幻想郷には弾幕少女と呼ばれる者達がいる。美しさを競う本気のごっこ遊び、弾幕ごっこを嗜む少女達がいつの日からかそう呼ばれるようになったものだ。
宙を華麗に舞い、美しい弾幕を空にばらまく少女達の姿は、もはや幻想郷の風物詩とすら言えるだろう。それだけこの決闘法は、幻想郷の風土によく馴染み、定着していた。
だが、冷静になってよく考えてみると、この決闘法はいかにも非効率が過ぎるように思われる。
しかしその非効率でもって美しさを表現するわけだから、弾幕ごっこ自体はそれでいいのだ。あの遊びはナンセンスさこそが売りなのだから、むしろそうでなくてはならない。
では具体的にどこら辺がナンセンスなのかと言うと、まず上がるのが、弾幕の存在価値であろう。
例外はあれど主に一対一の決闘である弾幕ごっこに果たして弾幕を張る意味があるのか。一対一で戦うだけならただのショットでも十分戦闘は成立するのではないか。一度に大量の弾幕を放つという戦闘方法は、一対一の戦いにおいては無駄が多すぎるのではないかと言う指摘である。
全くもってその通りで、私はこんな指摘を受けようものならまずもって反論することなどできない。あまりにも非効率的でナンセンスな決闘法だとむしろ太鼓判すら押すだろう。まあだからこそ、その無駄な弾幕にはプレイヤーの個性がよく浮き上がるのだが。
弾幕ごっこは戦争ではない。あくまでも平和的な遊戯としてルール設定がなされている。故にナンセンス性はむしろ積極的に受け入れられるべきものであり、だからこそ幻想郷であそこまでの広がりを見せたとも言える。
しかし弾幕の威力は強力であり、当たりどころが悪ければ普通に死ねる代物だ。弾幕少女達の大半は何らかの手段で自分の回りに薄いガードを纏っているが(グレイズやかすりと呼ばれる弾幕がガードにかすった時になる摩擦音は、弾幕ごっこ名物だと言っていい)、そういったガードの術がない一般人が弾幕を一発でも受ければ、弾幕の種類にもよるが、冥界行きはほぼ確実と言っても過言ではない。
正に遊びと戦争が入り交じっていると言うか、ナンセンスここに極まれりというか、甚だしく実戦向きではない決闘方法なのだ。弾幕ごっこというやつは。
しかしそれもまた、時と場合である。弾幕ごっこの弾幕が、真剣な殺し合い。即ち実戦に全く使えないなんてことは全くない。
弾幕戦を一対一で行うから無駄な消費が多くなって実戦向きじゃなくなるのだ。
ああいう戦法は、本来多対一や多対多の状況でこそ、その真価を発揮するものだろう。
具体的にどう真価を発揮するかと言えば、
「『ムーンライトレイ』!」
「「ぐわあああああああ!」」
ルーミアの放つ妖弾とレーザーに、二十人以上の海賊達が吹き飛ばされる。月符『ムーンライトレイ』は、スペルカードの中でも超超初歩的な一撃であり、威力も弱ければ避けるのも容易い弾幕だ。しかし多対一ともなるとそうもいかない。大人数が邪魔をして避ける場所を見失ってしまうからだ。
しかも今は実戦だ。楽しい遊戯でもなんでもないのだから、当然スペルカードのようにわざと避けられるように攻撃を設計する必要など何処にもない。スペルカード戦では左右から閉じるように放たれるルーミアのレーザーは完全に閉じる前に消えてしまうが、今回の場合はわざわざそんなことをする必要はない。普通に閉じて逃げ道を塞いでしまう。
空を飛べもしない人間相手ではほぼ必中と言っていいだろう。威力が弱いと言ったが、それもあくまでも妖怪目線での話だ。人間相手には非常に実戦向きな攻撃である。弾幕はこのように、多人数相手には非常に効率のいい戦闘方法なのだ。
あれから、私とルーミアの二人は海賊船の甲板の上まで飛び上がり、海賊達相手に無双を繰り広げていた。
とは言えこの場で無双しているのは主にルーミアであって、私は言うほど無双はしていなかった。勿論何人か木っ端の海賊達は倒しているが、総合撃破数ではルーミアのほうが今のところ圧倒的に上だ。
それは何故かといえば、
「あーあー。なんなんだあの嬢ちゃんは。滅茶苦茶しやがる。ったく、面倒くせぇな」
「あら、つれないわね。私とのダンス中に他の女に目を向けるなんて」
「っ……!そりゃあ現実逃避もしたくなるさ!あんたとのダンスは刺激が強すぎる!」
掃討のジャガ。この船の副船長は流石に高額賞金首だけのことはあって即決着をつけさせてはくれないようだ。彼は私の人形達の放つ魔力弾やレーザーをかわし、いなし、またははね除けながら、こちらに反撃を加えることすらあった。身長二メートルは優に越える大男なのに、なんとも器用なことである。
まあ、実力者ということなのだろう。
「畜生!何故当たらねえ!」
叫びながらジャガは二丁拳銃のガトリングガンをぶっ放す。とても人間業とは思えない所業ではあるが、所詮軌道はショットと一緒だ。私はそれこそ舞うようにヒラリヒラリと銃弾をかわし、時に盾人形で受け止めつつ躍り回る。
「おーい、アリスー!ここら辺大体終わったから、船の中に入っちゃってもいいかー?」
「ちょっと待ちなさいルーミア。この船の船長の姿がまだ見えないわ。ここに来て初めての戦闘なんだし、一応注意して一緒に―――」
「いってきまーす!」
「ちょっと、ルーミア!?」
どうやらルーミアは久しぶりの
フヨフヨと勝手に船の中に入って行くルーミアを追いかけようと手を伸ばすと、行き先をガトリングガンの弾幕で阻まれる。
「こっちが好き勝手できねえってのに、その原因であるお前さんが好き勝手動くんじゃねえよ。余所見すんなっつったのは、あんただろうが」
「あらあら。これは手厳しいわね」
まずい。ルーミアを完全に見失ってしまった。お守りとして追いかけさせた人形もさっきの弾幕で打ち落とされてしまったし、ただでさえ木っ端妖怪のルーミアを雑魚相手ならともかく、ジャガのような実力者のいるところに一人で送りたくはなかったのに…。
目の前の男ははっきり言って私でも倒せると思う。このままバトルしていけば勝つのは十中八九私だ。それを分かっているからこそ、ジャガは私を迂闊に船長の元にはやりたくないのだろう。
だがその決着は、今すぐつけられるものではない。
「ったくよー。なんて災難だよ。おれたちゃぁよ、たまには平和にバカンスしようと思ってこんな辺境くんだりまで船を運んできたんだぜ?それがどうしてこんな激強の姉ちゃんと戦うなんてはめになってんだっつーのめんどくせえ。空飛んだり人形飛ばしたりレーザー飛ばしたり、明らかに二人とも能力者じゃねーかよ」
「能力者?」
「ああん?そうだろーがよ。能力者じゃねーっつーなら、なんだっつーんだ」
「…ええ。まあ、そうかもね」
能力者…。つまり、この世界にも私の魔法やルーミアの『闇を操る程度の能力』のように常識から解離した能力を操る者がいるということだろうか…。
「おら!とっととくたばれ姉ちゃんよ!」
「っと、さすがに考える暇を与えてはくれないみたいね!」
しかし、このジャガという男。自分の乗る船の上でよくもまあ遠慮容赦なくガトリングガンなんてぶっ放すものだと思ったが、よく見れば船の床や壁には一切の銃痕も傷も見られない。
かなり頑丈だけれど、この船、何でできているのかしら?
私がチラチラと船を見回していることに気付いたのかジャガはニヤリと笑う。
「なんだ?船が気になるのか?やめとけやめとけ。この船は超豪華仕様で表面を海楼石でコーティングしてあるんだ。大抵の攻撃じゃあ傷ひとつつかねえし、
どうしよう。ジャガの言っていることが殆ど分からない。海楼石って何?カームベルトって何処?能力者がこの上で戦ったらどうなるの?あなたは一体今の何処に引っ掛かったの?
ジャガはなにやら衝撃を受けた顔をして、私を指差して言う。
「お前……。能力者じゃ、ねえのか?」
だから!能力者ってなんなのよ!訳が分からないわよ!
私は若干の苛立ちと共に新たなスペルを発動する。
「『
このスペルには単純な弾幕攻撃の他にもう一つの特殊効果がある。空中に踊る七体の人形達が弾幕を放ちながら同時に水系魔法を発動し、周囲を真っ黒な霧で満たすのだ。全くなにも見えなくなると言うわけではないが、しかし太陽の光は遮られ、確実に視界はこの上なく悪くなる。妖怪にとっての最適な気象条件を無理矢理整えるのがこの、闇符『霧の倫敦人形』なのだ。
その上私特製の日傘まで差しているんだから、これでもうほぼ万全に戦えるはずでしょ?ルーミア。
もう新情報が多すぎて何がなんだか分からなくなってきたけれど、取り敢えず、最優先事項だけは変わらない。
勝手に私から離れておいて、私が追い付くまでに死んでたりなんかしたら、絶対に許さないんだから!
「悪いけど、さっさと終わりにさせてもらうわよ!『グランギニョル座の怪人』!」
「おいおい!マジか!くそっ!『屍山血河雨霰』!」
私の持つスペルの中でも最大規模の弾幕と、ジャガの乱射するガトリングガンの嵐が、二人の中央でぶつかり合った。
~~~ルーミアSide~~~
「…ん?なんだか頭がすっきりしてきたわねー」
ぼんやりとした頭でなんとなくでアリスを追いかけて、さらになんとなくで参加した戦闘。しかし気付けば私は、そのなんとなくの行為に思わず夢中になってしまっていた。
むしゃり、と、私はそこら辺で採ってきたニンゲンの腕をかじる。うん。おいしい。
おいしいと言っても、味自体はさっきマキノのところで料理中に摘まみ食いしてきたハンバーグや、アリスの作るおいしいごはんなんかとは比べ物にならない。なんの味付けもしていない生の肉なんだから、そりゃあそうに決まっている。
だけどそういう食事や味の理屈とは全く関係のないところで、やはり人間の肉を食するという行為は、私に深い満足感を与えてくれるのだ。
肚が満たされていく、妖怪としての自分が目覚めていく、そんななんとも言えない快感が、私の身体中を駆け巡っていく。
「その上太陽の光が殆どなくなった。これは、アリスの仕業かなー?」
夜以外でこんなにも頭が冴えるのは何時ぶりだろうか。この世界に来てから昼間に外で闇を出すのをアリスに禁止されてしまったから、結構久しぶりな気がする。しかも妖怪としては恥ずかしいことに、夜は夜でアリスと一緒に寝ていたから、頭が冴えること自体がかなりの久方ぶりだ。
まあでも、アリスの作ってくれた日傘があったから、そこまで苦しい生活でもなかったけど…。
「くそっ!化け物め!死ね!」
仲間を殺されて逆上したらしい海賊Aが、サーベルで私に斬りかかる。私はそれをひょいっと飛んで避けた。
「あはは!おそいおそーい!それ!」
避けた勢いのまま海賊Aの背後に回った私は、そのまま背中に軽く妖弾を撃ち込む。海賊Aは壁まで吹っ飛んだ。
近寄ってみると、海賊Aは壁に頭でも打ったのか、既に絶命していた。
「うーん、やっぱり私じゃアリスみたいに上手く手加減できないなー。ま、いいか。どうせ最後には食べるんだし」
アリスや霊夢なんかは格下相手に手加減して戦うのがとても上手い。私みたいな中途半端な雑魚を殺さないように倒すなんて中々できることじゃないと思う。
弾幕ごっこじゃ私は激弱だからそんな必要はないけれど、ここに来て急に村に住む人間の子供達と遊ぶ機会が多くなってしまった私は、遊びでむきになっても子供を殺さないように今アリスと特訓中なのだ。
今のところはアリスが常に私を見張っているから安全だけど、近いうちにガープの孫のルフィが同じ家に住むようになれば、アリスの目の届かない機会も増えてくる。ルフィがやんちゃな戦闘好きだったなら尚更だとアリスが言っていた。ルフィの受け入れは私が言い始めたことなんだから、私はその責任を持たなければならないのだそうだ。全くその通りだと思ったので、私はアリスと一緒に力加減の練習を一生懸命頑張っている。
「でも、やっぱり人間はもろいよなー」
私は死んでしまった海賊Aの右足をもぎ採って口に運ぶ。大分船の奥の方に来たと思うんだけど、この船ってどれくらいの広さなんだろう?それに、もう何十人も手加減の練習に使っちゃったけど、海賊って、あとどれくらいいるんだろう?
「怪し。人を食すとは、なんとも面妖な小娘でござるな」
「んー?あんた誰ー?」
船室の扉が開いて、なんとも印象の薄い長髪の和服男が出てきた。綺麗な顔立ちではあるが、それだけ。他にはなんの印象もない。強いて言うなら、腰に二本の刀が帯刀されているくらいで、そう。なんというか、なにかが足りない。そんな感じがする男だった。
「んー?あれ?あんた。この手配書の人?」
「如何にも。拙者、ワノ国は高月家元当主。高月蒼龍と申す者にござる」
「セッシャー?じゃあ、あんたはオサムライさんなんだー」
「おお。存じておったか。如何にも。拙者はお主ら異国人にサムライと呼ばれている者でござる」
ござる口調が鬱陶しいな。
「ござるござるうるさいねー」
おっと、口に出ちゃった。
「空し。拙者は生まれより此の方ずっとこの口調で話していた故な。今更直すことなど出来んでござるよ」
「そっかー。いやー、ちょっと残念だなー」
さっきから口が滑りすぎな気がするが、まあ滑ったついでだ。とことんまで滑ってもこの際問題ないだろう。
「ところであんた、何かが足りないような気がするけど、それなりに強そうだなー?」
「足りない?それはもしや髷のことでござるかな?サムライとしては確かにおかしいかもしれんが、あれは拙者が昔ある敵に切り落とされてしまってから結うのを止めてしまってな…」
「ああ。そういうんじゃなくてなー。なんだかもっとこう…。感覚的な…」
まあ、そういうのは今はどうでもいいかなー。
「そんなことよりさー。あんた、強いんだよね?」
「難し。さあな。強いというのがどういうモノなのかにもよると思うでござるがな。強さというものは人それぞれにその要項が違うものでもあるし…」
「御託は別に要らないのよ。それに強いか弱いかなんてこの際どうでもいい。私があんたで練習するかどうか。どこまで練習できるかどうかが問題なんだよー」
「練習?」
「そ。手加減の練習。と、言っても。あんたに手加減は必要ないと思うけどねー」
まあ要するに、殺さなければいいんだよね?
殺しちゃったら殺しちゃったで、その時だけどねー。
「『ナイトバード』!」
取り敢えず、最初は牽制。適当に弾幕を撒き散らす。ちょっと前に魔理沙からバードの癖に全然弾幕が鳥の形をしていないと言われたので、妖弾を鳥の形に変えてみた改良版だ。とは言っても超適当な作りなので、個人的にはこの形、「聖者は十字架に磔られました」っていってるようにしか見えないんだけど…。
魔理沙だったら、「人類は十進法を採用しました」って形に見えるのかな?
『ナイトバード』は全弾がソーリューへと飛んでいき、そして全弾が斬り落とされた。いつの間にか鞘から抜かれていた二本の刀身がキラリと光る。
「おー、すごーい!妖弾って、斬れたんだねー」
「万物の呼吸を理解すれば、斬れないものなど何もないのでござるよ」
「へーそーなのかー。じゃあ、私の闇は、斬れるかな?」
私は右手の平から闇を作り出し、それを一気に拡散させる。なんだか闇を出すときに少し違和感を感じたけれど、問題なく辺りは一瞬で真っ暗になり、何も見えなくなる。勿論私も何も見えない。真っ暗闇。斬れるものなら斬ってほしいものだ。ま、松明でも照らせない私の闇は、そもそも斬るとか斬らないとかそういうものではないと思うけどね。
「『ミッドナイトバード』!」
私はさっきよりもでかく、そして数多くの鳥形弾幕を撒き散らす。アリスなら実戦としては無駄が多いとか言うんだろうけど、どうせ何も見えないんだから適当に四方八方に撒き散らしたほうがこの場合は都合がいい。
「『双頭の鷲』」
「うわっ!?」
ガガッ!と、引っ掻くような斬撃が私の胴を十字に穿った。何も見えないから避けることもできなかった。
「うあー…。すっごく痛い…」
ポタポタと血が滴る。闇はまだ晴れていない。私は適当に弾幕をばら撒きながら、飛んで位置を変える。
「『ダークサイドオブザムーン』!」
「『双頭の狗』」
「ぎゃあ!」
だけどまた、今度は挟み込むような二刀の斬撃が私を的確に斬りつけた。堪えきれずに私は倒れ込み、そしてとうとう闇も晴れた。
「うう…。どういうことなの?何も見えない筈なのに…」
「物が見えずとも気配は読める。特にお主は少々特殊な覇気を纏っている故、分かりやすいのでござるよ」
ハキ?ハキってなんだろう?妖気とかそういう類のもののことかな?
「なんだかわかんないけどー。痛いのは嫌なのかー!『ディマーケイション』!」
「無駄でござるよ」
私が薄暗い闇と共に放った青、緑、赤の三色弾幕は全て切り落とされ、ついでとばかりに放たれた二刀の斬撃に私は更に切り傷を負う。服が斬れ、肌が斬れ、髪が斬れ、リボンがハラリと宙を舞う。私はあまりの痛さにとうとうその場でうずくまってしまった。とくとくと、静かに血が床にたまっていく。
「悲し。すまぬな。拙者の腕が未熟であるばかりに無駄に苦しませてしまった。いまに楽にしてやる」
血が抜ける。身体が痛い。目がチカチカする。
ろくに身動きもとれず、声を出そうにも呻き声しか出ず、痛さにただ涙ばかりが溢れてくる。
ソーリューが刀を振り上げているのが分かるのに、それに抵抗する力が、私にはない。
所詮この世は弱肉強食。強い者が弱い者の肉を食らう。
弱けりゃ何も食べられない。弱けりゃ何も越えられない。
私は弱い。弱いのなら弱いなりの立ち居振る舞いがある。分相応の行動がある。まあだからと言って逃げられなければそりゃあ一生懸命抗うんだろうけど、今の状況はその真逆だ。自分からわざわざ危険に突っ込んでいって、自分から勝手に死損なっている。そんなことは生きていたけりゃ間違ってもするべきではない。
だけどどうしたことだろう?私はいつの間にか、そんな常識を忘れていたのだろうか。頭がボンヤリとしてよく分からない。
いや、ボンヤリとはしていない。私の頭は今、この上なくすっきりしている。
髪が斬れたから?リボンが解けたから?いや、そんなものは関係ない。
私の頭に結ばれているリボンは御札でできていて、自分で解くことができないどころか、触れることすらもできなかった。
とは言っても、この御札は特に何か強大なものを封印していたとかそういうことは何もない。一応封印自体はあるのだが、解けたからと言って急激なパワーアップを果たしたりはしない。私は元からたいした力も持たない雑魚妖怪だ。そもそもなんでこんな御札をつけられたのかもよく分からない。
今頭がすっきりしているのは、単純に頭に昇っていた血が抜けているからだ。
何も出来ないまま、ただ頭が冴えて、そして違和感が脳裏を埋め尽くす。
思えば違和感はこの世界に転移して来た時からずっとあった。
基本的に明るい場所で生活していたから難しいことを考えるのをスルーしてきたが、この世界に来てから、私という存在に何処か違和感があった。
そしてその違和感は、私が戦闘で闇を出した時に決定的になった。
そう。なんというか、一言で言えば性質が変わっている。
私の操るこの闇は、本来ならそれはただそこにあるだけのものだ。暗いだけ、光を通さないだけの物質。
だけど今この世界で私が出しているこの闇には、なんというか、独特の重さがある。普段出している闇より扱いにくい。持っていて、それだけで何処までも吸い込まれそうな、そんな不吉なかんじがする。
と言うか、はっきり言って、別物の様に思われる。
この世界では、闇の概念が幻想郷と違うのか?
この世界の闇は、ただ相手の視界を塞ぎ、太陽の光を閉ざすだけにしか使えない、そんなちゃちなものでは断じてない。
そうだ。そういうことだったのだ。今なら分かる。何で私は雑魚妖怪らしい振る舞いをこの世界で出来なかったのか。
そこら辺の海賊を摘み食いして調子に乗っていたというのも確かにある。だけどそれ以上に―――
―――この世界での宵闇の妖怪という存在は、そもそも雑魚妖怪なんかじゃなかったんだ。
「ああ、ハキ…。覇気…ね。やっと理解したわ。あんたに…足りないもの…」
「む?なんだ?辞世の句でも詠むのでござるか?」
「ん。そんなところかもね。最後に教えてあげる。あんたに足りないもの」
「蓋し。そう言えば最初から、確かそんなことを言っていたでござるな。冥土の土産…とは少し違うが、教えてもらおうか。拙者に足りないものとは?」
「あんたに足りないもの…それは…」
私は、呂律の回らなくなってきた舌を頑張って動かしながら言う。
「
最初から違和感だったもう一つのこと。それはこの男の印象の無さだ。一瞬手配書の写真と目の前の男が同一人物だと分からなかったのも、この男の印象の無さが原因だった。顔付きが、写真とまったく違っているのだ。
その理由は簡単だ。目の前の男には今、何もない。
例えばやる気。自分の船が何者かに襲われているというのに、それに対しての反応があまりにも消極的だ。敵が目の前にいるのに、態度が平時そのものである。そもそもやる気というものが感じられない。
例えば気概。自分の仲間が殺されて、あろうことか食べられてすらいるって言うのに、私に復讐してやるとか、何がなんでも倒すとか、そういう気概がまるで感じられない。
倒せたから倒した。私は今、そんなついでの感覚で地面に倒れ付している。
刀を振り下ろさんとしていたソーリューの腕がピタリと止まるのを感じた。私が身を捩ってなんとか顔を上げてソーリューを見ると、ソーリューの顔は何処か苛立たしげだった。
「易し。随分と簡単な見解でござるな。それくらいのこと、拙者自身委細承知しているでござるよ」
「…そう」
ソーリューが刀を振り下ろす。刀身はそのまま流れるように私の首筋に吸い込まれていき―――
―――そのまま私の出した闇に吸い込まれて消えた。
「なっ……!これは…!」
「あんたがどうしてそんなに覇気がないのか。そんなものに興味はないけど、でもこれだけは言える」
私は嗤う。妖怪らしく、怪しく嗤う。
「私は雑魚だけど、あんたみたいな覇気もないようなつまんない男に殺されてあげられるほど、安い女じゃないよ?」
我ながらキザな台詞だ。でもアリスだったらこんな時でも、きっとこういう台詞を平然と口に出せるんだろう。
私はそれが、とても格好いいことだと思う。
この世界に来てから初めての日に、アリスは私と一緒で良かったと言ってくれた。
でもそれは違うんだ。本来だったらその台詞を言わなくちゃいけないのは、むしろ私の方なんだ。
私は弱いし、たいした志も持っていない。それこそ普段から適当に暮らしていただけの奴だ。
私がもし一人でこの世界に来ていたら、多分特に何も考えないまま村の人を襲って、その日中にガープにぶち殺されていたんじゃないかと思う。
アリスがいたから、今私もここにいる。面白おかしく、好きに暮らしている。
私は今の生活が好きだ。アリスと一緒にいるのが好きだ。
だったら私は、その生活を守らなくてはならない。それが今の私の志だ。
もうすぐガープの孫もやって来て、その生活は更に面白おかしくなる予定なのだ。
そんな幸せな未来を、こんな覇気も志も無いような奴に奪われて堪るもんか!
いつまでも弱いままじゃいられない。私だってアリスみたいに何かを守れるようになりたい。だから今!この瞬間からでも!私は強くなる!
「『ダークサイドオブザニュームーン』!」
私を中心に、大量の闇が辺り一面を埋め尽くす。この海賊船全体を塗り潰すただただ暗い漆黒の闇は、その場の光を逃さず捉え、決して離さない。
「奇し…!これは…。ヤミヤミの…!」
この世界における闇の性質は、すなわち無限の重力。闇に捕らえられた者はそこから抜け出すことなどできない。
とは言えまだ戦いは続いている。相手は覇気こそなくても強敵だ。私は決して油断することなく、傷つく身体にムチ打って、目の前の敵を正面に構えた。
――しかし、肝心の敵をふらつく視界のなかに捉えてみれば、ソレは絶望の表情を浮かべて、ただただその場に立ち尽くしていた。
何故か勝負は、既に終わっていたのだ。
~~~アリスSide~~~
「ほら、ちゃっちゃと歩きなさい人質。時間が無いんだから!」
「ぐえ…。怪我人相手になんつー乱暴な女だよ…。育ちを疑うぜ」
「海賊に育ちがどうこう言われる筋合いはないわよ!」
あれから私は、できうる限りスピーディーに戦いを終わらせて、ジャガを魔法の糸でふん縛り、船の奥に消えていったルーミアを追いかけていた。
半ばジャガ(二メートル越えの大男)を引き摺るようにして、私は駆け足で奥へ奥へと進む。いざという時人質にするためとは言え、自分よりでかいものを操るのはそれなりに面倒臭い。
「人質、ねえ?昔の船長ならともかく、今の船長じゃあ、そりゃああまり意味があるとは思えないがねえ…」
「…どういう意味よ?」
「いやなに、あの人は少し前に能力者にぼろ負けしてな。以来、それ以外のことにとんと興味を無くしちまったのさ」
また能力者か。いい加減それも謎よね。
「さっきから貴方がちょくちょく言っている能力者って言うのは、結局なんなわけ?」
「なんだい姉ちゃん。そんなことも知らないのかよ?…いや、こんな辺境に住んでんだ。そういうこともあるか…」
「悪かったわね。田舎者で」
「悪いってこたぁねーさ。まあついでだ。時間稼ぎ程度に聞かせてやんよ」
ジャガはそう言いつつも、何処か諦めたような顔で語り始めた。
「能力者って言うのは、悪魔の実っていう海の秘宝を食っちまった連中のことをそう呼ぶんだ。悪魔の実を食った連中は、どいつもこいつも常識では考えられねえ不思議な力が一つ使えるようになる」
「不思議な力?」
「そう。例えばなんにもねえところから炎を出したり、竜巻を起こしたりとか、そういう突拍子もねえ超能力さ。すげー所じゃあ、地震なんかの天変地異を起こせる奴もいるらしい」
私の脳裏にいつぞやの蓬莱人や山の天狗、わがままな天人の姿が過る。まあそれくらいの奴なら、幻想郷にもいないことはない。
だけど、食べただけでそれらの力を誰でも使えるようになるというのは驚きだ。恐らくマジックアイテムの一種だと思うが、そこまで高度な代物となると、確かに秘宝と呼んでも差し支え無いだろう。
「ただし、勿論海の秘宝にはデメリットもある。悪魔の実を食った奴は総じて海に嫌われカナヅチになっちまうのさ。水に浸かると力が抜けちまうんだ」
「それはキツいわね。ろくにお風呂にも入れないんじゃない?」
河童連中なんかは死んでも食べようとしないだろうな。便利ではあるが、呪い付きのマジックアイテムということか。恐らく食べる実によっては当たり外れも有るかもしれない。少なくとも今の一言で、私はあまり食べたくはなくなった。
「まあ、風呂に入るくらいなら大丈夫って話も聞くが、ウチの船には能力者は居ねえからそこら辺はよく分からないな」
「そう…。まあ、能力者についてはなんとなく分かったわ。それで?貴方の船の船長さんが、その能力者に負けたという話だったわよね?」
「そうだ。おれとしちゃあ、ただ運が悪かっただけだと思ってるんだけどな。くそ真面目なウチの船長はどうもそう思ってはいないらしい。あの人はそれからというもの、悪魔の実に惚れ込んじまったのさ。そして同時に、悪魔の実そのものに恐れを抱くようになっちまった。その結果がこの船ってわけだ」
「この船?」
「そうだ。さっき言ったろ?この船は海楼石でコーティングしてあるってよ。海楼石ってのは、海の性質を持つ石なんだ。こいつに能力者が触れると、海に入ったときと同じように力が抜けて何も出来なくなる。この船は、対能力者用に特化した船なんだ」
「へえ、それは凄いわね」
私が感心すると、ジャガは少し微妙な顔をする。
「確かに凄いことは凄いが、海楼石は希少で高いんだ。これを作ったせいで今まで貯めてきた財宝を全部売っ払っちまったからな。海賊としちゃあ、あんまり得した気はしないぜ」
「あらそう。それはご愁傷様」
「兎にも角にも、船長は図鑑やらなんやらで悪魔の実を調べまくって、勝手に悪魔の実全般を恐れるようになっちまった。その結果、引き籠って船長室から出てこなくなるわ、いざ戦闘になっても能力者がいないと分かるか自分の間合いに敵が入ってこないかしない限りは一向に出てこなくなるわで散々さ。実力だけなら億越えも夢じゃないっていうのに、惜しい人だぜまったくよ」
「成程ね。それで私達があれだけ上で暴れまわってても肝心の船長がいつまでたっても現れなかったってわけね。納得したわ」
とにかく、話を聞いた限りではまず十中八九ルーミアでは勝てそうにない相手だって言うのはよく分かった。早く追い付かないと今ごろルーミアがどうなっているか分かったものじゃない。
話が一通り終わり、後はルーミアを探すだけという段になったとき、その異変は起こった。
「――――これは………っ!?」
私達の行く先から大量の「闇」が迫ってきた。いつものそれとはまるで違う気配だが、これは―――
「おいおい!なんだよこりゃあ!?何かの能力か!?いや…だから!この船の上でこんな能力系の現象が起こってたまるかっつーの!」
何かごちゃごちゃと喚いているジャガを引き摺って、私は真っ黒に染まった船内を進む。船全体を覆わんとする暗闇を見ていると、私の中の不安が膨れ上がってくるのを感じる。
あんまり無茶するんじゃないわよルーミア…!
「………そんな…これって……!」
船の奥、闇の満ちる最奥で、私は立ち尽くす。
目の前に広がる光景は、私の予想を遥かに越えたものだった。
~~~ルーミアSide~~~
「さあ、戦いの続きをするぞ。ソーリュー!」
珍しく、今の私はやる気に満ち溢れていた。強くなりたい。アリスに守られてばかりではなく、アリスが頼りにしてくれる存在になりたいと心から願っていた。その為にも、目の前の男に正面から勝ちたいと思っていた。
だけど、話はそう単純には進まなかった。
「憎し…!小娘貴様…!何という能力を持っているのでござるか!まさかとは思っていたが、それは紛うことなくヤミヤミの実の力…!悪魔の実…。それも
ヤミヤミの実?ソーリューが何を言っているのかよく分からない。私の能力はすでに別の場所に元から有ったと言うことだろうか。
前例があるのなら対策がなされているかもしれない。私は警戒を一段階上げた。が、どうもソーリューの言っていることはそういうことではなかったようだ。
「ああ、なんということでござる…。実力を隠していたのか…。絶望だ。拙者が能力者に勝てる道理などなし。もうダメでござる。拙者はここで終わりか…」
「な…何を言っているの?まだ戦いは終わってないじゃない」
「いいや。終わりでござる。お主は能力者。拙者は無能力者。力を持たざるものが力を持つものに勝てる道理もなし。この勝負は、既に決着がついているのでござる」
分からない。
わからないわからないわからない。
ナニヲイッテイルンダコノオトコハ?
「本当に何言ってるの?意味分かんない。力を持たない奴は力を持つ奴に抗っちゃいけないの?その行為の一切が無駄だっていうの?たったそれだけのことで、あんたは生きることを諦めちゃうの?」
「むくつけし。嗚呼小娘よ。それが既に強者の発想なのでござるよ。強者に抗えるのは、その強者に抗えるだけの力を持った強者だけなのでござる。幸運に恵まれず、力を持てなかった弱者は、それに見合った分相応の結末を迎えるしかないのでござるよ」
ブチりと、私の中の何かが切れる。
いやだ。そんなことは聞きたくない。そんなことを言われたら、私の決意は、―――アリスの決意は一体なんだったんだ。それらは全部無駄な行為で、全部無駄な決意でしかなかったっていうのか?この男は…。
「ふざけるな!取り消せよその言葉!力が無いなら抗えよ!私は強くなんかなかった!それでも強い奴に歯向かったことはいっぱいあるし、何かを諦めたことなんか一度だってなかったぞ!今だってそうだ!私は自分がお前より強いだなんて思っちゃいない!それでも生きようと、お前に勝とうと懸命に抗っているんじゃないか!」
「おかし。お主がどう思っているか等関係ないでござるよ。事実は事実として、目の前に転がっている」
「それはお前が勝手にそう思っているだけだろうが!」
分相応の行動がないなんて言わない。私だってそれくらいのことはする。厄介そうなところにはなるだけ近寄らないようにしてるし、厄介そうな敵からはなるだけ逃げるようにしている。
だけどそんなものはちょっと調子に乗っただけで忘れる程度の分相応でしかないし、気に入らないことがあったら格上に文句だって言う。
自分より実力が上だからって理由で一切逆らえないような不自由な精神性なんてまっぴらごめんだ。
格上に死ねと言われたら死ぬだなんて、そんなのは、あまねくすべての生命に対する冒涜である。
そんなの覇気どころか、一切の活力すら存在していない。
そんなの私のプライドが許さない!
「私は今から、お前を殺す気で攻撃するぞ!それをお前は、無抵抗で受け入れるっていうのか!?」
「口惜し。残念ながらそういうことになるでござるな。武士として、拙者はせめて潔く最後を全うするのでござる」
「そういうのは潔いとは言わない!口惜しいなら抵抗しろ!『ブラックホール』!」
私は怒りに任せて床に敷いた闇の重力を上げていく。ミシミシと、ソーリューの身体が悲鳴をあげる。身体が闇に沈んでいく。
だけどソーリューは動かない。
「どうして…。どうしてお前はそんなことができるんだ?自分の命が惜しいとは思わないのか?」
「命は惜しい。だがそれ以上に大切なものもあるということでござる」
「それは…。さっき言っていた武士としてってやつのことか?」
「その通り。言うなればそれは、心意気というものでござる。拙者、武士として無駄なあがきはせん」
「何が無駄なものか!そんなのただやりもしないうちから諦めてるだけじゃないか!」
私が怒鳴ると、ソーリューはこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「左右なし。人生経験の差では、どうやらまだ拙者の方が小娘より上なのかもしれんな。勝てるかどうかなど、お主を見聞すればすぐに判るのでござるよ」
「わからない。わからないよ。…じゃあお前は、勝てなかったらそれだけで諦めるのか?勝てない相手に勝ちたいとは思わないっていうのか?」
ボキリと鈍い音がする。ソーリューの骨が折れた音だ。
「目覚まし。それは執着というものでござるよ」
それでもソーリューは涼しい顔を崩さない。痛くはないのだろうか?痛いに決まっている。我慢しているんだ。こいつは。
「サムライっていうのは、痩せ我慢をする奴等のことを言うのか?」
「弱味を見せないのが武芸者の嗜みなのでござる。勝つときは華麗に勝ち、負けるときはきっぱり負ける。その時に感情を表に出すのは三流の証拠でござる」
「違う!お前のそれは負けるとは言わない!勝負からただ逃げているだけだ!」
私は認めない!こんなものは潔くなんか無いし、ましてや強さなんてものでもない。
私はこんな奴に………!
「私はお前に……!本気のお前に勝ちたかったんだ!こんなものを勝負がついただなんて認めないぞ!」
「忌々し!だから言っているでござる!本気で戦ってもお主が勝つと!」
「だからそれを!実演して見せろっていってるんだ!」
「笑止!我が儘が過ぎるぞ小娘!そこまで言うなら見せてやる!『双頭の―――――」
グシャリ!と、気持ちの悪い音がした。
何?どうしたの?本気を見せてくれる気になったんでしょ?やっと私と戦ってくれるんでしょ?早く見せてよ……。早く私とちゃんと戦ってよ…。
だけど期待をするだけ無駄だった。サムライは、本気になるのが遅すぎた。『ブラックホール』の重力は、とっくに人間が耐えられる臨界点を過ぎていたのだ。
海賊、双刀のソーリューはサムライの心意気とやらを結局全うし、虫けらのように潰されて死んだ。
「人間は、やっぱりもろいよなー…」
気がつけば、私の張った闇を通して、誰かがこっちに来ているのを感じ取れた。
「アリス…」
見れば、アリスはさっきまで戦っていたジャガという男を縛って引き摺って来ていた。
いいな。アリスはちゃんと相手と戦って勝てたのか。ちゃんと生け捕りにする余裕までもって…。
やっぱりすごいなあ…。アリスは。
「ルーミア!」
アリスは一瞬立ち止まって状況を確認すると、すぐに私のもとに駆け寄った。投げ出されたジャガが頭から床に突っ込んで呻き声をあげる。
「ああもう!こんなに傷ついて!あんまり無茶はしないでほしいわね。心配するじゃないの」
アリスは私の傷を見ると、すぐに魔法の糸でその傷を縫い合わせる。応急処置だと言っていたが、魔力でできた糸は私の身体によく馴染んで、あっという間に私の傷を見えなくしてくれた。
傷の処置が一通り終わると、アリスは私の身体から手を離す。
ちょっとだけそれを名残惜しく思っていると、アリスはそのまま私を抱き抱えてぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう。よくがんばったわね。ルーミア」
アリスが何に対してお礼を言ったのかは分からなかった。でも、たったそれだけで私は今までのことがすべて報われたような気がした。私の行為は無駄なんかじゃなかったし、ちゃんとアリスの役に立ったんだって思うことができた。
幸せが身体中を駆け巡って涙が溢れて止まらなくなる。
「アリス…。私、強くなるよ。いつか絶対、アリスの隣に立てるようになる…。アリスを、守れるくらい強くなる!」
私は泣きながら言った。私の決意を、私の想いを無為に終わらせないために、一番宣言したい人に誓った。
アリスはそれを聞くといたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ルーミアが私を守れるくらい強くなるの?難しいわよ?だって私、強いもの」
「アリスは無理だと思うのか?」
私が少しムッとした顔をすると、アリスは首を横に振った。
「いいえ?そんなことはないわ。でも私くらいになりたいっていうのなら、いっぱい努力しなくちゃねって言いたいの。むしろ私は楽しみにしてるわ。私のピンチに颯爽と駆けつけるルーミア。それってなんだか夢のある光景よね?」
…やっぱりアリスは違うなあ…。目標として、こんなに高い壁もなかなかないと素直に思わせられる。
「うん!私、頑張るのだ!」
だけど諦める気には全くならない。やる気はむしろうなぎ登りだ。私は絶対に強くなる。年下の弟も出来るんだから、立派なお姉さんになってみせる!
夢のある光景を、現実に。
今の私には、その目標を阻害する
いつの間にか、私はいつもの調子を取り戻せていたようだ。難しいことなんてなにもない。面白おかしく進めばいい。そんないつもの私に。
そんな私たちをよそに、脇っちょから声が飛ぶ。
「なんか、おれ、場違い感が半端無いんだけど。船長も殺されちゃったことだし、おれも泣いていい?」
「他所でやれ。ジャガ芋」
アリスがピシャリと言うと、二メートル越えの大男は盛大に泣き崩れた。
そんな大人げない姿を見て、私はちょっと噴き出した。不謹慎かもしれないけど、そもそも妖怪に謹慎なんて、それほど似合わない言葉もないでしょう?
苦悩はすべて笑い飛ばす。それが私の妖怪道だ。
今決めた。
~~~アリスSide~~~
後日談。
私が船の奥でルーミアを見つけたとき、予想外のことが二つ有った。
一つ目は、ルーミアがこの船の船長を無事にとは行かないまでも、倒せていたという事実。正直私の知っているルーミアだったら、副船長のジャガにすら勝てるかどうか怪しかった。だからこそジャガとの戦闘は私が率先して請け負っていたんだし、ルーミアの勝手な行動はできるだけ止めたかったのだ。
二つ目は、ルーミアが負っていた傷の比率だ。彼女の身体には複数の切り傷が散乱していて見るからに痛々しかったのだが、それ以上に心の傷が重症だった。正直ルーミアが船長を倒した(押し潰した?)方法も気になるところではあったが、そんなことがどうでもよくなるくらいルーミアは傷ついていた。
妖怪にとっては身体的な傷よりも、むしろ精神的な傷の方がより致命傷となる。このとき私の心労はもはや天元突破していたと言っていい。むしろそれすら過小表現であると言えるだろう。
ただ、そのあとさらに驚いたのは、ルーミアがその後、殆ど自力で立ち直り、その上精神的に一回りも二回りも成長して見せたということだ。通常木っ端妖怪と呼ばれるような連中には有り得ない大出世である。
妖怪の存在は精神面に依存することが多い。我々魔法使いが使う魔法にしたって、その時の精神状態によって効果は雲泥の差なのだ。だからこそ、妖怪は人間と違ってあまり成長しないのである。精神的な成長は、肉体的な成長よりも遥かに難しいのだ。
だけど、精神的に成長した妖怪は強くなる。ルーミアだって例外じゃない。その上この子は自分で強くなると宣言してのけたのだ。現実はどうあれ普段から自分は人間よりも強いというプライドを持つ妖怪にはまず有り得ない宣言だ。現実を受け止め強くなると誓った妖怪は例外なく強くなる。鬼なんかがその代表例で、あれらはそもそも、人を越えたいと願った人間が辿り着く先の存在である。
私はけっこう割りと本気で、このままいけばルーミアが私と並ぶ時が来ると思っていた。
まあ、とは言っても、そう簡単に抜かされてやるほど私だって甘くはない。せっかくルーミアが私を目標に据えてくれたんだから、私もその期待に応えて、せいぜい高い壁であり続けようと思う。
ルーミアが強くなるんだったら、私だって今以上に強くなってやろう。
「競争しましょ?」と誘ってみたら、ルーミアは「望むところなのだ」とガッツポーズを返してのけた。
だったらもう安心だ。ルーミアにその向上心がある限り、彼女が自分の力の加減も知らないような木っ端妖怪であることなどあり得ない。努力に対して結果が、すぐについてくるだろう。
心配な妹から、自慢の妹になる日も近い。
いろいろと衝撃的だった一日から三日が過ぎた。
フーシャ村の港に、一隻の軍艦が停泊する。犬を象った船首のお陰で誰が乗っているのか死ぬほど分かりやすい軍艦だ。
今日はいよいよ海賊の引き渡しの日。そして何より、私の家に家族が一人増える日だ。
私達は、果たして自慢の家族になれるだろうか?
To be continued→
終わりどころを見失ってしまった…。長い…。一万七千文字って…。