアにはすぐに日傘を与えることにした。

 

「あれー?これ差したらなんだかあんまり眩しくなくなったのかー」

 

という間延びした声はその時のルーミアの言だがさもありなん。この日傘は私が昔、どこぞの紅い館の吸血鬼のために作った魔法の日除け傘なのだ。日光が妖怪に与える有害成分を大部分カットしてくれる優れものである。実際に館の主からは好評を戴いているし、その友人の魔女から幾つか魔導書を譲って戴くことにも成功している。私はどこぞの自称魔法使いと違って一方的に本を強奪するなんて野蛮な真似はしないのである。ギブアンドテイクは魔法使いの基本だ。いつか魔理沙の奴にもそれを判らせてやらねばならない。

 

どうやらこの日傘は間延びした口調こそ直せなかったものの、見事にルーミアのお気に入りになることに成功したらしく、ルーミアはその後昼の内は、外でも室内でもずっと日傘を差すようになった。今もルーミアは私の人形劇の最前列で村の子どもたちに混じって日傘を肩に掛け楽しそうに拍手喝采している。

 

確実に浮いているので室内くらいは傘を差さないでいてほしいものだが、例え室内であろうとも光があると頭がボーッとするらしいので、そこら辺は個性の一言で村の人達に納得してもらうしかない。実際にルーミアの日傘について村の人達が何かを気にすることはなかった。本当に、ここの村の人達は受容能力が高すぎると思った。

 

さて、そんなこんな平和な日々を過ごしていたわけだがしかし、この日に限っては、どうやら平和なだけというわけではなかったようである。

 

「おい店主。注文だ。酒と食料。それと金目の物をだせ」

 

それは、人形劇が終わりしばらくして、私とルーミアの二人で酒場のカウンターに座り、マキノと楽しくお喋りしていた時のことだった。

 

ぞろぞろと、物騒な格好をした男達がやって来たと思ったら、そのうちのリーダー格とおぼしき男がなにやら小粋な注文をし始めたのだ。

 

他の客を押し退けてまでテーブルに座っていたので一瞬熱心な上客だと……は、別にまあ思わなかったので、これが所謂この世界の海賊という奴なのだろうとただ納得した。ここは辺境の村なのでちょくちょく海賊や山賊が来るとは言われていたが、大半は刺激さえしなければ普通に来て普通に去っていくという。

 

しかし極たまに、やはりこういう手合いも訪れることはあるそうだ。そういう場合どう対応するのが村として正解かというと――――。

 

「いらっしゃいませオキャクサマ。残念ながら当店ではお酒とお食事はともかく、金目のものの取り扱いはしていないわよ?」

 

「ア、アリスさん?」

 

とりあえず、小粋な注文に対しては小粋に返すのが、都会派魔法使いとしての礼儀だろう。村としての対応?私、ここに住み始めてまだ十数日だからそこら辺はまだよく分からないのよね。

 

「マキノ。こちらのオキャクサマ、私が対応してもいいかしら?」

 

「いやいや。アリスさん!貴女べつに店員じゃ…」

 

「そうね。私は店員じゃないわね。むしろ店長よね。さあオキャクサマ?注文がしたいのだったら、そこにメニューがあるからそこから頼んでくださるかしら?」

 

「女…。お前、ふざけてんのか?」

 

海賊の男達が一斉にこちらに睨みを効かせてくる。腰に指しているナイフやサーベル。中にはピストルにまで手をかけている者もいる。

 

テーブルマナーがなってないわね。大体飲食店に来ていきなりメニューに無いものを注文する客の方がよっぽどふざけている。そういう裏メニュー的なことはもっと常連になってからやってもらいたいものだ。

 

「言葉には気を付けた方がいいぞ?ほら。これを見ろ」

 

そう言うと、リーダー格の男は懐から何やら紙っぺらを取り出した。どうやらこの男の手配書のようだ。私の家の壁にも似たようなのが貼ってある。まあ、あれは自作の手配書なんだけれども。一応あれに書いてある指名手配犯の魔理沙をふん縛って連れてきた人にはお小遣い程度の賞金を渡す用意はある。そんなことがあったためしは結局一度たりとも無かったのだけれどね。

 

とりあえず、一応受け取って見てみた紙には、「カマッセ・ドッグ」という名前と、目の前の男の写真。それから500万ベリーという懸賞金と、最後にDEAD or ALIVEの文字がでかでかと表記されていた。

 

「どうだ?これでもまだそんな生意気な口がきけるか?俺は優しいからな。今誠意を見せておけば、貰うものだけ貰って見逃してやってもいいぞ?」

 

指名手配の海賊カマッセは、不精ひげを撫で回しながらいやらしい笑みを浮かべ、私を舐め回すように見る。誠意とやらにこの男が何を期待しているのか知らないが、私はといえば、カマッセが期待しているであろうこととは全く関係ないところで戦慄していた。

 

「こ……この男をふん縛っただけで500万ベリーが手に入るですって!?ちょっとルーミア!私達ここに来ていきなりちょっとした小金持ちになれるかも!」

 

「おー!ご馳走がいっぱい食えるなー」

 

「ちょっと!?アリスさん!?ルーミアちゃん!?」

 

私の言葉に喜ぶルーミアと戸惑うマキノ。まあ、マキノの気持ちも分からないではないが、できればその心配が杞憂であることをさっさと教えてあげたいものだ。流石に彼我の実力差も見抜けないようでは、幻想郷でさえ生き抜くのが難しくなってしまう。相手の気配を読むこと、相手の動きを読むことは、弾幕少女達の基本中の基本である。少なくともこの程度の人間にやられるほど私は柔じゃない。

 

だからこそ、ガープさんに初めて遭遇してしまった時は肝を冷やしたものだ。間違いなくただの人間の筈なのに恐ろしく強い気配を放っていたあの人に、私は恐怖した。霊夢のように巫女としての霊力を持つわけでもなく、魔理沙のように魔力を生成しているわけでもなく、蓬莱人のように不老不死のわけでもない。文字通り、素で強いあの人に。

 

それ以外の変な小細工を必要としていない。あの老人が、恐ろしかった。

 

もしあのレベルの人間がこの世界にゴロゴロいるようだったら、いくら私達と言えど人生、いやさ妖生を悲観する他無くなってしまうところだった。

 

私達妖怪は、それぞれに特別な力を持っていて、素で人間よりも強いから妖怪なのだ。身体能力だけで妖怪を凌駕されたらこちらの商売が行きいかなくなる。

 

とてもじゃないが、そんな修羅の世界で生きていける自信は私には無い。明らかに物騒な現在の世界情勢を聞いてしまえばなおさらである。私は逃げるのは嫌いなのだ。例え格上であっても売られた喧嘩は買う。弾幕ごっこなんて言う平和な遊びも無いこの世界のことである。まず長生きできないと思う。

 

だから今私はひどく安心している。目の前の賞金首を見て、()()()()()を見て、ホッとしている。

 

例え賞金を掛けられた凶悪犯罪者でもこの程度なのだ。あのお爺さんがあくまで一部の例外なのであって、この世界が全体的にハードモードというわけではない。一部の例外がヤバイだけなら、それは幻想郷と大して変わらない。

 

ああよかった。これでやっと安心してこの村で暮らしていける。

 

長生きできる。

 

「…お前の結論はそれでいいんだな?女」

 

カチャリと、私の額にピストルが突き付けられる。どうやらカマッセ氏はひどくおかんむりのようだ。

 

だけど残念。

 

「貴方達、警戒心ってものがないのかしら。私に注目し過ぎて自分の()が疎かになってるわよ?」

 

「あ?………なんだこれ!?おい!外れねえぞ!」

 

驚いた海賊達の肩には、それぞれ一体ずつ藁人形が乗っかっていた。外そうとしても外せないそれは、私の持つ基本的な人形操作魔法の一つで、その名も「ストロードール カミカゼ」と言う。

 

スペルカードにも同名のものが存在するが、魔法としてのこちらはもうちょっと使い道が多い。

 

「お…おい!どういうことだ!?身体が動かねえぞ!?」

 

「ピクリともしねえ!」

 

先ず一つ目に、この藁人形に触れると、そこから魔法の糸が伸びて触れた相手を拘束する。これはまあ、ほとんどの人形に付いてる基本機能みたいなものだ。と言うか超簡易的にぱぱっと基本機能だけ取って付けたのがこの量産型ストロードール達なので、ぶっちゃけ機能はあと一つくらいしかない。

 

「おい!女これを外せ!今すぐにだ!」

 

身体が動かず、最早口を開くことしか出来なくなったカマッセは、怒鳴って悪足掻きをする。が、勿論怒鳴ったくらいで魔法の糸が解けるわけなどない。この糸は裁縫糸のような細さ柔らかさと、鋼鉄のワイヤーのような頑丈さを併せ持つ。ガープさんだったらどうだか知らないが、少なくともこの海賊達に破れるような代物ではない。

 

そのうちカマッセだけでなく、他の海賊達もギャーギャーと騒がしく怒鳴り始めたので、さっさと二つ目の機能を紹介することにする。

 

まあ、名前が「ストロードール カミカゼ」なんだからやることなんてあと一つしかない。

 

「おい!聞いているのかおん……ゴファあッ!?」

 

ボンッ、と軽い音をたててストロードール達が爆発した。形あるもの皆朽ちるなどと言うが、まあ一種の様式美というやつである。海賊達が全員仲良く頭から上が黒焦げアフロヘアーになって気絶したところで状況終了。晴れて問題解決と相成ったのだった。

 

勧善懲悪。この世に悪は栄えない。正に、お伽噺の結末である。

 

「うわあ…。アリスさん。凄いことしますね…」

 

「一応火力の手加減はしているから、死んでる奴はいないはずよ?」

 

黒焦げになって気絶している海賊達に若干引きぎみのマキノに私は弁明しておく。せっかくこの世界に来て初めてできた友人に恐れられたくはないからね。

 

「なんじゃ。海賊が来たというから来てみれば…。既に解決済みか」

 

丁度と言えば丁度のタイミングで、スラップ村長が酒場の扉を開いた。どうやらかなり慌てていたらしく走ってきたらしい。村長は床に転がっている海賊達を見て面倒臭そうな顔をしたあと、私に「迷惑をかけたようですまんな」と、感謝の言葉を送った。私はとりあえず、

 

「いいえ。この村の一住人として当然のことをしただけよ」

 

と返しておくことにした。まあ、ある意味迷惑をかけたのはむしろ私の方だとも言えそうだけど。

 

「村長さん。アリスさんが強いってこと知ってたんですか?」

 

村長が現状に対して大して驚いていないのを受けて、マキノが疑問を口にする。村長は軽く頷いた。

 

「ああ。そうだな。ガープの奴がな。そんなことを言っていたからな」

 

疑問に対する村長の返しは、私にとっては大方予想通りの返答だった。あの人は最初に会ったときから奇妙な気配がするだのと言っていたから、元来そういう勘みたいなものに優れているのだろう。

 

それでもマキノにとってはそれなりに衝撃的な話だったらしく、目を大きく見開いて絶句していた。私が強いのが、そんなに意外だったのだろうか?

 

「そんなことより、この海賊達を海軍にでもつきだせばお金がもらえるのよね?」

 

いつまでも微妙な雰囲気でいてもらっても困るので、私は村長に海賊達の懸賞金の話を振った。下世話な話だが、話題転換には丁度いい。

 

「そういうことになるな。さっき電伝虫で確認を取ったら、どうやらガープの奴が孫を連れにここに来る途中だったらしくての。あと三日もすればここに到着するという話じゃった。その時にお主がコイツらを突き出せば、懸賞金が貰えるじゃろ」

 

ふむ。知りたい情報と同時に、何やらあまり知りたくなかった情報まで一緒に入って来た。そうか。お孫さんがもうすぐそこまで迫ってきているのか。

 

いい子…だと…いいなー。

 

私が遠い目をしていると、ルーミアがこそこそとこちらにやって来た。

 

「なーアリスー」

 

「何よルーミア」

 

耳元に口を寄せるルーミアに合わせて私が頭を下げると、ルーミアはこしょこしょ話をするように両手を添えて

 

「この海賊達は食べてもいい人類?」

 

と、お腹をグー、と鳴らしながら訊いてきた。

 

あー、そうだった。まだ見ぬ子どもの心配をする前に、そもそも私の同居人が既に問題児なんだった。

 

「あー。ルーミア駄目よ。確かにこの海賊達は世間一般から見れば食べてもいい人類だけど、今ここで海賊達を食べちゃったら、ただでさえ微妙な空気が尋常じゃないくらい固まっちゃうでしょ?」

 

「そうかー。でもお腹が空いたのかー」

 

「まあ、もうお昼も過ぎてるからね。さっさと転がっている海賊達を片付けて、マキノに何か作ってもらいましょ。メニューにあるロコモコ丼とか、目玉焼きやハンバーグが乗ってて美味しそうだったわよ?」

 

「おー。それは人間よりもうまそうなのかー」

 

どうやら納得してくれたようだが、妖怪としてその発言は果たしてどうなのだろうか。私は少し心配になった。

 

妖怪はよく人を食べるが、勿論これはちゃんと意味があって行うことだ。妖怪は別に栄養補給のために人を喰らうわけではない。

 

妖怪は人を喰らうことで、人間からの畏れを得ているのだ。

 

別段人食い妖怪はただ存在するだけなら必ずしも人を喰らう必要など無い。何か代わりとなる畏れを得られれば普通に暮らしていける。その場合妖怪の本質は変わってしまうかもしれないが、存在することだけならばちゃんとできる。例えば私がよく裁縫針を頼んでいる唐傘妖怪なんかがその代表例で、あれなんかは主に子どもを驚かすことによって畏れを得ている。たったそれだけのことでも妖怪は存在できるのだ。何故なら妖怪とは、知られることによって生まれ、噂されることによって生きる者だからだ。勿論人を驚かすだけの妖怪では得られる畏れもたかが知れてるし、だからあの唐傘お化けは死ぬほど弱いのだが…。

 

そんなどうでもいい唐傘妖怪のことはともかく、問題はルーミアのことだ。私は彼女が何の妖怪なのか、いまいち判っていない。

 

確か幻想郷縁起には、彼女のことは「宵闇の妖怪」と記されていた。

 

その種類に基づくルーミアの妖怪としての性質が、ただ暗闇を出してフヨフヨ漂っているのが本質なのか、それとも人を喰らうのが本質なのか。それがどちらなのかによって今後の方針が結構違ってくるのだ。

 

例えば幻想郷でならば、彼女が人を食おうが食うまいが、そんなものはどちらでも構わなかった。あそこには幻想郷縁起がある。あれを起点としてその存在が人口に膾炙することで、ルーミアがどれだけ妖怪として怠け者だったところでその存在が消滅することはないのだ。人を食う妖怪だと本に書いてあれば、例え実物がどうだったところでルーミアは人を食う宵闇の妖怪であり続けることができる。

 

妖怪は自らを語る人間無しには存在できない。逆に言えば幻想郷では、偶然なのかわざとなのか、幻想郷縁起を介して妖怪達が平穏に暮らせるシステムが出来上がっているのである。まあたぶん、わざとなんだろう。

 

翻ってこの世界はどうだろうか。この世界には、妖怪としてのルーミアを知る者は私以外誰もいない。知られていることによってしか存在できない極一般的な妖怪であるルーミアは、最悪私が居なくなっただけで消滅してしまう危険を持っているのだ。消滅はしなくても、妖怪としてのルーミアを知るものがこの場にいない以上、今のままでは居られないのは確実だろう。

 

ルーミアは幻想郷の風土に慣れきっていて、人間を襲うのをサボりがちだという話だ。そんな生活がこの世界でも果たして通じるのか。その不安は常に付き纏う。

 

「さてと、じゃあさっさとこの海賊達を片付けちゃいましょうかね」

 

閑話休題。ルーミアに関する不安は後でルーミアと二人きりの時にでも話し合うとして、取り敢えずは後片付けをしなくてはならない。

 

私がオーケストラの指揮者のように両腕をくいっと挙げると、気絶した海賊達の身体がフワリと浮き上がる。人間を操るのはあまり好きではないが、まあ気絶している人間なんて人形とそこまで大差あるまい。

 

「スラップさん。この村に、この無法者達を閉じ込めておける場所はあるかしら?」

 

「うむ。それならば、一応村の駐在所に牢があったはずじゃ。多少手狭だが、入らないということはないだろう」

 

「駐在所ね?ルーミアはここで待っていなさい。あとマキノ。ルーミアがお腹すいたみたいだから、ロコモコ丼でも作ってくれない?私も食べるから、二人前ね」

 

「あ、はい!分かりました。任せてください!」

 

マキノはどうやら衝撃から無事立ち直れたらしく、あまり無い力こぶを叩いて承ってくれた。

 

私はそれを見て頷くと、フワフワと海賊達を浮かせながら外に出た。駐在所の場所は覚えている。私だってこの十数日間をただ漫然と過ごしていた訳ではないのだ。

 

私は駐在所に足を向けようとしてふと立ち止まる。そういえば、この海賊達には自分達の乗ってきた船があるはずよね?その船は何処に有るのかしら?港に留まっているのかな?

 

まだ操作魔法に余裕があった私は駐在所よりも先に船の方を探すことにした。船があるのならそこには留守番をしている海賊がいるはずである。どうせ倒すならさっさと片付けておいた方がいい。

 

そう考えて港に向かうとやはり、海賊船が一隻留まっていた。随分と立派な帆船だ。正直カマッセには勿体無いくらいである。

 

取り敢えず、船に乗り込むにあたって邪魔な海賊達を地面に下ろす。魔法の糸はしっかりと絡み付いているから逃げられることはないだろう。

 

ドサドサと、多少乱暴に海賊達を下ろすと、さすがに賞金首になっているだけのことはあるのか無いのか、カマッセが目を覚ました。

 

カマッセはキョロキョロと周りを見渡して状況を確認している。そして私が何か口を開く前にカマッセは叫んだ。

 

「助けてくれ!船長!」

 

「は?あなた何を―――――」

 

言っているの?とは、しかし言うことができなかった。その瞬間上から降ってきた大量の銃弾を人形達でガードしなければならなかったからだ。

 

「あーあー。まったく、お前らそんなひょろくせえ女にやられやがって。めんどくせえなあ」

 

船の甲板からガトリングガンの二丁拳銃をお見舞いしてくれた明らかにカマッセより強そうな大男は、それこそかったるそうに空になったガトリングガンを投げ捨てた。

 

ああそうか。そう言うことか。確かにそうだ。カマッセの奴は自分が船長だなんて名乗ってなかったものね。確かにこれは私のミスだ。釈明のしようがない。もし海賊の船長がそこそこの人物だったら、食料の調達なんて雑用を自分でやるわけないもんねえ!カマッセの奴がかませ犬過ぎてついついうっかりしてたわ!

 

「あー!もう!たった十数日でもう平和ボケしてた!」

 

詰めが甘いのは私の癖だが、なにもこんなうっかりミスをしなくたっていいじゃないの!私は馬鹿か!?

 

「一応確認しておくけど、貴方がこの船の船長なの?」

 

取り敢えずこれ以上の醜態を晒したくない私は、大男に確認をとる。これで間違えて更に敵が別にいたなんて話になったら間抜けもいいところだ。海賊が目の前にいるんだからそれがどんなに雑魚であろうと平和ボケは棚の中にしまっておけ。

 

「ああん?いや、違うな。おれは船長じゃねえ。副船長だ」

 

はいトラップでした!いや!大丈夫だ!まだ私はそのトラップには引っ掛かってない!これから!これからだから!

 

「おーい!アリスー!大変なのだー!」

 

私が内心で叫びまわっていると、ふわふわと日傘を差したルーミアがこちらに飛んできた。

 

「アリスがでてった後に海賊がもう三人来たからやっつけたら、そいつらのポッケからこんなものが出てきたのかー」

 

そう言ってルーミアが渡してきた手配書には、今甲板にいる大男と、もう一人の男が指名手配されていた。

 

『ソーリュー海賊団副船長 掃討のジャガ 懸賞金5500万ベリー』

 

『ソーリュー海賊団船長 双刀のソーリュー 懸賞金7000万ベリー』

 

うおおい!なにこのお値段!二人ともかませ…じゃなかった。カマッセの十倍以上懸賞金が有るじゃないの!

 

「なんでもスラップの話だと、こいつらは本来だったら東の海(イーストブルー)みたいな辺境の海じゃなくて、偉大なる航路(グランドライン)っていう最凶の海を航海するレベルの海賊みたいなのかー」

 

「聞きたくなかった新情報をありがとう!」

 

「勝てたら一気に大金持ちだなー」

 

「ポジティブシンキング!…まあ、そう捉えると、確かにそう悪いことでもなさそうね。仕方ない。それじゃあ、一丁やってみましょうか。ルーミア。貴方いける?見た感じ、結構船の中にまだ海賊がいっぱいいそうだけど」

 

「中にいる海賊達は食べてもいい?」

 

「ま、どうせ見ている人もいないし、好きにしなさい」

 

「やった!じゃあ頑張るのだ!」

 

現実はお伽噺のように甘くない。悪役が華麗に倒されることなんてそうそう無いし、むしろ次から次へと湧いてくる。

 

私が嫌いな血なまぐさい展開も、人形劇のようにオールカットとはいかないようだ。

 

現実は甘くない。されどそれでも、人生は美しく輝かせなければならない。どんな苦境も捉え方次第。

 

ルーミアは久しぶりの()()()()()()()()に目を輝かせているし、これが霊夢だったとしても、倒せばお金が手に入るなら、きっと目をギラつかせることだろう。

 

ならば私もそうしよう。人生を輝かせよう。

 

私の魔法使いとしての腕は、この世界でどこまで通用するだろうか。

 

確かめよう。それはきっと、魔女として、心踊る実験になるに違いないのだから。

 

 

To be continued→


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。